ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第七十話 「悪夢」

 ───両者……始め!!

 

 開始の宣言と同時に飛び出した。力強く、そして速く踏み込んだ一歩は直前まで立っていた地面を砕く。1秒の半分にすら満たない僅かな時間で、私と奴の距離は残り数メートルまで縮まる。

 今までにない、気の高まりを感じる……この時の私は過去に類を見ない程の、所謂火事場の馬鹿力とやらを発揮していたのだと思う。

 

 完璧な速攻だった。現に奴はひなたが宣言した時の構えのまま……いや、これは断じて構えと呼べる物ではない。左腕の盾を右手でガチャガチャと弄る、ただの棒立ちに他ならない。

 私の動きに対し何の反応も起こさない。だが今更危機に気づき、避けようと動いた所でもう遅い。回避の動作に移る余裕すら奴には無いのだ。

 

 それは全て、今まで奴が私を侮ってきた報いだ……と。

 

(皆の心を散々傷つけた貴様の罪を、その身を持って償うが良い!!)

 

 

 

 視界から奴の姿が消えた。

 それと全く同時だった。後頭部に強い衝撃が走ったのは。

 

 ───………ッッ!!?

 

 後ろから殴られた……コンマ0.1秒でその事に気づいたまさにその瞬間、顔面に堅い、金属バットのような感触の何かが猛烈な勢いでめり込んだ。

 

 ───!?

 

 否、めり込んでいた。勢いそのままに殴り抜けられ、顔面の内側で堅い物が砕ける感覚……鼻が折れた。痛みを脳が信号として送る前に、視界の端に奴の姿がほんの一部だけ映った……脇腹に強烈な衝撃が襲った。

 

 ここで全ての痛みが駆け巡る……後頭部と顔面、脇腹に、思わず声を漏らしてしまいそうになるも、それは叶わない。

 

 それよりも先に、顔を横から殴られる。口の中で折れた歯が転がり……殴られた勢いで首が真横に向かう前に、今度は側頭部に蹴りが入る。

 

(なっ……!? 何が……)

 

 分からない。痛みを感じる間もなく絶え間なく攻撃が襲い掛かる。防御を取ろうと考えようとする前に、身体が反射的に身を守る前に……。遅れて激痛を感じる頃には別の部位が壊される痛みが襲うのだ。

 

 腕、肩、腰、足、脛、膝、腿、肘、指先……体中至る所を滅多打ちにされる。それらは全て、5秒にも満たない僅かな時間で遂行されていた。

 

(目が……開けられ……!)

 ───ぎ…

 

 意識が遠のきかける……それよりも前に、鳩尾を思い切り蹴られ胃酸が逆流する。口から吐き出すよりも前に、顎を打ち上げられる。

 

 よりも前に……よりも……前に………

 

 ───がっ…

(耐え…ろ……!)

 

 何も出来ない、一方的な的に成り下がろうとも……

 

 ───ぶっ…!?

(チャンスを……)

 

 立つことが出来なくなろうとも……

 

 ───……あ…ぁ…

(負けられないんだ……!)

 

 皆の悲しみを消すために……

 

 

 

 

 絶対に……負ける訳にはいかなかったのに……

 

「………っ!! ぐぅぅ…っ!?」

 

 悪夢から解き放たれたと同時に、飛び起きるように上半身を起こした。だが、今の私にとって負担の掛かる動作だ。全身に走る鈍い痛みによって再び倒れ込む。

 

「ぐ…ぎぎ……ハァー……ッ! ハァー……ッ!」

 

 今の身体を起こそうとする動きだけで……息をする事だってままならない程、その痛みは深刻だった。うずくまろうにも身の回りにある点滴の管が邪魔で上手く動けない。

 痛みに堪えようと歯を食いしばろうにも、咥内も傷つき奥歯も折れているためそれも出来なかった。だから必死で目を強く瞑り続ける事で、それで痛みが小さくなっていくのを待つことしかできず……。

 

「う……うぅ…!」

 

 滲み出る涙が浮かびつつ、やがてゆっくりと目を開けた。左目は眼帯で覆われていて見ることができない。右目の視界に映るのは薄暗い病室の天井。物静かな事も踏まえると、時間は深夜帯だろうか。

 

「………」

 

 茫然と無意識に右手を上げる。暗くてはっきりとは見えないが、元から手の平の裂傷に巻かれていた包帯以外、手首から肘にかけて巻かれている包帯が目に映った。

 

 無数の打撲に、ヒビが入った骨。筋肉は断裂して、身体中ズタズタにされた。それらの傷全てが適切な治療を施され、耐えられない痛みではないのだとしても、今なおズキズキと悲鳴を上げている。

 

「……ひ……な…た」

 

 何時も側に居てくれる幼馴染の名前を呼ぶも反応はない。そもそも彼女は夜になる頃に病院の面会時間を過ぎたため寄宿舎に戻っているのだから。

 明日になればきっと来てくれるのだろうが、それまでの間私は一人っきりだ。こんな痛みや息苦しさだけが隣に……そう思うと胸が苦しくなり、涙腺が弛む。

 

 そこから滲み出てきた涙が頬を伝うのに、そう時間は掛からなかった……。

 

「……ひっ…ひっ……ひっく…! んぐ…!」

 

 痛いのは、全身だけじゃない。心が張り裂けそうになるほど辛く、痛い。その痛みは完全に肉体のそれを凌駕していた。

 あの時の記憶は鮮明に残っている。私は奴に負けたのだ。

 

『乃木若葉……あなたは負けた』

 

 負けた。完膚なきまでに。手も足も出ずに一方的にやられた。

 

『もし私が殺す気でやっていたら今、あなたは100回死んだ』

 

 手を抜かれていた。私の身体は誰がどう見ても重傷……だが、奴ならばもっと酷くこの身体を壊す事、殺す事ができていたはずなんだ。

 

『無責任の権化が』

 

 私は奴に……勝たなければならなかった……! 千景の無念を晴らすために……! 皆の心の安寧を取り戻すために……!

 勇者の正しさを証明し、奴の間違った力を否定しなければならなかった!!

 

「うっ……ぅうううううううう!!」

 

 思い返し、涙と嗚咽が止まらない。

 情けない。自分の弱さが憎い。悔しくて、惨めで、何もできなかった自分が許せなくて……。

 

 奴の間違った力に叩きのめされた……私の魂とも言える誇りはグチャグチャだった。

 

「うぁぁ……あああぁぁぁあぁ……!!」

 

 声を抑えることができず、むせび泣く。大粒の涙を拭う事すらできず、顔中とベッドのシーツを濡らすことしかできなかった……。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 今日見る夢は……懐かしい。

 

「ハアァ!!? 暁美アンタ、うどん好きじゃないの!!?」

 

 突然響き渡った大声に、咄嗟に両耳を塞ぐ……。これは私達が勇者部に入部して一週間も経っていない頃の……思い出だ。

 

「……いや、たかがうどんでしょう? 嫌いなわけではないけど特別好きというわけではないです。食事なんて必要な栄養さえ取れればそれで十分ですから。ねぇ二人と……も?」

「「……!? ………!!?」」

 

 同意を求めるように振り向いた先の彼女達も、あの時初めて見るくらいビックリしていた表情で固まっていた。特におかしな事を言ったつもりはなくて、彼女達の反応を怪訝に思いながらも、気取ったように昼食用に用意していた栄養調整食品を齧った。

 

 そのブロックタイプの栄養食に、味はない。食感も……だってこれは夢だから。この世界に来てしまってから続く、お約束の。

 

「うどんがカロリー○イトやゼリー飲料に劣ると申すか貴様ァ!!! それでも香川県民か!!?」

「ま、まあまあ部長……! でもほむらちゃん、それだけじゃやっぱり……」

「そうよ。ちゃんとした物を食べないと身体に毒よ」

 

 目の前で客観的に見える光景を目の当たりにしながら、あの時は釈然としない気持ちだったと当時を振り返る。

 本当に遠い昔の記憶を辿れば美味しい料理か口に合わない料理に一喜一憂していたとは思う。だけど二度目の人生となるこの世界にて娯楽や趣味の類の探求を早々に放棄した私にとって、食事とはなんて事はない当たり前すぎる毎日のルーティン。

 

「……そうは言っても、ぼた餅やお菓子みたいに手っ取り早く食べられることだし」

「「だーめ!」」

 

 別に美味しい食べ物に興味は無かった……あ、でもカボチャは割と気に入っていた。そんな味覚を持った身体だったから。

 ただし多少味が良い料理を口にしても、それよりも栄養と時間の効率性を重視して携帯食料を敢えて食べる……この時はそれが“暁美ほむら”らしいと思っていたから。

 

 そんな固定概念を初めて揺さぶったのが、東郷のぼた餅。絶妙な甘さと柔らかさ……足が不自由な友達が私達の喜ぶ顔を見るためにと、一生懸命になって作ってくれたそれには味や食感以外の美味しさがあって。とても珍しいことに、お店で出しても通用するなんて評価を口にしたっけ。

 ……だからこそ、私が好きになる食べ物はぼた餅だけだと決めつけていて……。

 

「……今までも全然平気だったし」

「今は良くても成長してからがヤバいもんなのよそういうのは! いくわよ東郷! 結城! ターゲット確保!」

「あいさー!」

「もぐもぐ……えぇー……? もぐもぐ……サーでいいの?」<サクサク

 

 不満げな私の反応なんて何のその。ズルズルと引き摺られるように私の身体は引っ張られる。当時のこの反応とは裏腹に、客観的にこの流れを見ている今の私は、心の底から願って止まない光景を目の当たりにして心が締め付けられる気分。

 

「アタシが奢っちゃる! ちゃんとしたうどんを食べなさい!」

「うふふっ。その栄養調整食品のお菓子、よーく味わって食べるといいわ、ほむらちゃん。これから先はもうそんな物で満足できない、うどんを求めずにはいられない身体になるんだもの」

「何それ怖い……もぐもぐもぐもぐもぐ」<サクサクサクサク

「危険を察知して頬張るな! リスかあんたは!」

 

 その声が染み渡る。その笑顔が、怒り顔が、呆れ顔が、愛おしくてしかたがない。そっと彼女達の顔に手を伸ばそうと……ううん、動かせるはずがない。この時の私はとてもそんな風に感じていないから、手を伸ばす理由なんかない。

 

「……ひょっとして想像してたのと違うタイプの子なのかしら、暁美って……」

ふぁひふぉうぃっへふんへふはふぁはひは(何を言ってるんですか私は)

「口に入れたまま喋るな!!」

「ゴクン……見ての通りクールな女です」<ホムーン!

「どこがじゃい!!」

 

 現実ではない、過去の思い出だもの。懐かしむ余裕すら存在しない……切ない……

 

「…………」<ホムゥ…

「…………」

「見ての通りクールな女です」<ホムーン!!

「『!』が1つ増えた!?」

「ほむらちゃんの凛々しさが!」

「変わっとらんわぁあああ!!!!」

 

 ……痛いな。苦しいな……胸が……心が、ずっと……。過去を振り返る夢の中でしかみんなに会えないなんて。

 毎日、毎日、意識を手放し眠りにつく度に、過去の自分達の姿が呪いとなって映し出される。幸せの象徴たる思い出を、そんな形として認識してしまうなんて不本意の極みでしかない……でも、そう感じる他ないのよ……。

 

 いつもなら、幸せな日常の光景に耐えかねて飛び起きてしまう。でも、今回は続きがあった。

 

 そう、それから四人で初めてかめやに行ったんだった。お店の中に入ると同時に、何を食べるのか決めていた三人がすぐに注文をして、興味の無かった私にバラバラなオススメをアピールしてくるの。

 肉にわかめにきつねに海老天に山菜に月見にぶっかけにカレーに鍋焼き……うどん初心者を沼に引き摺りこむべく片っ端からオススメされた。

 

「……それで、メニューに書いてあるうどんを全部の魅力を語られて、結局何を頼めばいいの?」

「もちろん、ほむらちゃんが食べたいなーって思ったうどんだよ!」

「迷う必要はないぞ若者よ。お主はようやくのぼりはじめたばかりだからだ……はてしくなく遠いうどん坂を」

「途中で未完になるんじゃないかしら」

「ふふっ、部長が言いたいのは何もうどんを食べに来るのは今回だけじゃないって事よきっと」

「うん! ほむらちゃんは今さっき、そんな美味しそうなうどんがいーっぱいあるんだって思ったばかりでしょ!」

「ええ…まぁ……」

「今日食べなかったうどんも、また次来た時に頼めばいいよ!」

「友奈ってば……もう次に来た時の事を考えてるの? まだ食べてもいないのに、ちょっと気が早過ぎるんじゃない?」

「だって、みんなと一緒に食べるうどんなんて絶対に美味しいに決まってるもん! 今から食べるうどんも、そのまた次に食べるうどんもワクワクするでしょ!」

「みんなと食べる……」

 

 温かい言葉ばかりがそこにはあった。味気ない栄養補給の為だけに取る食事なんかにはない、温もりが。それはそう、一人で黙々と口に含むだけ、作業に等しいそれと、みんなと一緒に幸せを噛み締める対話が同じはずがない……。

 

「…………」

「ほらほら、早く決めないとアタシ達のうどんが先に来ちゃうわよ。麺が延びるのはイヤだし、先に食べ終わってもおかわりするから良いけど、やっぱ食べる時は一緒に食べたいじゃない?」

 

 とっくにみんなが知っている、当たり前の事。ニカッと笑う彼女達を見て、感じる。この時はまだぼんやりとだけど、確かにその事実に気づき始めた。

 

「……私は……じゃあ───」

 

 

 テーブルに置かれた四つのうどん。一見すると、ただのうどん……でもこの時の私の目には、今まで目にしてきたうどんよりも、どこか美味しそうで温かく見えた。

 

「それじゃ、いただきますっ!!」

 

 三人が美味しそうに、気持ちのいい啜る音を立ててうどんを食べるのを、箸を手にしたまま見つめる私。

 食事が、うどんが彼女達を幸せ気分を味わわせる。そんな光景が、彼女達の笑顔が、胸に響く。

 

 私も一緒に、みんなと初めてのうどんを口に……そこから私も、うどんが大好きに……

 

 

 

「………ッッ!!!?」

 

 はっきりとした、気持ち悪さと悍ましさ。ドロドロとした感触の、臓物の味が口いっぱいに広がった。同時に脳味噌をグチャグチャにかき混ぜられるような、猛烈な不快感と吐き気に全身が支配される。

 

「かっ…! ゲホッゲホッ……! ぇっ…………オェエエッ……!!」

 

 苦しさに涙を浮かべながら、必死に自分の身体を見下ろし……吐いてしまう。夢の中なのに、口の中に酸っぱい、お腹の底から混み上がる胃液……実際に嘔吐してしまったかのようなリアルな感覚に襲われる。

 吐き出した物の中に、赤黒い何かが混じっている事に気づくまで少し時間がかかった。生々しくてグロテスクな…………なんで、こんなものが……!?

 

「……な…に……!? ハァ…ハァ……!?」

 

 頭が酷く重く、内側から張り裂けそうな()()が止まらない。痛覚を失ったこの身が久しく感じなかった痛み……

 

「あら、吐き出すだなんて勿体ない」

 

 そんな声が頭の中に響いた。

 

 愉悦を存分に孕んだ女の声。

 

 私の隣に座っている風先輩の声、前に座っている友奈の声、東郷の声……そのどれでもない。

 

「…………!」

「こんなに美味しいうどんを食べられないなんて、可哀相ねあなた」

 

 私の前に座っている……()()()

 

「…わ…たし……!?」

 

 友奈の姿も、東郷の姿も、風先輩の姿もそこにはない。動揺に支配された私と……暁美ほむらの顔をした、ナニカがそこにいた。

 

「食べないんだったらもらうわよ」

 

 そう言ってそいつはテーブルの上でこぼれた、赤黒い腐臭を放つ丼を手に取ると、その中の悍ましい物を啜る。

 

「……ッッ!!?」

 

 私の口の中に、名状し難い鉄と生臭い味、グチョグチョと粘着いた最悪なんて言葉が生易しい地獄その物の食感が広がった。間違いなく、目の前にいる得体の知れない何かが口にしている物の感触……それがダイレクトに私にも伝わってきていた。

 

「~~~~ッッ!!!!」

「ふぅ……堪らない死ねる(生き返る)味。最悪(最高)だわ」

「ぉ……ぅぅ……ッ」

 

 うっとりと恍惚とした顔で食したそいつ。まともな言葉を一つも紡げない、息も絶え絶えの死にかけた表情でテーブルに崩れ落ち痙攣している私……。

 

「はぁ……今日はなんて日かしら。久しぶりに味わい深いうどんを食べられて……これもあなたのおかげよ。どうもありがとう」

「…………!」

 

 なにが……! 大体コイツは……! この夢は一体……

 

「なにがって……うふふ♡ あなたが郡千景に続いて乃木若葉を手酷く痛めつけてくれたから♡」

 

 …………は?

 

「あなたがその壁を壊してくれたおかげで、まだまだ不完全ではあるけどこうして私が出てくることができた」

「…………」

「もうゾクゾクが止まらなかったわ!! 絶対に負けないって言ってた勇者様が、何もできずにボロ雑巾みたいにやられていって本当に!!」

 

 席から立ち上がると仰々しく踊るような身振りと共に、その感情を露わにする。嬉々として、興奮して、楽しげに。

 

 狂喜に満ちたその笑みは、直後に変わる。真顔になり、瞳に光はなく、ただただ漆黒で潰されている。

 

「いい気味だわ、無能な土地神共が」

 

 そう言い捨てると、そいつの足下から闇が広がっていく。徐々に空間を覆い尽くしていくそれは、そのまま私を飲み込んでいった。

 

 真っ黒な闇の中で、そいつの姿形だけははっきりと見えていた。まるで、そいつだけ別世界に切り離されているかのように。

 

 そこから見えるそいつの顔は、満ち溢れている。

 

 悪意と、殺意と、憎悪に。

 

一人じゃなにもできない巫女風情が

「………ッ!?」

「……あは…アハハハハハハハ!!!!」

 

 狂ったように高笑いを上げる、私の顔をしたナニか。その瞳に宿る感情は明らかに常軌を逸していて、その奥底にどす黒く渦巻いているモノは……

 

「……おまえ…は……何者なの……!?」

「……私が何者か、ですって?」

 

 一瞬キョトンとしたかと思うと、またあの嘲笑を浮かべた。でもこの瞬間には、もうソイツの表情からは狂気じみた色が消え去っていた。

 

 先程までの邪悪さはどこにもなく、慈愛すら感じる程の穏やかな微笑み。それが私に向けられた。

 

「酷い事を言うわね。長年寄り添ってきた半身に対して」

「半身……? な、何を戯言を……! お前みたいな得体の知れない奴が……!」

 

 諭すような口調で語りかける。私にそっくりなそいつは、私に向かってゆっくりと歩いてくる。

恐怖が、畏怖が、嫌悪が、私を支配する。

 

「私の事はあなたの悪夢が生み出したダークサイドの暁美ほむらとでも考えてみる? つまらないわよ、それって」

「……煙に巻くような言い方は止めて……! 私が聞いているのは、お前が何者で私の敵かどうかって事」

「─────」

 

 私の言葉を遮るように、そいつが言う。

 

「………えっ?」

「だからそれ、私の名前」

 

 ふざけないで……!! そんな訳の分からない事を言われても納得できるわけがないじゃない……!

 そんな私の思考を読んだのか、そいつはまた微笑む。

 

「それともこう名乗った方が良いかしら……鷲尾……いいえ、やっぱりこっちね、私の名前は───」

 

 

 

 目が醒めた。真っ暗い部屋の中、飛び跳ねるようにして上体を起こす。

 

「はぁ……! はぁ……! ……うっ!?」

 

 悪夢と同じ気持ち悪さが一気に込み上がる。息を整えようと深呼吸を繰り返しても、吐き気が収まらない。

 

「……っ! げほっ……!」

 

 トイレに駆け込もうとするも堪え切れず、その場で戻してしまう。

 

「はぁ……! ぐぅっ……!」

『………! ………!』

 

 慌てたようにエイミーが現れて、私の身体にくっ付いた。荒々し過ぎる呼気と共に口から溢れ出すのは唾液混じりの吐瀉物。歪む視界、目眩、重くて怠い頭。何も考えられそうにない、ただ、ありとあらゆる苦しさしか感じれそうにない……。

 

 何度も、何度も繰り返して、ようやく吐き気と目眩が落ち着いた頃には絶望感しか残されていなかった。

 

「うっ……」

 

 ふらつきながら立ち上がり、洗面台へと歩く。途中手探りで電気を付けると明るくなり、形だけなら分かるようになる。その際目に入った時計の時刻は午前1時……布団に入って二時間しか経っていない。

 鏡には酷い顔をしている私が写っていて、思わず目を逸らす。ここまで醜い顔を見て、ますます惨めな思いをするだけだもの……。

 

「……っ」

 

 とんだ最低な悪夢だ。私がうどんを好きになるきっかけのエピソードの最中……世界が真っ黒に塗りつぶされた。

 笑顔に包まれていたみんなの姿は呑み込まれ、そこに一人で呆然と立ち尽くすしかない。何度も名前を呼んでも、誰の声も返ってこない。

 

 過去の煌びやかな思い出が二度と戻らないと突きつけられたようで。

 

 もう二度とあんな風にみんなと笑い合えないのかもしれないと思えば、胸が締め付けられるような苦しみを覚える。だから他の全てを犠牲にしてでも取り戻すと誓ったばかりなのに。

 

「……帰るの……絶対に……!」

『…………』

 

 早く戻らないと思い出が穢れる。この日も、その次の日も、同じような悪夢を立て続けに見せられた私は一層その思いを募らせる。

 

 

 

 

『やっぱりまだまだ不完全ね。せっかくお話できたのに、ほとんど忘却されている』

 

『……ふふっ。帰れるわけがないのに♪』




 もう「げはーーっ!」はできそうにないねぇ……
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