だから……なんとかしてやるさ
「フハハハハハハハハハハ!!!!」
車内のなかで響く高らかな笑い声。
その男は、ギラギラと輝いているように見えた。
「久しぶりチェンソー、そして初めまして!! 息災にしてたかね少年!! いやしてないな、見ればわかる!! だがこの無情な世界でどうにか五体満足を保っているならばそれで十分と見るべきか!! マキマに捕らえられたのは同情すべきではあるが我が友が健在であるならばそれが一番というべきだろう!!」
「う、うるっせェ……。なんなんだ一体……?」
それは、ほとんど死に体であった自分を拾ってくれたマキマさんの命令でデビルハンターとして悪魔を殺すようになった俺がめんどくせー悪魔をぶち殺してから検査だとかで入院してた病院から帰って数日が過ぎたときのことだった。
突然家に押しかけて高笑いしながら俺とパワーの首ねっこを引っ掴み、「飲み、食い、語ろう! 歓迎会だ!!」だとかなんとか言って黒いのにギラギラした高そうな車に俺たちを連れ込んだ筋肉質の男は、早パイや姫野先輩の着るものと同じ公安の黒スーツに光る装飾や宝石を取り付けた如何にも金持ちそうな格好をしていた。
「早川アキから聞いていなかったか? 懇親会! あるいは新人歓迎会だ! ふはははははは、緊急で任された仕事で悪魔を狩る途中だったからな!! お前たちが早川のところで暮らしてると聞いたから補給ついでに送り迎えに来てやったという訳だ!!」
「ふーん……かんげーかい、ねえ」
「やったぞ、運がいいぞデンジ! 早川のヤツが言っておった、
「なっ、マジで!? いやまてパワー肉はお前のものじゃねえぞ俺のモンだあ!」
「なにおぅ!?」
『歓迎会』と聞いて生意気だとかどうとか因縁つけられて殴られたりするんじゃねえだろうなと想像していた俺の顔色が変わる。っていうか早パイそれならそうと教えてくれりゃあ良かったのによぉ! 食べ放題飲み放題とか最高じゃねえか!!
思わず目を輝かせて隣に座るギラギラスーツ……金の魔人なる男を見れば、金髪の美少女を膝の上に乗せる職場の先輩らしき男はニヤリと笑って頷いていた。
「ぜんぶ、俺の奢りだ」
「よっしゃあ!! ……あれ、その娘は?」
「――ん」
もぞりと身をよじらせる、男の胡座の上にお尻を乗せる金髪の少女。同じ人間とは思えないくらいの綺麗な顔はなんとなく俺より年下なんじゃないかと思わせる幼さが残っていて、煌びやかな恰好のギラギラ筋肉に負けず劣らずのキラキラした長い髪も特徴的ではあったが、俺が注目したのはそこではなかった。
(で……でけ……いや多分マキマさんとあんま変わんね、いやちょっとでかいかも!! いやでもエッロ!!)
身に纏う薄い生地のドレス、無防備に開かれた胸元からは
「……ん。騒がしいと思えばチェンソーに血の悪魔……いや、今は魔人か。久しぶりね、元気してた?」
「――げぇっ、おま、おま……魔人になったのか!? いや誰じゃ!? 覚えとるのに覚えとらん、なんとなくだが貴様もっと醜くなかったか!?」
「酷いなあ、まあ否定はしないけれど。でもそれをいうなら貴方も大概じゃない?」
「――そう! 我はパワー! 強く、気高く、美し――」
「気高いかぁ、お前……?」
「私の方が美しいけれどね。チェンソーもそう思うでしょう?」
「ッス、マジでエッ、かわ、綺麗だと思います!! ギンギラ先輩の妹さんか何かで!?」
「なにおぅ!?」
「ギンギラ……それならせめてゴールデンとでも呼んでくれ。ゴールドでもいいぞ。あとこの娘は嫁だ」
「ん、初めましてチェンソー。私はゲルダ、よろしくね」
「!?」
現実はいつもくそったれである。というよりこんな美女が身近に居るようならそりゃ男なら手を出さない訳がなかった。
ギンギラ……ゴールデン先輩の発言に俺が目を剥いた直後、俺たちを乗せる車を運転する女――外から見るより広々とした印象の車内ではあったが軽く首を動かして様子を伺っても運転席に座る奴の声しか聴けなかった――が、機械みてぇな声で話しかけてきた。
「ご主人様、標的に動きが。鳥に擬態し潜んでいたようですが、要請を出して動かしたデビルハンターに追い立てられ空に逃れたようです」
「――よぉし、それじゃあとっとと済ませるとするかね」
ゲルダちゃんが膝上から下りるのに合わせよっこいせと腰を上げたゴールデンは流れるように、パワーの首を掴んで──、
「あ? 何を――ぎゃぁあああ!?」
スパっと、その痩せた首を爪で裂いた。
鮮血が迸る。
「なっ、」
これから向かう宴を前にウハウハと余裕をぶっこき、なんなら食事代は全額奢ると言っていたゴールデンを内心じゃ子分扱いしてた節のあるパワーは突然のことに真っ青になってた。
だらだらと血を滴らせる首を抑えようとしていたパワーは、自分の前にのしかかった女の子に身動きを封じられている。咄嗟に身構え心臓から伸びる線を引こうとした俺も、いつの間にか伸びた金髪筋肉の腕に線を引こうとした手を掴まれてた。
「おまっ、何をしやがるんだてめ……!?」
「言っただろう? 今悪魔を追ってるんだよ、だけど俺たちもさっきまで別の悪魔の相手してたばっかだから血が足りなくてなあ……一般人から血を貰う訳にもいかないから同僚の魔人たちから買い受けようかなあ、と」
「あァ……!? それならパワーので良いじゃん、好きなだけ持ってけ!! 俺を巻き込むんじゃねえ!」
「デンジ貴様ワシを売ったな!? おのれ許さん裏切り者め、おいお前たちコイツじゃ! コイツから血を吸えぎぃやぁああ…………」
隣から聞こえた断末魔。腕を押さえつけられたままパワーの方を見れば、馬乗りになったゲルダちゃんに捕まったまま首を裂かれてできた傷口に吸い付かれていた。
胸と胸が重なって形変えてる……片方パットだけどゲルダちゃんのは間違いなく本物だった。やべえ胸に目が行き過ぎてパワーの悲鳴とかどうでもよくなってきたわ。
「これから歓迎会だから後に響かない程度にしてやれよー。……足りそう?」
「んーっと……もうちょっと欲しいかも」
「だそうだ」
「いやだそうだじゃないですけどォ!? マジで何言ってんだアンタ!!」
「俺としてはどっちでもいいんだけどさ。俺とゲルダ、どっちに血を吸って欲しいか言ってくれたら希望にはそうぜ」
「――ゲルダちゃんでよろしくお願いしますぎゃぁぁああああ!!」
つい即答してしまった直後に首をかっさばかれて悲鳴をあげる。
いてえ、うわぁゴールデンのやつの爪金色になってすっげえ伸びてる……なるほどだからあんなあっさり首を切れたのねいややめろ痛いわふざけんじゃねえぞこの野郎……。
半ギレ気味になって身をよじらせた俺の上に、むさ苦しい筋肉に代わってドレスの美少女がぽすんと乗っかる。めっちゃ軽かった。
デビルハンターみてえなぶっそーな仕事に関わってるとはぜんぜん思えないような白くって細い手で首から垂れた俺の血を受け止め、小さな口から伸ばした舌でぺろりと舐めるゲルダちゃんを見た俺の心臓がドグンと脈打つ。
「やっべ……エッロ……」
「よく言われる。金で買ったエロさだよ、凄いでしょ?」
「すっげぇっす……、ふぉおおォおおあ!?」
密着してきたグレダちゃんに首筋の傷に吸い付かれ思わず情けない声をあげる。
唇とかベロとかが首に押し付けられるのもそうだけどチューチューとかじゃなくてピチャピチャとかズチュッとか聞こえるのやべえ、なんかやべえ!!あと俺に伸し掛かって血ぃ吸ってるから胸の感触すごい伝わってくる! 柔らかっ、これパワーのと全然違うんだけどやっば!!
「ちぇーんそー、
「ぬがあああくすぐった!! ひィん! まっひょぁああああああ!!」
甘い匂いと柔らかい感触、あと超絶くすぐったい吸血に翻弄される俺がそんなに面白かったのか金髪筋肉は爆笑していた。見せもんじゃねえぞ! あ待っておっぱいやわやわこれが味わえるんなら見せもんにでも輸血タンクにでもなってやるよぉ!!
「あーおっかし……なんだよもしかしてお前普通のガキかぁ? 物騒なのが職場にやってきたと思えば随分と可愛い後輩なもんだ。……ゲルダ、準備はできたかぁ?」
「……ん、ばっちりだよ。ふふ、美味しくはなかったけど力は溜まったね。ありがとうチェンソー」
「んぉ、あぁ……?」
首筋に舌を這わせていたゲルダちゃんが俺から離れる。痛めつけられるよりもよっぽど過酷な拷問にさえ思えるようなくすぐったさがまだ残っているような気がして首の切り傷に触って確認してみたが……結構ざっくりと裂かれたはずの首の傷は、いつの間にか治ってしまっていた。
「――対象の座標、特定済みです。24秒後道路を右折、射線を確保致します」
運転席からの言葉。目をギラつかせたゴールデンは、ゲルダちゃんを抱き上げると窓を開いて車の上によじ登っていく。
「おぉーいいなあそれ、俺もやりてぇ~!」
「普通に通報されっからタイミングには気をつけろよ。俺は……例外だ」
偽りの悪魔と呼ばれるモノがいる。
都市にて存在を観測された直後から最優先の討伐対象として登録されたそれは、その危険度の割りにはあまり人を食いはしない。ただ――心を蝕む。
疑念をばらまく。正義を騙らせ悪を為し、悪を誤認させ正義を暴走させる。偽りの悪魔に目をつけられた者や棲み処の周辺に訪れたばかりに嘘への恐怖を刺激された人間はささいな嘘すら許せなくなり嘘をもってしか己を守ることができなくなりやがて人のコミュニティのなかで盛大に
体は、身を鍛えれば鎧を纏えば武器を向けられても守れるかもしれない。
だが心はそうもいかない。言葉を、意思を、欲望を刺激されればあっさりと弱い人間は特定の方向に傾き悪意を持って周辺の人間を無造作に傷つけていく。
だがその危険性故に、偽りの悪魔は一度見つかればデビルハンターに延々と追い回されることとなるのが常で。
秋葉原のビルの上、カラスに擬態した偽りの悪魔は身を隠していた。
《畜生、デビルハンターどもめ……》
カラスの皮膜に覆い隠した傷が疼く。一度化けの皮を剥がされれば露わになった傷だらけになった異形だ、釘の悪魔のバフを受けてのめったうちを浴びたのもそうだが熱の悪魔によってつけられた傷は内側から肉を炙る。公安のデビルハンターに指揮された民間のデビルハンターたちによる攻撃は着実に彼を蝕んでいた。
だが、人に、人に鳥にと変身を繰り返したことでようやくしつこい追跡を振り切ることができた。あとはデビルハンターに見つからずに傷を癒すことのできる場所さえ見つけられればという段階であり、その点でいえば都市は強力なデビルハンターこそいるものの獲物となる人間には事欠かない優れた環境ではあった。
《ひとまず、身を休めるところを探して――あ?》
そこで、気付く。
《なんだ、アレ――光っ、て》
「ハニー、準備はいいな?」
「もちろん、ダーリン」
ガチャガチャと、車上で音が響く。
ゴールデンと名乗る男。その腕が、金色に輝いて
「距離は3200と少し――まあ、余裕だな」
現れたのは、2m以上の銃身をもつ黄金のライフル。開け放たれた窓から顔を出し腕を変形させて組み上げられた金色の狙撃銃を見たデンジがおぉーっと声をあげた。
偽りの悪魔。他者に姿を偽装しての逃走を繰り返していた悪魔の居場所は、既に割れている――。そういうことをできる人間の人生を、2人の魔人は
そして、いつの時代においても――財ある者の力は強いと、相場は決まっている。
「これ、幾らすると思う?」
「ん―? 普段の俺たちの銃撃が1発10万円で、燃料が血の魔人にチェンソーの血だろぉ? アメリカやソ連あたりが存在を知りゃぁ心臓ひとつ獲るために3、400万ドル動いても驚きやしねぇし……血だけじゃ触媒にもいまいちだとしても、
「そっか。それじゃあ三途の川の渡し賃には十分そうだね」
そりゃそうだと嗤えば、引き金に細い指が当てられる。
2人のためだけの特殊車両。ルーフに取り付けられた連結器に腕を変形させたライフルを接続したゴールデンは、肩に頭を乗せるようにしてライフルのスコープを覗き込んだ。
「いけるか?」
「もちろん。もうあの悪魔の運命
「それは重畳」
気軽な問答とともに、黄金の引き金が引かれる。
《――》
瞬く金色の光。たったそれだけで、偽りの悪魔が消し飛ばされた。
「おー……なんかかっけー……」
「金の魔人めぇ……遠慮なく吸いおって……」
「戻ったぞ。デンジ、パワー、血の提供に感謝して10ゴールデンポイントをやろう。50点溜まれば好きなものを買ってやるぞ」
「「うぉおおおおお! ゴールデン最高! ゴールデン最高!」」
「媚びるのに躊躇がないな?」
金の魔人はお金が好きだ。なにせ金さえあればだいたいのことはできる。
「あー! デンジくんと金色ふーふきたぁ! もぉ待ってたんだからねえ!」
「集合時間には間に合ったろうに」
「あ、あれがゴールデン……姫野先輩の言ってた通りだ、本当に成金のクズみたいな恰好してる……」
「あ、俺これからハニーとラブホ行ってくるわ。飲み会の支払いは姫野な」
「嫌ぁー!? 待ってよぉ結構な数来るのに私に押し付けて帰らないでゴールデン様謝るからぁ!」
金の魔人は人間が好きだ。何しろ人間は金を求めてやまない。自らの象徴である金を求め恐れ狂う人間を見るのは本当に愉快だった。
「うぇぇ」
「吐いた……」
「飲み込みやがったこいつ! ふははははマジか! 流石に引く! ……いや流石に不味い悪魔でも今のは笑えんわ!」
「お手洗いに連れてってきます!!」
金の魔人は散財が好きだ。使えど使えど尽きぬ見飽きた金の山を眺めてるよりそれで娯楽を買い利便性を買い手足となる者を買った方がよほど為になる。
「――マキマ」
「今晩は結構頑張ったね、ゴールデン。……でも残念、私の勝ちだよ」
「あぁぁちくしょう俺ゴールデンに賭けてたのにぃ!」
「まだま、だ――ガク」
「ご、ゴールデンが潰れたー!」
「もう、飲み比べでしか勝ち目がないからって意地っ張りなんだから……。私お手洗いに連れてってくるね」
金の魔人は人間が苦手だ。嫌な奴はとことんウザイし――良い奴は、気付いたらいなくなってしまう。
「あー。糞。銃の悪魔の手先か……? まさか人外覗いたほとんどの仲間が死ぬとはなぁ」
「……姫野も、いなくなっちゃった」
「――くそったれ」
金の魔人は悪魔が苦手だ。人の好きなものを、あまりに遠慮なく踏みにじる。
正直その快感はわかるので、嫌いとも言い切れないのだが。でもやっぱり、自分の好きなものを奪った悪魔は何度でも殺したくなる。
「おぉう早川。生きてるかぁ」
「……金の魔人」
「ゴールデンと呼びな。レゼの相手しんどかったろ、いやほんとお疲れ様」
「……確か、2人は別の仕事に行ってたんだっけ」
「
「……台風の悪魔もいた。あんたなら、勝てたか?」
「多分な。俺が本気で殴れば大抵の悪魔は死ぬ。銃にだって相性はいい筈だし」
「俺が勝てないやつが居るとしたら、そうだなあ。……地獄くらいかね」
金の魔人は、マキマが嫌いだ。
他の人間は何に執着しているのかわかりやすい。金に、命に、最愛に、破壊に、芸術に――例え金に恐怖も依存もしていなかったとしても、金の魔人にとってはどのようなものに他者が執着してるか把握するのも、それを刺激してやるのも容易いことだった。
マキマにはそれがない、あらゆる欲望を理解する魔人に対しても一切それを明らかにしない。
金の魔人はマキマのそういうところが嫌いで、苦手だったし――怖かった。
「――地獄、かあ」
「あ、あぁ。終わった。終わった……。」
「……気持ち悪ぃ……」
「――全員、一歩も動くなよ。何があっても」
「咄嗟にゲルダを外に出せたのは運がよかった……これから有り金ぜんぶ使い切って、門を開く。死ぬのは1人……2人だけだ」
金の魔人は、マキマが嫌いだった。
だって自分の趣味を理解して、好むものを理解して。もしもどうしようもなくなったとき、躊躇なくそれを救うために命を差し出せと言いやがる。いや言ってないがそういう風に誘導するのだ。
けれども――
気に入ったものを守るために死ぬというのなら。まあ、悪い気分ではない。
「闇の悪魔ぁ。……誰も殺せなかったのが不快かぁ、えぇ? 俺はここに、いるぞぉ!!」
「んぐっ、ダメージは私にもくるかあ。あ、でも……三途の川の渡し銭。地獄の悪魔は受け取ってくれたみたいだね。
――地獄逝きの舟に乗るのは彼と私だけ。他は現世でゆっくり死ぬといいわ」
「金の煌めき、お前に耐えられるか、あぁ!? ――現世にてめえ連れる訳にいかねえからな、半殺しで済ませてやらぁ!!」
――これは、金の魔人が闇に挑んで死ぬまでのお話。
・金の魔人
マネーイズパワーでありゴールデンイズパワー。つまり現代において想定できる最強の魔人である。貨幣の概念はマキマさんですら一定の尊重をしていると言えば強さはわかりやすいか。
ゲルダの金はゴールデンのものでありゴールデンの金はゲルダのもの。機嫌がよければゴールデンポイントをくれる。50点溜められれば1000万以下ならポケットマネーとしてポンと何でも買ってくれる。100点溜めた者は現状3人しかいないが全員権利を使う前に死んだため遺族の今後の生活の安定と安全の確保、豪勢な葬儀に用いられた。
血の悪魔とは地獄で悪魔としてブイブイやっていた時代からの仲良し。チェンソーは普通に嫌いよりだったが何度か殺し合って仲良くなった。