……ああ、やっちまった。
「…ハァ、……ハァ……っつ、クソが…」
俺は傭兵。巨大な人型兵器、ACを操って依頼をこなし、日銭を稼ぐAC乗りだ。その道では何年と生き延びた、俗にいうベテランという自負はあった。しかし、今じゃあ愛機は半壊。いつ爆発するかもわからない。俺も負傷したままコクピットに閉じ込められたまま。……ありていに言えばもう間もなく死ぬってやつだ。なぜこうなったかって?何、よくある話だ。いわゆる「騙して悪いが」案件に引っかかっちまった。俺も似たことさんざやってきたってのに、笑えるよなあ。どうして気づかなかったんだか。
「仕方ない……そう、仕方がねえんだ……これまで奪った命の分、そのお返しだ」
ため息は乾いていた。この愛機よりも先に逝っちまうかもしれねえなぁ。かといって喚いても死は避けられねえようだし、暇だからと俺は自問を始めた。
問1.悔いはないか?
答.無えわけねえだろ。やり残したことはたくさんあるし、今この瞬間が未練たらたらだよ。
問2.この死に満足できるか?
答.まあ、満足はするかな。AC乗りだから、ACと一緒に死ぬくらいが丁度いい。そこに不満はないし、奴らを数体撃破した。一矢どころか三矢くらい報いたんだからな。そこまで必死に生きようとしたし、好きに生きた。理不尽に死ぬくらいでブー垂れねえよ。未練はあるが不満はねえ。
問3.今できる範囲でやりたいことはあるか?
答.それはわからんな。べつにあるっつったらあるし、でもこれと言ってはないな。
自問自答は100を超えた。300を超えたあたりから、過去の映像が瞼の裏に流れだす。
あ、これが走馬灯か。
なんだか不思議な心持ちで見ていると、ある依頼をあるAC乗りと共同でやった時の会話が目に留まった。
「おい、お前、宇宙を見たことがあるか?」
「いや?無いが」
宇宙。聞いたことはある。空の果て、夜の色が無限に続くものだ。大陸間弾道ミサイルもそこを飛ぶし、かつて人類はそこを目指して飛んだり、そこに浮かぶ月を目指したり、そこに浮かぶ星に命を求めて衛星を飛ばしたっていう話を聞いたことがある。衛星兵器だって宇宙から攻撃してくる。自身に身近な宇宙は、衛星兵器だな。
「俺も見たことはない。けどさ、俺たちの戦場よりもはるかにでかいって聞いてさ、いったいどのくらい広いんだろうって思うよ。一度でいいから見てみたいなあ」
「そのACでか?」
「ああ、この愛機で好きに自由に、宇宙を飛ぶのさ」
「とんだ夢想家だな。エネルギーとか無駄に食うだろ。空の果てにあるんだからな。VOBか、あるいは後先考えずエネルギーを使える余裕があれば行けるかもしれないが」
「夢見るくらいならタダでもできる。いいじゃないか夢見るくらい。リアリズムはこの世界だけで十分だ」
「全く、なぜAC乗りになったのか不思議に思えてくる」
「AC乗りだって夢想家だろ?金と名声、そして闘争。なんとも夢のある話だ」
そうだったな、俺たちはトンでもねえ夢想家だ。そう言って笑ったものだ。彼は敵ACと相討ちになり死んだが、俺は今まで生き延びてきた。
そうだ、そうだったな。走馬灯よありがとう。俺はやってみたいことがあったんだった。愛機は半壊、俺は瀕死。だがどちらも動く。最後の瞬間まで好きに生きる。それが傭兵なら、俺は最後の最後で傭兵として死ねなかった。どうせ死ぬなら、そうだ。俺は宇宙を目指す。大丈夫、辛うじて動力系は生きている。エネルギーはもう後先考えなくていい。長さ比べだ。空が長いか、それよりも俺たちの息が長いか。
砂漠の中、機体は噴射で持ち上がる。やがて宙に浮き、直上へ、空へ、その上へと飛び立った。母の残骸を越え、雲を越え、山を越え、塔を越え、やがて空の青が深みを増していく。火を噴いていた右腕部は静かになり、血のようにしたたっていた燃料は既に凍り付いていた。それでもACは上を目指した。誰も見上げることはない。ただ一機、誰もそんな目では見なかった場所をそんな目で見つめて、純粋に上を目指した。
そして、ついぞその機体は破片一つ戻ってはこなかった。