ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第七十二話 「流星」

 戦場で食べ物を投げて遊ぶようなふざけた連中からぶつけられる言葉に苛ついただけ。でもそれだけで十分すぎた。躊躇も罪の意識も無かった。あるのは救いようがない単細胞への激しい嫌悪感のみ。

 

 乃木若葉との決闘の対価を他の仲間連中が知っていようがいまいが、今まさにあの連中はその約束を無視した行動を取っている。存在自体が人の神経を逆撫でる、私達の道を無意識に妨げ続ける、害虫のように目障りで耳障り。

 

 人の形をしていたとしても、それが吹き飛んでしまえば清々するだろう。自分ではなく自分以外の者に矛先が向けられれば、より自らの愚かさを悔いるだろうと、私は気弱そうな伊予島杏に思いっきり爆弾を投げつけることができた。

 

 死ねばいいのだから。

 

「あんずぅうううぅううううう!!!!!!!!」

 

 爆音の直後に轟く叫び声も鬱陶しい。元はと言えば敵の姿が見えてなお食べ物を投げてふざけ倒し、約束を反故にしたお前達愚図が悪いのよ。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 うるさい。

 

 一応は勇者を名乗っている以上、大人しく雑魚狩りしていればいいのに騒ぎ、喚くだけ。何も成し遂げられない無能な勇者共が、おこがましいにも程があるわ。

 

『……!!? ~~!!!! ~~~!!!!』

「エイミー……」

 

 もはや勝手に出てくるようになって、完全に言う事を聞かなくなったエイミーの抗議するかのような突進……それを手の甲で弾くように叩き落とす。

 

『…!』

「いい加減うざいのよ」

 

 手甲の硬さからか、勢い余って小さい猫の体は地面に落ちると軽く弾む。

 それでも地に伏ながらもエイミーは瞳を私から外さない。猫……忌々しい神樹の遣いである精霊のくせに、二つの眼からはボロボロと大粒の雫を落としながら……。

 

「害虫駆除に躊躇も同情もする必要は無いわ」

『~~~~~~~~!!!!!!!』

 

 新たに生成した爆弾をもう一つ投げつけてやろうか……そう思い浮かんだ時だった。

 

「なんでだあああああああああああああーーーーッッ!!!!!!」

(……っ)

 

 土居球子の咆哮と共に、樹海が震える。彼女の怒りに呼応して大気が激しく脈打つ。

 この感覚には覚えがあった。満開の発動と似て非なる肌のピリつき。以前郡千景と衝突する直前にもこれと同じ様な感覚があったけど。

 

 ……その時の郡千景の身には実体のある分身を一定数顕現させる不思議な力が宿っていた。これが連中の引き出す神樹の力か。 新たな力を解き放つ、連中の覚醒……それが今、再び。

 

「ぶっ殺す!!!!」

『…!!?』

 

 私に突き刺さる、荒々しい殺意を帯びた視線。それだけではなく、辺りの気温が急上昇しているのか空気が薄く、微かな息苦しさを覚える。

 

「………そう」

『………!! …………!!』

 

 それだけで状況を把握するには充分よ。伊予島杏ごときくだらない存在が誰のせいで制裁されたのかを考えもせず、愚か極まりない感情的な思考に支配された土居球子が。

 

 私に逆らい、害を成すのなら。邪魔をする気だというのなら。

 

「望み通りに殺してやるわ、土居球子」

『………………!!!!』

 

 眼前にある私の敵全てを抹消し尽くせば手に届く、その先にある未来に向かって歩き続けるために。

 これから肉の塊と化す運命が待ち受ける愚者を、目に収める。

 

「やめてタマちゃん!!」

「邪魔すんな!!!!」

 

 土居球子の変異した装束、巨大化した盾状の武器を視認。土居球子は両手でその武器を掴むと、その場でハンマー投げの要領で回転する。近くにいる仲間の存在などお構いなしに。

 

「キャァッ!?」

「高嶋さん!!」

「怪我するから退いてろ友奈!!!! お前等もだ!!!!」

「……ッ! 友奈さん! ほむらさん! 杏さんを連れてこっちに!!」

 

 仲間達も剣幕と危険な武器に阻まれ近付くこともできない。向こうにとっては手後れだけど、声を張り上げて必死で止めようとする仲間達を振り切り前へ飛び出すと、刃を纏う円盤をこちら目掛けて投擲する。

 更には円盤からは土居球子の心境を写したかのような炎が吹き荒れる。炎が噴出する勢いも加わり、回転の速度も加速する。

 

 極めつけに円盤にくっ付いていたワイヤーが外れた。遠距離から巨大化した武器による切り刻みと合わさり、なる程強力な力というわけ……。

 

 実にくだらない。土居球子は以前感じた性格上、ただでさえ単純な脳みそで考えもなく動く猪突猛進タイプだろう。加えて冷静を失った今、尚更土居球子にできる攻撃は策もない力任せの投げつけ一択だ。

 

 距離はそこそこ……大きい刃であろうとも、炎が攻撃範囲を広めていても、この場から離れて回避することなど造作もない……

 

(当たるわけ……)

 

 

 

 

 映し出されたのは

 

 

 

「タ…マ……っち……」

 

 

 

 

 

 倒れ、虫の息の伊予島杏の姿。

 

グジュァ

「──っ!!!?」

『!?』

 

 一瞬、頭の中身が激しく揺らされる錯覚に陥る。前後左右上下、全ての方面を360度周りながら一瞬で回される不快感……

 

(……!! う……ぎ……な…に、これ……!?)

 

 視界が歪み、平衡感覚が崩れる。思わず膝を突きそうになるのを必死に抑える。その間にも絶え間なく、頭の中の脳その物が圧縮され、凹み、歪み、溶けていく……そんな名状し難い不快感に襲われていく。

 

 今までに感じたことのない、形容しがたい苦痛が頭の中を駆け巡った。獰猛な気持ち悪さが止まらず胃酸までもが込み上がる。叫びたくても声すら出せない地獄のような苦しみが続く。

 

(あた……まが……っ!! 壊れる……!!?)

 

 頭の中が丸ごとかき混ぜられているとしか思えない気持ち悪さ。辛うじて意識は繋ぎ止めているものの、それ以外はどうすることもできない。

 食いしばった口の端から唾液が垂れ流れてしまう。このままずっと耐えられるものではない……だがそれでも私は歯を噛み締めふらつく足に力を込めて耐える……が。

 

バキンッ

 

 私の頭の中で何かが弾けたような気がした。同時に、何かの甲高い嘲笑が、蕩けた頭の中全体に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

『あはははははは!!!! ははっ!!!! あーーーっはははははは!!!! 伊予島杏!!!! 顔!! 随分と面白い顔になったじゃない!! あぁ可笑しい!! お前にお似合いの無様さだわ!!!!』

 

 

 

 

「………!!」

 

 狂喜に満ちた声の主は、他でもない自分自身の声……

 

 ……いや、違う……私は忘れていた……。

 

 私の中に巣くう、この怪物の存在を。狂気を愛する悪魔へ、極上の快楽を提供していたのだと気づいて……。

 

「お前は……何なのよ……!!」

 

 猛烈な息苦しさを押し切って、叫んだ私の声は

 

「鹿目ほむらァアアッッ!!!!!!」

『……!!?』

 

 目の前に迫り来る巨大な円盤の刃の高速回転する音と、吹き荒れる炎の音に遮られ、誰にも届かない。

 

「!!」

 

 苦痛で動けない私の身体を、回転する円盤は、刃は、炎は、止まらない。容赦なくこの身を巻き込んでいく。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 輪入道……その本性は一般的にイメージされ、見た目から読み取れるような単に炎を撒き散らしながら走るシンプルな存在などではない。正しくは自らの車輪によって見た者全てを引きずり回し、全身をバラバラに引き裂き、残った魂をも根こそぎ吸い尽くす悪霊とされる。

 

「くたばれクソ野郎ォオオッ!!!!!!」

 

 つまり、今目の前の光景はまさしく精霊その物の残虐な面が発揮されていると言えよう……暁美ほむらの身体に直撃した旋刃盤は、その巨大な質量を以て彼女を押し潰す。

 その程度で済むはずが無く、高速回転しながら前へ前へと飛ばされる旋刃盤は投擲時からのスピードと勢いを落とさない。無数の刃は絡め捕った敵を逃さない。接触する地面ごと、荒れ狂った痕跡を刻み続けるのみ。業火も刃と共に走り、その痕を敵共々燃やし尽くしていた。

 

「よくも……!  よくもよくもよくもよくもォオオ!!!!」

 

 ワイヤーは外れ、範囲の限界は突破された。質量、威力、範囲を大いに進化させた旋刃盤は、球子の敵を執拗に刻み込みながら縦横無尽に飛び交い、暴れ回る。

 怒りで我を忘れた球子は、暴走する感情に身を任せるまま、ただひたすらに力を振るう。

 

「あんずが何をした!!!! あんずが………うがあああああああああああああああ!!!!!!」

 

 それは正真正銘、土居球子の魂の憎悪の現れだった。仲間達の必死の声と制止を振り切り、放たれた旋刃盤。精霊の力を宿したそれは世界を護るという崇高な使命を果たすために非ず、純粋な怒り憎しみによって動いていた。

 

「あああああああああああああッッ!!!!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの叫び。溢れ止まらない涙。それらは傷つけられた妹分の姿のフラッシュバックによって止むことはなかった。

 

(ちくしょう!!!! ちくしょうちくしょうちくしょうッッ!!!!!!)

 

 彼女にとって一番の自慢であった杏の腕と顔が溶かされた……その直前、自分は何をしていた……?

 苦労して手に入れたうどん玉を吹き飛ばされた怒りのままに叫んで、他にどんな事を考えていただろうか……。

 その時、杏と約束していた……彼女の事は何があっても守る……うどんの恨みを叫んだあの時、球子は杏への誓いの事を考えていただろうか。

 

 答えは否。冷静を欠いていた中で、球子はそこまで多くの事は考えられない。

 だからこそ、球子は許せなかった。暁美ほむらにも、自らに刻み込んだはずの誓いの事が抜けて油断し、取り返しが付かない事態を招いた自分にも……

 

 

「ちっくしょぉーーーーがぁぁあああああぁぁぁああああッッ!!!!!!!!」

 

 

 二人分の憎しみを一つにして、暁美ほむらにぶつけるしかないのだ。

 そんな暁美ほむらは巨大な旋刃盤に隠れて対象の姿は見えないが、無事であるはずがない。誰もがそう確信する。

 

「……あ……ああ……ぁ!」

「……っ!」

「どうして……こんな事に……!!」

 

 状況の判断材料はけたたましく響き渡る激突音、刃の回転音、吹き荒れる炎の轟音、そして変わる兆しのない球子の憤怒のみ。

 

 ようやくそれらに気付いた時、

 

 高嶋友奈は顔を青ざめて絶句した。

 鹿目ほむらは思わず目を逸らして震えた。

 白鳥歌野は絶え間ない悔しさと後悔の念に打ちのめされた。

 

 何としてでも、彼女達は仲間を止めなければならなかっただろう。しかしこの場に置いても動揺が彼女達の思考を鈍らせた。かつて無い怒りに飲まれた球子の気迫と殺意にたじろぎ、既に賽は投げられ手遅れに。

 

「ぅぁ……ぁ…ぁ……」

 

 そして一番の理由は気の迷いから。彼女達に囲まれ、生気のない、苦痛に歪んだ顔で呻いている伊予島杏の姿を見てしまったのだから……。

 

 大切な仲間に突然爆弾を投げつけられ、酷い傷を負わせた事への激しい怒り。球子のようにはっきりと表に出さずとも、それは友奈もほむらも歌野も全員が共通して怒りの炎を滾らせていた。

 故に、無意識の内に彼女達もこう思ってしまった……球子は止めなくて良い。よくも杏をこんな目に。球子の怒り、報復は当然の事である……と。

 

 しかし、球子が齎した想定外に大規模な報復は彼女達3人の倫理観と正義感を遅かれ正気に戻す事となる。あんな強大な力を一方的に受け続けて、無事でいられる訳がないのだから。どう考えても骨は粉々に、肉は千切れ、炭化する未来しかありえない。

 

 もはや暁美ほむらには死ぬ以外の運命は残されていない。3人はその結末を悟り、底知れぬ恐れの感情が再び動き出した。

 

 それはあまりにも衝撃的で凄惨で、決してあってはならない事象。非は全面的に相手側にあるのだとしても、共に笑い合い生きてきた仲間が()を殺す現実というものは……。

 

「……ッ!! タマちゃ……!!!!」

「輪入道ォ!!!!」

 

 球子には、仲間達の声など決して届かない。やがて旋刃盤から噴き出した炎が爆発的に燃え上がる。ようやく引きずり回した敵を離した瞬間空中を旋回し……

 

「土居さん!!!! だめぇぇええええええッッ!!!!!!」

「お前もあんずの痛みを知りやがれぇぇえええええ!!!!!!!!」

 

 落下の勢いを加え、真上から彼女の身体を叩きつけた。凶悪に、獰猛に、160cm程の小さな身体を地面ごと押し潰すだけに留まらない。吹き荒れた炎が爆発するように辺り一帯を焼き焦がす巨大な火柱が天高く立ち昇り地面ごと周囲を焼き尽くした。

 

「………………暁美………さん……」

 

 それを見た三人は言葉を失ったままだったが、やがて歌野だけは力無く膝から地面に崩れ落ちた。

 

「…………」

 

 もう誰も何も言えない。静寂だけがその場を支配する中、ただ呆然とその光景を見つめているしかなかった。

 

 誰もがこの一撃をもって球子の復讐劇は幕を下ろしたのだと悟った。

 

 仲間が殺人を犯すという最悪の形で。

 

 

 

 

 

 その一言が発せられるまでは。

 

 

 

 

 

「満開」

 

 

 

 

 

 暁美ほむらの持つ力の底を知らぬが故に。

 

 

 

「……っ!?  なんだこいつは……?  何か様子がおかしい…」

 

 地面が震え流れが変わる。大気中を漂う空気が、神樹が齎す聖なる力の向きが、一ヶ所に集約するかのように感じ取り……

 

 次の瞬間、巨大な閃光が迸り、球子の意志で全身全霊の力を込めて抑えつけていた巨大旋刃盤が突然押し返され、吹き飛ばされた。

 

「なっ…!!?」

「えっ……!?」

 

 炎の渦までもが霧散し消滅する。それを発生させていた球子の輪入道を上回る膨大な力が、内側から一気に弾けた事によって。

 

 宙に映し出され、眩く輝く巨大な力はある形を象って具現化する。それは、白紫に輝く巨大な花。

 

「トケイソウの花……」

「あの姿は……!」

 

 勇者を包み込むように咲き誇る大輪の花。その中心に佇むのは、大きく、より神聖な装飾が加わり変異した勇者装束に身を包んだ暁美ほむらだった。

 

「耐えたってのかよ……!? 嘘だろ…オイ……!」

「球子さん!!」

「……!?」

 

 ゆっくりと翼を羽ばたかせ浮かぶその姿はかつて凶悪な怪物を葬り、歌野達を救った救世主の姿。

 

「逃げて!!!」

 

 しかし今となっては、その姿は彼女達に恐怖心と絶望を植え付けるものでしかないだろう。その力がかつて杏と友奈の攻撃を受け付けないバーテックスを一瞬で紙吹雪のように散らした……あの時の光景を鮮明に思い出させるから。

 

「バーテックスの殲滅は──」

 

 静かな憎悪を揺らす、常闇色に濁った瞳で勇者達を見下ろす視線は明確な敵意があるだけだった。その敵意が最初に向けられたのは先ほどの声に反応してか歌野の方……もとい、一ヶ所に固まっていた球子以外の四人の勇者。

 

「「「!?」」」

「後回しよ」

 

 散々好き放題やってくれた恨みを晴らすために、土居球子には先程以上の後悔と絶望を与えなければ気が済まない。

 関係性や詳細は定かではないが……そこにいる自分と同じ顔をした存在のせいで味わった不快感のお礼参りだってある。

 

 となれば、暁美ほむらの次の行動は一つしかないだろう……視線に宿るのもただ一つ、純粋な殺意のみなのだから。

 

 

 

「どこ見てやがんだお前ぇ!!!!」

「………」

 

 緊張に包まれる仲間達であったが、その状況を許さない球子は声を張り上げる。しかしそれは、危険に晒されようとする仲間達を想った意図で発せられた物ではない。

 

「お前の相手はタマだ!!!! こっちを無視してんじゃねぇ!!!!」

 

 気に食わなかっただけだ。杏を傷つけた敵に放った渾身の攻撃は防がれた。その上で自分の事をまるで眼中にないと言わんばかりに他の仲間達の方に意識を向けている事が。

 

「…………」

 

 球子の怒りの声に反応するように、暁美ほむらはゆらりと首を傾けると、 静かに、そして冷淡な目つきで球子を見下ろし、思案した。

 伊予島杏への爆撃はほむらを不愉快にさせた三人の勇者への制裁のためになされた物。自らの愚かさをより深く味わわせるために、無関係な他者へ危害を加えるという手段を用いたのだ。

 未だに喚き散らす土居球子に構う必要は無い。このまま残りの連中を葬る事が土居球子へのこれ以上無い罰に成りうる……だが……

 

 暁美ほむらにとって土居球子はこの上なく目障りで、耳障りで、邪魔で、鬱陶しいだけの存在である。

 

 故に……

 

 

 

 

 自分に殺意が向けられている……そう認識した時、球子の背筋にゾクッとした寒気が走った。

 だが退く訳にはいかない。絶対に許せない理由が球子の背中を押しているのだから。

 

 球子はその視線を受け、逸る感情を抑え込もうと睨み返そうとする……が

 

「…な…んだよ……おい……!? どうなってんだよ……!?」

 

 両者共に敵の視線とぶつかり合ったその時、球子は遅れながらも現実離れした事実に気が付いた。その得体の知れない現実に慄き青ざめ、彼女の足は無意識に一歩後退さる。

 

「なんで………!!」

 

 今の暁美ほむらを見て、平然といられる訳がなかった。球子は怒りを忘れ、あってはならない事態に混乱し、芽生えた恐怖を必死に押し隠すように叫んでしまう……。

 

 

 

「なんで……あいつは無傷なんだ!!?」

 

 

 顔面蒼白の球子が目にした暁美ほむらの顔に多少の土埃や煤で汚れ、地面に擦り付けられた痕が付着してはいても、肌に傷一つ負っていない姿。血の一滴すら滲んでいない。

 元から彼女の頬を覆っていたガーゼを除く、顔にも頭にも腕にも脚にも胴体にも、切傷、裂挫創、火傷、打撲傷、骨折……あらゆる外傷が存在していないのだ。暁美ほむらは球子が渾身の力で繰り出した輪入道の猛攻撃をその身に受けたはずなのに……。

 

「……土居球子……」

 

 そして暁美ほむらは、その問いに対して答える事もなく淡々と呟いた。

 

「これから居なくなるあなたが、知る必要のない事だわ」

 

 処刑宣告を。

 

「ッ!! 輪入道……ッ!!」

 

 危機を察知し、反射的に自らの力を奮わせる球子。それに呼応するかのように、地面に落ちていた巨大な旋刃盤は再び火炎を噴き出し出して飛翔する。

 

 それが暁美ほむらへと刃を回転させながら飛んでいく……事はなかった。

 

 暁美ほむらの淡く光る翼から、無数の粒子が左手に集う。それは彼女の背丈の倍近く長い、弓の形を形成していく。

 

 粒子が造りし弦を引き絞って放たれるのは、神樹の加護を受けた光の弓矢。それは恒星の如く輝きを樹海中に解き放ち……

 

「シューティング・スター」

 

 流星が飛ぶ。矢は宙を穿つ一条の閃光となり、瞬く間に球子の元へと到達した。

 それは一瞬の出来事。瞬きの間に音速を超え、大気を切り裂き、空間を歪ませ、全てを焼き尽くす光が、土居球子の身体を盾となった旋刃盤ごと吹き飛ばす。

 

「うわあああああああっっ!!!!」

 

 悲鳴を上げ、勢い良く吹き飛ばされてから地面の上を激しく転がる球子。やがて元居た場所から数百メートル後方の巨大な樹木に激突し、ようやく止まるも、打ち付け傷付いた頭からは真っ赤な血が流れだしていた。

 

「………は……? え……?」

 

 その表情には苦痛と困惑が入り交じり、現状を受け入れられないと言わんばかりに呆けている。

 

 輪入道の力を全力全開で防御していたはずだった。危機を察知し、巨大旋刃盤を球子の目の前に戻し、吹き荒れる炎で旋刃盤をコーティングし構え、暁美ほむらの攻撃の手を防ぐための強力な守りを展開したはずだった。

 だが……そんな事は関係無しとでも言うかの様に、暁美ほむらの放った一撃はそれを貫き、球子を遥か後方まで弾き飛ばした。

 派手に打ち付けた全身の痛みを感じる余裕は無かった。あるとすれば、自分の守りを無慈悲に崩す強力無比な攻撃を見せつけられた衝撃だけ。

 

(なんだよ……それ!!? 何だってんだよ!!!!)

 

 渾身の攻撃が効かない、渾身の守りが通じない、理不尽な強さを前にして、球子は戦慄する事しか出来なかった。

 

 

「………仕留め損ねた……」

 

 一方、暁美ほむらは遠くの樹木に背を預けて座り込む球子を見つめ、静かに呟いていた。

 先ほどの一撃で球子を殺すつもりでいた。しかし球子はしぶとく生き残ってしまった……その理由を彼女は力加減の誤りであると感じていた。

 

(……まだ、頭が重い……)

 

 先程より弱まってはいるものの、残っている気だるさのせいで力の集約が不十分だった。その結果球子の致命傷にはならず、半端に吹き飛ばす程度の威力しか出せない形となってしまったのだ。

 

「……チッ」

 

 ほむらは疼く頭を右手で抑えながらそう結論付けると、忌々しげに舌打ちをする。

 しかし、仕留めきれなかったのなら次の手を繰り出せば良いだけの話。

 

 弓を構えるだけに留まらない。再び翼から飛び出した光の粒子が集い、次は眼前に巨大な陣を描き出す。

 

「フィニトラ・フレティア」

 

 描かれたのは魔法陣を模した、エネルギーの増幅器。間髪入れずそこに光の矢を撃ち込むと、矢は魔法陣の内部で更に膨張していき、眩い光を放ちだす。

 

 そしてその光は、魔法陣全体から無数に分裂した光線となって土居球子に降り注がれた。

 

 

「っっ!!」

 

 血で滲む視界の中、土居球子は自らに殺到する無数のレーザービームを見て息を飲む。

 

(やばい……死ぬ……殺される……!!!)

 

 本能が激しく警鐘を鳴らす。このままでは間違いなく自分は跡形も無く消し去られるだろう。

 

「…ふざ…っ…けんなよ……」

 

 その少し先の未来を想像し、恐れ……

 

 

 

「ふざっっけんなよ!!!!!!」

 

 為す術なく死にかけている自分に、暁美ほむらに恐怖している自分に、腹が立ち、球子の感情は再び怒りへと傾く事となる。

 

 暁美ほむらは無傷だった。殺意を以て杏に大きく醜い焼き痕を刻んだ。

 そんな存在がどうして平然としていられる? どうして今度は自分がそいつに殺されようとしている?

 

 どうして自分は、最愛の妹の仇を討てずにいる?

 

 認められる訳がない。こんな所で、なにも成し遂げられないまま終わって良いわけがない。そんな想いを抱き、土居球子は叫ぶ。声を振り絞り、自らの魂を奮わせる。

 

 震えはもう無い……最初と同じ身を焦がす怒りだけが、土居球子を突き動かす。

 

「来い!! 輪入道!!!!」

 

 その声に応え、激しい炎を噴き出しながら飛び出す巨大旋刃盤。それは球子の方へと猛スピードで飛翔し、彼女の目の前を通過する瞬間、彼女はその刃を握り締めた。旋刃盤は飛翔を止めず、彼女を運んで矢の雨が降り注ぐその場から離脱した。

 

「………っ!!? ~~~~~ッッ!!!!」

 

 鋭利な刃は球子の手を裂き、血飛沫を撒き散らすも些細な問題である……避ける間際、無数の矢の内の一本が彼女の左足を貫いた痛みも同様だった……。

 

(バカ野郎……この程度の痛み……!! あんずの痛みと比べりゃ屁みたいなもんだ!!!!)

 

 力を振り絞り、彼女は旋刃盤の上に飛び乗った。掴まってぶら下がったままでは見て対処することが難しい……未だに止む兆しを見せない攻撃をどうにかするために。

 

「……鬱陶しい……本当に害虫みたいにしぶといわね……」

 

 ほむらは球子が逃げていくのを見ながら悪態をつくも、追撃の手を弛めない。絶えず光の矢は飛び回る旋刃盤ごと球子を狙う。

 

「ぐっ……! うぅぅ……!!」

 

 狙いは的確に……旋刃盤には幾つもの矢が突き刺さる。炎など何の役割を果たせず突き抜けて……

 それでも上に乗っている球子には現状左足以外に当たっていない。飛翔する旋刃盤を傾けて、しがみつき、裏面を襲い来る矢の盾にしている。

 

 辛うじて防ぐことが出来ている。だが、球子には逃げたり身を守る為に飛び回ってなどいない。

 

 逆だった。旋回しながら球子は距離を詰めている。ほむらの元へ、一直線に。

(タマの攻撃が効かなかったってんなら……効くまでやってやらぁ!!!!)

 

 単純明快。攻撃を喰らわせ敵を討つ……その為に球子は暁美ほむらに向かって駆け出しているのだ。

 

 速く、熱く、強く……通用しなかった先程を上回る力で……

 

 ブーストが掛かり旋刃盤が加速していく。

 

「うおぉおおおおおおおおおお!!!!」

 

 やがてほむらの放つ光の矢の雨を掻い潜り、球子は暁美ほむらの目前にまで迫る。

 

「!」

 

 炎を纏う旋刃盤の全力全開の突撃が、

 

 

 暁美ほむらを覆う、淡く輝く障壁に直撃した。

 

「……バリ…アー……だと……?」

「ええ」

 

 回転する刃と炎がぶつかり歪な音を立てるも、微動だにしない。傷も、痕も付かない強固な光のバリア。

 奥の手である精霊の攻撃を寄せ付けない正体を、暁美ほむらは事も無げに明かす。

 

「私への攻撃は全て無意味なのよ」

 

 暁美ほむらの翼の形が崩れ動き、旋刃盤に絡みつく。完全に動きを封じた状態で彼女は弓を球子に構えた。

 

「お前の存在と同じで」

 

 暁美ほむらは冷静に、冷酷に、無慈悲に弦を弾く。光が集い、球子の心臓を貫く閃光が……

 

 

 

 

 

 遡ること、十数秒前……

 

 

 

「ホムちゃん……歌野ちゃん………アンちゃんをお願い」

 

 樹海から、桜色の光が飛び立っていた。

 

 

「タマちゃんを……守るんだ!!」

 

 

 

 

 

 

「来い!! 一目連!!!!」

 

「!」

 

 暁美ほむらの頭上から、雷鳴のように轟く叫び声。嵐のように吹き荒れる猛風と共に舞い降りたのは……

 

 

 

「勇者ぁ……パァァアアーーーンチ!!!!!!」

 

 

 竜の如く叩き込まれる怒涛の拳が、旋刃盤を捕らえる不定形の光の翼を打ち抜いた。

 




 最後に満開したのが2年前の6月ってうっそだぁ~!
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