死に目に魂貰いに来るタイプのロリババア   作:Pool Suibom / 至高存在

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出口のない循環は永遠と呼べるのだろうか(何度手を離しても、何度も手を繋げばいい)

 かつてここに、栄華を誇った文明があった。

 暗き地の底、闇の底。しかし美しく咲く電光の花畑は、一度散った。

 否、元から造花であったのだろう。美しくも、ただ美しいだけ。生きてはいない機械の花。新しい発明が、興味深い発見が生まれ続けるかの都市には、感情というものが欠けていた。

 

 今、眼下に見得るのは──同じく、電光の花畑だ。

 けれど、その細部には人がいる。人が、疲れ果てて、笑い合って、苦しんで、喜んで……生活をしている。

 同じものを作ってはならぬと努めた人間が、また一人、また一人と死んでいく中で、新しい命がこの国を継いできた。

 

 遠い。遠い過去。

 自らが父親から受け継いだ、あの血と泥に塗れた国を思い出す。強く、強くあるために、誰もが強くあり──弱きは弱いまま、虐げられ、働かされ、汚く果てて死んでいく。

 何も変わっていないのだろう。自らは、地上で魔を纏めようとも、地下で人を守り抜こうとも、決して何も変わらずに──あぁ、歳だけ取ってしまったのだろう。

 

「魔王様」

「……ああ」

「……ありがとう、ございました」

 

 何か──側近の誰かが、何かを言った。

 声はもう、聞こえない。"魂"には規模があると、昔、教えてもらった。学者だったか、研究員だったか。とかく地上の者で、もう顔も名前も覚えてはいない。

 

 私の。

 

 ……俺の"魂"は、大きくなり過ぎたのだと。いずれ貴方は、誰の声も聞こえなくなる。いずれ貴方は、孤独に身を窶す事になる。そう、言われた。

 まさにそうだ。その通りだった。

 

 聞こえない。

 人の声も、虫の音も、鳥の囀りも聞こえはしない。ただ、この国に流れる淡水の川のせせらぎと、木々の揺れる風のざわめきだけが嫌に響く。

 静かな──誰もいない、何も聞こえない、孤独な世界。

 

 こんな世界が、どれほど続くのか。

 こんな世界が、どれだけ続いたのか。

 

「──素晴らしい、と……言っておくか?」

 

 ふと、声が聞こえた。

 少女の声だ。美しい鈴の音のような、透き通る硝子のような声。

 

 窓辺に、彼女はいた。

 

「最近あんまりにも素晴らしい事が無くて、言ってなかったんだがな。なぁ、ディスプの息子。久しいな、何千年ぶりか」

「……名は、教えただろう。それにディスプは……家名だとも」

「フィルエル」

 

 どこから入ってきたのか、などと聞くのは無駄だろう。

 この国の至る所。恐らくは地表の全てに、彼女の樹はある。様々な用途が当てられる硬質の樹木は、近年になってようやく加工技術が発見された。持ち出された樹木が高額で取引されていることなど、彼女は興味も無いのだろう。

 どこに運ばれようが、彼女にデメリットはない。この世の全てを覆い尽くした彼女に、そこへ割く興味は存在しない。

 

「……お前は、変わらないのだな。初めて見た時から……ずっと、その姿だ」

「俺は【不老不死】だからな。お前も、人間種にしちゃ随分と成長の遅い方だろ」

「はは……違いない。それは本当に、違いはないのだろう」

 

 成長は遅かった。

 周りがどんどん老齢になっていく中で、俺だけが取り残される。誰もが先を行く。誰も振り返ることなく、俺を置いていく。

 けれど、ようやく。

 ようやくだ。

 

「……あの時の、父上の年齢は……とうに追い越した。容姿はようやく、追いついたな」

「あぁ、老けたな」

「老けることが出来た、だ」

 

 自身の手。腕。胴も足も、もう皺だらけだ。

 

「"寿命"だけを消費して、"経験"が残るのか。いびつだな」

「"寿命"だけが延びて、"経験"がほとんど育っていないお前が吐く言葉では、ないだろう」

「ヤだよ。"経験"が育つって事は、忙しいって事だ。そんなのお断りだね」

 

 自然と、話し相手は"魂の規模"を大きくする者だけになっていった。

 俺の中を流れるらしい、悪魔の血。それを見てか──はたまた、親の情でもあったのか。ゼヌニムという悪魔が来たり。それに連れられて、一羽の鳥が来たり。戸棚を勝手に開けて、勝手に食料を漁るマハラスという悪魔が来たり。面白半分に、ラヘルという悪魔が来たり。

 ……悪魔ばかりだな。

 

「あ、そうそう。丁度見つけたんだよ。森の近くに捨てられててさ。ほれ、これ」

 

 俺の横たわるその寝台に、一つの籠……動物などを入れるケースが置かれた。

 中には、二匹の猫。親と子。

 

「……あぁ。そうか。そうなのか」

「おいおいまだ"経験"……"感情"が増大するのかよ。枯れねえ奴だな」

 

 子猫の方は、俺を威嚇するように親猫の前に立ち、こちらに牙を見せている。

 そこまで嫌いか。傷付くな、本当に。

 

「捨てられていたのか」

「森は結構不法投棄多いぜ? 基本オーゼル達が食べるからいいんだけど、こういう動物はなー。魔物娘にしても大した規模が得られないっていうのは知ってるし、基本は適当な食料として殺すんだけど、見覚えのある"魂"だったから、ついでにな」

「……相変わらずのようだな、お前は。本当に」

 

 可哀想と思う心はあるが、思う対象が違う。惜しむ気持ちはあるが、惜しむところが違う。感情がないわけではない。恐らく、この国に住む人間一人分程度の感情は持っているが──価値観が、世界観が違う。

 それはでも、俺もそうなのだろう。強きが強きのままであれ、弱きが弱きのままであれという俺の理念は、しかしもう、この国からは薄れている。聞こえていた頃も、聞こえなくなった今も。人々は助け合い、ぶつかり合い、騙し合い傷つけ合い、そして手を繋ぎ合い。弱きと強きが並んで歩く姿など、俺は見たいとも思わないし、弱きが立ち上がる姿など、無い方がいいと考えているし。

 ……いや、そうではないのかもしれない。いつか──自然派などという宗教があったころに、俺は言った。お前たちが強くなってくれれば、俺は二人を探しに行ける、と。

 じゃあ、なんだ。はは、矛盾していたか、俺は。

 

「この……二匹は。この国に、放ってくれ」

「言われなくても面倒見るつもりなんかないよ。お前がいらないっていうなら、適当な栄養源にするつもりだったし」

「だろうな」

「ま、放ってくれっていうなら放つけど。死に目の奴には、優しいぜ、俺は」

「冗談が……上手いな」

 

 手を伸ばす。 

 この身は、老衰で死ねるのか。"寿命"はすり減らした。悪魔から聞いた、父上の施した術式。俺の中の悪魔が、俺の"魂"を契約としてもらい受け──俺が蘇る仕組み。

 永遠は、俺にはいらなかった。辛かったかどうかと問われれば、わからん。楽しかった事も多かったし、嘆いたことも少なくはない。子に突き放され、最愛の妻とも別たれ──国を治め。ああ、けれど。ただ、もういらないだけだ。

 ずっと、選ばない事を選び続けてきた俺は、死ねるのか。

 

「なぁ、女王よ。俺は死ねるのか。俺は──お前は、俺を殺す事が、出来るのか」

「出来るぜ」

 

 即答。

 少女は窓辺から降りて、俺の横に立つ。

 

「まぁ、お前の危惧通り、このまま老衰で死んでも、お前は生き返るよ。そのまま心臓が止まる直前と止まった状態を交互に繰り返しながら、"寿命"が十分量になるまで生き死にの狭間を彷徨う。その間"経験"は倍増するから、瞬間的に莫大な量の"魂の規模"が得られるだろうさ。その技術に関しちゃ垂涎ものなんだが、お前の場合悪魔との契約が原理になってるからな。俺に再現できる奴じゃねえ」

 

 小さな手で、俺の服を捲る。完全に老人の身体だ。

 

「防虫対策、結構研究したんだ。で、悪魔ってのには契約のプロセスとか契約のラインとか、有効期限とか……まぁ面倒なのがいっぱいあるのがわかった。いちいち考えるのが面倒な奴がな。悪魔が憑くと、基本、もう助からねえ。分離できないんだよ。融合して、混ざり合ってしまう。悪魔が"魂"を食うならいいんだけどな。悪魔が、悪魔以外に融合すると、もう切り離せない。が、契約は違う」

 

 契約は、契約不履行が起こった瞬間に解除される。女王はそう続けながら、手に一つの木の枝を取り出した。

 黎樹の枝だ。

 

「ディアスポラ曰く、お前と、お前の中の悪魔の契約は"お前が死んだ場合、悪魔が魂を貰う。その代わりお前が傷を受けた場合に周囲の無機物を吸い取って肉体を再生する"ってのらしい。お前は別に融合はしてなくて、行われているのは契約だけだと」

「……ああ」

「なら、その契約。悪魔側かお前側のどちらかに契約不履行が発生すれば、契約は解除される」

 

 じゃあまぁ、簡単だ。

 彼女は、黎樹の枝を──俺の心臓に突き刺した。

 

「ぐッ!」

「痛むのはまぁ我慢しろよ。死ぬために必要な事だ」

 

 そしてそこから、メキメキと黎樹の枝が成長する。

 俺の身体を囲むように。隙間など、一切無く。

 

「結構簡単なんだよ、本当に。結局お前の再生は無機物によるもの。無機物を生体に変換する、とかいうトンデモ技術は俺には真似できない類のもんだけど、生体を吸い取って再生できないってんなら欠陥品だ。だからお前は、生体に囲まれたら──一分の隙間なく有機物によって隔離されたら、再生できない」

 

 刺し貫かれた心臓が、どくんと音を立てた。

 再生を行おうとして──けれど、行えない。起きない。否、衣服に含まれた多少の無機物がそれを補助するが、それも束の間。さらに周囲から黎樹の枝が突き刺さり──傷をつける。

 

 痛みだ。久しぶりの。

 

「"魂"ってのは、どうも、もう新しい奴は産まれないらしい。ここ数千、いや、一万と何百か? まぁそれくらい"魂"を集めてきたし、見てきたけど……どうも同じ奴ばっかなんだよな。その都度虫やら植物やらになるから全部が全部毎回一緒ってわけじゃないんだが、もう、何度も何度も同じ"魂"が別な肉体で生まれてる。記憶がどうなってるかは知らん。生まれ変わってあったら持っていけるし、無かったら持っていけない、だ。自分で確認しろ」

 

 俺の中の悪魔はまだ、契約を履行しようと、再生を行おうとしてくれているのが分かる。

 けれど、黎樹は完全に俺を隔離しているらしい。"魂"を揺るがす女王の声だけが、脳裏に反芻する。

 

 もう、いいんだ。ありがとう。

 

「俺は死なん。【不老不死】だからな。死なない様に生きてきたし、死なない様に生きていく。だから、新しい命には成れん。成りたいとも思わん」

 

 黎樹に分断された肉体が死んでいく。貫かれ、久しぶりに血を吐いた。血を流して、意識が遠くなっていく。けれど彼女の声だけは聞こえる。

 

 その声が、初めて──欲を見せたように聞こえた。

 

「もう十二分に生きただろう。誇れよ。そして、次はもっと短命な生物に生まれ変われ。十分な感情を蓄え、経験を蓄え、そして黎樹の元で死ね。また生まれ変わって、今度は長命な生物になれ。そして"魂"を鍛え、この星で死ね。この閉じた世界で、永遠に、永遠を、永遠、俺の糧になり続けろ」

 

 いつかティータさんが言っていたことを思い出す。

 女王には言葉が通じる時期があった。その時には少なくとも、会話が出来るだけの常識があるように思えたと。会話が出来れば、女王はこちらを対等に見てくれる可能性があると。

 

 どこがだ。

 

 女王は、彼女は──()()()()、そもそもが違う。

 そもそも、対等とか会話とか、そういう話をしていない。出来なくても、出来ても、同じだ。

 対話は手段に成り得ない。語らいは感情に繋がらない。生命は未知を恐怖し、嫌悪だと勘違いするものだが──ああ、これが()()()()()()()()()

 

「あぁ、あぁ! 黎き森の──黎き森の女王(ドーレスト・ホルン)よ! お前に、貴女に! いつか、いつかとびきりの死があらんことを! 俺の様に孤独を嫌え! 俺の様に静寂を拒め! いつか、いつか、いつか!」

 

 だって、生物とは、死を嫌うものだろう。

 

「いつか──貴女にも、死に目の淵に立つ、誰かが──!」

 

 声を荒げて、枯らして、俺は。

 

 死んだ。

 ──死ねたよ、ようやく。

 

 

 

 

 ディアスポラが無事、幼体から成体になったため、"魂のなる木"にする事にした。

 

「あの、主。その、これは」

「結局お前は、マハラス、なんだっけ」

「あ、はい」

「ディアスポラは?」

「ええと……そもそもの話をしますと、主の作っていた融合種の魔物種、というのは……あれはまさに、悪魔の作り方、なんですよね」

「ふむ」

 

 ティータとマルダハに始まり、"魂の規模"の大きい魔物娘を使った"魂のなる木"もこれで10本目。なんか"魂の摂取"は同じ"魂"を好まんのかなんなのかわからんが、あの火山の噴火以降"寿命"の伸び率がぐんと落ちている事が分かった。

 もうちょい正確に言うと、複製した"魂"を取り込んでもそれらがくっついちゃってる、みたいな……んー、なんと言ったらいいのかよくわからん。俺も"魂の摂取"の内訳に詳しいわけじゃないし、なんか視認できたりするわけでもないから検証の仕様が無いんだよな。

 ただわかるのは、これ以上"魂のなる木"を作ってもあんまり意味が無いというか……もっと言うと、"魂のなる木"自体が意味のないものになりつつあるというか……。悲しい事に、この自動化装置はそろそろ畳んだ方がいいっぽいのだ。

 結構頑張って作ったんだけどなぁ。

 

「悪魔とは、数多の"魂"が偶発的に、且つ急激に集った場合に発生する……なんというか、自然現象なんです。これはこの世界の設計者が"そう"あると設定したもの、としか思えない……あー、なんでしょうね、私達も何故生まれたのか、というのはわかっていない状態なんです。あの主、大分締め付けが強い」

「へぇ、至高存在さんが。じゃあ何かしら意味があんのかね」

「至高存在……?」

 

 ぶっちゃけもう、世界中に黎樹は張り巡らせた。だからもう必要のないものなのだ。この"魂のなる木"は。どころか無駄に複製素材と薬液を消費して、言うほどの"魂の規模"は得られないという、無用の長物になりつつある。効率が悪いんだな。

 あの噴火はリリスとかいう悪魔のせいらしい。その時点で"魂のなる木"の効率が変わってしまった辺り、そのリリスとかいうのが何かした、と見ていいだろう。許せねえ。

 

「じゃ、つまりなんだ。俺はディアスポラを作っていたつもりで、そこにいろいろな魔物娘を融合させてたけど、それは悪魔の製法と同じで」

「はいっ……主、この体勢かなり苦しいですっ」

「ある意味で、ディアスポラとかアルタの複製体とかが諸々纏めてお前、って事?」

「合ってます! 正解、正解! 何故蓋を!」

 

 よって俺は、もう、本当に致し方なく、"魂のなる木"を廃棄する事に決定した。流石に数千年となるとティータやマルダハ含む魔物娘の寿命も尽きていて、今は栄養剤で延命治療を続けているに過ぎないからな。効率が上がらないどころか下がると言うのなら、これら栄養剤や日々の確認作業が無駄になる。無駄。嫌な言葉だな。

 

「ひうっ、ぬるいのが、上がって……」

「よし、完成。じゃ、マハラス。最後の"魂のなる木"として、これから頼むよ。悪魔って基本"寿命"が無くて、栄養も特には必要じゃないって、お前言ってたよな」

「あ、いえっ! 私はディアスポラの悪魔化に割り込む形で降臨したため、寿命はありませんが栄養は必要ありまして! いえそんなに多くは要らないのですが!」

「……まぁ、"寿命"が無いだけマシだよマシ。俺は昔の"魂のなる木"を片付けてくるから、良い実を生らせろよ~」

「あ、ぅあ……!」

 

 現状を省みるに、魔物娘9体の"魂のなる木"より、ディアスポラ……もといマハラス一匹の"魂のなる木"の方が、効率がいい事が分かったのだ。魔物娘はぶっちゃけ"寿命"が短すぎて話にならん。最初のファムタとかキマイラ娘ズはやっぱり長生きな方だったんだな、とここにきて痛感する。バックアップ無いの痛すぎな。

 

 ということで、"魂のなる木"の立ち並ぶ畑へやってきた。

 それらの培養槽の蓋を開け、薬液を全部排出する。魔物娘達を縛る黎樹を全部地中に戻して、おっけー。

 

 栄養剤はもう与えないから、いずれ死ぬだろう。"寿命"はとっくに過ぎている。

 

 さて、次の研究でも……いや、いいや。

 またなんかしたくなるまで、ぐーたらしよーっと。

 

 

 

 

 久しぶりに目を開けた。

 緑色の液体越しでも、ガラス越しでもない景色。

 

 周囲には、膝を抱えたまま座って動かない魔物種や、ふらふらとどこかへ去っていく魔物種の姿があった。

 遠く離れた所にあるもう一つのガラス瓶は開いておらず、中から嬌声のようなものが響いている。

 

「助かっ、た……?」

 

 未だ信じられず、けれど。

 今、自由だ。

 

「ようやく──ようやく、自由に……! お婆さ──お婆様!?」

 

 その感動を分かち合おうと、対面にあったお婆様の姿を見る。

 

 そこには、うつ伏せに倒れた……ああ。

 

「……おやすみなさい、お婆様」

 

 もう、息をしていない。

 死んでいる事が分かった。解放された瞬間に、力尽きたのだろう。

 ……私も、身体が重い。

 

 もう何年ここにいたのだろう。数えていないし、覚えてもいない。

 

「う……」

 

 重い体を起こして、ゆっくりと歩く。

 何か、どこかに惹かれるような気がして。一つ、二つ。初めて使う根の足を出して、歩いていく。

 

 地形が、どころか森の形状も、木々の種類も変わっている。

 けれどこっちに、何かがある。

 

「……あ」

 

 そうして辿り着いたのは……水場だった。

 ここだけは変わらないのか。それとも別の水場なのか。もう、わからない。判断する頭がない。

 

 けど、いた。

 惹かれた相手がいた。

 

「シオン」

 

 私の声に、彼女が振り向く。

 純白の髪。金色の瞳。かつての彼女の面影はどこにもない。だってもう、あの時の彼女は死んだのだ。

 

「えーっと……? あ、ポッドの中にいた人……?」

「ええ、そうよ。覚えているの?」

「うん。……人間の私が、ここを出て行ってから、何にもすることがなくて……たまに貴女を、見ていた」

「それは恥ずかしいわね」

「私の名前を、呼んでくれた方の人、だよね」

「……ええ、そう」

 

 そうか。

 見た目では、見分けは着かない。

 けれど気付いてくれるのなら、嬉しい。

 

「ヘンな事、言うね?」

「ええ、いいわ」

「私、貴女に会った事がある……気がする。それで、わからないけど、謝らないといけないような……気がするの」

「……」

「私は貴女に、心から酷いことをした。貴女をずっと苦しめて、殺されたって仕方のないことをした。……私は、貴女を……愛していた気がする。名前も、顔も、全然覚えてないし、覚えていなかったのに……今、胸が苦しくて仕方がない」

 

 リリアンの顔とも、シオンの顔とも、違う。

 今のシオンは、誰でもない。私の知っている子ではない。けど──覚えているのか。

 

「貴女の名前を、教えてください」

 

 彼女は私の手を取って、言う。

 顔を近付けて……目を瞑った彼女。

 

 

 その顔に、手のひらをべちょっと当てた。枝と蔦の集合体のような手のひらが、シオンの顔を不細工に歪める。

 

 

「ぶべっ、……えっ? え??」

「ダメよ。失格。貴女じゃ、私には釣り合わないわ」

 

 言って、背を向ける。

 視界は暗い。呼吸が浅い。もう、無理だと。体が言っている。

 けれど、精いっぱいの笑顔を作る。

 

「──生まれ変わって、また会いましょう。その時に、名乗ってあげる」

 

 ばいばい、シオン。

 またね。

 

 

 

 

「はい! はいはーい! お姉さん、こっちこっち!」

「今行く」

 

 少女が走っていく。

 その姿を危ないな、と眺めつつ、周囲の樹を見た。

 

 ……もうどこにも、逃げ場は無いのだと知る。

 

「はやくー!」

「うん」

 

 ならば、もう。

 次も、その次も、その次も。

 必ず彼女と再会し──二人で、ううん、三人で。

 

 一緒に。

 

「……それでいい」

 

 それだけで。

 

 

第四話「選択の此岸」 / 了




ご読了、ありがとうございました。


この世界は閉じている。同じ魂が違う形をとって、ずっとずっと輪を描いている。そこに異界の魂を一つ入れた。平坦に、平静に回り続けていた世界に一つの起伏が出来た。それはただあるだけで、周囲の魂に影響を及ぼす。ただあるだけで、感情の増幅を促す。この狭い世界を、少ない世界を、いずれ満たし、そして破るだろう。私はそれが見たい。ようやくそこに、新しいものが生まれると信じているから。
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