ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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 デジタルお絵描きに夢中になっていました……大変長らくお待たせしてすみませんでしたァ!!!!


第八十二話 「本当」

 降りしきる大雨が全身を叩いている事なんて分からなくなるくらい、わたしは息を切らしながら無我夢中走っていく。

 元々体力なんてものはわたしには全然無いし、洋服も靴も雨を吸い込んで全部がぐしょぐしょで重くなっている。わたしの背中でぐったりしている、彼女の体もそれは同じ。

 

「はっ…はっ……う…くぅ……はぁ…はぁ……」

「………フゥ……フゥ……」

 

 それでもわたしの足は止まらない。頭の中でだって、考え事は何も浮かばない。とにかく早く……とにかく急いで……愚直に前に向かって走るしかなかったんだ。

 

「あと少しでっ、着くから……! 頑張って!!」

「………」

 

 わたしの服がか弱い力で握られる。声は無かったけど、どうやら彼女の意識は今は残っているようで反応してくれた。

 きっとまだ大丈夫……

 

 そうして走り続けて、ようやくわたしの家が見えてきた。飛びつくようにドアノブを掴んで捻ろうとしたけど、固くて回らない。そりゃあ、まぁ、当然の事ながら鍵が掛かっていたから……ハッとして、わたしはとんでもない事に今更ながら気づいてしまう……。

 

 ……し、しまった……家の鍵やスマホを入れたバッグ、さっきのドタバタで落としてしまって、あそこにまるまる全部放置したままだ……

 

「っ、パパ!! まどかだよ!! 鍵を開けて!!!」

 

 扉を叩きながら、きっと家の中にいるであろうパパに向かって大きな声で叫んだ。

 激しい雨は絶え間なくわたしに、背中の彼女に容赦なく叩きつけられる。早く開けて……早く……そんな祈りを込めて、焦るままにひたすら扉を叩き続けた。すぐに内側からドアノブが動いて、

 

「ま、まど……なっ!!? ほ、ほむら!!!?」

 

 パパはまず最初ずぶ濡れなわたしに驚いて、彼女に気づいた瞬間血相を変えた。血は大雨によって粗方流れ落ちただろうけど、完全に生気の無い今の彼女は誰がどう見たって大丈夫だなんて思えない。突然目の前の家族がこんな姿でいたら、そうなっても仕方がないし、わたしだって同じ反応をするだろうけど……

 

「どうしたんだい!? いったいなにが……!! ほむら!!!」

「ま、待って……違うの……この子はほむらちゃんじゃ、なくて……」

「………ほむ…ら……よ……わたし…は…」

「そ、そうだけども……」

 

 一応、か細いし息も絶え絶えだけど、わたし達の会話が聞こえて声を出せるくらいには大丈夫っぽい……。思ってた以上に命に別状はないのかもと考えつつ、困惑するパパの目を見て、伝えた。

 

「暁美さん…なの……」

 

 困惑していたその目から、信じられないといった目に変わる。

 

「……………な、なんだって……? ……こ…この子が……」

 

 暁美さんの姿がほむらちゃんと瓜二つだって事は前に話していたけど、それでも聞いていたのと実際に見るのとでは衝撃は全然違ったのかもしれない。

 でもそれ以上に、得体の知れない、害を及ぼす危険な存在としての警戒心が出てきていたに違いなかった。昨日暁美さんがやった事、それ以前にやった事、パパとママには話してしまっていたから……。

 

「ほ、本当に何があったんだい、まどか……!?」

「わ、わたしにも、よく分からなくて……でも、」

「……と、とにかく中に入って! タオル持ってくるよ!」

「う、うん…!」

 

 それでも踵を返して浴室の方に走るパパ。わたしも玄関に足を踏み入れて、残った体力を振り絞って扉を閉めようとした、その瞬間、黒と白のふたつの物体が飛び込んで……うぇっ!?

 

『…………!!』

「っ、きゃあっ!? あ!」

『!?』

 

 突然の飛来に驚いて、足が縺れて倒れてしまう。背中に背負ったままの彼女を下敷きに……

 

「……あ、あれ……? え、え……」

 

 ビリッ……って、電気が弾けるような音が一瞬聞こえただけで、倒れた衝撃や痛みなんてものは全くなかった。背中の暁美さんを下敷きにして衝撃を消した感じも全然無くて。

 でもわたし達は現に今、仰向けに倒れているわけで……足も床から離れていてというか、浮いて……

 

 肩に回している暁美さんの腕を解いて、ごろんとその場で横に回って……ゴトっと落ちた。

 

「へべっ!?」

『! ………?』

「いたた……変な声出ちゃった……なんなのぉ……あぇ?」

「……よけいな……事を……!」

 

 床と浮いたままの暁美さんの間に黒い影。よくよく見ればそれは体中の毛がぐしゃぐしゃに濡れてた、一風変わった感じの猫ちゃんで、

 

「え、エイミー……ちゃん?」

 

 何やら淡く光る、薄い膜のような壁のような物が暁美さん諸共包み込んでいた。エイミーちゃんは離れて、光が徐々に消え出すと暁美さんの体も落下することなくゆっくり下ろされる。

 

「……あ、これが、バリア……?」

 

 昨日友奈ちゃんが言ってたやつ……これを見て暁美さんを守るバリアがわたし達の転倒を防いでくれたんだって分かったけど、それよりもさっき閉めようとした扉に突っ込んできたの、この子だったんだ……。

 

「エイミーちゃん、暁美さんは……」

『………』

「えっ……あ、これ、わたしのバッグ…………拾ってきてくれたの……?」

 

 さっき一瞬だけ白く見えたのは、わたしのバッグで、この子がびしょびしょになりながらも取っ手に体を通して持ってきてくれたんだ……。それをわたしの前に置いて

 

「あ、ありが……うぅ、中身までびしょびしょ……ううん、助かった…………」

 

 その中には私の物では無い、携帯電話も一緒に入れられていて……指先が触れた途端、緩やかに淡く画面が点灯する。中央に蕾のようなアイコンが映し出されるそれは、みんなが持っているそれとは似て非なるもの。

 

「これ、暁美さんのスマホ……」

 

 触ってみた感じ、普通のスマホと違いは無いけれど、これは暁美さんだけが持っている、謎に包まれた特別な勇者システム。みんなよりも遥かに突き抜けた力を解放できる、暁美さんの…………みんなを傷付けた、力の根源。

 

「…………これが……こんなものが、無かったら……」

『………』

 

 …………やめよう。誰かを怨むような、こんな苦しいだけの考えなんて……。

 大体暁美さんが歌野ちゃんと水都ちゃんたち諏訪の人々を助けたのは本当のことで、この勇者システムが無ければ彼女達はもうこの世には居なかったかもしれないんだから……。

 

「出てくるなって……言った…!」

『…!?』

 

 苛立ちしか纏わられていない言葉が紡がれた。次の瞬間、明らかに無理やり体を起こした暁美さんが、乱暴に左腕を振り払ってエイミーちゃんを叩き付けた。

 

「なっ、なにをして…!!?」

 

 幸いなのか、弱りきった体で力はまだ込められなかったんだと思う……エイミーちゃんは最初少しだけふらつきながらもちゃんと動けて、そのまま浮かび上がって物陰に隠れた。

 でもこれは唐突で、理解できるわけが無い行動だった。エイミーちゃんは暁美さんと一緒にいる精霊……多分さっきのバリアもこの子がいたから使えて、暁美さんを守ったのかもしれないのに、到底受け入れられない酷い八つ当たりだとしか思えない……!

 

 批難するわたしの声に反応して、血走った赤く濁った瞳がこっちに突きつけられる……背筋が凍るような、冷たくて嫌な予感が……本能的に感じ取れた。

 

「……だ…駄目!!! 落ち着いて!!冷静になって!!!!」

「うる……さい……! あなたには関係ごブッ!!?」

 

 吐血した。わたしが感じ取った、嫌な予感そのままに。

 

「暁美さんっ!!?」

「…………ぅぁ……ぅ……」

 

 立て続けに口から零れる血が、ビチャビチャと音を立てながら床に落ちて拡がってしまう……。咄嗟に手を伸ばして彼女の体を支えるけど、完全に気力を喪失したようでガクンと項垂れ虚脱しきっている……。声だってたぶん、もう届いていない……。

 

「まどか!!! これはっ!!?」

「パ、パパ……!」

 

 大きめのタオルを手に戻って来たパパも、この戦慄する他ない光景を目の当たりにしてしまう。パパももう警戒なんてしていられない、すぐに駆け寄って暁美さんを介抱して……。

 

「血…!? な、何だこれは……!? きゅ、救急車を…! このままじゃ……」

「あ、ま、待って……! 救急車を呼ぶのは……今は、駄目で……」

 

 電話の受話器を取りに行こうとしたパパの服を咄嗟に掴んで止めてしまった。救急車を読んで彼女を助けてもらうっていう至極当然の行動……それをしてしまえば結果的に状況は一気に悪くなる。でも、そうなる事をパパは知らない……

 

「駄目って……まどか!!」

「っ!」

「おかしな事を言うんじゃない! どう見たってこれは危険な状態だ!!」

「それは……だけど……」

 

 わたしだっていろんな事が頭の中をグチャグチャに掻き回してよくわからなくなっている。彼女を助けないといけない……でも今そのまま病院に頼れば世間を困惑の渦に巻き込むし、そうならないようみんなと同じ病院に頼れば……若葉ちゃんと千景さんの行動が怖い。

 

 そしてそれが、一番恐ろしい……だけどこんな状態の暁美さんをこのままにしていたら……

 

「……もう少しだけ……待って……救急車を呼ぶにしても、大社に報告を……」

「そんな場合じゃないだろう!!? 報告なんて、そんな事は後でいいじゃないか!!」

「う……っ」

 

 違うの……! でも、このまま後回しにしておけば暁美さんは、確かに……

 

 涙が流れ出す。わからない……このまま何を選べばいいのか……選んだ先で待ち構える混沌が、わたしを絶望で包み込もうとしていた。

 大きな混沌に陥らせなければいけないのは世間か、若葉ちゃん達か、暁美さんか……

 

 どうすれば……どうすれば……どうすれば!どうすればどうすればどうすればどうすればどう

 

 

 

 

    ブチュン

 

 

 

 

 

 星の光も通さない曇天の雨雲が、空を覆い尽くしているのが見える。

 いや、これを見えると言うべきなのかは分からない……何せ全く光が見えないから、真っ黒な世界が視界全てを覆っているとしか言い表せない。雨雲があるっていうのは、今まさにわたしの全身に降り注いでいるからで……

 

 ……………いや………なんなの、これって……?

 

 あれ……え………わたし、家の中に居たのに………

 

 テレビの電源が落ちたみたいに、一瞬視界が暗くなったと思ったら………え……えぇ!? な、何これ!!?

 

 パ、パパ……! 暁美さん……! は、い、いない……わたしだけ、突然別の世界に飛ばされたみたいで……っていうか、そうとしか思えなくて……今日はそんな訳が分からないことばっかりだよねぇ!!?

 

 あ、あー……ああーー! ………さっきから声を出しているはずなのに、何も聞こえない………。

 わあぁーーー!! …………違う……これ、最初から声なんて出ていない……。

 

 それどころか目も口も手も足も指も、身体が自分の意思で全く動かない。

 されるがまま、仰向けで横たわるわたしの全身が激しい雨に晒され続けるだけ。それを受け入れるしかなくて、地面に溜まって広がる水もまた、わたしの全身を貼りつくように包み込む。

 

 体温を奪い、何も出来ないからどうしようもない不安だけが一方的に募る。

 

 これが何なのか……夢というには、妙にリアルな感覚だった。かといって現実の、これが本当にわたしの身体中を蝕んでいる物……そうとも思えなくて。その、夢と現実の中間……あやふやな物だってのは、なんとなくだけど分かるんだけど……。

 

 あ

 

 今気づいた………わたし、これ、知ってる。

 

 闇のような黒に包まれた世界があった。その世界はまるで四角の箱の中、きれいに蓋をされているから光が欠片も入り込まない。それなのに、箱の蓋は暗く濁った水が染み込んでしまって、内側には絶え間なくそれが滴り落ちていくの。箱の底はみるみるうちに濁った水が溜まっていって、満たしてく……暗く濁った、冷たくて、身に纏わり着いては嫌に重くなる。そしてなりよりも、苦しさしか生み出さない……そんな心にまで染み込む、嫌な水。

 

 箱の内側には、3輪の異なる種類の花が水面に浮かんでいた。3輪とも水を吸い込み、元々あったはずの綺麗な彩やかさは濁っていた。悲しくなるほどに、その美しい花弁は穢れていく一方だった。

 ひとつはどんどんと黒く濁って……でもそれ以外のふたつは朽ちて、枯れていく。塵となった花弁は水に溶けて消えてしまう。

 

 黒く変わり続ける花の側で、徐々に消えていく他の花。それと交わった黒い水を嫌でも吸い続けて穢れていく花を、わたしは哀しい思いで見つめることしか出来なかった……。

 

 ……それが、昨夜わたしが見た神託。神様が何を伝えたかったのかは、正直分からなかった……けれども、ただただ心に重く伸し掛る、胸が張り裂けそうになる謎の痛みだけは、わたしを苦しめ続けていた。

 

 ……ここって昨日の神託に出た、箱の中身……?

 

 神託で見える映像はイメージでしかない。そのイメージが何を意味をするのかは、わたしが直接読み取らないといけない。

 箱の中の真っ黒な世界、空から滴り落ちる水が中身を満たす……それはまさに見た通り。常世の闇を纏った夜空と曇天の雨雲が齎す豪雨がそれだ。

 

 それじゃあ……3輪の花は? 神託のイメージだとしても、見てるだけで勝手に涙が溢れ止まらなくなった、あの哀しすぎる、ボロボロになっていった花は……それが意味するものは、何?

 

 ……これ、空気が震えて……雷?

 

 すぐに感じ取れた。大気の震えが、僅かなぴりぴりとした感覚が肌を撫でて、生き物としての本能が危機感という警鐘を促す。それが分かったはいいものの、だからってわたしがどうこうする訳じゃない。

 動かない身体は、どう思おうとも動かない。電池が切れた機械仕掛けのおもちゃが、決して動かないのと同じ。

 

 

 

 激しい閃光が刹那、轟音と共に闇に覆われた世界を切り払う。

 

 

 ほんの一瞬闇が消えた世界で……わたしは、花を見た

 

 

 

『─────!!!!!!! ───────!!!!!!』

 

 

 

 傷だらけ。ボロボロの姿で、絶望の表情と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、わたしの身体を支え、喉を張り裂きながら叫んでいる花

 

 

 

 ………友奈……ちゃん?

 

 

 

 

 もうひとつ

 

 

 その奥で折れ倒れ、朽ち果てて、徐々にその肉体が消失し無くなりつつある

 

 

 血まみれの口元に、大きな三日月状に歪み切った笑みを浮かべていた、呪いの色よりも悍ましい色と化した花

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◆

 

 

 苦しい……寒い……寒い……

 

 何も見えない…真っ暗で……体が…重くて…言うことを聞かない……。

 深い深い闇の底に、ゆっくりと沈んでいくような感覚を覚える。寒い……苦しい……苦しい……。

 おぼろげな意識が、音を立てずにゆっくり溶けていく。

 

 苦しい……苦しい………苦しい

 

 

 ………温かい

 

 

 凍えているかのようだったそこが、温もりを感じていた。

 何だろう? わからない。でも……安心できる温もりだ。まるで春の日差しのような暖かさで……ぽっと淡く、火が灯る。

 

 苦しい………苦しくない……

 寒い………温かい……

 

 何も感じない………だけど、誰かが、私の手を握っている……?

 

 誰かが、そこにいる? 暗闇の中、そこに溶け込んで消えてしまいそうになる私を、微かな光が照らしている?

 

 まばゆい明かり、人肌程度の些細な温度。それは孤独な娘を決して離さないと、確固たる意志を宿していた。

 

 

 誰が……

 

 

 

「…………ここ……は……?」

「! 気が付いたんだね……」

 

 薄らと目を開けた私の視界に映ったのは、知らない天井、そしてこちらを心配そうに覗き込む、少女。

 

 鹿目まどか

 

「…………どう…して」

 

 ……あの時、私が本気で殺そうとした相手。勇者の力で首を締め上げて、あとほんの少しだけ力を込めるだけで、間違いなくそれが実現される手前にまで追い詰めた相手。

 こんな有様の私に対して、鹿目まどかは酷い哀しみの感情だけを顔に映していた。

 

「……今は、安静にしてて……。よくわからないけどあなたの身体、内側が酷くボロボロだから……」

 

 頭が重い……。思考がまとまらないし、気分も最悪で、どこも全然力が入らない。左手に感じる温もりが少しだけ強まるのだけは、妙にはっきりとしていた。その握られた手を振り解きたいなんて、何故だかそう思うこともできなかった。

 

「ほらお水、飲める?」

「………」

「こんな時まで強がらないで。今は自分のことだけ考えていて」

 

 差し出されるコップと、それに差し込まれているストローを私の口元に持ってこられる。繰り返されるお節介が気に食わないと思いつつも、それを見透かしたように鹿目まどかは毅然とした態度でストローを口に入れ込んできたから、仕方なく……

 

「一応聞いておくけど、病院に連れて行ってもいいかな……? 家の中じゃどうやっても治療はできないし……」

 

 ……本当、余計なお世話……。知らないから仕方がないだろうけど、命を奪おうとした相手にそんな事を宣うなんて……本当に、嫌になる……惨めになる。

 

「……行っても無駄よ」

「…………そうだね。そう言うだろうなって、わかってた……」

「………?」

 

 今の言葉に少しだけ違和感を……でもそれは今の私の頭では思案することはできず、抜け落ちていく。気のせいだったのかもしれない。

 そしてその思考は追加で完全に遮られる。少し離れたところで明るいBGMの着信音。誰かの携帯が電話を受信していた。

 

「………あ、わたしのスマホ……ごめんね、ちょっと待ってて」

「……ぁ」

 

 左手から温もりが消える。鹿目まどかが立ち上がって、机の前まで歩くとそこに置かれていたスマホを手に取って、

 

「!」

 

 驚いたかのように一瞬膠着していた。電話に出ず、むしろ躊躇っている様子だったものの、意を決したように息を吐いて、電話に出た。

 

「………もしもし、ほむらちゃん…?」

(鹿目ほむら……)

「……え、何の…あ、いやなんでも…………あぁその……なんて言うか……」

 

 チラッと私の方に目線が向けられる。話の内容に興味は無いけど、何やら私も関わっていたりするのだろうか……

 

「………本当にごめん。ちょっと緊急の、トラブルっていうか、やらなくちゃいけないことができたっていうか……そのぉ………そっちに行けなくなっちゃって…………うん」

 

 ……あぁ、そういう話。鹿目まどかと鹿目ほむらは何処かしらで合流するはずだったけど、このお人好しは私を理由にそれを反故にする気なのね…………余計なお世話をまたしても、本当に……。

 

「う、ううん……! そんな、危険な事とかじゃなくて……! 大丈夫だよ大丈夫……! 気にしないで。でも……うん……ごめんね、本当に……」

 

 直接的な理由は伝えずとも何かしら疑われているのだろう、それでも私の事をひた隠しつつ、声に罪悪感を滲ませながら電話口の鹿目ほむらに謝罪する。

 

「……………本当に………」

 

 やめてくれないかしら、そういうの……。私があなたにそこまで手を尽くされる謂れが何処にあるというの……。

 

 電話を切った鹿目まどかは机の上にスマホを戻した。そのまま机の前の椅子に力無く座って、覇気のない落ち込んだ声を発した。

 

「……ほむらちゃんがね、今日は歌野ちゃんの所でお泊まりするんだって……色々あったみたいで……」

「…………」

「わたしも行くはずだったんだけど、止めちゃった……謝っても謝り切れないなぁ……本当に……」

「…………そんなの、好きに行けばいいでしょ」

「行けないよ」

 

 その一言だけ、語気は強かった。

 薄暗い部屋の中でぼんやりと見えた彼女は、今にも崩れそうな儚い笑みを浮かべていて……

 

「あなたを置いてなんて、行けないよ……」

 

 紡がれた言葉が、私の荒んだ心をそっと包み込んだ。身の程知らずが口にした鬱陶しいだけのはずの言葉なのに……神経を逆撫でされるだけしか意味が無いはずなのに……

 

 ……安心してしまう……心の底から私の事を案じてくれる、その想いで包んでくれて……。

 ……そんなわけが無い。彼女は鹿目まどか……あの子達、勇者部のみんなとは違う存在だ。私を助けられるような力なんて、持っていない……安心なんて、こんな所でできるはずが……

 

「…………わけが……分からないわ……」

「あはは……それでもいいよ……」

「……」

 

 またしても見透かされた気がして腹が立ってくる。未だ満足に動けない私に対して、途切れない生暖かい視線もさながら、まるで彼女に主導権を握られているようにも思えてくる。

 

「………鹿目まどかのくせに……生意気ね……」

「うえぇっ!!? わ、わたしのくせにって何…!?」

「うるさい。頭に響く」

「だ、だってぇ………うぅ……!」

「涙声になるほど……?」

 

 ……何故………何故こうもこの女に対して、ここまでやり辛いと思ってしまうの? 殺してもいいと、少し前までそう思えていた存在が、今はそれができるとは何故だか思えない……。

 

(……私の身体に、一体何が起こっているというの?)

 

 突然全身の細胞が破壊されたような、あの現象だって……

 

「………あなた」

「えっ、な、なにかな…?」

「答えなさい。私の身体に何をしたの?」

「………ええっと……それってどういう……」

「…………」

 

 カマ掛けだ。あの現象、もしも鹿目まどかが誰も知らない謎の力を持っていて、私を攻撃したのであればその口を滑らせるかもしれない。

 

「………ご、ごめん……何か喋ってほしいなぁ、なんて……」

「………………」

「…………うぅぅ………」

「………………チッ。もういいわ」

 

 明らかに困惑している様子だった。おそらく鹿目まどかには心当たりは無いだろう。鹿目まどかにも不可解な事象で、あれは突然私の身体が自壊したということになる。

 ……ただ、3回に分けて私の身体に異変が起きていたのを忘れてはならない。

 鹿目まどかを殺そうとした時。

 1回目の自壊の後、状況を理解できずに鹿目まどかを再度組み伏せようと動いた時。

 そしてこの家の中で、私に口出しする鹿目まどかを……黙らせようと……した時……。

 

 ……3回とも、見事に一致している共通点がある。

 

(…………そういう事……? いや、どういう事よ、そんなの……常識の範疇から逸脱してるじゃない……)

 

 ………………ありえない………でも、たったそれだけで………最後に1度だけ、試してみるか………もしこの答えが正しくてまたあの現象が起こっても、どうせこの身体が死ぬ事はな

 

 突然だった。鹿目まどかが目の色を変え、横になっている私の上に馬乗りになったのは。

 

「……!?」

「……いま、何をしようとしていたの……!?」

 

 声色ははっきりと、憤っていた。表情も、私の知っている、創作の中の鹿目まどかの物からは外れていた、怒りに歪んでいた。

 

「な、何を……!」

「分からないよ!!」

 

 でも、そこには一緒に、深すぎる悲しみの色が。

 

「でも、あなたがまた苦しむんじゃないかって、ものすごく嫌な予感がするんだよ……!」

 

 涙を流して、途方も無い胸の痛みに堪えようとしていた……。

 

「…………言ってることの意味が……わからないわ……」

「……………わからなくていい。覚えていてくれてさえいれば、思い出してくれさえすればそれで……」

「……思い出す……?」

 

 そっと目を閉じて、鹿目まどかは私の頭の傍に両手を伸ばした。そこにあった何かを大切に手に取って、私に見せつける。

 

「あなた……それ……!」

「……あなたにだって、大切で、大好きな友達がいるんでしょ? 忘れないで、あなたが守りたかった大切なものを」

 

 この世界で唯一の、私の宝物……。肌身離さず身に付けているカチューシャに貼られた、友奈との思い出のシールを。

 

「あなたが苦しめば……あなたが誰かを傷つければ、それだけあなたを想う大事な人達も深く傷つくことぐらい……どうして気づけないの……そんなの絶対、おかしいよ……」

「……だから、それをお前たちが言う資格が「無いよ」」

 

 鋭い一言に、直前に湧き上がった怒りが霧散する。視線の先はシールから鹿目まどかに移り、その目を見た。

 そこにあるのは悲しみ……哀しみだけ。これ以上の物は無いであろう、絶望的にまで深い、負の感情……。

 

「……わたしには、あなたにそんな事を言う資格が無いのは、確かだよ……だから、せめて、思い出してほしいの……」

「…………思い出すも何も……忘れてなんかいない」

「…………」

 

 言われなくたって、わかってる……みんなが今の私を見ても、納得できるわけがない。傷つくだけだって……。

 でも、みんなはこの事を知る術は無い。元の世界に戻っても、私が何をしていたのかをみんなは知る必要は無い。だったら、そのまま突き進むしかない。間違い続けてでも、蔑まれようとも、全部私一人で背追い込めばいいだけの事。

 

「……私には…この道しか残されていないのよ」

「…………」

 

 鹿目まどかの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

 

『…………うっっっざ』

「っ!!」

 

 幻聴、そして

 

グチァ

 

 脳が、融ける痛み

 

「ぎ…ッ…!! あ……ああぁぁああッッ!!!?」

「っ! ど、どうし……!?」

 

 頭の中が……おかしくなる……! 視界が激しく歪みながら明滅し始め、耐え難い苦しみが支配する。

 さっき繰り返し発生した現象とはワケが違う……これは、昨日の現象の方と……!

 

「きゃあッ!! そ、そんな……! やだ、駄目……!!」

「頭…が…い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ!!!!!!なん…で!!痛覚はとっくに…!!! う、あがあぁぁああ!!!!!」

「っ!!!」

 

 脳が……裂ける……! 耐え消えれず悶える私の身体が何かに抑え込まれる。わからない………苦しすぎて、気持ち悪すぎて、何も考えられない……

 

 

 

「…………やっぱり……だめなんだ……!」

 

 薄れ行く意識の中、最後にそんな言葉が……聞こえた。

 

 

◇◇◇◆◆

 

 掠れた声が、部屋の中を通り抜けた……。家の外の雨の音以外、荒い息遣いだけが聞こえる部屋の中に、その声はいとも容易く掻き消されてしまう。

 

「っ、はぁ……はぁ……!」

 

 気が付くとわたしは、大量の汗を流していた。同時に心臓がバクバクと、ただひたすらに長い距離を走った後みたいに激しく鼓動を繰り返してもいる……。

 何か……とてつもなく恐ろしい物を見た気がする……。全身を包み込んだ恐怖心は間もなくわたしの足を無造作にガタガタと震わせて、ガチガチと歯を鳴らさせる。じわっと涙が滲んで……その場に力無く、へたりこむしかなかった……。

 

「……いまの…………ただの神託じゃ……ないの……?」

 

 そんな感じはしなくて、でもあれは間違いなく、昨日受けた神託のイメージを直接真実の形に変換されたもの。唐突で不確かな現象だったけど、何故かそれは断言できる……巫女としての才能とか、関係なく……。

 神様という存在を介さないで、わたしはそれを知ることになった。初めて経験した……不可解の連続だけど、それに驚きも困惑する余裕すらもこれっぽっちもなかった……

 

 あの真っ暗闇の世界じゃなくなっている……。あの邪悪な笑みは……消えている。

 なのに消えてない。わたしの頭の中には、あれがはっきりと刻み込まれてしまっていた……。

 

 ほんの一瞬だけ見えた笑みがどういった感情で形作られていたのか……それは分かりようがない。だけどそこにあったのは、絶望の底で泣き叫ぶ少女を、今まさにそこにある生命の火が消えるのを、心の底から見下し嘲笑う、純粋な悪意の塊でしかなかった……。

 

「……どういうことなの……あれは、だれ……? 誰なの……?」

 

 暁美さんを悪魔だと、ひなたちゃんは彼女の行動からそう称していた。でもあれは……例えなんかじゃない。あれが、あれこそが、悪魔そのものとしか……。

 

「…………あれも、暁美さん……なの……?」

 

 神託とこの謎現象が示したのは、これから訪れるかもしれない恐ろしい未来に繋げて……暁美さんが、また……

 不安から、わたしは力んで……

 

「………っ?」

 

 何かを手に持っている事に気がついた。

 両手で、端と端を指で摘むように……カチューシャを。

 

「……!!」

 

 見覚えのあるカチューシャだった。ほむらちゃんのヘアバンドと似ている色のカチューシャ……それを彼女、暁美さんは出会った時から今日まで、ずっと身に着けていたから。

 

 どういうわけか、知らずのうちにそれを手にしているわたし。でも、そんな事よりも、わたしはそれを見て固まった。カチューシャの裏側に貼られていた、雨に濡れたから滲んで少しだけ崩れていたプリントシールには、信じられないものが写っていたんだから……。

 

 

 【最高の友達】だって、その言葉が真実の想いであることを裏付ける、満開に咲き誇った華のような彼女達の笑顔が

 

 

「暁美さんと………友奈ちゃん……?」

 

 

 ………………わたしは、まだ、謎に包まれた世界の中に取り残されているのかな………?

 

「いつの間に……って……え…? え?」

 

 だってこの2人がこんなシールを撮っているなんて、ありえなくて……この冗談が冗談じゃなかったら、いったいどれほど幸せだったんだろうなって思うしかないわけで、固まっちゃう。

 

「………素敵な……笑顔……幸せそう……」

 

 だけど、ほんの少し前までざわめいていた心が軽く、穏やかになっていくのを感じる。信じられない物でも、やっぱり偽物だったとしても、手元にある2人の女の子から生まれた輝きは尊くて……眩しくて、暖かい。

 

「てぃひひひ……」

 

 わたしにも自然と笑顔を与えてくれた。

 

「………あ……っと」

 

 あのおぞましい悪夢から抜け出せて、中身はおかしいけど素敵なシールで縮こまった気持ちも解れて、ようやく頭の方もちゃんと回り始めてくれた。

 

(ここ、わたしとほむらちゃんの部屋……? 玄関にいたはずじゃ……)

 

 そういえばなんだけど、身に覚えがないのに気づけば部屋の中なんて……。無意識に辺りにキョロキョロと視線が動いて、机の上の時計が見えた。

 

 

 暁美さんの携帯を触った時に見えた時間から、4時間が過ぎていた。

 

「なんでっ!!?」

 

 えっ……いや…嘘っ!? だって4時間なんて、家に帰ってから体感的には5分も経ってないんだよ!? なんなら携帯の時間を見てから1分くらいしか経ってないんだよ!?

 

 もしかしてまだあの現象から抜け出せていないんじゃ……そう思いながらも確かめるように、自分の意思で動かした指で自分の頬を抓ってみた………いだだ……!

 

「……げ、現実ぅ……?」

 

 頬を擦りながら、そういえばちゃんと自分の意思で動けるんだって気づいたし、本当にこれは現実みたい……。

 ……やっぱり信じられない。でも、びしょびしょだったはずのわたしの身体は部屋着に着替えられていて、髪もすっかり乾いている。

 

 部屋の中が暗くなっているのも、当然その分の時間が経ったから外も日が落ちてきたからであって…………っ!

 

「暁美さんは……!!」

 

 ハッとなって彼女の事を思い出し……その答えはすぐに見つかる。

 

 目と鼻の先のわたしのベッドの上で、布団を被って横になっている女の子が。

 

「あっ……」

「…………」

 

 おそるおそる覗き込んで…………生きていた。目を瞑ってゆっくりとしたペースで呼吸をしていた。それがわかったことで、わたしの胸の中に浮かぶ言葉は、たった一つだけ。

 

「………よかった……!」

 

 訳が分からないうちに時間が流れ、戸惑いしかないとしても、その間も彼女は無事みたいだった。一先ずはそれだけで十分すぎる……目元を袖で拭って、改めて暁美さんの顔を見る。顔色は依然として酷いまま……。それもそのはず、そっと彼女の頬に手を当ててみた……。

 

「…………」

 

 …………やっぱり、異様なまでに冷たい。彼女の身体には、そもそも体温が備わっていないとしか考えられないくらい……。

 それに……そのまま手を首筋に当てて、もう一度この異常な事実を受け入れた……脈拍が一度も無い。つまり彼女の心臓はずっと、動いていない。

 

「生きている……のに……」

 

 いつからそうなっているのか……思い返してみれば、暁美さんの顔色は初めて出会った時から今みたいに真っ白だった。瓜二つのほむらちゃんと比較しても、明らかに差が出ていたんだもの。わたし達が彼女と出会う前から、暁美さんはこの異常な体質を抱えていたに違いない。

 

「………こんなの……辛いよ……」

 

 手の中にあるカチューシャに貼られたシールをもう一度。その笑顔はとても明るくて、幸せに満ち溢れている……。この光景が本物だとしたら、当然これは暁美さんの過去を写し出した物になる。過去の暁美さん、そして今の暁美さん……

 

「…………悲しいよ……」

「………あなたがそれを感じる必要は……無いわ」

 

 心臓がバクンと大きく跳ねた……もちろんわたしの…!

 慌ててその顔を見ても、閉じられた瞳は開かないまま……だけどその表情は、あの無表情で凍てついたような冷たい表情でも、苦しみにもがいて歪んでいた表情でもない……。顔色は悪くてどうしても不機嫌そうではあるけど、落ち着いてはいるような、チグハグな表情。

 

「あ、暁美さん……大丈夫…なの……?」

「………」

「あのぉ、休んでても、いいんだよ……? いやむしろ休んでないと……」

「……寝ようとすると嫌な奴が出てくるから、そんな気分にはなれないわ」

「嫌な……奴?」

 

 復唱するように声が漏れているように、わたしの頭の中は緊張でうまく回りそうにない。彼女の言っている言葉の意味は、よく分からない……。

 少なくとも、あの体が震え上がるような恐ろしい敵意は今のところ感じられないけど、彼女を心配する気持ちと危うく死にかけたトラウマがごちゃごちゃしていて、何を言えばいいのか……。

 

 瞑られたままだった彼女の両目が開かれる。

 

 その瞳は血を流したからなのか、ほむらちゃんと同じだったはずの紫の瞳は、赤く澱んでしまってる。まるで光を宿さない、文字通り血塗られた瞳はわたしに突き刺さって、思わず息を呑む。

 

「………あなた」

「っ!? ……な、なに……かな……?」

 

 彼女は私の目をじっと見ていて……

 

「………気のせい……かしら……瞳の色、変わってない?」

「えっ………えと、う、うん……暁美さんの目の色、赤くなって……」

「………私じゃなくて……いや、いい……気のせいだわ……」

「え……」

「……………」

 

 それ以上暁美さんは何も言わなくって……ただ、未だ振り続ける雨音だけが続いていた。

 




【特記事項①自壊】
 暁美ほむらが鹿目まどかに対して明確な害意を抱き、その身を傷付けようとする際、彼女の細胞が自分の身体を強制的に破壊する。そのダメージは大小あるが、基本的に精霊の加護で不死になっていなければ即死する程。
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