ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
空から暴風を纏い急降下する勇者。ただ一つの信念だけを瞳に宿し、友の為に拳を放つ少女の名は高嶋友奈。
「!」
その姿と、ただずっと真っ直ぐな決意を宿した眼差しが、暁美ほむらの脳裏に映し出される友の姿と重なった。
(友…奈……)
それは一瞬の気の弛みを生む。本来ならば不可能に近い、彼女の力で満開という強大な力を穿つ事を可能にする弛みを。
(じゃない、しまった…!)
「勇者ぁ……パァァアアーーーンチ!!!!!!」
最初の一撃が炸裂したのは強固な障壁の外にある翼。足を負傷している球子を乗せた旋刃盤を解放するため、友奈が狙うのはその一点のみ。
「はあああああああああああああああ!!!!」
右手が殴り抜けるのと同時に、左手も叩きつけ連打。連打連打連打。連打連打連打連打連打……
ドガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!
「…っ!」
(速い…っ!)
人間の網膜に残像が残る時間は0.1秒前後とされる。この僅かな時間の中で暁美ほむらに見えた高嶋友奈の腕の残像の数、実に10本。
時速にしておよそ400km。目にも留まらぬスピードと、鋼鉄をも砕く破壊力。息もつかせぬラッシュがぶつかる度に激しい猛風が巻き起こる。いくら満開という未来の力を有するほむらでもこの衝撃と猛風は無視できず、邪魔な友奈を振り落とせずにいた。
ほむらの翼は無数の光のエネルギーが集い重なりあったもの。友奈の拳を受け続けた光の翼は不意を突かれた上、竜巻並みの威力を誇る衝撃により粒子の結合は崩壊を見せる。
「千…回…だぁああーーー!!!!」
神風 一目連。暴風の象徴たる神の名を冠した精霊の力は、旋刃盤を拘束していた光の翼を貫き、真っ二つに弾き飛ばした。
「よしっ!!」
「ゆ、友奈っ…!?」
「この…偽物が…!!」
しかし、貫かれたのは片方の翼だけ。本体へのダメージは無い。
「邪魔よ!!」
ほむらは動揺を怒りに変え、もう片方の翼を振り払い友奈を、そして球子を旋刃盤ごと、二人を別々の方向に弾き飛ばす。
「うわっ!?」
「くっ…! タマちゃん!!」
「消えろ!! 暑苦しいだけの無能勇者!!」
吹き飛ばされた球子へと間髪入れずに光矢を射るほむら。それは速攻故に、光が凝縮された形は歪。先程の旋刃盤の防御ごと球子を吹き飛ばした一撃よりも不安定だ。
だがその不安定さが矢を形成するエネルギーの形を波状に変え、当たり判定を広げていた。ダメージを負い、弾き飛ばされて体勢と旋刃盤の角度を戻せていない今の球子には今度こそ防ぎようがない。確実に命ごと消し飛ばす閃光だった。
「させる…かぁあああーーーーーっ!!!!」
勇者は不屈。その言葉を表すように友奈は諦める事無く、弾き飛ばされた先の樹木を一目連の力を全開に蹴って球子に向かって飛び出した。
「やめ…!? 来るな!!」
「──ッ!!? 馬鹿がッ!!!!」
光の矢が球子の身体を消し飛ばす……直前に友奈は追いついた。友奈は勢いを殺さずそのまま球子を腕に絡める。その動作で視界の端に見えた物は、二人を飲み込まんとする破滅の閃光。
「っ!!」
矢の到達間際。破滅が訪れようとする者は球子と、外から割り込んでいた友奈の二人。背を向けていては友奈に防御なんて出来やしない。球子を守ろうと無謀な行動を起こしたばかりに、却って犠牲者が増える現実が。
「だあああああああああああああぁッッ!!!!」
諦めない。最後まで。友奈は即座に旋刃盤を全身全霊で蹴って、その反動で緊急離脱。変身によって長く伸びた赤い総髪が光に触れ、蒸発。それでも友奈の身体には紙一重で当たらず、光の射線上から外れていく。勿論球子と共に。
ゴォオォオ!!!!
「…………………………」
刹那、乗り捨てられた旋刃盤を波状のエネルギーが飲み込んだ。光のエネルギーは旋刃盤ごと空の彼方へ……。暁美ほむらは先程までの激情を忘れ、ただただ茫然とその光が霧散し中からボロボロになった旋刃盤が落ちていくのを眺めていた。
「がっ…!」
「うっ…!」
着地を考慮していない急降下で背中から叩きつけられるように地面に墜落する友奈。球子を前に抱きしめるように庇ったからか、彼女は無事だ。友奈も勇者装束を身に纏っているため重傷ではない。
息を切らしながらも、激突した痛みこそ強くても、二人とも生きていれば友奈にとってそれらは苦ではない。
「はあっ……! はあ……! よかった……間に合った……」
「ゆ、友奈……お前……」
痛みよりも喜びが勝る……だからこそ、友奈にとっては完全に予想外だった。
「タマちゃん……っ!?」
球子が突如として身を翻すと、安堵していた友奈の胸ぐらを掴んで強引に持ち上げたのは……。
「馬鹿野郎…ッ!! 邪魔すんなって言ったろ!! あぁッ!!?」
球子の口から出たのは友奈に対する非難の言葉。
「なんで来たんだよ!! お前まで死にかけやがって……ふざけんじゃねーぞ!!!!」
「……うん、今のは本当に危なかった……でも──」
「これはタマのケジメだ……! ! タマが気を抜いちまったせいであんずがやられた……!! 守ってやるって何度も、何度も何度も何度もあんずにそう言った!!! 必ず守るって約束したのにそいつを破っちまったんだぞ!!?」
友奈の言葉は球子の耳には届いていなかった。一言も……。
自分の命が危機に瀕していたと言えども、球子にとってこの現状は誰であろうとも決して譲れないものだったのに。球子一人の怒りと妹を想う姉として、相討ちに成ろうとも仇を討つと義憤に燃えていた所に水を注されて……。
「そのケジメは自分でつけなきゃ……あんずが報われないだろうが!!!!」
血にまみれた幽鬼の形相で球子はまくし立てながら叫ぶように言い放つ。穴が開いた左足から噴き出す血も痛みも、我も忘れていた。ただし怒りと、自分の不甲斐なさから溢れ出る涙だけは別だった。
「あいつは……タマの敵だ!! わかったらどっか行けぇッ!!!!」
勇者の使命も、友奈の想いも関係ない。そんなものはどうだっていい。
たった一人の大切な妹のためと称した自分の復讐心を満たすためだけに、球子は友奈を遠ざけようとした。
そして、友奈の存在を忌々しく感じている者がもう一人……。
「……ええ、その通りよ」
「ッ!! 暁美ィ!!!!」
暁美ほむら。並々ならぬ憎悪を滲ませた声音で呟く彼女は、想定外の友奈の乱入に激しく憤りを募らせていた。
球子の始末を邪魔されたから……そんな問題は些細だ。どうせすぐに殺す機会はすぐに戻ってくる……。
ほむらが最も気に入らない問題……それは単純に、邪魔だからだ。
「高嶋友奈……今すぐここから立ち去って、バーテックスの相手をするのなら見逃してあげる」
「……えっ?」
「そこの死に損ないと一緒にここで終わるのは、あなたにとっても不本意でしょう?」
「…………?」
「……飲み込みが悪いのね。とっととここから失せろと言ってるの。邪魔なのよ」
友奈には彼女の言葉の意味を理解しかねている。これまで周りが悲しむ事を尽くし、今現在杏と球子の命を奪おうとしておきながら自分の事は逃がしてもいいなどと……。
「………どうして……?」
だが、球子はそのような疑問を抱くことは無い。
「……死に損ない……だぁ……!? タマが終わったって決めつけんじゃねぇぞ!!!」
ほむらの発する言葉一つ一つが球子の怒りを逆撫でしている。危機的な状況が続こうとも、球子の憎しみは彼女を討つまで終わらない。
頭の傷から血が流れ出し、一歩前に踏み込むごとに左足の穴から血が溢れる。それでもなお、憎しみに満ちた球子の瞳は暁美ほむらだけを睨みつけ、その身を動かす。
「タマちゃん、もうやめて!!」
「戻れ、輪入道!!」
友奈の制止を無視し、再度精霊の力を起動……遠くに飛ばされた旋刃盤を自分の元に呼び戻そうとし……
「…………で?」
「………は……?」
しかし、何も起こらなかった。どれだけ強く念じても、球子はその思念が旋刃盤に伝わる手応えがまるで無い事に気づく。
そんな中で聞こえた暁美ほむらの感情の込もっていない淡白な一言は球子を困惑の渦に叩き落とすのに十分すぎた。
「……おい、戻れ……戻ってこい、輪入道!!」
「………」
「なんとか応えろよ、輪入道!!!」
暁美ほむらの攻撃でいくら遠くに飛ばされたのだとしても、反応が皆無だなんて有り得ない。球子は今なお精霊の力を解放したままであり、消えていないというのに……旋刃盤が……。
焦燥感に駆られ、力任せに何度も何度も叫ぶ球子だったが、そこで声が聞こえた。
「壊れたんじゃない、あなたの武器?」
「…………え?」
「壊れ…た…って……タマちゃんの神器が……?」
残酷な現実が。
「アレが切り札みたいだけど、満開した私の攻撃をあなた達程度の貧弱性能の力で全部防ぎきれるわけがないじゃない。ボロボロのゴミ屑が落ちていくのが見えたわ」
事実ほむらが最初に放った流星の如く巨大な一撃で旋刃盤の刃は過半数が折れて、砕け、欠けていた。表面上にもその時点では大きくないにしろ亀裂が入っており、そこからさらに光矢の連射を受けた事で更に破損。最終的に光の奔流に飲み込まれて、この場から遠く離れた地点に落下した時には……もはや、鉄屑と化してしまっていた。
精霊が宿る器が壊された……結果そこに精霊輪入道は力を介せない。球子と神器だった鉄屑の間に、力の繋がりは存在しない。
「理解できた? 死に損ないの土居球子」
「……くそ……くそ…くそ、くそ、くそぉおおお!!!!!」
「……理解できたのなら」
「うあああぁあぁあぁあぁッッッ!!!!」
「ここで死ね」
暁美ほむらの言葉を受け、球子が爆発した。怒り狂い叫び散らしながら、武器を失ってもなお血走った目でほむらに殴りかかろうとする。だが、それが届くことはない。
「うっ…!?」
「逃げるよ、タマちゃん!!!」
「……そいつも連れて行っていいとは言ってないのだけど?」
後ろから友奈が抱きしめるようにして球子の動きを封じたからだ。そのまま即座に球子を肩にからう様に担ぐと、勇者装束の身体能力の高さを活かして全速力でその場から離脱する。入り組んだ樹木の海の中に飛び込み、姿を隠しながら暁美ほむらから距離を取る。
「……まぁ、当然そうなるわよね……」
球子を抱えながら逃げ去る友奈を見て、ほむらは小さく溜息をついた。その背中を弓で狙うこともせず、姿が見えなくなっても追うことはしない。
「面倒な事を……高嶋友奈……」
ただし逆に、弓の結合を解除し折れた翼に粒子を戻す。ほむらにとっては面倒で不本意極まりないが、もうこれから先弓を使うつもりはない。感じたばかりの激しい動揺が、この状況で弓を使うことを躊躇わせた。
やがて彼女はゆっくりと息を吸い込み、そして吐く。心を落ち着かせ、今なお過る失敗のフラッシュバックを払拭するために。
「郡千景の時と同じ様に逃げられると思わないことね」
ほむらは球子を消すことを諦めてなどいない。折られた翼も所詮は武器となる光の集合体というだけで、飛行能力その物は満開の力がほむらの身に与える付属の加護でしかない。
数十秒掛けて気を静め、冷静さを取り戻したほむらは、球子を仕留めるために彼女達が入り込んだ樹海の中に飛び込んで行く。
◆◆◆◆◆
場面は変わり、友奈の突入で暁美ほむらの注意が逸れた隙に、ほむらは杏を背負いその場から飛び出していた。そして大量の樹木と蔓によって入り組むように生成されている樹海の中へ飛び込み、尚且つ死角となる樹木の陰に身を潜める。
(……ここなら……探して攻撃して来ない限り危険は無いはず……!)
「……う……ぅ……」
「伊予島さん……! しっかり……!」
「…ぁっ…い……いた…い……よ……」
「くっ…!!」
杏の体を地面に下ろし、ほむらは彼女の状態を確認する。朦朧とした意識の中で、顔と腕を焼かれた痛みで苦悶の表情を浮かべる杏。そんな彼女の姿を見て、ほむらは涙を滲ませ唇を噛んで悔やみながらも、今すべき事だけを考える……だが。
「どうすれば………水が無い……!」
丸亀城で受けた応急措置の座学で火傷の処置方法は習っている。
平たく言えば、流水で冷やす。あくまでも応急措置だが、何もしないよりは遥かにマシである。
しかし、ここは神樹の結界に覆われた樹木の世界。自分達以外全ての時間が止まり、そこに存在する水というのは海……海水だけ。綺麗な流水なんてものは辺りに存在しない。
(落ち着け……考えろ……考えろ……! じゃないと伊予島さんが……!)
必死に思考を回転させる。もしかしたら樹木に覆われていない川もあるかもしれないが、見つけられる可能性は極めて低いだろう。
それを探し当てるまでに時間を掛ければそれだけ杏の苦痛が増すことになる。連れ回して探すことも今の杏を思えば不可能だ。
だからといって、このままでは確実に手遅れになる。焦りが募り、判断力が低下していく。その最中……
「ほむらさん!!」
「っ! 白鳥…さん……」
「ソーリー…マップが無いから二人を見失っちゃって……遅くなっちゃって……」
現れた白鳥歌野の声に、今にもほむらは泣きそうな顔を向けた。
歌野はほむらの顔を見て彼女の心境を察する。だがそれに対し言い及ぶ事無く、歌野は即座に行動を起こした。
「これ! 杏さんに使って!」
「えっ…! とぉわあっ!!」
歌野が手にしていた大きな袋をほむらに放り投げるように渡す。予期せぬ行動から咄嗟に受け止めようとするも、受け止めたほむらは袋の見た目以上に及ぶ想定外の重量に体制を崩しかけた。
先のやり取りにて蕎麦が取り出されていたそれは、樹海化する事を知らないが為に偶然歌野が樹海に持ち込む事になった、彼女が別の目的で集めていた物資。
「重ぉっ……!? こ、これ40キロ近くありません!?」
「勇者のパワーなら持ちきれなくはないでしょ!」
「で、ですけど……この中身一体何が詰め込まれて…………っ!!」
中身を確認して、ほむらは驚愕に目を開く。そこには先程目にした大きな蕎麦の箱の他にも……
雑に詰め込まれたTシャツとジャージの下には茄子や南瓜などの野菜類、海苔、葱、山葵といった薬味と麺汁……天然水が詰まった、5リットルサイズのペットボトルがなんと6本。
「な、何この量…!? 蕎麦の材料にしたって多過ぎるけど……」
「今はそんな事どうでもいいから! 杏さんのケアにウォーターが必要だと思って回収してきたの!!」
「白鳥さん!」
一人遅れてしまった理由は、戦場から離脱する前から杏を助ける方法が自分の持ってきた水にしかないと気付いていたから。歌野の頼もしい事この上ないフォローに、ほむらは感謝してもしきれない思いを抱く。
だが今は、疑問や礼を言うよりも先にしなければならないことがある。ペットボトルの蓋を開け、ほむらはTシャツを濡らして傷を冷やす。
「頑張って……! 今助けるから……絶対助けるからね……!!」
ペットボトルの水とタオル代わりのTシャツ。使える物が限られる中、ほむらは懸命に手を動かし続ける。ほんの僅かだとしても苦痛が和らぐためならばと、彼女は杏の身を心の底から案じながら励まし続ける。
「…………」
杏と真剣な様子のほむらを側で見守っている歌野だったが、意を決したように立ち上がると彼女達の側から離れて背中を向けた。
「ほむらさん、杏さんをお願い」
「えっ?」
「杏さんの事は心配だけど……私には、他にやるべき事があるから」
歌野はここに向かう途中で目撃した物があった。それを放ってはおけない……ほむらなら安心して杏を任せられる。そう信じたからこそ、歌野はそちらを優先すると決めた。
「バーテックスの群がこっちに来てる。あれは私が相手をするわ」
ほむらは目を丸くして驚く。だが歌野の言う通り、樹海の中には既に数十もの星屑の群れが入り込んでいた。
敵は自分達ではなく神樹を狙っている。自分達がこのまま隠れていれば世界が滅ぶ事は事実ではあるのだが……。
「白鳥さん一人でだなんて……大丈夫なんですか……?」
危険の一言に尽きる。せめてもう一人は戦力が欲しい所ではあるが、自分はとてもじゃないが手を放せない。この場にいない残りの勇者も自分達以上にそれどころではない状況。必然的に歌野一人しかいない事実に突き当たり、ほむらはそれ以上何も言えなかった。
「ちょっとちょっとー、忘れたの? 元々私、諏訪では一人でバーテックスとやり合ってたのよ?」
「………」
「大体今行けそうな勇者なんて私しかいないし……それに……」
言葉を区切り、振り返った歌野。それを見たほむらは彼女に対して初めて、気圧される形で息を飲んでしまう。
「……このとってもアングリーな気持ち……あいつらに全部まとめてぶつけてやらないと気が済みそうにないの……!!」
彼女の表情は、今まで見た事も無いほどに……怒っていた。普段明るく元気で、誰に対しても分け隔てなく接する彼女から溢れこぼれだした、激しい憤り……。
直後に歌野は飛び出していった。樹海の木々の間を縫うようにして駆け抜け、あっという間に進軍するバーテックス、星屑の前に立ち塞がる。
星屑は前方に現れた歌野の存在に気付くと、一斉に彼女に襲い掛かる。
「お前達が来なければ……」
だが歌野は焦る事無く、大きく跳躍してその突進を飛び越える。そのまま空中で体を捻って体勢を整え、着地すると同時に握る鞭を振り回し、最後尾にいた星屑の一体を一瞬の内に真っ二つに裂く。そしてそのまま次の獲物へと振るい、白きその体を木っ端微塵に弾き飛ばす。
「こんな事にはならなかったのに……!」
既に方向転換した星屑は歌野への攻撃を再開しようとするも、彼女はそれよりも早く新たな星屑を打ち抜いていく。
怒りに身を委ねながらもその動きは一切鈍らず、歌野は瞬く間に周囲の敵を殲滅していく。
「返してよ……」
静かな、だがそれでいて煮え滾った力強い怒りの言葉と共に、歌野の鞭は次々と敵を討つ。真っ直ぐ群の中に飛び込み、単身一人で縦横無尽に暴れ回る。
「返しなさいよ!!!」
歌野の中に恐怖なんて物はない。有るのは激しい怒りと、それを上回る深い悲しみ……。
過去の思い出が蘇っていた。かつて自らの全てを救ってくれた友が見せてくれた笑みが、瞼の裏に浮かんでは消えていく。その次に映し出される物は、その人物が仲間の血を浴び、闇に堕ちた姿。
「私にホープを取り戻してくれた友達を返しなさいよ!!!!」
歌野は叫ぶ。身を焦がす感情を全て吐き出すように、力の限りに……。
「ファアアーーーッック!!!!」
◆◆◆◆◆
あんな思いをするのは、もう二度と嫌だった。
───イヤァアアアアアアアアアアアア!!!! ぐんちゃん!!!! ぐんちゃん!!!!
目に焼き付いて離れない、千切れ飛んだぐんちゃんの右腕、爆発して跡形もなく消えていくぐんちゃん。首を切られて、私の目の前に転がったぐんちゃんの頭……。
精霊の力で出来たぐんちゃんの分身の……だったけど、だからってあの時感じた恐怖と絶望感はこれっぽっちも軽くならない。本当に胸が苦しくて、息ができなくなる……。
───があああああああああぁぁッッ!!!! よくも……!! よくもぉおお!!!!
あの日の病院での出来事だってそう……。あんなに怖いぐんちゃんなんて見たくなかった……あんなに可哀想なぐんちゃんなんて、絶対に見たくはなかったんだよ……!
……もう、嫌なんだよ……
「ふざけんなよ友奈ァ!!!!」
背中側からタマちゃんの怒鳴り声。それと一緒に、私の肩にぶら下がったままのタマちゃんに背中を思いっきり叩かれた。
少しだけ前につんのめってしまう。でも私はタマちゃんを離さなかった。咄嗟だったから、体勢も変わらず、タマちゃんをまるで米俵をからう形のまま。
「タマの邪魔をしてそんなに楽しいか!!? あんずの敵討ちの邪魔をして嬉しいか!!?」
「……ッ!」
また背中を強く叩かれる。痛い。だけど、それでも……私の足は止まらない。
「……このままじゃ…タマちゃんが殺されちゃう……それにもう、神器が無いんだもん……」
「関係あるか!!! 旋刃盤が無くたって、死んだって……!! あいつをぶちのめせるなら関係無いんだよ!!!!」
「どうやって…やるつもりなの……?」
「どうもこうももない!!!! やらなきゃいけないんだ……やるっつったんだからやるんだよ!!!!」
「……駄目だよ…置いていけない」
「友奈ぁあああああああ!!!!!」
背中に何度も衝撃が走る。ドン!ドン!って、タマちゃんの握り拳が強く背中にぶつけられる。
身体はあまり痛くなかった。前に読んだ漫画で背中の衝撃に対する耐久力は正面の7倍もあるってのもあったし、すぐに慣れた。何よりも一目連のおかげで普通に防御力も上がっているのが大きかった。
一方的に痛いのは心の方。こればかりはどんなに守りを固めても、スルリとすり抜けて刺してくる。とても辛い痛み……とても悲しい痛み。泣き叫びたくて仕方のない、絶望的な感覚。
だけど、それらはとてもであって、一番ではない。一番辛いのも、一番悲しいのも、本当の絶望感がやってくるのは……そう……。
───離して……!! そいつを殺せない!!!!
「離せ!! あいつを殺せないだろうが!!!!」
「…………!!」
───離せえええええ!!!!
「離せえええええ!!!!」
「バカァアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」
「っ!!?」
もう、二度とあってはいけないんだよ。
「死んでもいいとか!! 殺してやるとか!! さっきからずっとふざけたことばっかり言って何なの!!? 人の命なんだよ!!? 捨てて、奪って、正しい事なんだって決め付けて……そんなの全然いいわけないでしょ!!!!?」
「あいつは…っ! いいや、人間だなんて思うな!!! あの悪魔は」
「そんな事を言ってるんじゃない!!!!」
「っ……!」
私の言葉に、タマちゃんは息を飲んで黙ってしまった。自分でもビックリするぐらい大きく響く声、それはきっと私の胸の奥底、魂からの叫びって言われるものだと思う。
「タマちゃんの事を言ってるの!!!! タマちゃんが捨てたがってる命が!心が!!誰にとって大切な物なのかを考えてよ!!!!」
バーテックスの襲来で私は故郷を失った。両親と離れ離れになった。でも、心の底から大切だと思える友達ができた。3年間一緒に笑い合い、励まし合い、時には些細な言い争いをして、仲直り。こんな残酷な世界でも頑張ることができたのはみんながいてくれたから……。
それが欠けてしまうなんて…………だめだ……少し考えてしまっただけでも涙が出てきた。
「みんながタマちゃんの事が大好きなんだよ……みんなが、明るくて元気いっぱいなタマちゃんの存在に、いつも救われているんだよ……」
「………」
「……嫌だよ……! タマちゃんがいなくなるのも……今までのタマちゃんじゃなくなってしまうのも……!!」
今のままじゃ、誰も心から笑えなくなる……二度と元には戻らない……そんな手後れにはさせない……!!
「私達の世界には、これからもずっとずっとずっとずっと……!! タマちゃんが必要なの!! みんなが笑って過ごせてる世界は、タマちゃんがいなきゃダメなの!!!!」
私が、絶対に!!
息を切らした私の荒い呼吸だけが、私とタマちゃんの耳に届く。一瞬の沈黙の後、背中に何かが押しつけられた。握り拳よりかは大きくて、少し柔らかい……タマちゃんが顔を押し付けてきたんだと分かった。
「……くやし…かったんだ……」
「………うん」
小さな嗚咽。私の背中に顔を埋めながら、その身体を震わせていた。
やがて、私の服を掴む手に力がこもっていく。そして絞り出すような声で呟いた。
「タマだって……ワケがわかんなかったんだぁ……! ひっぐ…うぅううううう……!!」
タマちゃんの目から溢れ出した雫が、私の背中を濡らしていく。本当は誰よりも辛くて、苦しくて、どうしようもなくて……。
そうなって当然だった……だってタマちゃんは、アンちゃんのお姉さんなんだから……。
「……ごめん……ごめんよ、ゆうなぁ……!」
「……大丈夫。わかってるから」
「…あん…ず………あんずぅぅうう……!! うわぁぁあああああぁああ……」
タマちゃんは私の背中でむせび泣く。何度もアンちゃんの名前を呼んで、後悔の念を口にしながら。
「ぁぁああ……あ……」
「……っ、タマちゃん……?」
徐々にその声は小さく、消えていく。その直後タマちゃんの姿が淡く光ると、タマちゃんの羽織っていた白い装束と首回りにある大きな輪っかが消えてなくなっていった。
タマちゃんは意識を失っていた。それで精霊の力が解除されたんだろう……。
そもそも、タマちゃんの怪我は大きい。頭も足も血でべったりだし、やっぱりあのまま向かって行っていたらと思うと……。
……でも、もう大丈夫……。うまく撒けたのか、あの子がここまで追いついては……
ビュンッッ!!!
「!!?」
一瞬だった。風を切る轟音が聞こえ、反射的に後ろを振り返る。その瞬間、真っ白に光り輝く影が……ジェット機をも超える猛スピードで私のすぐ隣を通り、背後で停止する。
「…………」
(嘘……!?)
そこにいるのは無表情で佇んでいるあの子。僅かに身体を捻り、私が折った方とは逆の翼を傾けて、それを眠ったままのタマちゃん目掛けて叩きつけようとしていた。
「ッッ!!!」
脳みそが理解するよりも早く、私の身体はもう一度反転しタマちゃんを攻撃の軌道上からどかす。それと同時に、私の身にその翼が叩きつけられた。
「がああっっ!!!」
とても翼とは思えない、堅くて熱い、強烈な殴打。私の身体はタマちゃん諸共吹き飛ばされ、地面に激突しようとしていた。
「くっ…! ううぅぅぅ……!!」
痛みが襲い、激突が迫る中、それでもタマちゃんだけはと空中で回転し、なんとか両足で着地する。
その状態で上を見上げると、その冷たい眼差しと交差する。宙に浮かび、私達を見下ろす……みんなが悪魔と呼んだ姿のままで。
「……庇うのは想定内だけど、大人しく倒されてほしいものね」
「……どうしてもタマちゃんを殺すつもりなの?」
「ええ。どうせ生かしておけば今後も逆らうに決まってる」
「……そうしないよう、私から言っておくから……もう誰も約束は破らないって誓うから……だから!」
「戯けないで。お前達の命乞いなんて何の価値もない」
私の言葉を遮って冷たく言い放つ。無慈悲にも鋭い殺意を、私達に飛ばしてくる。
「郡千景の時と同じようになるとは思わない事ね……今度は逃がさない。土居球子は確実に仕留める」
「……っ!」
思い返す……あの日の病院での惨状……。みんなが……ぐんちゃんが流した涙……。
みんなが打ちひしがれた、絶望……そんなの……!
「……逆だよ」
「逆?」
タマちゃんをゆっくりと地面に下ろす。このまま抱えたままじゃ危険すぎる……。そして横たわるタマちゃんの前に立ち、拳を構え前を見据える。
もうあんな悲劇は繰り返させない。戦って守って、みんな無事にこの局面を乗り越える。
「絶対に……ぐんちゃんの時と同じような事にさせてたまるもんか!!!!」