ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
(…………?)
それに気が付いた時、たった一つの明かりしかなかった暗い世界から光が消えていた。闇に溶けそうだった意識を繋ぎとめていた声も途絶え、静寂が包み込む空間に一人……。
いつからそうなっていたのか、分からない。重苦しい感情に圧し潰されていた心では、最後に僅かでも思案できてからどれだけの時間が経ったのかさえ分からない。
だが確かに光はすぐ近くにあった。壊れかけていた精神を唯一繋ぎとめてくれたそれは間違いなくそこに……数時間前までは。
唯一の光、温もりが失せたのはいつから……そしてそれらは突如として何処へ消えたのか。
精神はともかく、傷付いた肉体の方はまだ完治とは言えずとも大分マシになっている。この身体の足は勝手に立ち上がって交互に、死霊のような足取りで前へと動き始める。
何処へ……あれが無いと、このままでは壊れてしまう……例え壊れてしまってもいっそ楽になるだけだろうけど……
「…………た………さ…」
深い闇が思考を穢す。自分の足が今動いているという自覚すら持たず、訳も分からない事すら認識せずに歩を進める。どこへ行くのか自分自身ですら分からない……だがそこに、突然消えてしまった光と温もりがあるのかもしれない……澱みきった心の中でほんの僅かだけ、そう感じていた。
真っ暗の闇を歩き続ける……何も考えることはできず、本能の赴くままに光に向かう……
足が止まる。光はまだ先にある……だが途中で何も見ていない瞳の中に見えた物がある……特別でも何でもない、ただの物体に過ぎないそれを目にした時……
(…………え?)
闇の底へ溶けかけていた意識が蘇る。
(……どういう……こと……?)
疑問に思う……蘇ったばかりの心ではそれが限界だった。だが、肉体は精神に引っ張られたのか、無意識ながら身体はその心が望んだ行動を取った。左手が勝手に動き、目の前にある壁を……扉を開いたのだ。
その扉のすぐ側には札が下げられていた。そこに書かれているのはただの名前に他ならない。だが扉を開く前、闇に沈んでいた瞳がこの札を見たのがきっかけとなり、彼女の瞳には薄くとも光が灯る。
皮肉なことに……その光景が、動揺が、衝撃が、不安が、怒りが。彼女を包み込んでいた闇を切り払う。
「…………い…よ……じま……さん?」
病室の前にある名前を持つ少女の変わり果てた姿を見た時、壊されたはずの彼女の心はそこに戻っていた。
このままじゃ、うたのんの諦めの悪さがいつか取り返しのつかない事態を招いてしまうかもしれない……ここで暁美さんの使い魔達に会ってから、うたのんが笑顔を見せてからずっと。そんな風に思い続けている。
数時間に目にしたばかりの杏さんの、球子さんの、友奈さんの姿が何度だってフラッシュバックした。彼女達の傷と同じ物が他の人にも刻まれる想像も……したくもないのに勝手に頭の中を過る。他ならない、彼女の手で……
何度だって。それはうたのんがこれまでの経緯を話している間……ずっと……
不安な思いは少しも変わらなかった。こんなの今にも崩れそうな危ない橋の上を勢いよく走り抜けようとするのと同じだ。話を聞き終える前に、理由が何であれ危険な真似はやめてって言いたくて……言わないといけなくて……。
言うつもりだったのに、言えなかった。
「……うたのんが暁美さんの事を諦めない理由は……分かったよ」
気の迷いでも何でもない。暁美さんの事を私達の友達だって信じるうたのんの想いは何一つとして変わっていない……それに気づいた時、目に見えない何かがゆっくりと私の胸を刺していた。私の目元が熱くなって、間もなく少しだけほっぺたが濡れて……涙が流れていた。
不安ともしもの時の恐怖しかなかった心の中に、小さいながらも芽生えたからかも……悪いことばかりが続く今現在に、あの日あの時以来の希望を夢見たいと願う気持ちが。
これまでが地獄のようだった。あの恩人を友達のように思っていたのに、誰もが彼女に強い怒り憎しみを抱く。その様を間近で見て、それを拒絶したくてもできない現実が立ち塞がる。彼女の事を信じる事が罪と言わんばかり、憎しみを抱くことが正しいと言わんばかりの現実が……まさしくその通りでしかなく辛かった。
決別以外の道は無い。彼女のことはもう、切り替えて諦めるしかない……もう仲間だって思って、友達になれたはずの恩人なのに……。そう思っていたはずなのに、うたのんは……
「……ごめんなさい。説明したからって、みんなが納得できるわけがないっていうのは私だってアンダスタンド。どう考えても私の勝手なエゴ……デンジャーな橋の上をみんなの命もろとも渡ろうとしていることだって、おバカでふざけるなって言われそうな事だって自覚もある」
「ホントだよ……」
「それでも、どうしても見捨てたくないの。このままじゃ誰も心からのスマイルなんて生まれない……危険だとしても、いつかは暁美さんを中心にできてしまったこの嫌な現実を断ち切らないといけない」
うたのんは今、歪にねじ曲がった道の中それでもまっすぐ先の世界を見据えている。かつて諏訪に居た頃と同じ……たったひとりでバーテックスから諏訪を守り抜く絶望的な状況の中でもみんなが生き残る道を。若葉さんやまどかさん、遠い場所にいる友達、仲間との出会いを目指し諦めなかったあの頃のうたのんとまったく同じ目をしていた。他の人にも勇気や希望を分け与える、曇りのない自信に満ちた瞳。それを以ってうたのんは言った……暁美さんをかつての彼女の姿こそが本物であることを証明するんだって……。
「暁美さんを救う……それが彼女に救われた命が返す、最初の恩返し。暁美さんのフレンドとして成し遂げないといけないミッションだから!」
助けたいって強く思っていて……その思いが私の中にあるものと重なってどうしようもなくて……。うたのんならもしかすると、きっと……心の奥からふつふつと沸き上がっていて……
暁美さんを、助けてほしいって……そう感じたからこその涙だった。
「やっぱり、うたのんには敵わないよ……」
目元を指先で拭うと笑みが生まれた。うたのんの行動は問題でしかないけど、それでも私はうたのんを信じたいって思えたんだ。
「……無茶な事、今日みたいな馬鹿な事だけは絶対にしないで」
「……ええ。もちろん。これ以上みんなを危険に晒さないって事だけは約束する」
「なら……私はもう、止めないよ……うたのんの想いを。信じるから」
「みーちゃん………うんっ! サンキューみーちゃん! 愛してる!!」
「……はいはい」
うたのんはいつだって私達の希望その物だった。うたのんならどんなに暗い闇でも切り払ってくれる……だから今度も、この先が見えない闇の中から……
うたのんなら、私達の友達を引っ張り出してくれる……
『Utano!(歌野!)』
「ひゃわあぁっ!!?」
思いを馳せている最中、突然私の隣から1体の使い魔が大声を挙げながら飛び出して飛び出してきた。一気に心臓の鼓動が早くなって、素っ頓狂な悲鳴を上げてしまって距離を取っちゃうけど……使い魔は空っぽになったせいろの器を片手にそのままうたのんに詰め寄っていった。
『Soba-Nudeln, Nachschlag!!(蕎麦、おかわり!!)』
「あら、もう全部食べたのね! 美味しかったでしょう? これこそがうどんよりもデリシャスでヘルシー! ヌードル界のキングオブキング・蕎麦!! さらにはその蕎麦の中でも絶対的な存在として名を轟かせた信州蕎麦のパゥワー!!」
『Weil es köstlich war,Soba-Nudeln, Nachschlag!!(美味かったから蕎麦、おかわり!!)』
「そんな蕎麦を高みへとリードする我らが蕎麦党は24時間365日いつでもメンバー募集中よ! 目下のミッションは宿命のライバルであるうどん党蔓延るこの街にシードを埋めて勢力拡大……やがては厄介なうどん党幹部たちをこちらに引き摺りこむの!!」
『Machen Sie sich darüber keine Sorgen!! Nachschlag!!(んなこたぁどうでもいいから!! おかわり!!)』
「リアリィ!? 蕎麦党に入ってくれるって!!? オーケーオーケー大歓迎!! みーちゃん聞いた!? 我ら蕎麦党のニューカマーよ!!」
『Soooobaaaa!!!!(蕎ぉおおおお麦ぁああああ!!!!)』
「……ね、ねぇ、うたのん……この子なんか怒ってない…?」
話が通じなくて癇癪を起こす子供みたいに見える……。というかうたのんにはあの使い魔の言ってる謎言語が解ってるの……? あの様子だと、うたのんにとって自分の都合の良い言葉に解釈しているとしか思えないんだけど……。
余談だけど、今の蕎麦党はリーダーが蕎麦禁止令を出されているから、事実上蕎麦党の活動は現状不可みたいな扱いになるだけだろうし……。完全にテンションに身を預けて言っちゃってるよ、うたのんってば……。
「違うんじゃない……? 空っぽの器を突き出してるし………蕎麦のおかわり、とか……」
『Ich stimme zu!!!(そうそれぇ!!!)』
「ひっ……!?」
私の方に振り向くのと同時に、ビシッと素早く指をさされた。あまりにも早くて勢いもあるものだからまたしてもビクッと身体が跳ねてしまう……。
「ああ、おかわり……は、ソーリー。無いのよ……」
『…………hat sie…………gesagt…………!? Weil du neulich gesagt hast, du würdest eine Menge machen………!? Das ist nicht viel, nur ein Getränk!?(…………何…………だと…………!? だってお前、この前いっぱい作ってくれるって、そう言ってたじゃないか………!? これじゃあいっぱいじゃなくて一杯だぞ!?)』
「1箱800グラム入りの信州蕎麦を2つ用意してたんだけど、1つは暁美さんにボンバーされたから。残り1箱をここにいる8人で分けたらちょうど無くなっちゃって……」
『Wie kann diese Frau es wageeen!!(あんの女ァーーッ!!)』
「……暁美さんが爆破したってより、うたのんがバーテックスに投げつけたってのが明らかに原因だって思うんだけど」
「………………ホ、ホラ! 野菜の天ぷらならまだまだいっぱい作れるから…!」
分かり切っている事だけど、うたのんはやっぱり平気そう。決意が固いといっても、うたのんだって痛い目を見そうなことだってあったのに……。
「ナスにする? お芋にする? それとも、カ・ボ・チャ?」
『Ich möchte Buchweizennudeln essen!! Buchweizennudeln Buchweizennudeln Buchweizennudeln!!(蕎麦が食べたい!! 蕎麦蕎麦蕎麦!!)』
「オーケーかき揚げね! すぐ揚げてくる!」
『Nein, Siiiiiiir!!!!(ちっがぁあああああう!!!!)』
『Hör auf! Du bist einfach nur egoistisch,Belästigen Sie Herrn Utano nicht!(もうコラ! ワガママばっか言って、歌野さんに迷惑でしょ!)』
(別のが来た…!?)
声を上げながら現れた薄いブロンドヘアーの使い魔が、咎めるようにその使い魔の肩をゆすった。それでもなおかんかんに怒り喚き続ける使い魔を、私は数歩後ろに後ずさって、怯えを胸に宿しながら眺めるしかない。
さっきのうたのんの話を聞いて、うたのんの意志については飲み込むことはできたけど、一緒にいる使い魔達の事についてはまだ受け入れられていない……。使い魔に近づかないよう外回りしてうたのんの方に行き、ジャージの袖を掴んで少し震えた声をかけていた。
「う、うたのん……あれ、本当に大丈夫なの…?」
私にはまだ、トラウマが残っているから……。
うたのんの背に隠れながらも恐る恐る、私の視線は使い魔の方に向けられる。それは比較的近くにいる二体の使い魔ではなく、少し離れたところで蕎麦を食べながらも何事かといった様子でその二体を見ている五体の使い魔の内の……黒髪の一体。
あの日、鎌を手にして私を襲った使い魔……。
「…………っ」
……思い返したら、あの時殴られたお腹がぞわっと嫌な感じに疼いてしまった。あの冷たい大きな刃物が首筋に当てられた恐怖も……。
でも何より、やっぱりあの痛みが……重くて硬い鉄の塊を強烈にぶつけられた痛み。一瞬で意識が遠のいて、目が冷めた時にもじわじわとした鈍痛が残っていた。でも最初のその一瞬の痛みと恐怖は大きくて、鮮明で……
「……怖がらなくても大丈夫。あの子たちはとっても頼りになるんだから」
身を縮込ませていると、相変わらずのうたのんの声が聞こえてきた。私の不安な気持ちを感じ取ったのか、その口調はさっきと変わらない。
「病院前で言ったと思うけど、あの子達はここの畑仕事を手伝ってくれていたの。最初はみーちゃん使い魔オンリーだったけど、声をかけてくれたのか日が経つにつれて手を貸してくれる子が増えてきてね」
「みーちゃん使い魔……」
「おかげで毎朝ワイワイ賑やかで、いつもの農作業も楽しくて捗るってものよ!」
……たしかに、あそこに固まっている使い魔の内一体が件の使い魔なのかも。どこか私っぽい感じの髪型に見える……。見えるんだけど、使い魔と私のことをとても一緒に見てほしいとは思えない。複雑な気持ちでとにかく、嬉しくはない……。
…………私の髪型……どころか、他の使い魔達も……
「……どうして使い魔なのに畑仕事を手伝うのさ?」
「それね、元々みーちゃん使い魔が毎日早いモーニングからわざわざ来てくれたのかっていうのも、あの子が農作業に興味があるからってことでね!」
『Ich habe nicht gesagt, dass ich interessiert bin……Aber ich hasse es nicht(興味があるとは言ってないんだってば……でもまぁ、別に嫌ってわけじゃないけど)』
「野菜や畑を愛する人に悪い人なんていないでしょ?」
「……あの子今溜め息吐かなかった?」
言葉は分からないし顔色は変わらないけど、ジェスチャーやリアクションは割と豊富だ……。うたのんが勘違いで無理矢理手伝わせてるなんてことはないよね……。
「嫌がってるはずがないわよ! ねえみんな!?」
『『『a-ha-ha,Das stört mich nicht(あはは、嫌じゃないよ)』』』
『Beim nächsten Mal möchte ich dabei sein!(今度から私も参加するー!)』
『Buchweizennudeln!!(蕎麦ぁ!!)』
『Ich habe jetzt genug davon!(ああもういい加減にしてって!)』
『…………』
「一体無反応なのがいるんだけど!?」
「ふーむ……あの子はつい最近来るようになった子なんだけど、まだ慣れてないのかしら?」
上から私っぽいのと、まどかさんみたいなピンクのツインテール、そして暁美さんのような黒上のロングヘアー。友奈さんを思わせる天真爛漫なテンションから揺れる赤い髪。わんぱくな声で叫ぶ使い魔とその側にくっつく二体の姿はそれぞれ球子さんと杏さんを。そして前に私を殴った使い魔、この場の雰囲気に流されない寡黙な姿は、よく見れば、まるで千景さんで……。
「それにクールだし。あ、でもちゃんと毎日来てくれて黙々と頑張ってくれるのよ。ツンデレってやつかしら?」
『Ich bin kein Tsundere!(ツンデレじゃないわよ!)』
……たぶん、この使い魔は暁美さんではなく、暁美さんに力を与えている神様由来で生まれた物…なんだと思う……。この子達の姿が私達と酷似している理由を考えたら、それくらいしか思い浮かばない。今の暁美さんは私達みんなを殺そうとするほど嫌っている……だったらそんな暁美さんが私達の面影のある使い魔を呼び出すのはおかしいから……。
暁美さんと私達が出会ったことで、彼女に力を与えている神様も勇者のみんなや巫女の私達の存在を知って、模した存在を暁美さんの使い魔として作り上げた……。何故そうしたのかまでは流石に分からないけど……何分全部が憶測でしかないから。
だからこそ使い魔の目的が全く分からない。何を考えているのか分からない。スケールが暁美さんじゃなくて、神様の範疇になれば何も……。
「……本当に、信用できるの?」
暁美さんにみんなを傷つける力を与えた神様が、何を考えてみんなの姿を模した使い魔を……
「できる!」
……確信を持って高らかに声を上げるうたのん。正直期待せずに、私はうたのんに続きを問いかける。
「……その心は?」
「ヘイ! ブロンドヘアーのあなた、カモン!」
『……Was, ich etwa?(……えっ、私ですか?)』
突然声をかけられた杏さん似の使い魔は首を傾げながらも、暴れる球子さん似の使い魔を他の使い魔に預けて私達の方に歩み寄る。
近づく使い魔に私の身体は強張って……うたのんは、使い魔の肩を抱き寄せて、私に向かって満面の笑みを浮かべて思いがけない事実を言った。
「ジャジャーン! 実は今日───」
暁美ほむらの不思議な力で、球子を守らないといけないという強い意思を消されてしまった高嶋友奈。彼女がそのことを思い出せた時にはもはや球子を守り戻れる訳がなく、友奈は底知れない絶望を前に激しく取り乱してしまった。
その時彼女のすぐ側にいた歌野も、状況を何一つとして理解することなどできなかった。ただ、常軌を逸した異常事態であることは、自分たちの身に良からぬアクシデントが起こっている事だけは分かったものの、押し寄せる混乱の前には彼女の集中も完全に霧散させられた。
一瞬の油断が命取りになる戦場の中で。最後に残ったたった一体の敵が牙を剝き襲い掛かる最中で。彼女達二人は何一つ迎撃の体制を取ることが出来ずにいた。
意識こそ襲い掛かる敵に気付けども、体は動かない。バーテックスの巨大な口は、人二人を同時に食い殺すなど造作もない。二人はまさに命の危機に瀕していた……
だが、そのバーテックスに狙いを定める者がいた。歌野と友奈を殺そうとする敵を倒すために……二人を死なせないために、ボウガンを構える戦士がいた。
彼女が放った矢は、この襲撃最後のバーテックスの命を貫いた。
「私と友奈さんは、この子に樹海で命をレスキューされました!!」
「…………え!?」
『De,deshalb……(ど、どうもぉ……)』
……思いがけない発言だった。恐ろしい姿で仲間たちを傷つけもした、そんな使い魔がうたのんと友奈さんの窮地を……命を救った……?
どういうことって聞くと、うたのんはその時の出来事を話してくれて……話を聞いた限り、本当に二人の命が危なかった場面で使い魔が現れていたみたいで……。
……そういえば、ここに来た時最初にうたのんがそんな風に言っていた……この使い魔の前に駆け寄って命拾いしたとかなんとか……。使い魔の集団に遭遇した戸惑いと焦りのせいで、その時には何の疑問も持てなかったけど、確かに……言ってた……。
「この子だけじゃないわ」
驚いて声も出ない私に微笑みかけると、うたのんは他の使い魔の所に歩いていく。そこにいる使い魔を優しく、1体1体撫でながら、私に向けて使い魔達を褒めるように、言った。
「この子も、この子も、この子だって……私と一緒にバーテックスと戦ってくれたの」
「……一緒に、戦った……?」
「杏さんが傷付いて、球子さんと友奈さんがいなくなって、ほむらさんに杏さんを任せて……戦えるのが私一人だけになった時、4人の使い魔が飛び出してくれてね」
「……それじゃあ、うたのんは……」
……そう、病院で今回の詳細を聞いた時に、今回はうたのん一人だけでバーテックスと戦わざるを得ない状況に陥ったって言ってた。ここに来て出会えたはずの仲間がみんないなくなった、孤独の戦いに挑んだんだって思って胸が締め付けられた思いをしたけど、うたのんは一人で戦ったわけじゃなかったの……?
「暁美さんに対する怒りで前が見えにくくなってた私に、落ち着いて、クールダウンだって言ってくれた。バックは任せてって、言ってくれた。みんなでバーテックスを何体も倒してくれた」
うたのんは今回の襲撃で傷一つ負ってない。うたのんは強い……バーテックスに負けないぐらい。けど、全くの無傷で戦いを乗り越えるのはうたのんだって簡単なことじゃない。
……それこそ危険がいっぱいの戦場のど真ん中、うたのんを守ってくれる、一緒になって戦ってくれる、頼りになる存在が居ない限り……。
「独りじゃなかったの。私」
救われて、そう心から喜んでいる事が分かる綺麗な笑顔でうたのんは締めて……今の話を聞く限り、使い魔の半数がうたのんを助けてくれた……使い魔は、うたのんの言うように本当に悪い存在なんかじゃ……?
揺れ動く私の心……そしてうたのんは穏やかな雰囲気で、
「それからこれはあくまでも私の予想なんだけど……」
……今回の一件、誰もがその真相を理解できずに困惑する他なかった出来事が二つあって。一つは、暁美さんが友奈さんだけは殺さないように立ち回っていた事。精霊を降ろした球子さんを物ともせず、友奈さんの介入が無ければ間違いなく、有無を言わさず殺されていた。にもかかわらず、友奈さんに対しては最初から警告だけで済ませようとしたこと……そして、彼女を相手にする時、球子さんに酷い怪我を負わせた弓を使わなかったらしい。積極的な攻撃らしきものもほとんどなく、最終的には一時的に記憶をおかしくされたけど、生かされたまま見逃されていて……理由は誰にも分らなかった。
だけど、今はもう一つの分からなかった事……それが…………
うたのんには分かって……
「今日樹海で暁美さんから球子さんを助けて、ほむらさんの所にテイクしたのだって、多分この二人のどっちかよ」
「……う…そ……!?」
うたのんの視線の先には、私っぽい見た目の使い魔と、まどかさんっぽい見た目の使い魔が……!
うたのんと友奈さんだけじゃない、もう一人の命を救うのは、あの場の誰もが実行できなかった事だった。正体不明の奇跡が起こったから、球子さんは生きているのであって、その奇跡の正体が今私の目の前にある……そういっているの!?
「他の子達は一緒に戦ってくれたから知ってる。でもこの二人だけ樹海で見かけなかったから」
「……詳しく説明して……!!」
「そもそもホラ、樹海化している間世界の時間はストップしてるでしょ。動けるのって、私達勇者とバーテックス、神樹様みたいな神様…と、エイミーちゃん……は、カテゴリーは精霊よね……」
「……それに加えて彼女たち、暁美さんの使い魔……あれ? これって……」
その時点で、誰が球子さんを助けられるのか候補が絞られていた……。数時間前は私の中では不明瞭だった。うたのんしかあの舞台にいる役者全員を把握できていなかったけど……。
舞台を動かせるのは、舞台の上に立っている役者だけ。
「ええ。つまり、この時アリバイがない人こそが球子さんを救ってくれたMVPってこと!」
うたのんは身を乗り出して、二人に詰め寄った。嬉しそうな表情のまま言葉を発して……だけどその声はほんの少しだけ震えている……喜びが、大きいから…!
「ねえそうじゃない? 合ってるんだったらどの子がやったのか、いっぱいお礼をしたいから教えてプリーズ♪」
『『……』』
二人は一緒に、チラリとお互いに視線を向き合わせるけど、また一緒にうたのんの顔に向き直って……
主に見つかれば、確実に彼女はそこにいた従僕に命令していただろう……そこにいる死に損ないに止めを刺せと。
だから彼女たちは隠れていた。誰にも見つからないように隠れて、訪れるのか分からない機会を伺っていた。
彼女がチャンスを生み出すのを、信じて待っていた。
────おっ、とっと……と? ……わー!
────っ!? 二人とも、行ってぇええーーーっ!!!!
────このっ! 退きなさい!
樹海にて、力を使い果たした高嶋友奈が体勢を崩した際に暁美ほむらと激突し、そのまま彼女の背後に崖下に落ちて行った時、彼女たちは動く。
たった一人残されたその場所に。傷付いて動けなくなった者が倒れるその場所に。
彼女には戦うための力は備わらずとも、誰よりも強く、歪で残酷な運命を拒絶したいという意志を宿していたのだから。
二人一緒に手を挙げて、縦に頷いた。その瞬間、うたのんは二人に跳ねるように飛びついて、力強く抱き着いた。
「ありがとう!! 本っ当にありがとう!! 球子さんを助けてくれて……暁美さんを人殺しにしないでくれて……!!」
『Es ist schmerzhaft……!(く、苦しいよ……!)』
『eine so große Sache…….Wenn ihr uns danken wollt, sagt das den Nekomata, nicht uns. Wir sind nur umgezogen, weil sie uns darum gebeten hat(そんな大したことは……)』
涙交じりのうたのんの歓喜の声……これはそうなって当たり前なわけで……。
この活躍はまさしく誰にも成し遂げられなかったものだ。それでいて、本当だったら避けられない大きな悲劇があったはず……。仲間を弔い、うたのんの決意が水泡に帰す……二度と元には戻れない絶望があった。
それを防いだのが……この子達だった。この子達はうたのんを、友奈さんを、球子さんを……私達の未来を守ってくれたんだ……。
『……Entschuldigen Sie, Sir?(……ちょっと、いいかしら?)』
立ち尽くす中、私に掛けられる謎の言葉。いつの間にか私のすぐ近くには別の使い魔がいた。
その使い魔は例の、前に私を殴った、トラウマを作った子……。私の心臓は驚きや恐怖で鼓動を強くする、なんてことは起きなかった。
もう、怖くは……
『……Es tut mir leid, dass ich dich neulich geschlagen habe……(……この前は、殴ってしまってごめんなさい……)』
「…………うん」
やっぱり、言葉は分からない。でもそのしおらしい、おどおど緊張している様子でチラッと目を見ては逸らして、また私の目を申し訳なさそうに見る。
そんな中で発した彼女の言の葉に含まれていた想いは……たぶんだけど、わかったよ……。
「……もう、気にしてないよ」
『……Ich danke Ihnen(……ありがとう)』
……少しだけ、肩の荷が下りた気がする。うたのんのおかげで、見直すことができて……。
「…………ねえ、そこのあなた」
こうやって自分から、他の使い魔にも声を掛けられる。
「……食べかけなんだけど、あまり減ってはいないし……私の蕎麦でよかったら食べる?」
『Sind Sie sicher!?(いいのか!?)』
「いつもうたのんを手伝ってくれるお礼……かな」
うたのんみたいにこの子達に笑いかけるのも、全然苦じゃないや。
「みーちゃん……」
「ん?」
「……ううん……ありがと」
……いやほんと、まさかこの子達の事を受け入れられるなんてね……。他のみんなが知ったらどう思うだろうか……みんなは暁美さんに良い印象を持っていないから、今回の彼女達の活躍を伝えたところでどうにもならないだろう。
そう思うと少し悲しい……ああ、だからうたのんは今幸せそうに微笑みかけたんだ。私がこの子達の事を理解してくれたのが嬉しくて。
千景さん似の子や球子さん似の子を…………
…………今更なんだけど、7人もいるのに使い魔の子とか、わざわざ誰々似とか言うのとか、ややこしい気がする。もっとシンプルな呼び方とかないのだろうか? 名前とか。
「うたのん、この子達って名前とかってないの?」
「名前? ……って言っても……」
『●●●!』『◆◆◆』『▲▲▲』『☆☆☆』『♧♧』『■■■……』『***!』
「……ね?」
「……ごめん、そりゃそうだったね……」
たぶん改めて名乗ってくれたんだろうけど何にも分からない……。言語の壁って、やっぱり厳しいんだね……。
「ならうたのんは今までこの子達の事は何て呼んでたの?」
「あなた…とか、そっちの子…とか? 大体これで通じてはいたんだけど……」
まぁ、そんなのだろうとは思ってた。今までうたのんの呼び方がそんな感じだったし、うたのんはうたのんだから、名前を呼ばなくてもうたのんらしく接していけばそこに問題なんて無いようなものだから。
でもこうして私が指摘したからか、うたのんは腕を組んで目も瞑ると、う~~んとうなり始めた。
うたのんもこのまま曖昧なのも嫌になったのだろう。信頼している相手でもあるんだし、名前を呼ばないっていうのもおかしな話。ただしそれが分かる手段も無いわけで。
「……………はっ!? ピッカーーンと閃いた!」
何かを思いついたのか高らかに声を上げるうたのん。開かれた両目はつい今の言葉を保証しているかのようにキラキラ輝いていた。
「この子達って使い魔でしょ? ということは…………ねぇみーちゃん、使い魔って英語で何て言うんだっけ?」
「英語? というかそれをうたのんが振らないでよ……いつも英語使ってるくせに」
「普段使い魔なんてワードは使わないでしょー!」
「それはそうだけど、じゃあ尚更私が知ってるかどうか怪しいでしょ……まぁ携帯で調べたら良いだけなんだけど」
とりあえず携帯を開いて、「使い魔 英語」で検索してみた。ページの一番上にはお目当ての単語が表示されて、うたのんは何を思いついたんだろうって思いながら、それを読み上げる。
「使い魔は英語でfamiliar……ファミリアだって」
「なるほどファミリア! 聞いた事がある気がする!」
「あ、でもこれって小動物とか精霊とか、そういった人型じゃない見た目の場合って書いてる」
注釈に気付いてそれも伝える。どう見ても人型だから、ファミリアって言うんだったらむしろこの子達じゃなくて、猫型の精霊のエイミーちゃんを指すだろう。
となるとより適している物は……類語の中から確認して、それらしい物をうたのんに伝える。
「若干意味は変わっちゃうけど、召使いや僕従で意味でservant……サーバントってのも一応は当てはまりそうかな?」
「フムフム、サーバント……オッケーみーちゃん、ありがとう!」
納得したようにうんうんと頷くと、うたのんは私似の使い魔の体を、小さい子に高い高いするみたいに持ち上げた。そして……
「これからあなたの名前はサーバントみーちゃん……略してサバみーちゃんよ!」
…………新しく、変な名前を付けた……。
「サ……サバみー………」
……えっと、つまり、そういうこと……? 名前が分からないなら、こっちで判別できる名前を付けようと思ったってこと……。
理に適ってはいる……んだけど………サバ…って……
「他の子達もイカしたナイスな名前付けてあげる♪ そっちの子、リアクションややんちゃっぽさが球子さんっぽいから……」
「ま、待ってうたのん……! サーバントだからサバを付けるだけって、安直すぎだとかそんな次元の話じゃ……」
勢いに乗ったうたのんは……止まれない……。
「あなたは……サバ子!」
「サ バ 子!!」
苛められてもおかしくない名前に仕上がってしまった……! 今時そんな名前を付けられてしまうだなんて可哀想でしかないよ!
「サバ子にベッタリのあなたは杏さんみたい♪ そういうわけで、あなたの名前はサバ島よ!」
「サバ島ぁ!!? 酷すぎて名前って言って良いレベルじゃないってばぁ!!!」
「それからこっちが友奈さんそっくりだから………高嶋……友奈………………サバ嶋!」
「被っちゃってるよ!! サバ島と!!」
そこはサバ奈でいいよね!? って違う違うそうじゃなくて!!
「ストップうたのん!! 一旦ストーーッ」
「う~ん……みんながみんなサバっていうのもアレね……。一人ぐらい鯖じゃなくて蕎麦に……って、みーちゃん?」
頭の中で光が現れて……それが明滅する。明るくなり、暗くなり、そして、光の中でその世界を色付けていく……
これは…………神託だ……。
神託を受けて、それを正しく読み取るのには巫女の中でも個人差がある。人によっては神様の些細な思念をも受け取れたり、一つの神託から複数の物事を把握する事が出来たり。
人によって神託を受け取る能力は得手不得手がはっきりと現れる。例えはまどかさんは前者。ひなたさんは後者に当たる。
そして私は、他の巫女の人たちよりも視覚的に神託を捉えやすい体質なんだとか……。視覚的に捉えやすいというのはつまり、ぼんやりとした形の物でもそれが他の人たちよりもより正確に近い形で読み取れるというもの。
今回の神託で映し出された光から、私にはある形と色が見えた。
身に覚えがある明るく、気高い清廉な青色
「………ッ!!?」
それが、漆黒に染まっていく。
「若葉……さん……!?」
◇◇◇◇◆
来訪者は何の前触れもなくそこに現れた。思いがけないその姿に、彼女は驚きの声を漏らす。
「お前……」
長く伸びた、傷んだ髪に遮られ、俯いている顔の瞳までは見れない。だがしかし、その全身から伝わるおどろおどろしい負の感情は隠せるものではなかった。
「ここに来る前に見てきた。おかしいと思ったから……それが、こんな事になっていたなんて」
来訪者が口を開く。それは彼女が久しぶりに聞いた声。初めて聞く、憎しみだけに彩られた怨嗟の声。
「あなたが知らないなんてことは無いはずよ……リーダー」
それがこの場にいる彼女にのみ突き立てられる。怒りを向ける理由は充分だ……来訪者は、あれが、目の前の女の怠慢であると思うしかなかったのだから。
「答えて、あれは何?」
一言一言に怒りを乗せ、彼女は……
「土居さんと伊予島さんの有様は……! 高嶋さんのあの大怪我は!!」
郡千景は、乃木若葉の胸倉を掴み上げた。
そう、同じ勇者である3人の見るも無残な姿に……リーダーという立場でありながら、彼女にとって大切な者を守れなかった乃木若葉に、怒りの矛先を突き付けていた。
だが、若葉の表情は少しも変わらなかった。その代わり、彼女は千景に問いかける。
「……私もお前に、訊きたいことが…ある。屈辱的な体…験を……蒸し返すことになる、だろうが……」
「……なによ」
「暁美ほむらとの戦い……お前はどのようにして戦い、敗れたんだ?」
「ッ!!!」
次の瞬間、千景は悪鬼の如き形相を浮かべ、胸倉を掴んだ左手を離すと同時に若葉を突き飛ばした。
……幸いここは、若葉が入院している病室。そして千景がそのままずけずけと中に入ってきたのだから、元から若葉がいたのはベッドの上だ。突き飛ばされてもベッドの上に倒れる若葉に、新たな怪我は生まれない。
一方、千景の方は今の若葉の言葉で……もとに戻る。屈辱と後悔によって刻まれた傷は、たった一人への憎悪によって覆い隠された。その憎悪の根幹を、たった今の言葉から掘り起こされた。
憎むべき、悪魔の存在。そして傷付いた自分以外の大切な存在……千景の中で今、その答えが繋がった。
「まさか高嶋さんは!!!!」
「………」
その言葉に若葉は何も返さない……だが、無言の空気がそれが事実であると千景に伝える。
真相が千景にも知れ渡る。この瞬間、千景にはこの場に留まる理由が無くなった。
彼女の心を包み込む、蘇る所か激しさを増す憎悪。先ほど他の病室で目の当たりにした、小さくはない傷を負って眠りに付いていた宝物……高嶋友奈。その下手人が彼女が今この世で最も憎み、存在をも許せない女が手に掛けた。
千景の心はもはや爆発寸前としか言いようがない。即座に踵を返し、彼女は復讐へと……
「……私は手も足も出なかった」
「!?」
若葉の言葉が千景の足を止めた。再び踵を返し、若葉を……この時になってようやく、千景は若葉の今の姿に気が付いた。
「無様な姿……だろう? 明らかな手心、加えられて掠り傷一つも付けられずに……負けた」
「あなたが……」
怪我人だ。千景は誰よりも知っていた……目の前の彼女が誰よりも強く、たくましい存在であるのか……だがこの姿はなんだ?
まるでミイラとまでは言えないが、似たようなものだ。全身のほとんどを包帯で覆われ、まっすぐ前を見据える瞳も片方を塞がれ、残ったもう片方も彼女らしい気高い光が全く見えない。
そして先ほどから口にする言葉もたどたどしい……外も内も、彼女はボロボロだった。あの乃木若葉が、暁美ほむらに敗れたせいで……。
「……お前は奴の顔に傷を、付けたそうじゃ…ないか……凄いな……」
「……馬鹿にしてるの? そんな物無意味なのと何も変わらない……あの女が未だこの世でのうのうと息をしている以上は」
「だが、今奴に仇討ちを挑んだ、所で……結果など目に…見えてる。奴の力が突出、しているのは…認めるしかない……のだからな」
「はぁ!!?」
若葉の姿は確かに千景をこの場に留めるに至ってはいるのだが、怨嗟は変わらない……それどころか、ますます強く……。
千景の頭の中には暁美ほむらの排除しかなかった。すぐにでもあの女の元へと向かい、深紅の大鎌で切り裂かなければならないと……
若葉はそれを、これまでの彼女を知る者にとっては信じられない暗い眼差しを以って制していた。
「諦めろと……!? あの屑をこのまま野放しにしても「奴を断罪するのは!!」……ッ!」
「今ではない……今は」
千景はその瞳の中に、底知れぬ闇を見る。
「千景……もしお前がその気であるのなら……それは私とて、同じだ。奴は……暁美ほむらは我々が歩み進み続ける世界と同じ場所に存在してはならない!」
「乃木さん……あなた……」
それはかつての乃木若葉からかけ離れている決意……
「お前の力を借してくれ、千景。あの外道を、暁美ほむらを討つ為に」
今の乃木若葉の、絶対的な正義が浮かんでいた。
【歌野命名使い魔名】
●●●→サバ子
◆◆◆→サバほむ
▲▲▲→サバ島
☆☆☆→サバ目
♧♧→サバみーちゃん
■■■→サバちか
***→サバ嶋→サバ奈(水都命名)