ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
今回と次回は使い魔のセリフ量も相当なので、いつもの後書きの翻訳はカット。本文中にそのまま訳を載せます。キャラクターは何を言っているのか分からないまま進みますが……
黒衣を身に纏う、7体の使い魔……彼女達は神樹と繋がっている精霊猫又、そこから暁美ほむらが介して顕現した存在であり、彼女が率いる対障害の兵士である。
オーバーテクノロジーを誇る勇者システムの賜物か、その戦闘能力はこの時代の勇者に引けを取らない。それでいて主である暁美ほむらの命には忠実に従い、命令とあらば非力な人間であろうとも害するのも厭わない。
彼女達には、魂も心も存在しないのだから。在るのは……プログラムされた、機械的な……
だがしかし、7対の使い魔全てが戦闘に精通している……それは誤りである。
勇者の力を持った者のように、縦横無尽に樹海を駆け廻れる身体能力、仮に走る車に激突されても普通に起き上がれる頑丈な肉体を全員が有してはいるが、それでも基本的にその能力を荒事に活かそうとはしない使い魔が、2体いる。
『……Hm…?(あれ…?)』
その内の1体にはとある日課があった。
なぜそれを行うのかは使い魔自身にもわからない……体に染み込んでいる本能のような、使命のような何かが毎日、同じ時間同じ場所に使い魔の足を運ばせていた。
フワフワな髪質の、茶色のボブカットが物陰からひょっこりと顔を覗かせる。ここ数週間の間に開かれた、真新しくもそこそこの敷地を誇るこの場所に。
「………………ふぅ」
『……Sie wirken heute etwas lustlos……?(なんだか今日は元気がないっぽい……?)』
ホワイトスワン農場。諏訪からやってきた勇者、白鳥歌野が大社から借りた菜園だ。使い魔は毎朝早くにここを訪れて、そこで農作業をする一人の少女を遠くから隠れて眺めている。決して少女には近づかず、自分がこっそり覗き見ている事に気付かれないよう隠れながら、心から楽しそうに野菜を育てている少女を見守ること。それが正しい感情を持たない彼女の欠かさない日課だった。
「…………」
『Sie scheint sich normalerweise gut zu amüsieren……(いつもは楽しそうにしてるのに……)』
しかしこの日、いつもであれば鼻歌交じりに土と植物を弄る少女、白鳥歌野は少しもそのそのような顔を見せなかった。影を帯びた目、憂いを帯びた横顔……何かを思い悩んでいるように見える表情はとても彼女らしい物とは呼ぶことはできない。
暗い表情のまま淡々とそれでも野菜には水をやり、作物に肥料を与え……いつもと変わらないように過ごす少女を遠くから見つめながら使い魔は首を傾げた。あの元気で明るい少女が、なぜあんな顔をしているのだろうか、と。
(…………やっぱり……ね)
翌日、相も変わらず使い魔は日も昇り切っていない早朝の農場前にやってきた。結局昨日の歌野の悩みの理由を知ることができなかった使い魔だったが、そんな事は関係ないと言わんばかりにこの日も当たり前のようにそこにいた。己が本能の示すままに、この日も農作業をする歌野を見るために。
『Ach, das……?(あ、あれぇ……?)』
いつも歌野からは気づかれない、隠れながらも覗き見るのに絶好のポジションを位置取った使い魔。しかし、いざそこから畑の中に視線を移した時、使い魔は不思議そうにポロっと小さな声を漏らした。
歌野がいつもの様に農作業をしているはずの畑の中に……その影も形も見当たらなかったからだ。
『Wie? Normalerweise wären sie schon längst hier gewesen……?(えっ? いつもならとっくに来ている時間だよね……?)』
毎日欠かした事の無い白鳥歌野の明朝の農作業。タイムスケジュールも徹底され、一切の狂いなく行われるその作業が当然の物だと思っていた使い魔は、どこにも歌野の姿がない事が不思議でならないと言わんばかりに首を傾げる動作をする。
『Ist sie an der falschen Stelle…?(場所が悪いのかな…?)』
キョロキョロとあたりを不思議そうに見回しながら、もしかすると今覗いているここの位置が悪いのかと考えた。一応念のために物音を立てないようこっそり前へ出て。より近い場所から畑の中を覗き込んだ。
『……?』
そこからも、歌野の姿はどこにも見当たらない。が、しかし、使い魔はそこで土の上に不自然に置かれていたある物体に気が付いた。
歌野が居ないことを理由に、使い魔は一歩、また一歩とそれに近づいていく。無人の畑に完全に足を踏み入れて、使い魔はそこに書かれていた文字を読んだ。
『フレッシュでおいしい野菜です!!! ご自由にどうぞ!!!』
『Leckeres Gemüse……(おいしい野菜……)』
それは一つの籠。中身は色取り取りの野菜が籠一杯に詰まっていて、そしてA4サイズの紙に書かれた書き置きが貼られていた。
この農場で育てられた野菜だろうか……いやそもそもこの農場で野菜を育て始めたのはここ数週間前、最近の話だ。一番成長が早い野菜でも収穫はまだ先の事だろうと歌野も先日呟いていたのだって使い魔は聞いていた。
……それ以前に、なぜ無人のこの場にこんな物が置かれているのだろうか……。勝手に取っていいのだとしても、普通なら人通りのある場所に設置するべきだろう。来る人の限られるホワイトスワン農場など、場所がおかしいと言わざるを得ない。
『……Kann ich es haben……(貰ってもいいんだ……)』
しかし使い魔はそんな事を疑問には思わなかった。彼女は人ならざる存在が人を模した存在……故に、常人のように疑い深く思考しようという意思は欠けていた。
歌野がここにはいない。この野菜を取ってもいい。素直にそのままの事実を受け止め、使い魔は篭からキュウリを一つ手に取った。
『haben…Hm?(いただきま…ん?)』
手に取ったキュウリを目にした時、使い魔はもう一つ、ある物に気が付いた。今まで籠の方に意識が向いていたために、そしてそれが籠よりも目につきにくい物だったから、この時になってようやく地面にある変わった物の存在を認識する。
使い魔の目線の先、手に取ったキュウリよりも下。籠のすぐ側……使い魔の足元。地面の土の中から数センチだけ伸びてある、変わった形の一本の管のような物。
先端付近には無数の小さな穴があり、そこから外側へ空気が出たり入ったりを繰り返している。
使い魔は無知などではない。仮にも長く人間たちの世界を見守り続けた神の眷属の一端だ……人間が作り出し普及させた道具の固有名詞くらい知っている。しかしそれはこの場においては普通使われないだろう、ここにこう存在していること自体がありえなく、使い魔の思考回路を狂わせる。
『Schnorchel……?(シュノーケル……?)』
その瞬間、地面が蠢く。
完全に使い魔の想定の範囲外だった。
足元が一気に盛り上がり、居ないはずの存在が土の中から、地面を突き破って飛び出してくるだなんて……
「
『Waaaaaaaaaaaaaaas!?!?!?!?(ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?)』
地面が弾ける勢いのあまり空中に浮かび上がる、小さな使い魔の体。その上飛び出してきた全身畑の土塗れの人物の勢いはそのまま、使い魔へと肉薄し、そして……
「ぬぉおおーーーっ!! キャーーーッチ!!!!」
全身でがっちりと使い魔を抱きしめた。
『Hör aaaaaaauf!! Erde、korrumpiert werdeeeen!!!! Hiiiiilfe!!!!(いやぁーー!! 土、汚れるーーー!!!! 助けてーーー!!!!)』
「ごめん待って。うたのん一回ストップ」
「えっ、うん」
『Soba, köstlich……(蕎麦、おいしい……)』
『Die Nudeln laufen die Kehle hinunter, gut……Ich kann so viel essen, wie ich will……(喉越し、良い……いくらでも入っちゃうよ……)』
『Oh, mein Gott……Dieser hier hat……30000 Punkte……!?(なんてこった……こりゃぁ……3万はあるぞ……!?)』
『Das Tempura-Gemüse ist gut……。Gut knusprig gebraten und knackige Textur……(野菜のかき揚げの天ぷらも良い……。カラッと揚げられたサクサクの食感がまた……)』
あの子たちが初めての蕎麦をエンジョイしている間にみーちゃんに数週間前のバックストーリーを語っていたんだけど、途中でいきなりストップされた。蕎麦のそばちょことお箸を置いて、両手でフェイスを覆い隠してまで。そのポーズのまま身体は固まっていて、だけど時折口からはディープな溜息が漏れている。
……いや溜息って、あらやだみーちゃん……もしかして私また何かやっちゃったのかしら?
「……つまり、えっと、地面の中に潜って隠れていたってこと?」
「そう言ったじゃない。バレにくいし居心地良いし、このチョイスはベストだったと自負しているわ!」
「心地良い…って………」
ようやく手を離して見えるようになったみーちゃんのアイズはいわゆるジト目ってやつで。
「……人間がやることなんかじゃ……ない………言うことじゃ……ない……」
……あれ? なんだか私、呆れられちゃってる…?
「本当よ? 土の中って心地良いのよ! やっぱり自分も野菜になれたみたい~って感じて最高だったんだから!」
「やっぱりって何なの……前にも土の中に隠れた事でもあるとか言うつもりじゃないよね……」
「ザッツライト! さすがみーちゃん!」
「…………」
「うふふ♪ 前にかくれんぼした時に隠れて思ったのよ。これこそ身を隠すのにも野菜の気持ちをラーニングするのにもベストなポジションだって!! まぁその時はそう思ってたのに割とアッサリ見つかっちゃって………あら?」
「……もういいから………うたのんの言ってることの意味、私にはわからないから……」
「いや待って………………んんん??? おっかしいわね……」
………かくれんぼって……いつの話だったかしら………? いつ誰とやったんだっけ……何年も前のような気もするし、割と最近、中学2年の今頃だった気もする。いやそもそも本当にそんな事あったかしら……? あんな事を言っていながら、今さっきの自分の言葉に何一つ全く自信が持てないの……。とってもワンダーだわ……。
ひょっとしたらいつ見たのかも覚えていない、朧気な夢の中の出来事を口にしてしまっただけだったり……。
「うたのんってさ」
「う~~~~ん………むむむむむむ……」
「読めなさすぎて、いつか諏訪で御柱壊したバーテックスとも仲良くなれそうで怖いんだけど」
「……………ならないわよ!!?」
ビックリした!!!ホントにビックリした!!! 考え事が一瞬で全部空の向こうにフライアウェイ!!!! いきなりなんて事を言い出すのよ!!?
「あれも地面から飛び出したんだし。やってる事同じじゃない。同類と言うか何というか……どっちも色々と予測つかないし……」
「ヘ、ヘイトスピーチ…!! 大体アレとっくに暁美さんがぶっ飛ばしたし、諏訪の仇よ!!? 私アレに泣かされたのよ!!? ないないないないないアレだけはぜーーーーっっったいない!!!!」
人が3年間守り続けた大切な物を、守り切ったんだって安心していた途端に粉々にしてくれた最悪ファッキンデカブツバーテックス!!!! 呆れるだけならまだしも、私をそれと同じように見てしまうなんて……!! ディスるにしてもこれほどまでに不名誉な形で、こんなに悲しい思いをしたのは生まれて初めてかもしれないんだけど!!!?
「わ、分かってるんならいいんだけど……」
「ふぅー…! ふぅーッ…! メ……メメメ、メンタルが……同じ悔しさや悲しみをシェアしたみーちゃんの口から……そう言われるだなんて……!」
「……だったら、この使い魔達は……?」
「…………」
「変な事を言っちゃったのは……ごめん、謝るけど……うたのんがこの子達と仲良くできてる意味が分からない……」
そう言って俯くみーちゃんはまだ、一緒に蕎麦を食べているこの子達を警戒していた。実際みーちゃんも被害を受けた事もあるし、その後の悪いことの積み重ねだって……うん、みーちゃんの気持ちがわからないこともない。
「ちゃんと話してよ……。みんなだって、暁美さんに泣かされてるんだよ……?」
……そりゃ、そうね……。私達の故郷をジェノサイドの一歩手前に追いやったデカブツバーテックス。私達の友達の身も心も、殺すつもりで酷くボロボロにした暁美さん。どっちとも、とても最低なことをやらかしている。
贔屓しちゃいけない……どっちとも、許していいわけがないのよ……。
「……私だって、今の暁美さんは認めたくないわ。はっきり言って、大っ嫌い」
「……ッ」
「…………今の…は、ね?」
不審者が飛び出し数分後、そこには体を畑周りの木にロープで縛られ、吊るされている使い魔が。目の前には全身見事に土塗れではあるが、勇者装束を身に纏い完全武装している勇者が……。
「ふふん、作戦通りうまくいったわ♪」
(Bubba bubba bubba…!(あばばばばばば…!)
満足げに腕を組んで使い魔を見上げる白鳥歌野がそこにいた。
「さーて、これでもう一昨日の時みたいに逃げることはできないわよ?」
『……!?』
使い魔の体が一瞬ビクッと震える。使い魔は決闘の行われた2日前の朝、ふと馴染みに似た気配を感じ取った歌野に1度見つかっていた。
かつて自分達の主である暁美ほむらは大社や勇者との面倒な接触を避けようと、使い魔達にも彼らとの非接触を命じていた。それは過去の話で、大社の命令を無視ししながらも資金は自由に使い、勇者との関わりも自分から全て拒絶する道を歩むことを決めた彼女は、もうその必要はないと、使い魔達への非接触の命を取り下げてはいる。
しかし、使い魔の姿は人目に付けば騒ぎになる……元々が人類を守護する神樹から派生した存在故に、命令されているのならまだしもそうでなければわざわざ人々を恐怖に陥れるべきではないという思想が存在する。故に使い魔は普段から人々に見つからないように行動しており、いざという時は騒ぎになる前に逃げる。見つかったこの時も、その時は歌野が勇者装束を身に纏っていなかったがために容易く撒くことができたのだが……その出来事は歌野に使い魔が自分の近くにいたという認識を与えてしまっていた。
「一昨日もだし、昨日も来てたし、今日こそはじ~っくり話したいと思っていたから。うふふふふ♪」
「……!!?」
確信を得たのは昨日の朝。激しい苛立ちの傍らで、それがこのホワイトスワン農場に来ていると仮定し、逆に歌野の思惑に感づかれないよう周囲を探っていると見つけたのだ……歌野が求めていたターゲットを。
その一言で使い魔は気づいた……昨日の彼女のあの暗い表情の内側には、ここで自分を捕えるための策を張り巡らせていたのだと。
使い魔の体は意に反してガタガタと震え始める。少しも抵抗しないのは自身が非戦闘員であるがために歯向かおうとする意志が最初から欠けているのが原因なのか……暁美ほむらの使い魔ならば、素の身体能力でロープを無理やり引き千切れなくはないのだが……。
『was zu tun ist, was zu tun ist Sie werden mich umbringen……!!?(どうしようどうしよう…! 私殺されちゃうの……!!?)』
使い魔なら四肢が飛ぼうが首が飛ぼうが霊力によってすぐ再生されるのだが、この使い魔の思考パターンはネガティブへの偏りが強かった。先日逃げ出した件ならまだしも、それよりも前にこの使い魔は目の前の勇者の腕を主の命令で折りかけた……報復か、あるいはより酷い仕打ちを受けるのではないか。そんなマイナスな考えばかりが頭を埋め尽くし……。
『Kann mir jemand,helfeeen!(だ、誰か、助けてーー!)』
「あ、あら……?」
これには流石の歌野も面喰った。目の前の子供の鬼気迫る言動は完全に悪意のある暴力に怯える人のそれに見えてしまったのだから。
歌野としては、ここにきて相手に逃げられたくなかっただけなのだ。2日前に逃したばかりで、此度は逃がさないよう縛って吊るしただけ。決して使い魔が考えたような報復などしようとは思っていない。
「ご、ごめんソーリー、そんなに怯えないで……! 私はただ、あなたと一緒にトークしたかっただけなのよ……!」
『Wie?(えっ?)』
慌てて宥める様に言うのと同時に、歌野は使い魔が吊るされている木の枝の上に飛び乗り結びつけていたロープを解く。そのまま手にしたロープを使い魔ごと引っ張り上げて、その体を抱えて枝の上から飛び降りてから、体にぐるぐる巻きにしていたロープを解き束縛を解除してやった。
「ほら、これでもう大丈夫!」
『……Ähm,Kann ich sie gleich losbinden……?(……あの、すぐに解いちゃってもいいの……?)』
「ふふっ、どういたしまして! って、いいわよサンクスなんて…! こっちがちょっと手荒だっただけなんだから」
『Denn das ist sie nicht……(そうじゃないから……)』
今の一瞬で地面に潜って隠れてまで捕まえた意味が無に還った……結局何がしたかったのかと言わんばかりの使い魔の心境をスルー。気の良い笑顔を見せる歌野に、使い魔はとことんペースを狂わせられる。
しかし、敵意は感じない。そもそもたった今歌野は話がしたいと言ったばかり。ならばきっと大丈夫かもしれないと、使い魔はおとなしく状況の流れに身を任せるべきかと観念した。
「…………オーマイガー!! せっかく捕まえたのにかわいそうだからってロープを解いちゃった!!」
『Ich habe es gerade erst bemerkt……(今更気づいた……)』
こういう事態に人は呆れという感情を抱くのかもしれない……心を持たない彼女は初めてそんなことを思った。
「まま待って、お願いだから逃げないで!!!」
『IIIIch laufe nicht weg! Ich werde nicht weglaufen!!(ににに逃げない! 逃げないから!!)』
咄嗟に伸ばされた手が使い魔の腕を掴み、そのままグイっと引き寄せられた。そしてもう片方の手を腰に当て、歌野は使い魔の顔をジッと見つめる。焦りながらもその真っ直ぐな瞳が、凛々しい顔が使い魔を襲う。反射的に叫びながら何度も首を激しく縦に振った。
「うんうん……って、イエス? 逃げないってこと?」
『Ja, Sir……(うん……)』
もう一度だけ頷いてやれば、歌野の表情はみるみる内に明るくなっていく。
「……あはっ! サンキューソーマッチ!」
『……Das verstehe ich nicht(……訳がわからないよ)』
「それじゃあ早速……!」
隠しきれない喜びを露わにしながら、歌野は畑の方へと駆け出していく。追いかけた方が良いのか一瞬過るも、特にそのような行動は起こさない……それよりも今は状況を整理したかった。
こんな不気味な見た目の使い魔に優しく、腕を折ろうとした彼女に欠片も負の感情を抱いている素振りを見せず。
すぐに歌野は使い魔の前に戻ってきた。ワクワクを抑えきれていない明るい笑顔で、その腕にはたくさんの野菜が入れられた籠を抱えて。
「この野菜、食べてみてプリーズ♪」
昇り始めた日の光が僅かに当たり、差し出されたトマトが一瞬輝いて見えた。一瞬でも、確かに目を惹くその輝きに負けずとも劣らない笑顔をあの暁美ほむらの使いに振り撒いて……
『Puh. Seltsam(ふふっ。へんなの)』
それがどうしようもなく心地良かった。
差し出されたトマトを手に取り、そのまま口に運んだ。口の中で果肉が潰れ、そこから溢れた果汁と風味らしき感覚が口の中を押し広げる。
使い魔は痛覚と同様味覚を持たない。この果肉に込められた野菜の栄養素や旨み、甘味も彼女には一切感じ取れない。
「どう? どう? デリシャス?」
『……Jawohl. Jawohl. Nicht schlecht. köstlich(……うん。なかなか。おいしいよ)』
それなのに……美味しいと感じた。2口目が自然に運ばれ、再び味の代わりにふとした幸福感が体に広がった。
「でしょう!」
歌野は目の前で野菜を齧る使い魔を見て、今の言葉を聞き取ると満足そうに頷いた。彼女が発する言語は何語でそれぞれにどんな意味があるのか歌野には知る由もないが、今の悪くはないという言葉の意味だけはその言動から確信できてしまう。
……使い魔の表情は一貫して変わらない。瞬き一つしない大きく開かれた目と頬まで避けているかのような大きな口。しかしこぶし大程度のトマトを両手で包み込むように持ちながら、一口一口ゆっくり味わいながら食べるその様はどこか小動物のような愛おしさを感じさせる。まるで……
「……なんだかこうして畑の前で野菜食べてるの見ていると、諏訪に居た頃を思い出すわ……」
『?』
「あの頃も収穫したばかりの野菜をその場でみーちゃんと一緒に食べたりしてね……あ、みーちゃんっていうのは私の大事なパートナーでね!」
歌野の目にはか弱い使い魔の姿が、一人の少女の姿と重なって見えていた。使い魔の所作一つ一つがどことなくあの子を彷彿とさせる……それに雰囲気も、髪型も……。
歌野の表情が不思議そうに変わるのを、使い魔もどうかしたのだろうかと思ったのか咀嚼が止まる。両者の目が交差した時、歌野は使い魔の隣に籠を置くとそっと腕を伸ばした。
「……ソーリー、ちょっとだけいいかしら?」
『Was Was?(えっ、なに?)』
戸惑うような声が漏れるも、使い魔は嫌がる素振りを見せず歌野の手を受け入れる。彼女の手は使い魔の頭に、その髪の毛の上に乗せられると軽く撫でおろす。
「………う~~~~~ん………っぽいわねぇ………シミラー……」
『Wie? Was ist das?(なに? 何なの?)
「……不思議……あなた、色々みーちゃんに似ているのよ……」
歌野が確かめた使い魔の髪のやわらかい質感……その感触は歌野が大好きな感触に近かった。彼女の巫女と同じ茶色の髪は、彼女の巫女と同じ柔らかさを持っていた。
「昨日も一昨日も、隠れていたあなたに気付けた理由だってそれだったのよ。何百回も受けて大好きになったみーちゃんの視線をフィールしたと思ったら、みーちゃんじゃなくてあなたがいてね……」
『Ach…so……(そう…なんだ……)』
気配までも……。
「ねぇ、あなた達っていったい何なの……? 暁美さんの使い魔っていう存在自体、ミステリアス……。あなた達諏訪に居た頃はいなかったわよね……いつから暁美さんの使い魔をやってるの? どうしてあなたはみーちゃんにシミラーなの? 暁美さんが変わってしまったのはどうしてなの?」
『Ich wüsste es nicht, wenn Sie mir das sagen würden.Ich kenne niemanden, der Mi-chan heißt……Ich denke, Nekomata würde es wissen(そんな事言われても私にもわからないよ。みーちゃんって人の事も知らないし……』
「…………ハァ、だめ………言葉が分からないのって不便だわ……」
真相を知りたかったとしても、その手掛かりからは情報を得られそうにない。言語が分からないという初歩的な壁にぶつかり、歌野はやるせない気持ちで溜息をこぼした。
とはいえ、使い魔の正体が依然として不明のままではあるのだが、今回使い魔と話そうと思った本来の話題には未だ触れていない。
(……ま、こんな簡単にアンサーが分かっちゃえば苦労しないわ。それに別にこの子達が悪いってワケじゃないだろうし)
気を取り直そうとしたその時、ちょうど使い魔は手にしていたトマトを食べ終え、チラリと真横の野菜籠に目をやろうとしていた。
それを見た歌野は先ほどの事など気にしないというかのような微笑みを浮かべ、手を伸ばして籠から一本の大根を手に取る。
「よっ!」と短い掛け声に合わせて大根を真上に放り投げ、腰元に下げていた鞭を抜いた瞬間目にも留まらぬ速攻で振り払う。鋭い一閃は宙で大根を綺麗に真っ二つに断ち切り、歌野の両手に落ちて回収される。
似ている理由は不明でも、そうであるならより愛着も湧いてくる。籠を挟んで歌野も腰を下ろすと、使い魔に他の野菜も遠慮せず是非食べてほしいと言いたげな満面の笑みで雄弁に伝えながら半分になった大根を差し出した。
『Ich danke Ihnen(ありがとう)』
「うふふ。ユアウェルカム♪ ちょっとだけ辛いかもしれないけどそれも大根をもっとデリシャスにするスパイスだと思えば気にらならないし、実際生の大根って味も栄養もとってもベリーグッドな野菜よ」
二人一緒にそれぞれの持つ大根の断面にそのまま齧りつく。シャクシャクと歯ごたえの良い音が二人の耳に入っては程よい甘味辛味と合わさり、心地良い気持ちが広がっていった。
「ん~~! やっぱりイケてる! 流石、熟練ファーマーの長年のエクスペリエンスとスキルが成せる業ってやつね! 憧れるわ~!」
『Haben Sie Sehnsucht danach? Wen bewundern Sie?(憧れる? 誰に?)』
「あぁ、あはは……自信たっぷりで出しちゃってるけど実はこの野菜、私が育てた物じゃなくてこっちのファーマーさんにおすそ分けで貰った物なのよ……。見たら分かると思うけどホラ、ここの畑スタートして日が浅いから、まだ……」
『Ja, das ist wahr(あー、それもそうだね)』
「ここが諏訪だったら私の育てた野菜を食べさせてあげられたんだけど……」
なんか騙しちゃったみたいでごめんね?と言いたげな苦笑い。しかしすぐに歌野は前に広がる自らの畑を見つめ直すと、その双眸には歪み無いまっすぐな光が宿って見えた。
「でもいずれはこっちでも、彼らにも負けない最高にグレートな野菜を育ててみせるわ! こっちで出会えた仲間にも食べてもらうって約束だってあるし、やってやるんだから!!」
そう言って拳を振り上げる歌野。彼女らしい前向きな志は太陽の様に眩しく、その輝きに釣られるように使い魔も頷いた。
『Ich verstehe. ...... Ja, viel Glück!(そっか……うん、頑張って!)』
「その時になったら……ねえ、一つだけお願いがあるの、聞いてくれる?」
突然声のトーンを落とし、歌野は使い魔のことを見つめ直す。その双眸は先ほどの希望に満ちた輝きとは似て非なる……その瞳に込められた覚悟は、今日これまでの彼女にはなかった揺るがぬ決意を確かに感じさせて……。
「暁美さんに私の野菜を届けて食べさせてもらえないかしら?」
『…………』
「こうやって二人でトークしたかったのも、これをあなたに頼みたかったから。一昨日の決闘で私から彼女に近づくのも話しかけるのもNGになっちゃったから、私じゃダメなのよ………お願いできる?」
『…………』
彼女の言葉に、使い魔は何も答えられなかった。
使い魔達は知っている………自分たちの主が目の前の少女とその仲間に対して抱いている感情が荒々しく渦巻く怨念に他ならないことを。そんな相手から差し出される物を、果たして主が素直に受け取るだろうか……いや、ないだろうと。
「………そう、よね……でも」
無言のままの使い魔の反応から歌野もその理由を察する。しかし、歌野はそれでも言葉を続けた。この決意だけは、想いだけは曲げるにはいかない。
「大事なフレンドみんなと幸せをシェアしたいの。暁美さんだけ仲間外れにはできないわ」
『Freunde……Ist sie auch das?(友達……それって彼女も?)』
「……あなたは知ってる? 一昨日にあった暁美さんと私達のリーダーの決闘のこと」
『…………』
歌野は使い魔から目を外し、語り始める。その目で見届けてしまった乃木若葉と暁美ほむらの勝負とは言えない、一方的な暴力とその結末についてを。
その時白鳥歌野は改めて己の目と耳で、歌野の信じていた物から変わり果ててしまった友の姿と声を見て聴いた。情け容赦なく他者を傷つけ痛めつけ、守るべき民の想いすら……歌野にとって平和や幸せ、希望の象徴と言える野菜を蹂躙の道具として酷使した挙句、粉々に砕くという形で踏み躙った。
「……あの時初めて、私は暁美さんに対してぶん殴りたくなるような怒りが湧いたわ。みーちゃんと球子さん、千景さんの時はただただショックで悲しかったんだけど……この時ばかりは……」
仲間よりも野菜を砕かれて怒りが募ったのは、当然ながら歌野が薄情だからというわけではない……彼女はただ、何が起ころうとも信じたかった。何を言われようとも友であると。かつて彼女から受け取った光は、歌野にすべてを照らす希望を与えたのだから。
それがどうだ。向こうが歌野の想い全てを意図せず無下にし、踏み躙り、傷つけた。かつて歌野にすべてを与えてくれた友はこの時、それらを強引に奪い去って歪な傷跡だけを残していったとなれば……
全身隈なくボロボロにされ、病院送りにされた親友と、歌野の心の中に芽生え始めたとある感情……彼女はそれを、暁美ほむらに対する度し難い怒りであることをはっきりと理解した。認識した。
誰も彼もが悪魔と呼んだ。歌野自身それが悪魔の所業だと罵りたかった。歌野のいつもの歌野の顔から笑みが隠れ、険しい表情が現れる…………
解くことなど、出来なかった。
「……そんな姿が彼女の、暁美ほむらの本性だって…………
受け止めているからこそ、険しい表情を解くことができなかった。これからの事を考えるととてもじゃないが何も考えず対策も取らず、ヘラヘラと笑っているだけでは何も為すことはできない……そう思っていた。
「私は、あれが暁美さんの本性だなんて認めない。本当の彼女は……」
白鳥歌野は信じているからだ。あの日彼女から与えられ、今も歌野の胸の中にある希望は本物であると……。そう確信する根拠だって、あの日、初めて彼女と出会った時に魂に。
「たくさんの人達の笑顔のために戦える人……だもの」
焼き付いていた。そして、現状を把握してはいないがこの四国には存在しているのだ。
暁美ほむらによって未来を与えられた、5万人の民が。
そして歌野は知っている……民が救われたその瞬間に暁美ほむらが口にした言葉が【祝福】であったことを。
「他でもないあの日あの時、私達を助けて救ってくれた大切なフレンドに。暁美さんこそが本当の彼女なんだって証明したいのよ」
「……そのチャンスが欲しくってね。野菜を……私達の想いを、幸せをプレゼントして少しでも思い出してもらいたかった」
「…………」
「そしていつか、少しでも心をオープンさせることができたら向こうから来てくれるかもしれない。約束を破る事にはならないんじゃないかって思ったのよ」
みーちゃんの目から一筋の涙が……
「とても厳しいし、今日のミステイクは本当に……悔やみきれない……でも、諦めないわよ」
……私にはお見通しなんだからね、みーちゃん。あなたも本当は、今でも暁美さんの事を信じたいんだって。
でもそれはとても苦しいこと……とても耐えられないこと……だから
もう少しだけ待ってて。必ず、私達のフレンドを引っ張り出してくるから。
【♧♧】
非戦闘員で茶色のボブカットが特徴。ネガティブ思考だが仲間の幸せを一番に願う5番目の使い魔。同じ非戦闘員の4番目の使い魔と仲が良く、歌野の農作業を眺めるのが日課で野菜好き。
【かくれんぼ】
「結城友奈は勇者である 花結いのいらめき」より。2020年8月の誕生日イベント。原作では8月生まれの3人、乃木園子(小)乃木園子(中)弥勒蓮華が鬼になり、讃州中学全域に隠れている勇者たちを探すといったもの(巫女組は進行・アナウンス)。鬼に見つかった勇者はその人にハグをしながら感謝の気持ちや誉め言葉を贈るてぇてぇ内容。オチ担当うたのん。未見の方はCS版を買って是非見タマえ!
【高嶋彩羽】
8月22日生まれ。心眼と評される気配探知スキル持ち。異世界にて泥塗れの勇者からのハグはやんわりと断った模様。