小南桐絵が弱いやつをキライになるお話。

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弱いやつはキライなの

「むーっ!」

 

 涙交じりに頬を膨らませているのは小南桐絵。本人が聞けば気分を悪くするだろうが、12歳という年相応の少女の顔になる姿は実に愛おしい。

 

「納得行かない!」

「やめろよ小南」

「なんでよ! そういう迅だって同じ気持ちでしょ!」

 

 小南は不満げに声を荒げた。

 すぐにでも暴れだしそうな彼女を年が近い迅悠一が抑えつける。なぜ止めるのだと小南が訴えると、わずかに迅の手の力が緩んだ。好機と見た小南は彼の賛同を得ようと話を続ける。

 

「どうして私達が前線じゃなくて護衛なのよ! 納得行かない!」

 

 いつも以上の剣幕に迅は乾いた笑みを浮かべた。

 二人は幼いながらに『ボーダー』という組織に所属している。世間一般には公開されていないが、地球から離れた星『近界(ネイバーフッド)』という異世界から攻め寄せるトリオン兵を撃退する任務を受け持つ組織だ。

 ボーダーは近界(ネイバーフッド)の中に三つの国と同盟関係にある。この度そのうちの一国が別の国と戦闘状態に陥り加勢要請を出されていた。協力関係にある上に放置すればこちらにも攻め寄せてくる可能性がある。ボーダーは要請に応じたのだが、せっかくの戦いの場で小南たちは戦闘ではなく現地に設置する本部の護衛役を任された。

 普段から鍛えていた力を見せつける絶好の機会であるというのに納得がいかない。

 

「仕方がないだろう。別に不満なのはお前だけじゃない」

「あっレイジさん」

 

 叫び声を聞きつけたのか、木崎レイジが小南を落ち着かせるように肩を叩いた。

 

「俺や迅だって同じだ。だがそう命令を下された以上は従うだけだ。お前だって林藤さんに迷惑をかけたくないだろう」

「それは、そうだけど」

 

 叔父である林藤匠の名前が上がると小南はしぶしぶと引き下がる。

小南は普段から林藤を慕っていた。何かあればすぐに駆け寄る等頼りにしている。ボーダー内で林藤は上の立場にある為、自分の事で何か言われてしまうのは申し訳がなかった。

 

「おー。元気な声がするかと思ったらやっぱり桐絵か」

「あっ。叔父さん!」

 

 すると階段を伝って本部の二回から叔父の姿が現れる。不満だった小南の表情が笑顔であふれた。

 

「はーっ。しっかり見ておけよ林藤。子供のお守りはお前達の役目だろ」

「げっ。梅咲」

「梅咲さんだ」

「痛い! ちょっと、やめてよ!」

 

 しかし彼の後ろに続く男、梅咲鉄弥の顔を見て小南の笑みは消える。露骨に嫌な顔を浮かべると梅咲は言葉を訂正しろと頭を叩いた。即座に林藤の影に隠れると梅咲をにらみつける。

 

「お前達の声聞こえてたぞー。確かに護衛任務は退屈かもしれんが、味方との連絡にも欠かせない大事な役目なんだ。しっかり頼むぞ」

「わかってるけど」

 

 林藤の頭をなでながらの言葉に小南は渋々と頷いた。納得したわけではない。しかし作戦会議を経ての決定だ。覆る事はないだろう。ならばせめてこれ以上迷惑はかけないようにと嫌々ながら従うのだった。

 

「甘やかしすぎるな。俺達の出番が終わるまでお前達はおとなしくしていればいい」

「はーっ!? 何よそれ! 私達はいらないって言うの!? 言っとくけど、私もう迅の2倍は強いんだからね!」

「おい小南!?」

 

 ただ梅咲は林藤の言葉が気に食わなかったのか鼻を鳴らしてそう告げる。馬鹿にするなと小南は叫んだ。たとえにされた迅の嘆きが木霊する中、梅咲は冷静な態度を保ったまま話を続ける。

 

「お前達の間だけで比べても意味ないだろう。同じ年代での戦いならお前は優れているかもしれないが、じゃあ俺達とやって勝てるか?」

「そ、そんなの。やってみないとわからないでしょ!」

 

 強気にそう言ったが小南の声は震えていた。勿論強いという自負はある。しかし忍田を始めとした年代が上の隊員と比べるとやはり実力差があるのは彼女自身もわかっていた。

 

「そんなプライドは今のお前には不要だ」

「なっ」

「お前は迅たちと一緒に俺達の報告を待っていればいい」

 

 小南の心中を見抜いたかのように梅咲は指摘する。

 

「いつも言っているだろ? 俺は————」

 

 梅咲は普段から彼が口癖のように話していた言葉を小南に再びぶつけるのだった。

 

「もう! そういうのやめてって言ってるでしょ!」

 

 たまらず小南は不満をぶつける。そんな彼女の叫びを背に、梅崎はその場を後にするのだった。

 

 

 

 

「——遅い! もう、皆何をやっているのよ!」

「騒ぐな、小南」

「だっておかしいでしょ! 何かしら連絡があってもいいのに!」

 

 『同盟国』作戦本部。

 条約通りボーダーは同盟国の援軍として戦いに参戦した。

 やはり小南達幼い隊員は同盟国の領土の一角に設置した作戦本部に待機命令が下される。

 ここまでは指示通り従ったのだが、定時報告の時間からすでに40分が経過していた。どういうことだと小南は席を立つ。

 木崎が静かにするよう諭すも、彼自身不安が過ぎっているのかその口調には覇気がこもっていなかった。

 

「きっと何かあったんだわ。私、ちょっと様子を見てくる」

「おい。待て小南。俺達には待機命令が出されている。それにもう砲撃の音も止んできただろう? そろそろ何かしら動きがあるはずだ。俺達は」

「うるさい! 砲撃がやんだならなおさら動くチャンスでしょ! そんなに怖いならレイジさんはここにいて。私は行く!」

「ま、待て! 駄目だ、小南! 行くな!」

 

 小南は木崎の制止を振り切って走り出す。

 トリオン体は身体能力も向上されている為あっという間に彼女の背中は遠ざかった。

 

(大丈夫。訓練通りやれば。いつも通りやれば!)

 

 問題はない。他の者には危険だからと止められたが小南も訓練を積んで強さを得た。必ずや成果を上げるんだと小南は強い意志を宿す。

 直後、近くの茂みから物音が響いた。すぐさま小南は方向を変え、その音の方角へと視線を向ける。やがてそこから敵の兵隊数人が小南から離れるように身を翻した。

 

「なんだ、こんなところにいたの!」

 

 敵の撤退を見て小南は追撃をかける。早速現れた出番だ、見逃す手はなかった。すかさず小南は武器を手に逃げる背中を追いかける。

 敵が潜んでいた茂みを超えて——

 

「えっ!?」

 

 彼女の足が一本の鋼線に触れた。直後、茂み一体に大爆発が生じる。小南の体はあっという間に爆発に飲み込まれていった。

 

 

 

 

「うっ……あっ」

 

 小南はその場にうずくまる。

 トリオン体ではない。生身の体でだ。

 先程の爆発は致命傷だった。トリオン体は限界を迎えると崩壊し、生身の体へと戻る。当然この状態で敵の攻撃を受ければひとたまりもないだろう。

 だから小南には爆発を見て転進した敵の姿が死神のように映った。

 

「——いや!」

 

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 小南はなりふり構わず逃げ出した。

 違う。訓練じゃない。

 これは、戦争だ。

 生身の肉体であろうと関係ない。相手は容赦なく手に持つ銃口を小南に向けるだろう。

 それを再認識した瞬間、小南の思考はパニックに陥った。

 

「あっ!」

 

 冷静さをうしなったためか、がれきにつまずいてしまう。

 痛みに晒されるがそれどころではなかった。すぐに立ち上がろうと腕を伸ばして、

 

「こ、んのっ。あっ——」

 

 彼女の胸元に銃弾が突き刺さった。

 

「……あっ。れ?」

 

 腕が力なく地に沈む。力を入れようにも感覚がわからなかった。

 その直後、彼女の視界に赤い液体が広がっていく。

 小南の血液だった。傷口からあふれ出した血はどんどん地面を赤く染めていく。

 

「なんだ。ガキか」

「関係ない。まだ生きてるかもしれない。油断するな」

 

 敵の声が遠くに聞こえた。

 どうしてだろう。危険が迫っているというのに。小南の思考は非常に落ち着いていた。

 

(——ああ。叔父さんに申し訳ない事しちゃったな)

 

 林藤の顔が脳裏に浮かぶ。

 迷惑をかけたくないと思っていたのに、考えられる限り最悪の事をしでかしてしまった。

 せめて最後に謝りたかったけれど、そんな事叶うわけがない。もう嫌だと小南は瞳を閉ざした。

 

「ぐっ!」

「あっ!?」

 

 だから諦めかけていた小南には自分にとどめを刺そうとした敵が何者かに襲撃された事など知るよしもない。

 何故か何時まで経っても追撃が来ない事を不思議に思い目を開いた。

 

「馬鹿。だから言っただろ」

「梅、咲……」

「さんをつけろ」

 

 こんな時までそんな事を言うのかと小南は悪態をつく。

 現れたのは梅咲だった。戦闘の後なのだろうか彼のトリオン体の消耗も激しい。片腕はなく、あちこちが傷だらけだった。

 

「すぐに治療が必要か。今さえもてば大丈夫だろうが、あいにく俺には医術の心得はない」

「そんなの、知ってる」

「はぁ。だから嫌だったんだよなあ」

 

 ため息を零して梅咲は頭をかく。何度も会話を交わしていたはずなのに、小南はなぜか初めて彼と本音で話をしているような錯覚を覚えた。

 

「お前らみたいな子供がこんな所でるべきじゃねえってのに」

「うる、さい」

「だってそうだろ。事実こうなっちまったんだから」

 

 そう言って梅咲は自分のトリガーを手にすると小南へとかざす。何を、と問う前に梅咲はある行動を実行に移した。

 

「いつも言ってるだろ。——俺は弱いやつが嫌いなの。お前も、皆も。すぐに無理しちまうんだからよ。ふざけやがって。許さねえぞ」

「梅、咲……?」

「お前らみたいな弱い奴が、こんな戦場で死ぬだなんて許さねえ」

 

 瞬間、梅咲の全身から光が放たれる。

 その光は一点に集中し、収束すると——やがて一つのトリガーと化して小南の手に収まった。トリガーは小南の意志とは無関係に発動し、新たなトリオン体へと換装。無傷の体を小南は手にした。

 

「これって……」

 

 普段とはくらべものにならないほどのトリオンを感じられる。

 間違いない。これは、(ブラック)トリガーだ。トリオン能力に優れた者が全ての力を振り絞ってようやく作れるかどうかという禁断の代物。

 

「なん、で。梅咲?」

 

 それを理解した小南はすぐに視線を上げた。

 (ブラック)トリガーを作ったものがどうなるのか、かつて耳にした噂が脳裏によぎる。

 彼女の視線の先にはうっすらと笑みを浮かべた梅崎の姿が映って、

 

 

 

 力を使い果たした彼の肉体は、塵となって崩れ落ちた。

 

 

 

 

「……は、ぁっ?」

 

 理解できない。

 梅咲はどうなった?

 呆然としたまま、小南はただの塵の塊へと手を伸ばす。かつて梅咲を構成していたそれは、やがて強い風に煽られてどこかへと吹き飛ばされてしまった。

 消えていく。

 梅咲が、離れていく。

 

「なんで? なんで?」

 

 なんで、助けた?

 (ブラック)トリガーの事を知らないはずがない。死ぬとわかっていたはずだ。

 それなのに普段から散々馬鹿にするような態度だった梅咲が、どうして?

 

「小南!」

 

 誰かの叫び声が耳朶を打つ。

 振り返ってそれがようやく木崎のものであると気づいた。先ほどの爆発音で攻撃を悟ったのだろう。

 

「無事か小南!?」

 

 乱暴に小南の肩を揺さぶる。冷静な木崎らしからぬ行動だ。よほど心配していたのだろう。

 

「うん。私は大丈夫。私は、もう弱くないから」

「小南?」

 

 雰囲気が変わった事を察したのか、木崎が不安げな声色で彼女を呼び止めた。

 

「戻ってて。私は、この戦いを終わらせに行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったよ。梅咲、さん」

 

 小南はある墓前で終戦の報告を行っていた。

 梅咲家と記された墓石にはボーダー隊員であった梅咲が眠っているとされている。

 結局梅咲の体は骨一つ残らなかった。その為あくまでも形式だけの墓だ。それでもここで拝めばひょっとしたら伝わるのではないかと、小南は心を込めて手を合わせる。

 

「9人。9人生き残った。10人も死んじゃったけど、ボーダーは、続けていくから」

 

 ボーダーは同盟国と共に敵国の撃退に成功した。

 しかしボーダーはあまりにも多くのものを失ってしまう。19人いた隊員はこの戦争でわずか10人にまで減ってしまった。そのうち梅咲を含め数人は黒トリガーとなっている。

 (ブラック)トリガーの戦力は非常に大きなものだった。結果として彼らの犠牲が今回の作戦成功につながっている。

 

「滅多にこれないかもしれないけど、許してよ? 大体梅咲だって、んっ。梅咲さんだってここに来るくらいなら訓練しろって言うだろうし」

 

 どうにかこの呼び方に慣れなきゃなと言い直して小南は続けた。

 彼の口癖だった言葉を思い返し、小南は必ず強くなってみせると墓前で誓いを立てる。

 

「強くなってやる。ボーダーの中でも一位になれるくらい」

 

 『弱い奴はキライなの』と彼はよく口にした。

 ならば一位にたってみせる。もう文句なんて言わせないくらい。

 

「だから。だか、ら……」

 

 想いをぶつけようとして、涙があふれ出す。

 駄目だ。

 やはり、まだ、なり切れない。

 強くなりたいのに。

 まだまだ小南の中で弱さが残っていた。

 

 

 

 

「そうか。君でも(ブラック)トリガーは駄目だったか」

「はい。あの後何度か試しましたけど、結局起動する事は出来ませんでした」

 

 ボーダー指令室で総司令官の城戸正宗と小南が向かい合う。

 机の上には小南が手にしたかつて梅咲であったもの、黒トリガーが置かれている。

 あの戦争以降、小南は何度か試したものの(ブラック)トリガー発動には至らなかった。他の隊員はそもそも適正がなかったのだろうか一度も起動できていない。使えれば大きな戦力となる為期待が高まるのだが、残念ながら目途がたたなかった。

 

「ただ、理由はわかると思います」

「何かね?」

 

 すると小南は思い至る所があったのか一つの考えを打ち明ける。

 手がかり一つでも重要な事だ。何でもよいから話してくれと城戸は続きを促した。

 

「多分、強い人でないと起動できません。中途半端じゃダメです。徹底的な強さをもった人じゃないと」

「一度は成功した君が駄目になった理由は?」

「私が弱い姿を見せたからだと思います」

 

 小南が想像するのは梅咲の墓前で涙を流した事。

 涙は心の弱さを示すともいわれる。そういう事を梅咲に見抜かれたのかもしれないと考えていた。梅咲は弱いものはキライだったから。

 

「だからそれはあずかっていてください。きっといつか、必ず私が使いこなしてみせます」

「そうか。わかった」

 

 曖昧だが強い決意の籠った言葉を聞いて城戸は二つ返事で頷いた。

 条件は不明だが現状小南が最も可能性が高い。ならば彼女の意志を尊重する事が一番だと考えた。19人の中の生き残りに託すのが一番。そう思ったから。

 

 

 

 

 

 そして彼女の決意から数年後。

 

「見た感じあんたが一番強いんでしょ? あたし弱いやつはキライなの」

 

 今も小南は強さを求め、磨いている。

 いつか彼女が思う強さを手に入れる為。


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