サーヴァント・サマー・フェスティバル推量 -マテリアルに記録されていない、芸術に彩られた夏の話をしよう-   作:影斗朔

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その日、彼女は廊下にて運命と出会う(後)

 たどり着いた質素な部屋の中で、オルタは既に漫画のページをめくり始めていた。

 誰に見られているわけでもないのに律儀に机に座り姿勢を正して読んでいる辺り、生来(オリジナル)の生真面目さが顕著に現れている。

 勿論、当人は「アイツと同じにするな!」と怒鳴るか「別に、これくらい普通のことでしょ。それとも何、アンタはこんなのも出来ないわけ?」と嘲り、断じて認めようとはしないだろうが。

 

「これ以上は近づけないのか。ここじゃ、あの同人誌がどんな本なのか全然わかんないな」

 

 部屋に入った途端、再び不可視の力に阻まれてその場から動けなくなった藤丸はオルタの手元にある同人誌に目を向けるが、部屋の暗さや装丁の色合いもあり、どのような題名の本なのかすら見えない。

 オルタが拾い上げた時にでも確認しておけばよかったが、漫画一冊に対してあれほど挙動不審になっていた彼女の姿に視線が向いてしまった時点で彼に見る機会は無くなっていた。

 どのような内容の本なのか気になって仕方がない藤丸だったが、動けないのだから仕方がないと、ひたすら同人誌に目を走らせるオルタへ目を移して、

 

「────」

 

 息を呑む。契約から今までにかけて一度も見たことのない振る舞いに。

 表情そのものは普段から見られる戸惑いや驚きとさして変わりないが、わなわなと体を震わせるまで表立って感情が露わになるのは初めてだった。

 

「何なの……? 何なのよ、コレ……!?」

 

 オルタも自らが抱いた複雑な感情に整理ができず、本を机上に取り落とすと呆然とした顔でその場に尻餅をついた。

 

「お、オルタ……!?」

 

 藤丸の脳裏に浮かぶのはシェイクスピアの宝具といった精神攻撃系の術式。

 本という媒体に組み込まれ、最後まで読み切ることで術理が発動する形式だとすれば、余すところなく最後まで読了した彼女は、術師の術中に見事にはまってしまったことになる。

 

「…………っ!」

 

 これが夢の世界であり、過去に起こった歴史をなぞる風景を映しているものだとしても、何も出来ずただその場に立ち続けるのは彼にとって酷く苦痛だった。

 視界のオルタは立ち上がりふらふらとベッドへ移動するとそのまま倒れ込む。

 かと思えば、突如としてシーツを抱え込み悶え苦しみ始めていた。

 

 シーツに隠された口元から時折発せられるのは言葉にならない唸り声。

 何かへと対する憤りのようでいて、どことなく迷いが感じられる小さな獣のような声は次第に鳴りを潜めて。

 何もない虚空を見つめ、顔半分を隠していたシーツをひっぺがした彼女は、ふっと口を開き、

 

「────悔しい」

「…………….え?」

 

 たった一言、それだけをぽつりと漏らす。

 何かしらの術を受けていたのだろうと思い込んでいた藤丸は、彼女が発した純然な言葉に困惑しかけるが、それも無理はない。

 彼にとっては幾度となく経験したことのあるものだとしても、他者にとっては未知の事象であることなどよくある話。

 『感動』という身も心も深奥から震わせるほどの感情に揺さぶられる。

 ……それこそ彼女にとって生まれて初めての経験だった。

 

「ええ、ええ! この漫画がとても良いことくらい、私にだって分かるわよ! コマ一つ一つを読むだけでも、心を燃やす復讐の炎すら忘れちゃうくらい話の中に深く引き込まれるもの! けれど、けれどよ! 初めから終わりまで読み通したってのに、『良いものだった』としか言葉にできないことが悔しい!!」

「オルタ……」

 

 白髪の長い髪を振り乱し絶叫するオルタを、藤丸は安堵の瞳で見つめる。

 彼女の憤りは、本を読んで『良かった』としか口にできなかった自分の語彙力のなさと、本を描いた誰かに向けた嫉妬心だった。

 術によって深いダメージを負ったわけではなく、ただ純粋に素晴らしい作品を見てしまって悶え苦しんでいただけなのだから。

 ただ、それも人によっては精神的ダメージとなることには変わりないのだが。

 

「けど、これだけは言える! ()()()()()()()()()()()()()! ええ、絶対にね!!」

「どこから来たのその自信!?」

「叩きどころがないくらいに良い話だったけど! だからってこれを描いたヤツは認めないわ! 少なくとも、こんな終わり方をするなんて、納得してたまるかってーの!!」

 

 シーツを放り投げてベッドから立ち上がると、彼女は再び椅子に座り机上の同人誌を手に取る。

 

「見てなさい、私はいつかアンタを超える! アンタよりも面白い話を書いてみせるから!」

「いや、ちょっと、まって……! なんでそうも素直じゃなくて不器用かなあ……!」

 

 憤怒に歪んだ顔をしていたオルタは行き先のない嫉妬心を本へぶちまけるという面白い行動をしたうえで、すん、と落ち着きを取り戻すと再び本を手に取って読み出したものだから、藤丸は思わず吹き出してしまう。

 ただ、オルタの盛大な独り言のおかげで、彼の中で引っかかっていた部分が解けていた。

 

 ハワイへと向かう直前、本が落ちてないか探してた、と言ってたのはこの経験があったからだと。

 普通は落ちてるものじゃないのに、どうしてあんなところに落ちてたのかは気になるが、そこはおそらく誰かが知らないうちに落としたのだろうと結論付ける。

 降って湧いたかのように創作に関する熱意を持ったのも、この経験があったからこそなのだろう。

 しかし、

 

「オルタがそこまで言うくらいの本、かあ。……正直、俺も読んでみたいな」

 

 藤丸に取って残念なのは、彼女の心境をそれほどまでに大きく変えた本が読めないということだった。

 彼自身、幼少期に触れたロボットアニメがきっかけでロボット・メカ系統に多大な興味を抱くようになったこともあり、誰かに影響を与えたものについては人並みかそれ以上の好奇心がある。

 ましてやそれが、復讐の炎に身を焼き続けているアヴェンジャーを変えてしまうくらいのものならば、その思いもひとしおだった。

 

「────あ、そっか」

 

 読みたくても読めないもどかしさに苛まれた彼はそのうちに気がつく。自分が抱いていた後悔の正体に。

 創作物は触れた人の気持ちや好みに大きな影響を及ぼす。それが、創作者の好みによって形取られたとしても……否、好みによるものだからこそ媒体を通して伝わってくる熱意や愛が、触れた者たちの心を揺さぶるのだとしたら。

 

「俺は、あの七日間で同人誌へ誠実に向き合ってなかったんだ」

 

 たった七日間で初心者ができることは限られる。だから、調べ方も描き方も中途半端で良しとしてしまった。

 もちろん作った話に愛着はあるし、これはこれで好きだけれど、それでもより良くする手立てがあったはずなのに。

 誰かの心を掴めるような努力を、己の愛情をより適切な形で表現する努力を怠っていた。

 それこそが、藤丸を蝕んでいた後悔の正体だった。

 

「ああ、悔しいなあ……」

 

 出来上がったコピー本が決して悪いものだったわけじゃない。それなりに良い出来にはできたとはサークルの全員が思っていた。

 でも、言ってしまえば『それなり』なことに変わりはない。

 仮に無料配布ではなく料金を定めた即売だとすれば、手に取ってくれた人はどれほどだっただろうか。

 良いものを作れば必ず売れるというわけではない。だが、より良質にできたはずのものを多くの妥協をした上で出すよりも、全力を尽くしてそれでもダメだった方がまだ自分を誇れるだろう。

 

 ────だから、今更になって藤丸は思ったのだ。『もっと面白いと自信を持って言えるものを作りたかった!』と。

 

「……わかってしまうとそれはそれでより苦しくなっちゃうものだなあ。せめて、もう一度でいいから、やり直したいくらい……」

 

 認めるしかなくなった後悔を口にそっと出してみたその時だった。

 

「ええ、いいですよ。一回なんて言わずに何度でもリトライしましょう!」

「……え?」

 

 どこからか甘ったるくも人を以て遊ぶような悪意を感じられる可愛らしい声が、藤丸の耳元に囁きかけてくる。

 天使のようで悪魔の如き甘言を伴って。

 

「創作物は人の心を大きく覆す。それが自分の手でできたらなんて素敵なんだろう! なーんて、そんな夢を見たんですよね、セ・ン・パ・イ?」

 

 

────こうして彼らは舞台は巻き戻された。創作物という限界のないものを相手に、気が狂うほどに身を焦がしたあの七日間の最初へと。




あとがき人物紹介その4
・ジャンヌ・オルタ
廊下に落ちていた同人誌と運命の出会いを果たし、創作物に大きな興味を持ち始める。
意外なことに好みのジャンルというものはあまりなく、自分が良いと思ったものは素直に良いと認めるタイプ。
ただし、自分の方がよりうまく作れるという自信を持っている。

・藤丸
参加当初はとりあえず楽しめたらいいかなというスタンスだったが、オルタの夢を見てからは一変して創作にのめり込むようになる。
それが自分がいたらなかったという後悔から来るものだとしても、より良いものを作りたいという熱源に変えて。
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