スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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82話 初恋

 そこにいたのは、セオドール・ノットだった。

 彼は、よほど急いで来たのだろう。肩を上下させながら、荒い息を繰り返している。

 

「嫌な予感がしたから、戻って来てみたら……お前、本気かよ?」

「これが、冗談に見えますか?」

 

 セレネは思いっきり睨み付けると、無理やりベラトリックスの胸を貫こうとする。

 しかし、セオドールがセレネの腕を引き留めていた。それ以上先に進ませないように、セレネの力に反するように力強く引っ張っている。

 まるで、ベラトリックスを殺したくないと訴えるようだ。セレネは、瞬間、胸の内が空白になった。ずっと信じていた副官から裏切られたような気持ちである。だが、ここで呆けている暇はない。味方が敵に落ちたなら、容赦なく攻勢に転じなければならないのだ。

 セレネは瞬時に気を引き締めると、静かに問いただした。

 

「……あなた、もしかして、ベラトリックス・レストレンジを殺されたくない理由でもあるのですか?」

「こいつが死のうが生きようが、オレにはどっちでもいい」

 

 ところが、セオドールはあっけなく言い放つ。

 嘘をついている気配は感じなかった。

 

「なら――……」

「『人は、一生に一人しか殺せない』って言ってなかったか?」

「それは……」

 

 セレネはわずかに目を逸らした。

 決して、忘れたわけではない。

 確かに、最愛の義父が再三口にしていた言葉だ。彼はヴォルデモートを前にした危機的状況の中でも信条を忘れず、セレネに殺しだけは避けるように訴えていた。

 

 人を殺すときは、人生の最後、自分の死を看取るため。

 一人殺した時点で、それはヒトではない。人間として、死ねなくなってしまう。

 

 それは、寒い冬の木漏れ日のように、暖かくて甘美な言葉。ずっと、守りたかったはずの言葉だ。だが――……セレネは一度、瞼を閉ざすと、今までにないほどの勢いでセオドール・ノットを睨み付けた。

 

「今は状況が違います」

「状況はあまり変わってないだろ? ここまでやっただけでも、『あの人』にとって十分な打撃だ」

「そんな悠長なことを言っていては、ヴォルデモートを破滅させることはできません」

「自分の言葉を裏切るのか?」

「うるさい!!」

 

 酷く耳障りな言葉だった。

 セレネは力強く叫ぶと、自由な左手が動いていた。まっすぐ、セオドールの懐を殴っていた。彼は抵抗をしなかった。そのまま後ろ向きに倒れた相手の身体を押さえつけるように、セレネは馬乗りになる。そのまま迷うことなく、彼の喉元に杖を突き付けた。

 

「それ以上言うなら、あなたを先に殺します!」

「それは困る」

 

 こちらの本気は伝わっているはずなのに、眼下の男に怯えの色は見えない。

 むしろ、青い瞳の奥にあるのは憐れみだった。そのことが無性に腹正しく、奥歯を噛みしめる。

 

「オレは、まだ死ねない。それに、お前に人殺しをさせたくない」

「だから、1年前と状況が違いますって言ってますよね!」

 

 セレネは半ば叫ぶように言い放っていた。

 

「ヴォルデモートの脅威を確実に絶っていくためには、杖を壊す程度では駄目です! 確実に息の根を止めないと、また復活します。

 それに、私は……私はホムンクルスです! 人ではないので、別に、敵を何回殺しても――……」

「人間だろ?」

「違い、ます」

 

 セレネは言葉を絞り出すように答えた。

 目を細めると、死の世界が余計くっきり視えた。床はもちろん、彼の顔にも、肩にも、ちょうど、杖を突き付けている喉元にも、黒い線が密集した塊がある。眼鏡をかけていない間は、ずっと見慣れてきた恐ろしい線だ。なぞるだけで簡単に物が死んでしまう線。自分の見ている世界の天井が落ちて、足元から崩れ壊れてしまいそうな、恐ろしくて気味の悪い視界――……。

 

「知っていますよね……この眼が、普通じゃないってこと。いまだって、杖先を少しずらせば、貴方の首なんて切れるんですよ? ナイフで切り落とすより、ずっと簡単に」

 

 セレネの口は淡々と事実を紡ぎ始める。

 

「そもそも、私は……フラスコの中で産まれて、お母さんからは見向きもされなくて、本当の父親はそもそも人じゃなくて、本当の母親にも殺意を向けられて……」

 

 そんな化け物を「人間」として愛してくれた唯一の人は、もう二度と目覚めない身体になってしまった。

 目覚めたとしても、自分のことを愛してくれるとは思えない。人を殺せる魔眼持ちのホムンクルスを人間として認識するなんて、正気の沙汰ではない。

 だから、もう自分は化け物なのだ。誰からも見向きもされない、帰る場所のないバケモノなのだから、いくら人を殺しても問題ない。たとえ辛くても、自分の身の安全を特別考えず、復讐心に駆られるがまま、ヴォルデモートを破滅させる計画を進めることができる。

 

「そんなの人間じゃない。いくら自分で決める意志があったとしても、人間じゃない。

 ……今の私なら、死喰い人だって、ヴォルデモートだって殺せるんです」

 

 つまるところ、元の自分に戻っただけだ。 

 4年生までの……記憶の表層をなぞり、優等生を演じようとしていた機械人形に戻っただけ。

 あの頃は優等生を演じていたが、今回は義父を苦しめたヴォルデモートを倒すためだけに動く機械同然の人形だ。それが本来のセレネ・ゴーントであり、あるべき姿だったのだ。自分は、ホムンクルスに過ぎない。だから、目的を達成したら、義父を助けられなかった自分の不甲斐なさを抱いて、自分の電源を落とせばいい。

 自分を見てくれる奇異な人なんて、世界のどこにもいるはずがないのだから。

 

「だから、あなただって殺せます。これ以上、私の邪魔をするなら」

「……お前は人間だよ、ゴーント」

 

 それでも、目の前の男は静かに反論する。

 こちらの言い分をしっかり聞いていたのかと疑うまでに、真剣で冷静な声色だった。

 

「だから、私は――……!!」

「知っているか? 涙を流せるのは、人間だけなんだぜ?」

「なにを――……」

「泣いてるじゃないか、お前」

 

 指摘されて、初めて気が付いた。

 視界が歪んでいた。頬を冷たい感覚が伝っている。おそるおそる、左手を頬に当ててみる。すると、確かに冷たい液体が指先に触れていた。

 

「……え?」

 

 セレネ・ゴーントは、涙を流していた。

 

「なーにが、人を殺せるだ。泣き出すくらい苦しんでいる人間にできるわけないだろ」

 

 セレネが呆然としていると、セオドールは半身を起き上がらせようとした。セレネは弾かれたように立ち上がり、数歩、後ろに下がる。右手の杖は未だに彼の喉元に向けられていたが、拳三つ分以上も離れていた。それも、次第に力なく下がっていく。

 

「だって……こうするしか、私……お父さんの仇、とれないもの……」

 

 セレネは、みっともないくらい言葉が震えているのが分かった。

 

「これ以上、最善な方法が思いつかない」

 

 セレネは、どうしたらいいのか分からなくて、泣いていた。そうしたら、そのことが余計に悲しくなり、さらに涙が頬を伝っている。

 

「……馬鹿だな、お前」

 

 優しい言葉共に、セレネの背中に手が回される。その腕は、ひどく頼りなかった。強く抱き寄せられたわけでもない。ひどくぎこちない抱き方なのに、とても暖かく感じる。

 

「一人で背負い過ぎだ。オレが半分、背負ってやる。だから、もう泣くな」

 

 その言葉を刻みつけるように、抱きしめる腕に力が入る。

 セレネは心なしか、肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「でも……あなた、私が嫌いなのでは……?」

 

 セレネはやっとの思いで言葉を出す。

 最初は脅して配下にした。それ以後、彼の意外と義理堅い性格が起因して、ここまで付いてきてくれているのだと思っていた。

 今回もその性格のせいで巻き込んでしまったのではないかと、不安と懺悔の念が胸の内を渦巻き始める。

 

「さんざん、私のことを性格悪いとか、腹黒とか言っていたではありませんか? 親衛隊の隊長も、嫌々だって……」

「はぁ……お前さ、本当勘違いしてるな。まったく分かってない」

 

 耳元で、大きくため息をつく音がする。

 その言葉に、少しむっとする。だが、そのことを口にする前に、セオドールは諦観に近い口調で話し始めた。

 

「確かに、親衛隊の隊長なんて面倒この上ないさ。辞められるものなら辞めたい。それに、お前が腹黒で性悪なのも事実だろ。

 だけどな、オレはゴーント……お前自身のことを『嫌い』と言った記憶はないぞ?」

「……え?」

 

 セレネは目を見開いた。

 記憶を紐解いていくが、確かに一度も『お前が嫌い』とは言われていない。親衛隊長の仕事が嫌だ、というのはあったが、面と向かって嫌いと呼ばれた記憶はなかった。

 

「好きだ、セレネ。オレは、お前を幸せにしたい」

 

 セレネは言葉を失った。

 相手の顔は視えないのに、不思議と微笑んでいるような気がする。

 純粋で飾り気のない言葉だった。余計な装飾がない分、不意打ちに近い攻撃を防御する術はない。

 文字通り、彼の言葉は攻撃だった。こんな自分を好きだと宣言するメルヘンな人が、叶わない幸せな幻想を見せつけてくる。

 

「駄目ですよ、そんな……」

 

 この申し出は、断らないといけない。

 

「私と一緒にいたら、今度こそ殺されてしまうかもしれないのに」

 

 最愛を失うのは、義父だけで十分だ。

 あれだけ盛大にヴォルデモートと敵対しているのだから、今度はもっと手を緩めずに襲ってくる。これ以上、最愛の人を増やしたくない。自分のせいで、好いてくれる奇特な人を苦しませたくないし、傷つけたくない。死に追いやるなんて、以ての外だ。

 だからもう、愛する人を増やしてはいけない。そう心に決めていたのに、セレネは腕を振りほどくことができなかった。杖を握る右手は力なく床に垂れ、彼の肩に顔をうずめる。涙だけがほろほろと流れ落ち、セレネは小さく呟いた。

 

「……あーあ、あいつの言った通りになった」

 

 グリンデルバルトの未来視が視止めた男とは、きっと彼のことだったのだろう。

 いや、聞いたときから、薄々勘づいてはいた。きっと、自分の背中に手を回している男が、あの老人の眼に映った人なのだろうと。

 

「あいつって?」

「……さあ。機会があれば紹介します」

 

 だから、今はこのままでいて欲しい。

 遠くで、呪文を撃ちあう音が聞こえてくる。

 すぐに戦線に戻らないといけないのは知っていたが、もうしばらくは大丈夫だと頭の片隅で何かが告げている。きっと、彼も同じなのだろう。

 

 セレネは力強い腕を感じながら、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 時計を見ると、たった数分の出来事だった。

 セレネは何時間も経過した気もするが、わずかの時しか経っていないことに驚きながら立ち上がる。

 

「さてと、そろそろ次に行かないと」

 

 涙を袖で拭い、まっすぐ前を向く。

 耳をすませば、上の方の階から呪文が飛び交う音が聞こえてくる。しかし、階段を駆け下りる音も聞こえてきた。すっと大階段に目を向ければ、ちょうどハリー・ポッターが駆けおりていく途中だった。

 セレネは「良かった。ダンブルドアと向かったのは例の洞窟ではなかったのだ」と安心したが、走り去る彼の横顔が鬼の形相だったことに一抹の不安を覚える。

 

「……私、ハリーを追いかけます。いいですか?」

「別に、止めはしないさ」

 

 セレネはいつも通りの彼に微笑みかけると、大階段を見下した。

 もう、ハリーの姿はどこにも見当たらない。セレネはポケットから紙を取り出すと、飛行機の形に折ってみる。そのまま勢いよく飛ばすと、その紙飛行機に杖を向けた。

 

「『アヴァンジギウム・ハリー・ポッター‐ハリー・ポッターを追跡せよ』!」

 

 紙飛行機の先端はくるりと向きを変え、階段の下へ向かって飛び始める。

 セレネたちはそれを追いかけた。本来は物質が元あった場所へ追跡する魔法だが、そこに人名を加えて強く念ずると、その人物を追跡することもできる。もっとも、町を超えるみたいに長い距離は不可能だが、ホグワーツ内であればできなくはない。

 紙飛行機はハリーを追いかけ階段を飛び降りると、そのまま開け放たれた正面玄関から外に出た――ところで、力尽きてしまい、草原に落下する。

 

「この辺りに、いるはずですけど……」

 

 周囲をくるりと見渡すと、天文塔がある塔の下にガウンやパジャマ姿の生徒が集まっているのが見えた。そこにむかって、大きな影――ハグリッドとハリーが近づいていくのが見える。

 

「ハリー!」

 

 セレネは駆け出した。

 もうハリーは怒り狂った様子ではなかったが、酷く憔悴しているように見える。

 

「大丈夫ですか? それから、例のアレは――……?」

 

 分霊箱を見つけたかどうか聞こうとすると、ハリーは静かに首を横に振った。

 

「例のアレ? なんのことだ?」

 

 後ろからセオドールが尋ねる声が聞こえてくる。

 そういえば、彼は分霊箱の存在を知らなかった。セレネが明かすべきかどうか悩んでいると、ハグリッドが口を開いた。

 

「みんな、あそこで何を見ちょるんだ? 塔の真下だが……あれは、塔の上に浮かんでいるのは、闇の印か?」

 

 ハグリッドは、人の集団に気付いたのだろう。頭上に浮かぶ闇の印を見て、ぶるりと震えあがるのが見えた。

 

「お前さんたち、知ってるか?」

 

 ハグリッドがセレネたちを見るので、正直に首を横に振った。すると、ハリーが消えそうな声で呟いたのだ。

 

「ダンブルドアだ」

「ハリー?」

「スネイプに殺されたんだ。ダンブルドアが死んだ」

「馬鹿なことを言うな!」

 

 ハグリッドが声を荒げる。

 

「そんなことあるはずがねぇ。ほら、確認しに行くぞ。そんなこと、ありえるはずがねぇんだ」

 

 ハグリッドは自分に言い聞かすように話しながら、のそのそと人ごみの方へと近づいて行く。

 何か灰色の物が倒れ込み、それを皆がこわごわと囲んでいる。間違いなくそれは、アルバス・ダンブルドアだった。半月型の眼鏡は歪み、骨は折れ、大の字になって横になっている。

 ハグリッドは愕然と立ちすくみ、ハリーはダンブルドアの真横に座り込み、項垂れながら涙を流していた。

 

「……ダンブルドアが死んだ……」

 

 セレネは悲しみより先に、ヴォルデモートの勢いが増す危険性のことが頭に横切った。素直に悲しむことができない自分に気付き、やはり薄情なのだと自嘲気味に笑ってしまう。

 

「ハリー、行きましょう」

 

 ここにいても、何も始まらない。

 ダンブルドアの死を悼むより先に、次の行動を考えなければならないのだ。

 セレネはハリーに語り掛けてみるが、ハリーは何も答えなかった。ただ、首を横に振った。

 

「僕、ここにいる」

「……ここにいるって言ってるんだ。行くぞ、ゴーント」

 

 セオドールがセレネの手をつかみ、人ごみから抜け出した。

 代わりに、ジニー・ウィーズリーがハリーの方へ近づいて行くのが見える。暗闇の中で、彼女の赤毛は松明のように輝いて見えた。

 

「……ダンブルドアが死んだ、か」

 

 玄関ホールまでつくと、彼は改めて事実を確かめるように呟いた。

 

「あの爺さん、あと100年は生きそうだったのに。まさか、スネイプにやられるなんて……」

「……本当に、スネイプ先生が殺したのでしょうか?」

 

 その事実が、セレネには信じられなかった。

 ハリーに対して随分と厳しすぎたように思えたが、授業は分かりやすく、守護霊の呪文を教えてくれたこともあった。もちろん、偽ムーディのように自分を偽っていたのかもしれないが、だとしたら、もっと早くにダンブルドアを殺すことができたのではないだろうか。

 

「ポッターの言っていることが本当なら、スネイプに殺されたのは事実だ。変えようがない」

「そうですけど……あ……?」

 

 セレネは立ち止まると、耳を澄ませた。

 鳥の鳴く声が聞こえる。ただの鳴き声ではなく、歌のようだった。恐ろしいまでに美しく、打ちひしがれた寂しい旋律を奏でる「嘆きの歌」だった。外から聞こえてくるのに内側から感じるような不思議な調べで、まるで失って戻らない者を追悼しているような歌である。 

 

「これは……?」

 

 魔法界特有の何かなのか? 隣の彼に視線を向けるが、黙って首を横に振る。

 

「聞いたことない調べだ」

「不死鳥の詩です」

 

 いつの間にか、後ろにマクゴナガル先生が立っていた。先生も上の階で戦いに参加していたのかもしれない。帽子は曲がり、ローブは少し切れた跡が見える。少し顔に疲れた色も浮かんでいた。

 

「フォークス……ダンブルドアが飼っている不死鳥の調べでしょう。しかし、どうして……?」

「……もしかしたら、ダンブルドア先生がお亡くなりになったからでしょうか?」

 

 セレネがぽつりと答えた。

 

「ダンブルドア先生を、悼んでいるのではないでしょうか?」

「アルバスが?」

 

 マクゴナガル先生の眼が点になるのを初めて見た。

 呆然と、セレネを初めて見るように、まじまじと見つめ返す。

 

「そんなはずは……ダンブルドアが、死んだなんて……」

 

 マクゴナガル先生は隣にいるセオドールが否定してくれるのを望むかのように、視線を移動させる。しかし、彼も否定しないことが分かると、強く目を瞑った。

 

「……貴方たちも戦いに参加していたと、ウィーズリーから聞きました。一度、マダム・ポンフリーに診てもらいなさい」

 

 それだけ言うと、確認のためだろうか。マクゴナガル先生は玄関ホールから出て行ってしまった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだ人は、戻らない。

 

 

 ダンブルドアの死は、ホグワーツどころかイギリス中を震撼させた。

 その証拠に次の日になると、続々と生徒たちが親に引き取られ、姿を消していった。双子のパチル姉妹は朝食の前にいなくなっていたし、ハッフルパフのザカリアス・スミスは気位の高そうな父親に護衛されて去っていった。シェーマス・フィネガンの母親も息子を連れて帰ろうとしたが、玄関ホールで怒鳴り合いの大喧嘩をし、翌日に行われるダンブルドアの葬儀の後、学校を去ることが決まった。そのため、彼の母親は葬儀が終わるまでホグズミード村に宿を取ろうとしたらしいが、ダンブルドアに最後のお別れを告げようと、魔法使いや魔女たちがホグズミード村に押し寄せたため、随分と宿をとるのに苦労したらしい。

 

 それは、スリザリン生も同じだった。

 ノーマンは兄と一緒に去り、ウルクハートやベイジーも姿を消していた。そして――……

 

「……私も、昼食が終わったら、ママと門のところで待ち合わせしているの」

 

 ダフネ・グリーングラスはパイを食べながら、寂しそうに別れを告げた。

 

「セレネ、この後……どうなっちゃうのかな?」

「私には分かりません」

 

 セレネは正直に話した。

 

「ただ、ずっと学校を閉鎖させるとは思いませんから、来年度、マクゴナガル体制で開校されるのでは?

 イギリスには、他に魔法学校がありませんから」

「……そうだね、そうなるといいね」

 

 セレネが答えると、ダフネは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

「それなら、早く来年度になって欲しいな。そうしたら、またセレネと一緒に過ごせるもの」

「そうですね。その時は、ミリセント・ブルストロードもいるといいですね。まあ、NEWT試験がありますけど」

「……うわ……それだけは延期にして欲しいかも……あ、そうだ。あの花束、誰からのだったの?」

 

 ダフネは思い出したように尋ねてくる。たった二日前のことなのに、随分と昔のことのように思えた。

 

「ジャスティンからですよ。それが何か?」

「オレンジ色のカーネーションだったよね? あれの花言葉って――……」

「ゴーント、花束が欲しいのか?」

 

 ダフネが楽しそうに微笑みながら何か言いかけたが、それを遮るようにセオドールが言葉をかぶせてくる。

 

「欲しいなら出してやるぞ?」

「いりません。それより、貴方は早く飛行呪文を習得してください」

 

 セレネがきっぱり断ると、彼は少しムッとしたようだった。

 

「あんな複雑な魔法、すぐにできるわけないだろ!?」

「私の覚悟を半分、背負ってくれるんですよね。それでしたら、その程度の魔法はできるようにしてください。まあ、難しいなら……少しは練習に付き合ってあげてもいいですけど」

「一人で十分だ!」

 

 彼は拗ねたように腕を組む。セレネはそんな彼を横目で見ながら、ふと、思い出したことがあった。

 

「そういえば、セオドールはどうして私のことを名前で呼ばないのですか?」

「は?」

「ずっと、ゴーントですよね? いや、過去に呼ばれたような気もしますけど」

 

 必要の部屋の前でも数度、名前で呼んでくれたが、思い起こせば過去にも二度ほど呼ばれていた。第二の試験後の意識が朦朧としているとき、そして、魔法省での戦いのときの二回だ。

 

「私は、別にゴーントでも構いませんけど……行きましょう、ダフネ。送ります」

 

 セレネは少年の返事を待たずに、立ち上がるとダフネの手を取り歩き出した。その後ろを妹のアステリア・グリーングラスがぴょこぴょこと付いてくる。

 

「なんというか、セレネ。セオドールとの距離、近くなってない? 何かあったの?」

「そうですね……いえ、特に何も」

 

 セレネは急に気恥ずかしくなり嘘をつく。

 

「顔、赤いよ?」

「気のせいです」

「あの……セレネさん」

 

 ダフネと話していると、後ろから遠慮がちに声をかけられた。アステリアが大きなトランクを手に持ちながら、恥ずかしそうに頬を赤らめている。

 

「えっと、また会えますか?」

「……ええ、もちろんです」

 

 セレネはアステリアの頭を軽く撫でながら、小さな少女に微笑みかける。

 

「休校措置は一時的なものです。また、今までみたいに仲良く過ごせますよ。

 それから、アステリア。あなたには来年度の親衛隊幹部を任せたいと思っているのです」

「え、わ、私がですか!?」

 

 アステリアは仰天して目を丸くしている。

 

「ウルクハートも卒業して、一枠空きますから。ノーマンと一緒によろしくお願いしますね」

「は、はい! わ、私、家でも魔法の練習を頑張ります!!」

「その意気ですよ。では、2人とも。私はここで」

 

 校門のところに、魔女が立っているのが見えた。

 あれが、彼女たちの母親だろう。アステリアは頬を上気させたまま、何度も頷くと母親の方へ走っていった。

 

「……じゃあね、セレネ」

「また来年、会いましょう」

 

 セレネとダフネは握手をする。ダフネは目尻に涙をいっぱい溜めると、その涙がこぼれる前に奔り出した。何度も何度も振り返り、セレネに向かって手を振ってくる。セレネも彼女たちが『姿くらまし』で消えていくまで、ずっと手を振り返していた。

 

 そのまま城に戻ろうとした、その時だった。

 

「もしかして、セレネー!?」

 

 ある人物に引き留められたのである。

 セレネは、その人物を見て、目を丸くしてしまった。ここにいるとは到底思えない人物だったのである。

 

「あなたは確か……なぜホグワーツに……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアの葬儀が始まったのは、翌日の昼だった。

 

 昼食が終わると、マクゴナガル先生が立ち上がり、よくとおる声で話し始めた。

 

「まもなく、時間です。

 みなさんはそれぞれの寮監に従って、校庭に出てください」

 

 全員がほとんど無言で、各寮監を先頭に列をなして歩き出す。

 スリザリンは寮監が不在なので、スラグホーン先生が寮監の代わりを務めていた。銀色の刺繍を施した豪華なエメラルド色の長いローブを纏っている。

 他の先生方もそれぞれ普段からは考えられないほど、こざっぱりしていた。ハッフルパフの寮監であり薬草学のスプラウト先生は帽子につぎはぎが一つもなく、いつもついている泥も綺麗さっぱり洗い流してある。司書のマダム・ピンスは膝まで届く黒い分厚い―ベールを被り、古臭い背広姿のフィルチの隣を歩いていた。

 

 校庭には、何百という椅子が並んでいた。

 その半数が参列者で埋まっている。質素な身なりから格式ある服装まで老若男女、ありとあらゆる種類の追悼者が着席していた。

 見覚えのある人たちも何人かいた。

 アラスター・ムーディやシリウス・ブラック、リーマス・ルーピンといった「不死鳥の騎士団」のメンバーを始め、黒いドラゴンの革の上着を纏ったウィーズリー兄弟、その隣には、フラー・デラクールが黒いワンピース姿で傷跡のついた赤毛の男に寄り添うように座っている。

 他にも、魔法省大臣や、マダム・マクシーム、漏れ鍋の店主のトム、ホッグスヘッドのバーテン。他にもニュート・スキャマンダーやバチルダ・バグショットといった本の背表紙でしか見たことない著名人までが参列している。

 なぜか、アンブリッジもいたが、彼女は何故参列しているのだろう。ダンブルドアにケンタウルスの群れから助けてもらったことに対する礼か? それとも、ただ単に「ダンブルドアの葬儀に参加している私、素晴らしい」と見せつけるためか? 正直、あまり良い気分はしなかった。

 

「……ん?」

 

 セレネはその時、バチルダ・バグショットと目が合った。

 バチルダはセレネと目が合うと、にたりと笑いながら皺だらけの唇を動かす。セレネはその唇の動きを黙って真似、意味が分かると硬く口を結んだ。バチルダの皮を被った誰かさんから目を逸らし、前だけを見つめる。

 いつも通り、パーシバル・グレイブスの姿で参列すればいいのに、わざわざ著名人に変装して来るなんて、本当に理解しがたい男である。

 

 

 

 その後、葬儀はつつがなく進行した。

 ハグリッドがおいおい泣きながら、ダンブルドアの遺体を棺まで運び、葬儀が始まる。ハグリッドは、ここに集った誰よりも心から悲しんでいるように見えた。役目を終えると巨人の弟、グロウプの隣に座り、泣き続けていた。

 途中、水中人が別れの歌を奏でたり、ケンタウルスが矢を放ち死者への哀悼の意を示すといったこともあったが、エルファイス・ドージと名乗ったダンブルドアの親友が弔辞を読んだ。

 

 そして、ダンブルドアは杖を握りしめたまま、白い棺の中に埋葬される。

 最後、棺の周りに白い炎が燃え上がった。何人もの魔法使いが悲鳴を上げていたので、きっと本来の葬儀にないアクシデントだったのだろう。炎はだんだんと高く上がり、白い煙が渦を巻いて立ち昇った。煙は不思議な形を描いた。本当に一瞬だけ、青空に楽し気に舞う不死鳥の姿が見えたような気がする。だが、それも幻想と消え、白い大理石の墓だけが残されていた。

 

 

 所用時間、わずか一時間にも満たない。

 とても静かで、人間以外からも哀悼された葬儀だった。

 

 

 参列者は、ぽつぽつと立ち上がり始める。

 セレネはバチルダを目で追いかけた。バチルダの皮を被った「あの人」は杖をつきながら、ハリー・ポッターの方へ近づいてくる。セレネは嫌な予感がしたので、彼女に声をかけることにした。

 

「大丈夫ですか、おばあさん」

 

 セレネは駆け寄り、よたよた歩く背中を支える。すると、バチルダはにまりと笑った。

 

「大丈夫だよ。ありがとうね、フロイライン」

「……どうして参列したのですか?」

「アルバス・ダンブルドアは、古い友人であり好敵手だ。その葬儀に、私が出席するのは当然のことだ。もっとも、私がヌルメンガードに収監されていなければの話だがね」

「いつもの皮は? 参列するのは、グレイブスでも良かったのでは?」

 

 フレッドとジョージという知り合いに会うのが嫌だったのだろうか。

 セレネが聞くと、グリンデルバルドは首を横に振った。

 

「ああ、それはちょっと問題があってね」

 

 グリンデルバルドは参列者の方に視線を向ける。彼の視線を辿れば、もさもさの白い髪が特徴的な男性――ニュート・スキャマンダーがいた。奥さんと思われる女性の手を借りながら、悲しみに沈んだ表情を浮かべている。

 

「彼と彼の奥方は、本物のパーシバル・グレイブスを知っている。彼に変装するのは、少し不味い。

 ……それより、私はあの青年と話がしたい」

「ハリーですね。呼んできます」

 

 セレネはハリーを呼び止めた。

 ハリーは何か考え込んでいたようだったが、セレネが呼ぶとこちらを向いた。

 

「どうしたの、セレネ?」

「この方が、貴方と話したいと」

「バチルダ・バグショットです、よろしく」

「バチルダ……魔法史の?」

 

 ハリーは少しだけ目を丸くした。

 さすがに、魔法史の教科書は5年生まで毎年買わされていた。その著作者の名前は覚えていたらしい。

 

「アルバス・ダンブルドアとは古い馴染みでねぇ……同じ、ゴドリックの谷に住んでいたものさ」

「ゴドリックの谷って、ダンブルドアがそこに住んでいた?」

「そうさ。隣の家だった。母親のケンドラとはよくおしゃべりしたもんだし、アルバスはよく遊びに来た。呪文の実験だと言って、天井を破壊しかけたこともあったわい。

 ああ、本当に……懐かしい……」

 

 グリンデルバルドは語りながらも、目じりを緩ませていた。どこか遠くを見ているような瞳には、本当に郷愁の色が浮かんでいる。

 

「そうですか……あ、あの、ゴドリックの谷ということは、僕の両親も御存じですか?」

「もちろん知っているさ。ああ、とっても心地の良い人たちで、食事を一緒にしたこともあった。旦那は冗談で場を和ませるのが得意で、奥さんが微笑みながらたしなめていたのを、つい昨日のことのように覚えてるよ。

 ああ、そうそう。あんたが産まれたばかりの時は、あたしが抱っこしてやったこともあるんだ」

 

 グリンデルバルドはさも自分が体験したかのように話し始める。

 彼がポッター一家とバチルダとの関係なんて知っているはずもないのに、よくも嘘八百が言えたものだ。もし、ハリーが本物のバチルダから話を聞く機会があったとき、どう弁明する気なのだろうか。セレネは呆れてものが言えなかった。

 

「そうですか……僕、知らなかった」

「まあ、知らなくて当然だね。あんたは、ほんの赤ん坊だったんだから。……あたしは悲しくて胸がはち切れそうだわい。あんたの両親しかり、アルバスしかり、みんなあたしより先に逝ってしまう。

 悲しいことだ、本当に……悲しいことだ」

「……」

「……アルバスの最期を看取ったのが、あんただって聞いてね。それは……本当かい? もちろん、嫌なら言わなくていいが……」

 

 グリンデルバルドは静かに尋ねる。すると、ハリーは少し悩んだ後、淡々と話し始めた。

 

「僕は……看取ったというよりも、最期を見ただけです。

 スネイプが、ダンブルドアを殺した瞬間を……」

「そうかい、セブルス・スネイプがアルバスを……アルバスは、最期に何か言っていなかったかい?」

「確か……『頼む』と」

 

 ハリーの拳が震えていた。 

 きっと、悲しみを耐えているのだろう。セレネは目を伏せ、その光景を思い浮かべる。

 

 ダンブルドアが絶体絶命の危機に陥ったとき、セブルス・スネイプが現れる。

 そして、『(助けてくれ)頼む』と懇願したのだ。それを、スネイプは聞き入れることなく、死の呪いを放った。

 とても、哀れな最期である。

 

「頼む、か……」

 

 グリンデルバルドは悼むように目を瞑っていた。

 

「アルバスの杖捌きは、あたしが一番よく知っている。

 きっと、スネイプを信じ切っているあまり、油断して杖を使うことができなかったのだろうよ……アルバスの悪い癖が出たんだね」

「あー……いいえ。ダンブルドアは杖を持っていなかったんです」

 

 ハリーは言いづらそうに、真実を口にする。

 

「ダンブルドアの杖はスネイプが来る直前、マルフォイに盗られていたんです。そうでなければ、ダンブルドアがスネイプなんかに……ミス・バグショット?」

 

 ハリーが悲しそうに事実を告げると、グリンデルバルドは目を見開いていた。まるで、天地が逆転したような表情に、ハリーだけでなくセレネも驚いてしまう。

 

「……頼んだが、先に奪われた? なら……まさか……」

 

 グリンデルバルドはぶつぶつと呟き始めた。

 いつも「すべてが我の掌の上よ」と不敵に笑っている男が、これほどまでに驚いているのは初めて見た。

 

「ミス・バグショット? 大丈夫ですか?」

「……マルフォイ少年は、あいつの杖を『アクシオ』で取ったのか? それとも『エクスペリアームズ』で取ったのか?」

「え?」

「答えろ、ハリー・ポッター」

 

 その口調はバチルダの物ではなく、グリンデルバルドの物に変わっていたが、本人はそれに気づいていないらしい。必死の形相でハリーに詰め寄り、答えを求めている。

 

「ぶ、武装解除の呪文です、ミス・バグショット」

 

 ハリーは混乱しながらも答えてくれた。

 

「武装、解除……だと」

 

 グリンデルバルドは衝撃を受けたように、よたよたと数歩後退する。

 そして、悩みこむように頭に掌を乗せ、唸り声を上げ始めた。

 

「あの、ミス・バグショット?」

「……悲しいことだ。まことに悲しいことだ、アルバスよ……最期にして最大の失敗だ……お前は最期まで、失敗だらけの人生だよ」

「ミス・バグショット? 大丈夫ですか? 失敗って……それに、顔色も悪いですけど……」

「ありがとう、ハリー。辛い話をしてくれて、感謝するよ」

 

 グリンデルバルドはそのまま立ち去ろうとする。セレネが追いかけようとすると「また今度、フロイライン」と呟いたっきり去ってしまった。

 

「随分と変な人だったけど……セレネは……バチルダと知り合いだったの?」

「まあ、知り合いというか……そうですね、あれとは知り合いです。

 それよりも、分霊箱はどうでしたか? 見つかりました?」

 

 セレネが尋ねると、ハリーの表情が一段階暗くなる。

 それだけで、彼らの失敗を悟った。分霊箱は見つからなかったのだ

 

「洞窟に行ったんだ。でも、何もなかった。……劇薬と空っぽの水盆があっただけで……ダンブルドアは、劇薬を飲んで、さらに弱ったんだ」

「……そうですか……」

 

 セレネはハリーたちに対し、少し申し訳なくなった。

 ハリーが正面玄関から出て行くとき、一声かければよかったのだ。そうすれば、すでに何もない洞窟に行かなくても良かったかもしれない。もっとも、なぜ洞窟に行ってはいけないのか説明するのが至極面倒になった気はするが。

 

 結果として、ダンブルドアが劇薬を飲んで、命を縮めることになった。

 今回の旅で、ハリーが得たものは何もない。ダンブルドアの喪失だけだ。セレネは、せめて分霊箱を奪ったというメッセージカードだけでも置いておくべきだったと後悔する。

 

「僕……もう行かなくちゃ。じゃあね、セレネ」

 

 ハリーはそう言うと、歩き始めた。彼の視線の先には、ジニー・ウィーズリーがいた。

 セレネもハリーに背を向けて歩き始める。少し歩くと、樫の木の下でセオドールが待っていた。

 

「何話してたんだ?」

「ハリーが同行した、ダンブルドアの最期の旅についてです。悲しいことに、成果はなかったそうです」

「そうか……」

 

 しばらく並んで歩いた。

 すすり泣く声や、ひそひそと話す声が風に乗って聞こえてくる。青すぎる空は遠く、澄み切った風が髪をなびかせている。

 

「そういえば、昨日の昼。ダフネを送った帰りに、フラー・デラクールと会いました」

 

 セレネはぽつりと、思い出したように言った。

 

「デラクールって……確か、ボーバトンの代表選手だろ? なんで、ホグワーツに来てるんだ? そこまでダンブルドアと親しかったように見えないが……」

 

 セオドールは困惑している。セレネも最初、困惑した。

 グリーングラス姉妹を見送った帰り、彼女に会ったときは少し混乱したものだ。

 

「ビル・ウィーズリーの婚約者だそうですよ」

「あのウィーズリーの親戚か?」

「兄弟だそうです。一番上の兄で、あの夜、騎士団の一員として戦い、グレイバックに噛みつかれたらしいです」

「それって……大丈夫なのか?」

 

 セオドールが少し不安そうな顔をしている。

 グレイバックと言えば、狼人間だ。狼人間に噛みつかれた者の待つ運命は、死か同類に成り果てるかだ。

 

「満月が出ていなかったので、大丈夫だったらしいですよ。変わったことと言えば、ステーキのレアを食べたがることくらいだそうです」

 

 セレネがフラーに尋ねたときも、彼女は嬉しそうに「イギリース人、お肉焼きー過ぎます。フランスでは、あそーこまで焼きまーせーん!」と語ってくれた。

 

「後遺症がそれだけすんで、本当に良かったな」

「まったくですよ。だから、つつがなく、今年の夏に結婚式を行うんですって。それで……」 

 

 セレネはここで一度、言葉を切った。言おうか言うまいか悩んだが、首を横に振って覚悟を決める。

 

「代表選手仲間として、私に来てほしいと」

「いいじゃないか。行って来いよ」

「……同伴者を1人までなら誘っても良いということでしてね。ええ、もちろん、死喰い人やそれに付随する人を除く、という前提はありますけど」

 

 結婚式に親族や友人だけでなく、その友人や親族まで誘っても良いとは随分と開放的なパーティだ。フラー曰く、ウィーズリー側から反対されたらしいが、「死喰い人を誘う人なんて、いるはずありーませーん! もし、そのような不届き者がいても、私やハズバンドが倒しまーす!」とのことである。

 確かに、ウィーズリーの結婚式となれば、不死鳥の騎士団のメンバーや凄腕の魔法使いが参加しそうだ。いくら死喰い人でも、二の足を踏むことだろう。

 

「私は、貴方を誘おうと思っているんですけど……」

 

 セレネはちらりと背の高い男を横目で見た。

 彼はぽかんと呆けたように口を開けていた。セレネは立ち止まると腕を後ろで組み、少し睨みつけるように見上げる。

 

「来ますか?」

「行く!」

 

 彼は、はにかみながら即答した。耳まで紅潮させながら、恥ずかしそうに笑っている。その姿を見て、セレネも口元を綻ばせた。

 

「では、それまでに安全のため、飛行呪文と縄抜け呪文、それから盾の呪文の強化版も習得してくださいね」

「おい、呪文増えてるぞ?」

「気のせいです」

「気のせいじゃない」

 

 セオドールが不満そうに言ったが、口元が笑っている。

 不満なのは口だけで、実際のところは違うらしい。セレネはどこか嬉しい気持ちで見ながら、城に向かって歩き出した。

 

 

 

 ハグリッドの吠えるような哀切の声が、まだ遠くから聞こえる。

 

 

 ダンブルドアは死んだ。

 そのせいで、きっとヴォルデモートの行動は活性化するだろう。

 自分のやるべきことは山ほどあるし、ますます残りの分霊箱を探さなければならない危機感が募っていく。

 自分たちの身の安全を確保するためにも、分霊箱を全て破壊し、ヴォルデモートを破滅させなければならない。

 

 

 辛いこともある。

 義父の容体も気になるし、考えると胸が詰まりそうになるほど苦しい。いまだ、世界が灰色なのだと感じるときもある。

 

 だけど、それを忘れるときもあってもいいのかもしれない。

 少なくとも、今年の夏に楽しみができた。

 

 

 いまは、それだけで十分である。

 セレネは少しだけ、心が浮き立つのを感じた。

 

 

 

 

 

 




「謎のプリンス」編、これにて終了です。
 ……肝心の「プリンス」は絡んできませんでしたが、これにて終了です。

 今話は、セレネの初恋、ノットの初恋、ハリーの初恋の行方とジニーの初恋、そして、ダンブルドアは初恋の相手に見送られる……と、初恋だらけの回でした。
 作者としては、ちょっとやり過ぎた感があります。

 ひとまず、今章における原作との大きな相違点を上げます。


〇シリウス・ブラックの復活
 シリウスが戦線に復帰しました。片腕がなく、時間制限付きですが、そのあたりは次章で明かします。

〇ナギニ死亡
 ヴォルデモート最愛の蛇であり、ファンタビに登場していたマレディクタス。
 予定より早く死亡しました。ネビルの出番が減ってしまいますが、どこかで埋め合わせをしたいと思います。

〇リータ・スキーターの死亡
 予想以上に反響のあった人。
 ダンブルドアの伝記は「スキーターの遺作」として発売される模様。なお、その印税の振込先は……

〇ロケットの破壊
 ハリーより先に破壊しました。そのとばっちりがダンブルドアたちに……
 なお、これによりクリーチャーの好感度が変化しています。

〇ベラトリックスの石化
 肺も潰されているので、かなり弱体化。
 きっと石化から戻っても、まともに戦えないでしょう。ちなみに、既に出産しているので、ご安心を(何がだ
 
〇ヴォルデモートの怒り
 ナギニを殺されただけでなく、ベラトリックスを二回も倒され、手勢が一気に減ったヴォルデモート。ただいま、かなりお怒り中。その怒りが彼にどんな影響を及ぼすのかは、こうご期待ください。



 今章にまつわる詳しい話は、活動報告を更新しましたので、気になる方は目を通してくださると嬉しいです。
 以下、活動報告のURLです。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=212715&uid=57094


 次回からは「死の秘宝」編が開始されます。
 正直、上手くまとめられるか不安ですが、最後までセレネの進む道を楽しみながら描いていくつもりですので、今後とも応援よろしくお願いします。




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