ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第八十話 「咎人」

 ガシャン!!と病室内に激しく甲高い音が響き渡る。

 花瓶が衝撃で割れた音……普通ならそうなるであろう床に落ちるよりも前に、猛烈な勢いで投げつけられたそれが人の顔面に炸裂した際に砕け散った……それ程までの力を加えられていた。

 

「っ! ……乃木さん」

 

 何をトチ狂ったのかあの女に肩入れしようとする発言には、激しい憤りも呆れも失望も、目の前の愚劣な少女を一瞬で嫌悪感を抱いて嫌いになるほどの感情の芽生えは私だって自覚した。

 だけど、こうなるというのは私も全く予想できていなかった。そのせいで一瞬燻りかけていた憤りが霧散してしまう。

 仲間想いで生真面目の権化たる乃木さんが、咄嗟に友達のはずの彼女に殺意に近い感情と暴力をぶつけるなんて……

 

「貴様は……ッ! 貴様等は……!」

「……流石に、あなたらしくないわね……」

「……うるさい…! これで…冷静でいろとでも、言うつもりか…!?」

 

 思わず私の口からこぼれ落ちた言葉にも、荒れた感情を込めて反応する。いつもとは全然違う、乃木若葉という少女とのギャップに何とも言えない感覚を感じてしまうが……。

 

「まさか……そっちよりも驚いたし理解できなくて気持ち悪いし、吐き気もするのはこっちの方だもの。……ねぇ、白鳥さん」

 

 警戒を強め、威圧の視線をそっちに向ける。乃木さんらしからぬ行動に驚いたものの、それは当然の怒り。私にもよく分かる……現に一瞬だけ抜け落ちてしまった憤りが、胸の内でふつふつと沸き上がっているのだから。

 

 破片と共に入れらていた水が飛び散り、それを顔中に浴びた白鳥さん………いいえ、こいつも暁美ほむらと同様、もう敬称を付ける価値は無いだろう。

 こいつはしばらく前から勇者装束を常に身に付けているらしい。だからぱっと見凄惨なガラスの投擲を受けても、状況説明の言葉とは違って怪我はほぼ無いようなものだろう。

 それでも真っ赤な血は花瓶の水と混じって滴り落ちる。割れた破片はその顔を浅く小さくではあるけど切り裂いているし、数ミリだけ顔に突き刺さった細かいのもあるからだ。

 

「……プリーズアンダスタン……なんて今は言うつもりはないわよ、千景さん……言えるわけがないしね」

 

 そんな最中白鳥歌野は少しも動じず、落ち着いた声を私に掛ける。次いでさっきまでと全く変わらない図太く腹立たしい目付きのまま、真っ直ぐな眼光を乃木さんに突き付ける。

 

「……っていうかビシャビシャ……冷たいわ若葉。私のフェイスもあなたのハートもどっちとも」

「……………」

「いちいち下らないダジャレを挟むんじゃないわよ…! 人をおちょくるのもいい加減にして頂戴……!」

「うぅ、千景さんのワードもコールド……ううん、そりゃあまぁビンタか精々グーパンチの一発くらいは覚悟していたけど、顔面に花瓶をスローイングはデンジャラスすぎる……」

「いい加減、黙れ鬼畜が…! 白鳥歌野を騙る不届き物が…!」

 

 私も乃木さんも、憎悪に顔を歪めていた。その腹立たしいまでに堂々たる態度が、こいつの気持ち悪さを強調していたから。

 

「最初、からか……!? 四国に現れた、あの日から貴様等は、我々を騙していたのだな……!?」

「……若葉? 騙すって、あなた何を言ってるの?」

「……っ! おかしいと、初めからそう思っていた……! あの状況で、諏訪の人々が救われる奇跡が、都合よく起こるなどと……!!」

 

 けれども乃木さんの溢れ止まない憤怒は、私の物と比べるのもおこがましいと感じる他ないほどで……。はっきりと見えた右眼には恐ろしいほどの感情が渦巻き、血を垂らすほどの唇の噛み締めだってそれを強く物語る。

 

 ……騙る……って、乃木さんは今、そう言った…?

 

(……偽物?)

 

 ……ひょっとして乃木さんはそう考えてしまったのだろう。目の前の女が乃木さんにとっての友達、白鳥歌野の偽物だという可能性。

 言い換えて、これまでのおそよ2か月間、私達と行動を共にしていた目の前の白鳥歌野が本物ではないという可能性……。

 

(……ありえなくはない話だけど、本当にそうなのかしら……ただ……)

 

 現時点で真偽をはっきりさせられるかは兎も角としてだけど、仮にそれが事実だとした場合……いいえ、乃木さんの頭の中では既に事実になっているであろうが。そんな風に終始彼女を欺いていた存在など、乃木さんの中ではたった一人に限定されるはず。

 

「よくも……っ…! 白鳥…さんを……! 私達の、友情を……コケに……!!」

「…………もう歌野って、名前を呼ぶ気もないのね……」

「っ!! 黙れぇえーーーッ!!!!」

 

 その喉の奥底から病院全体に轟く咆哮。

 怒りと憎しみの果て。絶望に染まった強い衝動に駆られるままに彼女は叫び、血の涙を流す。

 

「ああああああああああッッ!!!!」

 

 ベッドから勢い良く飛び出し、乃木さんは先ほどまで私が座っていた椅子を持ち上げ、そして……

 

「……っ」

 

 聞くに堪えない鈍い音を発し、椅子は白鳥歌野の顔へと叩き付けられた。

 白鳥歌野は悲鳴を上げない。抵抗も、身を守ろうともせず、椅子の一撃を無防備に顔へと受けた。

 

「はぁ……!! はぁ……!!」

「…………若…葉…」

 

 乃木さんが肩で息をする。加減を知らない、怒りと憎しみのままに叩き付けた椅子は白鳥歌野の顔を潰してしまったかと思えるほどだったが、残念ながらそれはこいつが普通の人間だったらであればの話。白鳥歌野は殴られはしたものの、少し仰け反っただけで痛みに呻きもしない。

 

「…………馬鹿じゃないの……勇者装束を着ている相手に、そんな攻撃なんか効くはずがないのに……」

「……!!」

「……睨みつけないで頂戴」

 

 まるで野獣のように誰彼構わず牙を剝く乃木さんに、私は溜め息交じりに声を掛ける。

 怒りに狂っているからとしても、こんな有様の乃木さんの姿や立ち振る舞いは、私の中の乃木若葉という馬鹿みたいに真っすぐで、義理堅くて、強くて……融通が利かなそうなのはある意味いつも通りではあるが、今の彼女はあまりにもかけ離れている……。

 

(…………本当に……らしくない)

 

 彼女の怒りや憎しみは全て理解はできるけど、何故だか眼前のそれを受け入れることは……難しかった。

 

「……若葉、そんなバイオレンスはもうやめて……」

「………何が、バイオレンスだ……! 一々癪に障る、ふざけた外国語を無駄に挟むたびに、本物の白鳥さんを愚弄していると分からんか…!? その無駄な口を永久に閉じるがいい!!」

「っ!?」

 

 かつて友達であると信じていたはずの存在……今はそれを猛烈に否定し、ここで出会う前の、声のみの存在を正とする。

 その声でさえ、乃木さんはまともに聞いているのか怪しいとしか思えないのに……。

 

「……お願い……一度だけでいいから、私の話を聞いて!」

「白鳥さんを……愚弄するなぁあッッ!!!!」

 

 再度乃木さんの両手で掴まれた椅子が弧を描き、頭部に激しく打ち付けられた。

 ……だからその程度、今のこいつにとっては精々ドッジボールで子供用の柔らかいボールを当てられたのと大して変わらない衝撃でしょうに。

 

「………非常識な事を言ったって自覚はあるの。今すぐにあなた達にも分かってほしいとも……思ってない……!」

 

 ……故に、耳障りな声は性懲りもなく紡がれる。

 

「でもっ! 話す前からイヤーを塞がれたら……! 私は何も伝える事なんてできない……! ……話し合いましょう、若葉……? 離れていても心はコネクトしていた、あの時みたいに……」

「それ以上、口を開くなぁあーーッッ!!!!」

 

 再び振り上げられる椅子…………もう、見るに堪えない。

 

「乃木さん、退いて」

 

 それが振り下ろされる前に左手を伸ばし、乃木さんの襟を摑んで力任せにベッドの上に引き倒す。

 

「く、ぅ……!」

「……千景さん……」

「千景ッ!!? 何故ッ!!?」

 

 彼女の手から離れた椅子が音を立てて床に倒れる中、乃木さんは憎悪の中に理解できないと、邪魔をしないでほしいと黒い絶望が滲んだ瞳を。白鳥歌野は突然庇われたことに対してなのか、予想外の事態にポカンと呆けた表情を向けてくるも………ふざけるなとしか思えない。

 今の乃木さんを見ていると心底嫌な気持ちとイライラが湧き上がる。花瓶や椅子なんかで無駄な反抗を繰り返す様も、怒りに狂う様も……とにかく乃木さんの言動にモヤモヤする何かを感じるのは事実だが、彼女の胸の内にあるたった一つの心境は同意できる。

 

 私もこいつを擁護したいと思う気は毛頭ない。反吐が出る。

 

「話すって、何?」

 

 病衣のポケットから取り出すのは、私達の強力なる武器。電源を入れるだけでそこに表示されるアイコンに左手の人指し指を当てるのと同時に、この身があの屈辱の日以来となる神の衣に包まれる。体中に目の前の裏切者に並ぶ力が漲り、その力と憤りを込めた右足をそいつの腹部に叩き込んでやった。

 

「っがっ…!」

「暁美ほむらの仲間だって言いきったあなたと、いったい何を話せと言うの。そうでしょう乃木さん?」

「! ……ああ」

 

 先程花瓶や椅子をぶつけられても呻き声一つ上げずピンピンとしていた白鳥歌野が今度は苦悶の声を上げて、その勢いそのまま背後の壁に背中を打ち付ける。今日初めてダメージらしき衝撃と痛みを受けて尻餅をつくそいつを見下ろして吐き捨てるように言ってやった。

 

「く…つぅ……! 千景さん……あなたまで……」

 

 白鳥歌野の必死な面持ちが、ついに驚きと困惑で染まり始める。そのタイミングで扉の外側から聞き覚えの無い、慌てた様子の声が強めのノック音と共に聞こえてきた。

 

「の、乃木さん、何かありましたか……!? 先ほどから部屋の中から叫び声や激しい物音みたいなのが聞こえてくるんですが……!」

「…………チッ」

 

 ……やっぱりここじゃ場所が悪すぎる。この人はたぶん、この病院の看護師とかだろう……。そりゃあこんな騒ぎがあれば何事かと聞きに来るに決まってる……。

 

「……すみません、お騒がせして……なんでもないです」

「なんでもないって……いや、でも……」

「ただ大きな虫が外から入り込んでしまって、それで彼女がパニックになって慌ててしまっただけだから」

「虫……ですか……?」

「ええ。気持ち悪い大きな虫が……とにかく大丈夫なので、放っておいてください」

「…………は、はぁ……」

 

 そう言って乃木さんに、少しは気を静めろとの意を込めた視線で一瞥する。彼女は何も言わなかったが、この場では下手な事が出来ないと悟ってしまい射殺さんばかりに白鳥歌野を睨んでいた視線の圧が余計に強まった。

 部屋の外にいる人が戸惑いながらも離れていくのだろう、足音が聞こえなくなったタイミングで再び、尻餅を着いたままこちらを見上げる白鳥歌野を蹴りつける。

 

「あぐっ……!」

 

 横に倒れた白鳥歌野の顔を上から踏みつけて、身動きを封じる。

 それでも……その瞳の中には困惑や焦りはあるけれど、確かに見える光は一直線にこちらに突き付けてくる。

 

「……まったく。本当だったら即刻この場で斬り捨ててやりたいところよ。公衆の場で、いつ人が近くを通るのか分からないこんな病院の中でさえなければすぐにでも」

「……デンジャラスが、過ぎるわよ二人とも……! 確かに私は、暁美さんをフォローするんだって言った……それがあなた達が気に入らない事だって、初めから分かっていながら……」

「フン、本当にタチが悪い……」

「う、く……だけど私は……! 私は仲間を……暁美さんをビリーブしているだけなの!! 友達を信じたいと思うのはネバー、間違った事なんかじゃないでしょう!?」

「……乃木さん、あなたの刀を貸してもらえないかしら。完全に敵よ、こいつは」

 

 潰すように踏みつける力を強くしても、なかなか揺るがない。大葉刈を私の病室に置いてきたままだったことを悔やみつつ、また一つこの女に対する敵意を強く募らせる。

 訳が分からない。意図が全く読めない。気持ち悪い。暁美ほむらに肩入れする姿勢が。それを私達にも押し付けてくる気しか読み取れない覚悟が、心底憎たらしい。

 

「私があなた達のエネミーになるなんてありえない!! あなた達だって、私にとっては大事な仲間で──」

「……仲間……だと!?」

 

 ドスの利いた乃木さんの声が、白鳥歌野の戯言を遮った。

 

「……この期に及んで……まだそんな事を、ほざくのか……! 散々我々を、欺き、続けた貴様が……!! 白鳥さんを、装う貴様が……! その言葉を言えずに、果ててしまった彼女の無念を……それを、私の前で語れるというのか貴様はぁ!!!?」

「……乃木さん、叫ぶのは止めて。また面倒なことになる」

「わ、若葉……? ……あ、欺くとか装うとか、若葉あなた、さっきからいったい何を言ってるの……!?」

 

 戸惑う白鳥歌野の反応………これはまあ無理からぬこと。乃木さんは完全にこの考えに囚われてしまっている。

 彼女が信じた友達が、仲間を死の淵ギリギリまで追いやった憎むべき敵の味方をするはずがない………故にこいつは敵で、その敵の言葉は須らく嘘八百だと。

 

 皮肉なことにその“友達”の本当の顔も見たことが無かったのだから、彼女はこの現実だけを見て結論に辿り着いてしまう………真偽の程はどうあれ。

 

「……乃木さんはね、こう考えているのよ……あんたはもうとっくに死んでしまった諏訪の勇者、白鳥歌野の名前を騙って現れた偽物。暁美ほむらが私達の中に送り込んだ、スパイだって」

「死んだ……ス、スパイ……?」

「もし本当にそうだとしたら、彼女の死んだ友達の名前を騙る奴を送り込むなんて、やっぱりあの暁美ほむらは真正のクズだったとしか言いようがないわね」

「なっ!? ち、違う…! 私は……!」

「……私にとっては、別に本物か偽物かなんて、どうでもいいけど」

「ぐ、ああああ……!」

 

 ぐりぐりと足を捻り、空っぽな脳みそを入れた頭を床に強く擦りつけさせる。そう、どうだっていい。本物だとしても偽物だとしても、暁美ほむらの味方だというのであればそれは私の敵なのだから。

 でも、一応残念だとは思っているわ。コイツが度を越してバカな考えを持っていなかったら、暁美ほむらを葬る作戦の幅が広がっていたのに……。

 

「……それで、結局どうするの乃木さん? 暁美ほむらの味方を宣言したコイツに色々聞かれていたわけだけど」

「…………偽物とはいえ、ここは、公共の場だ……斬り捨てることなど…できん…!」

「……ッ!?」

「だからって、このまま追い出すわけにもいかないでしょう?」

 

 あの女に告げ口でもされたりしたら高嶋さん達にも危害が及ぶかもしれないんだし、コイツの口は徹底して塞がなければいけない。なのに下手に痛めつけることすらできないなんて実に腹立たしい。

 これ以上高嶋さんが奴の毒牙に触れることなどあってはならない……大切な物をこれ以上穢されてしまえば、気が狂いそうになる。

 

 そうさせないために…………大切な物…………ああ、そうだわ。実に単純明快な手段があるじゃない。

 

「……乃木さん、藤森さんを呼び出してみれば? ここに」

「なん……ですって……!?」

「水都を…? ……いや、そうだな……」

 

 高嶋さんを危険に晒すなら、こいつにとっても相応の痛みを突き付けるだけ。

 

「このシチュエーションでみーちゃんを呼ぶなんて、私への人質のつもり!!? 馬鹿言わないで千景さん……!! それは…いくらなんでもライン越えよ……!!」

「その反応………やはり、あいつも偽物か……!」

「さあ……少なくともこいつにとっては無視できない存在だってのは確実ね」

 

 そっちの方の思惑が私達寄り、白鳥歌野だけの独断専行だとしても、多少こちらの心が痛むだけ。それでも高嶋さんを守ることに繋がり、白鳥歌野を黙らせられるのなら、彼女の身が多少傷を負うことへの罪悪感ぐらい余裕で釣り合う。そもそも全面的に悪なのは目の前のコイツと暁美ほむらなのだから。

 それにそもそも、藤森水都も白鳥歌野と同じ考えを持っている可能性だってある。使い潰すなら丁度いいタイミング。

 

「なんてことを……! そもそも暁美さんに告げ口なんてデンジャーな真似、するわけがないでしょう!? 昨日のナイトメアのリターンじゃない!!」

「どの口がそれを」

「信じられる訳が、ないだろう……! いい加減にしろ、貴様……!」

「…………若……葉……!」

「貴様の言うことなど……存在など……何一つとして信じられる物か!! 人を愚弄し見下す…咎人共がァ!!!」

 

 激昂する乃木さんに白鳥歌野も押し黙る。憤怒に染まった吐息、眼差し、そして……殺意。

 

 これでも終始ふざけたことをのたまい続けるそいつをこの場で斬り殺してしまわないよう、必死で自分を抑えているのがわかる。

 

「言の葉を聞いてやる必要が、どこにある……!? 何をどう言ったところで、貴様等が犯した罪が消えることはない! 決して!!」

「……ニーズはあるって、決まり切ってるでしょ……!?」

「否定する……否定してやる……!! 私は暁美ほむらの全てを否定してやる!!!!」

「私達はまだ!!暁美さんと何も話し合えていないじゃない!!!!」

 

 平行線でぶつかり合う、噛み合うはずのない双方の叫び。

 自分自身を見失いかけている迷子の喚き。理解できない異常者の喚き。

 聞くに堪えない不毛な論争……それは、終わる。

 

 

 

 

 

 

「乃木さん! 白鳥さん!!」

 

 黒髪を靡かせた来訪者が、扉を開いたことによって。

 

「……!!? きさ……いや、違う……!」

「……っ、郡さん、どうして変身して白鳥さんを踏みつけて……!」

「…………説明を聞けば分かるわよ……ほむらさん」

 

 息を切らせて病室に飛び込んで来たのは、蚊帳の外の勇者……その後に続く、

 

「う、うたのん……!!? 千景さん!!?」

 

 この女の、巫女の悲鳴。

 

「ッ、だああっ!!!!」

「しまっ…がはッ……!?」

「千景!!」

 

 その悲鳴の根本を断つがために、これまでほぼ無抵抗だった足元の白鳥歌野が瞬間、勢いよく頭を振りぬいて抜け出し、そのまま一気に私の腹部に頭突きを喰らわせた。強烈な衝撃で私の身体は吹き飛び、テーブルを巻き込んで床に倒れ込む。

 

「う……く……!」

「ごめんみーちゃん!!」

「えっ……きゃあっ!?」

「っ待て!! 逃げる気か!!!」

 

 暁美ほむらとその使い魔にやられた傷にダメージは無いものの、不意の直撃のせいでうまく立ち上がることはできなかった。抜け出した白鳥歌野はそんな私に目もくれず、瞬時に扉の元まで駆け出してそこにいた藤森水都を勢いそのままに抱きかかえる。

 さっきの事でそっちの方にも疑いの目を掛けられたからか……今の乃木さんなら問答無用で藤森水都に手を出すだろうから、それから彼女を守るために……

 

「くっ……! 若葉ッ!! 千景さんッ!!」

 

 最後の最後に、白鳥歌野は部屋の外に出るのではなくこちらを振り返る。色々な感情が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになった顔をまるで縋りつくように見せてくる。

 

「あなた達が暁美さんに向けるアングリーな気持ちが間違ってるなんて言わない!! 誰だって大切な物が傷つけられたら怒るのは当然だもの!!」

 

 そんなもので、私達の心は変わらない。同情の余地は無く、慈悲の心も無い。乃木さんも、私も、目を逸らさず……怒りの眼差しをぶつけたままでいた。

 

「でも!だからって!ただの復讐なんて簡単な道にエスケープをするんじゃ何も解決しない!! 遠くにあるゴールだけを見て、そのプロセスを無視したところで、本当のゴールには辿り着けないに決まってる!!」

 

 

 

 

「……遠くばかりじゃない、もっと近くをルック……それを、忘れないで」

 

 最期までそんなふざけたこと言い残し、白鳥歌野は藤森水都を抱えたまま走り去っていった。

 

「くそっ、逃がすか!!!」

 

 乃木さんはすぐさま変身して後を追おうと、棚の側に置いてある携帯に手を伸ばす……だが、

 

「っ……! 駄目……!」

「なっ……!?」

 

 ここに現れてから今まで状況について来られていなかった彼女が、動く。乃木さんの白鳥歌野に対するあからさまな殺意が、まだ奴の仲間だと思っている彼女を動かした。

 脇目も振らず乃木さんの前まで駆けつけたほむらさんは、携帯を掴んだ乃木さんの腕を掴んで抑えつける。乃木さんは苦虫を嚙み潰したような顔になりながらも、全身を負傷している今の彼女にほむらさんを振りほどくまではいかなかった。

 

「ほむら、お前……!」

「乃木さん、説明してください……! さっきからこれはどういうことなんですか!? 白鳥さん、顔から血を流していた……乃木さん、郡さんも!!仲間なのに何をやっているの!!?」

「そんな場合では、ない!! 手を離せ……! 奴を暁美に、接触させるわけには……!」

「暁美……!?」

 

 その名を耳にして、ほむらさんの表情が一瞬驚きの色に染まった。手は離さなかったけど、その不吉な名前から何かを読み取ったのかそのまま押し黙る。

 数秒間の沈黙が訪れるが、その静寂をまたも彼女が打ち破った。

 

「…………それでも、今の乃木さんを白鳥さんに近づけさせるわけにはいかない……! もちろん郡さんも……!」

「ふ、ふざけているのか……!? まさか、お前ま「私が白鳥さんを追う!!!! それで文句は無いでしょう!!!?」」

 

 ……今までに彼女の口から聞いたことが無いほどの声量と剣幕で、ほむらさんが乃木さんの言葉を遮った。

 そのまま乃木さんの手を離し、彼女が口を開くよりも早く、有無を言わさず彼女は病室から飛び出していって……ここには私達二人が残された。乃木さんは呆けて彼女達が出て行った廊下の方を眺めていて……。

 

「…………乃木さん……あなた今何を言いかけたの?」

「…………」

「……まさか、お前まで暁美の仲間か?ってところでしょうけど、彼女の反応は何も知らない第三者なら当然の物よ。少しは落ち着きなさい」

「………………」

 

 その場で糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちて倒れこんだ。

 

「っ! の、乃木さん…!」

 

 あまりにも唐突で、一瞬で気を失ったのではないかと錯覚してしまうほどの脱力ぶりだった。慌てて私も駆け寄って、彼女に寄り添うように座り込む。

 乃木さんは……

 

「…………と」

「え…?」

「…………る、な……! ふ、ざけ……」

「…………」

 

 震えていた。ボロボロと絶え間なく、大粒の涙をこぼしながら。

 

「にせ物……だった、などと……ふざけ……るな……!」

「………乃木さん」

「う…うぅ………白鳥…さん……白鳥さん……!」

 

 あまりにも哀れで、痛々しくて、見ていられない姿だった……。こんな姿で泣きじゃくる乃木さんの姿なんて、初めてで……。

 彼女の中で、あの白鳥歌野は偽物だった。それは即ち、乃木さんの友達の白鳥歌野はもう、この世にはいない……そんな式が成り立ってしまっているのだろう。少なくともあの白鳥歌野は乃木さんを裏切り、敵となった。その裏切られた怒りをとことん叫び、ぶつける物が無くなってようやく切れてしまったんだ……。

 

 嘆き悲しむ気持ち、目の前の現実に対しての怒りと憎しみを叫ぶだけの有様。悲痛を通り過ぎてその咽びが、私の耳にもじわじわと響いていた。

 その時、私の胸に何かが突き刺さるような感覚が……その感覚によって、ふと、あの時の言葉が脳裏を巡った。

 

 ───大丈夫だ、私は

 

 それはあの日、まどかさんの二人の友達が命を落としたと思われた日……。他ならない乃木さんが、気を遣う高嶋さんや私達に言った言葉。

 

 ───私がすべき事は何も変わらないんだ。白鳥さん達が生きていたとしても、死んでいるのだとしても……これから私達は戦わなければならない

 

 彼女らしく憎たらしいほどまっすぐ前を向いていて、まどかさんと同じ痛みを背負っているなんて素振りを見せなかった。

 

 ───託されたんだ。白鳥さんから、後は頼む……と。ならばこの私が、こんな所で迷うわけにはいかないんだ

 

 

 

 ……あんな事を言ったのに、今は……こんなにも弱弱しい姿を、私の前でさらけ出して……

 

 

 

 そんな情けない姿で、暁美ほむらを消すことができるとは思えない。

 こんな乃木さんの姿は実に気に入らない。ムカつき、怒りさえ覚える。だから私は……情報を繋げ合わせた。

 

「…………もしもの可能性……だけど」

「…………」

「……あれは、あの白鳥歌野は偽物じゃない…かもしれない」

「…………」

 

 一瞬ぴくっと肩が動いた。だがそれ以外は、それ以降は無反応。舌打ちを飲み込み、続きの言葉を紡ぐ。

 

「……聞いてるの?」

「…………」

「ったく………落ち込むのは勝手だけど、人の話を聞かないんじゃ一人で喋り続けるこっちがバカみたいじゃない。あの女が本物の白鳥歌野だって、考えられなくはない?」

「……………だまれ…」

 

 仲間を裏切ったあの白鳥歌野は本物……それは彼女の中の白鳥歌野を愚弄するようにも聞こえたのだろう。怒りを纏った言葉が彼女の口から洩れた。

 生憎だけど、私は乃木さんの考える白鳥歌野偽物説なんて、可能性は低いと思っている。だから彼女の中の本物であろうとも、むしろ貶されて当然よ。

 

「そもそもの話、元々あなた達が知っていたのだって通信機越しの声だけでしょう? 名前を騙ったって嘆いたところで、あいつが偽物だって何も証明もできないでしょう」

「それ以上言──!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「洗脳されている可能性」

「……!!?」

 

 情報を繋ぎ合わせて浮かび上がった仮説を耳にした彼女の顔色が変わった。

 

「あなたが私に教えてくれたんでしょう? 昨日高嶋さんは、暁美ほむらに樹海化から前後数十分間の記憶を一時的に消されてしまったって……暁美ほむらには時間停止の他にも、他人の記憶を抹消できる馬鹿げた能力があることは、あなたも知っているでしょ」

 

 悔しいし憎いけど、奴の力は底が知れない……だけど、考えるだけなら誰にもできる。

 

「でも……もしもその能力の本質が記憶の抹消ではないとしたら?」

「どういう…ことだ…?」

「抹消なんてただの能力の使い道の一つ、本当は消すだけじゃなく捏造した記憶を植えつけたり書き換えたりする、記憶操作そのものが能力だとしたら?」

 

 それに成否も、今はどうだっていい。この腑抜けの目を覚まさせてやれさえすれば。

 

「と言うよりもフィクションの界隈なら、ただ消すよりもそっちの能力の方がメジャーよ」

「記憶操作……」

 

 なんでもかんでもフィクションで例えるのは馬鹿馬鹿しいとは思うけど、得体の知れない奴の能力を推し量るのなら多少高く見積もっておいた方が後々安全だろう。それに実際記憶を操った力を使っている以上、私の頭の中では色々な能力のパターンを考えられる。そこから大きくかけ離れるような力というわけでもまずないだろう。

 

 ……とにかく、今はただ繋がればいい。奴を消すための意欲に。

 

 

 

「……歌野は、水都は、実は本当に生きていて、操られているだけ……」

 

 その目には再び宿る、彼女らしくは無いけど、今は頼もしく見える闇

 

「……その可能性も、まだ半分半分ぐらいの確率で生きているでしょうね」

 

 

 

「暁美ほむらの息の根を止めれば、彼女達の洗脳は解除されるのか?」

「……さあね。やらない理由はないとは思うけど」

 

 乃木さんの瞳から、完全に迷いが消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんみーちゃん。しばらく私達は若葉と千景さんには近づかない方がいいかも……」

「そんなことより、うたのん怪我が…!」

 

 突然藤森さんを抱きかかえて、部屋どころか病院すらも飛び出した白鳥さんを、勇者システムのマップを使って人気のない路地裏で見つけた……。あの時の見間違えでもなんでもなく、白鳥さんのその顔には血や、細かなガラスが突き刺さって……とても痛々しくて……

 

「こうなるってアンダスタン……だったけど………」

 

 壁に背中を預けると、崩れるようにそこに座り込んだ……。立てた膝に、顔をうずめて……

 

「はぁ~~~~あああぁ~~~………キッ…ツ」

 

 その声はとてもか弱くて、震えていた……。




 主人公の暁美さんが作中名前だけしか出てこず、最後に本人が登場したのが1年以上前だってうっそだぁ!
 ………………次回は出ます。1年以上ぶりに……。
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