ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第七十四話 「落下」

「絶対に……ぐんちゃんの時と同じような事にさせてたまるもんか!!!!」

 

 叫ぶように私は自分の決意をぶつけた。タマちゃんを殺させるわけにはいかない。タマちゃんが死ぬなんて絶対に許せない。

 誰かが悲しむ未来なんて絶対に認めない。握り締めた拳に力を込め、前方の空中を浮いている彼女に向かって飛び掛かった。

 

「だああぁぁぁぁぁああ!!」

「ふん……」

 

 一目連の力を宿した渾身の右ストレート。一直線に飛んでくる私を、彼女は涼しい顔で真上へ飛んで避ける。

 そのまま私は通り過ぎてしまう……すると向こうにタマちゃんに攻撃するチャンスを渡してしまうことになる。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 勇者パンチをかわされた瞬間、空中で一回転して直線上にある大きな樹木を一目連の猛風を纏わせた両足で蹴る。間髪入れずもう一度、今度は後ろからもっとスピードを上げて追撃する。

 

「もう一発! 勇者ぁ……!」

「……後ろからの攻撃をわざわざ宣言するような馬鹿正直さとか……なんでこう……本当に」

「パァーーーンチ!!!」

「気に入らない!!」

 

 私の一撃をまるで待ち構えていたかのように、その背中の翼が守るように閉じられる。

 

「くっ……!」

 

 私の拳が翼に当たってもビクともしない……。

 

「さっきはいけたのに……堅…い…!」

「言ったはずよ。あなた達程度の貧弱性能の力でどうこうできる話じゃ…ない!」

 

 その翼が開き、私の身体ごとパンチを弾いた。腕は外側に大きく開いてしまって、そのせいで体勢が崩され構えが解ける。

 

 その一瞬の隙を晒す中、目の前ではその体が鮮やかに、後ろの縦方向に鮮やかかつスピーディー回転する。背中側にいる私の頭上から彼女の足が、オーバーヘッドキックの形で襲いかかってくる。

 その足にはぼんやりと白い光が纏われている。さっきまで彼女が持っていた弓と同じ……翼から溢れ出ているとてつもなく大きな力が付与された………っ!

 

「ぐっ……! あぁっ!!?」

 

 なんとかもう片方の手でガードしようとするけど……その威力はとても蹴りとは思えないほど強力で、重い。ガードした腕ごと身体を吹き飛ばされて、激しく地面に叩きつけられる。

 

「きゃぁああ!!!」

 

 地面が凹み、亀裂が走る。激しく巻き上がる土埃の中、全身を鈍い痛みが襲う……。

 圧倒的な力……一目連の力が全く歯に立たない、非情な現実……。頭の中ではどうすればいいんだって、鈍痛と不安が過る以外無い……。

 

「うぅ……!!」

「土居球子は」

 

 だけどその言葉が聞こえた瞬間、私の顔はハッキリとした痛みを感じながらも素早くガバッと宙を見上げた。

 彼女は私に目もくれず、タマちゃんを見下ろす。人を殺すのに何の躊躇いもない、真っ黒な憎悪の目付きで……。

 

 直後、彼女はタマちゃん目掛けて急降下していく。私を退けたからこそ、今度こそタマちゃんに確実なトドメを刺す気なんだ……。

 

「ぉ……ォオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 その光景を見た瞬間、私の体は痛みなんて物を忘れた。そんな物を気にして、邪魔をされて、タマちゃんがいなくなることなんて絶対にダメだ!!

 

(倒れるな!! 立て、高嶋友奈ッッ!!!!)

 

 脳がリミッターを解除したのかもしれない。まさに火事場の馬鹿力……今までに感じたことの無い力が全身を駆け巡り、私の身体を突き動かす。

 

「そっちに行くなぁああーーーーー!!!!」

 

 私は立ち上がる……拳大の、砕けた地面の欠片を掴み取りながら。

 腕に烈しい竜巻が巻き起こる。私の想いに呼応して、一瞬でぐんぐんと巨大化しながら、勢いを増していく。

 

「だ…っりゃぁあああーーーーっっ!!!!」

 

 思いっきり欠片をぶん投げた。嵐の力を帯びて高速回転する欠片は一直線に。空気を切り裂き、ジェット機にも迫る剛速球で。

 

「!?」

 

 タマちゃんを殺す事に注意が向けられていて私の事なんて見向きもしなかった彼女が気づいた時には、欠片はもう頭のすぐ隣。

 

「うっ…!」

 

 翼の防御も回避も間に合わない……でも、一瞬で現れた白紫色のバリアに阻まれた。

 

 欠片はバリアにぶつかった衝撃で粉々に砕けた。彼女の方はバリアに守られて傷一つ付かなかった……

 でも、顔のすぐ横に物体がものすごいスピードで飛んで、激突したんだ。人間なんだから不意を付かれた彼女の身体は反射で一瞬硬直する様を見せた。

 

 不意打ちが決まった奇跡も合わさって、タマちゃんの攻撃をバリアで防いだ時と違って踏ん張れなかった。いくら向こうがとんでもなく強い力があるとは言えだよ、私の全部を乗せた投岩だ。ダメージは通らなかったけど、ぶつかった衝撃だけなら通ったみたいで彼女は数メートル先まで仰け反るように弾かれる。

 

「やああぁああああっっ!!!!!」

 

 そのチャンスを逃しちゃいけない。向こうもまだ体勢を立て直してなんかいないんだ。もう一度地面を強く蹴って、彼女に飛び掛かる。

 

「くっ……!」

「あああああああああ!!!!」

 

 空中に浮かんだままの彼女のお腹に膝をめり込ませる。そして左手で胸ぐらを掴んで固定……。

 気が引けるとか、そんな酷い事を……なんて思っている場合じゃない……。胸が痛むのを必死に我慢して、彼女の顔面目掛けて渾身の拳を叩き込む。

 

バキィッ!!

 

「…くっ……うううううう!!!」

 

 でもそれはまたしてもバリアに防がれる。堅くて傷一つ入らない、バチバチと音が鳴るだけで通用していない。

 ……ふと、気付いた。この堅いバリアとそれで守られている彼女との間に、他にも何かが存在している。白と紫に紛れて見える黒い塊……それが持っている二つの眼差しと私の目が交錯する。

 

(……エイミー…ちゃん……!?)

 

 丸っこくて可愛らしい、尻尾が2本生えた猫……それは彼女に付き従う精霊。

 

『………!』

 

 可愛げがあって人懐っこかったこの猫ちゃんの目は……なんだかとても、悲しそうに見えて……

 

『……!!』

 

 同時に私に対して何か、とてつもなく大きな想いを訴えかけているように感じて……

 

「……無駄な事を」

「はっ…!?」

 

 彼女の背中の翼が羽ばたいたように見えた瞬間、それらはグニャリと形を無視してねじ曲がる。彼女の脇の下からスルリと間に入り込み、素早く振り払われて。

 

 お腹を翼の強大なエネルギーの塊で殴り抜けていった。

 

「───ッッ!!? が…はっ…!!」

『…………!!!!』

 

 咄嗟にタマちゃんを庇ったさっきと違って、柔らかいお腹に直撃……。体の内側で堅い何かが砕けた激しい痛みが駆け抜けた。駆け回り続けていた。

 一瞬で息ができなくなって、声にならない叫びと一緒に血が口から漏れ出す。意識が飛びそうになる。視界がチカチカと明滅する。呼吸ができない。

 精霊の力で防御力が高まっているはずなのに、相も変わらずそんな物は関係無い。身体中を巡るこの強烈な衝撃は……耐えられない……。

 

「ゲホッ…! ゲホ…! く……うぅぅ……!」

「これでも離さない……」

「…あたり…まえだよ……!!」

 

 でも私は怯まない。彼女を離さない。

 駄目そうになったらみんなの顔を思い浮かべればいい。力が入らなくて困った時でも、それでみんなが力を貸してくれる気がするんだから。

 

「哀れね」

「え……っ!?」

 

 そんな中、後ろから何かが強い力で抑えつけてくる。強制的に彼女の身体と密着させられて……大きな翼が私達の身体を包み込んでいた。

 

「わざわざ捕らわれるような手段しか取れないなんて」

「う……くっ……う、動けな……!? 離し……」

「言われなくても、ちゃんと離してあげるわよ……これから」

「……っ!?」

 

 彼女の冷め切ったトーンの声が聞こえた直後、頭上から全身にかけて激しい風が吹き荒れてきた。

 ……ううん、違う、これは……風が吹いているんじゃなくて……彼女の顔や身体や翼であまり見えないけど、視界の端に見える景色が変わっていく。ものすごい速さで見える物が下に沈んでいる……。私の身体が猛スピードで上昇しているんだ……!

 

(飛んで………まさか…!?)

 

 彼女が次に何をしようとしているのか……その答えがなんとなく分かってしまった。このままじゃマズいって、激しい危険信号が脳内で鳴り響く。

 

「うっ…ぐぅぅううう!!」

「あなたの力は通用しないって、一体何度言えば分かるの?」

「うううううううううう!!!!」

「……どこまでも、どこまでも……どこまでここの勇者は愚かなの?」

 

 歯を食い縛って、なんとかして翼を引き剥がそうとするけど、全然ビクともしない……。そもそも不意を突かない限り勇者パンチを受け止めてもビクともしないくらい堅い翼……抱き締めるように包んでいる私ごと空高くへ舞い上がっている。

 そして彼女は私を抱き留めたまま、一気に加速して高度を上げていく。ぐんぐんと、広い樹海中を一眺できる程に高く……!

 

 そして……

 

 

 

 ぐるんと逆さまに、地上に向かって一気に急降下を開始した。

 

「っっ!! うっわあああぁぁあああぁぁ!!!!!」

 

 とんでもない加速も合わさって、思わず悲鳴が上がる。彼女の翼の中に閉じ込められて、自由を奪われて、身動きすらできない……! こんな状況で、地面に叩きつけられたら絶対にもう動くことはできない……!! そしたら私だけじゃなく、タマちゃんも殺されて……!!

 

「……!?」

 

 ……いや、そもそもこれの落下地点……落ちながらも少しずつ位置調整されているのか横にも動いている………これって、もしかして……もしかすると……!!

 

「気付いた所で何も変わらない。変えられない……」

「だめ……! だめぇええええええ!!!!!!」

 

 

「土居球子とかいうクッションがあって良かったわね」

 

 私達の落下地点は……意識無く横たわっている、タマちゃんのいる場所へと速度も調節されながら落とされていく。多分一緒に落ちている彼女だけ、直前で何らかの方法で被害を回避するために……。

 だからこのまま落ちると、強化されている私は良くて大怪我で済む可能性は少しはあるのかも……。ただし、私の身体の下敷きにどころか潰されてしまうタマちゃんにあるのは確実な……死。

 

 地面が、倒れたタマちゃんがまで数百メートルを切った時、落下に錐揉み回転が加えられた。

 

「ああああああああああああ!!!!」

(!!?)

 

 迫る命の危機……時間の流れがゆっくりに……スローモーションがかけられたみたいに、これが走馬灯って言うやつなんだ……。

 

 世界がゆっくりと動く中、予想外の動きが……一瞬、私を覆っていた翼が解かれた。でもそれとほぼ同時に彼女の右手が私の胸ぐらを掴む。

 

 そこから力任せに振りかぶり……落下の勢いを加えたまま、下にいるタマちゃんに私を投げつけようとしていた……自由に空を飛べる自分だけが激突から回避して、確実に私達二人を仕留める方法を……!!

 

 もうすぐ、刹那で、絶望が齎される。私は、大切な友達が殺されるのを止められない……? また守れないの……?

 悲しみの連鎖は……みんなの心を引き裂き不幸にする……そんなの……

 

「乃木若葉と一緒に自分の無力さに震えていなさい」

「っ!!」

 

 そんなのは嫌だ!!!! 諦めたくない……!!!! まだ、まだ終わってなんかいない!! 私が諦めたら、終わりなの……!! まだ……!! まだ、間に合うんだからぁああっっ!!!!!

 

 

「絶対に死なせないんだァアアアアアアアッッ!!!!!!」

 

 

 

 胸ぐらを掴んでいた右手が離された。

 

 でもそこに、投げつけるための動作はなかった。

 

 ただ、離れただけ……彼女の右手には僅かな力も無く、呆気なく私の身体が抜け落ち取りこぼした。

 

「散…っ!」

 

 何か……彼女にとっても計算外の何かが起こっている……? 彼女の翼が一瞬にして消滅して、神秘的な勇者装束までもその光が剥がれ落ち、ホムちゃんと同じ見た目の装束に戻っているなんて……でも、困惑するのとか何がどうなったのかなんて、今は考えなくていい!!

 

「勇者ぁあ──!!」

 

 守るんだ!!!! 今度こそ!!!!

 

「キィーーーーーッッック!!!!!!」

 

 拘束が解かれた上に、落下する勢いだけは変わっていない。空中で思いっきり身体を捻り、私はその全てを攻撃に変えて、彼女の身体目掛けて蹴りを放つ。

 

「ぐ……っ!」

 

 バギィイイッ!!…って、またしても攻撃はバリアに防がれるけど、十分だった。一目連の力を発揮したキックの勢いと反動で私達の身体は空中で、それぞれ正反対の方向に弾き出される。当然、真下にいたタマちゃんとの距離を空けるように。

 

「!? あぐっ……!」

 

 私はそれで落下の勢いを相殺。彼女の方は地面に激突する瞬間やっぱりバリアが発動したけど、それでも着地には失敗して横転して倒れ込んだ…!

 

「ふ、ふざけないで……このタイミングで満開の時間切れ……!? よりによって……!!」

 

 怒りをはっきりと表情と声に出して、地面に左手を付いて身体を起こそうと……直後に空中から着地し、一気に彼女目掛けて駆け出しながら拳を振りかぶった。

 

「!」

 

 向こうも咄嗟に左腕とそこに付いてる盾を前に構える。その怖そうな表情から何かしらの反撃が来るのはハッキリとしている! でも止まれないし止まらない!

 

 反撃も避けて、全身全霊全力全開のパンチをぶつけるしかないんだ!!

 

「……ッ…! くそッ!!」

 

 ところが、向こうからの反撃は来なかった……? 何故か私から視線を外して、忌々しく自分自身の右手を睨みつけている……。

 その右腕は力無くブランと垂れ下がっていた。ひょっとしてさっき地面に倒れた拍子に痛めたのかもしれない…………

 

「ここから──!!」

 

 可哀想だ……なんて思っている余裕は本当にない。タマちゃんの命が掛かっているこの時だけは、心を鬼にしなくちゃいけないんだ!!

 

「出て行けぇええええええ……えっ!!?」

 

 厄介なバリアごと、彼女を遠くまでぶっ飛ばすつもりで、渾身の一撃を叩き込む……そのはずだったのに、

 

 両手の手甲から光が飛び散って小さく、左目周りのバイザーも消えて……私の勇者装束が元通りに……。

 

「そんな……!?」

 

 切り札、精霊降しの限界……この力を使い始めてからずっと全力以上に力を引き出して使っていた。なんならとても重い攻撃をお腹に受けた……多分、肋骨は何本か折れている……麻痺していた強い痛みが、蘇る。

 

「ああぐうぅうう!!!!」

 

 激痛が身体中を支配する。まだまだやれる、やらなくちゃいけないと思っていても、非情にも限界を迎えていて、肝心の力は留められない……

 

 全身の力が一気に萎んで、足がもつれてガクッと崩れてしまった。そのまま前に倒れ込んで……

 

 思い描いたように殴ることは出来なかった……けど、

 

「は? ちょ…!」

 

 

 ……そういえば前に歌野ちゃんが、さっきまでのあの翼が生える力はその後は反動でものすごく疲れるんだって言ってたっけ……?

 何やらまだ立ち上がれていなかった彼女にもたれ掛かるように激突………え? あえ…?

 

「おっ、とっと……と?」

 

 そんな彼女の後ろは地面になっていた樹木の途切れ目……高さ数メートルはある崖のような場所になっていて……!?

 

 勢い止まらず、私達はその先へ落ちていった。

 

「わー!」

『…!? ーーーーーー!!!!』

「このっ! 退きなさい!」

 

 といっても、勇者に変身している状態だから、この高さから落ちても全然怖くもないんだけど……。

 

「いっだぁあああ!!!!」

 

 ただ、正面から落ちた衝撃が折れた肋骨に響いた……動けな…い……!

 

「い、いた……いい、い、い……お腹が……ががが………あ、あれ……?」

 

 ……なんだか、落ちた先の地面が柔らかい……堅い……ような……? うつ伏せに倒れ込んで悶え苦しんで、涙目になりながらもゆっくりと目を開く。

 

「……高嶋…友奈ぁ……!」

「…………」

 

 目の前には、怒りの形相を浮かべて、私を見上げている彼女の顔があった。落下したまま、彼女の上に覆い被さるような体勢になってしまっていて、それで私が押し倒している形で……………

 

「わあーーーーーー!!!!」

 

 慌てて彼女の両腕を掴んで抑え込んだ。だってこんなことしたら、また暴れられて大変なことに……!!

 ってほら!! 左腕の方がグググって力を込めてきた!! 痛い痛い痛い痛いお腹が痛い!!!! 精霊の力が無くなってただでさえ全身に力が入らないのに!! でもここで押し負けたら間違いなくもう後がないよ!!

 

「う……ぐぐぐぐ……っ」

「放せ……っ!! 退け!!!」

「絶対に…嫌だよ!!」

「っ……!!」

 

 でも切り札後で本来の力が入ってないのは向こうも同じなのか、私が上で向こうが下というのも合わさって奇跡的に勝負は互角に……。だからこそ、必死に歯を食いしばって激痛と共に耐える。もうこれ以上、誰も傷付けさせたくないんだ!!

 

「やめてよ……!! これ以上みんなの幸せを奪わないでよぉ!!!!」

 

 彼女の上に馬乗りになったまま、涙声のまま叫ぶ。抵抗は止まないけど、今の自分自身の一言で、私の心のダムは決壊した……。

 

「おかしいよ……こんなの絶対おかしいよ!!!? どうして勇者同士で傷付け合うの!!!? どうして悲しい事つらい事、苦しい事を続けようとするの!?!?」

「く…………ッ!」

「嫌なんだよ……!! 誰かが傷付けられるのも、傷付けるのも……!! みんなそれが嫌だから、必死になって頑張ろうとしてるんだよ!! 力を合わせてみんなで生きるために手を取り合ってるんだよ!!!!」

 

 お腹の痛みのせいなんかじゃない、ボロボロと溢れ出す涙が彼女の顔に落ちていく。

 

「お願いだから……!! もうタマちゃんを見逃してよぉ!!!!」

 

 泣きじゃくりながら、それでも彼女の腕を決して離さない。

 

「邪魔だからとか、そんな理由で命を奪わないで……!! 生きているのって、とってもすごい事なんだって気付いて……ううん、思い出して!!」

「…………」

「あなたは歌野ちゃんや水都ちゃん達を助けてくれたじゃない!! 私と同じ名前の友達と先輩がいるって、優しく微笑んで話してくれてたじゃない!!」

 

 ……そうだよ……この子は変わっちゃったんだよ……。初めて会った時の彼女と、今の彼女の目は違う。

 

「本当に命を粗末にするような人が! あんなに優しい顔ができる訳がないよ!!」

 

 違うんだよ……今のこの子は違う。本当の彼女は……私を見て、私の知らない誰かの姿を思い浮かべて優しい顔をしていたあの子だったんだから!

 

「思い出してよ!! ほむらちゃん!!!!」

 

 息を切らしながら、声と肩を震わせながら、彼女の名前を呼んだ。初めて出会った時から友達になりたいと思っていた女の子の名前を。

 

 

 

 

「…………ふぅ……」

「…!」

 

 小さく吐かれた息の後、抵抗していた左手の力が抜けて地面の上にそっと置かれた。さらにその手の中が一瞬淡く光ると、そこには彼女の携帯が出現する。

 電源が入っていて、画面にはトケイソウの花の絵のアイコンが……そこに、彼女の親指が当てられた。

 

 身体中が光に包まれて、直後に見た目が変わる。戦闘をする勇者装束から、至ってシンプルな厚手の生地の私服姿に。

 

「ほむらちゃん……!」

 

 

 

 

 ほむらちゃんの指が、もう一度花のアイコンに触れた。

 

「えっ!?」

 

 光に包まれる。戦いに向かない私服姿から、あの勇者装束の姿に、もう一度……。

 

 

 

 

 

 

 

 追加される新しい力の中身、使い方が脳内にインプットされるのは

 

「……なるほど」

 

 満開の後、次に勇者に変身した時。

 

 

 

 

 

 

 

「高嶋友奈……あなた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所で何をしているの?」

 

 

 

 

 

 

 

 顔や勇者服に付着してしまった土や汚れを叩き落とす。高嶋友奈には思ったよりも随分と時間を取らされてしまった……満開の火力の高さは連中にとってはオーバーキルだからこそ、敢えて手加減をしなくちゃいけなかった分色々制限されて難しかった。乃木若葉の時のように時間停止を使った方が明らかに簡単に片付く話だったわね……。

 

 まあ、いいわ。邪魔者は片付いた。後はこの上で倒れている土居球子を殺して終わり。

 高嶋友奈……無駄な抵抗をその言葉通りの結果で終わらせた、忌むべき愚者はもういない……だけど……。

 

「……どの口が……!」

 

 ……ああ駄目だ、さっきの事を思い出して腸が煮えくり返る……! あの女が残した言葉は耳に残り、離れない……それが連中への憎悪をより肥大化させる。

 

 みんなの幸せを奪うな……!? 私達の日常と身体と幸せを奪うきっかけを生み出した奴が何を言う!?

 悲しい事つらい事、苦しい事を続けようとする…!? 私にその方法以外の道を断ったのは誰だ!?

 力を合わせてみんなで生きるために手を取り合う…!? その結果お前達は誰と誰と誰と誰の人生を滅茶苦茶にした!!!?

 

 ───私と同じ名前の友達と先輩がいるって、優しく微笑んで話してくれてたじゃない!!

 

「ふざけるな……!! あの二人を穢すな…!!」

 

 身を焦がし尽くす憎悪。その怒りを背負い、土居球子のいる樹木の上へと飛び上がろうと一歩踏み込み……その一歩で右足に妙な違和感を感じた。

 

「っ………?」

 

 ……何やら、右足の感覚が鈍い……? 散華の影響か……今回の満開で、私の右腕はもう全く感覚が無い。動かせない。

 ただ、正確に言えば右腕ではなく右半身……だったりするのかしら? 腕の方に偏って、足側は中途半端に機能が麻痺しているのだとしたら……

 

「……どうでもいい」

 

 別に構わない。両手も両足も失わずに元の世界に戻れるなんて甘い希望的観測はとっくに棄てている。まだ動かせて変な違和感があるくらい、少し歩きにくいだけで気にするまでもない。

 

 飛び上がり、土居球子のいる地点に進むのみ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「はあっ!!」

 

 速攻の鞭がバーテックスの肉をバラバラに弾く。これまでに何十回とスマッシュを叩き込んで、何十体も倒してきた。

 

「ハァ…ハァ……! あと、少しね……!」

 

 目に見えて少なくなっている敵の数。感情がハイになってたせいで力がオーバーして余計に体力を消耗しちゃったけど、ようやく終わりが見えてきた。

 

「っ! っと!」

 

 後ろから回り込んできたバーテックスの噛み付きを避けて、真っ二つに引き裂くスマッシュ。

 

 残す敵は片手で数えられる程度……油断と隙を見せなければ大丈夫。

 

 ()()ならこのまま勝てる!

 

「ラストスパート! 行くわよ!!」

 

 鼓舞しようと声を上げた直後、だった。

 背にしている樹海の中から何かが飛び出したのは……

 

「…………え?」

 

 勢い良く飛び出したその姿は私が理解するよりも早く、前方の宙を漂うバーテックスに肉迫する。

 私達の増援……そんなわけがないのに、あってはならないリアルが姿を現していた。

 

 

(……なんで…!? どうしてあなたがここに来てるの!?)

 

 拳を握り締めた、二つの人影が。

 

「うぉおりゃぁああーーー!!!!」

Schlaーーg!

 

 二体のバーテックスを打ち抜いた。

 

「友奈さん!!?」

 

 球子さんを助けるって言って、戦線から離れていった彼女が……。

 球子さんは……いない。友奈さん……と、あれは暁美さんの使い魔……? 朱い髪の、友奈さんみたいな手甲を付けた……あんな子、私が知っている使い魔の中にはいないわよ……?

 

「あっ…! く…ぐぐ……!」

!? Ist das ok!?

 

 飲み込めないシチュエーションに戸惑うけど、樹海の中からバーテックスに飛び出した友奈さんが着地した瞬間、彼女はとても苦しそうにお腹を抑え込んでうずくまった。

 

「友奈さん!!」

 

 ただならない、痛みに襲われている顔色。それが目に入れば困惑は吹き飛んで、別の種類の困惑が焦りと一緒にやってくる。たまらず私の足は友奈さんの元へとダッシュする他なかった。

 

「大丈夫!? 友奈さん!!」

「歌野ちゃん……ごめん、遅くなって……」

「……は……はい……?」

 

 脂汗を滲ませながら、全く気にしていないことを謝られた。

 何を言ってるの……友奈さんは球子さんを助けに行った。それは間違いないのに……

 

「……どうして……球子さんは…」

「みんなが、戦ってるのに……私だけジッとしてるわけには……いかないから……ううっ…!」

「……え……ええ…?」

「……歌野…ちゃん……?」

 

 何を……言ってるの……!? ほむらさんはともかく、杏さんは戦える訳がない。ジッとしているわけにはって、友奈さんは誰よりもインポータントなミッションを果たそうとしていた……そこに負い目なんてどこにもない!

 

 戸惑いしか無く、言葉をロストした。友奈さんの方も苦しさを浮かべながらも不思議そうに顔を上げる。そして周りを確認して……

 

 

 

 

「……歌野ちゃん、他のみんなは……? ホムちゃんとアンちゃん、タマちゃんは……?」

「!!?」

「若葉ちゃんと…ぐんちゃんは……? いないの……?」

 

 ……頭の中が、真っ白になった……。

 

「……球子さんは……友奈さんが助けに行ったんじゃ……?」

「……え? ………………………ッッ!!!!?」

 

 

 

 

 

『…………え?』

 

 気が付いた時、私は樹海の中にいた。ほんの一瞬前まで私は病院に、付きっきりでぐんちゃんの側にいたはず。

 瞬きしたらぐんちゃんがいなくなっていた。病室じゃなくなっていた。突然、世界が変わっていた……。何が、どうなって……そんな疑問を考えようとして、でもそれはできなかった。

 

『あ…れ? っ! あぁあっ…くぅぅぅ……!!!」

 

 お腹の内側で、動けなくなるくらいの強い痛みが走っていた。まるで骨が折れているんじゃないかってほどの激痛で、何も考えられなくて……

 

『なん…なの…これ…!?』

 

 分からない分からない分からない……。何がなんだかさっぱり分からない。

 必死に痛みにこらえてギュッと目を瞑っていたけど、ふと気付いた。

 

『う……ぅぅぅぅ……っ!?』

 

 下に何か、柔らかいような堅いような感触があった。大きい形をした何かの上に私がいる……ようやくだけどその事だけは気が付けて、ゆっくりと目が開かれる。

 

『……え………ええっ!!?』

『…………』

 

 そこにあったのは、いたのは人だった。私は人の上に覆い被さっていて……しかもその人って言うのがあまりにも予想外の人で。

 

『……退いてくれない?』

『……う、うん……』

 

 ぶっきらぼうに言われたその言葉に、大人しく従った。

 というより、どうして私は彼女の上に乗って……普通に考えて退くしかなくて、激痛を我慢しながら身体を動かして離れた。立ち上がることは身体が辛すぎてできなかったけど、彼女の方は起き上がって付いた土を手で軽く叩き落とす。

 

 その格好は勇者装束……というか私の服も勇者装束だった。変身なんてした憶えがないのに。

 

『……ね、ねえ……これって何がどうなってるの……?』

『…………』

『……あ、そっか、話しかけちゃ駄目なんだよね……ごめん……』

 

 若葉ちゃんと彼女の決闘の事を思い出した。何もかもが心苦しい結果で終わったそれによれば、もう彼女に口を利く事は許されていない。

 本当に困った。この痛みも、状況も、何もかも不明で。目の前にいる人に聞くこともできなくて……そんな矢先だった。他ならない、彼女の方から口を開いたのは。

 

『……行かないの?』

『……えっ……?』

『バーテックス。戦うんじゃなかったの?』

 

 向こうから私に話しかけてきた。これってつまり……こっちも話しかけても良いって事なのかもと、恐る恐る口を開く。

 

『…あの……やっぱり、バーテックスなの……?』

『それ以外に世界の樹海化はありえないでしょう』

 

 返事が返ってきた。大丈夫だった。それに、これはバーテックスの襲撃って答えが判明した。それ以外の事は全く分からないけど……

 

『……そっちの方向に真っ直ぐ突き進んだら、開けた場所に出られるはず。そこにあなたの仲間と、バーテックスもいるんじゃない?』

『本当?』

『嘘を吐いてどうなるってのよ』

『……その……行きたいのはやまやまなんだけど……』

 

 そう言って指を差すけど、苦しくて動けない。私は勇者なんだから、世界の護るために戦わなくちゃってなってるのに、立ち上がる事がとても厳しかった。

 

『なら……連れて行ってもらえる? 彼女を』

 

 左腕にある盾を翳した。するとそこに、綺麗で色鮮やかな光が集った。それは人の形を作るように固まっていき、発光が収まると二本の足で地面に立つ。

 

 私と彼女だけのこの場に、朱い髪の使い魔が現れた。

 

Überlass es mir!

『えっ! えっと……?』

Es ist okay, ich werde mit dir kämpfen! Ich werde nicht zulassen, dass dir etwas passiert!

『……なんて?』

 

 何て言ってるのかサッパリ分からないけど、でもどこか私に任せて!って言ってるような気がした。安心だって伝えるみたいに元気いっぱいなのを表に出して……そのままヒョイと私をおんぶした。小さい身体なのに力があって、落ちる心配が全く無い。

 

『連れて行ってくれるの?』

Natürlich!

 

 とても明るい口調……もちろん!って答えたのかな?

 

Na dann los. Festhalten!

『あ、待って!』

 

 走りだそうとしたこの子に慌てて呼び止める。ありがたいんだけど、不思議に思うことがまだ一つ。首を動かして、手を貸してくれる彼女を見やる。

 

『あなたは……? 来ないの……?』

『……ここでやる事があるのよ』

『やる事?』

『早く行きなさい』

Jaーー!

『わわっ!?』

 

 その言葉が聞こえるのと同時に、私をおんぶした使い魔は猛スピードで走り出した。咄嗟にしがみついて、見る見るうちにそこにいた彼女の姿は小さく、見えなくなって……

 

 

 

『記憶操作……連中を追い払うのに悪くない力だわ』

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「友奈さん!?」

 

 ……な……なんで……! なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?!?!? なんでなの!!?

 

 なんで私は!! タマちゃんを守らなきゃいけなかった事を忘れていたの!!!?

 

 記憶が……消されていた!!!?

 

「タマちゃん!!!! タマちゃんがまだあそこに!!!!」

「えっ!? 友奈さん!! あなた本当にどうしたの!!?」

「分からない分からない分からない!!!! 分かんないんだよぉ!!!!!!」

 

 まだやる事があるって言っていた!! 私を遠ざけて、残った所でやることなんて……そんな……そんなのって……!!!!

 

「うわあああああああああああああああ!!!!!!」

「友奈さん!!!! っ!?」

「!?」

 

 歌野ちゃんの背後から、残ったたった一体のバーテックスが迫っていた。泣き叫ぶ私に寄り添っていた歌野ちゃんはその反応が遅れて、鞭が振るえない。

 

「歌野ちゃん!!!!」

 

バシュッ!

 

 その音が聞こえた瞬間、そのバーテックスに一本の細い物が突き刺さっていた。バーテックスは力無く地面に落ちて、光の粒子になってバラバラに消えていなくなる。

 

「……今のって……」

「……はぁあ~~!」

 

 矢……だった。バーテックスに刺さった物は。目の前で歌野ちゃんが安心したように大きく息を吐くと、ある一点を見つめていた。

 

「ありがとう。おかげで助かったわ」

 

 

 樹海全体が震え出す。今のバーテックスが最後の一体だったんだ。これで襲撃が終わって、世界が元通り動き出す。

 

 たくさんの花弁が舞い上がって世界を包み込む。それが止んで視界が開け……そこで目にしたものは……

 

 

 

 

 

 

 

「これは………」

 

 

 

 

 

 

「土居球子が……いない……?」

 

 

 

 

 

 

 

 樹海化が解除されて、その後に何が起こり得るのかを考えた。

 

 間違い無く、狙われる。樹海でなくて現実の世界であろうとも、あの人は絶対に動くに決まってる。

 

 ふざけないで……そんな事、絶対にさせない!!

 

 彼女達のためなら私だって命を掛けられる。ここで逃げ出すような奴を、私は死んだって絶対に許せない!!

 

 間もなく樹海化が解除される……だからこそ神器を強く握り締めた。精霊の力もいつだって使える。

 

 後ろには、これ以上傷付けられたらいけない大切な仲間達。

 

 樹海化が……解除された。

 

 同時に私は、同じ場所に現れる彼女に武器を突き付けた。

 

 

 

「………ホム……ちゃん……?」

 

 高嶋さんの声が聞こえた……良かった、無事だったんだ……。

 とても嬉しいけど、でも、今は喜んで安心している場合じゃない。

 

「動かないで」

「…………チッ」

「顔も、指一本たりとも」

 

 暁美ほむらから、今度は私が護るんだ。

 

「その時は、あなたを殺してでも鎮圧する」

 

 高嶋さんも、私の後ろにいる伊予島さんも、土居さんも、みんな傷付けさせない。




【記憶操作】
 五度目の満開で取得した、暁美ほむらの六つ目の能力。散華は右腕(右半身?)。相手の瞳と目を合わせる、または両手の平同士を叩き合わせた際の音を聞かせる事で発動でき、その者の記憶を書き換える。瞳を合わせた時間が短ければ操作できる時間と範囲も相応に短く、きっかけ次第で記憶も元に戻る。

 一方この力を高め、かつ一瞬ではなく長い間発動した時は……


【***】
 朱い髪を持つ天真爛漫で明るい性格をした、満開によって新たに追加された7番目の使い魔。拳が武器で、誰かのためなら恐れずにバーテックスに突撃する。

【使い魔翻訳】

  拳を握り締めた、二つの人影が。

「うぉおりゃぁああーーー!!!!」
Schlaーーg!(パーンチ!)』

 二体のバーテックスを打ち抜いた。


 球子さんは……いない。友奈さん……と、あれは暁美さんの使い魔……? 朱い髪の、友奈さんみたいな手甲を付けた……あんな子、私が知っている使い魔の中にはいないわよ……?

「あっ…! く…ぐぐ……!」
!? Ist das ok!?(!? 大丈夫!?)』


 私と彼女だけのこの場に、朱い髪の使い魔が現れた。

Überlass es mir!(まかせてよ!)』
『えっ! えっと……?』
Es ist okay, ich werde mit dir kämpfen! Ich werde nicht zulassen, dass dir etwas passiert!(大丈夫、私も一緒に戦う! あなたに怪我はさせないよ!)』
『……なんて?』



『連れて行ってくれるの?』
Natürlich!(もちろん!)』

 とても明るい口調……もちろん!って答えたのかな?

Na dann los. Festhalten!(じゃあ行くよ。しっかり掴まってて!)』
『あ、待って!』


『あなたは……? 来ないの……?』
『……ここでやる事があるのよ』
『やる事?』
『早く行きなさい』
Jaーー!(はーーい!)』
『わわっ!?』
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