火ノ丸相撲のプロ編、九月場所の端折られた試合を妄想しました。

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※pixivにも掲載してます。
字下げ出来てません、あしからず。


第1話

 

『さぁ千秋楽を迎えました九月場所!土俵で顔を合わせますは、今注目の大包平と三日月の二人です!』

 

『これを勝てば優勝決定戦への切符を手に入れる包平関。対するは優勝の目は潰えたものの、幾多の大物を喰らってきた三日月関がそれを阻止するか、必見の一戦です』

 

解説の声と共に国技館のボルテージが最高潮に達する。観客も皆、この一戦が激しい戦いになることを期待しているのだ。

土俵で向かい合う二人もまた、その空気をひしひしと感じ取っていた。

今場所十一勝三敗の沙田美月──西前頭二段目の四股名『三日月宗近』は、先日の鬼丸との取組で敗北を喫し、優勝争いからは脱落した。しかし、だからといって目の前の戦いを放棄する理由にはならない。

 

(大包平関。悪いけど、アンタには敗北の味を味わってもらうよ!)

 

沙田が強気なのは理由があった。ひとつは鬼丸関との戦いを経て、さらに技に磨きがかかったこと。それに対戦相手が大包平関──加納彰平だということ。

 

『大包平は三日月と合口が良くありません。稽古や巡業でもほとんど黒星ですし、千秋楽で負けられない大包平にはこれまで以上に苦しい戦いとなるでしょう』

 

解説からも大包平に厳しいコメントが降ってくる。

そう、如何に厚い城門と言えど、風は容易くすり抜けてしまうのだ。実際に得意の堅守の型も、三日月の前捌きの前に脆く崩れてしまう場面が多い。

 

(……三日月関。確かに君に対しては苦手意識がある)

 

今場所十二勝二敗、これを勝てば優勝決定戦へ挑める加納彰平──東前頭二段目、四股名『大包平彰義』は冷静に、しかし熱く目の前の相手を観察していた。

 

(だからこそ負けられない!史上最強の横綱・刃皇に勝つには……、俺が一番になる為には!君如きに遅れをとるワケにはいかないんだ!!)

 

先に手をついたのは大包平。その体から滲む殺気に空気がビリビリと震える。

──ドクン、と三日月の胸がザワついた。構えた大包平から放たれる殺気に肌がヒリつき、今の彼が稽古場の時とは別人だということを改めて感じさせられたからだ。

 

(これが本場所の……、『本気』の包平関!)

 

ふー……、と呼吸を整える沙田。今場所で幾多の難敵を降してきた彼だが、それは相手も同じ。

互いが心・技・体を最高潮にまで極め、平幕である二人がこうして千秋楽のトップを争っている状況は正しく驚異的であった。

 

(稽古で勝ったことなど忘れろ。そして超えろ……!)

 

三日月が片手を土俵に落とし、察した国技館が異様な静けさに包まれる。

ドクン、ドクンと心臓の鼓動が場を支配する中、行司の凛々しい鬨の声が上がった。

 

「はっきよい!!」

 

直後、響き渡る破裂音。両者の鋭いぶちかましによるものだ。

 

『立ち会いは互角!!あっと!?すかさず大包平が懐に潜り込もうとします!』

 

衝撃で開いた距離を瞬く間に詰める大包平。前捌きの上手い三日月相手に遠距離戦は不利極まりないからだ。

 

(ッさせない!!)

 

即座に突っ張りを張る三日月。繰り出される連打が迫る城門を叩く。

 

(シャープでキレのある良い突きだ。だがッ!)

 

堅牢な城門には傷ひとつつかない。はたきいなして、その距離をジワジワ縮めていく。度重なる稽古と天性のセンスにより、三日月の突きのリズムは完璧に把握されていた。

 

(あと三手で廻しを取る!)

 

隙間を縫うように大包平の手が白い廻しに伸ばされた、刹那。

三日月の姿が消えた。

 

(今だ!!)

無感の上手出し投げ『上弦之月・朧』──

 

触れられる直前、ここしかないというタイミングで三日月の出し投げが繰り出される。堪らず大包平の体が宙を舞うが……──

 

「ッしゃぁあ!!」

 

ズザザ!と俵に足を引っかけこれを耐えた。そして追撃を仕掛けてこようとする三日月に、荒くも鋭い突っ張りを返し機先を制す。

 

「ぐっ!?」

 

「俺を……ナメるな!!」

 

息付く暇もない攻防、目まぐるしく変わる攻守。

両者譲らぬこの接戦に、国技館がワッと沸き立った。

 

『二振りの国宝が魅せます!流麗な刃を持つ者同士、隙が全く見当たりません!!』

 

『廻しを取られぬ三日月に堅守の大包平。予想はしていましたが、これは長い相撲になりそうですね』

 

解説の言葉通り、両名の実力は拮抗していた。ただでさえ『体』は互角、『心』も熱く燃え盛り……、となればこの勝負、より『技』の磨かれた方が勝つ。

 

「お゛ぉお!!」

 

「しゃぁあ゛!!」

 

咆哮搏撃、両者再びの激突。開幕は五分だったぶちかましだが、体勢の低い大包平が三日月の体を仰け反らせた。が……──

 

「ッ!?」

 

再度消える三日月。空を切る音と突然の浮遊感が大包平を襲う。

 

──【風清月白の相】

 

一瞬だけ捉えた三日月の姿。しかし直ぐに見失う。

天賦の敏捷性と平衡感覚を駆使し、慣性を操り加速。恐るべき速さで大包平を翻弄する。

これが目覚しく進化を遂げる三日月の新たな『技』、無感の運足『月歩』。

観客でさえその姿を捉えるのは難しい。まるで重力から解き放たれたかのような動きに、渦中の大包平は完全に後手に回っていた。

 

(『離見の見』でも追い切れないッ)

 

俯瞰して土俵を視る大包平は焦る。この技を披露した鬼丸との取組は観ていたが、実際に対峙してみて分かるこの脅威。

あの刃皇ですら敗北を覚悟したほどの……、これが天才。これが相撲に愛されし者、三日月宗近。

 

(負けるのか、俺は……)

 

首筋に迫る太刀に、大包平の脳裏に敗北の文字がよぎる。

だがその奥底で、ある言葉がその思考を払拭した。

 

──戦え、彰平。

 

ドクン、と心臓が脈打つ。自信がなかった頃の自分に、大相撲へと進む踏ん切りをつけてくれた父の言葉。

 

(そうだ、俺はッ)

 

奥歯を噛み締め、その目に修羅が宿る。迷い揺れていた心が据わり、覚悟を決めた猛々しい形相が顕現された。

 

(ッ殺られる前に殺れ!!)

──【無道・神色自若】

 

大包平の気配がガラリと変わる。死すら恐れぬ『修羅の相・無道』を御したその覚悟で、疾風渦巻く荒野へと躊躇なく踏み込んだ。

 

「ッしゃああ!!」

──『羅城・強制閉門』

 

風の流れ、作られる轍から三日月の軌道を捕捉。体全てで強引にその道筋を塞ぎ、互いの刀身が激突して火花を散らした。

 

「ぐっ!?」

 

姿を現した三日月がよろめく。無道の深い踏み込みで体勢を作った大包平に比べ、高速移動の弊害で腰の高い三日月は格好の獲物だ。

三日月の白い廻しに手が伸ばされ……──

 

(俺の廻しにッ触るなっ!!)

 

沙田の相撲の真髄、おっつけが大包平の腕を刈る。

 

(甘い!!)

 

だが廻しは陽動。伸ばした腕を畳み、無道の踏み込みで距離を殺す。

致命の間合いへ到達した大包平が、いよいよ堅守の型を形作った。

 

(捉えた!!)

 

(……とでも思ってるね!大包平関!!)

 

三日月が微笑む。脇に差し込まれた大包平の右腕を閂で極め、さらに背中越しに廻しを掴み上げた。

三日月は相手の深い踏み込みを利用し、ワザと懐に呼び込んだのだ。

ミシリと(かいな)に力が宿る。

 

「おぉお゛!!」

(勝つ!!それが俺のッ、責務だ!!)

 

『波離間投げ』──。片手落ちという状態だが、鍛え上げられたその腕力で豪快に投げが放たれた。

 

『三日月、ここへ来て大胆な捻り技ー!!』

 

廻しを取られた事すら気付かせない三日月の、この壮烈極まりない大技。

誰もが度肝を抜かれる中、しかし唯一人大包平だけが冷静だった。

 

(強引過ぎだ、三日月!!)

 

本来ならかなりの体格差でしか決まらないこの技は、さらに無道の踏み込みで重心を低く保っている大包平には効果が薄い。

体勢を崩されながらも伸ばした足で危なげなく耐えた大包平だが、三日月には返す刀、二の太刀があった。

 

(アンタなら耐えると思ったよ!!)

 

三日月の動きが加速する。

極めた右腕に両手を組んで固定、投げを堪えた反動を利用して一気に逆方向へ振る。

 

自手取り小手投げ『虚空之月』──

 

投げられた相手は弧を描いて地に叩きつけられる。必殺の威力を秘めた、敗北を糧に辿り着いた三日月の新たな境地だ。

 

(ッマズい!!)

 

息付く暇もない怒涛の連撃に、大包平の体が今度こそ宙を舞う。

誰が見ても勝敗は決したと感じるほどの、三日月の凄まじい巧手。

この時、死に体となった大包平もそれに呑まれかけたが、ふとその頭に刃皇の背中が思い起こされた。

 

『俺とやるんじゃなかったのか?彰平』──

 

「ッ゛ッしゃぁあ!!」

 

「ッ!?」

 

地に堕ちる寸前も寸前。大包平は残った左腕で三日月の足を刈ると、極められた右半身から倒れ込んだ。

揺らぐ国技館。

舞う砂埃。

唖然とする観客も一瞬。次の瞬間行司の下した軍杯に、直ぐに国技館中が沸き立った。

 

「物言い無し!東の勝ち!!」

 

『名刀対決を制したのは大包平ー!気迫の相撲で二敗を死守し、優勝決定戦へとその歩を進めましたー!!』

 

『素晴らしい対決でしたね。三日月の怒涛の連撃もさる事ながら、それに対応した大包平の執念とでも言いましょうか。いやはや、正に手に汗握る接戦でした』

 

解説の声が歓声に消される中、土俵では倒れた二人が互いに支え合いながら立ち上がっていた。

 

「まさかあの投げに反応されるとはね。ちくしょー、強過ぎでしょ大包平関」

 

「いや、あれは咄嗟の反射みたいなものだったからね。次もう一度やったら分からないさ」

 

両者の間にはさっきまでの殺気はない。沙田は気さくな加納にフッと笑うと、去り際にボソリと呟いた。

 

「やっぱりアンタは『いい人』だよ。大包平関」

 

それが聞こえたか聞こえないか、大包平は手刀を切ると天井を見上げ、飾られた刃皇の姿を見据えた。

 

(次はアンタだ、刃皇……!頼んだぞ、草薙関!)

 

残された取組は二つ。冴ノ山─御手杵と、刃皇─草薙である。自分は自分のやるべき事を成し、全ては草薙へと託された。

 

 

混沌渦巻く灼熱の九月場所。

史上最強と名高い横綱・刃皇へ、叩き上げられた若き宝刀たちの激戦が刻まれた年──。

 


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