サーヴァント・サマー・フェスティバル推量 -マテリアルに記録されていない、芸術に彩られた夏の話をしよう- 作:影斗朔
長くなるので前後編に分けてます。
初めての同人誌作りはとても新鮮で、創作の難しさを実感する良い機会になり……歯痒さが残るものだった。
少なくとも、朝から晩まで働き詰めでホテルに戻ってすぐベッドに倒れ込んで眠りについた彼にとっては。
「だから、出発から数日前のカルデアの夢なんて見てるのかな」
カルデアに来てからはサーヴァントたちの影響で明晰夢をよく見るようになった藤丸だが、誰一人いない空間でその場から立ったまま動けないという経験は初めてだった。
サーヴァントたちが夏季休暇のために立ち去ったカルデアの廊下はがらんと広く、酷く静まりかえっている。
まるで普段の活気がゆめまぼろしのものだったかのように。
「誰かの夢の中ってわけじゃなくて単純に俺が見ているだけの明晰夢なのだとしたら……やけに寂しい夢を見てることになっちゃうな」
誰に返事を求めるわけでもなく、藤丸はがらんどうな廊下に言葉を漏らす。
直前まで多くのサーヴァントたちで賑わっていたサバフェスに参加してたこともあり、喧騒のない無音の空間に一人となると孤独感というものをより感じやすい。
景色が変わらず、外音すらなく、孤独な状況が続けば人は誰しも余計なことを考え出してしまう。
それは、人理を修復したマスターであっても変わりなく。
「あーあ。なんだろうな、この不完全燃焼感は。暴れていたフォーリナーも自爆したし、サバフェスで同人誌も出した。この二つでハワイの目的は達成したわけだから、後悔なんてないはずなんだけどなあ」
同人誌作りに資料の取材、フォーリナー撃退を加えるとバカンスに充てられる時間はほんの僅かなもので、飛行機内で彼が意気込んでいた泳ぎの練習すら叶わなかった。
ただ、観光面において不満はない。充実した七日間を過ごしたのは事実であり、大きな問題もなく二つの任務も遂行できたのだから。
……それでも、彼の心奥には何故か強い後悔が残っていた。
「こうも気に食わない理由は多分わかっているはずなんだけど……。なんだろう、こうももどかしいのはきっとそれだけじゃないからなんだろうな」
結果に満足いかないのは当然だ。彼らは素人集団であり、常連サークルが出しているような同人誌などの出品物を出せる実力などないのだから。
立場を踏まえて自分が持っている分の実力を出した上で楽しみながら参加したはずなのに、向ける先のない乱れた感情に藤丸は惑わされそうになり、
「……やめよう。夢の中で過ぎたことを悔やんだってどうしようもない」
頭を振って余計な思考を脳裏の片隅に追いやる。
任務は既に果たしている、どうしても気になって仕方がないなら、夢の中ではなく帰りの飛行機内でマシュや牛若に聞いてみるのが一番だと。
「とはいえ、こうも体が動かせないのは一体なぜなんだ……?」
意識を取り戻してどれほど経ったかは定かではないが、依然としてびくともしない体に彼はため息を吐く。
可能性として高いのはサーヴァントの夢を見ていること。
マスターとサーヴァントの間で契約のパスが通っていることが影響し、互いの過去を夢という形で記憶を共有して見る事がある。
その場合だと相手の知らない場所では行動できないため、立ったまま不動の状態になってしまうのだった。
ただ、普段なら早い段階で対象となるサーヴァントと遭遇できるので、彼が硬直現象に悩まされることもなかったのだが、毎度相手との合流がスムーズに済むとも限らない。
こうなってしまっては合流までどうしようもないと、藤丸は雪がちらつく窓際に視線を向けようとして、廊下の片隅からこちらへと歩いてくる黒い影が見えた。
「あれは……オルタ?」
旗こそ手にしてはいないが、全身真っ黒な姿で不機嫌そうな顔つきといい、まず間違いない。
ただ、藤丸の姿は見えていないようで、
「……ん? んん?」
「うわっ、ちょ、近っ!?」
接触しそうなまでに歩み寄ると、しゃがみ込んで何かを拾い上げる。
その時になってようやく藤丸は、自身の足元に一冊の同人誌が落ちていたことに気づいた。
「ふぅん。廊下に漫画をポイ捨てするなんて、誰だか知らないけどいい根性しているわね。ま、ゴミ箱にすら入れられないゴミ作品だったんでしょうけど」
廊下に誰もいないことをいいことに、オルタは普段の捻くれた悪態を口にしながらも、本を元あった地面にそっと戻す。
そうして何食わぬ顔でその場を立ち去ろうとして、
「…………」
「あれ?」
困惑する藤丸をよそに、ふっと思い出したように後ろ歩きで戻り、再び同人誌を拾い上げた。
「ほんと、表紙を見る限り明らかに暗めのお話っぽいわね。魔女と怪物とか……はっ、まさにダークって感じ」
「え、わざわざ戻ってまた悪口言うだけなの?」
はたして彼の言葉通り、オルタは再び拾った本の表紙をじっくり見るだけ見て、また元の場に戻してふたたび歩き出す。
「……………………」
「……また?」
得意げな顔で4、5歩ほど進んだオルタは、またもや後ろ歩きでその場に戻り同人誌を拾い上げる。
今度は表紙だけでなく、背表紙までをもじっくりと眺めていた。
「作者らしき銘記はなしか。ま、どんな奴が作った本かは知らないけど、読者からこうも無残に扱われるんじゃね」
「……ああ、なるほど。なんだかんだで気になってるってことか」
相手は人ですらないのに素直になれない不器用さに呆れながらも、いまだ動けない藤丸は彼女の挙動に視線を向ける。
またもや本を手放してその場を離れようとしたオルタの方も、ようやく自分の気持ちに素直になったらしく、
「…………………………っ! ああ、もう!」
悪態と共にズカズカと本の元へ歩み寄ると、キョロキョロ辺りを見回し誰もいないことを確認したのち同人誌を拾い上げて駆け出していった。
まるでリスが木の身を持ち去るような動きに藤丸はお腹を抱えて笑いそうになり、そこでふと気づく。
「あれ、体が動く? ……もしかして、オルタを追えってことか?」
彼がいくら虚空に問いかけたところでここは夢の中、答えなど返ってくるはずはない。
だが、返事を返されたかのように何者かから背を強く押された気がした。
「────行ってみるか」
夢から抜け出す手立ては見つかっておらず、この夢がオルタのものだとすれば、オルタの行動に夢から脱するヒントがある可能性が高い。
ならば迷う必要はないと、久々に動くようになった体を走らせて、藤丸はオルタの後を追いかけた。