ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第七十五話 「裏切」

 邪魔をした高嶋友奈が去る時この地点を通っていない。使い魔に背負われて運ばれた所よりも高低差のあるこの場所に見向きもしていない。

 第一高嶋友奈のここ数十分間の記憶は消してやったはず。使い慣れていなくても新しい能力の使い方に間違いはない。

 

 バーテックスが襲撃中のタイミングで土居球子がここにいたなんて、高嶋友奈には万に一つも考えつくはずがない……なら、どうして……

 

「土居球子が……いない……?」

 

 つい先程まで意識を失い横たわっていた土居球子……その姿が影も形もなかった。あるのはそこには確かに土居球子がいた事を示す、あの女から流れた血の跡だけ。

 

 高嶋友奈と下に落ちていた間に意識が戻り、自力で逃げた? それは絶対に違う。足を射抜いてやったのよ……その状態でどこかへ行こうものなら、必然的に少なくない出血によって逃げた先に血で道標が描かれる。

 私がこう考えていることから察せるでしょうけど、無いのよ。目の届く範囲に、その道標ってものが。一つの広がった血だまりを中央に、どこへ行ったのかが分からない。

 

 仮にも勇者……重傷を負っていたとしても高嶋友奈を見捨てて逃げたとは考えにくい。血の跡が続いていない事も合わさって、考えられる答えは一つしかない。

 

「……他の勇者の仕業ね」

 

 白鳥歌野か、鹿目ほむらか……。私が下に落ちていた間に動ける勇者が近くまで来て、土居球子を救助して高く跳躍し逃げたか。傷口から地面に血がこぼれ落ちないよう注意していたなら、跡を残さず今この瞬間のように欺ける。抗い続けた高嶋友奈を残した疑問はあるけれど……

 

(……いいえ、土居球子を連れて逃げるタイミング次第では高嶋友奈を一人見捨てたとは限らない。立ち去ったのが高嶋友奈がいなくなった後なら……)

 

 樹海化している世界の中これを実行できる者は白鳥歌野か鹿目ほむらしかありえない。そして立ち去れてからも、高嶋友奈がいなくなって私がここに戻る1分にも満たない僅かな時間しか空いていない。

 

「無駄な抵抗ばかり……」

 

 逃げた方向が不明でも、勇者システムのマップを開けばすぐに分かる。

 満開直後の疲労感が強く、踏み込む度に感じる右足の違和感も気に障るけど、マップから死に損ないの逃げ道を追跡してトドメを刺すぐらい簡単だ。追いついて、時間を止めて、爆弾を側に置くだけで良い。

 

 左手に携帯を呼び出してマップを開く瞬間、手元に黒い塊が飛びかかった。

 

『~~~~!!』

「っ! エイミー……!」

 

 呼び出してもない私の精霊は突然現れたのと同時に、左手の携帯を咥えて奪い取った。空を飛び、私の手の届かない制空権を取り、一丁前に潤んだ瞳でこちらを見つめてくる……訳が分からない!

 

「本っ当……! この世界に来てから頻繁に私の邪魔をするようになったわね、エイミー…!」

『………!! ………!!!』

「この世界の勇者達にくだらない情でも湧いたのかしら!? 諸悪の根源なのよ連中は! みんなを……地獄に落として、不幸にした……!」

『……!!!! ……!!!! …………!!!!! …………!!!!!!』

「返せ!!」

『……!』

 

 上にいるエイミーに向かってジャンプし手を伸ばすも、精霊特有の軽やかな動きに避けられる。歯噛みしながら着地……

 

「っ…!? くっ…!」

『!! ……!!』

 

 失敗し、転倒する。右足が身体を支えきれずに崩れ落ちてしまって……。

 

「散華……この呪いのせいで……!」

『……! ………!!』

 

 忌々しい……何もかも。医者に診せようが、神に遣える組織に報せようが無意味。散華で失った機能は治らない、一生そのまま背負い続ける私への呪い。こうして私の行動を妨げ続ける要因となるのはどうしたって不快だ。

 

『………!』

「うざったらしい!!」

 

 言葉を発さないから忙しなく宙を飛び交う事で感情を表に出して伝えようとするのか、それが非常に神経を逆撫でる。

 

「……どいつもこいつも、私達の邪魔ばかり……」

 

 言う事を効かないエイミーに、神樹に、憎しみをより強く募らせられた。神樹を信じる存在に吐き気を催す。神樹の言いなりになる存在を心から嫌悪する。

 

「みんなが受けた苦しみを……解き放とうともせず、嘲笑うかの如き愚行を繰り返す…!」

『………!』

「お前も……結局は神樹の手先だったのね」

 

 携帯を取られていなかったら爆弾を投げつけていた……もうこの精霊に対して、愛着という物は失い始めている。

 

 

「……もういい」

 

 

 その呟きには過去一番の諦念の感情が乗せられた。

 

 そこにいるのは私を守ろうとしていた可愛らしい精霊ではなく、狂った神に仕える従僕。私を守るためでなく、最低な神の命令に従うだけの存在なのだから。

 

『……? …………?』

 

 エイミーの物憂いげな視線を無視し、一本の大きな大樹に近寄り背中を預けた。満開後の疲労感が強く、散華の影響に慣れていない今のこの体であのすばしっこい精霊を捕まえるのは厳しい。

 マップが無くとも、しばらくすれば土居球子を仕留める瞬間は訪れる。この樹海化が解除され、現実に戻る時……

 

「そこで仕留めればいい」

 

 最初に乃木若葉と郡千景の姿は無かった。伊予島杏は一人で動ける状態ではなく、土居球子も再起不能。高嶋友奈ももう碌に動けまい。

 残った白鳥歌野と鹿目ほむらがバーテックスを相手取るしかない以上、奴らに掛かる負担もそれ相応のはずだ。戦いが終わって気を抜くであろう連中の不意を突くぐらい訳ない。

 

 目を閉じてその時を待つ。そうして待つこと数分、樹海の世界が揺らぎ始めた。

 

 現実の世界に帰還するタイミングが今だと理解し、薄く目を開いた。舞い上がる花弁が視界中を埋め尽くし、左手に爆弾を生み出す。

 

(土居球子は……っ!)

「………ホム……ちゃん……?」

「動かないで」

 

 現実に戻ったのと同時だった。後ろから、硬質で長い物体が私の顔のすぐ側に突き付けられた。聞き覚えしかない声。忌々しい、敵の声……。

 

「…………チッ」

「顔も、指一本たりとも……その時は、あなたを殺してでも鎮圧する」

「ほむらさん!?」

 

 鹿目ほむらが私の後ろを位置取り、武器を突き付けてきたのは。

 

(………こいつ)

「爆弾……思った通り、ここでも土居さんを……仲間達の命を狙っていたのね…!?」

 

 顔は見えない……けれども間違い無く、鹿目ほむらの宿す瞳には連中の十八番、実力に見合わない強い意志が込められている。私の背に怒りを以って突き刺さり感じる視線、それは明らかだ。

 

「あれは…………っ!?」

「タマちゃん、アンちゃん!! う、ぐっ……!」

「友奈さんはドントムーブ! 私が!」

 

 高嶋友奈と白鳥歌野もいる。その反応と彼女達の視線は私達の後ろの方に向けられており、白鳥歌野が飛び出した。そして言っていることからして、そこに土居球子と伊予島杏がいるというもの。そいつらの声が無いのは話せる状態ではない、気を失っているということか……。

 

「杏さん、球子さん……! ……友奈さん! 二人は無事よ!!」

「……ッ! ……ホムちゃん…が…!」

「……やっぱり、土居球子がいなくなったのはお前の仕業だったの、鹿目ほむら」

「…………黙って」

 

 計算を狂わせたこいつに殺意を帯びた言葉を掛けるも少しも怯えはしなかった。この女は左手の爆弾を僅かにでも動かした時点で、具体的には筋肉が反応した時点で、この武器を私に叩き付ける……躊躇いを棄て、正義感も棄て、いざとなれば有言実行。本気で私を排除する威圧感を放っている。

 

 ……我ながらこんな奴に先手を取られるとは、屈辱で本当に不覚。対バーテックスの戦力を削減したから直ぐには反応できないだろうと、結果それは甘く見積もり過ぎてた。

 

 ……でもまあ、それはそれで構わない。大した問題じゃない事実は変わらない。

 

「それで私の首でも取ったつもり?」

「…………」

「不可解すぎて逆に教えてもらいたいものだわ。あなた達程度の力で、どうすれば私の命を脅かす事が可能なのか」

 

 私は死なない。何があろうとも、狂った神の力で創り出される呪縛は誰にも破ることはできない。

 鹿目ほむらがいくら私を殺そうとしても、無駄な行為に終わる。だから私の背後を取る事はできてもそれが何だと言うのか……。

 

 何が指一本動かすな、殺してでも鎮圧する……よ。馬鹿馬鹿しい、構うことはない。脅しにもならないその言葉にこの爆弾を爆発させない理由はどこにある?

 殴りたければそうしなさい。私はその後にお前達をまとめて殺して……

 

ぞくっ

(っ!)

 

「……そうやってみんなを見下し続けて、踏みにじって、悲しませて、傷つけて………大切な世界をあなたに蹂躙されてばかりの現実は───

 

 もういい加減うんざりなのよ

(こいつ……)

 

 私に突き刺さっていた威圧感が形を……質を変えた。強い決意はそのままに、背後の鹿目ほむらから新たに強大な力が鳴動を始めていた。

 表情には出さなかったが、それはこの私が思わず息を飲む程に強烈な気配……だった。

 

「……可能だとか不可能だとか、そんなのは関係ない。今度は私が、仲間のために命を懸けて立ち向かう番なだけよ」

「……っ! ほむらさんのそれって精霊の……!?」

「……でも……前のとは…何だか……」

 

 言葉が紡がれる度により強くなるこの威圧感はハッキリと大気を脈打ち、私の肌をビリビリと震わせている。明らかに人を超えた力が呼応し、増幅しているのを感じるこの現象は……

 

(この感覚は、郡千景と土居球子の時と同じ……)

 

 過去、そして先程にも似て非なる物を私は浴びている。これは即ち覚醒。奴らの力を極限まで高める、精霊の力をその身に宿す切り札発動の前兆……勇者と神樹の霊的回路が繋がりいつでもその力を解放できると周囲へ知らしめる余波といったところだろう。

 

 余波……この大きさで…?

 

「高嶋さんが命懸けで守り抜いて繋いでくれた命を奪わせはしない。例え返り討ちに遭うと分かっていても、爪痕くらいなら……消えない屈辱的な傷を負わせるくらいなら!」

(……同じじゃ…ない……?)

 

 異様な現実が私の行動を抑止する。郡千景の時も土居球子の時も感じられたこれが別物としか思えなくて……。

 高嶋友奈もその力を以ってしつこく私に食らい付いてきたように、連中が切り札として扱うのも頷ける力の増幅は存在する。しかし、鹿目ほむらはまだその力を完全に解き放っていない。現時点ではそこから漏れている少量の力が流れ出ているだけの余波の段階に過ぎないはず。

 

 だけどこれはその時点で、これまでの連中の切り札の力を優に超えていた。郡千景、土居球子、高嶋友奈……その三人の切り札を合わせても及ばないであろう、暴力的な力……。郡千景は七人御先、土居球子は輪入道と、高嶋友奈は……なんだっていい。ともかく鹿目ほむらが解き放とうとしている精霊は、こいつらが降ろした精霊とは格が違っていた。

 

「徹底的に足掻いて、刃向かって、あなたの喉元に食らいついて離さない!! 覚悟はもうできているのよ!!」

 

 溢れ出す力は止まらない。絶大な力は解放されずとも高まる一方……。

 

 

 近くを浮かぶエイミーも鹿目ほむらから流れ出るプレッシャーに充てられた。その瞬間……

 

『……!?!?!?!?』

 

 その小さな体が戦き、怯え、恐怖に顔を歪ませ、その場で小刻みではあるが激しく震え出した。そして……。

 

 

 

 

バキンッ

 

「うがぅっ…!?」

 

 強烈な力の波動に当てられたせいかどうかはわからない……でも、脳が揺さぶられるかのような錯覚と共に先の謎の不快感が再発した。頭の中がぐにゃりと歪み、酷い吐き気を催す。

 

 

 

『あら? あら! あらあらあらら! うふふふふふふ♪』

 

 

 

 不快な幻聴もだ。

 

『…!!!?』

「! ……何……?」

「か…がぁ…!」

「暁美…さん…?」

「…また、しても……!!」

 

 視界がガンガン激しく揺れ、脳をきつく締め上げられるかのような感覚に意識が飛びかける。それでも必死に歯を食い縛り堪え、よろけながらも膝を着くことだけは回避した……が、

 

「今ッ!」

 

 左手に下方向から硬い物体をぶつけられた。鹿目ほむらが速攻で武器を振るい、危険物の排除に動いた……爆弾が上空に弾き飛ばされて。

 

ドゴオオォン!!!!

 

 何もない空で爆発する。

 

「……あなた……それは……?」

「はぁ…はぁ……!」

 

 顔中に溢れ出した大量の汗と荒い呼吸、外傷もなく無く突然ツーっと流れ落ちた鼻血……私の様子から今のは害を成すための動きではなく不可抗力と見たのだろう、追撃はなかった。こちらも満開の疲労感だけならまだしも、このよくわからない気持ち悪さを抱えたまま爆弾を生成するための集中は威力の調整がままならない……。

 

「……いいえ、不調だなんて言い分を聞き入れる気は一切ない。あなたがこれまでにしてきたことを考えれば!」

 

 しかし再度鹿目ほむらは杖を突き付ける。今のはあくまでも特別で今度は何があろうとも容赦しないと言わんばかりに、精霊の重圧を浴びせてくる。それがこっちの頭痛の種だってことに気が付かないからこいつは!!

 

「鹿目…ほむら……!」

 

 歯を食いしばりながらこの女を睨みつける……そこにいるのは私の姿形が眼鏡と髪型以外瓜二つどころか同じにしか見えない()()()。お互いにそれぞれの瞳に映るほむらを敵と認識した鋭い視線が交差する。

 もうこちらとしてもうんざりなのよ。土居球子の抹殺を二度も邪魔されて、挙句こんなわけのわからない気持ち悪さや吐き気を誘発させる……! 私達の未来を妨げる、ふざけた真似ばっかりする勇者共しかいないこの世界も、私を追い詰めた気でいる目の前の偽者も、私に干渉してくる全てが憎たらしい……!

 

「……やってみなさい、偽物」

「……」

「始めましょう……望み通りの処刑を」

「……処刑……」

 

 今感じる苦痛を凌駕する憎悪をそのままに込めた呟きを届ける。疲労が幾分か蓄積され、この不自由になった体も不慣れではあるけど、この足掻きは受け入れてやってもいい。今はただ、こいつの存在が邪魔だ、目障りだ。消せるのなら戯れに付き合ってもイラつくがまあいいだろう。

 

 他の連中を上回る精霊の力を発揮する気だとしても……それでも生憎、満開の力には遠く及ばない。こいつの大きな力の中には、満開とは異なり神にも比肩する理不尽とも言える力が感じられない。

 

 驚きはした。だけど結局のところやはり、力の差は決して覆せはしないのよ。

 

「だ、ダメよ!!? ここは樹海じゃなくてリアル、現実の世界で……!! 大体……ほむらさん!!」

「……なるべく、周りに被害が出ないよう努力するけど……」

 

 その殺気に反応したのは、怯えたように眺めている白鳥歌野。そんな声は無視だ。聞くに値しない。この町に滅びようが、悪いのは散々歯向かう姿勢を崩さない甚だしい正義感を抱いたこいつの方だ。

 一方で鹿目ほむらは私に対する敵意を途絶えさず、横目で白鳥歌野に申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。

 

「……白鳥さん、高嶋さん……もしもの時は……」

 

 こいつらは身の程知らずな夢を見るだけの、弱い存在なのだから。

 

 

「降りなさい!! 天

 

 

『~~~~~~!!!!!!』

 

 

「「……っ!?」」

 

 声にならない叫び……その言葉通り、実際にも発せられてはいないその声が聞こえたわけではなかった。

 ただ、呼び止められた気がした。それも私と、鹿目ほむらの両者に対して。私の動きを止めた心臓を震わせるかのような衝撃が走り、鹿目ほむらの荒々しい力の波も途切れ霧散する。

 

 ()()()()()()()()()……不思議なことに本能がそう告げているみたいだった。私も、鹿目ほむらも……

 

 

『…………チッ』

 

 頭の中を駆け巡っていた頭痛八百が、つまらなそうに吐き捨てるような幻聴の一言の後ピタリと止んだ。

 

「…………」

「…………」

「…………エイ…ミー……?」

「……この……馬鹿猫め」

『……!』

 

 上を見上げ、そこにいるのは私の携帯を咥えたままの役立たず。裏切者。今なお小刻みに小さな体を震わせながらもただただ必死さだけを前面に押し出して、こちらにふざけた意思をぶつけていた。

 

『…………!!』

 

 止めろ、と。

 

『…………!!!』

「何か…伝えたがっているの…?」

「あれって携帯……? 暁美さんの…? エイミーちゃん、どうしたの……?」

「……どうもこうもないわ。理解不能よ」

 

 地面から十数メートル離れたそこから、高度を変えずに少しずつ後方に動いていく。ゆっくりと、城の敷地の外側へ向かう。その動作とこちらを見つめ続けて離さない瞳からエイミーは、強く訴える。

 このまま続けるつもりならこの携帯を……勇者システムを捨てに行くつもりだ。例えば山の奥、例えば海の底……どこか遠く、私の手が届かなない探しようのない所へ。

 

「この精霊はあなた達に情が沸いているのよ」

「……えっ?」

 

 エイミーは私を脅していた。

 

 そこにいるどうでもいい屑の命が消されないよう、本格的にこちらを裏切ってまで……。

 

 樹海での携帯の奪取に続いてここまでやるか。奪い返すのには先ほど失敗したばかり……その上今は間違いなくこの場の勇者の邪魔が入るだろう。状況を完璧に理解しているわけではないだろうけど、あからさまに怪しい携帯を私の手に渡らないようにするくらいの判断は取れてもおかしくはない。

 

 エイミーは本気で捨てに行くだろう。追いかけるにも、その場合も勇者たちはエイミーが逃げ切れるよう食い止めようとするはずだ。素のままでしばらく鹿目ほむらのあの大きな力を相手取るのは……使い切ったばかりの満開のゲージも再び溜まって殲滅できるようになる頃には捨てられてしまってアウトだ。

 

 ……この脅しは流石に無視できない。勇者システムを失ってしまえば……。今は変身中だけど、一度解除されてしまえばもう二度と…………引かざるを得ない……か。今すぐこいつらを始末したい衝動と殺意を抑え込んで、臨戦態勢を解くのだった。

 

 …………今ここで優先することは、憂いを断つ……。

 

「折衷案を出すわ」

『…!? ………?』

「折衷案……?」

「あなたにじゃないわ。そこの神の下僕に対して言ってるの」

 

 散々歯向かったこの勇者共を許せるか? 答えはノーだ。だけどエイミーの望みを叶えないわけにはいかない。

 その姿は敢えて見ないようにした。見れば身を焦がす怒りが溢れ止まらなくなるだろう。背を向けて、私は内容を告げる。

 

「今すぐ携帯を返しなさい。そうすればお望み通り、今日のこいつらの件は見逃してあげる」

「「「!?」」」

『……!? ………!』

 

 私の言葉に勇者共が驚愕に息を飲む。至って普通の反応。命を狙っていた相手を逃すと言われても全く安堵なんてできはしないだろうし、他ならぬエイミーも明らかに反応に困っている。人を脅しておいて、その後どう転ぶのか全く考えていなかった様だわ。

 

「見逃す……? 今更何を言っているのあなたは……!?」

「そのままの意味だから折衷案と言ったのよ。携帯が無いと困るは言うまでもないでしょう。お互いに妥協できるラインを提案したまで……」

「あなたの口から出た見逃すなんて言葉を誰が信じられると思っているの!?」

「口約束は信用できないかしら? 確かに……それなら私はお前たち愚図と同じ、決めごとを簡単に反故する厚顔無恥に成り下がる気は無いとしか答えられないわね」

「どの口が!!」

「……どの口が? 被害者面ばかりしてるけど、今回の一件の引き金を引いたのはお前達よ。鹿目ほむら、白鳥歌野、土居球子」

「………ッ!!?」

 

 私の指摘を受けて、鹿目ほむらの顔色が青ざめていく。そう、元を辿ればそもそもこいつらが余計なことをしなければ、私がわざわざ邪魔者の駆除に動くことはなかった。

 

「私に干渉するなと決まっていたにも関わらず、一応は強力な個体のバーテックスを倒した私をどういうわけか罵詈雑言を浴びせたわね? 自分で言うのもなんだけど、檻の外にいるライオンや熊みたいな猛獣にわざわざちょっかいかけるような真似をあなた達はしたのよ。ご親切に警告はしていたのだから、それで何かあっても自己責任の自業自得よ」

「そ、それは……! あなたがうどんを吹き飛ばしたから……!」

「蕎麦もよ!!」

「そんな馬鹿げた怒りに駆られて仲間を瀕死に追いやって、伊予島杏はさぞ不幸だったでしょうね」

「うぐっ……!?」

 

 全てお前達の身勝手さが招いたこと。手を引くと話は終わり、命までは取れないけどあながち罰は与えられたと見ても良いかもしれない。パパッと息の根を止めて何も感じられなくなるよりも、愚かさと弱さ、後悔の念を抱き続けて嘆き苦しみ続けるのも連中には相応しい裁きとなり得るだろうし。

 

「最初に馬鹿を始めたのは土居球子だったわね。その後も伊予島杏の報いだってうるさく泣きわめいて……お前が伊予島杏を殺されかけるきっかけを作ったんじゃない。言っても今は何も聞こえないでしょうけど」

「……もういい、黙って……!」

「端からこっちのセリフよ。あなたの発言は求めてない……いや……」

 

 ……鹿目ほむらには一つ確認したい事があった。期待通りの答えを得られるのかは期待できないけど。

 

 ───だからそれ、私の名前。

 

 頭の中に残っている、掘り起こされた気味の悪い声。裏と悪意しか感じられない笑みで口にされた

 

 ───それともこう名乗った方が良いかしら……鷲尾……いいえ、やっぱりこっちね、私の名前は………

 

 奴の名前。

 

 ───鹿目ほむら

 

「鹿目ほむら……あなたのこれまでの発言と行動は全て……」

 

 本当にその本心から来ている物なのかしら?

 

「黙ってと言ったはずよ!? あなたとはもう口を利きたくもない!!」

 

 質問を聞く耳を持たないのは当然でしょうね……。まあいい、どちらにせよ明確な答えが分かるとは思えないし、そもそもあの存在その物が怪しさ100パーセント。

 愉快そうに鹿目ほむらと名乗ったのも怪しい。あの悪夢で見たその姿は確かに、ほむらだった……私と同じロングヘアーの。眼鏡も三つ編みも無い、鹿目ほむらとは異なる特徴。と言ってもそれだけならどうでもいい違いだけど、いちいち何もかも真実味の欠ける言葉を真に受ける必要はないわ。

 

 興味も失せて鹿目ほむらから視線を外す。代わりに向けるのは忌々しい神の従僕へ。

 

「早く携帯を返しなさい。私の気が変わらない内に」

『…………』

 

 エイミーは怯えた様子のまま私に近づいてくる。本当に返しても大丈夫なのか、葛藤が残っているようだけど。

 迷いながらゆっくりと、それでも携帯をこちらに差し出した。無言でそれを受け取って、勇者たちに背を向ける。

 さっき言った通り、即座に約束を反故する連中と同じ穴のムジナになる気はない。これで今日のくだらない出来事は終わりだ。もう二度とこんなことが起こらないといいわね……ストレスが溜まる一方、苛立ちが募りすぎて発狂してしまいそうだもの。……だから。

 

「次があれば……巫女から殺す」

「なっ!!?」

 

 背中に浴びせられる困惑と怒り、怯えの入り混じった声を聞き流しながら、私はその場から飛び立ち城の外へと出る。残された勇者共はその場から立ち尽くして動けないみたいだったけど。

 

◇◇◇◇

 

「………行っ…た……?」

 

 暁美ほむらが立ち去った……。まさか、あそこから誰も傷付かずに切り抜けられるなんて……! 私自身今度ばかりは本当に死ぬ覚悟で立っていて、それが今も生きている……。そう安堵して、宿しかけていた精霊の力を完全に離した瞬間、全身から一気に大量の汗が噴き出してきた。

 

「───ッッ!!!! ハァ…ハァ……ハアッ…!!!」

 

 あ、ああ足が……震えが止まらない……! 腰が砕けてその場に座り込んでしまって、この場は無くなっと言っても今更死の恐怖感にガタガタと歯が鳴り、涙がで視界が滲む。

 ……でも、みんな生きている……白鳥さんも高嶋さんも、伊予島さんも土居さんも……っ!!

 

「それどころじゃない…! 白鳥さん、高嶋さん! 救急車を!! 伊予島さんと土居さんを一刻も早く病院に!!」

「っ…ええ!」

 

 座り込んでしまった身体を無理やり立たせながら二人に向かって叫んだ。伊予島さんにも土居さんにも、できる限りの応急措置は施してあるけど、重傷で危険な状態なのは変わりない。樹海化の解除の影響で近場に戻された、白鳥さんが持ち込んできたあの大きな袋の元へ駆け出して、その中から彼女は携帯を取り出して電話を掛ける。

 

「ほむらさん…! さっきのリアルに死ぬつもりで戦おうとしたの、後で説教だから…!」

「……はい」

「っ……! 繋がった! こちら勇者、白鳥歌野!! 救急車を……怪我人が3人! ハリーアップ!!」

 

 しまった……! 二人だけじゃない、高嶋さんも怪我を負っているんだ……! 高嶋さんは土居さんを守ろうと立ち向かっていったんだから……!

 高嶋さんは意識があるけど、こっちに戻ってきてからずっと顔色が悪く座り込んでいた。口元には吐血したような血の跡が残っている……。縺れる足で急いで彼女の方へ駆けつけて、彼女の肩に手を添える。

 

「高嶋さん!! 大丈夫ですか!?」

 

 声をかけるも、しばらくは反応が無かった。ぼんやりと私を見つめていて……やがてその瞳からボロボロと、大粒の涙が零れ落ちた。

 

「……うっく…! ひっぐ…!」

「高嶋さん……?」

「よかった………ほんと、に……よがった……!」

 

 嗚咽交じりに、何度も良かったと呟いて、私の手を握ってくる。喜びと感謝の気持ちが一杯に込められた温かい手の平を以って……

 

「ホムちゃんが、タマちゃんを助け出してくれたんだよね……? ホムちゃんがいなかったら……タマちゃん、殺されてた……!」

 

 …………それは……

 

「ありがとう……ほんとうに、ありがとお……! うぅぅぅぅ……!」

「高嶋さん………」

 

 ……おかしいとは思っていた。変だとも……でも、それ以外の可能性はありえないと……だけど、やっぱり……

 

「……やっぱり、高嶋さんじゃなかった……」

 

 誰が……

 

「……私じゃ…ないんです……」

「………え?」

「……私、ずっと伊予島さんの側から離れられませんでしたから……どこにも動いていないんです……」

 

 一体誰が、高嶋さんに替わって土居さんを助け出したの……?

 

「どういう……こと…?」

「…………」

 

 

 少しばかり遡って……樹海にて。

 私はずっと伊予島さんの火傷を水で濡らしたシャツで冷やしていた。腕と顔の痛々しい火傷は目に入る度に心苦しくなって、私がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったのかもしれないと思うと……後悔してもしきれなかった。

 そんな気持ちに苛まれながらも伊予島さんの苦痛が少しでも和らいでほしい一心で手を動かし続けていた……その時だった。私達が隠れていた樹海の陰の中、そこの草木が誰かの侵入を許したように、不自然に音を立てながら揺れ動いたのは。

 

『……っ!?』

 

 咄嗟に杖を構えて警戒した。白鳥さんはバーテックスの相手に、高嶋さんは土居さんを助けに向かってあの人の相手を……とてもこの場に来れるような状況じゃない。

 もしかしたら白鳥さんから逃れたバーテックスの可能性。もしかしたら……伊予島さんに止めを刺そうとする暁美ほむらの可能性。その場合高嶋さんと土居さんは……なんて最悪の事態も考えられたから、私の意識はより一層集中させた。

 そして、そこに現れたのは……

 

 草木を突き抜けて、彼女の体が投げ入れられた。

 

『えっ……!!?』

 

 血まみれで意識を失っていた、仲間が。

 

『ど、土居さん!!!?』

 

 杖を放り投げて、飛んできた彼女の体を受け止めた。

 

 酷い有様だった。頭から血を流しているし、左足に穴が。でも、息をしていた……生きていてくれた。正直ものすごく困惑したけれど、急いで彼女にもできる限りの手当てを施して……

 そこで、高嶋さんはどうなったんだって……高嶋さんが土居さんだけでもってここに投げ入れて、今もあの人を食い止めているのか……なんて考えたりもした。にしてはそれらしい戦いの音は……あの人の絶大な力が振るわれていれば響いてもおかしくはないのにそれはなくて……。

 

 ……でも一つだけ……高嶋さんはきっと、無事ではないんだろうって……

 

 

『……高嶋さんが土居さんの命を繋いでくれた……今度は私が…守るんだ……!』

 

 

 

「……それじゃあ……ホムちゃんじゃなかったの…?」

「…………」

 

 涙を浮かべたままキョトンとした表情で私を見つめてくる高嶋さんに、私は無言のまま首を縦に振った。

 当然、白鳥さんにもそれができたわけがない……

 

 一体、何がどうなって……?

 

 

◇◇◇◇

 

 何度も何度も、取り戻した携帯にあるそのアイコンをタップする。

 しかし何の反応もなかった。かつてはタップした瞬間現れていたのに、今は向こうから完全にそれを拒絶している。気に食わないことこの上ない。

 

 だったらいい、こちらにも考えがある。ちょうど寄宿舎に辿り着き、扉を開けてからは一直線に台所へ。そこで手に取るのは今まで一度も使っていなかった包丁……

 

 逆手に持って、それを躊躇なく自分の体に突き立てた。

 

『……!!?』

 

 ほら、出てきた。

 バリアで弾かれた包丁をそのまま投げ捨てて、私はこの精霊の首を掴んで壁に叩きつけた。

 

『……!? ……!』

「所詮はみんなを苦しめ抜いた神樹の手先……バリアで守ってくれるからって馬鹿みたいに信用していた私がどうかしていた」

 

 今回の出来事で、この精霊に対しての信頼も愛情も、全てが消え失せた。私達の未来を邪魔する連中を助け、こいつ自信邪魔をし、挙句に脅しに来たもんだ……金輪際信用することなんてできないわ。

 もう二度と、私の身を守ってくれるパートナーだなんて思わない。便利ではあったけど、もうこいつの存在に頼る気はない。

 

「消えなさい。バリアを張る時、私の後ろに現れて張る事だけは許してあげる」

『………!?』

「その機会はもう無いでしょうけど」

 

 もう要らないと思ったところで棄てられる物ではないけど……もう精霊バリアは頼らない。最初から攻撃に当たらなければ良いだけのこと。守られているという慢心を捨て去れば、バリアの有無は関係ない。

 

 便利な防御手段の放棄……些細な問題よ。それでこの鬱陶しい精霊との繋がりが薄れるのなら。

 

「二度と……二度とそのふざけたマスコット動物姿を私の視界に晒さないで」

『~~~~~~!』

 

 必死になって、精霊のくせに一丁前に涙をこぼすその姿は、怒りと憎しみしか感じられないのだから。




 完全に本編とは関係ない余談で、私事ではありますが……先日、18年間愛して可愛がってきたペットの愛猫が老衰で亡くなりました……。この話を書いてる時にいなくならないでよ……。
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