第4話
『どお?はーくん。学園生活は楽しい?』
「まだ1日目だぞ、そんな楽しい事起きるわけが……いや、そう言えば金髪のお嬢さんが俺と織斑少年に決闘とやらを申し込んで来たな。クラス代表の座を賭けて争うんだと」
『何その金髪、はーくんに喧嘩を売るなんて。……潰そうかな』
授業も全て終わり放課後、遥輝は脇目も振らずに屋上へとやって来ていた。この学園は朝夕関係なく常に屋上への出入りは自由な為、生徒の憩いの場として使われている。
だが今日に限っては話題の男性操縦者を追っかける為殆どの生徒が1年1組へと殺到していた。当然遥輝も捕まりかけたのだが、授業が終わって直ぐに屋上へと向かった為すれ違う生徒もほぼ居なかったのだ。
「あんな輩に束が手を下す必要は無い。まあ来週ISバトルらしいからな、クラス代表に興味は無いがバトルは楽しみだ。それにしても宇宙服でバトルねぇ、なかなかどうして滑稽な話だな」
IS本来の用途を思えば、バトル自体がそもそもおかしな話だ。簡単にいえば宇宙服、そもそも戦闘用ではないのだから。
『ねえはーくん、来週辺り本格的に私の方でも社員募集してみようと思うの。私の夢に賛同してくれる人達を』
いくら世紀の大天災だとはいえ、人間である以上1人の力だけでは出来ない事は多い。宇宙進出という夢がその最たるものであり、そのためには多くの人材と資金、そして何より場所が必要なのだ。それを多く集める為にも、彼女は自身の会社を大きくする必要がある。
『それでね、はーくんには
束が創った現行のISコアとは設計思想が全く異なり、宇宙空間での活動及び大気圏突破や突入の為の機体である。コアのスペックもかなり変わっており、現行のコアと比べ一目で分かる最大の違いはSEが4倍近く違うことだ。
「だがバトルだぞ?勝てないとは思わないし負けるとも思わないが、それでもこの機体は戦闘用じゃない。対して金髪のお嬢さんは代表候補と言うくらいだ、今のご時勢ならば国や企業が威信をかけて開発した戦闘用機体だろうさ」
『むふふ、その辺りは安心してよ。スペースデブリと正面衝突しても問題ない位は装甲も厚いし固い、それに大気圏突入も視野に入れた耐熱装甲だしさ生半可なレーザー如き歯牙にも掛けないよ』
対IS戦闘は想定されていないが、それでも相対した場合どれだけ攻撃を受けてもほぼ無傷で済むくらいには装甲が厚い。全身装甲の為に露出した部位が無いため、装甲が耐えられる攻撃ならSEを消費することもないのだ。
爆撃やシールドピアース等の相当攻撃力の高い武装なら装甲をぶち抜けるためダメージを与えられるが、小火器やレーザー等では装甲を抜けない為ダメージにならない。
「
零落白夜。
対象のエネルギー全てを切り裂き消失させる暮桜、及びその後継機である八重桜に搭載された単一仕様能力。全てのエネルギーを消失させるそれはISに張られているエネルギーシールドとて例外ではなく、容易く切り裂き絶対防御を発動させる。エネルギーシールドは主に剥き出しの地肌を守るために、又は急所を守るために張られている為そこを攻撃されて絶対防御が発動すると倍以上のSEを消費させる事が出来る為に、千冬の技量も相まって一撃必殺を体現している能力だ。
『安心してはーくん、あの能力は対エネルギーの鬼札だけど万能じゃない。あれが無類の強さを発揮するのはエネルギーを切り裂けるからなんだよ。シールドバリアーもそう、レーザーだってエネルギーだから切り裂ける。今の時代装甲もあるけど、殆どシールドバリアーで操縦者を覆っているからね、例え装甲を斬りつけてもシールドバリアーがそこにあるから大幅にSEを減らせるんだ。だけどシールドバリアーの下にある装甲には何一つ傷を付けられない、出力を上げれば通常装甲位は溶断出来るけど、そうすると操縦者ごと切り裂きかねないから出力は一定値を超えないんだ』
エネルギーを切り裂ける最強の能力だが、対物理では大した能力は無い。通常出力では装甲を切り裂く事が出来ないが出力を上げすぎると人を殺しかねない危険性を孕んでいる。
「ならこの機体であれば負けは無いと?」
『現状ではそうだね。理論上なら最大出力の零落白夜で切り落とせる装甲って事になってるけど、零落白夜を最大出力で展開するなんて暮桜は愚か今の八重桜でも無理だよ。何もかも全てのSEを零落白夜に注ぎ込んでも、理論値だと持って1秒の展開が限度。展開して振り下ろすのなんて、まず展開した段階で限界を向かえるのが関の山だよ』
最大出力の零落白夜の放熱量は約6000k。
これは全てのエネルギーを、零落白夜の展開維持に回すことで得られる。
『それとね、クーちゃんからのプレゼントがあるから来週を楽しみにしててね♪じゃあまたねはーくん』
「ああ、またな。束」
電話を切った遥輝は、思考を巡らせる。プレゼントと言われ、何が来るのかと。独特な感性を持った束の元で育ったクロエがプレゼントを渡すと言われ、大丈夫なのかなとも。
「あ、居た居た居ました。やっと見つけましたよ篠宮君!」
通話を切った直後、屋上とを繋ぐ扉から声が響く。それも相当大きい声のようで、風が拭き聞こえづらい屋上テラスに居た遥輝にしっかりと聞こえる程だった。
「何か用でも?山田教諭」
そこに居たのは我らが副担任の真耶だった。何か用があり急いで遥輝を探していたようで彼女は相当息が上がっていた。それでもすぐに呼吸を整え、遥輝へと向き直った。
「寮の部屋が決まった報告と、その部屋の鍵を渡そうと思ったんですけど…教室に行っても居なくて、教室に残ってた織斑君達も知らないって言ってて。探すの大変だったんですからね!」
ぷんぷんといかにも私怒ってますよと言いたげに頬を膨らせる真耶だったが、不思議と似合っていた。とても千冬と1個違いだとは到底思えない、もっと年下何じゃないかと錯覚を起こしそうだった。
「それは申し訳ない。だがこちらも企業に所属する操縦者として、会社へと定時連絡する義務が生じる。流石に不特定多数の人間が居るところで業務連絡は問題なので」
あの電話を定時連絡と取れるのかと疑問は当然だが、関係は社長と社員なので定時連絡と言えばそうである。
「まあそれもそうですね。では篠宮君、こちらが部屋の番号と鍵です。失くさないでくださいね?再発行手続きは面倒ですし、生徒さんの自腹なんですから」
「ん、確かに受け取りました。わざわざありがとうございます」
「はい、確かに渡しました!ではまた明日!」
鍵を渡し用が済んだ真耶は早々に立ち去った。
小脇に抱えたファイルの厚さを見るに、まだまだ仕事が残っているのだろう。教師というのは生徒が入学した初日からあたふたと忙しいものだ。
「やはり敬語で喋らなければいけないのは面倒だな」
教師だから、年上だから。敬語で喋らなければならないのだが、遥輝にはそれが面倒極まりなかった。そもそも使い慣れていないうえに、使うような場面等無かったのだ。だが千冬には割とフランクに崩した感じで喋っており、千冬もそれを何も言わない。束と対等だから敬語等不要だろうと、両者が思っている故だった。
「敬語とは敬う言葉だ。俺みたいなやつには到底似合わないとは思うが……そこのお嬢さん、お嬢さんはどう思う?」
屋上テラスの柱、そこへと視線を送った遥輝は誰かが居ると確信して声をかける。すると数秒の後、薄青色の髪をした少女がそこから出て来た。
「あら、よく分かったわね。完璧に気配を消していたと思ったのだけれど」
「気配を消すねぇ…おかしな事を言うんだなお嬢さん。どうして生きているのに気配を消せると思った?そこにあるものはそこにあるものでしかないだろう?人間だってそれと同じだ」
気配とは体内で生じる生体電気が僅かに外へと漏れ出ている現象、準静電界を体に生えている体毛がキャッチしている事で感じられるとされている現象。そしてそれに準ずるならば、生きている限り生体電気は無くならない為、準静電界も無くならない。であるならば、生きている限り気配を消す事など不可能なのだ。
「で、なんのようだい?お嬢さん」
薄青色の髪の少女は、遥輝が見た限りクラスメイトにも存在しない。胸元のリボンを見れば2年を示す色のリボンがあり、なるほど通りで知らない訳だと1人納得する。
「噂の男子生徒がどんな人なのかと、気になって後をつけて来ただけよ。別にこれと言って大した用事はないわよ?」
「大した用事がないなら後をつけないだろ、ましてや柱の裏に隠れる必要もない。………ああ、裏事か」
「っ!?……」
状況から導き出した推理に息を呑む少女。だがその行為は正解だと言っているようなものであり、遥輝はその反応を見逃さなかった。
裏事。文字通り裏の人間が行う事。
裏事に反応した事から彼女が裏に精通する人間である事が分かる。
「…どうして私が裏の人間だって分かったのかしら?」
「どうしてねぇ、主にその目だな。俺の事を探ろうとする、値踏みしているかのようなその気に入らない目。そんな目をするやつは裏の人間だって相場が決まっているんだよ」
「……」
まさかそんな理由で見破られたのかと、彼女は絶句する。そんな大した理由でもないのに見破られては、彼女にとって死活問題なのだ。基本表の人間に裏の事情はバレてはいけないのだから。
「コソコソ裏で嗅ぎ回られるのは非常に不愉快だ。何か知りたいなら直接来い、事と次第によっては教えてやる」
遥輝にとって知られたくないようなやましい事など無く、ちゃんとした目的を持ってこの学園に来ている。それを裏からコソコソと嗅ぎ回られたら、いい気分では無いだろう。
「あら、随分気前が良いのね」
「別に、知りたいなら堂々正面から来る方が信用できるだけだ。裏で嗅ぎ回るやつは、何を抱えているか分からんからな」
既に彼女は裏から嗅ぎ回ろうとしていたのだが、遥輝にとってみれば未遂である以上とやかく言うつもりは無かった。腹の中に何抱えているか分からない彼女だが、結局学園の生徒である以上表側としても会うのだ。
「じゃあ遠慮なく聞かせてもらおうかしら。ーー貴方は一体、何者?」
裏に精通する彼女の言葉には遠慮容赦無く確信を突いてくる。
「篠宮遥輝、21歳。工業高校を卒業後はアルバイトをしながら生活をし、20歳の時に親元を離れた事を最後に記録が終わってる。まあ1年の間何処かで一人暮らしをしながら束博士の元に居たんだろうって言うのが推測、これが私の伝手で調べた限りの情報。でもね、貴方のこの情報は1年前に私が戸籍関連を調べていたときには見たこともないのよ」
もう隠す必要のない裏の人間という身分故に、彼女は簡単に戸籍情報を見ることができる。それ故彼女が知っている情報と最新の情報、そこに生じる差を見て不審に思ったのだ。
戸籍登録は出生時点で申請し登録され、以後誕生日毎に自動的に更新される。変更等は委任状を持った第三者か本人にしか出来ない。
「貴方は戸籍上日本生まれの日本育ち、両親だって日本人の純粋な日本国籍。でも去年までそんな戸籍存在しなかった、でも今見るとちゃんと21年間この国で暮らしていたっていう情報がある。更新履歴も20回。戸籍情報だけ見れば何の疑いも無い。でもだからこそこの戸籍は偽造されたものと、私は確信してるの。私の家にある一昨年から今年までの日本国籍所持者の紙名簿1億7千600万人弱、その中に貴方の名前があるのは今年分だけだったから」
どう?と問いかける彼女の瞳に映るのは、最早疑いではなく確信だった。
「流石と言っておこうか、お嬢さん。一般人であれば疑いもしなかった筈だが、よくもまあ調べ上げたものだ。確かに俺の今の戸籍は偽造されたものだ、名の無い俺に名をくれた束が造った。本来存在しない、名無し男だ。だがそれがどうした。俺は束の指示でこの学園に来たが、それの正体が名無し男だろうとお嬢さんには関係無いだろう?」
矛盾しているようで正しくもあった。
遥輝を学園へと送った束の影響力は凄まじい、IS時代である今、ISの開発者という立場は酷く重い。IS委員会も学園上層部も束の意見に進言こそすれ、拒否など出来る筈もない。
皆こう思うのだ【開発者の機嫌を損ね、自国のISを停止させられでもしたらたまったものではない】と。
故に正規ルートで学園へと入学している遥輝を、裏に精通するとはいえ生徒である彼女がどうこう出来る筈もないのだ。
例え経歴が偽造された偽物であっても、彼女がそれを指摘したとしても、もしそれを上に報告したとしても、束の威光を恐れて誰も行動に移すことは無いだろう。
「私は生徒会長として、生徒を守る義務がある!例え上層部が公認していても、正体不明の貴方を諸手を挙げて歓迎なんて出来ない!」
例え上層部に逆らったとしても、彼女は自らの役割を全うしようとする。生徒会長として全ての生徒の頂点に立つ彼女は、篠宮遥輝という正体不明者を認める事は出来なかった。
「この学園に仇なす存在ではないと確定しなければ、貴方を認める事は出来ない」
その有様は、最早狂気的なまでに自身の立場、役割を全うしようとしていた。生徒会長ならば学園上層部の意向には従わなければならない、例えそれが異常だとしてもだ。
だが彼女はそれを全否定した。自身の感性により、経歴詐称の名無し男である篠宮遥輝を彼女は信用する事はできない。例え上層部からの命令であっても、彼女には関係無いのだろう。
「見事なまでの行動指針だな、上に逆らってもその役割を全うするか。面白いお嬢さんだ」
遥輝にとってその行動の有様は酷く痛快極まりない。上に逆らうという事は裏切りと取られても何も言えない、それでも自身の意思を曲げない彼女に強い好感を覚えたのだった。
「お嬢さんのその意思に敬意を。俺はこの学園の敵対者ではない事を宣言しよう」
「…その言葉に嘘偽りはないかしら?」
彼女の懐疑心はかなりのものであり、遥輝が宣言してもなお疑いの目を向け続けている。前会長から会長職を引き継いだ彼女は、その役割を全うすることに固執している。例えそれが異常だとしてもだ。
「無い。人員を引き抜く事はあるかもだがな」
「……そう、分かったわ。今はそれを信じてあげる」
そう締めると、彼女からの圧がフッと消える。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は2年の更識楯無、生徒会長をやってるわ。以後よろしくね」
「篠宮遥輝だ、篠ノ之束の助手なんてものをやっている。こちらこそよろしく頼むよ」
今まで流れていた緊張感が嘘のようだった。それこそ、無邪気に笑いかける少女のように。
「あ、そうだ遥輝君。さっき寮室の鍵を貰ってたみたいだけど、部屋は何処になったのかな?」
もう後をつけていた事はバレている為か開き直った楯無は、盗み見ていた事を真正面から尋ねる。最早バレているのだ、もう隠す意味等ないのだから
「ああ、まだ見ていなかったな。ちょっと待ってろ」
先程の問答の最中にポケットへとしまったそれを、くしゃくしゃになっていたのを広げながら楯無にも見えるように広げる。
この寮内、4桁の番号で部屋を指定しており、最初の桁によって階層、残りの3桁が部屋番号となる。最初の桁は1年なら1、2年なら2、3年なら3というように各階層が学年毎割り当てられている。
そして遥輝の部屋番号は1040番だった。
「何だ1階かぁ、そうそう遊びに行けないなぁ」
「1年の寮に2年が居たら問題だろう」
そう言うとおり入ったばっかりの1年の寮へとちょくちょく上級生が来ていたら流石に萎縮してしまうだろう。学食では3学年が一堂に会するとはいえ、学年毎の寮では気心の知れた人達だけで居たい筈なのだ。
「まあいいわ、近々生徒会室に招待するわね。それじゃあまた会いましょう♪」
そう言い残し去っていった楯無の背を見つつ、新たな面倒事の予感を感じていた。
「感謝するぞ束。この学園、退屈しないで済みそうだ」