そして恐怖。
そして毛根。
天才では越えられぬ壁がある
天才(愛)でしか越えれぬ壁がある。
そこは王都より少し外れた所にあった。
白塗りの四角い箱のような建造物。
マッド=サイ=エンティスト氏の研究所。
そこはいくつかの噂があった。
曰く、夜な夜な怪しい叫び声が聞こえるとか。
曰く、革命を企んでいるとか。
曰く、世界を変えるような発明をしているとか。
とある週刊誌にこう書かれたこともある。
例の怪しい研究所の所有者であるマッド氏は、仄暗い劣等感と子供染みた欲望の持ち主であると聞く。
彼は王都の若い女性を攫い研究所まで運び込み、数々の非道な実験をおこなっているという。
またある時、若い男女数名が肝試しと侵入したことがあったが、誰一人帰ってこなかったという話もある。その男女の名前は残されていない。存在すらも消してしまえるのかもしれない。自己の存在すら消せるというのなら、神をも畏れぬ所業だろう。これを許していいのか、考えさせられるものだ。
世界は変えられる。いや、変えてみせる。
実際にマッドはそう考えていた。
「この不条理を許していいわけがない。人とは抗うものだ」
難しい顔をするマッドの頭頂部には荒野が広がっている。不毛地帯である。
「何のために足があるのか。それは歩くためである。歩かなければ人ではない。人を全うするというのは、その機能を充分に使うことに違いない」
マッドには忘れられないことがあった。
それは淡い恋心を抱いて、とあるご令嬢に声をかけたときのこと。
「――お嬢さん、どうでしょう。この超天才の私とお茶でも行きませんか」
「……申し訳ありませんが、お断りさせてもらいます」
「な、何故です!? この天才の一体何がいけないと!?」
「頭頂部です。人として不足しているものがございます。その頭髪では、四捨五入すると人間であるとは分類出来ません」
「そ、そんな……」
「そういうことですから、どこかへ消えて下さいます? 私はこれからフッサフサの王子様とお茶をする予定がございますの」
「うそだ、うそだ……」
「嘘ではありません。さっさとどくのです。このハ○! ハ○ェェェェェェェェェェェェェエェェ!!!」
「うわぁぁぁぁぁあぁっぁ」
――あの過ちを繰り返してはいけない。
マットは強く、それは強く拳を握った。
「……だが、不遇の日々もこれまでだ」
口角をつり上げ、強く握っていた拳を緩める。
マットは、書類や薬品が散乱する机の上にある、一つのビンを手に取った。
それは彼の研究成果。あくなき探求とあくある思念の結晶。
「くくく、くははははは! ッハッハッハハハハハハハ!!!!」
片手で顔を覆い、のけぞり、大笑いする。
そう、この日をもって世界は新生する。
笑い終えると、ビンの中身を一気に飲み干した。
――マッドは新生した。
その王国はなんやかんやで平和であった。
積み重なる課題も減少傾向にあった。
平民の嘆願に耳を傾けることが出来る程度には、落ち着きだした。
「陛下、ここでございます」
「うむ」
そんな中、王様探検隊がとある怪しい研究所に突入の構えを見せていた。
なんだかよく分からないけれどすっごく怪しい施設があるので、どうにかしてほしいとの市民の苦情がいくつも届いていたので、その調査である。
色彩の暴力だとか、野良猫のたまり場になっているとか、色々ある。存在しているだけで不安で、子どもや女性の安心のために立ち退きしてほしいとのこと。毎日立ち退け引っ越ししろコールをし続けたが、まったく効果がないので国のほうで何とかしてほしいとのこと。いつも同じ人間からの苦情であるため、すごい後回しにしていたが、業務が妨害されるレベルでクレームが来ていたので、調査する運びとなった。担当者曰く、暇な王様の耳に入ってしまった。それが一番の失態だったとのこと。
「――突入!」
その合図で、探検隊の隊員が施設へ続々と突入した。
中にある数あるトラップを飛び越え押しのけ、中へ進んでいく。
トラップはかなりの効力をもって、隊員の侵入を阻んだ。
ニャーニャーと鳴きながら足にまとわりついたり、目の前でごろんと無警戒に寝転んだりと、隊員の一部に精神汚染されるものまで出ていた。
それでも探検隊はたどり着いた。
「王様探検隊だ! 御用改めである!」
その名を聞けば、多くの者は震えあがる。
こと王都において、その名は恐怖の象徴である。
関わったら最後、面倒なことになる。とにかくめんどくさい。付き合ってらんない。
様々な印象があるらしい。
子どもの成長に不適切だ、とか。色彩の暴力だ、とか。税金をそんなことにつかうな、とか。
まあいろいろある。
とにかく、探検隊は突入した。
目標であるマッドは、そこにいた。
「おや、これはこれは悪名高き王様探検隊ではありませんか。一体、私のラボに何用かな?」
「お主が何を研究しているか、それを確かめに来た」
「これは異なことを。もう確かめれているではありませんか」
「……何を言っている?」
「もう目に映っていると申し上げているのですよ、陛下」
「だから何を言っていると――」
「くくく、まだお分かりでないか?」
マッドは頭を振り乱した。
フッサフサな髪が乱舞する。
それは掃き箒で空にXを描いたような軌跡だった。
「も、もしや、それは――」
マッドは舞うのを止めると、不敵な笑みを浮かべ、
「そう、このケガハエールがあれば私はフッサフサになる。私が異性にモテないという世界はこれで崩れ去った。破壊の後には、必ず創造がある。創造されるは、フッサフサな私がモテる世界。これが私の研究結果だ」
言い放つ。
王は、驚愕を抑え込み、口を開く、
「――余の分は? 余の頭頂部、いや世界に、潤いが欲しい!」
「もちろんありますとも! なんたって私は天才ですからね!」
「すごい! もうお主、無罪! 何しても無罪にしちゃう!! 品行方正なだけで役に立たない無能より、罪を犯そうが役に立つ有能の方が欲しい!」
そんな王の背中を、後ろに控える帯剣している隊員達は複雑な眼で眺めていた。
某日某所。
「――やあ、お嬢さん。どうでしょうか? このフッサフサな天才の私のお茶でも」
「……申し訳ございません」
「な、何故です!?」
「確かにあなたはフッサフサなのですが、私は殿方よりも……」
「ゆ、百合だと?」
「はい」
「うぎゃぁぁぁぁあぁっぁ」
マッド「TS薬作りました」
王「まじか」