振り返れば、長く、険しく、けれども素晴らしい旅だった。

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追憶

 さわさわというススキを凪ぐ風の音に私の名を呼ぶ孫の声が混じる。

 

「爺さん、届け物だよ。それもあちこちから」

 

 うつらうつらと船を漕いでいた私が目を開けてみれば、世界はもう日も暮れようかという黄昏時のことだった。

 よっこいせ、という言葉とともにドサリと荷物が置かれていく。

 

 積荷は大小様々だった。

 宛名には一様に「まつげのハンター」などと書かれ、送り主の欄にはなんの共通性のかけらもない名前が並ぶ。

 そのうちの一つである小箱を手に取ってみれば「相棒」などとこれまた不可思議な名前が綴られている。

 

「相棒……昔の爺さんにオトモはいても相棒はいなかったんじゃなかったのか?」

 

 脇から覗き込んでいた孫は当然ながら首を傾げる。

 

 ──その通り、昔の私には相棒などいなかったよ。

 

 強いて言えば猟虫くらいかな、とおどけて言えば、「そりゃまた別の話だろ」と突っ込みが入る。

 

 ──これはな、「あだ名」なんだよ。

「あだ名……?」

 ──そう、あだ名。

 

 未だ納得しかねる様子で場を離れた孫を傍目に、それも仕方ないかとまた一人納得しながら小箱の蓋を取る。

 丸鳥の羽毛を使った緩衝材の中に埋もれていたのは、黄金色に透き通る鉱石をあしらったペンダントのようなもの。

 その下に仕舞い込まれた手紙を開く。

 そこには、寡黙で無愛想な見た目と裏腹に世話焼きで優しい彼らしい字が綴られていた。

 


 

 あれからもう……四十年が経つ。世界には……俺達が旅を終えたこの世界には、いくつもの未知が埋もれている。遠い異国の地では……また新たな生態系が見つかったようだ。

 ……皆、歳を取った。リーダー達も、お嬢も、アイツも……そしてお前も。昔のように皆で旅をすることはもうないだろう。それでも、世界は常に形を変え続ける。アイツは、さぞ悔しがっているのだろうと、今でも思う。

 

 あの黄金の鱗を見つけたあの日から、俺たちの船で、勇魚に乗って世界を駆け巡った、あの日々が、俺は今でも忘れられないでいる。

 

 この先、手紙を受け取ることはないかもしれない。

 だからこそ、最後にこれを送ろうと思う。お前が最後に見つけた、旅の終着点。たった一つだけの輝石。

 どうか、最期まで持っていてくれたらと思う。

 

 


 

 

 もう一度、アクセサリを見やる。

 だいぶボケてしまった自らの目にも、しかしそれは確かな輝きを届けた。

 

 海を渡った先、巨大な生態系を育む混沌の孤島に私たちはたどり着いた。

 

 見たこともない植物。

 書物に記されていない小動物達。

 

 そして、猛々しく、それでいて活力に満ちたモンスター達。

 

 漂流と縁があるのだろうか、またしても嵐に飲まれた果てにたどり着いたその島は、人を知らず、人を拒む環境を形作っていた。

 見たこともないモンスター達が暴れ、生命を競うその島を、私たちは決死で逃げ回った。

 

 そして、砂漠の如き荒地の岩壁の向こうに、ようやく島の沿岸らしき姿が見えたその瞬間、それは訪れた。

 

 氷と炎。

 相反する二つの力がぶつかり合う姿を見た。

 

 一つは、私たちもよく知る炎の獅子の如き龍。

 

 そしてもう一つは、私たちの誰もが知らないモノだった。

 その体はガラス細工のように華奢で、体を覆う鱗は鏡に似た輝きを放つ、渡り鳥のような龍。

 

 逃げ惑う私達には目もくれず、二頭の龍は命を滾らせぶつかり合う。

 やがて、それぞれが氷と炎の奔流をぶつけ合い──炸裂した。

 

 今までに経験したことのない衝撃。龍達はその衝撃に身を焦がし、後ずさる。

 互いが互いを牽制し合う中、私たちは必死にその脇を通り抜けて海岸へ出た。

 

 その時だ。ふと大きな鉱脈の中に、一つ、拳大の欠片が浮き出ていた。

 衝撃で鉱脈が削れたであろうそれを、私はとっさに掴み取って、岩壁の向こうへ身を躍らせた。

 

 ──その旅を最後に、私たちはそれぞれの道を進んだ。

 彼らを守るべき私が、あの島での出来事全てから、もはや限界であると結論付けたからだった。

 

 テンガロンハットを被った盟友の姿を思い出す。

 

 私の肩を抱いて、背中を叩いたことを。

 いつだって力強い声援と共に私を送り出した彼が、他の皆が私を引き止める中でただ一人、「よくやってくれた」と労ってくれたことを。

 帽子を目深に被り、いつだって快活な笑いを浮かべていた彼が、笑顔はそのままに、一筋涙を流してくれたことも。

 

 

 箱に手紙を納め、輝石を飾り棚に据える。

 旅が終わってから十年毎に、必ず皆から手紙が来る。

 

 あのキャラバンでの旅の思い出を忘れないように、皆それぞれが、それぞれに向けて贈り物をする。送り主の名がそれぞれのあだ名なのは、団長が言い出した最後のワガママだっただろうか。

 

 

 長方形の、分厚めの包みを手に取る。送り主名は「お嬢」。

 開いてみれば、それは図鑑だった。

 古今東西の多種多様な生物を記したメモ帳の行き着いた先。

 

 僅かながらの装飾と共に作られたそれは、今や多くの狩人が携える知恵の書だった。

 あのキャラバンでの旅は数多のモンスターとの出会いの物語でもあった。先の孤島での物語などその一端でしかない。

 

 現大陸と呼ばれる土地ではよく見られる中型の鳥竜から、塔の秘境に現れた数奇な飛竜。地を疾る牙竜。

 そして──大地を蝕んだ黒い竜と、空を駆け廻り故郷へと舞い戻った純白の龍。

 

 狩人を生業とした私は、数多くのモンスターと巡り合った。時として伝説にさえ相見え、生還したことよ驚きは今でも覚えている。

 

 包みにはわずか数行の文が書かれた紙片が挟まれていた。

 

『私が出す最後の本です。

 ちゃんと全部、読んでくださいね。読み終わるのに二年はかかるはずですから』

 

 

 あの旅路で一番聞いたであろう声。ここ一番で背中を押してくれたのが団長を務めていた彼だとすれば、一番多くの回数、私を送ってくれたのは彼女だったろう。今でも、あの軽やかな笑い声を鮮明に思い出せる。

 

 特徴的な絵。乱雑に書き殴られた文章の数々。私の拙い説明から、彼女は一つ一つをつまみ上げ、紡ぎ、形にしていった。その奔放に見える熱意は、しかし誰にも負けない情熱の体現に他ならなかった。

 

 そのメモ帳を元にした書類を何度となくギルドへ送り、そのたびに送り返された。「あなたの時間を別のことに使って欲しい」と、やんわりと断られたことさえある。

 それでも諦めずに彼女は書き続けた。熱意を認められた時、最後に彼女が求めたその一頁が、他でもない彼の竜の異形なる姿のものであったこともまた運命なのだろう。

 

 明かりに乏しい今の部屋で本を読むのは、老眼には厳しいものだった。故に、本をそばへ置き、次の包みを取る。

 

 細長い包み。そっとひらけば、黒ずんだ革の鞘が見える。狩人の必携品、剥ぎ取り用のナイフ。

 送り主は「リーダー」。親友からだった。

 手紙とすら言い難い、たった一言「いつかまた」というメッセージが添えられたそれは、しかしその一言ではあまりにも物足りぬ彼の心意が込められていた。

 

 黄金の鱗と竜を蝕む病を巡る一連の事件の後。

 病を超え、種のくびきから解き放たれた千刃の竜が現れた。

 彼は病を超え、新たなる厄災の種として君臨した。彼が羽ばたけば病は地に注ぎ、彼がその刃を振るえば竜は狂い叫ぶ。

 

 そんな折、嵐はやってきた。

 親友の彼と嵐には因縁があった。

 その片目の傷こそは、彼の罪の証明。未熟の跡。

 

 いつか師匠から受け継いだ魂を、意思を、彼はその時になってようやく理解したと言った。

 受け継ぎ、紡ぎ、託す。ナイフを受け取らないまま、彼の弟子は新天地へと旅立ったため、ナイフは彼の手元に残った。

 けれどその意思はきっと受け継がれていたのだろう。私とはライバルのような存在だった彼の弟子は、かつて私にこう語った。

 

『ジブンがいつか弟子を持ったら、その時は絶対に伝えてやるんス。俺のリーダーは最高のハンターだったんだ、って』

 

 リーダーから、自分はどう思われているのだろう、と聞かれた時、私はあえてそのことを語らなかったけれど。彼が海を渡ったからもずっと手紙が来ていたと言うから、きっと伝わっていると思う。

 

 そんなリーダーから送られてきたナイフ。何の因果か、私が送ったものもナイフだった。数十年前の友情は、今でもこうしてつながっているように思えて、ほんのりと視界がぼやけた。

 

 

 キィ、と、高い鳴き声がする。パタパタという羽ばたきと共に、窓から白い鳥が入り込んできた。

 両の脚に結えられた荷を解いてやると、再び羽ばたいて夜空へと飛び立った。

 

 布袋の中には、どこかくたびれたようで、しかし活力を秘めているような帽子が出てきた。団長からだった。

 しかし、帽子にしてはやけに重い。折り畳まれたそれを開いてみると、中にもう一つの贈り物が入っていた。

 

 赤銅色の特徴的な石。

 

 ──あぁ、なるほど。アレか。

 

 思い出されるのは、悠然と砂原を裂き泳ぐ龍。

 広大な砂の海を、魚竜の群れを引き連れて突き進む山の如き巨体。

 

 豪山龍と呼ばれるその龍こそは、私の旅路の始まりを告げた存在でもあった。

 

 まだ狩人ですらなかったあの日。

 たまたま乗り込んだ撃龍船の舳先で彼は佇んでいた。

 

『よう、ハンターさん! もう少しでバルバレに到着だな!』

 

 あの日の困惑を、私は今でも覚えている。だって、あの時はまだハンターじゃなかったのだから。

 ハンターを仕事にしようとして、新天地を求めて船に乗っただけだった。それがどういうわけか、彼と出会い、彼のキャラバン専属のハンターになった。

 これもまた運命だったのだろうと、私は後々になって思ったものだ。

 

 

 団長からのメッサージは何もなかった。

 けれど、この岩のかけら一つで、半分は思い出せようものだ。

 戸棚へと向かい、ガラス戸を開ける。その中に飾られた一つ、純白の龍鱗の隣に立てかけた。

 

 この鱗が私が団長からもらった最初の贈り物だっただろうか。彼の旅路の一区切り。この鱗がなければ、今の私はきっとなかっただろうと言えるくらいに。

 

 

 不意に、呼ばれた気がした。

 衰えきった足を動かして、家の奥、倉庫として使っている部屋を目指す。

 

 部屋の最奥に飾られた鎧。私が狩人をやめた時のものだった。

 

 慎重に居間まで鎧を運んだ。

 ゆっくりと足を通し、袖を通す。

 

 胸当てをつけたあたりで限界が来た。衰弱したこの体では、もはや鎧を身につけきることすら叶わないらしい。

 

 最初は、鎧を着て武器を背負ったまま走ることができなくなった。

 次に、ポーチの中身を入れて動くのが厳しくなった。

 やがて、鎧を着て武器を持てなくなった。

 剣を振り回せなくなった。鎧を着て歩けなくなった。

 

 手は節くれだって、体はシワだらけになった。あの頃のようにはもう動けない。

 

 近くにあった腰掛けに体を預ける。かろうじて残った力で上半身を支えて、胴の防具までつけた。けれど、もはや頭はつけることすら叶いそうになかった。

 

 

 ──それでも。

 

 夜風に舞う雷光虫の姿が見える。黄金色の光は、初めて降り立ったあの狩場を、金色の平原を思い出させた。

 

 静かに目を閉じれば、今でもあの日のことを思い出す。

 

 身に纏った防具の重み。鈍色に輝く刃の閃き。

 肉を裂き、血は湧き立つ。

 激闘の果てにつかみ取った勝利と栄光。

 

 

 あぁ、何ともはや──

 

 風の音が遠ざかる。

 サァサァという、潮騒に似た、砂海を割る古戦艇の音。

 

 ──懐かしい夢を見ているようだ。

 

 

 涼やかな風が、私を誘う。夜風は私の魂を運び出す。

 

 嗚呼、懐かしき、長く険しい、けれども素晴らしい旅路だった──

 

 

 

 

 

 




皇我リキさんのモンハン小説企画に参加させていただきました。
最近かけていなかったので随分と久方ぶりでしたが、モンスターハンターを始めた頃のことを思い出しながら筆を取ったところ、思いの外スイスイと書けたのが印象深い。
さて、ここまで読んでくださった読者の皆様と、企画考案、実行してくださった皇我リキさんに感謝を。


7月1日 追記
集計の結果、企画内投票で一位を得させていただきました。本当に嬉しいです。読了、ならびに投票してくださった皆様、本当にありがとうございます

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