ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
間に合わなくてすみません……供養はさせてください。
その時の空は鉛色だった。日も暮れ始めた時間帯と、空全体を覆い尽くす巨大な雨雲が相まって薄暗くなっていたのだ。
当然そんな空模様であるのなら、太陽の光なんてほとんど差し込んでこない。地面に叩き付けられるように落下し激しい音を奏でる雨粒に視界を奪われてしまえば、もはや足元すらろくに見えなかった。それほどの大雨が降っていたのだ。
「…………」
しかしそんな中でも、その馬鹿は一人佇んでいた。降りしきる豪雨の中、頭から爪先までずぶ濡れになりながら、ただ呆然と雨に打たれていた。
その馬鹿とは私の事だ。
バスケの大会でボロ負けしただけで、叫んでその場から一人勝手にいなくなって、死んだような目をしていて絶望を感じているような奴を、馬鹿と言わずに何という?
ただ、誰とも会いたくない……誰にも今の情けない私を見てほしくない……そう思った私は、逃げ出したんだ。
両親から、友達から、仲間から。
自分自身が嫌で、嫌で……みんなの前から逃げた。
「……グスッ…ひっく……ひぐ…! うぅっ……」
逃げる事以外に出来た事と言えば、そいつに相応しい姿で惨めに涙を流して泣くことだけだ。
私は勘違い野郎だったんだ。自分は凄い才能に満ち溢れた特別な存在だって信じていた。
今まで他の人達よりも優れている結果を出せていたから……今までの試合も、いつだって私は活躍していたから……私はあの人に認められていたから……
───私には、あの人みたいな特別な力がある……だって私は、私の知っている一番凄いあの人と同じなんだから。
長い間、そんな馬鹿な勘違いを真実だと思い込んでいたのだと分からせられた。所詮は井の中の蛙……ちょっとした要因から、イキがって強がっていただけの、傲慢な子供だったのにだ。
涙が止まらなかった。悔しくて悲しくて恥ずかしくて、自分が嫌いになって……泣いていた。自分が今まで積み上げてきた物の形が、なんて歪で醜いのだと全てが許せなくて、暗い感情が止まることなく溢れかえる。
何よりも、私が尊敬するあの人の名前に泥を塗った……それが許せなくて、死にたくなって……
私の身体中に叩き付けられる雨が止まった。
「見つけた」
その声が聞こえると一緒に、私の頭の上を傘が覆う。
なんで……とか、そんな風に思う前に世界が少し明るくなる気がした。
こんな私なんか見ないでほしいのに、目が勝手にその声の主の方に動く。
自分の傘を私が濡れないように差して、激しい雨に身体中を打たれるその人は、太陽のように穏やかな微笑みを浮かべて……
「試合がんばったね。一緒に帰ろっか」
目を開けると当然その人は目の前にいなくて、代わりに目覚まし時計の音が朝になった事を告げていて……。
「………昔の夢を見るとか、別に今は現実逃避したいとか思ってないだろ、私……」
……まぁ、悪くはない朝だ。
◆◆◆◆◆
「ん、ベーコンが残り少ないな」
朝6時に起きて、トーストとベーコンエッグとサラダ、ミルクの朝食を作り、それを食べる。いつも通りすぎる私の朝の流れだ。変わり映えのしない、私らしい平々凡々な日常だが別にそういうのでもいいだろう。わざわざ特別なんてものに片足を突っ込まなくたって、そんな響きは過去の恥ずかしい勘違いでもう充分だ。
そういうわけでテーブルの上に置いた普通の朝食。ホームセンターで買われた一般的な椅子に座り、両手を合わせる。
これも普通の所作だが、大切な事だから。
「いただきます」
まだリビングには私以外に人はおらず誰も聞いてはいないが、その言葉を忘れずに口にする。形だけに留まらず、感謝の気持ちを充分に込めて。
そこまで真剣にならなくても別に構わないだろうと思うのもいるだろうが、悪いな。私にとっては言わない事の方が考えられないんだ。私達は物心付いた頃から
感謝を忘れないこと。原料となった小麦や豚や野菜や卵にその他諸々。食べるという行為は私達の命を未来ある明日へと繋げていく。
それらを育てるために汗水流した農家や畜産家や酪農家、配送業者にスーパーの従業員、多くの人達のこれまでのプロセスがあってこそ、私達は生きることができる。だから、忘れてはいけないんだって……。
……あの人らしい、考え方だ。
とはいえ食べること自体は話し相手がいないから黙々と食べてはいるが……。だがもうそろそろ私の母か父か、どっちかが起きて来てもおかしくはない時間である。
するとやはり部屋の外から足音が聞こえる……この足音、お父さんの方だ。私の両親は二人とも夜遅くまで仕事に取りかかる事が多い。まだ眠そうながらも、部屋に入って真っ先に娘である私の名前を呼ぶ。
「おはよう、夕奈」
「ん、おはよー」
……自己紹介がまだだったな。
私の名前は柚木
世界を守ったかの大英雄である高嶋友奈……彼女と同じ音の名前を持った、一般人だ。
「ちょっと待ってて、このトースト食べたら用意するから」
「いや、簡単にコーンフレークで済ませるから、夕奈はゆっくり食べていいよ」
「フレークって言ったって、どうせただミルク掛けるだけでしょ。それだけって……」
「いやぁ……深夜に夜食を食ったし少なくてもいいかなって…」
「朝食は妥協しちゃ駄目だって。仕事の疲れが残ってるなら尚更。いいから私が用意するから、スクランブルエッグとウィンナーでいい?」
「あ、ああ。ありがとう」
既に小さくなっていたトーストを口の中に入れて席を立つ。お母さんもそう遅くない内に起きてくるだろうから、二人分の卵とウィンナーを焼いておく。
私達柚木家は3人家族。翻訳家の母とデザイナーの父と中学生の一人娘。自分で言うのも何だが、経済も家族仲も順風で結構裕福と言える家庭だと思う。
「ふわぁ~、おはよぉ夕奈ぁ、お父さん…」
「ああ、おはようお母さん」
「おはよう。今二人の朝ご飯作ってるから、今の内に顔でも洗ってきたら?」
「助かるわぁ。夕奈ってば本当に気が利く良い子に育ってくれたわねぇ……」
ほんのりと顔が熱くなって、起きてきたお母さんからつい顔を逸らす。そのまま何事もなく朝食作りを再開して、二人からは照れているんだって、それを誤魔化してるように見えていないだろうか……ハズい……。
まぁ、真っ直ぐな大人達に囲まれて育ってきたし、非行に走る気は更々無い。今後反抗期に入っても、周りには迷惑をかけたくないとも思ってる。
……というより、身近にいる誰かに私が不良の道を歩みそうだとか、そんな風に思われでもしたら…………
(……死にはしないだろうけど、人格は間違いなくあの人に修正されるな……)
……本当、凄い大人達に囲まれたものだ。自分の事ながら感心するしかない。
字は違っても大英雄と同じ名前を与えられた私は特別な存在だ、なんてもう思っちゃいない。女の割に背が高いし運動が得意ではあるが、そんな事はただの長所や特技の枠に収まる程度だ。プロやスポーツ競技の大会に出るようなやつらには到底及ばない。それに身長の高さはほぼ確実に目立つから軽いコンプレックスだし……。
ただ、特別な存在と関わりがある。その関わりが私の……私達の人生に大きな影響を与えた。
その人の色に染まっていると言ってもいい。いつだってあの人の存在というものは多くの人達に影響を与える……あの人とはそういう人だ。
……見た夢といい、今日が近づくにつれてどうしてもあの人の事を考えるのが増えているな。ここ最近はなかなか時間が取れず会えていないんだが……実は今日、数ヶ月ぶりにあの人に会えるかもしれないんだ。
「………」
「夕奈は、今日は何時頃に家を出るんだ?」
「……一応10時に待ち合わせしてるから、それに間に合うように出るつもり」
その人の事は私よりも、お父さんとお母さんの方が付き合いが長い。ただ、二人は今日もこれから仕事だ。私と一緒に会いに行くような余裕はない。
……緊張しているのか? というより、なんだかむず痒い気分……。
あの人が苦手というわけではない。誰に対してもとても優しいし、ずっと尊敬しているし、先日から今日が来るのを楽しみにしていたほどなんだが……。
これが思春期ってやつのせいなら、なんて厄介で面倒な……。
年頃の些細なはずの悩みに唸る私に、お父さんは真剣な様子で一言発する。
「……くれぐれも、失礼のないようにな」
「……お父さん……それは──」
〈ピンポーン
「? こんな朝早くに、誰だろう?」
突然来客を告げるインターホン。だがちょうど今火を扱っている私は動くわけにはいかない。そこでお父さんが壁に付いてあるモニターを見に行く。
「はい、どちら……うん? 夕奈ー」
「………ああ」
お父さんの反応で察してしまった。そういえばここ最近、1週間も前からあいつは今日が来ることをまだかまだかと悶々悶えながら過ごしていた。昨日なんて楽しみすぎて目がトリップしていた。一挙一動が完全にヤバい奴のそれで、私が側にいなければ先生に報告ないし、警察に通報されていてもおかしくはなかった程で……。
となれば、普通じゃ考えにくい休日のこの時間であったとしても、私の家を訪れる人物の心当たりなど一人しかいない。
溜息は今までに出し尽くした。火を止めてフライパンの中で綺麗に焼けた卵とウィンナーを皿に移し、そのまま玄関に向かう。
そして扉を開けるとそこには案の定、予想通りの人物が立っていた。
興奮気味なせいで忙しなく揺れ動く身体に釣られて、そいつのやわらかい青緑色の髪も大きく揺れている。そこで扉を開けた私に向けられるのは、その冷め止まない感情が満ち溢れ、爛々と輝くレモン色の瞳。
「おはようゆうちゃん! 準備はできた!?」
付き合いの長い、私の幼馴染。
「早すぎだ馬鹿め」
「できてないの!? 早くしてよぉ!! はーやーくー!!」
「うるさいな……」
10時に待ち合わせしていたはずの相手が、7時にもなっていない早朝に場所すら無視して私の家の前に来るとか何を考えているんだこいつは。
……いや、これは私の落ち度だ。こいつの熱意は充分身に染みていたはずなのに、待ち合わせしていたから大丈夫だろうと甘く見積もった私の失敗だ。あの事象が絡む時、こいつの行動や思考回路は常に私達の考えの斜め上を行くのだ。
瞼の下にイヤにくっきりと浮き出た黒い隈が出ている。間違いない……こいつ、今日の事が楽しみすぎて、きっと昨日は一睡もできていない。ハイな精神状態が睡眠不足による脳機能の低下で更に跳ね上がっているのか……。
「近所迷惑だ。取りあえず家の中に入れ。そして寝てろ」
「いやいやいや! 眠れるわけがないでしょ!? ほら、触って! 私の心臓、昨日の夜からドックンドックン音がすごいんだって!!」
「確かにこれは凄いな。病院に行ってこい」
「やだ!!」
相変わらずこの幼馴染は私の手に負えそうにない……。だからこそ、いつまで経ってもこいつの暴走に近いあれこれに付き合わないといけなくなるんだろう。
しかしだ、さっき人との関わりが云々言ったが、それはこいつも同様だ。こいつと深い関わりができてしまったから、私の人生は退屈とは程遠いものになってしまったのかもしれない。
「確かに約束の時間より早めに来ちゃったけど、その時間で一番良い所を場所取りしてもいいんじゃない!?」
「言っておくが今私は朝食を用意してる途中だし、食べ終わってもないし、その後食器洗いもするし、シャワー浴びるし、予定通り10時に間に合うようにしか動く気はない」
「え"っ、まだ7時にもなってないのにそんなの遅いって!? どれだけ待たせるつもり!? 臨機応変にいこうよー!!」
「元々の約束の時間を遅いとか言うな。お前の堪え性の無さが悪いんだろうが……普段は全く問題ないくせに、あの人が絡むといっつもコレだ……」
私のお母さんとこいつのお母さんが友人同士という関係から、私達は小さい頃から姉妹みたいな感じで育った仲だ。だからこそ、私はこいつのことを他の誰よりも知り尽くしている……この病気が不治の病である事も当然。したがって、私には呆れ果てるという選択肢しか残されていない。
そんな幼馴染は……こいつの名前は……
(……お父さん……やっぱり、失礼がないようになんて言葉は私にじゃなくて……)
「そこに高嶋友奈様がお越しになられるんだよ!!?」
(
横手すず……趣味は高嶋友奈の追っかけとかいう、幼馴染でなければ早々に離れていたであろう危ない奴だ。
「計画を変える理由なんてそれで充分だ!!」
「友奈おば様の名言を汚すな」
私が貧乏くじを引かされるのは、いつものことだった。
◆◆◆◆◆
かつてこの世界を守るべく、恐ろしい化け物と戦った勇者がいた。ある者は岩や地面をも砕く拳を嵐のような激しさとパワーで叩き込み、またある者は多くの人の命を食い散らしたとされる化け物の群れの中に飛び込み逆に獰猛に食らいついて暴食の限りを尽くしたとか……。
私が生まれる前にその戦いは終わっているが、親の世代は当事者であり、皆世界中を襲った惨劇を熟知している。つまり非科学的な化け物は昔確かに実在し、それに対抗した人を超越した存在もまた真実。
その後生き残った勇者は混乱期の世の中を治めるべく大赦という組織を率いて、今の平穏な世の中を保つべく動いている。
友奈おば様……高嶋友奈は、かつて世界を救った勇者にして、現在にて世の中を支える巨大組織の指導者その人だ。
そして私にとっては、もう一人の母親とも言える存在でもある。
何故一般人の子供に過ぎない私なんかが、誰もが知ってる有名人である高嶋友奈と近しい関係にあるのか……。
答えは単純だ。友奈おば様は私の母の友人だというのだ。それもかなり長い、数十年来の付き合いの。
元々は母の友人の紹介。すずのお母さんの紹介で二人は知り合ったらしい。ただ、一般人の母に対してこの人は今現在どころか当時も世の中の中心として動いていた超がいくつあっても足りない程の、偉人クラスの有名人だ。普通なら対等に話しかける事すら有り得ない天上人なのだが……あの人の温もりに触れてしまえば……な。
まあそういうわけで、私は物心付いた頃からかつて世界を守り抜いた大英雄、勇者高嶋友奈と顔見知りだったということだ。
すずも同じ理由だ。友奈おば様は友人の娘である私達を会う度に可愛がってくれた。世話になったことも数えればキリがない。
……私がまだ赤ん坊の頃、お父さんが自殺を図ったのを岩をも砕く拳で殴って止めて、その原因から私達家族を守った話なんて、それの最たるものだな……。
「やってきましたFoohhhh~~~!!!」
「うるさっ!」
それはそれとして、友奈おば様。おば様はここにいる貴女に病的な憧れを抱いてしまった娘への接し方を考えるべきだった。
「ハイスタッフホール!! 高嶋友奈様が特別審査員を担当なされた美術コンクールの展示会場!! 高嶋友奈様がご来場なさる聖域だよゆうちゃん!!」
「スミマセンスミマセン! 連れがお騒がせして申し訳ありません! すず! 人前でそれはやめろって言ってるだろ! いい加減テンション抑えろ!」
そうこうしてる間に時間は流れる。私とすずが家を出て向かった先は今こいつが言った通り、地元観音寺の市民会館だ。
県主催のコンクールが開催されたともあって、だいぶ規模の大きい展示会となっている。参加者のレベルもその分高いと思われる。故に声を掛けられるVIPも超一流だったのだろう……友奈おば様が特別審査員としてコンクールの関係者に名前を載せていたのは。
(……おば様が芸術方面に明るいなんて話は聞いたことがないんだがな……)
大人の世界は色々と大変で面倒だということだろう。それでもそのおかげで、本来多忙であるはずのおば様が観音寺に、一般人も参加できるイベント会場にやってくる。コンクール入賞者に、彼女自ら表彰するためだとか、講話をするんだとかで……。
「……会えるかな、おば様に……」
おば様は本当に忙しい人だ。昔からそうだったが、私自身中学に上がってからは学校や部活等で忙しくなり、会う機会はめっきり減っている。仕方ない事だが、悲しさは感じてしまう……。
今日は友奈おば様と同じ建物の中にいるんだ。可能性はあまり高くはないだろうが、もしもおば様のスケジュールに余裕があって、会って話ができるのなら嬉しい。できなければ……残念だ。
「会えるかな、じゃなくて、会わないと!」
「……!」
「テレビや新聞なんかじゃないんだよ!!生高嶋友奈様を久しぶりに拝めるチャンスでしょ!!」
「………」
「生の!!!! 高嶋友奈様を!!!! キャァーーーーッ♪♪♪」
……普通にこの会場に足を運んできた一般来場客の視線が刺さる刺さる……。
……こいつ、もういいから不敬罪とかでしょっぴかれてしまえ……。
「そこの二人。会場前だぞ、騒ぐんだったら出て行ってもらおうか」
「す、すみませんすぐに黙らせ………」
(……え? …い、いや、今の声って……まさか……)
ドキッとさせられる感情の込められていない声は第三者のもの。一瞬慌てるが、直後に聞き覚えのあるその人物の顔が浮かび上がり、背筋が冷える。
そもそもこの異質な空間に躊躇無く口を挟める時点で並みの人間ではないんだ。
恐る恐る、私はその声が発せられた方を向いて……
「ゲッ…!?」
「ゲッ!?とはなんだ、ゲッ!?とは」
「ゆうちゃん? あの、夕奈ちゃんとお知り合いの方ですか?」
「忘れたのかすず? 二人とも久しぶりに会ったかと思えば、それぞれ随分と傷つくリアクションだな」
「い、いや……驚いただけで……」
「えっ!? 何で私の名前を知って……」
「サングラスが邪魔か? ならこれで見えるだろう」
「な………なあああああ!!?」
な……なんでこの人までここに来てるんだ……!? 確かに規模の大きいイベントだが、おば様だけじゃ足りないってのか…?
「思い出せたか。それで、私に何か言う事は?」
「……な……何故、そのようなお姿を……?」
「そっちの質問が先か。なんだ、似合わないか?」
「いえそのような事は……!」
普段メディアで多く目にし、私達もよく知る姿ではなく帽子やサングラス、体格と年代に適している服装を決め込んで、気品漂う婦人として完璧に周囲にとけ込んでいるからか近くを通っている人達の中に気付いている様子の人はいない。すずだってサングラスをずらしてもらってようやくこの人の正体に気付いたレベルだ。
「人が大勢来るイベントだ。いつもの姿では目立つからに決まっているだろう? 私を誰だと思っている?」
「ごもっともで……」
ただ、そこにいるだけで本能的感じる、人を寄せ付けようとはしない圧倒されるプレッシャー……。私はいち早くそれを感じ取ってしまってだな……。
下手な動きなど、これまでに蓄積された記憶と経験上不可能であると、私もすずも把握している。
この人の事も友奈おば様と同様に昔から知っている。上里ひなた様に並ぶ大赦のトップ故に、メディアでも数多く共にいる姿を映し出されている。当然、おば様経由で会った回数も少なくはない……。
だが、この人はおば様とは正反対の……生き物だ。
得体が知れない……それも悪い意味で。温もりや優しさなんて物は一切感じさせない。
聞かれるまでもない、苦手な存在だ……。
「えと……お、お久しぶりです…」
「烏丸久美子様……」
二つある大赦の派閥、乃木派と高嶋派……その片方の中核を担う、高嶋派の最高位。烏丸久美子なのだから……。
「ああ、息災だったか?」
「ええ…まぁ…」
「烏丸久美子様も、お変わりないようで…」
「クックック……立ち話もなんだ、こっちに来て話し合おうじゃないか」
気持ちが込められていない淡白な言葉で告げられても、逆らったり逃げることなどできやしない。それほどまでに冷徹な瞳だった。年期も合わさり、威圧感に圧倒されるばかりだ……。
それ以前に、もしそれらの反抗的な行動を取ろうものなら、恐らく本当に私達に未来は無いだろう……。
おば様が顔であるため複雑ではあるのだが、大赦という組織には良い噂だけでなく悪い噂も存在している。前者をおば様が作っているとして、それを支えながらも後者を率先的に作っているのは十中八九目の前のこの人であるとしか考えられないような人だからだ。
仕方なしに、こちらの心境をなるべく表に出さないようにすずと共に頷くも、意地悪な程に勘が鋭そうなこの人には恐らくバレている。妖しげな笑みを浮かべた後、背を向けて付いて来るように言葉無く促して歩いていく背中を、私もすずもげんなりとしながら見つめるのだった。
(烏丸久美子様……顔見知りと言っても何で私達と話す気満々なんだ……)
(……お母さんが久美子様は人が嫌がる事をやるのが大好きな人って言ってたから……)
(……ああ、私もそれ聞いた事あったな……分かっててやってるのかあの人。私達が嫌々だってのに気付いて……)
(あの高嶋友奈様をお導きになられた偉大なる巫女だったって話、今でも信じられないよ……)
((ハァ……))
性格の悪さにすず共々溜息が出る。友奈おば様を尊敬して止まず、おば様の関係者にも並々ならぬ敬意を隠さないすずも、唯一この人に対しては苦手意識の方が勝るのだ。
私もすずも、烏丸久美子様と昔接点があったらしいすずのお母さんからこの人だけは常に気をつけろと耳にタコができる程聞かされているし、実際に恐ろしい……。
「さっきから失礼が続いているみたいだが?」
ニヤニヤしながら言ってる時点で悪意しか感じない。おば様に会えるかもという日に別の最悪のエンカウントで気が沈まずにはいられないのに。
「あ、あの…烏丸久美子様は本日はどのようなご用件でこちらに…? やっぱり高嶋友奈様と同じ大赦の公務でしょうか…?」
「大赦の人間としてここに来る奴が、こんな服を着て来ると思うか? 今日は部下に仕事を全部押し付けて完全オフで遊びに来た」
「そ、それでいいのか…!? 巨大組織のトップが……?」
「私の部下に無能はいないから問題ない。そんな馬鹿共は最初から弾いてる」
横暴のようだが、この人はプライベートで来ているってのか……。それで運悪く私達は捕まったのか……。
「で、でしたら…烏丸久美子様はコンクールの展示物を鑑賞なさろうと?」
「ああ」
この人にも、芸術鑑賞に興じる趣味があったとは……意外だ。
……本当だろうか? 仕事を押し付けるほど、この人が芸術に熱がある人だって俄かに信じられないんだが……。
「先日すず、お前の母からこういう話を聞いたんだ」
「え?」
そう思い浮かんだ考えは……
「今度のコンクール、お前と柚木が一緒に行く事になった……ってな」
「「………え!!?」」
破顔した笑みで、間違っていないと突きつけられる。
「せっかくお前達と久しぶりに会える機会だったからな! 一緒に作品を見て回ろうじゃないか!」
「な……な……」
「お母さぁああああああああん!!!! 何やってくれてんのぉおおおおおお!!!!」
悪魔だ……! この人はやっぱり悪魔だ……!! 私達を弄ぶためだけに、わざわざ私達が来る事を知った上で仕事を放り投げて私達に会いに来るなんて……!
それになんで……!? すずのお母さんはとても良識のある人で、「久美子さんみたいな大人にだけはならないでね」が口癖なのに!!
なんで私達の楽しみを奪うような事を……!!? ショックが大きすぎて、足が前に全然進まない……。
「ハッハッハ。しっかりしろ。元気溌剌で若さが取り柄の中学生がバテるには早いぞ」
「ひ、酷いよお母さん……最近勉強が全く集中できてなかったからといってこの仕打ちはあんまりだよ……」
「私は何も悪くないのに……お前のせいかすずぅ…!」
「私も悪くないやい! お母さんが悪いんだい!」
「立ち止まるなよ。時間が勿体ない」
私もすずも、泣きたい気持ちでいっぱいだった。
なのに私達の意思などお構いなし、強引に腕を掴まれて引っ張られていく……。
そして何も考えられなくなった私達が辿り着いた場所は、建物内のとある扉の前。久美子様が扉を開けるも、中にどれほど凄い芸術作品があったとしても、私達の心は動かないだろうが……
「連れてきたぞ、友奈」
「ありがとう久美子さん」
「「………………………」」
………………………!?!?!!?
「お「高嶋友奈様ぁあああああああああああああ!!!!!!!」
「久しぶりだね、すずちゃん。元気にしてた?」
「うぇぎゃぁああああああああああ!!!!!!!!」
「うん、元気そうで良かった」
「………」
……頭の中がまだ、困惑しているのだろうか……? 今日は一日を台無しにされるのではなかったのか……? おば様には……会えないんじゃなかったのか……?
「なんで……」
「なんでじゃない、さっき言ったばかりだろ。茉莉から連絡があったって」
「えっ?」
「うん。すずちゃんと夕奈ちゃんがそっちに行くつもりだから、二人と一緒にいられる時間を作ってもらえないかって。私も二人には会いたかったから久美子さんに探しに行ってもらったんだけど……久美子さん、またやったね?」
思わず久美子様の方を見た。してやったりと言ったような顔がそこにはあった。本当にただ、私達はこの悪魔に弄ばれていただけだったのか……。
「おかげでこのコンクールで一番面白い物が見れた。満足したから一緒に見て回るって話はナシだ。戻って任せっきりの仕事に手を付けるとするさ」
そう言って、何の思い入れが無いようでそのままこの部屋から出て行った。私とすず、そしてもう一人だけが残される。
「まったくもう……久美子さんは……」
「きゃぁああああああああっっ!!!! 高嶋友奈様ッ!!! とぉーーっても麗しくて綺麗ですぅうううう!!!!」
「あー……40歳過ぎてる、中学生の子供がいるおばさんがこんな格好してたら恥ずかしくないかな……?」
20代半ばと言われても信じてしまう程若々しい外見に加え豪華絢爛な美しいドレスに身を包む彼女から目が離せない。美麗で気品があって、健在の太陽のような温かさと眩しさが私達を包み込み……。
「グワァアアアアアアッッ!!!! 高嶋友奈様の後光が眩しすぎて目をやられたぁああああ!!!!」
「すずちゃん!?」
「アホめ……」
「うぇ……ひ…ひひ…てぃひひひ……!」
「……ふふっ。なんだか懐かしい笑い方だ。不思議だね」
すずが両目を抑えてぶっ倒れた。身体も痙攣していて、意識が残っているのかもどうか……。
こいつの目はいずれ勝手に再生するだろうからどうでもいい……。すずの亡骸から視線を外すと、二つの視線は交差する。
先程までショックで固まってた心が動き出すが、口が動かず思うような言葉が出ない。
やっぱり、思春期の感情なんて面倒だ……。
「会えて嬉しいよ。夕奈ちゃん」
「……私も、です……おば様……」
部屋から出て行った烏丸久美子は、そのままコンクール会場の中を移動する。芸術といった物に惹かれない彼女は数々の作品に目もくれず、一直線に外へと向かっていた。
(……ん?)
だが、途中で足が止まる。ふと彼女の目には一つの展示作品が映ったのだ。
それはこのコンクールの最優秀作品。観る者全ての心を惑わような絵で、芸術に疎い久美子でも惹かれる謎の魅力があった。
(…………)
烏丸久美子は考える。果たしてこれを描いた人間はどういう人間なのか、何故このような絵を描くに至ったのか、そもそもこれは一体何を伝えようとしているものなのか……。
題名:死者蘇生
作者名:アリナ・リリエンソール
烏丸久美子からは見えない、何を
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この時系列が一番原作とのバタフライエフェクトがヤバそう。
4月8日から始まる【芙蓉友奈は語部となる】にて登場する横手すずさんを先行して登場させて、キャラクターのイメージと違ってたらどうしましょう……