悪の組織のボスと別の悪役が、主人公の知らないところで勝手に戦うやつです。

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第56話:修学旅行に行こう! その⑧

前回までのあらすじ!!

 

 由緒正しき名家の令嬢フェルエリンデ=スワローグレイヴは異能者にして『悪役』令嬢である。

 自ら異能者による闇組織『時の並び』を束ねるフェルエリンデは、何の因果か黄金のように輝く正義感を持つ少年南城(なんじょう)譲希(ユズキ)と友人になる。様々な学園生活の事件を乗り越えていくうちに、フェルエリンデは何故か己とは正反対のユズキや彼の友人達と行動を共にするようになっていった。彼と彼の友人が、『時の並び』と敵対しつつあることなど露知らず──。

 

 そして待ちに待った修学旅行。京都は清水寺の見学中、フェルエリンデは『時の並び』の反乱分子に襲われる。

 介入しようとしてくるユズキに反乱分子達を押し付け、一人になることに成功したフェルエリンデだったが、孤立した彼女の息の根を止めるべく、反乱分子の最後の一人がその牙を剥く。

 敵の不意打ちを受けて倒れ伏したフェルエリンデに、反乱分子の更なる一手が迫るのだった。

 

 

 


 

 

 

ラグジャリー・シールド

 

 V.S.(バーサス)

 

ザ・サスピシャス

 

 

 


 

 

 

 本体の縦ロールを媒介とした異能。

 発動時は煌きにも似た小さな『盾』のヴィジョンが無数に発生する。

 

 縦ロールを『盾』化する能力。

 『盾』となった縦ロールは2~200倍に大きくすることができる。

 『盾』は厚さ50センチの鉄板にも匹敵する頑強さを誇るが、重量は『盾』化前のものと変わらない為、取り回しはしやすい。

 『盾』化後の大きさに関わらず変化の速度は『瞬時』かつその威力は『強大』。トラック程度なら問題なく押しのけて『盾』化することができる。

 押しのけるのが不可能だった場合は撓みながら『盾』化し、それすら不可能だった場合は『盾』化は停止する。 

 

 一度に『盾』化できる縦ロールは1つまで、持続時間はおよそ10秒。

 『盾』化を解除するか10秒が経過すると、『盾』は風船が萎むくらいの速さで元の縦ロールに戻る。この戻っている最中に『盾』化を行うことはできない。

 

 瞬きのように儚く、されど咲き誇るように豪奢な一夜城。

 その名は────

 

 

『ラグジャリー・シールド』

 

 

 


 

 

 

「パチンコ…………あるわよねぇ~……」

 

 

 女の声が、清水の舞台に空々しく響いた。

 美しい女だった。

 年の頃は高校生から大学生くらいか。女性にしては背の高い痩身といい、美しい黒髪といい、街中で見かければ男女問わず誰もが目で追う美貌だろう。

 

 ──その表情を見なければ。

 

 

「え? お嬢様。お嬢様に言ってるんですよォ。パチンコってあるわよね。スリングショットの方じゃあないわよ。座って()()ギャンブルの方ね。やったこと…………あるかしら」

 

 

 女の感情は、()()()()()

 その語り口に応じて、確かに表情は動いている。だが視線は動かない。ただ一点だけを見据えて、殺意に濁った眼差しを向けていた。

 

 その視線の先にいるのは──一人の少女。

 

 高校生くらいの、美しい少女だった。

 金色の長髪の一部を縦ロールにし、両肩にかけている。ツーサイドアップも縦ロールになっている為、どこか羊のような印象の髪型だ。

 しかしその眼光は羊のそれとは言い難く、蒼い勝気な輝きの瞳と水晶のように透き通った肌は、彼女の生まれの高貴さを見る者に伝えているかのようだ。

 そして──その太腿に突き刺さる一矢が、状況の異様さを明確にしていた。

 

 フェルエリンデ=スワローグレイヴ。

 

 闇組織『時の並び』の首領を務める彼女は、彼女の望む栄光の為に組織を更なる領域へと飛躍させようと奔走しているのだが──その意志に賛同するものもいれば、反発するものもいる。

 目の前の女は、そうした反発派のボス格の一人であった。

 

 チヨ=タールオッカム

 

 彼女は部下を率いて、表の身分としてはごく普通の女子高生であるフェルエリンデを突如襲撃した。

 部下についてはフェルエリンデの機転により、彼女の友人達に引き受けてもらうことに成功したが──そのリーダー格であるチヨについては、こうして今も対峙している。

 

 

「…………」

 

「ないわよね? もしあるんだったら辞めた方がいいわよ~。あんなの客を負かす為にあるようなもんだから。経験者のおねーさんが言うんだから間違いない」

 

 

 スッ──

 

 チヨが右手を横に振ると、フェルエリンデと呼ばれた少女の太腿に突き刺さっていた木矢が砂となって消え去った。足を押さえていたフェルエリンデは、疼痛に表情を歪めながらも立ち上がる。

 臨戦態勢に入ろうとしている怨敵を見据えながら、チヨはさらに口を開いた。

 

 

「でも、パチンコって上手くできててね。やってるときは、分かんないのよ。ただ運がよくって、たまたま勝ててるだけだっていうのに、それに気づかず延々と打ち続ける。まだいける、まだ勝てるって。気付いた時にはもう遅い。負けるのはアッという間よ。まるでバランスを崩した積木みたいにねぇ」

 

 

 立ち上がったフェルエリンデは、静かにチヨを見る。

 もはや、フェルエリンデもチヨの話が()()()()()()()の話でないことは了解している。これは──

 

 

「ねえ分かってる? これは、この先のアンタの話だっつってんのよ」

 

 

 『自らの勝利がただの幸運だったことに気付かず驕った、愚かな少女の話』だ。

 現在の既得損益さえ保護していればよかった。それなのに、組織の拡大を目指したりするから、チヨ達は組織の中で割を食うハメになった。

 チヨは組織の中でもそこそこの有力者である。そんな彼女達を冷遇しようというのだ。この展開は、チヨにしてみれば当然の帰結だった。

 嘲るような笑みすら浮かべて、チヨは目の前の令嬢を睨みつける。

 

 フェルエリンデが、徐に口を開いた。

 

 

「──そうですわね。気付いた時にはもう遅い。負けるのはアッという間。確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉に、チヨの笑みが引きつった。

 何故ならそれは、チヨの言葉をそのまま返したからにすぎない。

 

 多少既得損益は削られるが、それでも組織の中での実力者というポジションに甘んじておけばよかったものを、調子に乗って首領である己に歯向かった。だからこれから破滅する。お前は、愚かだ。

 フェルエリンデは、言外にチヨをそう嘲ったのだ。

 

 

「………………上等」

 

 

 言葉のやり取りは、一旦そこで止まった。

 砂塵が集まるようにして、チヨの傍らに人型の像が浮かび上がる。女軍人の姿をした砂の異形が右手を構えると、そこには木製のボウガンが装備されていた。

 

 

(あれが先ほどわたくしに不意打ちを仕掛けた武装かしら。……しかし、再度不意打ちを仕掛ければいいのにわざわざ正面から展開した点が気にかかりますわね)

 

 

 瞬時。

 脳裏を駆け巡る思索を迅速に統括したフェルエリンデは、即座に次の行動を決断する。

 即ち。

 

 

「お生憎様。わたくしは、付き合い切れませんわ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、チヨはそのフェルエリンデの意図が読めなかったが──

 

 

「まッ、さか!」

 

 

 直前までフェルエリンデがいたところを、一本の矢が通過する。

 といっても、彼女の傍らにいる女軍人から放たれたモノではない。そこに意識を集中させることで物陰に隠していたボウガンから放たれたものだ。チヨはこれでフェルエリンデにさらなる手傷を負わせるつもりだったのだが、どうやらフェルエリンデも不意打ちは警戒していたらしい。

 不意打ちを放ったその時には、フェルエリンデは清水の舞台から飛び降りたあとだ。空しく数メートル直進して、無駄となった矢は塵となって消え失せた。

 

 フェルエリンデが消えていった奈落の底を見やって、チヨは憤然としながら呟く。

 

 

「に…………逃げ切りやがったわ……。……いや! ヤツの性格上、ただ逃げることはしないはず! 追わなくては……反撃を受ける前に!」

 

 

 


 

 

 

(やれやれ……どうにか仕切り直しできましたわね。重要な文化財を破壊するのはわたくしの望むところではありませんし)

 

 

 ──収縮する縦ロールに手を添えながら、フェルエリンデは一息ついた。

 無事に着地し終えたフェルエリンデは、そのまま少し走って、チヨから行方をくらませている。

 

 彼女の異能『ラグジャリー・シールド』は、その縦ロールを巨大な『盾』にする能力。落下の衝撃に対して使えば、たとえ高層ビルから落下したとしても安全に着地することができるほどである。

 他の能力者であっても、ここまで速やかな着地は難しいだろう。もっとも、チヨの能力が不明である以上油断は禁物なのだが。

 

 

(……チヨの能力……)

 

 

 フェルエリンデにしてみれば、それもまた大きな謎だった。

 

 

(ボウガンを放つ異能……と見ることもできますが、それにしては『追加効果』が見受けられない。彼女は『時の並び』でもかなりの実力者ですし、それだけとは到底思えませんわね……。現に、私の足に刺さった矢は今は影も形もない……)

 

 

 心の中で呟きながら、フェルエリンデは自らの足をそっと撫でる。

 傷口はそこまで深くはなかったらしく、撫でた指先には血で固まった砂が少し付着する程度だった。

 

 

(……、)

 

 

 フェルエリンデはその指先を少しだけ見つめて、

 

 

(わたくしにとって幸運なのは…………チヨもわたくしの能力を知らないということ。ゆえにチヨはわたくしの行動から能力を推察するしかない)

 

 

 チヨにとって、清水の舞台から飛び降りたフェルエリンデの動きはどう映るか。

 純粋に、正面衝突でチヨにぶつからなかったというフェルエリンデの行動は、きっと彼女から見れば消極的に映るはずだ。もしも正面からチヨを始末するだけの能力があるならば、そうしておくのが一番手っ取り早い。

 

 

(つまり、チヨは十中八九わたくしのことを『直接戦闘能力は乏しい』と評価するはず。彼女はたびたび、わたくしのことを『世襲で首領の座についた親の七光り』と侮っていましたし)

 

 

 無論、フェルエリンデは世襲で『時の並び』の首領の座に就いたわけではない。

 『時の並び』の前首領──即ち彼女の祖父は、フェルエリンデが()()()()()()()その手で始末した。殺してはいないが、異能者としては完全に再起不能だし、二度と健康な体で外を出歩くことはできまい。

 その上で彼女は首領の座を『簒奪した』のだが、この事件は『時の並び』内部でも公にはなっていないので、フェルエリンデと関係の悪い構成員は世襲という誹りの声を隠そうともしない。

 

 

(そしてそんな『戦闘能力に乏しい』わたくしが取りうる戦略は一つ。『逃げて組織の仲間が到着するまでの時間を稼ぐ』。……わたくしがチヨなら、そう考えて、その戦略を潰す為の作戦を考えますわ)

 

 

 フェルエリンデに、援軍を呼ぶ意思はない。

 『時の並び』の戦闘要員は、修学旅行に向けて一応京都近辺に待機させてはいるが、首領としての彼女のプライドが、反乱分子への対応で『助けを求める』という無様な解決方法を良しとしなかった。

 フェルエリンデ=スワローグレイヴは悪の首領である。

 であればこそ、己に反旗を翻す愚か者の頂点は、じきじきに踏み躙らなくてはならないのだ。

 

 おそらく、チヨはそこを取り違えている。

 であれば、その予測の誤差がフェルエリンデの突くべき隙だ。とりあえず逃げて時間を稼いでいるように見せかけて、相手が攻撃の為に防御の意識を緩めた瞬間に叩けばいい。

 

 

(さしあたっては……どこで迎え撃つか、ですわね)

 

 

 『清水寺』というのは、意外に広い。

 何せ『清水寺』と呼ばれる空間の中に、大小20以上の建造物が存在しているのである。その広さは13万平方メートルともいわれるほどだ。

 舞台を飛び降りた先にあるのは『清水寺』内部を南北に貫く大通り。大通りの向かいには石碑があり、北に向かえば水の出る石の社が、南に行けば緑の多い広場がある。

 その他の空間には鎮守の森や庭園が広がっており、その中をまるで網目が通るかのように様々な社や塔、お堂などが(そび)えている。

 

 屋内・屋外、障害物の有無まで、逃げながらであればある程度は状況を調節することも可能。

 それらの前提条件を加味した上で、フェルエリンデは────

 

 

(……やはり、此処しかありませんわ!)

 

 

 池の畔の庭園。その傍に立つ『朝倉堂』──そこに続く、林の中へと飛び込んだ。

 

 

(現状、敵の能力は分かりませんが、ボウガンを主体にしてきたということはなるべく遠距離で仕留めたい──近距離で戦うリスクを忌避するタイプですわ。であれば、林の中など障害物が多い場所でならその戦いのリズムを崩すことができましてよ!)

 

 

 加えて、背の低い草木の中を移動すれば音も発生する。不意打ちのリスクも軽減できるというわけだ。そうして相手が仕損じているうちに──こちらが接近して、叩く。

 

 

 ──ガササッ

 

 と、早速接敵の気配がフェルエリンデに忍び寄ってきた。

 おそらく──というか十中八九、チヨだろう。フェルエリンデもあえて移動の音は殺していなかったので、彼女の方もフェルエリンデに対して攻撃を狙っているに違いない。

 

 

(来るなら来やがりませッ! 攻撃した瞬間が、アナタの最後ですわッ!)

 

 

 まるで弦を引き絞るように、神経を研ぎ澄ませながら移動していると、やがて茂みと林の先に池と庭園が見えてきた。

 明るくなった視界に、フェルエリンデが僅かに顎を上げたその瞬間だった。

 

 

「ッ!!!!」

 

 

 右後ろから、ギリリと何かを引き絞るような音。

 フェルエリンデは知っている。この音は、間違いなくボウガンを装填しているときの音だ。舞台の上でも聞いていたから、間違いない。

 これに対しフェルエリンデは────

 

 

 『()()使()()()()()()

 

 

「そこですわねッ!」

 

 

 即座に左側に飛び込んで矢を躱すと同時、フェルエリンデは後方へ向き直る。

 フェルエリンデは、不意打ちを餌にした()()()()()()()()を警戒していたのだ。第一射に対してフェルエリンデが対応した隙に、別方向から攻撃をしかける。これならば、確かにフェルエリンデの能力がどうであれ、確実に不意打ちを与えることが可能だ。

 

 だが、フェルエリンデはそれを読み切った。

 飛びのいた瞬間に全神経を聴覚に集中させていたフェルエリンデは、その瞬間、後方からさらにボウガンを装填する音を聞いていたのだ。

 

 そしてやはり、振り返った先には女軍人がボウガンを引き絞ってフェルエリンデのことを狙っていた。

 それを認めて、フェルエリンデは勝ち誇るように笑みを浮かべ、そして右手で髪を撫でる。そして──号砲となる言葉を口にした。

 

 

「『ラグジャリー・シールド』ッ!!!!」

 

 

 ──ドバオッッッ!!!!

 

 

 まるで爆発かと錯覚させるような轟音と共に、フェルエリンデが撫でて靡かせた縦ロールが劇的な膨張を見せる。

 瞬時に10倍程度まで膨れ上がった縦ロールは、周囲の木々ごと下手人がいたであろう空間を抉った。

 

 まるで戦場跡のような様相と化した一角を見据え、フェルエリンデは手向けのように言う。

 

 

「……『ラグジャリー・シールド』は、わたくしの髪を『盾』にする異能。しかしそれはただの『盾』ではありません。この体躯を大きく超える圧倒的巨大さの『盾』。……その発現は、ただそれだけで暴力となりますわ。わたくしという存在が、そこにいるだけである種の暴力になり得るのと同じように」

 

 

『……へえ、確かに、言うだけのことはある破壊力だねえ』

 

 

 だからこそ。

 既に倒したはずの相手の声が聞こえてきた瞬間、フェルエリンデは思わず息をのんだ。

 

 『盾』と化した彼女の髪の内側。

 フェルエリンデの2メートル前方に、塵が集まるようにして、女軍人の姿が形成されていく。

 

 

「ま、さか……! アナタの能力は、」

 

 

 この状況、まさしくピンチだ。

 『ラグジャリー・シールド』は発動時こそ一瞬で使えるが、解除するときには風船が萎む様に元の大きさに戻る。

 即ち、こうやって『盾』の内側に敵を入れてしまった時点で、もう通常の方法では『盾』を展開し得ない。

 

 つまり、フェルエリンデを守る『盾』は、もう──

 

 

「チェックメイトよ、愚かな女王様。あの世で己の傲慢を悔いやがれエエエ――――ッ!!!!」

 

 

 ──バッ!!

 

 

 即座に両手で頭を防御したフェルエリンデの身体が、次の瞬間には宙に浮いていた。

 だがそれは、チヨの攻撃によって吹っ飛ばされたわけではない。

 

 見れば分かる。

 

 空中に投げ出されたフェルエリンデは、傷を負っているわけでもなければ、その表情に苦痛の色を浮かべているわけでもなかった。

 もっとも、『苦渋』の色は浮かべていたが。

 

 

「これだけは……これだけは、なるべくならしたくはありませんでしたわね」

 

 

 言いながら、フェルエリンデは下を伺い見る。

 何故か空中に投げ出されたフェルエリンデは、そのままなら池の中へ飛び込む軌道を描いていた。

 

 

「『ラグジャリー・シールド──サブライム・ブロウ』」

 

 

 確かに──『L・シールド』は解除したら風船が萎むように元の大きさに戻る為、解除・再発現を繰り返すことでの連撃はできない。

 しかし、これには一つだけ抜け穴があるのだ。

 それは、『倍率の変更』。

 解除すればもちろんラグが発生する『L・シールド』だが、それは解除した時の挙動にすぎない。解除せず、上書きするようにして『再発動』するのであれば、問題はない。たとえば倍率10倍の状態から、倍率2倍に変更してから再度倍率10倍に変更するのは、それぞれ『瞬時』に行われる。

 これによって『瞬時』の一撃を何度も行うのが、『L・シールド サブライム・ブロウ(気高き一撃)』である。

 

 これによって、さらなる一撃を『地面』に向けることで反動で移動をしたのが、今フェルエリンデが宙に浮くまでの経緯である。

 ただし──

 

 

「……やれやれですわ。咄嗟だったのでとにかく最大出力で跳躍しましたが……流石の『L・シールド』も、()()()()水までは防ぐことができなくてよ」

 

 

 

 ──ドポァオン!!

 

 そのまま水柱を上げて落下したフェルエリンデは、割合すぐに水面から顔を出す。

 その髪は水に濡れているが、不思議と縦ロールだけはしっかりと形を保っていた。

 

 林からは、女軍人のヴィジョンを伴ったチヨが姿を現している。

 だが、チヨは一向にフェルエリンデに接近する様子を見せない。何故なら、既に彼女がフェルエリンデの能力を──『L・シールド』を()()()()()()からだ。

 

 

「……なるほどねぇ。『髪を爆発的に膨張させる能力』。あの林の惨状から言って、おそらくは頑丈にもなっているんでしょうねえ……。本来は『盾』の能力であれだけ暴力的な結果を生み出せるあたりは、流石に我らが『時の並び』首領・フェルエリンデ=スワローグレイヴってところかしら」

 

 

 でも、とチヨは笑い、

 

 

「アンタの能力は既に見切った……。だから、()()()()()()()()()()()。髪を『盾』にするだけで、『操作』する能力じゃあないなら……いかに『盾』化が素早かろうと、その方向はアンタの手の動きで分かる。拳銃と同じよ。異能者にとって、狙っている場所さえ分かるなら、面と向かって気を張っていられる状況下で銃弾はそう恐ろしいものじゃあない」

 

「……そうですわね」

 

 

 会話しながら、フェルエリンデは池から上がる。小石を蹴散らしながら2本の足で立った彼女の身体は、当然のように全身水浸しだ。

 頭から頬を伝う池の水が、どこか彼女の冷や汗のようにすら見える。

 

 先ほどのチヨの言葉が、フェルエリンデの『やりたくなかった』最大の理由だ。『サブライム・ブロウ』の本質は、『瞬速』で行われる強力な不意打ち。だがそれだけに、『来る』と分かっていれば警戒されてしまう。

 攻撃が直線的なものになりやすい『L・シールド』にとって、『サブライム・ブロウ』は『ここぞ』という時の為の切り札でもあったのだ。

 

 

「そしてこの距離ならッ! 私の異能のパワーでも手数でアンタを十分に始末できるわッ! 『ザ・サスピシャス』ッ!!」

 

 

 ──ズゾアアア!!!!

 

 

 その宣言と同時に、女軍人の右腕にボウガンが発現する。

 

 

「わたくしの能力の名を忘れましたのッ!?」

 

 

 呼応するように、フェルエリンデもまた能力を発動する。屈んで『盾』と化した髪の陰に隠れ、しかしフェルエリンデは確かに追い詰められていた。

 現状は完璧に隠れ切れているが、相手だって一方から撃ち続けるわけではないだろう。位置を変えればフェルエリンデの姿を狙うことも可能だし、フェルエリンデはそれに対応しづらい。

 それに何より、『盾』の持続時間は10秒。そこから先は、防御が完璧ではなくなる。そうなると、この10秒のうちに何らかの打開策を考えなければフェルエリンデはさらなる窮地に追いやられるのだが──

 

 

 ──ドバ! ドシュバ!

 

 

 次々と放たれる矢の猛攻に、フェルエリンデもなかなか対応できない。

 どうやらチヨはいくらでも『矢』を生み出せるらしく、それこそ矢継ぎ早に攻撃を繰り返しているのだった。

 

 

「どうしたのよ? ええ? 威勢がいいのは口だけかしらッ!? 七光りのクズ能力がッ! この私の『ザ・サスピシャス』の前には無力なのよ!」

 

 

 それに──問題はもう一つある。

 

 

(ヤツの能力……おそらく、『塵』や『砂』などの『微粒子』を媒介にした異能ですわ……。だからわたくしの足に刺さった矢は消えたし、傷口には()()()()()()()がついていた。だから『L・シールド』の一撃を受けても、そのまま内側に潜り込んでこれた)

 

 

 であれば──今も防御してはいるが、フェルエリンデの周囲には解除された『微粒子』は充満しつるあることになる。そうすれば、いくらでも『盾』の防御を貫通して襲い掛かることができるだろう。

 いや、『矢』が命中する距離であるということを考えれば、もう既にそれをやっていてもおかしくない頃なのではないか──そこまで思考が動いた瞬間、フェルエリンデの脳裏に閃きが走った。

 

 

「…………なるほど。そういうことでしたのね」

 

 

 フェルエリンデの眼光に、確殺の決意が宿る。

 アクアマリンのような蒼眼に漆黒の意思が迸り──フェルエリンデは『盾』の倍率を2倍に変更し、握り拳で髪をかき上げた。

 

 致命的な隙。しかし、フェルエリンデは相打ちを恐れない。

 何故なら、

 

 

()()()()()()()()()()』。だから、『固められること』に弱かったんですのね」

 

 

 考えてみれば、ボウガンの一撃を受けて『深手ではない』のがそもそもおかしかったのだ。

 アレも、血に接触したことで『固められた』から深手にならなかったのだと考えれば納得はいく。それでも血は流れるから、何度も繰り返していくうちに血管が傷つけば命に関わるし、彼女としては勝算が大きい戦略だったのだろう。

 だが、タネが割れてしまえばどうということはない。今の彼女は水で全身を覆っている。つまり、()()()()()()()()()()

 

 

「水飛沫を浴びても尚──能力を持続することができましてッ!?」

 

 

 土煙を巻き上げながら、『サブライム・ブロウ』が炸裂する。

 チヨもフェルエリンデの射線から外れる為に移動していたようだが──

 

 

「ぐうッ!?」

 

 

 鉄砲水のように弾かれる水によって、『ザ・サスピシャス』の半身が抉れ飛ぶ。『盾』の最大倍率は200倍。即ち20メートルにも及ぶ。『瞬時』に20メートルも移動するほどの慣性で水が吹っ飛べば、相当な威力の水鉄砲にもなるだろう。

 チヨ本体は、『ザ・サスピシャス』に防がせていたことでダメージが軽減されているようだが……

 

 

「ふん。塵芥の寄せ集めで、わたくしの策を上回れるなどと……思い上がりも甚だしいですわ」

 

 

 チヨ本体の胸元には、石ころが捻じ込まれていた。

 

 

「あ、……こ……れは……池の畔……の…………石……?」

 

「ご名答。先ほど髪をかき上げたときに、髪の中に忍ばせておいたのです。『盾』となったわたくしの髪は『頑強』ですので、このくらいはわけないことですわよ?」

 

 

 あとは水飛沫のときと同じだ。

 高速で膨張した髪に載せられた石は、そのまま猛スピードで放たれ、そしてチヨの胸元に着弾した。

 

 

「ふ、……くく…………」

 

 

 チヨの口元に笑みが浮かぶ。

 それは、破綻者の笑みだ。もうどうしようもなくなってしまった者の。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あははは……アーッハハハハハ!!!! 『ザ・サスピシャアアアアアアアス』ッ!!!!」

 

 

 組織のパワーゲームに敗北し、凋落が確定したその段階で──チヨは既に破綻している。

 

 哄笑と共に、石を撃ちこまれたチヨの胸元がボウガンに変形した。

 

 

()ァーん念でした!! 『この私』も、『ザ・サスピシャス』で『模造』した偽物よ! 本体は別!! おかしいとは思わなかったの!? 人型の方は砂でできているのに、ボウガンはきちんと木製に見えたこと!!」

 

 

 ヒントはあった。

 

 ただの砂の集合体であれば、そもそも人体に突き刺さったりはしない。何かを『模倣する』ことが可能ならば……当然、本体自身だって『模倣』できても不自然ではないのに。

 だが、フェルエリンデはそれに気づかなかった。執拗にボウガンだけを使い続けることで、フェルエリンデにそれを悟らせなかったチヨが、思考の戦いでフェルエリンデの上を行った。

 異能者としての戦いで、フェルエリンデに勝利した。

 

 そして今、チヨは砂ではない『弾丸』を装填して、フェルエリンデを狙っている。

 これなら水に濡れたフェルエリンデを仕留めることができる。

 

 その事実を悟ったフェルエリンデの身体が、数歩ほど右によろめいた。

 

 

「アンタなら、距離をとれば手近なものを飛ばして攻撃してくる策を思いつくと思っていた! だから私はそれを計算して、アンタが『弾丸』を送ってくれるのを待っていたのよ!! さあ──」

 

 

 死ね、と。

 

 口だけ動かして、チヨは『弾丸』を射出する。

 当然、狙いを外してくれるなんて甘い結末はありえない。

 チヨの放った『弾丸』は、過たずフェルエリンデの左胸に吸い寄せられ──

 

 

「さて、甘いのはどちらかしら?」

 

 

 ──なかった。

 

 

「……な……?」

 

 

 正確無比に放たれたはずの『弾丸』は、フェルエリンデの脇を()()()()()逸れて池の水面に着弾していた。

 

 

「分かっていましたわよ」

 

 

 フェルエリンデは、スッと立ち上がりながらそう宣言する。

 収縮していた縦ロールが、元の位置へと戻り切る。

 

 正真正銘、次に『L・シールド』が発動してから10秒以内に決着がつくという証明だった。

 

 

「分かっていましたわ。そこにいるアナタが『偽物』であることくらい。むしろ、何故バレないと思っていましたの? だってアナタは、最初からわたくしの前に出ることを嫌っていた。常に距離をとって、不意打ちを狙って戦っていた。……そのアナタが、武器を伴ってわたくしの目の前に出る? 裏があると考えて然るべきでしょう」

 

 

 先ほどの一撃は、水を飛ばしたり石を飛ばしたりすることの他に──単純に土煙を上げさせて、視界を悪くする効果も狙っていた。

 『ザ・サスピシャス』は別にそれ自体が視覚を持ち、狙いを定める能力を持っているわけではない。であれば、どこからか本体が直接フェルエリンデを狙っているハズ。

 それがどこかまで明確な目星がついていたわけではないが──木を隠すなら森の中というくらいだ。『模倣』したものを隠すなら、林の中のどこかだと分かっていた。

 

 だから土煙を巻き上げた上で、数歩移動しておいたのだ。

 

 予想通り、チヨはその変化に対応できずに攻撃を外した。

 

 

「…………!!」

 

「──薄汚い裏切者の浅知恵など、とっくに読めていましてよ」

 

「こ、の、ガキィッ!!!!」

 

 

 直後、取り繕う必要のなくなったチヨの身体が、完全に砂の女軍人のものへと変化する。2体の人型の手にはそれぞれボウガンが装填されているが、フェルエリンデはいちいち斟酌しない。

 それよりも、狙うべき本体は()()()()()()()()

 

 

「無駄ですわ。アナタが『模倣』させていられるのは、矢も含めて一度に4つまででしょう? 2体にボウガンを持たせたところで、一度に撃てるのが一体だけであるなら『L・シールド』の前では無力です。そして」

 

 

 フェルエリンデは、左手で縦ロールをなびかせてから、『L・シールド』を発動する。

 銃弾のように無数の水飛沫が吹き飛び、そして──

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……つまり、アナタは『模倣』した『木』の中に隠れていた。『模倣』といってもそっくりそのままでなくともいいのは、先程アナタが『自分』と『ボウガン』でやった通りでしょう。そして、『木』と『自分』、『ボウガン+人型』と『矢』で『模倣』数は4つ。それで限界だから、アナタは一度に一発しか矢を放てなかった」

 

「だ、だったら……!」

 

「あら」

 

 

 そこから先の10秒は、まさしく『異次元』だった。

 

 フェルエリンデの姿が、その場から消え。

 

 かと思えば、チヨの5メートル先に再出現し。

 

 一瞬にして構えていた2体の人型が吹き飛ぶ。

 

 

 やったことは、実に単純。『盾』の倍率変更のみだ。

 だが、それを移動に利用し、移動の勢いを抑えるのに利用し、そして敵を薙ぎ払うのに使った。

 

 それほどのことを、流れるような自然さで扱えるからこそ────彼女は、組織の頂点を簒奪することができた。

 

 もはや、理解できてしまう。

 此処からの10秒は、自分にはどうしようもないと。

 

 根本的に、異能というのは発動時は手元にある必要がある。本体が割れてしまった以上、ここからどう動こうと、フェルエリンデの方が早い。

 

 

「この……」

 

「あら、あら」

 

 

 それでもチヨが何かしようとする、その前に。

 『L・シールド』が、チヨの全身を嬲った。

 

「あら、あら、あら、あら」

 

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 嬲られ、『L・シールド』の……縦ロールの中に捻じ込まれたチヨをそのままに、『L・シールド』は『瞬時』に倍率を変更し、収縮を開始する。

 当然、チヨの身体には相応の加圧がかかる。

 

 

「う、ごぇ……ッ!?」

 

「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあら」

 

 

 チヨの口から呻き声があがるが、それでも止まらない。

 

 

「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあら!!」

 

 

 10秒。

 暴風のような時間が過ぎ去り、『L・シールド』が解除されたとき────

 フェルエリンデの足元には、ボロ雑巾のようになったチヨが転がっていた。

 

 

「…………こ……ろせ……」

 

 

 もはや、異能を使う体力すら残っていない。

 チヨは、力なくそう呻いた。しかし、フェルエリンデはそんな言葉を聞いても、口元の笑みを深めるだけだった。

 

 

「何か、勘違いしていますわね」

 

 

 フェルエリンデは、チヨの傍らに屈む。そしてその頬に手を当てながら、こう続けた。

 

 

「わたくしは、別にアナタを──裏切者を始末しようなどとは考えていませんわ」

 

「な……ん……?」

 

「わたくしの目指す頂きは、自らの一部を切り捨てて上り詰めるようなちっぽけなものではありません。裏切る者も、歯向かう者も──全て呑み込み、己が糧とする。そんな闇のように深い巨悪なんですもの」

 

 

 狂ってる、とチヨは口の中で呟いた。

 フェルエリンデにはその意図は伝わっていたようだが、やはり気分を害した様子はなかった。

 

 

「だから、アナタのような跳ねっ返りは()()()()()()ですわ。喜びなさい、チヨ=タールオッカム。アナタの裏切りは、確かな成果を残していてよ」

 

「……私を……部下のままにしておくの……か……?」

 

「部下?」

 

 

 問い返して、フェルエリンデは笑う。

 なんて馬鹿なことを言っているんだ、というばかりに。そして、その間違いを正すように、フェルエリンデはこう言った。

 

 

「飼い主の手を噛んで許されるのは、飼い犬だけですわよ。わたくしが許すというのなら────アナタが何者かなんて、決まっているでしょう?」

 

 

 


 

 

 

「あ、フェル! 大丈夫だったか!? アイツら、なんとか撃退できたけど……」

 

「途中で何故か逃げ出したのよね。何だったのかしら……」

 

 

 その後。

 フェルエリンデは、そのままユズキ達と合流していた。

 幸い、ユズキ達も大した怪我は負っていないようだった。これで彼らの中に一人でも重傷者がいたら、その分の咎をチヨに背負わせなくてはならなくなっていたところだ。

 

 

「あれ~? フェル、その子だれ~?」

 

 

 そこで、ユズキの友人の一人である少女が、フェルエリンデの傍らに立つ少女を指差す。

 そこにいたのは──もちろん、チヨである。

 しかし、その身体に傷は見受けられない。体表面を『模倣』することで、傷を隠しているのだ。

 

 

「ええ。実は先ほどの襲撃で……わたくしのことを助けてくれましたの。実は、わたくし達と同じように旅行中だったらしくて、意気投合したのですわ」

 

「なっ!? そうだったのか……! 俺からも礼を言わせてくれ。俺の友達を助けてくれて、ありがとう」

 

「い、いえ……」

 

 

 言葉少なに謙遜してみせるチヨの肩を優しく抱き寄せ、そしてフェルエリンデは友人たちに、新たな仲間を紹介する。

 

 

「チヨ=タールオッカム。わたくしの新しい飼い犬(おともだち)ですわ。皆さんも仲良くしてくださいね」

 

 

 心優しい少年たちと、歩みは共にすれど。

 

 その道は、決して交わることはない。

 

 異能者の頂点に立たんと目論む令嬢の行く先は────。

 

 

フェルエリンデ=スワローグレイヴ⇒勝利。『飼い犬(おともだち)』を獲得
チヨ=タールオッカム⇒敗北。フェルの『飼い犬(おともだち)』となる
TO BE CONTINUED...

 

 

 


 

 

 

 砂粒などの微少な粒子の群れを媒介にした異能。

 形状は自由だが、最大スペックを発揮できるのは軍人然とした女性型のときのみ。

 女性型の時には、格闘家のような膂力と猛獣のような身のこなし、機械のような精密さを発揮する。

 

 包み込んだ物質を『模倣』する能力。

 直近数時間のうちに包み込んだ物質を、生物・無生物問わず模倣することができる。

 外見、質感、内部構造は完璧に『模倣』することができ、外見とは別の内部構造を『模倣』する複合模倣もできる。

 ただし科学的性質を『模倣』することはできない為、毒物や火薬などを完璧に『模倣』することはできないし、内部構造を模倣したとしても異能自体が持つ最大スペック以上の破壊力やスピードを発揮することはできない。

 

 また、あくまで微少な粒子の群れを対象にする能力なので、それらが液体に溶けたり、固まったりした場合、能力対象ではなくなるため即座に解除される。

 

 複数の群体に分かれることも可能だが、最大で4つまで。弓矢のように複数パーツで構成する物品を『模倣』した場合でもこれは変わらない。

 

 何者にもなることはできず、齎すのはただ疑惑のみ。

 その名は────

 

 

『ザ・サスピシャス(胡乱)』



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