最後までお楽しみください。
83話 闇の魔法使い、動く
7月某日。
マルフォイ家の洒落た邸宅に、続々と集まる人影があった。
ドラコ・マルフォイの誕生日パーティーではない。ある種の闇の会合である。
訪問者が玄関に近づくと、自動的に扉が内側から開いた。
灯りを絞った広い玄関ホールは贅沢に飾り立てられ、豪華なカーペットが石の床をほぼ全面にわたって覆っている。そのホールに続く部屋のがっしりとした木の扉を潜り抜けると、美しい客間が広がっていた。
ところが、客間に置かれている豪華な家具は無造作に壁際に押しやられている。代わりに、細やかな装飾を凝らした長いテーブルが中央に置かれ、黙りこくった人々で埋められていた。
それだけなら、まだ普通の会談に見えたが、テーブルの中央に浮かんでいる女性がいた。どうやら気を失っているらしく、見えないロープで吊り下げられているかのように、ゆっくりと回転する。その姿が暖炉の上の鏡と磨き抜かれたテーブルに映っていた。
「さて……始めるとしよう」
テーブルの一番奥に鎮座する男――ヴォルデモートは、全員揃ったことを確認すると口を開いた。赤い目が部屋の扉の周辺からこの場に集った全員を見渡すと、スネイプに視線を向けた。
「セブルス?」
「我が君、不死鳥の騎士団は来る土曜日の日暮れ、ハリー・ポッターを現在の安全な場所から移動させる計画だそうです」
ヴォルデモートの右隣に腰を下ろしている人物、セブルス・スネイプは淡々と話した。ポッターの名前が出た途端、テーブルの周辺がにわかに色めき立った。こそこそと隣同士で話しながら、全員の視線がヴォルデモートとスネイプに向けられている。
「我が君、私の得た情報と違います!」
しかし、それに異を唱える者もいた。
「ヤックスリーか。言ってみろ」
「はい、我が君。闇払いのドーリッシュの話が漏らした話によると、ポッターは誕生日……すなわち、7月の末まで移動しないと――……」
「偽の情報ですな」
スネイプが素早く言った。
「不死鳥の騎士団は魔法省を信じていない」
ヤックスリーはスネイプの言葉に苛立ちを覚えたらしいが、ヴォルデモートの笑っている顔を見て黙り込む。
「どうかね、パイアス。お前の見解は?」
ヴォルデモートは神経質そうな男に話を振った。パイアス・シックネスは強張った表情でヴォルデモートを見つめると、固い声で話し始める。
「様々な情報がありますので、真偽の判断が難しいです」
「実に魔法省の政治家らしい答弁だ。お前が我が陣営に参加してくれたおかげで、魔法省を堕とすのが早まりそうだ」
「光栄至極にございます」
「……さて、土曜日の日暮れ、ポッターが移動するのは間違いなさそうだな」
ヴォルデモートはにたりと笑った。
「我が君、ポッターを殺すのは私に任せてください」
テーブルの中程にいた女性が身を乗り出すと、感極まったような声を上げた。
「私めが役に立ってご覧に入れましょう。小僧を葬り、首を貴方様に捧げます」
「そうかそうか、ベラトリックスよ」
ヴォルデモートは気分よさげに笑うと、ベラトリックスを吟味するようにわずかに首を傾けた。
「お前の口からそのような言葉が聞けるとは、殊勝なことだ」
ヴォルデモートが言うと、ベラトリックスは嬉しそうに頬を赤らめ、喜びに目を潤ませた。
「ホムンクルスの小娘に二回も破れるような愚か者に、これ以上の責務を任せるのは重かろう」
一座から嘲笑が湧き起こった。ベラトリックスの上気していた顔は、すぐさま赤い斑点が浮き上がった醜い顔へと変わっていた。
「あれは小娘の運が良かっただけのこと!」
ベラトリックスはぽっかり空いた右胸を強く押さえながら叫んだ。
「小娘もポッターも、必ずや私が――……」
「殺されては困るのだ、ベラトリックスよ」
ヴォルデモートの声は静かだったが、嘲笑や野次の声を突き抜けてはっきりと通った。笑い声は止み、しんと静まり返った。
「小娘には、利用価値ができた。そうだな、トラバース?」
トラバースは、何故呼ばれたのか分からず、非常に困惑した顔をしていた。
「怯えることはない。お前がわざわざ日本まで出向き、調査してきた結果、あれの利用価値に気付いたまでのこと。
俺様は、愛するナギニの命を奪った小娘に、ふさわしい天罰を下さなければならない」
ヴォルデモートの声は依然として静かだったが、言葉が終わりに近づくにつれ、赤い双眸が燃えるようにちらちら光っていた。
「あれが最も嫌がる罰を与えてやる。だから、殺すな。生け捕りにしろ。ポッターも同じだ。あれは、俺様の獲物だ。誰も殺してはならん。
しかしだ、俺様の杖では小僧を殺すことができない」
ヴォルデモートが言うと、部下たちの顔色に緊張の色が芽生えた。
「悔しいことに、俺様の杖とポッターの杖は兄弟杖の関係らしい。つまり、誰かの杖を借りねばならん」
途端、全員が衝撃を受けた顔になった。まるで、腕を一本差し出せと宣言されたかのようだった。
「さあ、進んで差し出す者は?」
ヴォルデモートは立ち上がると、ひたひたと歩き始める。
「お前はどうだ、ルシウス?」
ヴォルデモートは、ルシウス・マルフォイの後ろで止まった。
「もう杖を持っている必要はなかろう?」
ルシウスが顔を上げた。暖炉の灯りに照らし出された顔は、皮膚が黄ばんで蝋のように血の気がなかった。
「ルシウス、お前の杖だ」
「私は……」
ルシウスはしわがれ声で答えると、横目で妻を見た。夫と同じく青白い顔をした妻は、長いブロンドの髪を背中に流し、まっすぐ前を見つめたままだったが、テーブルの下では夫の手首を握りしめていた。その隣に座る息子、ドラコ・マルフォイは不安そうな顔をしながら、青い瞳を父親に向けている。
「我が君……」
ルシウスは杖を引き抜くと、ヴォルデモートに手渡した。ヴォルデモートはそれを目の前にかざし、赤い目が丹念に杖を調べた。
「ものと芯はなんだ、ルシウス?」
「我が君、楡です。芯はドラゴンの……ドラゴンの心臓の琴線です」
「ふむ……使い勝手のよさそうな杖だ」
ヴォルデモートは杖を軽く指で回すと、ルシウスの後ろを去った。そのまま自分の席に戻ったが、席にはつかない。
「せっかくだ。この杖の使い心地を調べるとしよう」
再び部下たちの顔に緊張が奔る。ベラトリックス・レストレンジさえ、顔が強張っていた。
ヴォルデモートの杖の使い心地の調べ方など、ろくなものではない。おそらく、痛みを伴う何かだろう。ドラコに至っては、目立たないように身体を縮ませていた。
「『レベリオ‐正体を現せ』!」
ルシウス・マルフォイの杖から閃光が迸った。閃光は死喰い人たちの席を超え、客間の扉まで貫こうとした。しかし、その閃光は入り口の扉に当たる直前で四散する。
「……さすがだな、ヴォルデモート」
盾の呪文で防いだが、すでに分かっているのであれば、姿を隠す必要はないだろう。
どうせ、目くらましを解いても本来の自分の姿ではない。訪問者はそう判断すると、自ら「目くらまし」の呪文を解いた。
「いつから気づいていた?」
瞬間、死喰い人たちがどよめいた。ある者は唖然とし、ある者は立ち上がり杖を取った。だが、それらをヴォルデモートが手で制する。
「お前が客間に入って来た時からだ、侵入者よ」
「なるほど。一瞬視線を感じたが、気のせいではなかったということか」
招かれざる訪問者、すなわち、グリンデルバルドは、納得したように頷いた。
「お前は何者だ?」
「パーシバル・グレイブスとでも名乗っておこうか。いや、マーチン・ヒューイットの方が聞き覚えがあるかな?」
グリンデルバルドは静かに答えた。
無論、本来の名前を口にするつもりはない。
「そうか、あの小僧の正体か」
どうやら、ヴォルデモートはパーシバル・グレイブスが本名だと思い込んだようだ。
無理もない。パーシバル・グレイブスがアメリカ合衆国魔法議会の闇払いだったのは、いまから70年以上昔の話だ。ヴォルデモートが赤子の頃に活躍していた異国の魔法使いなど知る由もない。
「会合をやると風の噂で聞いてね、どのようなものかと見に来たわけだが……少々趣味が悪いようだ」
グリンデルバルドは一瞬、頭上に浮く女性に目を向ける。
「マグル学の教授だとお見受けしたが?」
「いかにも」
グリンデルバルドはヴォルデモートに再び視線を戻した。
「先週の新聞が気に食わなかったのかね?」
「お前はどうなんだ? 気に入ったのか、気に入らなかったのか?」
「『マグルやマグル生まれは魔法族とたいして違わない。もっと受け入れるべきだ』」
グリンデルバルドは一週間前に載った記事をそらんじてみせた。
「今の私からしたら、どうでも良いことだ」
それは、事実だった。
以前の自身なら、嫌悪した記事だっただろう。マグルの恐ろしさやマグルの汚さを知らない愚かな魔女の妄言だと、一蹴していたこと間違いなしである。
だがしかし、今はどうでも良い。第二の人生を歩む身には、マグルやマグル生まれも関係ないことだった。
「なら、貴様は我々の知識や魔法を盗む奴らを受け入れろと?」
ヴォルデモートの声には、まぎれもなく怒りと軽蔑が込められていた。
「我々全員をマグルと交わらせることに賛成すると?」
「拡大解釈だな。もっとも、その気持ちこそ理解はする。私も若かりし頃、お前と似た思いを抱いていた」
「理解してなお、俺様達と敵対すると? 貴様、もしや騎士団の一員か?」
「まさか!」
グリンデルバルドは笑ってみせた。ヴォルデモートの怒りの視線を受けてもなお、余裕たっぷりに笑って返してみせる。
「ダンブルドアを奉ずる一団とは縁がない。私が来た理由は、そこの魔女を回収しに来ただけだ」
グリンデルバルドの口は真実を紡いだ。
自分の主たる少女が新聞を読み、「チャリティ・バーベッジ先生が辞職するなんて変だ。随分と世話になったから、彼女の様子を確かめて欲しい」と命を受けての行動である。それ以上の行動を起こすつもりはない。
とはいえ一応、使役される身だ。
彼女の進む道の露払い程度はするつもりであった。
「彼女を渡してほしいのだが、どうかね?」
「ただで渡すと?」
「それが一番いい。なにしろ、お前では私を殺せない」
ヴォルデモートの眉間に筋が立つのが見えた。
周囲の死喰い人に緊張の色が奔る。死喰い人たちは杖こそ握りしめているが、おそらく感づいているのだろう。たかが死喰い人風情とグリンデルバルドでは格の違いがあり過ぎ、まったく勝ち目がないことに。
「俺様が、お前を殺せないと? お前が俺様を殺せないではなく?」
「ふむ……訂正しよう。私程度の実力では、お前を殺すことはできない。しかし、今のお前では私を倒せない。ああ、お前が理解していないことが、なんと多いことか――……」
グリンデルバルドが言い終える前に、ルシウス・マルフォイの杖が緑色の閃光を放った。案の定の展開である。グリンデルバルドは、すぐさまパイアス・シックネスの後ろに隠れた。シックネスはどうしたらいいのか分からず、椅子に張り付けられたように座ったまま動けない。
「……確かに、今は殺せないな」
ヴォルデモートが忌々しく呟く。
ここには、死喰い人が集まり過ぎている。下手に死の光線を放ち、自分の配下に当てるわけにはいかない。その程度の理性は残っているらしい。
「逃げられないぞ、この場所には『姿くらまし禁止呪文』がかけられているからな。
……生け捕りにしろ。俺様自らが尋問する。やれ!」
ヴォルデモートが鋭く叫ぶと、死喰い人たちは我に返ったようだった。すぐさま立ち上がり、杖を引き抜いた。グリンデルバルドはシックネスを蹴るように立ち上がると、テーブルの上に飛び乗った。全方位から同時に赤い閃光が飛び交っている。巻き起こる呪文の嵐、その中心をグリンデルバルドは悠々と歩いた。杖を指揮棒のように振り、盾の呪文で防いだり、逆に失神呪文で弾き返していく。
「貴様は――!?」
ヴォルデモートの眼の奥に、戸惑いの色が確認できる。
前後左右から時間差ではなく、ほぼ同時に失神呪文が放たれているというのに、焦りの表情はもちろん、傷一つ付けることができない。おそらく、ヴォルデモートの記憶において、このような戦いができる人物が一人しか該当しないから驚愕しているのだろう。
「私はダンブルドアではないぞ? アルバス・ダンブルドアは死んだ。セブルス・スネイプの手によってな」
グリンデルバルドは、にたりと口角を上げた。そして、狙いを定める。
「『エクスペリアームズ‐武器よ去れ』」
おっかなびっくり杖を構えていた青年、ドラコ・マルフォイの杖を取り上げる。ついでに、カモフラージュのために目についた死喰い人たちの杖も取り上げておいた。
これで、今回の裏の目的を達成した。
「さて、私は帰るとしよう」
グリンデルバルドは頭上に浮いていた女性を引き寄せ、そっと抱きかかえる。
「さらばだ、小僧」
グリンデルバルドは吐き捨てるように呟くと、女性を抱えて回転した。『姿くらまし』である。消える直前、ヴォルデモートの激昂が聞こえてきたが、もう関係ないことだった。
『……と、このようにチャリティ・バーベッジ教授を保護した。フロイライン、君の命令通りに』
鏡の向こうの男は、傷一つない顔で微笑みかけてくる。
セレネはベッドに腰を下ろし『両面鏡』を睨みつけながら、いろいろツッコミたい気持ちで溢れていた。だが、いきなりマシンガンのように質問を連射するわけにもいかない。セレネは数度深呼吸をすると、頭の中で疑問を精選した。
「ありがとうございます。ですが、なぜ『姿くらまし』ができたのですか? 『姿くらまし禁止呪文』がかけられていたのでは?」
『呪文が解かれていたのさ』
彼は当たり前のように言葉を返してくる。
『私がこの2年間、何もしてこなかったとでも? 私の活動に横やりを入れてきた死喰い人たちに、なにもしてこなかったと?』
「……いたんですか、横やりを入れてきた死喰い人?」
『もちろん。中には、私から探し求めた者もいた。そのような死喰い人たちと楽しい話し合いをしたあと、ヴォルデモートから私の配下に鞍替えしてもらっただけだ』
「鞍替えって……つまり、貴方の配下になった死喰い人が、こっそり『禁止呪文』を解除していたと?」
セレネが聞くと、グリンデルバルドは頷いた。セレネは疲れたように肩を落とした。本当にこの男のやることは、自分の理解の範疇を超えている。セレネは、この男の使い道に十分以上に注意する必要があると再確認した。
「まあ、バーベッジ先生が無事ならそれで構わないです。先生の体調の方は大丈夫ですか?」
『ショックを受けているが、命に別状はない。ただ、襲われた理由が理由だ。現状、ホグワーツの教師として復帰はできないだろうよ』
「そうですか」
セレネは少し目を伏せる。
バーベッジ先生はセレネが最底辺まで落ち込んでいた時、義父に関するマグルの法手続きを一緒にしてもらったことがある。セレネのことを優しく慰めながら、ほとんど手続きを代わってくれていた。おかげで、義父は仕事を辞職ではなく、病気休養中ということにして貰えたのだ。あの時は世界が灰色で何も感じなかったが、今になって思えば感謝の念が尽きない。
その感謝を返せていないのに、いきなりの辞職には驚いた。絶対に後ろにヴォルデモートがいると睨み、グリンデルバルドに奪還を頼んだのである。寿退職や一身上の都合なら良いと思ったが、悪い予想が当たってしまい、やや寂しい気持ちもした。
「しばらく、先生を預かっていてもらえませんか? ですが――……」
『安心したまえ、彼女を邪険に扱う真似はしないと約束しよう』
「余計なことも吹き込まないでくださいね」
『心外だな。私がそのような大人に見えるか?』
セレネは大きく頷いた。
余計なことを吹き込み、事態を掻きまわしそうな大人である。だいたい、自分の知らない間に、マンダンガス・フレッチャーのような小悪党や死喰い人と繋がっていた時点で、勝手に暗躍する気に満ち溢れているように見えた。
「しかも、死喰い人たちの杖を奪ったなんて……その杖、どうするつもりですか?」
『欲しいなら上げよう。私には無用だ』
「結構です。杖は間に合っています」
『ふむ、君は私を過小評価し過ぎだ。なにせ、現在、私はこの世界で一番強い魔法使いなのだ』
「それはそうかもしれませんね。あなたのライバルは亡くなりましたから」
グリンデルバルドの好敵手であり親友が、スネイプに殺されたのは記憶に新しい。
ダンブルドアの人の良さが裏目に出た死に方だった。あのような間の抜けた死に方だけはしないように、自分も身を引き締めなければならない。
『ところで、君は「ニワトコの杖」に興味はないのかね?』
「ニワトコの杖?」
セレネは聞き返した。
どこかで聞いたことのある名称の気がする。だが、なかなか思い出すことができない。まるで、喉に魚の骨が刺さっているような不快感である。セレネが悩んでいると、グリンデルバルドが助け舟を出すように口を開いた。
『「三兄弟の物語」を知っているか? それに出てくる最強の杖だ』
「……三兄弟の物語……たしか、ペベレルの物語、でしたっけ?」
ゴーントの指輪に刻まれていた家紋を思い出す。
あの家紋を見たとき、カロー姉妹が教えてくれたのだ。一応、その後、気になって「三兄弟の物語」に目を通してみたが、ごく普通の御伽噺だった。むしろ、強欲は身を滅ぼす教訓話のように感じたものだ。
「御伽噺ですよね?」
『いいや、きわめて実話に近いだろう。ニワトコの杖とは、あの物語に出てきたアンチオク・ペベレルの創り出した「最強の杖」だ。君は魔法史で極悪人エグバードや悪人エメリックの話は習っただろう? その決闘で賭けられていた最強の杖こそ、ニワトコの杖だ』
「……確かに、習いました。だいたい闇の魔法使いが持つ杖で、持ち主が杖の自慢をしているうちに倒されて、闇へと消えていく杖……まあ、杖の力はそれを使う魔法使いの力次第ですから、自分の杖が他のより強いと自慢したがる人がいただけだと思っていましたが……」
セレネは疑わしそうにグリンデルバルドを見つめた。
この男は、本当にあるとは思えない杖を実在すると信じているらしい。
「たとえ、その杖が実在してもいりません。私、この杖で満足していますので」
沙羅の木から創られた杖は、いつも期待通りかそれ以上の働きを見せてくれている。
セレネがきっぱり断ると、グリンデルバルドは面白そうに目を細めた。どことなく嬉しそうに微笑んでいる。正直、この男が嬉しそうにしているのを見ると、無性に嫌な予感がしてくるのだ。
「……なんでしょう?」
『なに、君の顔色が良くなったと思ってね。一時期よりだいぶマシだ。義父を失った苦痛を乗り越えたのかね? それとも、恋人からキスをしてもらったのか?』
「されていません! 用件がないなら、これで失礼します!」
セレネは一方的に両面鏡の通信を切った。
苛立ちに任せるように切ったが、その直後、自分の発言を後悔する。「されていない」では、まるでそのような間柄の友人がいると宣言しているものではないか。
セレネは膝に顔をうずめ、頬から熱が引いていくのを待った。
「……私は大丈夫。問題ない」
最後、自分に活を入れるように頬を叩いた。
時計を見ると、午後の三時を差していた。セレネは自分のティーセット――もちろん、尋問・拷問用ではなく、趣味で紅茶を飲む用の――を取り出すと、自分に与えられた部屋を出る。
セレネは今現在、義父と過ごした家にはいない。
マクゴナガル先生の家に居候していた。なにしろ、自宅がヴォルデモートに知られてしまっている。そこに帰っている間に、命を狙われてもおかしくはない。安全を期すため、ホグズミード村に住むマクゴナガル先生が身元を引き受けてくれたのである。
もっとも、ホグワーツに在籍している間、という枕詞はつくが。
居候の身なので、マクゴナガル先生の好意に甘えて、ぐーたら過ごすわけにはいかない。
食事の準備や片付け、洗濯の手伝いなどを率先して行っていた。杖を振れば簡単にできてしまう行いなので、あまり役に立てているか分からないが、何もしないよりはマシである。
それに、マクゴナガル先生は、ホグワーツ関係の仕事で副校長兼校長代理だ。生徒たちがいなくても、仕事が忙しく、留守を守ったり彼女の手の回らない家事を行うのは、セレネの仕事になっていた。
「……よし、できた」
セレネは紅茶を淹れ終わると、マクゴナガル先生の部屋の扉を叩いた。
「先生、お茶が入りました」
「もうそのような時間ですか? ありがとう」
マクゴナガル先生は少し驚いたような声を上げると、なにかを書く音が止まった。それからややあって、マクゴナガル先生が出てくる。いつもの深緑色のローブにフチなしの眼鏡をかけている。
2人してリビングに降りると、ちょうど茶葉が開き、良い頃合いになっていた。
先生の家のリビングは、ゆったりとした作りになっている。タータンチェック柄のクロスがかけれたソファーにオーク製のテーブル。壁には一面の本棚が広がり、変身術から呪文学、魔法薬学まで多種多様な本が勢ぞろいしていた。これだけの本があるのに、占い学関係の本がまったく見当たらないのは、きっと彼女がオカルト話を信じていないからに違いない。
「良い香りですね」
「ありがとうございます。マグルの店で買った茶葉がお気に召すかどうか不安でしたので、良かったです」
「マグルも魔法族も関係ありませんよ。そうですね、せっかくですから菓子も用意しましょうか」
マクゴナガル先生が杖を振ると、棚からクッキーの缶が出てきた。赤や黄色のジャムやアーモンド、チョコレートなどが薄橙の生地に上品に乗せられており、可愛らしいロシアケーキだった。
「ところで、あなたは卒業後の進路をどのように考えているのですか?」
マクゴナガル先生は紅茶を嗜みながら尋ねてくる。
「教師に憧れていた時期はありました」
セレネはクッキーをつまみながら、正直に答えることにした。
教職は確かに憧れる。義父の職業だったこともあるが、ノーマンたちに魔法を教えるのは楽しかったし、彼らが上達していく様子を見るのも嬉しかった。
だが、当時志望した一番は、「義父の傍を離れなくてすむ」という裏の理由があったからだ。正直、以前ほどの魅力は感じない。
「今は魔法について研究をしてみたいです。そうなると、神秘部に就職するのが一番かもしれませんが、魔法省に就職するのは気が進まないので……正直、迷っています」
神秘部は魔法省の一部署だ。
魔法省にヴォルデモートの力が根を張り始めている現状、そこに就職するのは得策ではない気がした。
「おや、研究職について寮監から聞いていないのですか?」
マクゴナガル先生は少し意外そうな顔をする。
「神秘部に直接就職することはできません。就職するためには、カレッジに進み、専門性を高める必要があります」
「カレッジ……って、イギリスに魔法族の通える大学があるのですか!?」
セレネは目を丸くした。そのような情報、誰からも聞いたことがない。イギリスにある学校はホグワーツだけだと思い込んでいただけに、マクゴナガル先生の話は衝撃的だった。だが、マクゴナガル先生も驚いていた。セレネが大学の話を知らなかったとは考えていなかったらしい。先生は驚きのあまり立ち上がりかけていた。
「こほん、あなたは『ヨーロッパにおける魔法教育の一考察』を読んでいませんね?」
マクゴナガル先生は椅子に座り直すと、杖を軽く振った。無言で、呼び寄せ呪文を唱えたのだろう。本棚が開き、中から黒い装丁の本が飛び出してきた。本はセレネの前で止まると、読んで欲しそうに膝の上に落ちる。セレネはイギリスの欄を調べ、すぐに広げてみる。大きく「ホグワーツ魔法魔術学校」の紹介がされたあと、その横にもう一つの学校の名前が記されていた。
「時計塔?」
「ホグワーツで優れた成績を収めた者の中で、さらに魔法の研究を専門的に深めたい者が進学する教育機関です。ロンドンの大英博物館の地下にあります。神秘部は、そこを卒業した者だけを採用するのです」
マクゴナガル先生の説明を聞いて、確かに思い当たる節があった。
5年生の時、魔法省庁のパンフレットを眺めたことはあったが、神秘部だけ見当たらなかった。あのときは、空きがないのだと判断していたが、どうやら違ったらしい。
「ですが……まあ、知らなくても仕方ないかもしれませんね」
マクゴナガル先生は眼鏡のツルを押し上げる。
「カレッジは閉鎖的ですから。魔法史にもほとんど出てきません。
イギリスの魔法族の中には、カレッジに入学するまで家庭学習を行い、入学後は家族に代々受け継がれている魔法理論の研究を重ね、残りの人生を時計塔の研究室で過ごす者も多くいます。
ただ、研究のすべてが秘匿されているわけではなく、『変身現代』のような機関誌に、カレッジで研究された理論が発表されることも少なくありません」
セレネからしてみれば、目からウロコの情報だった。
今までいくつかの論文を読んできたが、気にしていたのは著者名だけで、所属機関は「神秘部だろう」とスルーしてきていた。もしかしたら、時計塔発の論文があったかもしれない。
「もちろん、神秘部に就職しない者もいます。スプラウト先生は時計塔の植物科を卒業後、ホグワーツの薬草学の教授になりました」
「なるほど……」
つまり、魔法省の神秘部とは国立の研究機関。
時計塔とは、ケンブリッジやオックスフォードのような大学機関。
時計塔卒業後は、そのまま大学に残って研究者の道に進んでもいいし、神秘部に就職してイギリス魔法族のための研究に専念しても良い。
マグル社会に置き換えてみると、思ったよりわかりやすい進路であった。
「もっとも、カレッジの入学金は高いです。ホグワーツの倍以上あります。ただ、貴方がこのままの成績を維持できれば、特待生として奨学金が出るかもしれません」
「奨学金ですか」
セレネの心は動き始めていた。
卒業後の進路が少し明白になり始めている。セレネは、時計塔ではどのような専門性を高めることができるのか、もっとよく知りたかった。
ところが、その話はそのまま流れてしまう。
なぜなら、セレネが質問する直前、玄関の呼び鈴が鳴ったからだ。マクゴナガル先生が立ち上がりかけたが、セレネが先に立ち上がり、玄関の様子を確かめに行く。右手で杖を握りしめ、左手で玄関の取っ手を回した。
「どちらさまで――……」
「俺だ! マンダンガスだ!! 嬢ちゃん、助けてくれ!!」
玄関に転がり込んできたのは、髪の汚らしい小男だった。首から金のネックレスを下げ、薄汚れたジャケットを羽織っている。死喰い人ではなくて安心したが、あまり好ましい人物ではない。
「マンダンガス・フレッチャーですか。助けてくれとは?」
「俺を殺そうとしている奴がいるんだ!」
「誰ですか?」
セレネは周囲に警戒するが、死喰い人が隠れている気配はなかった。
「ムーディに殺されるんだ!!」
「なにか悪さをやらかしたんですね。諦めて殺されなさい」
ヴォルデモートならともかく、ムーディは騎士団のメンバーだ。マンダンガスが合法的な行動をしている限りは殺されない。逆に、彼に殺される事態になっているということは、とんでもない失態をやらかしたことに他ならない。
ムーディとやり合いたくないし、マンダンガス絡みの面倒そうなことに巻き込まれたくなかった。
「酷いこと言わずに、助けてくれよぉ」
「いったい何の騒ぎです?」
玄関の騒ぎを聞きつけたのだろう。
マクゴナガル先生が不安そうな顔で現れた――が、マンダンガスを見ると、一変して不快な物でも見るような表情に変わる。
「ミネルバ、あんたなら分かってくれるはずだ。助けてくれ、ムーディの旦那に殺されそうなんだ!」
「アラスターは余計な殺人をしません。あなたが問題を起こしたのでしょう」
「やらかしてねぇよぉ! 頼む、ミネルバと嬢ちゃん。助けてくれ!」
「……どうします、先生?」
セレネはマクゴナガルに視線を戻す。マクゴナガルは厳しい眼差しで小悪党を見ていたが、これ以上、軒先で騒がれるのが嫌だったのだろう。観念したように肩を落とした。
「とりあえず、上がりなさい。詳しい話はそこで聞きます」
「愛してるぜ、ミネルバ!」
「そうだな、上がらせてもらおう」
ぱんっと銃が破裂するような音と共に、マンダンガスの後ろに巨体の男が姿を現した。青い「魔法の眼」が奇妙に回転している男は、アラスター・ムーディ。たったいま、話題に出ていた人物である。マンダンガスはムーディを見るや否や跳び上がり、セレネの後ろに隠れた。
「嬢ちゃん、この男だ。この男が、俺に死ねって言ってくるんだ」
「誰も死ねとは言っとらん。すまんな、ミネルバ。だが、あんたに話して貰えれば、こやつも踏ん切りがつくかもしれん」
アラスター・ムーディはそう言うと、杖を突きながらリビングへ入っていった。マンダンガスは、よほどムーディが怖いのだろう。リビングに向かうときも、セレネの後ろに隠れたままだった。
「それで、なにがあったのです?」
セレネが新しく人数分の茶を淹れ終わると、ミネルバ・マクゴナガルは口火を切った。
最初、ムーディはセレネがいることに渋い顔をしていたのだが、マクゴナガル先生が「この子は、『あの人』に幾度となく殺されかけているのですよ。騎士団の情報を漏らすことはありえません」と言ってくれたおかげで、同席することを許可された。
「そうだな」
ムーディの眼は周囲を調べるように回転し、やがて、異常なしと判断したのだろう。うむ、と頷いてから話し始めた。
「例のポッター作戦についてだ」
「概要は聞いています。今月末に決行されるとか」
「ミネルバ、それは欺瞞情報だ。本当は今週の土曜日に決行される」
ムーディは声を潜めるように言いながらも、欠けた歯を見せながら笑っていた。マクゴナガルは少し驚いたように目を開いたが、すぐに元の表情に戻ると口を開いた。
「なるほど。それは分かりました。つまり、ダンクに護衛任務に就けと命じたのですね」
「護衛ならまだマシだよぉ!」
マンダンガスは唸った。
「俺をポッターに変身させるっていうんだ! まだ、護衛役の方が――……」
「『例のあの人』は自分の手で、ポッターを始末したがっている。護衛の方こそ、むしろ心配すべきなのだ」
ムーディが言ったが、マンダンガスは納得したように見えなかった。そもそも、作戦に参加すること自体が不満らしく、全身で「行きたくない」と訴えているように見える。マクゴナガル先生は呆れたように息を吐いた。
「なぜ、この男を作戦に参加させることになったのです?」
「計画の発案者なのだ」
ムーディはそう言いながら携帯用酒瓶を取り出し、グイッと飲み干した。偽ムーディの時はぶるりと顔が震えていたが、本物なのでそのようなことはない。普通に一口飲むと、平然とした顔で酒瓶をしまった。
「ポッターの姿をしたものが8人、別々のポイントまで飛ぶ。ポッター1人につき、護衛は1人だ」
「なんとまあ、この男が考えそうな作戦ですこと」
「この作戦を提案したのは、ああ、俺さ! だけどよぅ、発案者が作戦に参加しなくてもいいだろう?」
「発案者だからだ。敵に狙われた時、漏らさぬよう、わしが見張る必要がある」
「でもよ、こんなところで命を張りたくねぇよ」
マンダンガスは喚きながら、マクゴナガル先生を見た。マクゴナガル先生は彼を見て一言
「腹をくくりなさい」
とだけ告げた。マンダンガスは次にセレネを見上げた。血走って垂れ下がった目が、セレネの身体を突き刺している。
「嬢ちゃん、こいつに言ってくれよう。俺が死喰い人と戦えるように見えるか? 勝てると思うか?」
セレネは瞼を閉じた。
先ほど、グリンデルバルドがもたらした知らせを想起する。
確か、スネイプが「ポッターは今週の土曜日に移動する」と主人に教えていたらしい。8人のポッターが飛ぶことはバレていないが、移動すること自体は露見している。おそらく、ヴォルデモートも夜空で待機しているに違いない。
さて、そこに8人のポッターが現れた。
ヴォルデモートは、どのポッターを襲うのか。適当に目についたポッターを追うか、否、それは違う。
本物のハリーならば、最強の護衛がついて当然だ。数々の死線を潜り抜けた熟練の闇払い――つまり、ムーディと一緒に飛ぶポッターが本物だと考えるだろう。
想像してみよう。
肝が小さい小悪党が嫌々空を飛び始めた途端、ヴォルデモートが一直線に襲いかかってくる。
結果、気が動転して「姿くらまし」で逃げる。この時点で、陽動作戦は失敗だ。ヴォルデモートは別の闇払いに狙いを変えるだろう。
「陽動作戦は成功させたいですよね……できる限り、ムーディ先生にひきつけ、他のメンバーからは注意を逸らしたい」
「……」
「それでしたら、私が代わってもいいですよ?」
セレネが静かに目を開けると、マンダンガスの空気ががらりと変わった。途端、機嫌のよさそうな顔になり、にたにたと嬉しそうに手を握ろうとしてくる。指輪がじゃらじゃらついた手が触れる直前、セレネはぱっと躱し、小男を見下した。
「大きな貸しですよ、マンダンガス」
「ありがとう、嬢ちゃん!! さすが、嬢ちゃんだぜ!!」
「駄目だ。この小悪党を見張らなくては……!!」
「決行直前まで、先生が見張っていればよいのでは?」
セレネはムーディを正面から見つめた。
「この男が死喰い人にリークしたところでハリーたちは空の上。すぐに追跡することは困難でしょう。それに、こんな嫌々参加する男がいたら作戦自体の士気にもかかわるのでは?」
「……」
「さらにいえば、欺瞞情報があるとはいえ、蛇男のことです。念のため、死喰い人が2,3人、ポッターの家上空を飛んでいても不思議ではありません。8人のポッターが飛べば、真っ先に狙われるのは、当然、ムーディ先生です。
この肝の小さい男が、死喰い人と戦えると思います? 絶対に逃げ出しますよ。それなら、その役目を私が代わった方がマシでは?」
ムーディは反論をすぐにしてこない。一理あると考えたのだろう。だが、おそらくは騎士団ではない部外者が関わることの是非を判断しかねているのだ。表情では悩んでいるように見えなかったが、内心はかなり考え込んでいることだろう。
ムーディはセレネの実力を知っている。なにしろ、あのナギニを目の前で倒してみせたのだ。「闇払い」に向いていると言われたことは、はっきりと耳の奥に残っている。実力的に見ても、セレネの方がマンダンガスより数段上だ。
セレネは軽く笑ってみせた。
「ヴォルデモートが真っ先に狙ってこない限り、しっかり役目を果たしますのでご安心を」
現実には、真っ先に狙われること確定しているわけだが、そのことを言えるはずがない。情報源を問われても、グリンデルバルドとの繋がりを明かすわけにはいかないのだ。
もちろん、ヴォルデモートとの空中戦は怖い。あの時味わった感情は、未だ肌に刻まれている。だからこそ、対応できる。一度は経験しているのだ。ヴォルデモート初体験の騎士団員に比べれば、多少の心構えは出来ている。
いざとなれば、「直死の魔眼」や「飛行呪文」を使って応戦すればいい。その時点で、ハリーではないと露見してしまうが、ヴォルデモートのことだ。ハリー殺害の方がセレネ捕獲より優先度が高いので、きっと標的を変えてくれる、はずである。
「それとも、私が漏らすと疑っていますか? ご安心を。決行日まで、私はこの家を出ないように約束します」
外に出る用事は、概ね終わっている。
フラーの結婚式に出るための衣装を買いたいが、それは来週以降に回しても問題ない。
ムーディは黙ってセレネを見つめていたが、観念したように息を吐いた。
「では、ダンクの代わりに頼もうとしよう」
「ひゃっほう! 愛してるぜ、嬢ちゃん!!」
「では、こいつを連れていく。すまなかったな、ミネルバ」
「いいえ、ですが、アラスター。貴方も作戦は気を付けてくださいね。アルバスに次いで、貴方までも失うわけにはいきませんから」
「当然だ。行くぞ、ダンク」
ムーディは義足を引きずりながら、玄関の方へ歩き始める。
「見送ります」
セレネも立ち上がり、マンダンガスと一緒に歩き始めた。マンダンガスはよほど嬉しかったのだろう。手を揉みながら、にたにたと笑っていた。
「へへっ、ありがとうよぉ、嬢ちゃん!」
「ですが、貸しは大きいですよ。頼み事も大きくなります」
セレネは更に声を低くして、マンダンガスにだけ聞こえるように話し始める。
「たとえば、グリンゴッツのレストレンジ家の金庫から黄金のカップを盗み出してくるとか」
「……嬢ちゃん、それは無理だぜ。不可能ってもんだ」
「では妥協点で、ホグワーツ創始者に関わる品を探し出してくること。何か神秘に近い品が隠されていそうな場所を探し出してくること。もちろん、偽物は許しませんよ」
どうせ、この小悪党がグリンゴッツの最奥部に忍び込めるはずがない。
ならば、ホグワーツ創始者に関わる品を探し出した方がまだ見込みがある。本物の分霊箱は厳重に隠されているかもしれないが、ロケットのように盗掘され、市場に出回る場合もあるかもしれない。限りなく0に近い可能性だが、試してもいいだろう。
「もしくは、グリンゴッツに盗みに入る安全な方法を探してくること」
「全部難しいぜ……あ、ああ。分かった、分かったよぉ!!」
ムーディが睨んでいることに気付いたのだろう。マンダンガスは慌てながら言うと、ムーディのところへ走り出した。2人が「姿くらまし」で消えていくのを見ながら、セレネは肩を落とした。
「……はぁ、厄介ごとを背負い込んじゃった」
マンダンガスに貸しを作って働かせるのはいいが、二回目のヴォルデモートとの空中戦が確定してしまった。
けれど、前回と比べて心構えの準備はできる。魔眼の使用は制限されているが、それでも、対抗策を立てることはできるのだ。
それに、戦う場所は空と固定されている。
しかも、戦法を考える時間が7日もあるのだ。
「さてと、頑張りますか!」
セレネは大きく伸びをしながら、リビングへと戻っていった。
〇本作における時計塔の扱い
ホグワーツ卒業後の大学機関。なお、進学率は甚だしく悪い。
ハリポタ世界と型月世界をクロスオーバーさせた結果、このようになりました。
ですので、本作では「魔術師」も「魔法使い」と表現していきます。もっとも、型月世界の魔法使い(魔術師)が本筋に絡んでくることは9割ありません。ご了承ください。
〇ニワトコの杖の所有者
現在、一周回って元の主。
〇8人のポッター作戦
誤字ではありません。8人のポッターが飛びます。