ある吸血鬼の独白。
 或いは、ドM太陽信仰吸血鬼の魂の叫び。

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 続きはない。続きはないのだ!!


ある狂った吸血鬼の独白

 例えばそう。異世界の話をしよう。

 その世界は、良くも悪くも命の重さというものが軽い世界だ。雑草を抜くように、枯れ葉が風に乗って舞うように、そのくらい呆気なく死ぬ時は死ぬ。

 

 人間がいて、亜人がいて、人外がいて、それぞれが敵対したり、共存したりしている。

 だからこそ価値観の相違からの争いは絶えないし、同時に種族、人種を超えた友情は硬く、分かち難い。

 

 そんなファンタジーに溢れ、しかしありふれた、或いは誰も見向きもしないような、そんな世界。

 

 その世界の住人たちの一部は、世界の管理者、その外部の者たち──謂わば上位者、『神』と呼ばれる者たちの間では、非常に有名だった。

 

 何故か? 

 その疑問に、その世界において最も規模の大きい多神教の神が答えた。

 

「例えば、そうですね。信仰の対象となる私が、目を瞑って匙を投げるほどの狂信者が……吸血鬼で、被虐性欲者で、その癖、根本的には人類愛、人類の存続を願い続けている。……だなんて、考えたことある?」

 

 

 

「アアァッハアハハハハハハハ!!! ゲッ、ギャキョッ、ガハハハハ、ギャハハハハ!!!」

 

「な、ぁあ!?」

 

 血、血、血、血。命の赤色が、致死量であると一目でわかる赤色が溢れ出す。

 

 心臓、肝臓、右肺、額。それが今現在絶叫のような狂った笑い声を上げる男が聖銀の剣、槍で貫かれている箇所である。それだけなら────それだけなら、まだ良いだろう。

 

 その箇所が煙を発しながら、武器を巻き込みながらも既に再生を始めていることも、男が吸血鬼であり、また永い時を生きている事を含味し考えればまだ不自然ではない。

決して良くはないが。

 

 表情が大問題である。

 

笑顔。

 

 この時が、これこそが唯一無二の至福の時だと言わんばかりの、笑顔。

 万人に慈愛を感じさせる聖人の様なそれは、しかし状況が悪すぎた。

 

 その笑顔を向けている対象は、他でもない『自らを脅かしているはず』の襲撃者たる騎士たちなのだから。

 

 人間は理解できないものを見た時、恐怖し、拒絶する。

 そういう者が総称として『化物』とか『怪物』と呼ばれるのだが、まさしくそれだ。

 

 訂正しよう。たぶん化物とか怪物の視点でも理解の外だ。

 

「オオ、オオ!! どうした、どうしたどうした!? その程度で終いか!? 

 ──否、断じて否! 人間ならば、吸血鬼たる我を毛嫌いし、聖なる祝福込められた矛先を向けよ! 聖書の一節を忘れたか! 

『吸血鬼には銀の武器を手に取り撃ち滅ぼすべし』とあるだろうが愚か者! 

 我を討ち取って見せよ! 女神もそれを望んでいよう!!」

 

 骨が軋みを上げる音が襲撃者たる騎士たちの耳にも届く。それは吸血鬼の男が拳を握り締める音だ。力のあまり、自らの骨をも砕き続ける理外の膂力は、そして放たれる。

 

ッッ 

 

 鮮やかな花が咲いた。

 一人の騎士の頭が兜ごと、血霧へと姿を変えた。

 頭を失った体からは、噴水のように血が流れ出す。そしてその血は、隣にいた騎士の目に入ってしまった。

 

「ぐっ、目が!」

「よそ見をする余裕があるとは、我を舐めているな?」

「ヒッ、グ、離ッギャ……!?」

 

 抱擁。それは本来であればコミュニケーションとして取られる行為の一つ。

 

 だが、間違っても巨木を容易くへし折る馬鹿力の男が加減抜きにやるそれはコミュニケーション的な意図は一切無かった。

 

 奇声を上げて抱き潰される心臓に剣を突き刺した男。そのまま力を込め続け、生々しく、そして軋む音が響き──ぼきん、と。

 哀れ、既に心臓を潰されていた男は、死して尚、上半身下半身を泣き別れさせられるという辱めを受けた。

 

「に、逃げろ!」

「逃げる? 逃げるだと! 貴様らの眼前に居るのはなんだ! 吸血鬼だろう! ならばその命をかけてでも滅せよ! 我を討たんとする勇者ども!」

 

 十人の騎士たちは、吸血鬼の男が武器を抜くまでもなく、殲滅された。

 

 ある者は頭を吹き飛ばされ。ある者ははらわたを引き摺り出され。ある者は首を掻き切られ。ある者は、ある者は、ある者は。

 その誰しもが、最期の表情は苦痛と悲壮、絶望に彩られている。

 

 その姿を見て、全ての襲撃者の瞳を閉じさせた吸血鬼は最後に殺した騎士の首を掴み上げた。

 そして僅かに顔を顰め、鎧ごと腕の肉を噛みちぎる。

ゴリュ  ガリィ

ブチュ ガキュ

ブチ ブチ

ゴキュン

 

 数度咀嚼し飲み込んだ男は、眉間に大きく皺を寄せ狂気的に吼えた。

 

「ぬるい! そして貴様の血は実に不味い! 女神の信者を、女神の裁きの代行人を謳うのであれば、まずは童貞処女を貫き通すことから始めよ!」

 

 それは咆哮だった。少なくとも、男が今居る『未開の大森林』全域の魔物たちは、その怨嗟を聞いて即座に男から距離を取るように走り出した。

 

 その叫びは、怒りは、襲撃者に向けたものであり、また、自身に向けたものでもあった。

 

 血の涙を流し、怒りに震える男は、腰から鞘に納まったぼろぼろのナイフを抜き取り────

 

「ぐぅ、ううううぅうぅぅう!!!!」

 

 自然な流れであるように、自らの胸を十字に切り開き、瞼の上から水平に刃を突き立て、左目を抉り出した。

 

 ナイフを鞘に納めなおした男は、右手を胸の傷口に突き入れ、人型の生き物の体が発生させてはいけない生々しい怪音を周囲に響かせ、吼える。

 

ああ、ああ!! 神よ! 愛しき陽光の女神よ!!! 

 

 何ゆえ世界はこれほどオゾマシイ私欲に濡れたオロカモノが蔓延り、優しき者、正しき者が圧砕され! 弱きものが汚い権力という馬鹿げた力で世の人々を泣かせているのでしょうか!! 

 

女神よ! なれば私は貴女に一時捧げましょう。

 

 三千年を放棄し、新生した五百年を邁進する魔王ザニスティ・マインドネの心臓と左目を捧げましょう! そして願わくば、この化生の血肉をもって世に一時の平穏を与えたもうことを!! 

 

 それは最も荒々しく、間違いに溢れて、それでもなお、最たる天敵の太陽、並びにその女神を信仰し続ける吸血鬼の、狂気の発露と、世界平和を願う本心に他ならない。

 

 

 

【ある吸血鬼の独白】

 ずいぶんと、昔のこと。最早生きているのか、死んでいるのか。

 人の形をした肉の塊として、流れた年月を忘れてしまった。

 

 生への執着も、死への渇望も忘れ、ただそこにあるだけの、物とて生き続けた、否、そこにあっただけの時が、確かにあった。

 

 ああ、だが、しかし、しかしだ。ならば何故今このようなことを考えていられるか。

 

 ──きっかけは、玉座に座り続けていた時。どんな小さな生き物でさえ、我の魔力にあてられ距離を取ったというのに、酔狂なことにある一匹のネズミが我の指先を齧ったのだ。

 

 それは、確かに『痛み』だった。しかし、我は吸血鬼と呼ばれた化生。本来ならば外傷を負う寸前に体は霧のように散り、また元通りになる。そうでなくともあっという間に再生する筈だった。

 

 しかし、もはや自我と呼べそうなものが喪失しかかっていた身体はそれすら行えず、無様にも、初めて我を傷つけ、出血を強いた名誉をネズミにくれてやるという極めて馬鹿馬鹿しい、そしてとても残念な事態を招いてしまったのだ。

 

 そして、だ。

 その痛みで、我は得た。或いは、取り戻した。それの名は『好奇心』

 

 あれは何か、それは何か────興味が尽きず湧いてくる。対象すべてが、新鮮味に溢れ、感動的で、故に続いて『愛』が溢れた。

 

 万象一切、お前たちそのすべてを愛させてほしい。貴様らのすべてを我に教えてほしい。ああ、どうか、共にあろう。

 

 

 ──しかし、足りなかった! 

 

 

 ネズミの一噛み。当時それに勝る好奇心を刺激するものはなければ、我にとって愛を感じさせるものもなかった。

 ありたいていに言えば、欲求不満だったのだ。是非もない。

 

 そこで、思いついた。

 太陽神に、女神に祈りを捧げよう! 

 

 魔王と呼ばれた我を焦がすほどの神聖さを放つかの者の傍に寄れれば、この身は焦がされ続け/神の愛を感じられ、神は宿敵たる魔物を滅ぼす機会を得られる。

 素晴らしい、実に素晴らしいことを思いついた。

 

 この時、我は最初の天啓を得た。

 神意を得たりと笑っていた。

 

 そのせいで笑顔が癖になってしまったが、仕方がない。

 

 

 だが、程なくして別の問題が起きた。

 

 神の愛/身を焼く激痛でさえ、届かなくなってしまったのだ。

 あまりに彼女への愛に触れすぎた。魂が、体が慣れてしまったのだ。ああ、なんという悲しいことか。

 

 悲しみのあまり、当時は心臓を掻き出し信仰の象徴たる聖銀の大十字架へ叩きつけ、頭蓋を破り脳髄をぶち撒け、神への愛を歌ったものだ。

 

 そうやって絶望して生き続けること百年。

 信心深く生きてきた成果か、神の考えていることがうっすらと分かるようになった。

 

『化生たる吸血鬼は、必ずや滅ぼされるべき魔である』

 

 なるほど、神の考えも道理にかなっている。

 

『しかし、かの吸血鬼は同時にこれ以上ない自らの信者である。だからこそ、扱いに困る』

 

 なれど、我も神を愛し、信仰し、縋り、祈る信者の一人である。

 その考えが透けた時、思わず全身の血が沸き立つような興奮と絶頂感に苛まれたのは仕方のないことだろう。

 ならば、女神の考えを尊重し、同時に魔の者として扱われる選択肢とは何か。考えた果てに、行き着いた答えは至極単純だった。

 

本当の魔王になろう。

この世全ての悪となろう。

我以外のこの世の全ての生きとし生けるものが手を取り合って挑む厄災となろう。

 

 死力を尽くし、我を殺さんとする者にこそ、この命はふさわしい。

 

 ああ、ああ、ああ!!! 思い出すだけで絶頂感すら覚える! 

 

 その日、生涯二度目の天啓を得た。

 教義には太陽信仰の信者が人を殺せば冥府で輪廻の門をくぐる事さえ許されず、ひたすら地獄で無限の痛苦に落ちるとされている。

 

 ならば。

 

 この身を滅ぼせるものが、神への愛を示せる機会が得られるその日まで、この世で生を謳歌し、助け、殺し、願い、奪い、そして傷つき傷つけられ、最後の刹那までもを味わいつくそう。

 

 嗚呼、この世は美しい。尊さに満ち満ちている。

 

 見ていろ女神。我は愛を歌おう。神よ、愛しき女よ。

 どうか貴女に届け。

 この祈りは愛は破るには骨が折れるだろう。だが、どうかこの一教徒を救わんと願うなら、我の望む愛の集大成を、我が前に連れてきたまえよ。

 

 ああ、どうか。

 

俺を、殺してくれ! 




 副題【色々ハーメルンの機能で遊びたかった】
 反省も後悔もしてます。続きも書くかも未定です。


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