サーヴァント・サマー・フェスティバル推量 -マテリアルに記録されていない、芸術に彩られた夏の話をしよう-   作:影斗朔

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メインシナリオ『いざ、天国のような島へ』にて、
主人公がサーヴァントたちと飛行機で移動している際の小話になります。


乗り物酔いのお話

 大窓から外を眺めても100m先すら見通せないほどにいつも吹雪いている雪山の上のカルデア本部から、俺たちはヘリ、飛行機と乗り継いで常夏の楽園へと向かっている。

 これがバカンスなら最高だったけど、残念ながらそうではなく。突如として現れた来訪者(フォーリナー)の正体とその目的を突き止める任務として、ハワイ諸島へと飛んでいた。

 

 とはいえ、せっかくのハワイだ。未知の行楽地に浮かれないわけもなく、同行してくれているサーヴァントたち……マシュにオルタ、牛若、ロビン、そして茨木とみんなしてどこか浮き足立ってしまうのも仕方ない。

 今回はダヴィンチちゃんの手回しのおかげで、サーヴァントのみんなも霊体化することなく飛行機に搭乗できているから、その喜びもひとしおではないと思う。

 かく言う俺もなんだかんだで気分が高揚している。というのも、

 

「ほんと、移動方法がヘリと飛行機で本当によかったよ」

 

 船舶での移動ではなく、飛行機やヘリといった空中での移動だから。

 たとえそれがたとえエコノミークラスの硬い椅子だとしても、空の旅というだけでとても快適に感じる。

 そもそも飛行機に乗ったとしてもエコノミークラスしか使わなかったし、なんだかんだで落ち着くんだよね。

 目隠しの魔術がなかったらよりよかったけど、情報秘匿の都合上それはまあ仕方ない。

 

「先輩、先輩」

 

 なんて、わりと大きい声で独り言を口にしてしまっていたらしい。

 左肩に小さな手がとんと触れた。

 

「マシュ? どうかした?」

 

 目隠しされてからここまでエスコートしてくれて、今は俺の左側に座っているマシュがわりと深妙な声色で声をかけてくる。

 何か異常があったのだろうか。もしかして来訪者(フォーリナー)の反応を感知したとか……。

 

「いえ、先輩の独り言がちょっとだけ気になりまして」

「あ、そっちか。急にごめんね」

「いいえ、ふっと独り言が口から出ることなんてたまにはありますから。けれど話された内容が内容だったので……。つかぬことをお聞きしますが、先輩はもしかして」

「ご明察。実は俺って船酔いする人なんだよ。だからオケアノスはだいぶ辛かったよね……」

 

 きっかけは確か幼い頃に沖合まで流された経験からだったかな。それからはまるっきりプール派になってしまって、足がつかないくらいの深さになったらもう恐怖で体がすくんでしまう。

 ……うん、オケアノスの船上は今でも思い出すたびに吐きそうになってくる。

 わりと穏やかな波でも長時間は厳しいんだけど、嵐の中で海賊たちともみくちゃになりながら特異点修復したのは正直言って奇跡だと思う。

 だって甲板上の出来事のほとんどを覚えてないもんね。

 

「本当ですか? 私がマテリアルを確認した限り、主ど……藤丸さんがそのような素振りは見せなかったように思えましたが……」

「う、牛若、近い近い」

 

 右側に座っていた牛若が発言の審議を問いただそうと詰め寄ってくる。

 目隠しされてるせいで触覚が敏感になってるからあまり近寄らないでね? これでも健全な男子だから、失礼だとは思うけどちょっとは反応しちゃうんだよ?

 それといい加減に名前で呼ぶことに慣れてくれたら助かるなあ。このままじゃ両手に花という状況に加えて、そのうち片方に特殊なプレイをさせているヤバいヤツに見られかねないからさ……。

 

「はい。私がバイタルチェックをしている際も特に異常らしきものは感じられなかったので、てっきり大丈夫なのかと……」

「か、空元気ってやつだよ。戦闘に巻き込まれちゃったらそれどころじゃなくなるしね」

「なるほど、普段より眼光が3割増しに見えていたのはそのせいでしたか」

 

 それは黒髭に対する冷たい視線も入っていたと思う……。

 まあ死んだ目をしてたのは間違いなく四面楚歌の環境だったせいだけど。

 

「せっかくのハワイなのに普段とあまり変わりないとは思ったのですが、まさか藤丸さんにそんな事情があったとは。私としたことが不覚でした」

「あまり気にしなくていいよ。今回以外にもまた海に行く機会があるかもしれないし、いつまでも泳げないってわけにもいかないからさ」

 

 それに、みんなが戦っている最中に指示を出せないなんてマスター失格だし、加えて人理の危機を前に海の底知れなさに怯えている余裕なんてない。

 オケアノスからカルデアに戻ってからは三日間ほどダウンしてしまったけど、それからは毎日シミュレーターをオケアノスの海賊船上に設定した上でこっそりとトレーニングに励んだしね。

 

 厳しい特訓の甲斐あって、今では帆船の揺れには多少慣れた気がする。

 ただ、依然として海の恐怖が抜けなかったせいでやっぱり現実の船に乗るのはどうしても気が引けてしまっていた。

 だから、みんなには言えてないけれど、決めていたことがある。

 今回のハワイ観光……もとい調査で海嫌いを克服すると!

 

「ただまあ、こういう点はサーヴァントのみんなが羨ましいよ。だって乗り物酔いするサーヴァントなんて聞いたことないからさ」

「確かに、サーヴァントの皆さんが乗り物酔いするとは聞きませんね。むしろ騎乗スキルも相まって乗り物類には強いイメージがあります」

「私もクラス上、馬や舟に乗るのは得意ですし、サーヴァントならば死因がトラウマものの溺死でない限り不調に襲われることはないのでは? まあ、乗るのが得意と言っても舟の操縦はできませんが」

「まあ、そうだよね」

 

 全盛期の姿かつある程度の環境適応能力を併せ持ったサーヴァントたちが、乗り物酔いなんて体調不良に罹るなんてまずないだろうし。

 こればっかりは羨むのも筋違いといったものだろう。

 

「ちなみにですが、飛行機は問題ないのですよね?」

「まあね。高いところは苦手だったけど、事あるごとにパラシュートなしスカイダイビングされてたから、もう慣れちゃったよ」

「上手くいった試しより失敗した試しの方が多かったおかげというべきでしょうか。もちろん成功するに越したことはないのですが、最終的には妨害される前提から空に投げ出されると予測していたふしもありますね……」

 

 かといって訴えられるような相手もいなかったから、覚悟の準備をこちらがしなきゃいけないばかりだったもん。嫌でも慣れちゃうよ。

 まあ、俺の船酔いは海嫌いから来るものだから、場合によってはまた変わってくるんだろうけど。

 

「マシュは大丈夫? 空を飛ぶことはあっても飛行機は初めてだよね。気持ち悪くなったりしてない?」

「はい。この通り全然元気です。……ですが、さっきからロビンさんの顔がだんだんとお疲れ気味になっていまして……、もしかして飛行機酔いしてしまったのでしょうか」

「それはどちらかといえば隣で騒いでいる茨木のせいかと」 

「まあ、あれだけお守りに徹してたらそうなるよね……」

 

 機内食のアイスを食べ尽くした後、そのまま満腹感で寝てくれたらああはならなかったと思う。

 じっと座ってばかりいるのは飽きた! と席を立ちたがっているくらいならまだ良かったけど、さっきからは壁に穴を開けてでも上に登りたがっているみたいだし、大海原のど真ん中でそんなことをされちゃたまったもんじゃない。

 いやまあ、下が地上だとしても洒落にはならないけど。

 

「しかし、先輩はそのような理由から平静でいたのですね。てっきり「ハワイ観光なんて、もう飽きるほど行って満喫しきっちまったぜ」とばかりに考えているのかと思っていました」

「学生の立場上、観光なんてそう簡単に行けるようなものじゃないよ?」

 

 金銭面もそうだけど、親の了承が取れないとか部活動で休みが潰れたりとかで、結果行けても近場くらいなんだよね。

 というか、俺はそんな喋り方しないからね? 凄くなりきったような感じの声色で話してくれたけどさ、片時もそんなウザキャラだった覚えはないよ?

 

「そういえば、藤丸さんはその昔学生という身の上でしたね。なんでも学問を学びながらも学友たちと勉強会という名目で遊びに出かけるのだとか」

「あー、やってたやってた」

「空港の手続きも慣れていらっしゃいましたし、旅行の経験がおありなのも当然のことでしたね。中でも数年に一度行われる修学旅行というものは男女共に好かれるイベントだとのことなので、主殿もさぞかし楽しんだものかと!」

「牛若。口調、口調」

「はっ! し、失礼しました。それで、修学旅行は如何でしたか?」

「ま、まあまあ楽しめたかなー」

 

 なんて、ね。ごめん牛若、正直なところ旅行にはあまりいい思い出がないんだ……。

 特に修学旅行なんて、足を骨折していたせいでスキーは滑れなかったり、大人から子供まで人気の遊園地では友人たちとはぐれて一人で回ってたりしたし、その夜には高熱を出して旅行が終わるまで寝込んでいたという悲惨な状態だし。

 ……うん、思い出しても気が沈んじゃうだけだからこの話は止めようか!

 

 なにせ今回はあくまで任務。旅行じゃなくて任務だからね!

 旅行だって思ってしまったら多分碌な目に合わないし、普段通りにしていればトラブルだってやって来ないはず……!

 

「牛若、今回はフォーリナーの正体を突き止めて、問題のある存在か見極めるための任務だから。決して旅行じゃないって肝に命じておくように。いいね?」

「も、もちろんわかっておりますとも。ですがあまり根を詰めすぎるのもよくないと思います」

「はい。いつになっても先輩は息抜きが苦手なようですが、今回は任務の合間にしっかりと休んでもらいますからね!」

「わ、わかったよ……」

 

 まあ、せっかくのハワイだし、少しばかりはバカンスを楽しむのも悪くはないのかもしれない。

 海が苦手だって言いながらも、なんだかんだサーフィンを一回はやってみたかったしね。

 

「あくまで任務優先だけど、やることやって休むときには休む。これでいいんだよね」

「はい。今の段階で気を引き締めるのは先輩らしいと思いますが、まだまだ空の旅は長いです。焦らず気を落ち着かせましょう。……私としてはこの機会に先輩の昔話などお聞きしたいと思うのですがっ!」

「んー、前にも言ったけど、あまり面白い話はできないと思うよ?」

「いえいえ、それがいいんですよ、ある……藤丸さん。普遍的な日常を話題にするのは些か難しいものかもしれませんが、私たちからしてみるとそれこそが珍しく聞き応えのあるお話になるのですから」

「そっか、そうだよね」

 

 牛若の言う通り、自分にとっては何気ない毎日だとしても、二人からしてみると知らないことばかりで興味が湧くのも不思議じゃない。

 おまけに学生生活なんて二人には経験のないことだもんなあ。

 

「それならちょっとずつ思い出しながら話してみるよ。ええと、そうだなあ……」

 

 これから南国の島国に向かうというのにちょっとだけ場違いな日常のお話を二人に聞かせていく。

 けど、こんな日常を守るために俺たちは戦っていたんだと思い返すには凄くいい時間になったんじゃないかなと思う。

 

 

 ……ただまあ結局のところ、真夏のハワイに来てまでホテルの室内に篭って同人誌作りに勤しむなんてことになっちゃうんだけどね。




あとがきキャラクター紹介。
・藤丸
1.5部攻略後の主人公でありながら、2部5節までのサーヴァントとすでに縁があるマスター。
性格は至って真面目なのだが一癖も二癖もあるサーヴァントたちに振り回されるあまりツッコミが自然と上達している。
とにかく旅先では不運に見舞われやすいので、出発時点ではわりとすれた気持ちでいる。
・マシュ
心優しい後輩……なのだが時折天然ボケや暴走気味になったりする。ただし基本的には受け身の姿勢。
最近、藤丸が他のサーヴァントの方と仲良くしているのを見てしまうと、ちょっとだけもやもやしちゃう。

・牛若
できる弟であり、主に従える忠犬みたいな立ち振る舞いだが、すぐに気に入らない首を落とそうとしたり、無茶振りをさらりと口にしたりする気分屋。
ハワイに到着するや否やより一層周りを振り回すやんちゃ小僧っぷりを披露し始める。

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