高校時代のむにゃむにゃ

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私と彼の小話

「さて、突然だが、質問だ。

 大多数の男子が思春期に体験する出来事と言えば何であろうか。

 ……分かっただろうか。

 正解は、『恋』だ。

 だが、この精神疾患はまことにメンドクサイもので、好きになったはいいものの、告白する勇気がないとかいうヘタレもいるし、告白してOKをもらったとしても、倦怠期というものが存在する。順調にいったとしても、男は女の心の機微に注意しておかないといけぬ。そんなことではこちらの神経はすり減るばかりである。間違いなく別の精神疾患にかかってしまうだろう。そう、『恋』だけではない。『女』もメンドクサイのである。

 男がそこまでして尽くさないといけないのであろうか。

 答えは、否である。断じて、否である。

 いや、だから女が尽くせ、といった亭主関白なことを言っているのではない。誤解無きように。

 しかし、『女』がメンドクサイからと言って『恋』をするな、というのはこれまた無茶な話なのだ。いいなと思うものに嘘はつけない。人間、理性で如何に『恋』と『女』がメンドクサイものであるか分かってはいても、恋愛感情は制御しろという方が難しいのである。

 では、二つ目の質問だ。

 男がそんなに神経をすり減らさずに女子と付き合うにはどうすればいいのか。

 正解は、『二次元』だ。

 そう、二次元である。

 お前はバカだとのたまう輩もいるだろう。

 現実逃避をするんじゃないとのたまう輩もわんさかいるだろう。

 だがこれ、楽しい。

 性格もいい子ばっかりで、守ってあげたくなるような子が多数存在する。その数は三次元の比ではない。

 そして、揃いも揃って、可愛い。

 二次元のキャラクターより可愛い女が三次元世界にいるだろうか。

 答えは明白。

 そう、いない。

 畢竟、完全無欠なのである。

 では、恋愛は二次元ですればいいのだ! 三次元で悶々とすることはやめて、二次元で好きなだけキャッキャウフフすればいいのだ! おお、なんと合理的なことであろうか!

 そうと決まれば早速、二次元に染まろうではないか!」

「……、あのさあ、こんな冒頭であんたの意味不明な演説聞かされても、大半の人は首を傾げると思うよ?」

「こら、メタ発言をするんじゃない。というかお前は今の話の良さが分からんのか」

「全く持って分からないね。女の子に失礼すぎるでしょ。特に目の前にいる私に」

「男より強いお前が言っても全然説得力が無いな」

「何か言ったかな」

「いや何も言ってない言ってないから肩から手を離してくれなんかミシミシいってるぞこれ」

「はあ……」

 何で、何でだろう。本当に何でだろう。

 何で私はこんな奴が好きなんだ。

 こいつは私の中では、いらないことをよくするぶん殴りたい人間ナンバーワンの座を延々とほしいままにしている奴だ。

 まあ、何故かというのは言わなくてもさっきのやりとりで分かるだろう。というか察して欲しい。言いたくないしね。

「でさ、あんたのそのしゃべり方はいつになったら改善されるの? いつまで私は一昔前のしゃべり方で現代の二次元の話をする奴の相手をしなくちゃいけないのよ」

「何を言っている。私はこのしゃべり方を変えるつもりは毛頭無いぞ」

 こいつ曰く、『普通の人とは違う特徴を模索していた』らこんなしゃべり方になってしまったみたい。

 一人称が『私』とかいうのは冗談抜きでやめて欲しいね。鳥肌が立つよ。

「そんな話し方だから周りから変な目で見られるんでしょ? 私、あまりあんたが他の人間と話してるの見ないよ?」

「いや、それは奴らが遅れているだけだ」

「話し方が時代に逆行してる人間が何言ってるのよ」

 で、そんな人間が何で私としゃべっているのかというと、理由は単純明快、ただの幼なじみだ。

 ……昔は普通の奴だったんだよ? うん、昔は。

 あるとき、中一のときだったか、突然彼が私に「モブキャラはもうやめようと思う」とか何とか言ってきてからおかしくなった。まあ端的に言うと変人になったわけだ。

 ……結局モブキャラ脱出はできなかったみたいだけど。

 クラスのちょっと変わった人止まりだろう。

「むう、お前なら好きな奴とかいないだろうし、モテないだろうから、さっきの話をしたのだが、見当違いだったか……」

「いや、話す相手が私しかいなかっただけでしょ」

 ちなみに、私はモテる。後輩とかね。……ただし女子に。

 だからよく訊かれるのだ。「あの変な男の人とはどんな関係なんですか!?」って。なんてことはない。幼なじみだ。

 あ、幼なじみだから好きだとかそういうのではないんだよ?

「それに私、モテるからね?」

「いやあ、お前が同性愛者だったとは知らなかった。ならば何も言うまい。百合街道まっしぐらだな」

「ちょっと待って、深読みしすぎよ」

「なんだ、紛らわしい言い方をするな。お前が男からは見向きもされていないことを私はちゃんと知っている」

「憂鬱になることを言うな!」

 その通り、私は全く男子からのアプローチを受けない。いや、自信過剰にも程があるだろ、とツッコミを入れる人もいるだろうが、我ながら、顔は整っている方だと思う。顔だけで判断されるのも嫌だけど。

「ふん、男女共に敬遠されるあんたよりはましよ」

「涙拭けよ」

「うるさいな!」

 あー、イライラする! なんでこいつに慰められなきゃいけないのよ。

 ちなみに断っておくけれど、男子の友達がいないわけじゃない。『そういった』アプローチがないだけで、普通に話をしたりはする。

「まあ、話をするだけで異性としては見られていないだろうな」

「人の心を読むな!」

 時々こいつは、私の考えていることに対して口に出して返答してくる。

 なんだろう、読心術でも会得しているのだろうか。無かったとしても洞察力はある。腹立つ。こんなちんちくりんなやつなのに。

「もう、話が終わったんなら私帰るよ?」

「ん、どうした。珍しく部活は無しか」

「まあね」

「うむ、ならば私も帰るとしよう。腹が減った」

「え、私帰り道もあの話の続きをされたりするの?」

 肩に鞄を掛けながら問う。

「む、いかんか」

「耳ふさいでおくよ」

 軽くため息を吐き歩き出した。

「それでは私の話が聞けないでないか」

 後ろからついてくる。

「聞く気がないからそうするのよ」

「酷い奴だな」

 やたら大仰な顔をする。

「意味不明な話を延々と話し続けるあんたの方が酷いよ」

「失敬な。では別の話をしようではないか」

「何の話よ」

「そうだな。じゃあ質問だ。なぜ、皆は私に近寄らないのだろうか」

 変わった質問をしてくる。

「いや、自分でも分かってるでしょ」

 今更にも程がある。

「自明の理というやつか」

「そうそう。だってさ、誰に対してもそんな話し方で、一人称『私』だし、休み時間となったら寝てるか本読んでるかの二択でしょ?」

「ふむ、改善するにはどうしたらいいのだろうか」

「何? あんたもやっと友達が欲しいとか思うようになった?」

「そういうわけではない。ギャルゲの主人公と私との違いが気になっただけだ」

「何? じゃあ女友達が欲しいとか?」

 こいつにしては珍しい。

「別に。そんな可愛い女性もおらんからいいよ」

「まともに女性と付き合ったことのない人間が言っていい言葉じゃないね」

「む、二次元での経験なら負けん」

「三次元だよバカ」

「ちなみに理想は婉然と微笑む女性がいい」

 聞いてないよ。

「ふうん、そんなあんたから見た私の笑い方ってどうなの?」

 好きな相手が、私をどう見ているのかは正直気になる。

「豪快だな」

「……、豪快?」

 え、豪快なの? 全く自覚無かったよ。

「まるで男のようだ」

「そこまで!?」

 私、そんな笑い方してるの? ショック。

「ははは、冗談だいたいいたいいたい! 何故突然関節を」

「いい加減にしろこんにゃろー!」

 ついでにぽかりと頭を一発殴っておいた。

 こいつのリアクションにまともに付き合ってたら、こっちが持たない。心身疲労だ。

「はあ、もう行くよ?」

「おい、置いていくな。寂しいじゃないか」

「妄想しながら帰ったら寂しくないんじゃない?」

「どこまで下に見られているのだ私は……」

 なにやら絶句していらっしゃるが知ったこっちゃない。

「笑えない冗談言うあんたが悪い」

「私にからかうなというのか」

「度がいきすぎたのは嫌だよ」

「しかし、お前をからかえなくなったら私の楽しみが一つ減ってしまう」

「あんたのしょうもない趣味に付き合ってられるか!」

「そんなことを言いつつきっちりツッコミは入れてくれるな。そんなお前が私は大好きだ」

 ドキッとした。いや、冗談だっていうのは分かってるよ? 言葉の綾ってやつだ。けどさ、こんな鳩尾にボディブロー入れられるような不意打ちはダメでしょ! 恥ずかしい!

「む、何を赤くなっているのだ。まさかとは思うが、さっきの言葉を真に受け……」

「違う違う違う! バカなこと言わないでよ! 寒いからに決まってるでしょ!?」

「ああ、なるほどな。だからか。しかしだな、今は暦上七月という非常に寒さとはかけ離れた時期なのだが」

「あべこべクリーム塗ってるの!」

「いつからお前は蒼狸になったのだ」

「ポジション的にはメガネだよ!」

「性格的にはガキ大将か」

「そこまで酷くはないと思うよ!?」

 そんなジャイアニズムを今は持ち合わせているつもりはない。

「しかし音痴であろう?」

「う……。で、でも、そんな私、人のものを強引に奪ったりしないもん!」

「では、小さい頃壊された私のメガネをそろそろ返してもらおうか」

「人の黒歴史ほじくり返さないでよ……」

 耳が痛い。

「もうね、あの頃の私はいないの。今は綺麗な心を持ったおねーさんに生まれ変わってるんだから、気にしないの」

「綺麗な心を持ったおねーさん、あの時壊されたメガネを以前のあなたから返してもらうよう説得してください」

「もういないって言ってるでしょっ……」

「ハハハこらこらそれはアイアンクローといってだな決して人に詫びを入れる行為ではないぞハハハめり込むめり込む」

「むう……」

 パッと手を離す。

 こいつの言っていることは間違っていない。私はこいつみたいに口が達者じゃないからこうやって手が出てしまう。直さなきゃいけないとは思ってるんだけど……。

「はあ……」

 ため息を吐く。

「で、私に何をして欲しいの?」

 こいつが私をいじるときは大抵何か頼みごとをするときだ。

「おお、お前も私の行動パターンが読めるようになってきたようだな」

「この上なくいらないスキルだけどね」

「だがな、パターンが分かってきたら、対処は出来るようになるというものだ」

「次回までにでも考えてくるよ」

「まあ、そろそろ飽きてきたから、変則的なパターンを取ろうと思っていたところなのだがな!」

「じゃあ意味ないじゃん!」

 勝率余計下がるじゃない!

「結局、何をして欲しいのよ」

 ジト目で睨む。

 彼が一呼吸置くのが目に見えた。

 

「……私と、付き合ってくれないか」

 

「……は?」

 思考停止。

 ……………………。

 …………。

 ……。

「はっ」

 危ない、突然何を言われたか理解できなかった。

 ていうか、え、付き合う?

「誰が、誰と?」

「お前が、私と」

「日本語でいいよ?」

「大丈夫か。突然壊れるんじゃない」

 え、意味不明。何を突然こんなこと言われなきゃならないの?

 しかも何でこいつこんなにも平然としてられるの?

 ていうか、

「いや、あんた二次元主義なんでしょ? 冒頭でも言ってたじゃん」

「うむ、そのことなのだがな、予習というやつだ」

「何の?」

「お前に告白するための」

 ……………………。

「えっ」

「どうした、今日は反応がワンテンポ遅いぞ。いつもの鋭いツッコミはどこへいった」

 えっ。嘘じゃないの? 現実?

 やばい。今更ドキドキしてきた。

 胸が高鳴る。

 相手に心臓の音が聞こえるんじゃないかってくらい。

「……嘘、じゃないのよね? ちなみに今日エイプリルフールじゃないわよ?」

「四月馬鹿の日でないことぐらい言われなくても分かっている。嘘ではない」

 いやいやいや、信じられない!

「ちょ、ちょっと、私のほっぺた、引っ張ってみてくれない?」

「ああ、いいぞ」

 彼が私の頬を持つ。

 そして。

 引っ張った。

 

 みょーん。

 

 のび太。

 間違えた。

 伸びた。

 

 

「まさかの夢オチ!」

 叫んで飛び起きた。こんなに寝覚めの悪い夢は久しぶりだよ!

 しかも某昆虫大好きで将来の夢は医者になることだったあの先生がやっちゃいけないって言ってた夢オチだよ! 

 くっそぅ、無邪気にも喜びすぎた……。恥ずかしい……。私って、ホント馬鹿……。

「ま、あいつに限ってそんなこと有り得ないわよね……」

 地球の自転が逆になりましたよ! とか言われた方がまだ現実味がある。

 ブツブツ呟きながら学校の支度をする。

「余計、何で好きなのか分からなくなっちゃったよ……」

 ていうか私、本当にあいつのことが好きなのかな?

 自問してみるけど、こういう時の問いっていうのはすぐには答えが出ないことを、私は今までの人生でよく知っている。考えるだけ無駄ってことだ。

 それに、こんなことを朝っぱらから考えるような質じゃないしね。そんなメンドクサイことを実践するのはあいつだけで充分だ。

「いってきまーす」

 ローファーを履いて家を出る。梅雨も終わって、季節的には初夏だ。からっとしていて、風も涼しい。お天道さまも元気なご様子。相対的に私の機嫌は悪夢のせいで悪いけど。

「やあ、ご機嫌よう。……ご機嫌ではないようだが一体どうした。お前らしくもない」

 説明するまでもなく悪夢の元凶登場。

「朝からあんたのせいで機嫌が悪いのよ」

 言いながら歩調を速める。

「おいおい、理由も無しに当たられては困る。具体的に理由を述べんか」

 同じ歩調でついてくる。あああああ、ウザい!

「あんたに説明する気にはなれないわよ」

「ふむ、ならばもう訊くまい」

 こいつにしては珍しくすぐに引き下がった。……変なの。

「……今日のあんた、なんか変じゃない?」

「何を言うか。いつも通りだ」

 しれっと答える。

 うーん、雰囲気がいつもと違う気がするのは私の思いこみかしら。

「ならいいんだけど」

 違和感を覚えつつ返した。

 

 

 放課後、教室であいつと二人きり。普通ならテンションの上がるシチュエーションだけど、さっさと帰りたかった。理由は言わずもがなだ。でも日直で戸締まりをしないといけないからしょうがない。あいつはというと、机に腰掛けて黙々と本を読んでいた。

 仕事も終わって机の中のものを鞄に詰めていると、彼がパタンと本を閉じて話しかけてきた。

「突然ですまんが、私の持論を聞いてくれないか」

「……何についての話よ」

 こちとら朝の悪夢のせいでまだ気分が優れないっていうのに、現実でさらに上乗せするつもりらしい。

「うむ、『恋』と『女』についての話なのだがな……」

 



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