オックスフォード・ストリート。
ヨーロッパで最も人通りの多い繁華街には、もちろんアメリカ合衆国発の赤地に黄色のアルファベットが特徴的なファーストフード店も存在している。
セレネとハリーは、世界で最も有名なファーストフード店の席についていた。
夏休みということもあり、周囲はセレネたちのような学生同士や親子連れ、外国人などが談笑している。セレネは周りの客を横目で見ながらシェイクを飲んだ。
「その、セレネ。ごめんね、僕――マグルのお金がなくて」
セレネの前に腰を下ろしている少年――ハリー・ポッターが申し訳なさそうに口を開く。
「ここのハンバーガーも、切符代も。それに、この服だって……」
「別に気にしていません。そもそも、あんな服装の人と一緒に歩きたくありませんから」
セレネは、ベイカーストリート駅に現れたハリーの服装を思い出した。
一応、セレネはそれなりに服装を整えてきた。白いシャツに薄手の赤いジャケット、短パンスタイルのジーンズに夏らしいサンダル。――大都会ロンドンで友だちと遊ぶには素っ気なく、おそらくミリセント・ブルストロードがいたら『あんた、平均点ギリギリよ!』と叫ばれてしまうかもしれない服装だが、それでもハリーに比べたら遥かにマシだった。
朝10時、セレネがヘッドフォンで音楽を聴きながらホームズ像の前で待っていると、非常にみすぼらしい姿のハリーが近づいてきたのである。汚いボロボロのジーンズ、だぶだぶで色褪せたシャツ、おまけに底が剥がれかけたスニーカー。
これには、さすがに頭を抱えた。自分が平均点なら、ハリーは確実に赤点である。
そして、ハリーが
『セレネ、もっと分かりやすい場所を指定してよ!』
と怒り出す前に、セレネは彼の手をつかみ
『まず、服を買いに行きましょう。話はその後です』
と、強引に地下鉄の駅内に戻った。そのままオックスフォード・ストリートに移動すると、やや大衆向けな衣料品店に入り、ハリーの服を見繕ったのである。少し痛い出費だが、あんな格好の人と歩きたくない。なにより、あまりにも場違いな服装は人の目を集めてしまう。
セレネはハリーにありふれたシャツとズボン、靴も適当なものを試着させ、そのまま会計した。安物とはいえ、それなりの出費である。義父からお小遣いをもらっているとはいえ、今後の計画のためには切り詰めていかねばならないのに――。
セレネは表面上は平然を装っていたが、内心は少しだけ落ち込んでいた。
「……それに、誘ったのは私ですし」
シェイクを置き、ポテトをつまみながら答える。
「まあ、どちらにせよ、あの場所を移動しないといけませんでしたから。服を買いに行くのは、いい口実でした」
「どうして? ベイカー街は駄目だったなら、最初からここを指定してくれれば良かったのに」
「ハリー……」
セレネはもう一度、眼鏡をずらして周囲の状態を確認すると、少し声を潜めて囁いた。
「あなた、つけられてましたよ」
「えっ!?」
ハリーはポテトに伸ばしかけていた手を引っ込め、目を丸くさせた。
「僕が? いつから?」
「最初からです。ホームズ像の前に現れたときから。たぶん……あれは、透明マントですね。線がなにもないはずの空間に集中していましたし、時折ちらりと足元が見えましたから」
「線?」
「気にしないでください。それに、尾行のことは想定の範囲内です」
セレネはポテトで手についた塩を手拭きで拭きながら言った。
「ふくろうが傍受される可能性も考えて、あんな回りくどい書き方をしました。普通の魔法使いは、ホームズを知りませんから」
ダフネもセレネが薦める前で知らなかったし、あのグリンデルバルドですらホームズを知らなかった。
ハリーも知らないかもしれないと思ったが、彼には3年生の時に「バスカヴィル家の犬」を渡している。たとえ読んでいなかったとしても、あの本を頼りにベイカーストリートまで辿り着けるはずだと考えていた。
「でも、誰がつけていたんだろう? 死喰い人?」
「可能性としてはありえますね。考えられる3パターンの内の1つです」
セレネは指を三本立てた。
「1つ目は、あなたの言った通り、死喰い人。つまり、貴方の命を狙った者でしょう。
2つ目は、ダンブルドアの配下。これは、死喰い人から貴方を守るために派遣されていたのでしょう。
そして、3つ目は魔法省」
「魔法省?」
ハリーは少し眉間に皺を寄せる。
「どうして、魔法省が僕の後をつけるの?」
「……貴方を陥れるためですね。でも、安心してください。どの勢力にせよ、すでに撒きましたから。人を隠すなら人の中です」
セレネたちは溢れる人ごみの流れに乗り、姿を消すように衣料品店に入った。そもそも、この通りで透明マントを着て歩くことなど困難だし、かといって尾行している以上、きらびやかなローブに帽子といった魔法使い丸出しの服装を晒すわけにはいかない。一発でこちらに正体が露見してしまう。
衣料品店を出た後、セレネは周囲に注意しながらファーストフード店に入ったが、透明マントの尾行者は見当たらなかった。
「いや、撒けたのは良かったけど、そうじゃなくて! 僕が聞きたいのは、どうして魔法省が陥れようとしてくるのかってことだよ。だって、魔法省は味方じゃないか?」
「ハリー、理由は簡単です。大臣がヴォルデモートの復活を認めたくないからですよ」
セレネがそう言うと、ハリーはこちらに少し身を乗り出してきた。
「ありえない。だって、もうヴォルデモートは復活しているんだ! 僕たち、見たじゃないか!」
「ええ、そうですね。しかし、大臣自身は見ていません」
「ダンブルドアは信じてるのに? ファッジはダンブルドアの意見を聞きながら政治をしているって、僕は聞いたことがあるよ」
「その時代は終わったのです」
セレネは鞄の中から最新の預言者新聞を出した。
「これ、読みましたか?」
「読んでるよ。でも、ヴォルデモートが復活したことがどこにも書いていない。だって、あいつが復活したら一面だろ?」
ハリーはちょっぴり怒ったような口調で言った。セレネはその態度で納得する。おそらく、彼は一面しか読んでいない。それも、ざっと目を通しただけで内容まで咀嚼していないのだろう。セレネは新聞をめくり、適当な三面記事を広げて見せた。
ドラゴン使いがノルウェー・リッジバッグの輸送中に怪我をしたという記事だ。当然、ヴォルデモートとは全く関係がない。
「この記事の最後、読んでくださいね。『この人の額に傷が残らないように願いたいものだ。そうしないと、次に我々はこの人を拝めと言われかねない』」
「ちょっと待って。額に傷って、僕のこと!? 僕、誰にも拝んで欲しくない!!」
ハリーが熱くなって喋り始めた。
「だいたい、この傷は好きで付けたわけじゃない! 頼んでつけてもらったわけじゃない! ヴォルデモートが、僕の父さんと母さんを殺したんだ! そのせいで出来た傷なのに――!!」
「ハリー、落ち着いてください」
セレネはハリーを手で制した。彼の声が大きくなり始め、周りに座る数人がこちらを横目で見ている。カップルの痴話喧嘩か何かと思われたかもしれない。隣の席に座っているご婦人なんて、完全に固まってこちらに耳を傍立てている。ソフトクリームが垂れていることにも気づいていないようだ。彼女の服装は普通の婦人服だ。最近出回り始めた携帯電話を持っていることから察するに、完全に噂好きのマグルだろう。
だが、セレネは念のために少しだけ声を潜めた。
「それは分かっています。貴方が本当のことを言っていることも。貴方の意見が正論ですし、この新聞が狂っています。
政府の圧力で、新聞はハリーが思い込みの激しい目立ちたがり屋だという中傷記事を書いているのです。同じく、蛇男の復活も『ダンブルドアの妄言』と書かれています。
大臣は、サイコパスの復活を頑なに認めたくないのですよ」
「でも――」
「大臣は、歴史に名前を残すのが嫌なんです。『あの人の復活を止められなかった無能な大臣』とね。マグルの歴史にもありますよね? 『戦争を止められなかった愚かな総理大臣』とか『泥沼の戦争を推し進めた政府』とか。
14年間、この世界は平和でした。それを一気に崩す大事件に、大臣は正面から取り組む覚悟がないのでしょう」
「それは、そうかもしれないけど……」
ハリーは不満を溜め込んだような顔になった。
まだいまいち、納得しきれていないのだろう。
「だからといって、おかしいよ。だって、ヴォルデモートは復活しているじゃないか」
「そうですね、問題の先送りです」
「その間にも、ヴォルデモートは悪さをしているのに? そもそも、いまヴォルデモートは何をしているんだ?」
ハリーが怒りながらも、どこか期待に満ちた目でこちらを見つめてくる。
セレネは小さく肩をすくめた。
「ハリー、私は万能ではありません。私の目は未来視や千里眼ではないのです。……まあ、ある程度のことは予想できますけど」
セレネは、新聞を鞄にしまいながら言葉を続けた。もう隣の婦人の興味はとっくに逸れたのか、同行者とのおしゃべりに華を咲かせていた。内容は、ハロッズに最近オープンした一流ブランドのブティックについて。確実に、魔法使いの会話ではない。セレネは安心して、続きを話し始めた。
「ヴォルデモートが表立って活動していない理由、それは2つあると考えられます。
まず、1つ目は今の状況を長く維持したいから。魔法省大臣たちの注意がハリーやダンブルドアに向けられている間、ヴォルデモートはこっそり活動しやすくなります。その間に裏で勢力を拡大し、魔法省を乗っ取る算段を模索しているのでしょう。
そして、2つ目は――あくまで推測ですけど、私たちのせいです」
「僕たちのせい?」
「正確に言えば、私とハリー、それからセドリック・ディゴリーですね。あいつは、ハリーを殺しにかかっていました。つまり、復活の証人を作りたくなかった。それが、私たちを生きて帰してしまった。そして、自分の復活が最も知られたくない人物――アルバス・ダンブルドアの元にも届いてしまった」
「もしかして……」
ハリーは息をひそめるような小さな声で言った。
「ヴォルデモートはダンブルドアを恐れているから、活動できない?」
「そういうことです」
セレネは再びシェイクに口をつける。甘いバニラ味が口の中一杯に広がっていった。
「ただ、大っぴらに活動できないというだけで、もちろん裏で活動はしていることでしょう。死喰い人を集めたり、巨人を味方に付けたりといったところですね。……ヴォルデモートの件については、とりあえず以上です。
ほら、食べないと冷めちゃいますよ」
セレネはハリーのハンバーガーに視線を向けた。ハリーはぎこちなく笑った。
「……ありがとう、セレネだけだよ。魔法界の情報をくれたのは」
「私だけ? ハーマイオニーやウィーズリーと連絡は取っていないのですか?」
「それが、なにもくれないんだ。2人は、一緒にいるのに!」
ハリーはハンバーガーを乱暴に齧りついた。まるで、怒りをぶつけるような食べ方である。
「ヴォルデモートのことについて、僕には何も教えてくれないんだよ。2人とも、たぶん今もロンの家にいるのに。そこで、忙しくしてるって……僕の方が、2人よりずっと対処能力があるのにさ。ずっと、ダーズリーの家に居させられて」
ハリーの声はだんだん萎んでいき最後の方の言葉は、まるで呟くようだった。
「ヴォルデモートの復活を目にしたのは、僕なのに。ヴォルデモートと対決したのは、僕なのに」
「自分のしたことを、皆が忘れてしまったような気がするのですね」
「……セレネは分かってくれるんだね」
「立場的には同じですから、私たち」
セレネは、ハリーに対して同情するように言葉をかけた。
「私のもあくまで推測です。手元にある情報を頼りに、導き出しただけにすぎません。魔法省が一貫して否認している以上、誰もこの件に関して教えてくれませんから」
「……セレネの友だちも、手紙をくれないの?」
「ダフネとミリセントからはサマーカードが届きましたけど、あとはさっぱり。まあ、私の友だちの大半は親族に死喰い人がいますからね。いろいろと悩んでいるのでしょう」
セレネが素っ気なく言うと、ハリーは気まずそうな顔になった。
「そうだよね……ごめん。スリザリンはマルフォイみたいに、死喰い人の息子も多いし、セレネの彼氏だってヴォルデモート側だよね」
「ハリー、最後だけ違います。彼氏ではありません」
セレネは即座に否定した。多大なる誤解である。
しかし、ハリーは驚いたように瞬きをした。
「だって、ダンスを一緒に踊っていたし、第二の課題の時も『大切なもの』だったじゃないか」
「他に人がいなかっただけです。あなたとパーバティ・パチルが踊ったことと大差ありませんよ」
セレネは、ストローで残り少なくなったシェイクを掻き混ぜながら呟いた。
正直なところ、あまり親衛隊絡みの話はしたくなかった。ハリーの言う通り、親衛隊はカロー姉妹やノットを始めとして、死喰い人の関係者が中核を担っている。もしかしたら、保護者を通じて自分の出生が彼らに知れ渡ってしまっているかもしれない。そのとき、彼らはどうでるのか。親に従い、マルフォイ率いる純血至上主義派閥に移動するのか、それとも、このまま現状を維持するのか。
少なくとも、今後のためにも親衛隊の離散だけは避けたい。そのための策を講じる必要があったが、まだ一手を決めかねている。下手に言葉に表して、今の状況を形にしたくなかった。
「……友だちの話ついでに一つ、シリウス・ブラックは元気ですか?」
セレネは新たな話を振ってみることにした。
「あー、うん。元気だったよ。少なくとも、去年よりずっといい。最後に会ったときは、ホグズミード村にいたよ。どこかは言えないけど洞穴で暮らしていて、たまに協力者のいる酒場から新聞を貰うんだって」
ハリーは少し明るい口調で教えてくれた。やはり、春先に見かけた黒い犬はシリウス・ブラックで間違いなかったらしい。
「私のこと、恨んでましたか?」
「あー……どうだろう」
セレネが尋ねると、ハリーは腕を組んで唸り始めた。
「半分かな。ワームテール……ピーター・ペティグリューの逮捕に貢献したことは感謝しているみたいだったけど。やっぱり、自分で捕まえたかったって言ってるし、スリザリン生のセレネを警戒しろって言ってきたし、その――腕のことでは、ちょっと、うーん……」
「腕の件はやり過ぎました。もし、彼と会う機会があれば、代わりに謝ってくれると助かります」
ハリーが言葉を濁していた。きっと、シリウス・ブラックは腕を奪われたことについて、かなり怒っているのだろう。失われた骨を戻すような薬や義手を生やす魔法もあるが、直死の魔眼で切られた場所は死んでしまう。つまり、どんな方法をとっても元通りにすることはできないのだ。
だから、犬状態のシリウス・ブラックは、マグル風の外付け義手をつけていたに違いない。
「ブラックから、かなり恨まれているようですね」
「あー、うん、ちょっとね。でも、シリウスは良い人だよ。僕の父さんの親友だし、僕のことをロンやハーマイオニーより、ずっと分かってくれるし……ヴォルデモートの情報をくれないのは、哀しいけど」
ハリーは肩をすくめると、ハンバーガーの最後の一口を食べきった。
「クイール先生……セレネのお義父さんは元気?」
「元気ですよ。私と一緒にロックを聞いたり、オーストリアに旅行したり、元気に過ごしていますね」
セレネが答えると、ハリーは意外そうに目を丸くした。
「ロック? セレネが!?」
「……失礼な、ロックくらい聴きますよ」
セレネは少しむすっとした表情で答える。
義父から認められていると知ってから、セレネは彼に歩み寄る努力を重ねてきた。いままで知ろうともしなかった彼の趣味に興味を持ったり、仕事を少しだけ手伝ったりしている。ロックはその一つだった。
「セレネのことだから、『クラシック音楽以外は認めない』って言いそうだなって」
「確かに、ワーグナーやモーツァルトも好きですけどね。ちょっと古いですけど、最近はクイーンを聴きますよ。力強い歌声は素晴らしいですし、ギターもかっこいいです」
セレネは最後のポテトをつまむと、小さく息を吐いた。
「ハリー、あなたはもう少しマグルに興味を持ちなさい。マグルにも、素晴らしい文化があるのですから」
そう言いながら、彼がプリベット通りに戻れるだけの金銭とオーストリア土産のチョコレートを置いた。
「次は、ホグワーツ特急で会いましょう。それでは、ここで失礼します」
「セレネ、ちょっと待って!」
ハリーは立ち上がりかけた自分を呼び止めてきた。
「僕、今日はセレネにいろいろとしてもらったけど、なにも返せていないよ!」
「確かにそうですね……」
セレネは少し悩んだふりをしてみせる。まさか、その言葉を待っていたとは思わせないように。セレネは小首を傾げながら指を口元に持ってきた。
「では、こうしましょう。情報の共有です。私が新しいヴォルデモートの情報を手に入れたらハリーに、ハリーが手に入れたら私に伝える。どうでしょう?」
「もちろんだよ、セレネ。でも……それだけでいいの? 全然、釣り合っていないよ。僕、セレネに教えてもらってばかりだった」
ハリーはまだ戸惑っている。だから、セレネは彼に微笑んでみせた。
「ハリー、『人生という無色の糸には、殺人という緋色の糸が混じっている』」
「え?」
「『探偵の仕事とは、これを解きほぐして、1インチ残さず日の光の下に曝け出すことである』。……ホームズの名言です。もちろん、私は探偵ではありません。ですが、いまはヴォルデモートの復活を明るみにだすため、証拠を集める探偵のようなものですね」
とっくに食べ終えたバーガーの紙を丁寧に畳みながら、セレネは言葉を紡いだ。
「ハリー、わずかな情報から真実を見つけ出すこと。そして、ヴォルデモートに対応できるための力を身に着けること。それが今後の課題になってきます。
だからこそ、新たな情報の共有は大切なのです」
おそらく、ダンブルドアはセレネに新しい情報をくれない。
闇の魔法使いに似てきている娘に、ダンブルドアがヴォルデモートの情報を開示するとは思えなかった。
しかし、ハリーは違う。ダンブルドアのお気に入りでヴォルデモートを三度退けた「生き残った男の子」だ。ダンブルドアが直接情報を開示しなくても、その周りから漏れてくる話があるに違いない。たとえば、シリウス・ブラックあたりから。
無論、セレネも自分でヴォルデモートの痕跡を探そうと努力はしている。リータ・スキーターに裏で情報を集めてくるようにと指示も出しているが、さすがはヴォルデモート。自分の痕跡をほとんど残していない。
だからこそ、ハリーからの情報提供は非常に貴重なのだ。
魔法界におけるシャーロック・ホームズ――ありとあらゆる事象を見通す頭脳の持ち主、アルバス・ダンブルドアから漏れてくる情報が。
「でも、誰も僕に情報をくれないんだ……」
「今はですよ。きっと、すぐにくれるはずです。どんなに遅くても、9月1日までには必ず」
セレネはハリーを励ますように肩を叩いた。
「それとも、貴方とウィーズリー、そしてハーマイオニーの絆はこの程度で壊れてしまうものなのですか?」
「そんなことないよ!」
ハリーは大きな声で言い返す。その直後、目が点になる。きっと、自分が彼らのことを深く信用していたのだと改めて気づいたに違いない。
「それなら、大丈夫ですね。2人とも貴方を除け者にするなんてないに決まってますよ。それでも、除け者にするようなら――私のところに来なさい。いつでも待ってますから」
セレネはそれだけ言うと、彼の返事も待たずにトレイを持って立ち上がる。
伝えることは伝えた。
そして、ハリーから情報提供を受ける約束まで漕ぎついた。いまだに、彼から本を返してもらっていないことから考えるに、その約束も破られてしまう可能性は考えられたが、今回は交通費だけでなく服や食費まで賄ったのだ。一度くらいは見返りを期待してもいいだろう。
「でも、本当にどうしよう」
セレネは店を出ると小さく呟いた。
「……友だち関係って難しいな」
親衛隊のことが頭を横切る。
いまでこそ、親衛隊はスリザリンで一番の派閥だ。二番目のマルフォイたち純血至上主義より数で勝っている。だが、それがひっくり返ってしまったら―――
義父が自分を認めてくれている以上、優等生であることにこだわり続ける意味はない。彼は、セレネが優等生でなくても認めてくれるはずだ。
しかし、ここまで来たのだから、最後までこのキャラで通そうという思いはあった。
そうなってくると、この順位の逆転を防ぐことが課題になってくる。
「まあ、なんとかするしかないか」
セレネは覚悟を決めると、オックスフォード・ストリートを歩き始める。
少なくとも、ハリー・ポッターを味方につけることには成功した。あとの話は、ホグワーツ特急ですればいい。
5年生になると、各寮から男女1人ずつ監督生が選出されるのだ。スリザリンの女子は自分に決まっているし、グリフィンドールはハリーとハーマイオニーで間違いない。その時に、続きの話をすればいいだけのことだ。
とりあえず、それだけで今は良い。セレネは帰り道にCDショップに行こうか考えながら、帰路に就くのであった。
だから、セレネは驚いた。
ホグワーツ特急の一番前の特別車両――通称「監督生専用車両」。
グリフィンドールの新しい監督生が、ハリー・ポッターではなく、ロン・ウィーズリーだったことに。
次回更新は明日 12月10日になります。