ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
「出て来い暁美ィイイ!!!!」
水都の部屋、歌野の部屋の前を通り過ぎ、その先にある扉を刀を掴んだままの拳で叩きつけながら怒鳴る。そうしなければ壊れてしまいそうな憤怒の感情に支配され、似たような迷惑行為を働いた歌野の事で棚に上げる形になっていたとしても、怒りの叫びと扉の連打を止める事ができなかった。
だがそれでも内側から扉が開かれる様子が無い。苛立ちは募り、ついには勇者システムを立ち上げて鞘から刀を抜く。
「10秒だ!! 出なければこの扉を破壊する!! 10!! 9!! 8!!」
右手を負傷していて普段とは逆の手で持っていたとしても、勇者になったこの力があればただの扉を破壊する事など訳無い。歯噛みしながらも精神を統一させ、一つ、また一つとカウントを取り続ける。
扉は一向に開く兆しを見せず。
「3!! 2!! 1!!」
遂に一際大きく刀を振りかぶる………瞬間、微かな音が……何か、小さな物体のような物が突っ切るようにこちらに迫っていると、空気の流れがそれを察知させた。
「っ!」
即座に反応した私は扉ではなく、その飛んできた物体を刀で弾き落とす。とても軽く、手応えなどあってないような……空っぽの空き缶が地面に転がった。
「……缶コーヒー?」
「白鳥歌野がまた押し掛けると思ったら、今度はあなた……」
その声を聞いて、警戒心をこれ以上無いレベルに引き上げる。そうして不覚ながら、今になってようやく気がついてしまう……私は今の間ずっと、奴に背を晒していたのだと。
元からこの部屋の中にはいなかった。私がここに来る前から、こいつはこの寄宿舎の外に……私が今立ち尽くしているこの部屋の入り口前が見える地点を取って監視していた!
空き缶が飛んできた方向、対面の建造物の屋根の上に。そこで奴は初めて見る制服や勇者装束以外の私服姿、厚手のトレーナーにズボン、深くかぶったニット帽にネックウォーマーという若干時期が早いファッションスタイルでくつろぐように座っている。
「暁美……貴様……!!」
「……物騒ね。いつから勇者じゃなくて押し入り強盗にジョブチェンジしたのかしら、乃木若葉?」
だが、ニット帽の陰から覗かせる瞳はどうしようもない物でも見るかのような冷め切った、まさしくあの“暁美ほむら”の目でこちらを眺めていた!
「はぁ…はぁ……若葉ちゃん!」
「ゼェ…ゼェ……! カボチャ全部抱えて全力のダッシュはっ……ヘビー……! ……若葉…! 気持ちは分かるけどディープブレス! 落ち着いて!!」
「ひなた! 歌野! 来るんじゃない!!」
暁美と対峙したこのタイミングで私を止めようと追いかけてきた二人もこの場に到着してしまう。危険人物が目の前にいるこの場に近づいてほしくはなかったがもう手遅れだ。
私とは違って暁美は勇者に変身していない……今なら奴がその素振りを見せる前に即座に取り押さえることができるはず。だがしかし、暁美の異様な威圧感を浴びてしまえば、それは私に最悪の事態を想定させる。そう簡単にいくのかと慎重になって状況を見極め判断をしなければと、結果私の身動きを制限する。
「……白鳥歌野……あなた、しつこく扉のノックとインターホンを連打して……非常識って言葉を知ってる?」
「うっ……!」
暁美の闇のように冷たい瞳が二人にも向けられ、ひなたと歌野も本能的に奴の方を見る。やはり歌野の迷惑行為については気に食わないのか、心なしか私に向けられた視線よりも突き刺さるような苛立ちが感じ取れる。
「……これはもう、私達も引き返せる様子ではなさそうですね……」
「暁美さん……なんてアイズをしてるのよ……!」
私がこの場に向かうのを止めようとした二人だ。この邂逅は決して望んではいないだろうが、即座に暁美のプレッシャーを察知した彼女達はこの状況を悟り、歌野は盾になるようにそっとひなたの前へ出る。
……やはり恐ろしい目だ。僅かに見えた奴の紫色の瞳が映すのは澱んだ光景なのだろう、得体の知れない闇を抱えているように見える。更には目の下の濃い隈も、それとは正反対の真っ白い肌のせいで刻まれたようにはっきりと浮き出ている。
絶えることのない威圧感と共に向けられる奴の人間離れした眼差し……一体何を見つめているんだ……!
「しつこかったのは謝るわ……だけど暁美さん、あなた……っ! イエスタデー何時に寝たの!! ちゃんとぐっすりスリープしなきゃ体にバッドじゃない!!」
「くっ……! 睡眠不足ではないだろう……!」
「そうです歌野さん、この状況で天然ボケは自重してください……!」
未だに警戒心の緩い歌野の発言に注意が向きそうになるが、もう隙は見せない。ひなたも暁美の方を直視したまま、奴の表情、仕草を観察する。
「ここずっと夢見が悪くて全然寝付けないのよ」
「………あなた、歌野さんに便乗してふざけているんですか?」
「ひなたさん私大真面目だったんだけど!?」
「寝不足なんぞで子供が見れば泣いてしまいそうな目つきも闇も出来るわけがないだろう」
「あーはいはいそれなら血行不良よ悪かったわね闇を抱えた目つきで」
心底どうでもよさそうな早口言葉とトーンだが、ふざけ返すとは予想外だ。おかげでひなたの注意が一瞬逸れてしまった。冷酷で、残忍酷薄な奴がその一瞬の隙でひなた達を襲う可能性は十分考えられる。だからこそ此方には来て欲しくはなかったが……
しかしまるで悪魔に魂を売ったかのようなその禍々しい雰囲気を纏う奴を、逆に絶対に逃がさないという強い意志を込めて睨みつける。これ以上私の仲間達に手を出す事は許さんと、全力の覇気をぶつける。
「歌野が非常識だと言いたいようだが……お前に非常識を咎める権利があると思うな!」
その言葉を口にして、先程の話を聞いて生まれた感情が徐々に呼応し始める。ギリッと歯を食いしばりながら、奴の前でこの怒りを露にする。
「貴様、あの時千景に何をした!?」
傷を負った仲間をみんなが心から心配した……早くその傷を癒やしてほしいと、その願いを心の傷という名の爆弾で滅茶苦茶にされた!!
そんな想いを込めた糾弾を聞いた暁美は……
「………ハァ。今更そんなどうでもいい話を蒸し返すつもり?」
「どうでもいいだと!?」
「やめてくれないかしら? それで私の居場所が分かり次第報復? 勇者の風上にも置けないわね」
「どの口がそれを……!!」
奴の口から漏れるのは呆れたような溜息。そして私に対する侮蔑の言葉。頭に血が上り、刀を握る拳が震えてしまう。
「本気でそのような事を言うんですか……!?」
そしてそれは、ひなたも同じだった。本来私が暁美と接触するのを止めようとしていたはずのひなたが、その状況になってしまったとはいえ今の奴の言葉に並々ならぬ怒りを覚えている。
「千景さんは病院で……あなたと似た顔の鹿目ほむらさんの姿を見ただけで、怪我の事を忘れて激しく取り乱すほどの深い傷を心に負っているのですよ!?」
「………」
「その姿を見た皆さんがどれだけ胸を痛められたのか……!! 理不尽な怒りをぶつけられたほむらさんの感じた恐怖がどれほどのものか……!! まどかさんの受けた苦痛が……友奈さんが流した涙の重みが……!!」
ひなたがこんなに感情を露わにするなど、きっと今までに無かっただろう。大切な仲間が受けた苦しみは、全てがひなたの苦しみも同じ。
「正気に戻れた千景さんが直面した、仲間に手を出してしまった絶望感が……!! それでもあなたはどうでもいい話で済まされるとでも思っているんですか!?」
だが、奴は……
私達がここまで憤りを感じているにもかかわらず、全く動じていない。
「……感心した。郡千景……ここまで呆れて物も言えない見事な被害者面は初めてだわ」
「……!?」
「なん……ですって……!」
救いようが無い馬鹿を見る目から何も変わらない。
「ふ…ざけるなぁあああああ!!!!」
「っ、待って!!」
堪えようとした怒りが遂に爆発する。奴に相応なる報いを……もはや私の頭にある想いはそれだけだ!!
「はああああーーーーーーっ!!」
地面を蹴り、屋根の上で胡坐をかく悪魔に刀を振るう。辛うじて理性が邪魔をし峰打ちだが、その勢いはまさしく奴をこの世から滅するが如く。
『lass nicht』
『halte』
しかしその刀は止められる。陰から飛び出してきた二体の黒髪長髪の使い魔が割り込み、それらの持つ鎌の斬撃と棒による打撃をぶつけられて、耳を劈く金属音を響かせ拮抗する。
「ぐっ……! こいつ等……またしても……!!」
「……変身している勇者の前で無防備な姿を晒し続ける馬鹿がどこにいるの。少し考えれば分かるでしょう」
「チィ……ッ!」
「勇者足る者、半端な心や未熟な精神では務まらない。それに引き換え郡千景は……本当に無様ね。勇者っていう誇りはたった一度の敗北で壊れるような人間が背負っていい物ではないのに」
「貴様のような外道が、勇者を語るなぁあ!!!!」
湧き上がる力が二体の使い魔を武器ごと弾き飛ばす。しかし此方が掴みかかろうとするよりも早く受け身を取った使い魔達は暁美を抱えて寄宿舎の屋根の上に飛び移る。
「ちぃ……!!」
「こっちの屋根の上にジャンプしたの!? 見えない!」
「お前達はそこから動くな!!」
向かいに立つ暁美の冷たい声が重くのしかかる。氷のような冷徹さを持つ暁美は、まるで機械のように淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「……あなた達が無意識に身内贔屓しても、それはまあ甘く見ても仕方のないことだと受け入れてあげる。けれども事の発端は私ではなく郡千景。人の恩を唾を吐いて返した挙げ句、始めに殺す気で襲いかかってきたのは彼女の方よ」
「なに……!」
……そんなはずはない。確かに以前から千景は暁美の事を嫌っていた。だが千景は嫌いだからと言って人に襲いかかるような奴ではない。
「……これ以上……千景を貶めるつもりか!!?」
「それが身内贔屓だって言ってるのよ。まったく……郡千景の心象が悪くなる事実に蓋をして、此方を一方的に悪者扱い……うんざりだわ」
「黙れ!! それに……恩だと……!? 貴様のような外道の言う施しなんて碌でもない物に決まってる!! それで棚に上げているつもりか!!」
奴が千景にしてきた仕打ちを考えれば、それは当然の認識。それなのに暁美はまるで自分が善人、千景が悪人であるかのように告げる……ふざけるな……ふざけるな!!
「……何を言っても無駄ね」
「ああ……そのようだ!!」
「………じゃあ……どうしてくれる? 」
「……ッ!?」
突然奴の冷たい瞳に憎悪が宿る。肝が冷える殺気が迸り、思わず体が硬直してしまう。
「郡千景の過ちを認めようともしない連中が……! 現実から目を背け続ける連中が……! つまりこれも無視するってわけね……!」
怒りに震える奴の手が、ゆっくりと頬に当てられる。その部分には真ん中部分がうっすらと赤く滲んでいる、白いガーゼが貼られている。
そして、奴はとんでもない事を口にする。
「長年の!自慢の!宝物の!顔に!傷が付いた……! ねぇ、どう責任を取るつもり……鏡でこの傷を見る度に屈辱と怒りに震える私の憤りを……!」
「……!?」
傷付いた場所を指でなぞりながら、怒りの形相を浮かべてこちらを睨み付ける。
今ふと思い出す。あの日、樹海化が解除された後に私達の前に現れた暁美。奴は千景の返り血を浴び全身を真っ赤に染めていたが、今奴がガーゼで覆っている部分には確か……鋭利な刃物で裂かれたような、小さな傷があった。
たった今の奴の発言と、当時の状況から判断するに、その傷は千景の鎌によって付けられた……。
それだけの事で今、奴は激しい怒りを感じていると言うつもりなのか!? こいつは……っ! どこまで腐りきった外道なんだ!!
「ガーゼで覆える程度の傷が何だ!! 貴様が千景に与えた傷がその程度で治る物と等しいとでも言うつもりか!!!」
なんて身勝手な言い分! こんな奴の戯言を聞く耳など無い!
「お前の度し難い言動は心底見下げ果てたぞ!! 暁美ほむら!! 貴様に……勇者を名乗る資格など無い!!!!」
もう何もかも我慢ならない!!
「私と決闘しろ!! 暁美!!」
「………はぁ?」
「1対1だ!! その使い魔の力を借りず、正々堂々とこの勝負を受けろ!!」
ここでけりを付ける……貴様の腐りきった精神を叩きのめす!! 言葉にその想いを全て込めて言い放つ。
「……くだらない。あなたのお遊びに付き合えって言うの?」
「遊びではない!! 決闘だと言った!! 私が勝てば、これまでの全てを謝罪した上で、今貴様の持つ勇者システムを永久に放棄しろ!!」
「ちょっ…若葉!?」
下の方から会話だけを聞いていた歌野が寄宿舎の敷地外に飛び出て私達を見上げる。その後ろにはひなたの姿も。
戸惑いの声を上げるも当然の報いだ!! 私は今奴に勇者を辞めるよう言ったも同然なのだから。
「……確かに、利に適ってるとも言えます」
「ひなたさん、何を言って……! 暁美さんのストロングな勇者システムを棄てさせるなんて勿体ないなんてレベルじゃないわ!? 今度こそ本当に協力してもらうってプロミスにすればいい話じゃない!」
「……その場合、若葉ちゃんが勝利して、本当に暁美さんが協力する保証があると言えますか? 実戦時に約束を反故してスタンドプレーを行い、何も変わらないままの可能性の方が圧倒的だと思います」
「………っ」
「一方でこの若葉ちゃんの要求は、放棄と言いましたが正しくは提供です。かつて拒んだ彼女の協力な勇者システムの提供。若葉ちゃんが勝った場合、今度こそ渡して貰いシステムを調べ上げて皆さんの強化に繋げる。その後返さずに大社で保管という形を取れば、事実上暁美さんは勇者の資格を剥奪されるというわけです」
全てひなたの言う通りだ。それが最善の手段……奴を相応しくない勇者の座から追放し、持て余し悪用され続けた力は私達で正しく扱う。土壇場で反故するつもりがあると仮定しても、勝敗と同時に奴から携帯を取り上げれば済む話だ。
奴の力が強大だとしても、それを操る奴を私は仲間だと認めない!! この世界は私達で守る!!
「謝るだけで済ませる訳がないだろう……!! 貴様を勇者だと断じて認めん!!」
仲間を苦しませ、笑顔を奪う……暁美ほむらは私達の進む未来に邪魔なだけだ!!
……ただし、大きな問題が一つ。決闘とは双方の合意の元行われる物。今現在その強力な力を有するのが暁美だとしても、奴が決闘を受け入れる理由が無ければ話は流れる。
……だがしかし、絶対に逃がさん……!! 断ろうとも何度でもこの話を突きつける。地の果てに逃げようとも追い詰めてこの決闘を受けさせ……
「……いいわ」
「!」
「乗ってあげる。その決闘とやらに」
淡々とした口調かつ、無表情で言い放った。自らが背負わされた代償を失った際の事を考える素振りもなく。
「暁美さん!? 何を言ってるの!! あなたが負けた時のリスクが……!!」
「……二言は無いな?」
「あなたが勝つ場合の条件を提示するなら、逆に私が勝った場合の条件さえ呑んでくれれば」
……当然だろう、何の利もなくこんな話を受け入れるわけがない。私が勝利の暁を求めたように、奴にもそれを求める権利がある。
「……若葉ちゃんはあなたに勇者の資格という大きな代償を要求しています。……それに釣り合った、大きな代償を要求するおつもりですか……!?」
「まさか……命!?」
「いらないわよそんなゴミ」
考え得る最悪の代償は違うようだ。だが身も蓋もない悪質な一言に青筋が浮かぶ。結局は人の命をそのような物としてしか見ていない、やはり最低の屑だこいつは!
暁美ほむらが求める物……それは……。
「あなた達全員が、私に対して完全な不干渉を貫く事。私のやることなすこと、今後一切余計な口出しも目障りな接触も無く私に関わらない。それが条件」
「………そうか」
……つまり、私達に求める物は何も無かったも同然だった。だって、何も期待していない。奴は私達を見る気も、相手にしたいとも思っていない。
「あなた達から奪って価値が有るものなんて一つも無いわよ」
「……我々はお前にとって、目障りな小蝿と変わらないか」
「あら、私は初めから雑魚散らしか囮程度の働きには期待してあげてるわよ」
もはや怒りも通り越した。こいつにはもう、その価値もない。
「……場所を変えよう。ここでは人目に付く……ついて来い」
「………」
地面に飛び降り、一旦変身を解除する。暁美も再び使い魔に抱えられ、軽やかに地面に降り立つ。先を歩く私の後をついて、決闘の場へと歩みを始めるのだった。
「若葉……暁美さん……」
「歌野さん、あなたもそろそろ決断の時を」
「………」
後ろの方で聞こえたその会話を最後に、誰もが無言になる。次に言葉を発したのは、舞台に辿り着き、暁美ほむらと正面から向き合った時だった。
◇◆◆◆◆
「これより双方合意の元、決闘を執り行います。立会は私、上里ひなたが務めます」
「「…………」」
私達以外だれもいない丸亀城の広場にて、決闘の前口上を告げる。正面には勇者装束を身に纏う若葉ちゃんと、暁美さん……。
この決闘、若葉ちゃんが勝てば皆さんの戦力が各段に上がることは間違いありません。ですが、そのためにはその力を有する暁美さんに打ち勝たなければならない。その壁は高く、乗り越えるのはこれまでのバーテックスの襲来の時よりも険しく困難でしょう。
「ルールは1対1の真剣勝負。これは勇者としての力を示す決闘です。よって武器も模擬戦用の物ではなく、各々の神器の使用を許可します」
実戦のように、危険も伴う。若葉ちゃんの刀に暁美さんの爆弾……両者大怪我のリスクがある内容を耳にしても、表情一つとして変わらない。
「勝敗は先に降参をするか、戦闘続行不可能になるか……または私の判断でこれ以上は危険だと判断した時に試合は強制的に終了。その場で劣勢の方の敗北となります」
「…………」
「若葉ちゃんが勝利した際は……」
「確認はいい、ひなた」
若葉ちゃんが遮りました。既に覚悟は決まっている彼女に、この前口上は無粋ですね。
「……私も御託はいい。上里ひなた、あなたが乃木若葉に対して汚い忖度をしないと誓ってくれるならそれで」
暁美さんの鬱陶しげな言葉を受けつつも、冷静を保つ。確かに私は100対0で若葉ちゃんの勝利を望んでいる人間です。暁美さんの勝利なんて認めたくはありません。
「……私は若葉ちゃんの勝利を信じています。そのような真似は若葉ちゃんの誇りを無視し蔑ろにする事も同然です。勝敗は、公平に、公正に判断すると神樹様にも誓いましょう」
「……まあいいわ」
腕を組んで暁美さんは言います。その後改めて若葉ちゃんと暁美さんが向かい合い、二人ではなくそれを見つめる私達の間に緊張が走ります。
「……歌野さん、答えは決まりましたか?」
「……ええ」
小声で尋ね、短い言葉が返ってくる。歌野さんはこれまで暁美さんを友達と信じ続け、裏切られてきました。
若葉ちゃんが勝てば、暁美さんは勇者ではなくなる。暁美さんが勝てば、金輪際私達とあの方との間に繋がりはなくなる。
「……私は……若葉を応援する」
「……分かりました」
……それは純粋に、暁美さんとの訣別のために選んだ答えではないのでしょうが……いいでしょう。答えを出すだけでも苦渋の決断だったに違いないのですから。
「……それにしても、郡千景がどうなったのかもよく覚えているでしょうに決闘を申し込むなんて、本当に愚かとしか言い様がないわね」
「……っ」
……まずい、挑発ですね。それも千景さんに触れた……。
「はぁ、思い返すだけでもイライラしてきた。自分の能力も精神も碌に備わってない未熟者が、感情のままに暴れてヒステリックに叫ぶわ、うざい事この上ない。そんな死にたがりをお望み通り痛めつけて責められるなんて、本当に理不尽な世界だわ」
開始前に若葉ちゃんの感情を煽ってペースを乱すつもりなのでしょう。真っ直ぐで真面目で正直すぎることが魅力の若葉ちゃんです。挑発は彼女にはとても効果が……。
「侮るな」
反応を返したとは言え、その感情は極めて冷静でした。
「この命、奪えるものなら奪ってみろ。貴様の如き力の使い道を誤った外道にそのような隙を晒すほど、私は弱くない」
「……あら、そう」
「若葉ちゃん……!」
これまでの私のよく知る若葉ちゃんなら、暁美さんの目論見通り怒っていたでしょう。ですが今の若葉ちゃんは決して負けられないこの状況下において、過去最大のポテンシャルを秘めている。
「ひなた」
揺るがない精神は例え格上の存在が相手であろうとも打ち負かす。見えません……若葉ちゃんの負けるイメージが!
「必ず勝つ」
「はい!」
鞘から刀を抜き放ち、若葉ちゃんが構えました。切っ先と鋭い眼光を向けられながらも、暁美さんは全く動じず平然としています。それどころか左腕に装着している円盤型の盾を片手で弄る始末……。
まるで若葉ちゃんを脅威と認識していないかの如く。
……若葉ちゃん……勝ってください……!
「両者……始め!!」
「ッ!!」
試合開始の合図を告げると同時に先手を取ったのは若葉ちゃんです。爆発的な速度で踏み込み、刀を振るいます。暁美さんとの距離を一瞬で半分近く詰め、
「──ぁっぎ!? ぶごぁあっ!!?」
「「………えっ……」」
突然……私達の耳に断末魔の叫びが届いた……。信じられないものが……ほんの一瞬だけ、私達の目に映った……。
目の前で完璧な一手を繰り出し、今まさに一閃を放とうとした若葉ちゃんは、その姿が見るも無惨な形に崩れていた……。
浮き上がった、くの字に折れ曲がった若葉ちゃんの体……その体に、楕円形の形をしたバスケットボールサイズの何かが砲弾のように炸裂した。
「こればかりは──」
砲弾は若葉ちゃんの体に激突した勢いで四方八方あちこちに飛び散って、その勢いが直撃した若葉ちゃんはまるで時速100キロ越えの大型車に跳ねられたような勢いで飛ばされ、
「気に病む事は無いわ。初見なら誰もがそうなって当然の結果だから」
地面に……叩きつけられ……赤い液体が……ピクリとも動かなかった……
「……わ………若葉ちゃぁぁああああん!!!!!!」
「……な…なにが……起こったの……!? 一瞬で若葉がボロボロに……ふっ飛んで……!」
「ありえません……こんな……こんなのって……!!!!」
どうして若葉ちゃんが倒れているんですか……!! 若葉ちゃんを見下ろす暁美さんは……その場から一歩も動いてすらいないのに……!!
「……………っ!!? そう……だった……思い出した……アレだわ……!!」
「………アレ……?」
「諏訪で離れたところにいた進化体バーテックス三体を一瞬で倒した!!」
「!」
歌野さんの言葉を聞いて、かつて彼女達が話してくれた事を私も思い出した。目の前で話していたはずの彼女が、会話が終わる前に凶悪な進化体を複数同時に倒してしまったと……移動すらせず、空襲のように大規模な爆撃を浴びせたと……!
「乃木若葉……あなたは負けた」
……なんなんですか……そんなデタラメな話は……! 瞬間移動のような非現実的な超能力を有するなんて言うつもりですか……!? いえ、もはや瞬間移動なんて生易しいレベルでは片付けられない……!
「もし私が殺す気でやっていたら今、あなたは100回死んだ」
あの方はいったい……何者なんですか……
「さようなら。もう二度と近づかないで」
「……ま……て……」
「「!」」
「………」
「まだ…だ……私は……負けて…ない……!」
ポタポタと頭から血を流しながら、若葉ちゃんはそれでも立ち上がりました。刀を杖代わりにして、震える膝を無理矢理立たせながら……
「……! わ、若葉ちゃ……」
「ぜぇ…ぜぇ……! はっ……ゲフッ……!!」
若葉ちゃんの目は鬱で、焦点が定まっていませんでした。鼻血や、口からも血が流れているだけでない。顔中殴られたように腫れ上がっていました。手足にもハッキリと痣が浮かび上がっているのが見えます。
若葉ちゃんは……立ち上がることはおろか、意識を保つことすらやっとの状態で……。
なのに……若葉ちゃんは……刀を暁美さんに向けようと……
そんな若葉ちゃんを見て、暁美さんは……
「……手加減が過ぎたかしら? 難しい」
困った様子もなく、ただ面倒そうに、淡々と呟く。
そして、若葉ちゃんの身体が既にもう戦える状態ではないと見抜いていながら、地面を蹴って一気に距離を詰める。
「うっ……くっ!」
傷ついた身体で咄嗟に刀を振る。しかし、本来の若葉ちゃんなら有り得ない剣速と、込められるはずのない力……そんなものでどうこうできる相手のはずがなく、左腕の盾で刃を軽々受け流す。
そのまま暁美さんは身体を半回転させ、捻りを加えた刺すような鋭い蹴りを若葉ちゃんのお腹に叩き込んだ。
「がっ……!?」
「ああっ!」
「わ、若葉っ!」
若葉ちゃんは宙に浮き上がり、ボールのように何度もバウンドしながら地面に倒れる……。
その光景を目の当たりにした歌野さんの絶叫が響き渡る……。
「……若葉……ちゃん……っ!」
これ以上は……もう……っ!!
「この決闘! 勝者……!!」
「まだだぁ!!!!」
この悲劇に幕を降ろそうとしたその時、倒れ伏した若葉ちゃんが血を吐きながら叫ぶ。若葉ちゃんは、それでもなお、立ち上がろうとしていました。
その姿を見て、止めようとしていた私は言葉を失い、決して諦めようともしないその姿に涙を流し……
暁美さんは……
「もう一回、そうね……これは……ふむ」
何やらぶつぶつと呟いていた。すると左足を前に出し、まるで何かを勢いよく蹴るかのような姿勢に……
「相手の体を細胞ごと破壊するかのような鋭い一撃を……これでお見舞いする。名付けて」
そのままサッカー選手がシュートするように、何もない虚空を蹴りつけようとする、瞬間
「ゲノムリビルド──」
彼女の足元にカボチャが出現する。
「スクワッシュフォーム!!」
振り抜かれた暁美さんの足から放たれた、砲弾の如く発射されるサッカーボール大のカボチャが、凄まじい速度で立ち上がろうとする若葉ちゃんに直撃した。
カボチャはあまりの威力に耐えきれず爆発し、若葉ちゃんの体がまた吹っ飛ばされる。
……絶句するしかなかった。必死になって立とうとする若葉ちゃんに……私は一体何を見せられたのですか……?
「………名付けて…って…言いました……? あんなふざけた攻撃を……即興で……? あ……あなたはこの状況を遊んでいるんですか!!!?」
かつて無い怒りに包まれる私に対し、暁美さんは何事もなかったかのように平然としている。いいえ、つまらなそうにしている……!
「もうこれは消化試合じゃない。最初からつまらなかったのに、技名付けて遊んでないとやってられないわよ」
悪魔が……そこにいる……。
「……あれ……その辺に置いてた私のカボチャは……? ない……」
「ああ、鈍器にちょうど良さそうな物が転がっていたから、拾っておいたわ。弁償しろって言いたいなら代金は大社にツケて頂戴」
「っ!!?」
「歌野さんっ!!」
隣の歌野さんが、怒りに任せて飛び出そうとしたので私は慌てて彼女を引き止める。
……怒りの……歌野さん……? あの歌野さんが暁美さんに、初めて明確な怒りの感情で睨み付けている……?
「……あのカボチャは……! とても優しいファーマーのおじいさんとおばあさん達が私達のためにって……!! それなのに……あんまりじゃない!!!!」
歌野さんの怒声に、暁美さんの眉間にシワが寄る。彼女は不快そうに、苛ついた様子で舌打ちをした。
なんて最低な反応……。この人は……どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのでしょう……。
今までずっと信じてくれた歌野さんを改めて裏切り、さらには善良な人々の想いまでも踏みにじる。
「みんなが……」
「………」
「泣いたんだ……」
「若葉ちゃん……もう……!」
いつの間にか若葉ちゃんも起き上がっていました。身体中が痛々しく腫れ上がっているのに、それでも立ち上がり……刀を構える。
「みんなを泣かせたお前に!! 絶対に負けるわけにはいかないんだぁああああ!!!!」
若葉ちゃんは、これまでで一番激しい気迫で叫び、暁美さんに飛びかかる。
「……そうね……」
しかし、若葉ちゃんの振り下ろした刃は暁美さんにかわされ
「……………」
乃木若葉の言葉から、あの時、真実を明かされた日の事を思い出した。
全身を包帯で覆い、動けなくなった少女と。両腕と両目を失い、愛する人を抱きしめられなくなった少女が、涙を流しながら言った言葉を。
『ちゃんと言ってほしかった……分かってたら…怖いって分かっていても……それでもあの子達ともたくさん遊んで、たくさんお喋りできて……幸せだったはずだから……』
『伝えておきたくて…!』
彼女達が負った、決して癒えない傷の痛みが浮かび上がる。
「私のセリフだわ。お前達にそれを言う資格があると思わないで」
「無責任の権化が」
真上に出現した大きなベッドが、若葉ちゃんを押しつぶした。
「………っ! この決闘の勝者!!」
ベッドに押し潰されたまま動かなくなってしまった若葉ちゃんを見て、私は宣言する。
悔しさから来る涙を堪えきれず、もうこの悪魔から縁を切りたい一心で……その名を叫ぶ。
決闘は結果のみが真実
【使い魔セリフ翻訳】
地面を蹴り、屋根の上で胡坐をかく悪魔に刀を振るう。辛うじて理性が邪魔をし峰打ちだが、その勢いはまさしく奴をこの世から滅するが如く。
『lass nicht(させない)』
『halte(止まって)』
しかしその刀は止められる。陰から飛び出してきた二体の黒髪長髪の使い魔が割り込み、それらの持つ鎌の斬撃と棒による打撃をぶつけられて、耳を劈く金属音を響かせ拮抗する。
【ゲノムリビルドスクワッシュフォーム】
原作のようにほむほむ自身がカボチャになって攻撃するのではなく、勇者の脚力を利用したシュートでカボチャを蹴り飛ばし、相手に炸裂させる。2020年にこの作品が始まったため、2022年に登場したこの技の事を多分ゆうほむは知らない。
敵単体にダメージ[Ⅶ]& 与えるダメージDOWN & MP獲得量DOWN(敵全/3T)& 必ず幻惑 & 必ずマギア不可(敵全/2T)& MPダメージ(敵全) & スキルクイック(自/1T)&白鳥歌野に怒り付与
ひなた様「この悪魔!!」