追加戦士になりたくない黒騎士くん   作:クロカタ

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お待たせしました。
今回も閑話となります。

前半がアルファ視点。

後半からきらら視点となります。


閑話 きらら、激動の刻

 カツミが目覚めたことは私にとっては、これ以上になく嬉しいことであった。

 私が選んだ人。

 今後、どのようなことがあったとしてもその事実は決して覆ることのない存在が、ようやく私のことを思い出し、連れ出してくれた事実に夢うつつな気持ちになる。

 しかし、喜んでいられるわけじゃない。

 

 カツミのことが世間にバレた。

 

 ただバレるだけなら私の認識改編でなかったことにすることができる。

 だけど、ここで問題なのが……この一連の暴露があのルインとかいうカツミのストーカーが意図して起こした計画の可能性が高いことだ。

 

「アカネ達の名前は、なんとかしたけど……」

 

 カツミに関する認識改編をすれば、止めに来る可能性が高い。

 それでまたカツミの記憶を弄ばれるのは嫌だ。

 

「……あとは、私のわがままかな……」

 

 これでカツミのことを好き勝手にいうやつはいない。

 彼をバカにする人もいなくなるし、危険だっていう人も少なくなってくれる。

 なにより、彼をあんな環境に押し込めていた現実が変わってくれるというなら……彼の過去と正体がバレてしまってもいいと思ってしまった。

 

「おぉ、すごいな……これ、時計でピッとするだけでお金が払えるぞ……。どうなってんだ……」

 

 ……当のカツミは自動販売機の前ですっごいそわそわしてるけれども……!

 あの変態社長は凝り性かなんなのかは分からないけど、カツミの新しい変身アイテム“Xプロトチェンジャー”には変身以外の様々な便利機能が搭載されていた。

 その一つが、電子マネーでの決済機能である。

 

『残高は気にしなくてもいいよ! 全部、カツミのだから!!』

「お、おう? えーと、もう一度確認するけどお前、プロトスーツなんだよな?」

『うん! ずっと一緒に戦ってきたのは私!』

 

 そして私と同じくテンションを高めて自己主張が激しくなっているプロト。

 口座については、社長がカツミのために独自の口座を用意していたらしく、そこに諸々の方面から送られた報償などが振り込まれているとのこと。

 

『彼の元あった口座? 保護者としての親戚? そんなもの既にこちらから我が社のハイパームゥテェキィな弁護士を立てて、なんやかんや色々して描写すらせずに解決済みだ!! あんな環境に彼を置いておく理由なぞどこにもないからな!!』

 

 いつのまにか彼の保護者問題もすでに解決済みになっているあたり、あの社長はやり手と認めざるをえない。

 普段がへたれで残念な印象が強いけど。

 

「アルファ」

「う、うん」

 

 フードをかぶり、路地裏の壁に背を預けながらジュースを口にしたカツミが私を見る。

 

「つまりは、だ。俺はこの三年間の記憶を忘れてて、なおかつ俺の過去が世間にバレちまったということか」

「そうなんだ……」

「最初は怪人かなんかの仕業だと考えていたが……まあ、どう見ても成長してる身体と、頭の中で残ってる知らねぇ記憶……んで、強化されてるチェンジャー見たら認めるしかねぇな」

 

 軽くため息をついた彼が自身の目元に手を置く。

 

「で、白川克樹だっけか? ずっとそう名乗ってたのか?」

「ううん。それは今日までの半年だけ。カツミが忘れているのは、カツミがカツミだった時間もだよ」

「……そうか」

 

 その相槌にどんな感情が込められていたのかは分からない。

 けど、彼なりに考えているのを察していると、カツミが飲み干したジュースの缶を握りつぶす。

 

「とりあえず、アパートを見に行くか」

「行っても意味ないと思うけど……」

「確認のためだよ。こっから遠くねぇし。……もしバレたら、よろしくな?」

「……うんっ」

 

 頼られてうれしくなりながら彼についていく。

 やっぱり、カツミはいつのカツミでも変わらない。

 

 


 

 

「なあ、アルファ」

「う、うん」

 

 カツミの家の近くに到着した。

 彼にとって見慣れた街並みは三年を経て少しだけ変わっていたが、彼がかつて住んでいたアパートはさらに大きく様変わりしていた。

 正確に言うには、外観ではなく、周囲の状況が、だが。

 

「俺のオンボロアパートが事件現場みたいになってんだけど」

「さ、さすがにこれは予想外……」

 

 カツミの住んでた古びたオンボロアパートの周囲は人で溢れており、その前には警察官らしき人々が人が入れないように立っていたり、テープを張ってたりしていた。

 まるで、殺人事件でも起きた勢いで封鎖されているアパートに、さすがのカツミも頬を引きつらせる。

 

「え、えぇ、なんでこんなボロアパートで人がごったがえすわけ……? 俺、悪いことしてるのに」

「カツミのした悪いことは、全部悪いこと扱いされてないの……」

「嘘だろ……!? スーツ盗んだりしただろ!?」

「それは製作者が訴えを取り消しちゃった」

「マジかよぉ……」

 

 人ごみのなかで額を抑えながら、カツミはアパートを離れる。

 すぐ近くの暗い路地に入ると、木箱に座りながら大きなため息をつく。

 

「まったく、タイムスリップした気分だぜ……」

「まだ思い出せない?」

「……断片的には。なんか、時系列めちゃくちゃなアルバムを見せられてるみたいだから訳わからん」

 

 まだ記憶は戻りそうにない、か。

 でも、断片的に思い出しているのはいい兆候……なのかな?

 

「だが、ジャスティスクルセイダー、その名前はなぜか知っていた」

「……カツミが一時期一緒に戦ってた……仲間だよ」

「仲間か。……俺以外にもいたんだな」

 

 少し安堵した様子のカツミになんともいえない気持ちになる。

 彼は黒騎士になっていた間、ほとんどの時間を怪人の襲撃を受けていた。

 それを考えると、自分以外の“戦える戦士”がいることは喜ばしいこと……なのかもしれない。

 

「そして、これが一番訳が分からないんだが……ハクア姉さんってなんだ? なんか記憶にない姉が俺の記憶にいるんだけど」

「ウッ……そ、それは……」

「因みに、お前をアルファ姉さんと呼んだ記憶もあるんだが。どういうことか説明してくれるか?」

 

 なんっでピンポイントでその記憶を思い出すのさ!?

 一度限りの過ちじゃん!?

 一番後回しに思い出してほしい記憶が真っ先に思い出してんじゃん!!

 

「あ、そ、そそそ、それはね? 記憶喪失になった君に姉を刷り込んだ私の義妹がいてね……あと、私は君に姉と呼ばれたくてね……」

「お前ら俺の記憶喪失でやりたい放題か!?」

「出来心だったんです」

 

 それを言われたら何も言えなくなる。

 すると、一瞬顔を顰めたカツミが頭を押さえると、その表情をどんどん青ざめさせていく。

 

「な、なんだこの記憶、見知らぬ白髪の少女を姉と、家族と認めている俺がいる……!? ハクア姉さん!? 引きずり込まれて添い寝!? かっつん!? うわぁぁぁ、お、俺はなんて恥ずかしいことをぉぉ!?」

「お、落ち着いてカツミ!! げ、厳密にはその姉と呼んでいる子は生後一歳だから!!」

「余計混乱するわ!? なんだ生後一歳の姉って!?」

 

 ……なんか聞き捨てならないことを言っていた気がするけど、まずはカツミを落ちつけよう。

 記憶の混濁で混乱するカツミをなんとか落ち着けていると、大通りの方から何者かがこちらを覗き込んでいるに気づく。

 

「……もしかして黒騎士(にぃ)?」

「「っ!?」」

 

 バレた……!

 相手は10歳前後の子供。

 咄嗟に認識改編を使おうとして、カツミに手を掴まれ止められる。

 

「無暗やたらに使おうとするな」

「……分かった」

 

 頷き、手を下すとカツミが怪人とは戦うとき以外の、落ち着いた口調で少女に話しかける。

 ……茶色に近い黒髪。

 なんだろう、この子どこかで見覚えがあるような……。

 

「君の言う通り、俺は黒騎士だけど……このことはお父さんとお母さんには内緒だぞ?」

「バレちゃいけないんだよね! 大丈夫、ちゃんと分かってるから!」

「え、なにが……?」

「黒騎士兄。もしかして、私のこと、覚えてないの?」

 

 残念そうにしゅんとした様子の少女。

 しかしすぐに誰かと重なる笑みを浮かべると、指を自身に向ける。

 

「私、天塚ななか! 一年と少し前に、弟のこうたと一緒に黒騎士兄に会ったんだよっ!」

「俺とか?」

 

 この子、きららの妹だぁぁぁ!?

 以前、カツミがイエローになし崩し的に預けられた妹と弟の世話をしたことがあったが、その一人がこの子だ!?

 

「えーっと、ごめんな。覚えてなくて」

「ううん! いいの! あ、私、こんなに背が大きくなったんだよ! もうチビでもガキじゃないよっ!」

「お、おう?」

 

 姉と違って自己主張が激しくない……?

 ものすごい勢いで、カツミも若干気おされている。

 

「おうちを見に来たの?」

「一応な。でもあんな様子じゃ、帰るに帰れなくて困っているんだ」

 

 冗談めかして笑うカツミに、きららの妹の目が光ったように幻視する。

 

「じゃあ、うちに来てよ! 泊まるとこないなら!!」

「「え?」」

 

 


 

 黒騎士、穂村克己は姿を消した。

 彼の正体。

 彼の過去。

 その全てが明かされた世間は一種の混乱状態に陥った。

 私も彼が経験した悲劇と受けた仕打ちに言葉を失った。

 楽観視は、していなかったはずだったけど、彼の過去はそれを遥かに超えて残酷すぎたのだ。

 

「カツミ君。見つからなかったな……」

 

 アカネと葵と本部で別れた私は、三日ぶりに自宅に帰る道を歩きながらため息をつく。

 

「はぁ……」

 

 カツミ君が姿を消してから二日。

 その間、私たちジャスティスクルセイダーは彼の捜索の知らせを待ち、いつでも出撃できるように備えていた。

 しかし、彼は黒騎士として活動している数年もの間、社長の捜索の手を逃れ続けた実績を持っている。

 それに加えて、傍に認識改編持ちのアルファと、社長の悪乗りと趣味で最先端技術の粋を詰め込んだプロトがいることから、普通の手段で彼を見つけることは不可能に近かった。

 

「私たちの名前を隠したのは、アルファだよなぁ」

 

 幽霊怪人が化けたカツミ君が口にした私たちの名前。

 普通なら騒動の後に、その名前が世間に広がるはずだったけれど、いつのまにかその事実を人々は忘れていた。

 これは、アルファが認識改編をした証拠ともいえる。

 

「また私たちのこと忘れちゃってるし……どうしよう……」

 

 彼の記憶がまた弄ばれている現状にとても歯痒く思う。

 もう一度、ため息をついたところで家が見えてくる。

 少し大きめの家。

 既に明かりがついていることから、両親と妹たちもいるようだ。

 

「心配されちゃったから、早く顔を見せなきゃなっ」

 

 せめて家族の前では沈んだ顔を見せないようにするべく、自身の頬を叩き気分を入れ替える。

 そのまま、玄関まで小走りでかけていき、扉をあけ放つ。

 

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい。大丈夫だった?」

 

 中に入るなりすぐに母さんが迎えてくれる。

 既に連絡していたけど、それでも心配させないように笑顔を向ける。

 

「怪我とか全然してないし、大丈夫だよ」

「そう……でも、辛くなったらいつでも相談してね?」

「うん。ありがとう」

 

 気遣ってくれる母さんにお礼をすると、奥からなにやら妹と弟たちの騒がしい声が聞こえる。

 

「なんだか騒がしいね?」

「あっ。そうよ、きらら、貴方に紹介したいお客さんがいるのよー」

「お客?」

 

 誰だろうか?

 学校の友達かな?

 疑問に思いながら、母さんに促されるままにリビングへと向かうと———、

 

「カツミ兄! ゲームよわーい!」

「うるせぇー、こちとらゲームなんてしたことないんだよ! アルファ、なんでお前そんな上手いんだよ!?」

「私、大抵のことはそつなくこなせるから」

「くっ……もう一回だ……!」

 

「……は?」

 

 妹のななかにしがみつかれたカツミ君がアルファと、弟のこうたとスマブラに興じている。

 ……。

 ……、……。

 思わずリビングに入る扉を閉め、後ろでものすごいにこにこ笑っている母さんへと振り向く。

 

「ねぇ、どゆこと?」

「カツミ君とアルファちゃんよ? ちょっとうちで匿っちゃってるの」

「いや、いやいやいや!? 意味わかんないよ?!」

 

 ちょっと匿うってそんなスケールの問題じゃないよね!?

 社長の捜索の網をかいくぐった先が私の家って状況に混乱しているんだよ!?

 母さんは、フッ、と笑みを浮かべると観念したように両手を上げる。

 

「白状するわ。パパとママ、こういう訳ありの子を匿う展開に憧れてたの」

「知らないよぉ!? 娘に対してのほうれんそうをしっかりしてよぉ!?」

「ビックリさせたくて……」

「これ以上なく大成功だよ!? 人生で一番ビックリしたよ!?」

 

 なんで私の家族は素で私よりキャラが濃いの!?

 思わず頭を抱えたくなる状況になっていると、不意に背後の扉が開かれ———妹のななかを背中にしがみつかせたカツミ君と目が合う。

 扉はすぐ後ろだったので、至近距離で彼と向かい合う状況になり思考が停止する。

 

「!!!?」

「あ、すいません。お邪魔してます。えーと……」

「ななかのお姉ちゃんだよっ!」

 

 至近距離で固まる私に、ななかが代わりに紹介してくれる。

 少しバツが悪そうにほほを掻いた彼は、ぎこちない様子で話しかける。

 

「お邪魔してます。きらら……ん?」

 

 呟かれる名前。

 瞬間、私の脳裏によぎるのは彼を見つけた私がするべき行動であった。

 

   社長に連絡しなきゃ

アカネに連絡しなきゃ

これひとつ屋根の下では?

 葵に連絡しなきゃ

白川ちゃんに連絡しなきゃ

 

 しかし、それらは高速で流れては、一瞬で消滅していく。

 その中で私の頭に消滅することなく色濃く思い浮かんだのは“ひとつ屋根の下”という煩悩極まりない事実であった。

 

「ゆ」

 

 ……。

 ……、……。

 

「ゆっくりしていってねぇ……」

 

 勝てるはずがなかった。

 こんなん誰が逃れられるというんだ。

 すべてを察したアルファの、じとーっとした視線を受けながら、私は自分が己の欲に負けたことを悟るのであった。




煩悩に負けたイエローでした。
彼女のツッコミスキルが高い理由よ……。

次回も閑話の予定です。

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