「それでは、今後の予定についてです」
アンサンブルコンテストも無事に終わった十二月、全体の前で今後の予定について話されていた。コンテストは例年通り演奏会を兼ねた投票が行われ、一般投票では奏さんの結成したドリームチームが一位を獲得。逆に部員投票では今年もクラリネットの八重奏が一位を獲得した。私たちはどちらの投票でも二位。何とも言えないが、悪くも無い結果となった。奏さんからすれば雪辱晴らしたりという具合だろう。
「年が明けた三月、アクアラークのオープンセレモニーにおける依頼演奏が決定しました」
私の発表に対し、室内には拍手が響いた。吹奏楽部にとって、全国区の大きなイベントでの演奏というのは、かなりテンションの上がる行事である。私が所属しているから、というのもあるだろうけれど、それであっても上手いからこそ選ばれたというのも事実だ。慈善事業でやっているわけではないのだから、審査はちゃんとされていた。
「沖縄県への渡航費用、滞在費用は会社負担となります。皆さんはお土産代などだけを持っていけば問題ありません。飛行機の席、楽器の運搬も既に手配するべく動いていますので、ご安心ください。保護者の方には滝先生と打ち合わせ後、正式なプリントをお渡しします。部長、何かありますか?」
「はい、みんなちょっと落ち着こうね~」
私の話が終わった瞬間に少しざわついていた音楽室を、手を叩いて梨々花さんが沈静化させる。パシッと静かになるまでには、もう少し時間がかかるだろう。二三年生となる私たちが率先して部長を敬う態度を見せないと、一年生に示しがつかない。
「いいかな? えっと、今回の演奏は凄く貴重な機会だと思います。桜地先輩と涼音ちゃんが働きかけてくれた結果のお仕事です。大事なのは、これが遊びとか、私たちの中で完結する演奏会ではなくて、会社がちゃんとお金を払ってやっているものです。だから、私たちが選ばれたってことにしっかりと責任を持たないといけません。絶対に失敗できないって意味では、コンクールと同じです。浮ついた気持ちなら、すぐに切り替えないと、色んな所に迷惑をかけてしまうことになります。それは、絶対に避けたいです」
梨々花さんが真剣な口調で言葉を紡ぐ。とは言え、如何せん声音のせいなのかどうしても緩く聞こえてしまうところはあった。でも言っていることは間違っていない。本当なら三年生がいる状態で演奏させたかったのだろうけど、それでも一二年だけでもなんとかなると踏んで兄さんと桜地観光は依頼を出してきた。それには応えないといけない。
高坂先輩はかなり張り切っていた。兄さんへのある意味恩返しというニュアンスなのだろう。
「本当だったら、私たちじゃなくって高坂先輩とか、久美子先輩たちの代をメインにして依頼したかったんだと思います。それでも私たちでOKと言ってくれたことに、しっかり向き合いましょう」
「ありがとうございます。部長の仰ったことをしっかりと胸に刻んで、これからそれを見据えた練習をしていきましょう! よろしいですね!」
「「「はい!」」」
「あと、これは余談ですが、秀塔大附属も依頼を受けたようですねぇ」
奏さんがぬるり、という感じで返事をした部員たちに向かって語り掛けるように言った。その言葉に部員たちはざわつく。
「はい、その通りです。当然、北宇治と比較されることは間違いありません。沖縄の方々に、そして来賓の方々やお客様方に、北宇治は見劣りするねと言われないようにしましょう。これは、私たちのプライドの問題です」
これで少しは自尊心に火が点いて、より一層練習に熱心に取り組んでくれるようになることを願っていた。マーチングもあるそうなので、場合によっては立華にお願いしてコーチを派遣してもらうことになるかもしれない。立華の先代部長である佐々木部長は久美子先輩と中学の同期でかなり仲の良い関係性と聞いている。頼めば誰かしら派遣してくれるという期待があった。
「では、取り扱う楽譜を配布します。開園セレモニーですから、アクアラークの専用曲が書下ろしで作られました。見本となるCDなどが存在しないので、私たちなりの色を出しつつ良い演奏になるようにしていきましょう」
楽譜を配り、パート練習に移行していく。今後はパート練習から全体練習、その後マーチング練習という風に流れていく予定だ。練習方法はまだまだ手探りなところもある。現状において何が最善なのか、それを判断するのはそんなに簡単な事ではない。秀塔大附属のように長年確立されたメニューがあるのは、そういう意味では羨ましいのかもしれない。
「どうなるかなぁ」
パート練習に移行した後、音楽準備室の少し埃っぽい室内で、梨々花さんは小さく息を漏らした。冬の日が穏やかに窓から差し込んで、彼女を照らしている。冬曇りの多い最近では珍しい少し暖かい日だった。積もった雪も少し溶けている。
「アンコンは終わったけど、実力が凄い強化されてるっていう感じはないからね」
「そうなんだよぉ」
奏さんの言葉に、ため息を吐きながら梨々花さんは椅子に座った。そんな簡単に劇的変化を遂げるモノではないけれど、部長としてはどうしても焦りがあるのだろう。高坂先輩がそこに関しては特段文句を言っていないから、多分大きく問題のある状況ではないはず。私自身としてもそこまで不味いとは思っていなかった。
「私も高坂先輩も、そこまで危機感を抱いてはいませんが」
「それはそうだけど……でもどうしても、飛びぬけたものが無いって言うか……」
「そういうことですか……」
梨々花さんの言わんとしていることは理解できた。三年生のようにとびぬけた技量を持っている部員がいない。というか、普通はそんなにいない物なのかもしれないけれど、それにしても絶対的な実力者があまり存在していない現状があった。トランペットやユーフォニアムは言うに及ばず、クラリネットやパーカッションでも同じような現象が起きている。
「それはこれから鍛えていくしかないのかもしれないけど、少なくともアクアラークに関しては多分三年生も含んだ編成を求めてるんだろうなぁってのが、ね」
「まぁ、それはあるかもねぇ」
奏さんもため息を吐く。私はそれに同調は出来なかった。なにせ、その嘆息の原因の一端に私も存在しているのは間違いないのだから。
「でももう卒部の人を連れて行くってのも……あ」
「どうしました?」
「卒部しちゃうんだったら、逆に卒業旅行にすればいいんじゃないかな!?」
梨々花さんの閃きは確かに良いアイデアのように思えた。まだ年も明けていないし、受験も本番ではないけれど、動き出すのには早い方がいいだろう。久美子先輩のように一般受験をする生徒は大変かもしれないが、川島先輩のような推薦組もいるし、高坂先輩もいる。この辺がいれば、最低限話は進められるはずだ。
「二人とも、どう思う?」
「いいと思うよ。まだ何も決まってないみたいだし」
「私も賛同します。折角なら、楽しんでもらいましょう。テーマパークはどうしても開園直後に問題が噴出しますので、そのデバッグ的役割を果たしてくれると考えれば、恐らく提案も通るかと。今なら数十名追加も可能です」
「じゃあ、そっちの方向で考えていこう!」
「私も高坂先輩に話を通してみます」
三年生が揃えば、北宇治のフルスペックを届けることが出来る。取材も大きく入る予定だし、必ず北宇治の演奏も取り上げられることだろう。全国区の演奏の機会が、図らずも回ってきたことになる。広告やニュースなどで流れれば、北宇治のイメージアップや今後の部員確保にもつながる可能性が高い。全国金だけではない露出は大事だった。特に公立高校は。
それに、あの難曲を演奏してみせた秀塔大附属に対抗するには、生半可なメンバーでは太刀打ちできない。それこそ、北宇治の持つ最強戦力を引きずり出さないといけないのだ。
楽曲はある程度出揃っているので、吹部は早速アクアラークでの演奏に向けて動き始めた。アンサンブルコンテスト出場組はその練習もあるし、ソロコン出場勢はその練習もある。今年のソロコンは三名出場する。クラリネット北山君、チューバ鈴木美玲さん、ホルン屋敷さんだ。全員もれなく南中出身。ここが来年の中核だろう。ついでに言えば、ピアノ伴奏は私の担当になっていた。高坂先輩の方が上手い可能性が高いけれど、彼女も忙しいので、頼ってばかりもいられない。
「全体的に音量不足です。座ってこれでは、立って歩いてでは当然これ以下の音量しか出ません。しかも、屋外ですから、当然音は散逸してしまいます」
私が前で指導をしている最中、後方ではじっと高坂先輩が部員たちと私を見ている。その視線はいつも険しく、高い理想とそれに届かない私たちの姿に忸怩たる想いを抱えているのが見て取れた。とは言え、それを言ってもすぐにはどうにもならないと理解して黙っていてくれるのはありがたい。
「シンバル、音が適当になりがちです。井上先輩の演奏を見ていましたか? シンバルは適当にじゃかじゃか鳴らせばいいというものではありません。しっかりと演奏のメカニズムが存在していますし、力加減なども気を付けなくてはいけません。腕の筋肉でしっかりと支える。そこからやりましょう。もし分からないのであれば、井上先輩に聞いてください。コツを少しくらいなら教えてくれるはずです」
「はい!」
「高坂先輩は何かありますか?」
腕を組んだまま瞑目している高坂先輩に話を振る。基本的な指導は私の担当ではあるけれど、金管楽器に関しては向こうの方が経験も実績もある。餅は餅屋、というのだし、専門家に任せた方がいいものもあると考えていた。
「トランペット。二人抜けてその音量ですか?」
後ろから飛んでくる声に、さやかさんが悔しそうな顔をした。高坂先輩の顔は、部員たちには見えていない。けれど、後ろからであろうとも高坂先輩の鋭い声は音楽室の中に静かに、しかし確かに響き渡っている。
「二人しか抜けていません。たった二人です。残りのメンバーは七人もいるはずです。フルートなど六人しかいません。しかも今、ドラムメジャーは演奏していないので実質五人、ピッコロの山根さんを除くと四人しかいません。ですが必要な音量はしっかりと出ています。量と質の両立をしなくては、良い演奏になりません。以上です」
もう少し何か言いたそうな顔ではあったけれど、色々と呑み込んだという表情をしながら高坂先輩は私に話を戻した。実際言っていることは正しい。単純計算では二名しか抜けていないのだけれど、トランペットは半分以下に減ったような気がするくらいには弱っていた。小日向さんが頑張って引っ張っているけれど、まだ足りない。
「ありがとうございます。トランペットだけではなく全パート、しっかりと意識してください。もう私たちをリードしてくれる先輩たちはいません。空いた穴は、自分たちで埋めないといけない。ここにいるメンバーだけですでに五十五人以上います。大会に今すぐ出れる人数です。楽器も揃っています。言い訳は許されませんよ。最終的には先輩方を超えるという意識で、まずは並べるように努めましょう!」
「「「はい!」」」
返事の声はしっかりしている。ただ、確かに中々上手くなった、と断言できる状態にはならない。目標はしっかりと存在している。指導者とて決して悪くないはずだ。わざわざ高坂先輩を引っ張ってきて、環境を維持できるようにしている。
やはり、夏のゴタゴタが響いているのか。ほぼ固定化されてしまったメンバーの影響で、断絶が広がってしまったのかもしれない。実力という意味でも、意識という意味でも。とは言えこれはあくまでも想像にすぎないし、部員当人たちですら意識的ではないだろう。どうやって進めていくべきかは悩ましい課題だった。
「高坂先輩、本日もありがとうございました」
「お疲れ様」
「どうでしたか、現状は」
「そうね。アンサンブルコンテストを経て、最低限その目的は達成できたように思う。個々人の技量は確かに上昇しているし。ただ、まだまだ足りない。北宇治に求められている音には届いていない」
「……言い切りますね」
「桜地さんも、分かってるんじゃない?」
私は即答しなかった。それが多分、答えだった。どうにも勝てるビジョンがあまり見えてこない。来年の課題は多分、関西大会だ。関西三強は既に崩壊している。北宇治と龍聖が破壊したこの従来秩序がいつまで続くのかも不明だ。五強になりつつあるこの現状、どこが勝ちぬけられるか不明以外に言いようがない。
何か抜きんでたものが必要なのだ。今年は多分、高坂先輩と真由先輩がいたのが功を奏した。後はクラリネットの三年生や川島先輩、パーカスの三年生も欠かせない。ホルン隊もいないとどうなっていたことか。そういうのが無いと、人数を揃え、環境を整え、上手い生徒をそれこそ切磋琢磨していく私立の大阪組に太刀打ち不可能だと思う。
金賞だけが、大会だけが吹奏楽部ではない。けれど、どうせやるのなら金賞を獲りたいし、全国大会にも出たい。それは活動をしていくうえで当然の感想であると思っている。
「南中では、どうしてたの? あなたが先代から受け継いで、新入生が入って来るまでの数か月間があったと思うけど」
「あの時は……確かコンクールの課題曲を全部やっていました」
「……全部?」
「はい、全部です。とにかく演奏できる曲の量を増やしたかったのと、色んな曲に触れて音楽的な技量を高めたかった、表現などを鍛えたかった、即興で吹ける実力をつけて集成力を高めたかったなどの狙いがありましたね。コンクールで演奏しなかった課題曲の残り四つを全部演奏しました。あと、めぼしい学校の自由曲とかも」
「なるほど、それは良いかもしれない。どれくらいの期間で?」
「確か……一週間かそれくらいだったと思います。十日くらいでしょうか」
「全曲並行で?」
「はい。四曲並行でしたね」
「どおりで上手いのが揃ってるのね……」
高坂先輩はドン引き、という顔をしながら私を見ている。
「中学だったので、年明けの演奏会などはありませんでしたから、その練習をしなくていい分北宇治よりは余裕がありましたからね。定期演奏会なども時期が違いましたし」
「毎年そうなの?」
「いえ、私がやり始めました」
「あぁ、そう……。誰も反発しなかったの?」
「いえ、特には何も」
あの時は「やります」と言えば「はい」という返事以外返ってこなかった。パートリーダー会議でやりたいという方針を提案しているので、一応意見は聞いていたけれど、反対意見は特になく。ただ、今思えば誰も反対できないだけだったかもしれない。
金賞を獲りたい。その想いは、狂気的なまでに南中部員の全員が保持していた。正確には、私の世代が保持していた。希美先輩たちが失意のまま引退し、その翌年も良い結果とは言えず。あの時の苦しみを知っている世代だったからこそ、反対意見は出なかった。
当時はまだ新入生はいなかったので、義井さんの代と私の代しかいない。だからこそ、ギリギリ可能だった可能性もある。泣いている部員も各自でフォローしつつ踏ん張りながらやっていた。ある意味で、団結力はあった。なにせ顧問があんなのだったし。
「私は一応、信頼されていましたから。顧問の人間性がかなりその、問題だったのでその影響もあるかもしれませんね。そういう意味では、北宇治の方が何倍もマシです。ゼロになにをかけてもゼロかもしれませんが」
「そ、そう……」
「ともあれ、南中時代はそうやって地獄みたいな訓練をして実力向上を図っていました。その影響か、翌年度になった時には大抵の曲はすぐに演奏できる部員が育っていましたね。そのせいで顧問が調子に乗り、新年度早々新しい課題曲を五つ全部演奏してからどれを大会でやるのか決める、みたいな滅茶苦茶な事になってしまったのですが」
音楽的な実力は向上した。とは言え、逆に色んなものを犠牲にしたような気がする。あまり良い手段とは言えないと思い、今までは特に触れることなくスルーしていた。ちなみに、練習方法は常にトライアンドエラーだけだった。他に私は有効な方法論を知らない。結果的に全国大会金賞は獲得できたけど、正解だったのかは今も分からない。結果論が正しいとするのなら、正解なのだろうけれど。
「やりますか、この特訓」
「強豪校ではやっているところもあるって聞く。課題曲全部練習するっていうのは、音楽的な表現技法とかの勉強になるからって」
「では提案してみましょう。まぁ却下される可能性もありますが……何事も提案してみない事には始まりませんし」
「先生に相談してみればいいと思うけれど」
「こういう言い方はよくないかもしれませんが、私たちで決めろと言われるのがオチだと思います。まずはこっちで方針を固めて、その上で相談とした方が話が通りやすいのではないかと」
高坂先輩はそれもそうか、という顔をする。想い人に対してあまり良い言い方ではないかもしれないが、取り敢えずスルーしてくれたようだ。秋子先輩との勝負の際は、はっきりと結論を出さなかったことに不満はあったようだし、高坂先輩も多少冷静にモノが見れるようになったのかもしれない。その方が健全な気もする。
結局、恋愛もその先にある結婚も、価値観のすり合わせだ。違う環境で育った同士が同じ時間を過ごすためにはそれが欠かせない。今まで違う価値観で育まれ、違う経験をしているのだから、「えぇ……」という価値観を持っていることもある。それを上手く擦り合わせて妥協点を捜さないといけないのだ。どっちかが我慢しているとか、どっちかだけが妄信している環境ではあまり健全な関係は築けない。
そういう意味では、高坂先輩の恋愛観は普通の中高生かもしれない。先生に恋しているのは……ちょっと普通じゃないけど。希美先輩とか兄さんはちょっと大人びすぎていた。
「と、いうことでこういう提案を受けました。どう思いますか?」
すでに梨々花さんと奏さんには話を通してみた。二人とも、有効性に関しては理解してくれている。自分たちがやるのは構わないけれど、他の部員がどう思うのか……というのが懸念事項、というのが幹部の共通見解になっている。
なお、過去の経験を話したのは私だが、提案したのは高坂先輩ということになっている。なんとなく押し付けてしまった。申し訳ない。過去に経験のある南中出身者は全員何とも言えない表情をしていた。
「あれかぁ……」
「うぅぅん」
「あぁ、蘇るあの日々……」
北山君が遠い目をし、葉加瀬さんが唸り、屋敷さんの目が死んでいる。義井さんはなんとか表情をキープしていたけれど、三木さんは凄い顔になっている。
「流石にあの頃みたいにはやりませんよ。あんな機械みたいな練習、ここでやったら退部者続出してしまいます」
その言葉に、露骨に安堵する空気が流れた。逆にさやかさんのような非南中出身者は困惑していたが、流れる空気感からヤバいんだろうな、と察している。
「真面目な話をするとさ、そんな余裕ある?」
「確かにね、今から新しいのを四曲もやるってなると……。しかも練習期間も短め設定で、今のこの部で耐えられるかな……」
葉加瀬さんの言葉に、内田さんが続いた。
「ただ、当時の南中は多分今の北宇治より実力的には下だったと思う。意識の差とかはあるだろうけど、それでも出来ないとは思わない」
「お尻叩いてやるしかないって言うのなら、まぁ賛成かなぁ」
鈴木美玲さんは賛意を示していた。同時に成美さんも。
「部長は、どう思う?」
「私は……今後のことを考えた方がいいと思う。特に、来年度。新しく一年生が入ってきて、多分きっと何人かは上手い子もいる。その時に、私たちとか今の一年生がその子たちより実力が下だと、部の運営も難しくなるかもしれないよね」
「特に、一年生は不安があります。三木さんと義井さんの前で言うのは気が引けますけど」
屋敷さんに向けられた言葉に、梨々花さんが答えた。それの補足をするように奏さんが言葉を紡ぐ。厳しい言葉ではあったけど、あえてそれを言ったのだろう。
「私たち二年生は、先代ほどではないにしろ、桜地先輩と滝先生の両方が揃っている時代に教導を受けました。しかも今の高坂先輩よろしく、桜地先輩はギリギリまで残っていてくれました。私たちは十分に指導を受ける時間があり、事実として受けて来た。でも今の一年生はそうではありません」
淡々と奏さんは言う。
「全国金の効果は絶大です。ただでさえ私たちの代は全国大会出場の効果で部員が増えました。来年、同じことが起きるかもしれません。人数が多ければ、上手い子が多い確率も上がります。来年の二年生を機能させるためには、今心を鬼にする必要も、場合によってはある。私はそう思いました」
「副部長と俺は同じ感想。実力が全てじゃないけど、上手く部を回すにはそういう部分はどうしても必要になる。元副部長としては、そう思う」
奏さんの言葉に北山君が賛同した。実行派がやや優位。とは言え、別に全員心の底から反対というわけでもないのだろう。ただ、効果が分からないという人もいるし、そんな余裕があるのかというリソース的な心配をしている人もいる。いずれの意見も間違ってはいない。どうするのかは、しっかり熟議をする必要があった。
「一年生はどうですか? 三木さんと義井さんは、学年のある種代表として来ています。その視点から、意見があれば」
これまでは最高学年だけで構成されていたパートリーダー会議は、この代になって下級生も追加している。将来的な経験値を積んで欲しいというのもあるし、同時に下の学年の空気感や意見も反映したいという想いもあった。なるべく開かれた部活を、という梨々花さんの方針でもある。
「私は……賛成します。現状に先輩方が不安を感じているのであれば、その解消は必要ですし、私たちの代が足を引っ張っているのは問題だと思います」
「私は逆です」
義井さんの賛意に対し、三木さんは反対姿勢を示した。
「先輩方の仰ってることは理解できますし、正しいと思います。ただ、現状の元初心者の子がどこまでついていけるのかは分かりません。あっちもこっちも、で中途半端になってしまったり、手が回らなくなったりする可能性もあります。それに、あれは南中でしっかりと先輩方が後輩のフォローをしつつだったからこそ成り立った側面がありました。今の北宇治で、それが出来ますか?」
ハキハキと、三木さんは先輩が圧倒的多数の空間の中で、物おじせず言い放った。その言葉の背後にある感情を私は理解できる。それはすなわち、今年のオーディションにおける状況が念頭にあるのだろう。今年のオーディションにおいて、先輩たちは後輩のフォローがかなりギリギリだった。そのしわ寄せは当然、出来る側の一年でに回って来る。そして、三木さんは武川さんのフォローをする側だった。
出来ますか、というある種挑戦的な、挑発的ともいえる問いかけは、彼女の今年の一年の苦労とか色々な感情がにじみ出ているような気がする。私たちの中に、それに対する明確な回答をすぐに出来る人がいなかった。
「やるのは構わないと思います。でも、中途半端になるなら、やらない方がいっそ良いんじゃないかと。生意気言って申し訳ありません」
「いえ、大事な事ですから」
頭を下げる三木さんのフォローをする。全員賛成、となれば楽だろうけれど、そんな独裁者の率いているみたいな組織はいらない。下級生ながら、しっかりと部の今後について考えて、その上で発言してくれたのだ。その言葉はしっかり受け止め、今後も発言しやすい空気づくりをしないといけない。二年生は真っ二つに割れた一年生の意見を聞いて難しい顔になる。
「やるならやるっていうのは、当然のこと。だから、部長が断固として実行する意思があれば……と思う。南中でも結局何を言われようと絶対にやり抜くって言う覚悟があったから、断行できたのだろうし。そうでしょう?」
「えぇ、そうですね」
鈴木美玲さんの問いかけに、私は頷いた。
「高坂先輩と秋子先輩が抜けた今、トランペットは絶対に今後の練習を見直さないといけないところだったかな。だから、私は賛成します」
「フルートは今のままでもいいけど……でも上手くなりたいって思いはみんな同じかな」
さやかさんと成美さんが賛意を示す。事実上、どうするのかは部長に委ねられた。皆の意見をじっと聞いていた梨々花さんは、少しの間沈黙して、そして口を開いた。
「やろう」
その口調は重く、そして確かだった。
「やってみようよ。美乃ちゃんの懸念はもっともだと思う。一年生の中にもいろんな空気感があると思うし。でも、今後も北宇治が上手い学校であり続けるためには、今年の金賞を奇跡で終わらせないためには、成功例を踏襲するしかないんじゃないのかな。美乃ちゃんと沙里ちゃんは一年生の間の空気感とか、そう言うのを知らせてほしい。二年生が出来るだけフォローをしていきたいんだけど……どうしても上手く行かないところは出て来ちゃうと思うから」
「が、頑張ります……!」
「分かりました」
一年生二人が頷く。下級生代表が取り敢えず頷いてくれたことは大きいと思う。
「私はやりたいと思う。反対の人は、いますか?」
誰も挙手しなかった。それを見て、梨々花さんは頷く。
「高坂先輩も折角いてくれるんだから、涼音ちゃんも演奏者として参加して、徹底して現役部員全員の実力強化を図りましょう!」
「「「はい!」」」
毎年少しずつ、状況に合わせて何かを変えていくしかない。ずっと同じままでは、いつか限界が来る。その末に一度北宇治は失墜し、秀塔大附属は墜落しかけ兄さんを呼び戻して何とか持ち直した。そうならないためにやるべきことをやるしかない。春が来るまであと三ヶ月と少し。桜がほころぶまでにどこまでやれるのか、その課題が重く大きくそびえたっていた。
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