ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第六十七話 「異彩」

 突然知らされた、考えることがそもそも怖かった報せ。

 わたしだけじゃない、ずっと一緒にいたひなたちゃんと水都ちゃんの顔からも血の気が引いていて、痛いくらい激しく鳴り続ける心臓をもっと動かすように必死で走る。

 

 駆けつけたここは、大社の管理下にある大きな病院。そこの通路を慌ただしく走ってしまっても、静かにしなきゃって考えは少しも出てこない。

 それよりも一秒でも早く、質の悪いイタズラだって思いたくて……本当はそんなわけないって分かりきっていたのに、藁にも縋る気持ちで信じたくなかった。

 

「っ、杏ちゃん! 球子ちゃん! 友奈ちゃん!」

 

 無我夢中で……聞いていた場所まで向かって曲がり角を曲がって見えたロビーチェアに三人が並んで座ってる。いつもの元気いっぱいの明るい雰囲気は少しも感じられない。それもそのはず、座っている三人の前にある扉の上に点灯してあるランプを見れば、事情を知らなくても誰でもわかる事だから……。

 

「……あ、お前ら……」

「千景さんは……!」

「まだ……」

 

 力無くゆっくりと視線が向けられた先にある『手術中』の文字……改めて、息が苦しくなるような感覚に襲われる。

 

(わたし達の知らないところで……)

 

 二回目のバーテックスの襲撃があった……わたし達巫女がそれを知ったのは戦いが終わった後で。その間に事態は様変わりを始めていて、一回目の時には無かった考えたくもない現実が姿を表していた。

 

「……お前らも座ってろよ……。今のタマ達にできることなんて、千景の無事を祈って待つことしかできないんだからさ……」

「……悔しい、ですけど……」

「友奈ちゃん……」

「……っ…! …ぅぅ……!」

 

 特に、友奈ちゃんのこんな姿は見たことがない……。下を俯いていて顔が見えないけど、時々肩を震わせながら、嗚咽をこぼしている。

 友奈ちゃんの隣に座って、その背中を優しくさするけど、気休めになるかどうか……。友奈ちゃんは千景さんの事をいつも気にかけていて、それでいて千景さんが一緒にいる時はいつも幸せそうで、本当に大好きなんだって伝わってくるんだもん……。こんなことになって、不安にならないわけがない……。

 

 ……それだけじゃなく、簡単に説明された分だけしか知らないけど、加えてあの話が本当の事なら……もっと……友奈ちゃんの心は今、ズタズタに傷つけられているはず……。

 

「……本当…なの……? 暁美さんが…郡さんを殺そうとしたなんて……」

 

 少し前に何の前触れもなく連絡が来たのかと思えば、衝撃で怒涛の出来事が伝えられた。急いでみんなが移動していた病院にわたし達も向かうしか考えが……ううん、信じたくないって思いしか抱かない。そうだったのに、結局……

 

「……本人がそう言いました……」

「……なん…で……暁美さん……!」

 

 事実だった。千景さんは重傷で手術中……それがバーテックスに襲われたものじゃなく、みんなと同じ勇者の仲間であるはずのほむらちゃんそっくりのあの人が……。

 水都ちゃんも友奈ちゃんと同じようにとても苦しそうに肩を震わせていた。涙を滲ませて、水都ちゃんが知っているあの人の姿が遠ざかるのにショックが大きすぎて。

 人を殺すなんて絶対に認めちゃいけないこと……それを平然と行えるあの人が恐くなって……。

 

「千景だけじゃない……! アイツはあんずやほむらも殺そうとしたんだ……! クソッ!!」

「そんな……っ! ね、ねえ…!? ここにほむらちゃんがいないのって……」

「そうです! 若葉ちゃんの姿も見えません!」

「う、うたのんもだよ……!? わ、私、イヤだよそんなこと…!」

 

 連絡を受け取ってはいるけど、全部を知っているわけじゃない。今の球子ちゃんの言葉で一斉にわたし達の心の中にある不安や恐怖が膨れ上がる。ただでさえ千景さんの事で心臓が締め付けられるかのように苦しいのに、そこにほむらちゃんと杏ちゃんがいたかもしれないなんて知ってしまえば……。

 

「お、落ち着いてください…! その三人が一緒じゃないのは別で検査しているだけであって大丈夫ですから……! きっと……!」

「……すみません、取り乱して……。何があったのか、詳しく教えてください」

 

 ……一応、ほむらちゃん達は無事みたいでホッとしかけるけど、すぐにそんな安心していい場合じゃないんだって思い出す。

 バーテックスが攻めてくる間、神樹様の力で勇者やバーテックス以外の全ての時間は止まってしまう。わたし達が知らない間にみんなの所で何があったのか、球子ちゃんと杏ちゃんが振り返ってくれた。

 

 千景さんが故郷に帰省している時に起こった襲撃……最初はすぐに駆け付けるだろうって思われていたけど、その時既に千景さんは……。

 友奈ちゃんを千景さんの元に向かわせて、勇者システムがない歌野ちゃんが着替えるまでの間ほむらちゃんと二人で離脱。若葉ちゃんと球子ちゃんと杏ちゃんの三人で戦っていたこと。二人が戻ってからしばらくして、進化体バーテックスが現れて苦戦したけど、ほむらちゃんがやっつけた……その後に……。

 

「───という……ことなんです」

「「「………酷い」」」

 

 ……それしか、言葉が出てこなかった。平気でみんなを無理矢理黙らせて、傷つける事を何とも思わずに脅し、踏みにじる……。これが本当に勇者の……人のやることなの……?

 あの人は歌野ちゃんと水都ちゃんの命を救ってくれた人、諏訪の人々の滅びの未来を変えてくれた人、わたし達の願いを叶えてくれた人じゃなかったの……?

 

「その後の暁美さんは?」

「言いたいことだけ言って、またどっかに跳んで行っちまったよ……二度と来るなってんだ……!」

「………」

 

 ママ達は言っていた……人の心っていう物はそう簡単に変わらないって。何か大きな理由があるんじゃないかって……それをわたし達は知らない。知らないけど……

 

「……私……動けなかった……っ!」

「友奈さん……」

 

 隣の友奈ちゃんの両目から、遂に堪えきれなくなった雫が落ちた。

 

「信じたかったのにっ……! ひっく、争ってるみたいだったから、やめてって言おうとしたのに……っ……ぐんちゃんの腕が……千切れるのが見えてっ……! 頭の中がグチャグチャに……!!」

 

 ポロポロ、ポロポロ……泣いている友奈ちゃんの姿なんて、もう三年間も一緒にいるのに初めてで。

 友奈ちゃんはとっても優しくて、明るくて、わたしなんかよりも強い心を持っている女の子。友奈ちゃんの存在はいつだってわたし達を助けてくれて、そして、みんなとの絆を繋いで決して離さないでくれる……本当に素敵で、尊敬してばかりの自慢のお友達。

 

「……無事だった……よく分からないけど、ぐんちゃんは大丈夫だった……一瞬だけ安心した……なのに! 何回も目の前でぐんちゃんが爆発されて……! ドガンドガンって! ころされて……!」

「……無理しないで……」

「間に合わなかった……! 何もできなかった……! 助けなきゃいけなかったのに……! ぐんちゃんが酷い目に遭う度にっ……苦しくてっ……息が…できなくて……! 目を……背けちゃった……」

 

 人を寄せ付けない気難しい性格だからなんて言えばあれだけど、みんなが羨ましくなるぐらい千景さんと仲良しで、そんな人を目の前で惨たらしく痛めつけられて、今の弱々しい友奈ちゃんの姿がここにある。

 助けようと思った……あの友奈ちゃんが信じていた人に裏切られたショックと合わさって見せつけられた光景は、その思いを躊躇わせた。ただただ深い悲しみだけが、その時の友奈ちゃんの心を支配して動きを止める。その結果、目の前で起こった惨劇は悲しみよりも恐怖による焦りが上回る時まで続けられる……。

 

「ぐんちゃんが苦しんでいるところを見たくなかった……! だから……伸ばした手が届かなかった……首が……ぐんちゃんの首が…私を見つめて……助けられなかった……!!」

「……もういい」

「だから……! 私っ……! ぐんちゃんを見捨てちゃった!!」

「もういいんだよ友奈ちゃん!」

 

 こんなことで深い悲しみを負った友奈ちゃんを慰められるとは思わないけど、少しでも今のつらい気持ちを受け止めたくて抱きしめる。それからさっきの友奈ちゃんの言葉を否定する……友奈ちゃんがその場にいなかったら間違いなく、千景さんは本当に殺されていたんだから。

 

「見捨ててないよ! 助けたんだよ千景さんを!!」

「まど…ちゃん……!」

「ショックを受けて当然なんだよ……! それでも千景さんを助けられた友奈ちゃんはすごいんだよ!」

「う、うぅぅ……! うぁぁぁあああぁぁ……!」

 

 感情が決壊して、友奈ちゃんは大声で泣き始めた……。今まで溜め込んでいた苦しみと後悔を吐き出すように……。

 

 友奈ちゃんはわたしの胸の中でわんわんと泣く。友奈ちゃんをここまで追い詰めたのは……暁美さん。

 

 ……歌野ちゃんと水都ちゃんを助けてくれた事には心から感謝している……でも、それ以降の事はどれもこれも認められない。やっちゃいけないことだよ……。

 みんなを悲しませて、苦しませて……こんなの絶対おかしいよ。暁美さんが苦しんでいるかもしれないって、友奈ちゃんと歌野ちゃんは言ってた……パパもママも、何か理由があるのかもしれないって言っていた……。

 

 だからって、誰これ構わず人を傷つける事が許されていいわけがない。ましてや殺すつもりだったなんて……

 

 そんな人がこれからはバーテックスと戦うなんて言っても穏やかじゃない。安心できない。爆弾なんて危なそうな武器を使うって話だもん、みんなを平気で巻き込んでも不思議じゃないかもしれない……。

 

 変わってしまったその理由、それすらも分からない今何を言っても響かないはず。

 今回の件でハッキリした……バーテックスを倒して世界を救うことを願うみんな。だけど二度目の襲撃も乗り越えたのに、誰一人心が晴れやかな子はいない。

 その原因になった価値観の違うあの子が次に何をしようとするのか分からない。今回の千景さんの事だけじゃない、みんなの心を苛む物はこれからも続く。このままじゃみんなに訪れるものはきっと不幸なんだ。

 

 ───命を賭けもしない勇者の腰巾着のクセに、偉そうな事を言うのね。

 ───あなたは……何? 言うに事欠いて結局全てが他人任せじゃない。

 

「……違うよ……」

 

 前に暁美さんに言われた言葉を思い出す。

 

 わたしはほむらちゃんの……みんなの腰巾着になるためにここに来たんじゃない……! 形は違うけど、バーテックスには何もできないけど、それでもみんなと一緒に戦うためにここに来たの!

 

(……早く、聞き出さないと……! これ以上みんなに良くない事が起こる前に!)

 

 知らないといけない。どうして心が変わったのか。

 やめさせないといけない。人の命を軽んじる冷徹な考えを。

 

 わたしが勇者のお目付役として動かないといけない……ううん、これはお目付役なんて立場は関係ない。嫌だから。友達が苦しむ姿が、悲しむ姿が。だからこれは、友達を助けるためにわたし自身が動かなくちゃいけないことだから。

 

(ほむらちゃんと同じ勇者だって言うんだったら、前みたいにみんなと手を取り合って、助け合って……支え合おうよ……)

 

 わたしの友達の命を助けてくれた。わたし達の夢を叶えてくれた……その時の暁美さんに戻って……。点灯中のランプを見ながら、わたしの頭の中にはあの人の姿が映っていた。

 

 

◆◆◆◆

 

 実に久しぶりに浴びるシャワーは快適だった。顔にこびり付いた血が落ちるわ、カサカサだった肌が潤うわで気分的にはまるで生き返るよう……気分だけは。けれどもボサボサだった髪も水気を含んで、元通りサラサラのキューティクルとまではいかなくてもスッキリ。とても身体が軽いわ……。

 

「あったかい……」

 

 長い浮浪者生活もどきには無い温もりだった。体温の無い冷たい身体にこの温もりは沁みる……。

 

(リンスも探さないと。300年前にあのメーカーは無いだろうから……)

 

 でも精神的ショックが大きすぎて抜けていたけど本来これが普通というか、当たり前で、うら若き乙女が何週間もお風呂に入らずに過ごすなんてあってはならない事よね……。

 

「ふぅ…」

(たかがお風呂でこんな気分に浸れるなんて…………さすがに、あの時よりは劣るけど……)

 

 身体も心もあったかくて、幸せに包まれて……それを六人全員で共有できた夏の合宿と比べたら全然物足りない。

 所詮はただのシャワー。無駄にスペースのあるシャワールームに私一人だけなんて虚しいもの……

 

Gibt es juckende Stellen~?

es ist nicht da~♪

「………」

Übrigens……Versuchen wir es mal mit dem Klassiker~♪

Was!!

Hör aufー!!

……mist……

「………使い魔達は賑やかね……」

 

 厳密に言えば一人ではない。私の使い魔六体全てもここにいる。仲睦まじく頭の洗いっこをしたり、室内で追いかけ逃げ回っては後ろから飛び付いて抱きついたり、シャワーを浴びながら横目でその様子を見て溜息をこぼしたりとそれぞれがバラバラな様子を見せる。

 ちなみに使い魔六体、全員揃って服を着用したままである。脱ぎなさいよ……と思ったけど、なんとこの使い魔達の体は服装込みで構築されている。最初から肉体と漆黒の衣服が一体になっている、分かり易く例を挙げるならぬいぐるみみたいな感じかしら……ビッショビショでものすごくシュール。そもそも汗とかかかないだろうからシャワーを浴びる必要性すら疑問なのに……。

 

「……またいつか、私達もこんな風に……」

 

 それでも同士内で賑やかな使い魔達の姿が私にあの頃の憧憬を浮かばせる。それは今の私の目指すゴール……必ず掴み取らないといけない、奪われた私達の未来。

 

 早く取り戻さないと息が詰まる。心地良くはあったシャワーを止めて、鏡に映る白黒の自分の姿を見つめる。未だに色濃く残ったままの隈や、不覚をとって郡千景に付けられてしまった頬の傷……。

 この世界の全てが忌々しい。だからこそ、全てが終わった後に待ち受ける未来が愛おしい。前みたいにみんなとわいわい楽しく温泉にでも浸かれたら……そう考えるだけで私は何でもできる。

 

 どうしても自然に笑みがこぼれ、決して悪い気分なんかじゃなかった私はそのまま扉を開いて出ようとして……即刻嫌悪感に包まれる。

 

 そもそものこの場所は、この時代の勇者を支援する大社の本部。

 

 あの勇者達への用が済んだ後、ここの重要人物にも話を付けるために訪れていた。エントランスホールで返り血にまみれた私の姿に悲鳴が上がったことは置いといて……こんな所でも既視感を覚えるとは……。何も変わらないと言った方が正しいか。

 

「お着替えをお持ちしました、勇者様」

 

 脱衣所には中学生から高校生くらいの数人の少女が頭を垂れながら待ち構えていた。元の世界のような気味悪さバリバリの神官装束ではないにせよ、彼女達は十中八九この組織の人間だろう。

 それぞれが襦袢や白装束らしき衣類を手にし……二人、一つで十分な清潔そうなタオルを持っているのはそういうこと? たかが身体を拭くのに私の手を煩わせることはないと。畏れ多いとでも思っているのかしら。

 

「………ふぅん」

 

 ……一人だけ、他の女達から離れて平伏さずに壁を背にしてこちらを見つめている女が声を漏らす。

 勇者の前で火は着いていないもののタバコを堂々と銜える様が意外だった。大社の人間と思われるのに、その人からは一切の敬意だとか、私を特別扱いするような空気を感じさせない。

 

「勇者様、お身体を」

 

 そっちの方が逆に気が楽になりそうなのに、目の前で崇めようとする多数の方が目に入り舌打ちが出る。

 

「余計なお世話よ……」

「え? あっ……」

「………」

 

 上の立場の人間に命じられたのか、自分の意思でなのかは知らないけど、事この組織の人間が平伏す様は前々から反吐が出るほど気に食わない。

 

 この世界に跳ばされる前から、私達を人間として扱わないこの仕草には憎悪しか感じない。自分の事は自分でできる。敬うな、たかが小娘相手に。タオルだけを引ったくるようにして奪い取り、濡れた身体に巻き付けてその場を離れた。

 

「あ、あの、お召し物を……ヒィッ…!?」

『~♪』

「必要ない」

 

 そそくさと制服を入れたロッカーを解錠する最中呼び止めたその声も、伸ばした手も、浴室の中からぞろぞろと出てきたスプラッター感溢れる見た目の使い魔達に驚き戸惑い遮られる。大社の人間が、使い魔が自ら信仰する神樹によって生み出された存在と言っても過言ではないのにそうとも知らずこの反応……皮肉を通り越して滑稽………

 

「………ねえ」

「は、はいっ…! どうなさい……っ!?」

 

 ……何も変わらない……この組織の人間はいつだって私をイライラさせる。その感情をそのまま全部目に宿して睨み付け、殺気をぶつけてやった。

 

「私の荷物、探ろうとしたわね?」

「い、いえ……! そんな、滅相もない……キャッ!?」

 

 虚言を抜かした女を使い魔が蹴り倒す。無様に倒れ込むそいつの髪の毛を掴み上げ、無理矢理に顔を上げさせる。

 

「あうぅ!」

「へぇ」

「………」

「い、痛いっ! や、やめ……っ!」

「篠原さん!!」

「ゆ、勇者様!? 突然何を!?」

「ロッカーの中」

「えっ……」

「脱いだ制服と一緒に入れたカチューシャの位置が5ミリずれている。制服の皺の形が入れた時より小さくなってる」

 

 気のせいなんかじゃないわ。私がシャワーを浴びている間、中身を触れられ戻された痕跡がある。微細すぎるけど、記憶の中の状態と比較すれば違いが分かる。誰かに勝手にロッカーを解錠され、中身に触れない限り生まれない変化……ここは大社の本部で、この女達はその大社の人間だ。ロッカーの合い鍵を持っていてもおかしくはない。

 

「ご、5ミリ……!? 皺……!? そ、そんなデタラメな……! 気付くわけ……普段からそんなの気にする人がいるわけ……!」

「今度は否定しないのね。人の荷物を探ったこと」

「……そ、それは……!」

 

 もっとも否定しようがしまいが、答えは聞いていない。確信していて、決して覆らない事実なのだから。

 それよりも理由だ。ここに来て早々に物色とは、何が目的なのか……かつてのやり取りからなんとなく予想は付けられる。だからこそ理解はできるし、狙われて当然だと思う。勝手にこんな行動を起こされた事を責めない理由にはならないが。

 

「手段を問わないのはそちらだけじゃないのよ」

「ちょちょちょ……! どうしちゃったの鹿目ちゃん妹!!? 鹿目ちゃんが泣いちゃうでしょ!!?」

「ソイツは鹿目ほむらではないぞ。見た目はそっくりだがな」

 

 怯えながらも傍観するしかなかったそばかすが特徴の女が慌てて勘違いを口にしたその時、別の場所から訂正の声が入る。

 私の苛立ち、荒く髪を引っ張られている女を目の当たりにしながら、極めて冷静な声色だった。興味深そうにこちらを見つめるその女はタバコを噛み砕くと飲み込み……なんだ、お菓子だったのねアレ……。

 

「ククッ、なるほど。お前が新入りの藤森や勇者の土居を痛めつけたって話も納得だ。勇者の中にもお前のようなヤツがいるんだな」

 

 口元を押さえ、私を見て楽しげに笑う。視線をこの女に移して威圧するも、それによって眉一つすら動かさない。この世界の勇者全員が息を飲んで引くしかなかった私の殺気を受け流す……ただ一人だけ、この状況で平然としているこの女からは異彩が放たれていると感じざるを得ない。

 

「頂戴」

bitte

 

 使い魔から手渡されるのは透明のチャック付きポリ袋。外側は濡れていて、内側は一切濡れていない。その中に入ってあるのは私の携帯、勇者端末。

 片手で操作し変身アイコンをタップ。これがあるから連中の用意した着替えは必要ない。瞬時にバスタオル一枚だけだった私の身体は、血塗れではなく神樹の加護で浄化され汚れ一つ無い勇者服に包まれた。

 

「端末は生命線よ。私を血眼で探していた組織の本拠地で手離す理由は無いでしょう」

「上里から聞いている。乃木の頼みを蹴ったらしいな」

 

 浴室内に持ち込んで正解だった。ロッカーを解錠した目的は二つしか考えられない。組織的目的に沿うもの、考えるのも悍ましいけど穢らわしい欲求を満たすもの。後者だった場合即刻満開して大社を塵一つ残さず消し飛ばすレベルの話だわ。

 

「つまり最初から盗られる事態を想定していたわけか」

「ええ。それで案の定だったわね」

「ああ。まさかミリ単位で中身の状態を記憶していたとは思わなかったな。私も完全に元通りに戻したつもりじゃなかったが……大分イカレてるな、お前」

 

 前に乃木若葉から私の勇者システムの提供を求められた事がある。分析解析ができたら連中の強化に繋がるから……生憎と私達の世界ですらそれには失敗している。これは私の専用の勇者システムなのだから。結果が無駄だと分かりきっている。それを信用なんて言葉から一番遠い所に位置する組織的に預けられるわけがない。

 

「あなたは大社の上の人間かしら?」

「大社に属してはいるが権力者ではない。ただの教師だ。ひねくれ者のな」

 

 そう言ってポケットの中から何かを取り出す。チャリンと軽い金属音を鳴らす、束になった鍵を私に見せびらかす……決まりね。

 

「あなたが窃盗の実行犯?」

「ひっ……!?」

 

 罪には罰を。一体の使い魔がボウガンを構える。私と女のやり取りを見ていた有象無象が固まった。

 

()()()()!!」

「黙れ。会話の邪魔だ……窃盗未遂だ。だが発案者でもある。上のヤツらが未だに欲しがっていたんでな。駄目か?」

 

 悪びれもなく言い放つ女。大した度胸の持ち主……いえ、己の命の価値観が狂っている。こうして今、使い魔のボウガンがこの女に向けられているのに欠片も恐れを抱いていない。私が本気であること、脅しではないと、恐らくこの女は気づいているのに、精々ギャンブルでチップを賭けて負けたくらいにしか思っていない。

 

「乃木若葉にも言ったけど、論外なのよ。覚悟はできてるのね?」

「仕方ない事だろ。いつでも構わん」

 

 とはいえこのまま見過ごすわけにはいかない。役立てたいからと言っても勇者システムを狙われる事態が今後も起こるなんてあってはならない。見せしめは必要なのよ。

 

『……!!』

「ぐっ……!」

 

 使い魔がボウガンの引き金を引き、常人の目にも留まらぬ速度で矢が飛ぶ。

 ところが、それより先に飛んできた黒色の塊が女にぶつかった。その勢いで女は仰け反り体勢を崩す。

 矢は射線上から倒れかけた女にではなく背後の壁に突き刺さる。女ですらこの事実は想定外だったらしく、初めて驚きと困惑の色を浮かべていた。

 

「痛っ……なんだ今の? 何がぶつかった……?」

 

 女は理解していない。自分の身に何が起こったのか。しかしその他の少女達は揃ってある一点を見つめる。

 

「ね、ねこ……? 浮いてる……」

「……エイミー……」

「?」

 

 答えはエイミー。私のやろうとした事に気づいたこの精霊が体当たりで女を守った。精霊の姿を見ることができない女はそのことに気づけず、気づいた他の連中は……巫女か。前例がそれしかない。

 

「よく分からんが、気は済んだか? それとも私を殺すまで撃ち込むか?」

「……いいえ、その必要はないわ」

 

 食えないわね……なんだか掌の上で踊らされる感じで癪だわ。ボウガンを下ろさせ、これ以上のやり取りは無意味だと視線を外す。

 そもそもここに来たのだって、こんな連中と戯れるためじゃない。ロッカーの中に入れっぱなしの制服を盾の中に入れ、大事なカチューシャを頭に着ける。

 

 女は一瞬面白いとでも言うかのような笑みを浮かべたが、私にはどうでもいいことだった。

 

「そういやお前、今まで姿を隠していたくせにどうしてここまで来たんだ?」

「下っ端には関係ない話よ」

「……ってことはだ、上のヤツらに話があるんだな」

「………」

「私にも権力者かどうか尋ねたな。……で、だ……どんな要求を飲ませるつもりなんだ? それだろう、お前がここに来た理由は」

「………当ててみる?」

「口にするのは止めておこう。やぶ蛇を突ついたら今度こそ殺されかねん」

「賢明ね。私の事を知ったような口でペラペラ話されるのが一番ムカつくのよ」

 

 気質は問題有り……でも、なかなか聡明な人間ね。相手にするのは面倒で厄介。けれども、人材としてはかなり優秀なタイプだ。恐れを知らず、だけど退き際を心得ている……利用できそうね。

 

「……拠点よ」

「あ?」

「それから食べ物、服。衣食住よ」

「……それだけか?」

 

 拍子抜けと顔に書いてある。さっきまでの不敵な笑みはどこへやら。

 

「不服そうね」

「そりゃそうだ。そんなの勇者への当然の支援だろ」

「でもそれは、この組織の道具に成り下がる事を意味する」

「……へぇ」

「道具って……球子や杏ちゃんはそんなのじゃ……!」

「外野は黙ってなさい」

「お前ら悪いことは言わん。全員部屋に戻ってろ。お前達にはコイツの考えは理解できない」

 

 今まで散々利用されてきた。世界を救うためのみんなの頑張りは裏切られた。最終的に動けなくなれば私達の日常を奪い奉って、自分達の信仰を神樹にアピールするための置物だ。

 この世界でだって、勇者の存在は人々に希望を与える存在として知れ渡ってはいる。けれどもそれに伴い、勇者を背後からバックアップする大社の存在も大々的にアピールしている。結果大社への支持は集まるだろう、注目の的だろう。その実態は、勇者の活躍で蜜を吸う吸血鬼でしかないのに。

 

「都合の良い道具になるつもりはないわ。この命は私だけのものよ」

 

 だから私は大社からの要求は一切無視。だけどこちらの要求は都度飲ませる。

 バーテックスを殲滅するための資金源として、この組織を逆に利用し尽くしてやる。

 

 女は実に痛快だと言うようにくつくつと笑う。今の発言、あの勇者達なら黙ってはいられないと言いそうなのに、この女の反応は異常とも取れるだろう。

 

「そいつを一人でやるつもりか? 勇者のサポートも私の仕事の一つだが、手伝ってやろうか?」

「一人で余裕だと思うけど……あなたは何が望み?」

 

 この異常者の考え……イマイチ分からないし理解不能。

 

「あの狸爺共の間抜け様……お前が色々ぶっ壊してくれれば面白い物が見れそうだ」

 

 だけど、その力があれば事を私にとって良い方に運んでくれるかもしれない。いざとなれば切り捨てればいい、利用できる便利な道具よ。

 

「あなた、名前は?」

「烏丸久美子だ。ぼっちのガキのサポートくらい引き受けてやる」

「ひねくれ者を自称するだけのことはあるわね。その扱い、気が楽だわ」

 

 

 

 

 ───十数分前

 

 

 私、烏丸久美子は狸爺共から下らない命令を言い渡された。

 勇者の一人が連絡もなしに訪れた。そして今、そいつはシャワーを浴びているから出迎えに行けと。そういうのは上里や鹿目、藤森の仕事だろうと一蹴したかったが、ここには巫女のガキ共が何人もいる。そいつらに向かわせればいいと考え、引き受けた。

 

 が、ここであることに気がついた。先程二度目のバーテックスの襲撃が発生し、勇者七人全員が病院で検査されているとかそういう話だ。その連絡を受けて上里達が向かったという報告もあったはずだ。

 ……となると、今大社本部に来ている勇者というのは悪い噂のある、北海道から来てバックレたとかいう八人目の勇者、暁美ほむらではないか……。

 

 興味が湧いた。一度この目で見てみるのも悪くないと。そういえばそいつの持っている勇者システムは高性能で、それを大社に提供していないらしい。爺共が喜ぶのは癪だが、この土産はアイツへの良いサポートになるかもしれない。そう思って脱衣所のロッカーのマスターキーを用意して向かった。

 

 

 

「……なんだ? ……どういうことだ、このガキ……?」

 

 解錠したロッカーの中にお目当ての携帯は無かった。セキュリティ意識の高い奴なのか……そんな考えよりも、別の事に困惑する。

 それは何の変哲もない、ただの髪留め、カチューシャに過ぎない。だがその裏側に貼ってあるプリクラのシールが気になって仕方なかった。

 

(……このガキ、何者だ? 暁美ほむらだけじゃない……友奈……じゃないが、友奈にそっくりじゃないか……)

 

「……フッ」

「烏丸先生?」

「なに、面白い事に気づいただけだ」

 

 藤森が言っていた。こいつは四国に来て突然人が変わったように冷酷な人間になったと。だがこのシールではそんな冷酷な人間とは思えない。こんな屈託の無い笑顔で、「最高の友達」なんて書き込む奴が。

 

 ……何かあったな。こいつと、この友奈そっくりのガキとの間に……。

 

 そうだな……上里になら聞かれたら答えてやってもいいか。聞かれたら……な。それまでは私一人だけでこの娯楽を興じるとしよう。




【使い魔セリフ翻訳】

 身体も心もあったかくて、幸せに包まれて……それを六人全員で共有できた夏の合宿と比べたら全然物足りない。
 所詮はただのシャワー。無駄にスペースのあるシャワールームに私一人だけなんて虚しいもの……

Gibt es juckende Stellen~?(痒いところはありませんか~?)』
es ist nicht da~♪(ありませ~ん♪)』
「………」
Übrigens……Versuchen wir es mal mit dem Klassiker~♪(さーて……定番の奴いってみようか~♪)』
Was!!(わぁ!!)』
Hör aufー!!(キャー!!)』
……mist……(……バカバカしい……)』
「………使い魔達は賑やかね……」


「頂戴」
bitte(どうぞ)』

 使い魔から手渡されるのは透明のチャック付きポリ袋。外側は濡れていて、内側は一切濡れていない。その中に入ってあるのは私の携帯、勇者端末。
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