スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

71 / 111
71話 闇の魔法使い

「当たり前だ!」

 

 ベラトリックスが迷うことなく吠えた。

 

「闇の帝王は、我らが忠義を捧げるにふさわしい御方だ!!」

 

 彼女はグリンデルバルドを睨み付け、まっすぐ杖先を向けている。その瞳の奥には、主人を侮辱された怒りの炎が燃えていた。まるで、視線だけで見るものを燃やし尽くそうな勢いを感じる。傍から見ているセレネでさえ、少し身体を強張らせてしまうというのに、その視線を一身に受けている人物――グリンデルバルドは表情を崩さない。

 

「侮辱したつもりはない」

 

 グリンデルバルドは優しい口調のまま、ベラトリックスの熱い視線を受け止める。

 

「私は、君たちの主について話がしたいだけだ」

 

 そう言いながら、グリンデルバルドは本当に杖をポケットにしまい込んでしまった。

 セレネは目を丸くした。彼の握るものは、鈍く輝く予言だけだ。階段の一番上に立っており、身を隠す場所もない。

 

「1つだけ、謎解きをしよう。君たちの――」

 

 と、ここでグリンデルバルドの視線はベラトリックスから外れ、セレネたちに向けられた。

 

「誰もが疑問に思ったはずだ。なぜ、魔法省に人がいないのか」

「……あなたは、知ってるの?」

 

 ジニー・ウィーズリーが踵を抑えながら声を上げる。突然現れた謎の少年に警戒しながらも、その声色は好奇の色が強く滲み出ていた。グリンデルバルドは小さく頷いた。

 

「逆に聞こう、赤毛の娘よ。君はどう思った?」

「えっと……人払いの呪文をかけた?」

 

 ジニーは眉間に皺を寄せながら質問に答えた。その答えに対し、グリンデルバルドは小さく頷く。

 

「そうだ、人払いをしたのだ。ただし、呪文ではない。人払いの呪文を本格的にかけようものなら、誘き寄せるはずのポッターも魔法省に近づけなくなってしまう。それでは、計画が破綻する。それ以前に、闇払いが勘づくだろう。

 では、どうやったのか。フロイライン、答えられるかな」

「……すべての職員を外に出すため、口実を用意した?」

 

 セレネはむすっとした表情のまま答える。どうして、このタイミングで問答を始めるのか。セレネには理解できなかった。何かの準備が完了するまでの、時間稼ぎのつもりなのだろうか。

 

「たとえば、イベントとかでしょうか?」

「そうだ、イベントだ。実は先ほど、上の階のデスクを拝見した時、こんなものを見つけた」

 

 グリンデルバルドの手がローブの中に伸びる。ルシウス・マルフォイたちが緊張したのが分かったが、彼が取り出したのは武器ではなく、一枚のチラシだった。

 

「魔法省大臣就任6周年記念、魔法省職員慰労パーティーだ。魔法省の職員全員が参加することになっている。

 これを行うように誘導したのは、ルシウス・マルフォイ――君だな」

 

 ルシウス・マルフォイは否定も肯定もしなかった。ただ、呆気にとられたような目でグリンデルバルドを見上げている。

 

「魔法省には8つの部署の他にも、さまざまな局があるのだ。そのすべての人員を集められる場所、彼らを満足させるための料理、余興――金はいくらあっても足りん。ファッジのポケットマネーでは、確実に不可能な企画だ。

 マルフォイ家を始めとした君たちの家々が企画、出資し、当日は『これは、魔法省の職員を労う会でもあるので、我らが参加するのは不適切だ』とでも言って、謙虚に参加を断ったのだろう」

「だが、それだと――」

 

 ノットが額から流れる血を袖で拭いながら、挑戦するような声を出した。

 

「全職員がいない理由にはならない。さすがに、守衛は残すだろ?」

「いい質問だ、少年」

 

 グリンデルバルドが微笑んだ。

 

「その先は『服従の呪文』の出番だ。

 守衛、ガードマンなどわずかに残った者は『服従の呪文』で大人しくさせれば問題ない。残業をしていた職員にもかけたかもしれん。もっとも、参加していないことが発覚し、ファッジに睨まれるのを恐れ、ほとんどの職員は残業せずにパーティーへ赴いているだろうよ。

 さて、人がいなくなれば、あとはポッターの到着を待つだけだ。ポッターに予言を盗らせ、君たちが奪い取り、ご主人様へと献上する」

 

 これが、魔法省に誰もいない理由。

 ルシウス・マルフォイが普段から魔法省大臣からの覚えがよく、付き合いもあるからこそ、可能だった作戦だ。ルシウスたちの尽力により、今の魔法省には残業している魔法使いも守衛もおらず、ハリー・ポッターを待ち受けるためだけの場所と化した。

 

「実に見事だ。見事で、非常に手間がかかっている。……ポッターが夢を信じなければ、完全に破綻していた。

 ポッターに夢を信じさせるために、前例となる事案を起こさせ、夢を通して現実を見ていると錯覚させる――これをやったのは、君たちの主人だな?

 だが、それ以外の計画には、闇の帝王は携わっていない。すべては、優秀な君たちがポッターを呼び寄せるために仕組んだことだ。君たちの苦労がなければ、ここにポッターはいなかった。

 ああ、君たちは本当に素晴らしい魔法使いだ。

 

 ……しかし、君たちの主人は、どこまで君たちの価値を信頼しているかな?」

「惑わされるな!!」

 

 ベラトリックスがたちまち激昂した。青白かった顔色が、見る見るうちに顔が赤くなっていく。

 

「我が君は、私たちのことを信じてくださる!

 特に私のことは、もっとも忠実で、もっとも信頼できる者とお呼びになるのだ!!」

「それは事実かもしれない。しかし、それは彼の物差しでの話だ。

 では、逆に聞こう。ベラトリックス・レストレンジ。闇の帝王は、君の死を悼むだろうか?」

 

 グリンデルバルドが静かに聞くと、ベラトリックスは一瞬だけ口を真一文字に結んだ。わずかに視線を泳がせた後、唸るように口を開く。

 

「……当然だ」

「君はどうかね、ルシウス。彼は君の死を悼むだろうか? 君の息子が彼に仕える立場になり、不慮の事故で死んでしまったとき――帝王は、君の息子の死を嘆くと思うか?」

 

 相変わらず、ルシウスは何も答えない。ただ、強張った表情がわずかながら陰った。

 セレネの想像に過ぎないが、ドラコ・マルフォイがヴォルデモートに仕え、死んでしまったところで、あの蛇男は死を悲しまない。せいぜい、駒が一つ消えた程度にしか思わないだろう。

 ルシウス・マルフォイは、きっと薄々そのことを察している。だから、顔が曇ったのだ。その姿を見て、グリンデルバルドは大仰に頷いた。

 

「今日だってそうだ。なぜ、帝王は自ら取りに来ない。

 ポリジュース薬、透明マント、めくらましの術――方法はいくらでもある。彼ほど才能あふれる魔法使いならば、姿を隠したまま邪魔されることなく神秘部まで到達し、予言を入手することだって可能なのだ。

 彼がすれば1時間もかからないことを、わざわざポッターに盗らせるために数か月前から計画し、多額の金とコネを使う必要があった。

 

 さて――君たち全員に問おう。

 

 ポッターに夢を現実に起こっていることだと信じさせる。それが上手くいったとして、ポッターがアンブリッジなど他の教職員や生徒に邪魔されず、ホグワーツ城を抜け出し、姿くらまし以外の方法で数時間以内にロンドンの魔法省までやって来て、予言の存在に気付いて取り出してくれる作戦。

 それと、帝王が自ら予言を取りに来る作戦。

 どちらの方が手っ取り早い?」

 

 当然、答えは後者だ。

 

 ハリーが夢を現実だと信じさせる手間はもちろんだが、マクゴナガルやスネイプ、アンブリッジなどに捕まることなく、城を出てロンドンに――それも人払いをしている数時間以内に来訪させることが難しい。

 今回は運よくセストラルを見つけられたから良かったが、箒では数時間で到着できるか分からないし、飛行しているうちに方向を見失ってしまうかもしれなかった。

 そもそも、ハリーたちは最初、アンブリッジの暖炉で魔法省に突入しようとしたが、アンブリッジに捕まってしまっていた。ハーマイオニーが機転を利かせなければ、あの時点でルシウス・マルフォイたちの計画は破綻していた。

 魔法省に到着してからも、ハリーが人気の少なさに異変を感じ、ホグワーツに戻ってしまうかもしれない。

 たとえ、予言の間に辿りついたところで、予言自体に気付かずに「シリウスがいないから、これは罠だ。すぐに帰ろう」と引き返していた可能性だってあるのだ。

 

 いくらでも、この計画には穴がある。

 すべては、ハリー・ポッターの「英雄気取り」になる癖と運のおかげで成り立った計画だったのだ。

 

 

 正直なところ、ヴォルデモート自ら取りに来た方が、遥かに確実性が高い。

 

「悲しいことだが、言うしかあるまい」

 

 グリンデルバルドは申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「闇の帝王は、君たちのことを便利な使い捨ての駒としか見ていない」

「違うッ!!」

 

 反論したのは、ベラトリックス・レストレンジだけだった。 

 

「我が君は慎重なのだ!」

 

 ベラトリックスが必死になって叫ぶが、ルシウス・マルフォイを始めとした死喰い人たちは黙って俯いている。まるで石になってしまったかのように、固まったまま動かない。

 

「だが、私なら――優秀な君たちを正当な評価で迎え入れよう。使い捨ての駒扱いなどせず、君たちの理想を叶える手伝いをしたい」

 

 グリンデルバルドは、こちらにむかって手を差し伸べる。

 セレネは彼を思いっきり睨みつけた。死喰い人の戦力を削ぐために言っているのかもしれないが、助言者としてやり過ぎである。だが、グリンデルバルドはこちらを向かない。薄ら笑みを浮かべたまま、ルシウスたちに手を差し伸べている。

 

「……あなたは―――何者だ?」

 

 やっと、ルシウスが力なく口を開いた。

 

「Mと名乗っておこう。……時間だ、また会おう」

 

 グリンデルバルドは最後の言葉を告げた瞬間、扉が勢いよく開かれた。5人の魔法使いが駆け込んできたのだ。シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、アラスター・ムーディ、そしてセレネの知らない年の若い魔女と黒人の魔法使いだ。おそらく、不死鳥の騎士団のメンバーだろう。

 グリンデルバルドはこちらに背を向けると、悠々と出口に向かって歩き始める。

 シリウスたちは、グリンデルバルドに目を向けなかった。なぜなら、今の彼はポリジュース薬で少年に変身している。ましてや、ホグワーツの制服まで纏っているのだ。ハリーの仲間だと勘違いしても不思議ではない。

 

「待てッ、小僧!!」

 

 ベラトリックスがすぐに追いかけようとするが、シリウス・ブラックが彼女めがけて呪文を放った。

 

「ハリー! みんなも無事か?」

 

 リーマス・ルーピンがセレネたちのところに駆け寄ってくると、口早に叫んだ。

 

「大丈夫だ。安心しなさい。すぐに決着がつく」

 

 ルーピンの言う通り、戦局は一方的だった。

 すでに大半の死喰い人の杖を消失させておいたおかげで、彼らは戦いたくても戦えない。騎士団の魔法使いたちは、逃げ惑う死喰い人たちを丁寧に一人一人失神させたり、縄で縛ったりしている。

 ルシウス・マルフォイは杖を持っていたが、グリンデルバルドの言葉が脳内を回っているのだろうか。あきらかに呪文にキレがなく、黒人の魔法使い相手に防戦一方だった。

 なので、実質的に戦っているのは、ベラトリックス・レストレンジだけだ。

 彼女はグリンデルバルドの後を追おうと、怒りに燃えながら階段を登ろうとしている。シリウス・ブラックと年の若い魔女が行く手を塞ごうと、階段の上から呪いを雨のように降らせていた。

 

「君たちはここで大人しく固まってなさい」

「いやだ、僕も戦う!」

 

 ハリーが口を開いたが、ルーピンは首を横に振った。

 

「君たちはここまでよく頑張った。あとは、我々大人の仕事だ」

 

 ルーピンが優しく言った、その時だった。

 階段の上から女性の悲鳴が上がった。騎士団の若い魔女がベラトリックスの呪文で吹き飛ばされたのだ。同じく、シリウス・ブラックも彼女の放った赤い閃光が直撃し、苦悶に呻きながら階段を転げ落ちていく。

 

「シリウス!!」

 

 ハリーがルーピンの制止を待たずに走り出した。ハリーは転げ落ちるシリウス・ブラックを受け止めると、彼の肩を抱えた。

 

「シリウス! シリウス、起きて! シリウス!!」

 

 しかし、シリウスの返事はなかった。ハリーに抱えられ、だらんと力なく両手を垂らしている。それを見て、ベラトリックス・レストレンジは階段の最上段から嘲笑う声を上げた。

 

「っくく、死んだ、死んだ! シリウス・ブラックは死んだぞ!」

 

 ベラトリックスは極めて愉快そうに笑うと、すぐに扉の向こうへ消えていった。

 

「この――よくも、シリウスを!!」

 

 ハリーは素早く石段を駆け上がる。

 

「ハリー! 待つんだ!!」

 

 ルーピンが声を張り上げるが、彼の声は届かない。ハリーの姿は瞬く間に扉の向こうへ消えていってしまう。

 

「先生、私は彼を追いかけます」

 

 セレネは口早にそれだけ言うと、彼の後を追いかけた。背後で呼ぶ声が聞こえたが、セレネは気にしなかった。シリウス・ブラックの生死はどうであれ、あのままハリーがベラトリックスに勝負を挑んだところで、勝利している光景が思い浮かばなかった。

 

 ここで、予言にも何かしら関わっていそうな重要人物 ハリー・ポッターを殺されるわけにはいかない。

 

 セレネは一気に最上段まで駆け上がると、開けっ放しの扉を越えた。ハリーたちがどこの扉へ消えたのか、探すまでもない。なぜなら、反対側の扉が開けっぱなしになっている。その向こうに、小さくハリーの姿とベラトリックスの姿が見える。ベラトリックスはエレベーターに乗り、上へと昇っていくところだった。

 今まさに、ハリーも隣のエレベーターで昇ろうとしている。

 

「待ってください、ハリー!」

 

 セレネは廊下を疾走し、エレベーターに滑り込んだ。セレネのすぐ後ろで扉が閉まる重たい音が聞こえる。

 

「なんで来たんだ、セレネ! これは、僕の問題なんだ!!」

「一人で勝てる相手ではありませんよ」

 

 セレネは制服を整えながら、呆れたように息を吐いた。

 

「焦ると周囲が見えなくなるのが、あなたの悪い所です」

 

 そう言いながら、ハリーの背中を軽く叩いた。

 ハリーはしばらく怒りに震えていたが、だんだんと眼が据わってきた。幾分か、冷静になったのかもしれない。

 

「分かった。セレネ、援護して欲しい。でも、君は危なくなったら、すぐに逃げて」

「ええ、もちろん」

 

 セレネとしても、ここでハリーを失うのは惜しい。

 それに、ベラトリックス・レストレンジといえば、ヴォルデモートの腹心の部下だ。彼女をここで無力化するに越したことはない。

 エレベーターの格子戸が開くと、魔法省のホールには2人の人影が対峙していた。

 

 こちらに背を向けて立つのは、ベラトリックス・レストレンジ。

 彼女に相対しているのは、グリンデルバルドだ。まだポリジュース薬の効果が続いており、少年の姿をしている。

 セレネはハリーの袖を引くと、近くの噴水の陰に隠れて、一度様子を見守ることにした。

 

「はやく予言をよこせ、小僧!!」

「それは残念ながらできない相談だ」

 

 グリンデルバルドは申し訳なさそうに肩を落とした。

 

「一歩遅かったな。予言は壊してしまった。実に興味深い内容だったよ」

「嘘だ!!」

 

 ベラトリックスが甲高く叫んだ。

 しかし、その怒りの裏に怯えや恐怖の色が聞き取れる。

 

「お前は予言を隠し持っているんだ!!」

「嘘ではない。ほら、この通りだ」

 

 グリンデルバルドは余裕たっぷりの声で言うと、ガラスの破片を投げ渡す。セレネの位置から見えないが、ガラスの破片を受け取った瞬間、ベラトリックスの身体がびくっと震えたのが分かった。

 

「違う!! 嘘だ、これは嘘だ!! ご主人様!! 私は努力しました!! 努力いたしました!! だから、どうぞ私を罰しないでください!!」

 

 ベラトリックスが悲鳴を上げる。

 セレネはその様子を陰から見ていたが、ふと――隣に座っているハリーの異変に気付いた。彼は額に手を当て、低く唸り声をあげている。

 

「ハリー?」

「痛いんだ。傷が、これまでにないくらい――激しく痛いんだ」

 

 ハリーはそう言いながら目を閉じ、顔中をしかめた。

 

「ハリー……ッ!?」

 

 セレネはハリーを心配そうに見たが、すぐにそれどころではなくなった。

 

 人間の身体を始めとして、この世に存在する物には、なぞればそれだけで、その個所を停止させ、殺してしまう線がある。それが生命の綻びなのか、分子の結合点の弱い部分なのかまで、セレネは知らない。

 

 今まで、分霊箱を作った蛇男以外の人間には「死の線」があった。

 

 なのに、ハリー・ポッターは、その線があまりに微弱だった。今までにないくらい注視すれば視えるかもしれないが、それをしたら最後、脳内が白く弾け飛んでしまう予感がする。できれば、今ここでは取りたくない方法だ。

 

「ハリー、あなた、もしかして――」

 

「そうか、予言は壊されたのだな」

 

 甲高く冷たい声が、魔法省のホールに木霊する。

 セレネが視線を上げると、そこには背の高い痩せた姿が靴も履かず、黒いローブ姿で立っている。恐ろしい蛇のような顔は蒼白で落ちくぼみ、縦に裂いたような瞳孔の真っ赤な両眼がグリンデルバルドを睨んでいた。

 

「俺様の予言を壊したのだな?」

「いかにもその通りだ」

 

 グリンデルバルドが口の端を上げると、ヴォルデモートは杖を向けた。

 

「お前は誰だ?」

「Mと名乗っておこうか、トム・リドル」

 

 闇の魔法使いは、それぞれ互いに杖を向けている。

 

「Mだと?」

「マーチン・ヒューイットでも構わない」

「馬鹿にしているのか?」

「ほう、すぐに意味が分かるとは思わなかった」

 

 和やかに会話をしているようだが、緊張感と肌を刺すような殺気で満ち溢れていた。

 セレネは内心「お前は探偵のマーチンではなく、犯罪者のモリアーティーだ」と突っ込みながら、事の成り行きを見守った。

 

「なるほど、ホグワーツ入学前に読んだということか。私は最近読み始めたが、これが実に面白い」

「……俺様はマグルの小説について語るつもりはない」

 

 ヴォルデモートの殺気が膨れ上がる。

 

「貴様は俺様の予言を壊した。予言を手に入れるため、何か月もの準備、何か月もの苦労――それらをすべて無にしたのだ。

 ……貴様は俺様を苛立たせた。それだけで、死に値する」

「ああ、お前はそういう奴なのだな」

 

 ヴォルデモートの殺気が高まっていくのと対照的に、グリンデルバルドの纏う空気は冷ややかなものへと変わっていく。彼はヴォルデモートに対し、道端に打ち捨てられた小石を見るような眼差しを向けていた。

 

「お前の在り方は、酷く退屈だ。期待外れもこの上ない」

「……言いたいことは、それだけだな。では、死ね」

 

 ヴォルデモートが杖を上げると、緑の閃光がグリンデルバルドに襲いかかる。グリンデルバルドは何もしなかった。杖を構えることすらしていない。だが、彼に「死の呪い」が当たることはなかった。

 彼に「死の呪い」が当たる直前、金色のケンタウルスの像が盾になるように動き出したのである。ケンタウルスの胸の部分に緑の閃光が当たり、軽い音を立てて跳ね返った。

 

「……わしの学校の生徒に手荒な真似はよして貰おうかの、トム」

 

 わずかに怒りが籠ったような声が聞こえる。

 振り返ると、ダンブルドアが今まさに暖炉の中から現れたところだった。

 

「なんと、ダンブルドアか!」

 

 ヴォルデモートがダンブルドアに目を凝らす。ダンブルドアは一見すると平然とした様子に見えるが、その顔は怒りに白熱しているようにも見えた。

 

「今夜、ここに現れたのは愚かじゃったな、トム」

 

 ダンブルドアが静かに言った。

 

「闇払いたちが、もう間もなくやって来よう」

「その前に、俺様はいなくなる。そして、貴様は――」

 

 ヴォルデモートは吐き捨てるように言うと、おどけた指揮者のようなポーズをとった。

 

「死んでおるわ」

 

 その言葉を放つのと同時に、ヴォルデモートは緑の閃光を飛ばした。ダンブルドアも杖を軽々振り、赤い閃光で対抗する。両者の閃光は拮抗し、火花を散らしている。

 グリンデルバルドはダンブルドアの決闘に目を向けながら、セレネたちの方に歩み寄って来た。

 

「……さて、フロイライン。私はここで去るとしよう」

「最後まで見届けないのですか?」

「正直、あまりダンブルドアと会いたくないのでね」

 

 グリンデルバルドは肩をすくめた。

 その時だった。

 

「逃がすものか!!」

 

 ベラトリックス・レストレンジの杖から、グリンデルバルドめがけて緑の閃光が奔った。グリンデルバルドは軽く杖を振ると、死の呪いは微かに方向を変えた。ベラトリックスの一撃は、グリンデルバルドの顔の横を通り抜けて壁に激突する。

 ベラトリックスは大きく舌打ちをした。

 

「この――ッ!」

「まったく、君も聞き分けのないお嬢さんだ。だが――」

 

 グリンデルバルドは命を狙われているというにもかかわらず、平然と佇んでいる。

 

「君はいずれ、私の元に来るだろう」

 

 彼は出来の悪い教え子を見るような眼差しをベラトリックスに向けると、二撃目の死の呪いが当たる直前に「姿くらまし」をした。ベラトリックスは行き場のなくなった怒りに震え、狂気の視線を残った人物――つまり、セレネに向けてきた。

 

「っく、小娘!! ふざけた小僧とどういう関係だ!!」

「残念ですが、お答えすることはできません」 

「ならば、無理やり吐かせてやる!!」 

 

 ベラトリックスは叫び声と共に、赤い閃光を放ってきた。さすがに、ヴォルデモートの右腕と言われるだけあり、その速度は避ける時間がない。セレネは呪文の「線」を杖先で切り裂くと、素早く呪文を唱えた。

 

「『オブスキューロ‐目隠し』!」

 

 セレネの杖から黒い布が飛び出し、ベラトリックスの頭に巻き付こうとした。もちろん、歴戦の死喰い人に目隠しができるわけがない。彼女は杖一振りで払いのける――が、それでも、数秒は視界から自分の姿を隠すことに成功する。

 セレネはベラトリックスの視界が悪くなった隙に、床を力の限り蹴り上げた。一瞬、磔呪いを受けた場所が痛んだが、それに構う余裕などない。セレネは宙を跳びながら、セレネは眼下のベラトリックスに狙いを定める。

 

「上かっ!!」

 

 ベラトリックスもセレネが頭上にいることに気づき、杖をこちらに向けてきた。

 

「クルー――」

「『ラングロック‐舌縛り』!」

 

 セレネの方が、わずかに呪文を唱えるのが早かった。

 ベラトリックスの舌は口蓋に張り付けられ、呪文を唱えることができなくなってしまう。だが、もちろん彼女はそれだけで狼狽えない。すぐに無言呪文に切り替え、閃光を放ってきた。

 

 ところが、その呪文もセレネに届かない。

 

「『プロテゴ‐守れ』!」

 

 ハリーがセレネの眼前に盾の呪文を構築した。セレネを狙った磔呪いは、ハリーの生み出した盾を前に四散する。ベラトリックスは杖を上に突き上げたまま、忌々しそうにハリーの方へ顔を向けた。

 

 それだけで十分だった。

 

 セレネは跳び上がった以上、当然落下する。

 ベラトリックス・レストレンジめがけて落下する。

 セレネは右腕を大きく引いた。そして、ベラトリックスの杖を左手でつかむと、そのまま自分の杖を握りしめた右拳で彼女の顔面を殴り飛ばした。

 

「――ッ!!」

 

 ベラトリックスは口から血を吐くと、そのまま倒れ込んだ。

 セレネは彼女の腹に足を乗せると、彼女の杖を二つに折った。

 

「『インカーセラス‐縛れ』」

 

 ベラトリックスの頬は赤く腫れあがっていた。彼女の目は怒りで充血し、歯ぎしりをしていたが、杖がないため抵抗できない。ベラトリックスは、セレネになされるがまま縄で縛られていた。

 

「これで、完了ですね」

 

 セレネは安堵の息をついた。

 あとは、ダンブルドア対ヴォルデモートの決闘を観戦するだけだ。セレネはそう思い、ダンブルドアたちの方へ目を向ける。

 その時だった。

 

「『フリペンド‐撃て』」

 

 側面から強い衝撃が、セレネの身体に直撃する。

 セレネは何が起きたのか分からないまま、吹き飛ばされた。壁に激突する直前、金色の像がセレネを受け止め、衝撃を緩和してくれる。だが、それでも強烈な痛みが胸の内側から響いている。磔呪いよりかはマシだが、血を吐くような痛みであることには変わりない。

 セレネは誰が呪文を放ったのか薄目を開き、愕然とした。

 

 ハリー・ポッターが残忍な笑みを浮かべながら、セレネに杖を向けていたのである。

 

「そん、な……?」

「お前の判断が遅いせいで、大事な生徒が傷ついたぞ」

 

 ハリーは濃厚な殺気を醸し出しながら、ダンブルドアに笑いかける。

 

「いますぐに俺様を殺せ、ダンブルドア。でないと、大事な生徒が死ぬぞ?」

 

 セレネは激しく痛む胸を押さえながら、目を細めてハリー・ポッターを睨みつける。

 口調、仕草、そして雰囲気がハリーのものではない。完全にヴォルデモートのものだ。セレネは「ハリーは、蛇男に乗っ取られたのだ」と頭の隅で考えながら、世紀の大賢者がどのように行動するか見守るしかなかった。

 

 

「死がなにものでもないなら、ダンブルドア……この子を殺せ。愛の前では、なにもかもが許されるのだろう?」

 

 ダンブルドアは何も答えず、ヴォルデモートに身体を乗っ取られたハリーを見つめている。

 

「俺様を殺せ……この弱い小僧と一緒に、殺すがいい」

「……ハリーや」

 

 ダンブルドアは少し弱弱しい声で語りかける。

 

「大事なのは、どこが同じなのかではない。

 どこが、違うのかじゃ」

 

 ダンブルドアの囁きを受け、ハリーは嘲笑うような表情を浮かべたが、すぐに苦悶の色へと変わる。

 

「――」  

 

 ハリーの何か呟く声が聞こえる。

 それと共に、彼の身体は震え、床に崩れ落ちた。中からヴォルデモートが飛び出した。ダンブルドアと激闘を繰り広げていただろうに、その身体は傷一つ負っていない。裸足に黒いローブ姿のまま、ハリー・ポッターを見下している。

 

 ヴォルデモートの口元が動いた。

 

 ダンブルドアは動かない。

 

 ヴォルデモートがハリーの胸に杖を突き付け、なにか口を動かそうとした――その時だった。

 ホールに設置された暖炉から、何人もの魔法使いが姿を現し始めたのである。ヴォルデモートはいきなり群衆が現れたことに舌打ちをすると、縄で縛られたままのベラトリックスを引っ張り「姿くらまし」をした。

 

「大臣! 『あの人』です! 『例のあの人』が、そこにいました!!」

「わかっておる、ウィリアムソン。私も『あの人』を見た。……『あの人』が、まさか、この魔法省に!?」

 

 パジャマ姿の魔法省大臣は、しどろもどろだった。

 目の前の現実が受け入れられないらしい。

 ダンブルドアは魔法省大臣に近づき、なにかを語りかけた。大臣は虚を突かれたような表情をしていたが、近くの闇払いに指示を出し、神秘部に向かわせる。

 

「さて。まずは、ハリーとセレネを学校に戻さないとの。

 ハリー、君は校長室で待ってなさい。セレネ、君にはまず治療と休息が必要じゃ。落ち着いてから、少し話をするとしようかの」

 

 セレネはどこか遠くでその声を聞いていた。

 ダンブルドアは、ヴォルデモートとの戦闘で破壊された金の像の一部に魔法をかける。どうやらそれは物質を「移動キー」にする魔法だったらしい。魔法省大臣が「私の許可なく作るのは違法だ!」と喚いていたが、ダンブルドアに毅然とした態度で睨みつけられると、黙り込んでしまった。

 

「さあ、右がハリーで、左がセレネじゃ。では、また後程会おう」

 

 ダンブルドアに差し出された移動キーを触ると、へその内側から引っ張られる感じがした。魔法省のホールも大臣もハリーも、ダンブルドアも消え、セレネの身体は、不可思議な色彩と音の渦の中を前へ前へと回転していく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、二日後。

 

 セレネは医務室のベッドから起き上がると、身支度を整えた。

 肋骨が数本折れてしまい入院していたが、マダム・ポンフリーに治せない怪我ではない。彼女お手製の魔法薬は吐き出しそうなほど苦かったが、そのおかげでメキメキと回復し、めでたく退院することになったのである。

 

「治ってよかったね、セレネ」

 

 セレネが身支度を整えていると、ハーマイオニーが話しかけてきた。

 彼女は死喰い人に厄介な呪いをかけられたらしく、まだ当分、退院できないらしい。同じく、精神を操作する魔法をかけられたロン・ウィーズリーも不機嫌そうな顔でベッドに横たわっていた。

 

 

 神秘部の一件で、奇跡的に死者は出なかった。

 

 

 ハリーはシリウス・ブラックが死んだのだと思ったらしいが、彼は階段から落ちた際に頭を強打し、気を失っていただけだった。ただ、首の骨を痛めてしまったらしく、しばらく聖マンゴに入院することになったらしい。

 

 

「ええ、本当に。ハーマイオニーも早く良くなるといいですね」

「ありがとう。

 ……ねぇ、セレネ。私、ずっと疑問に思っていたんだけど……その……」

 

 ハーマイオニーはセレネを見つめ、なにか言い淀んでいる。

 

「どうかしましたか?」

「その……セレネは魔眼持ちなの?」

 

 セレネが言葉を促すと、ハーマイオニーはどこか躊躇いがちに尋ねてくる。セレネは眼鏡のつるに手を置いた。

 

「ええ、そうですよ。普段は眼鏡で抑えていますけど」

「そう……それから、もう一つだけ。

 

 セレネは、ホムンクルスなの?」

 

 ハーマイオニーは、意を決したような表情をしていた。きっと、神秘部のどこかで死喰い人が呟いた言葉を拾ったのだろう。セレネはどこか顔の筋肉が緊張しているのを感じながら、それでも、なんとか微笑を浮かべて答えた。

 

「私は人間ですよ、ハーマイオニー」

 

 それだけ答えると、彼女に背を向けて歩き出す。

 ハーマイオニーはもう何も聞いてこなかった。

 

 医務室を出ると、セレネは大きく伸びをした。

 考えてみれば、今日は日曜日だ。

 それにしては、城の中は静かすぎる。廊下には誰もいない。みんな試験も終わり、宿題から解放されて、誰もが夏の日差しに照らされた校庭や湖で遊んでいるに違いない。

 

 セレネは「秘密の部屋にでも行こうか」と考えながら、廊下の曲がり角に差しかかった時だった。

 

「おっ、もう退院したのか」

 

 ばったり、ノットと出会った。

 彼は神秘部の戦いで額に傷を負った以外、特に目立った外傷はなかった。そのため、入院せずに済んだのである。

 

「お前、朝食まだだろ?」

 

 彼はそう言いながら、ナプキンに包んだサンドイッチを持ち上げてみせた。サンドイッチを見て、ようやく朝食を食べていないことを思い出す。音こそ立てなかったが、胃が食べ物を催促するように縮んだように思えた。

 

「その辺で、一緒に食わないか?」

「そうですね、かまいませんよ」

 

 彼の申し出は、セレネにとってありがたかった。

 正直、いまから大広間に行くのは面倒に思っていたところだ。きっと、いま行ったところで、テーブルにはパセリのような添え物くらいしか残されていないだろう。

 

 開け放たれている正面玄関から外に出ると、日差しが痛いほど照り付けてきた。

 多くの生徒がクィディッチ競技場の上を箒で飛んだり、湖で大イカと泳いだりしている様子が目に入って来る。セレネたちは楽しそうな彼らを横目で見ながら、城に寄りかかるように腰を下ろした。

 

「日刊預言者新聞を読んだか?」

「一通りは。ようやく、大臣は蛇男の復活を認めたようですね」

 

 セレネはサンドイッチを受け取ると、頬張りながら答えた。

 

「まさに、掌返しですよ。ハリーやダンブルドアのことを狂人扱いしていたのに、それに対する謝罪もなく、英雄扱いです」

「ま、メディアなんてそんなものだろ」

 

 ノットは退屈そうに言うと、頭の後ろで手を組んだ。

 

「お前のことも詳しく書かれてたぞ。『ベラトリックス・レストレンジを倒した勇敢な少女』だと。おかげで、他寮からも親衛隊への入隊希望が届く始末だ」

「……はぁ、本当にメディアは怖いですね」

 

 セレネは最後の一口を小さな口に詰め込み、ふと――隣に座る少年に視線を向ける。

 

 日刊預言者新聞には、神秘部で起きた出来事が事細かに記載されていた。

 ハリーやセレネたちの活躍はもちろん、死喰い人の誰が捕まったのかまで書かれている。そのなかには、ルシウス・マルフォイを始め、ノットの父親の名前も書いてあった。

 きっと、マルフォイやゴイル、クラッブは白い目で見られているに違いない。おそらくは、ノットも。彼の場合は一緒に神秘部で戦ったが、特に目立った戦績もないので、非常に影が薄い。

 

 ハリーと一緒に死喰い人に立ち向かったという話よりも、今回逮捕された死喰い人の親を持つ生徒として、周囲から見られているだろう。

 

 いまはいつもと変わらない仏頂面だが、きっと、彼は針の筵に座っているような居心地の悪さを感じているに違いなかった。

 

「ん……なんだよ」

 

 あまりにも、じろじろ横顔を見続けてしまったせいだろう。ノットの顔がこちらに向けられる。不愉快なのか、眉間の皺が更に深く刻まれていた。

 

「いえ……あれ?」

 

 セレネは申し訳なくなり、顔を背けようとしたとき、ふと――彼の額に傷が残っていることに気づいた。

 

「その傷……マダム・ポンフリーに消して貰えなかったのですか?」

 

 セレネはそっと彼の額に指先を伸ばし、傷痕に触れる。ガラスの破片が刺さった痕は、眉の上あたりに薄い線を引いている。セレネは優しく傷をなぞりながら、言葉を続けた。

 

「すみません。あの玄関ホールで、私があなたを無理やり付き合わせなければ……安心してください。私なら、この程度の傷は消せ――」

「気やすく触るな!!」

 

 最後まで言葉を言い終わる前に、ノットはセレネの手を荒々しく跳ねのけた。顔は燃えるように赤く染まっている。形の良い耳の先からは、湯気が昇っていそうだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 セレネはしゅんと項垂れた。

 自分が彼の性格に付け込み、巻き込んだのだ。そのせいで、彼は命を狙われ、ただ一人の家族からは「恥さらし」と呼ばれた。怒るのは当然だろう。

 ノットは肩を上下させながら、セレネを思いっきり睨みつけてきた。

 

「お前な! まさか、他の連中の傷も触ってるんじゃねぇだろうな!?」

「え?」

 

 だから、セレネはきょとんとした。

 触り方で怒られるとは、まったくもって想像すらしていなかったからである。

 

「ポッターの傷とか、触ってないよな!? こんな触り方、してないだろうな!?」

「ハリーの? ありえませんよ。あなたの傷だけです」

「……ならいいけどよ。あまりべたべた触るなよ」

 

 ノットは怒ったように言うと、右掌で傷跡を隠した。

 

「この傷は残しておいてくれって頼んだんだ。だから、気にするな」

「そう、なのですか?」

「ああ。別に傷なんて気にしていない。何度も言っているけど、オレはオレの意志でお前に付いていったんだ。だから、お前に謝られるのは、その――筋違いなんだよ」

 

 最後の方の声は尻すぼみになっていった。

 

「というか、お前さ。なんで、オレだけ苗字呼びなんだよ」

 

 ノットはセレネから顔を背けると、どこか投げやりな口調で話題を変える。

 

「グリーングラス、ブルストロード、カロー、ウォルパート、フレッチリー、グレンジャー、ポッター、それから、ロングボトムも! みんな、ファーストネームじゃないか!」

「確かにそうですね」

 

 セレネは指摘され、初めて気が付いた。

 基本的に、付き合いが長い相手は、ファーストネームで呼んでいる。ウルクハートやピュシーといった例外はいるが、ファーストネームで呼んだ際「畏れ多いので止めてください!」と懇願されて以降、ずっと名字で呼んでいる。

 ところが、ノットはずっとノットだ。セオドールと呼んだことは一度もない。

 

「あなたの苗字。とても言いやすいので、つい」

「……だからってな」

 

 ノットは不服そうな顔をしていた。

 セレネは、少し考え込むように指先を唇に添える。言われてみれば、どこか妙な話である。

 

「ま、別にいいけどさ。

 ほら、食べ終わったなら次行くぞ」

 

 ノットはそう言いながら立ち上がった。

 

「行くって、どこにです?」

「厨房。ブルストロードが『試験終了記念パーティー』をやり直すらしい。んで、オレたちは食料調達係だとよ」

「……試験終了パーティ……」

 

 セレネは、ミリセントが大広間ではしゃいでいた姿を思い出す。

 たった三日前のことなのに、遥か昔のことのように懐かしく思えた。

 

「了解しました」

 

 セレネも立ち上がると、大きく伸びをする。

 分厚い雲の隙間から、太陽の暖かな日差しが差し込んできたような気持ちになった。

 

 城の外には、ヴォルデモートがいる。

 魔法省に復活を知られた以上、その存在を隠す必要はない。あの蛇男は、今この瞬間にも死喰い人を引きつれ、イギリス魔法世界を恐怖に陥れている。その魔の手は、命より大事な義父に伸ばされるかもしれない。

 グリンデルバルドに真意を問いただす必要があるし、リータ・スキーターとも話し合う必要がある。分霊箱を探す必要があるし、いずれダンブルドアと話すときまでに言い訳を考えなければならない。

 

 やることは山積みで、正直なところ「試験終了記念パーティー」に参加する余裕はなかった。

 ただ――ずっと張り詰め過ぎていたのでは、自分が壊れてしまう。

 

 だから、ここで一度、羽を伸ばしておこう。

 

「厨房に行きましょうか」

 

 セレネは数歩歩きだすと、後ろを振り返った。

 

「楽しいパーティーにしましょうね、セオドール」

 

 セレネが言うと、ノットは呆けたように口を半開きにした。

 

「どうしました、セオドール?」

「……いや、なんでもない。楽しみだよな」

 

 ノットはしばらく固まっていたが、少しずつ綻び、幼子のように無邪気に輝く笑顔を向けてきた。その笑顔を見ていると、セレネも自身の強張っていた口元が緩むのを感じた。

 

「ええ、行きましょう!」

 

 たとえ、この先、誰かを裏切ることになったとしても。

 きっと、グリンデルバルドの手を取った自分の行く道が、晴れることのない闇に覆われていたとしても。

 

 

 いま、自分が歩いている場所は正しい道である。

 

 セレネは城へと続く真夏の太陽に照らされた道を、力強く踏みしめながら歩いた。

 

 

 

 




 第五章「不死鳥の騎士団」、これにて完結です。
 次回は番外編を挟んで、第六章「謎のプリンス」に突入します。

 五章は、原作との相違点も多く出てきた章でした。
 特に大きな相違点を、簡単に解説します。

〇グリンデルバルドの脱獄
 一番の相違点。
 死喰い人の大半を無力化し、ヴォルデモートを怒らせ、ベラトリックスに意味深な発言をして去っていった闇の魔法使い。しかも、壮年期まで若返っています。
 彼は、セレネとの契約があるので、「セレネの助言者」としての立ち位置を崩しません。最近は、セレネに進められて、マグルの推理小説を読みふけっています。
 
 そんな彼が、死喰い人たちを勧誘するような言い方をする真意とは――今後、明らかになります。

〇ベラトリックスとルシウスの忠誠心
 グリンデルバルドの演説を聞き、お辞儀様への忠誠心が変化。
 その結果、どう変わってくるのかは六章を楽しみにしていてください!

 というか、この時期ってベラトリックスのお腹にデルフィニーはいるのかな?


〇シリウス・ブラックの生存
 本作ですでに片腕のシリウス。
 今回はベラトリックスに敗れ、階段を転落。首を強打したことで神経をやられ、半身不随になりました。生存しただけ原作より良いかもしれませんが、それでも、今後の展開で彼が戦場に出るのは絶望的。
 ただし、六章では少し活躍する予定です。

〇ハリーの恋愛対象が、チョウ・チャンからセレネに変更
 みんなから否定されているのに、自分を肯定されたら好きになるのは当然。
 ふられましたが、まだ想い続けています。
 なお、ハリーはヴォルデモートに憑かれて、セレネを攻撃しています。もちろん絶賛、後悔中。
 恋路の行方は……

 
 他にもありますが、この辺りで。
 
 次章もよろしくお願いします!!



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。