前半がレイマ視点。
後半から別視点となります。
正直者と復讐者
都内のカメラを用いたとしても、その痕跡さえも見つけ出すことは叶わなかった。
三年前、黒騎士として活動していた彼の時も同じだった。
人工的な明かりが照らす都市の裏。
暗闇が支配する場所を自由の場としていたのが黒騎士であった。
当時の私の心境としては“えっ、なんでプロトスーツ着てんの!?”といった混乱の中にあった。
正直な話、コアを取り出して破棄するはずだったプロトスーツを盗まれた時点で、大事どころではない事態に発展していたのだ。
社の研究室という厳重な警備システムそのものを存在すら感知させずに素通りし、危険物であるプロトスーツのみを持ちだし姿を消した。
今になって思えば、プロトスーツが警備システムを自らハッキングし、自らの意思でやってきた彼を迎え入れただけだったのだろうが、そんなことも知るよしのない私の脳裏は絶望でしかなかった。
地球外の技術であるコアを解析することは不可能なことは分かっていたが、プロトスーツそのものは適合しない人間———いや、穂村克己以外の人間が着用すればその命を吸い取る危険極まりないものだからだ。
プロトスーツもルプスドライバーもどちらもヤンデレ拗らせたやべー奴r
だからこそ、黒騎士という存在が現れたことは私にとってはこれまでの長い人生の中で最も驚愕したことの一つに分類される。
あのプロトスーツを着て、無事。
それも確認されるだけでほぼ毎日着用している上に、その出力は想定の数倍、否、数十倍を優に超えていたからだ。
なので、当然彼と接触するためにこちらの技術を最大限に導入して彼を探そうと試みたがこれがどうにも難しすぎた。
アルファの介入もあったということもあるだろうが、なにより彼の出自による人間不信と、私生活において携帯、PCなどの電子機器をほとんど用いないことから、こちらが得意とする技術での捜索がほぼ無意味と化してしまっていたのだ。
過ぎた科学力に対するカウンターが、まさかのアナログだったとは当時の私では思いもしなかったことだろう。
話を戻すとして、彼の消息についてだ。
分かっていたが、彼を見つけることは本当に難しい。
私の趣味と凝り性によってもたらされたXプロトチェンジャーの多機能性がここまで厄介になるとは読めなかった。
ⅼ
「……ふぅ」
そこまで打ち込み、私は椅子の背もたれに体を預け眉間を揉む。
カツミ君があの場から去って三日。
まだ彼の足取りすらもつかめない状況に若干の焦りを感じていた私は、思考をまとめるがてらに日誌を作成していたわけだが……。
「思い返してみても、本当に凄まじいな」
彼の出自自体は特別なものはなにもない。
にも拘わらず、彼はプロトスーツにもルプスドライバーにも完全適合している。
それもアルファと出会う前の時点でだ。
「むしろ特別なのはアルファの方だろう」
雌雄個体であるアルファとオメガの間に生まれたアルファ。
本来ならば、そのようなことはありえないはずなのだ。
「因子は遺伝はしない、はずなのだが……」
組織から逃亡する際に持ちだした資料によれば、アルファとオメガに埋め込まれた因子は、子に遺伝することは絶対にない。
人体に移植した臓器が子孫に遺伝しないのと同じようなものなのだ。
しかし、アルファは力を持って生まれた。
それも認識改編という常軌を逸した能力を持って。
「……先代のアルファは既に死んだ、と聞いていたが……」
母親の能力かなにかだろうか?
それとも生命の神秘というやつか?
……そもそも、この地球本来のアルファはどのようにして死んだのか?
「正直、侵略者以前に怪人での謎が多すぎる」
オメガはどのようにして侵略者の存在を見据えていたのか。
先代のアルファは何者で、どのようにして死んだのか。
「……思考をまとめるはずが、余計に考えを増やしてしまったか」
いかんいかん……。
今はカツミ君の捜索に集中しなくては。
「……む?」
すると、私の端末に何者かの連絡が入る。
ふと時間を見ると、夜の22時頃。
独り身を謳歌している私には無縁の時間に入る連絡に首を傾げ乍ら端末を開くと、そこにはジャスティスクルセイダーの普通担当、天塚きららことイエローの名が表示されていた。
「珍しいな」
この三日間、神経をすり減らしながら捜索していたレッドたちを一旦家に帰したはずなんだが……まったく、どれだけカツミ君が心配なんだ。
「なんだイエロー。カツミ君はまだ見つかってないぞ」
『社長』
「……なにかあったのか?」
強張った声にすぐに異変を察した私はすぐさまPCのシステムを作動させ、イエローの家の周囲に侵略者の反応がないか調べる。
なんの反応もないことに安堵しつつ、会話を試みる。
「なんだ? 人生相談か?」
『いえ、違うんです。その、あの、一応連絡した方がいいかなと思って』
「なにをだ?」
どうやら侵略者に襲われたとかそういう方面の話ではないようだ。
しかし、何かが起こっているようだ。
『まずアカネと葵には黙っといてください』
「なぜだ?」
『ジャスティスクルセイダー内で血で血を洗う戦いが起こるからです』
「シビルウォー!?」
本当になにが起こっているんだ!?
ここまでくると何が起こっているか本当に怖いんだが!?
『実は、ですね。今家に——』
『おーい、きららー!』
『ひゃっ!? な、なにかな!?』
男の声。
聞き覚えのありすぎる声に、私も思考が止まりかける。
動揺が電話を介して聞こえてくるほどに、慌てたきららは声の主に返事を返す。
『ん? あ、悪い。電話してたのか?』
『あ、ちょ、えっ、うん、すぐに終わるから』
『ああ、君のお母さんが呼んでいるぞ』
『うん、分かった』
「……」
『……という、わけです』
状況に頭が追い付かなくなりかけたが、それでも無理やり思考を回しながら軽く深呼吸をする。
オーケー、今イエローが信じられない状況に陥っていることは理解できた。
「おい、お前今家にいるんだよな?」
『……ハイ』
「アルファは?」
『います。すぐ隣で睨んでる』
アルファもいるのか……!?
どうして我が社の最新鋭の監視システムを導入しても見つけられなかったのに、イエローのうちに普通にいるんだ……!!
「なぜ、お前の家にカツミ君がいるんだ?」
『妹が見つけて連れ込みました』
イエローの妹、アグレッシブすぎでは?
姉より押しが強くない?
「……いや、お前の両親は何も言わなかったのか?」
『両親の夢は……』
「うん?」
『訳ありな子を匿うことらしいので普通に受け入れてました』
「……いや待て……どういうことなんだ?」
『私にも分かりません……』
そういえば、イエローをジャスティスクルセイダーに勧誘するにあたりご両親の了解をいただいた時に、一度会ったことを思い出す。
あの個性全開の家族内でイエローだけ普通なのはおかしいのでは?
「と、とりあえず、見つけたのがお前でよかった。我欲に塗れたレッドとブルーは確実に俺に連絡しないからな」
『私もできればそうしたかったです……』
あの二人は絶対に俺に連絡を寄越さない確信がある。
そしてバレたら、開き直る厄介さを見せてくるからな。
レッドは土壇場になったら日和るが、ブルーはマジで何をやらかすのか分からん異次元の常識と思考を持ち合わせているので、絶対に油断できん。
そもそも奴の用いる理系という名のオカルトパワーも意味不明だ。
「とりあえず、お前は……」
『はい。カツミ君を本部に向かうように説得———』
「いや、その必要はない」
『え?』
彼をいきなり本部に連れてきても警戒されるだけだ。
黒騎士としての彼の警戒心はよく理解しているので、下手をすればそのまま行方をくらましてもおかしくないからだ。
ならば、彼の動向を確認できる今の状況は都合がいいのだ。
「イエロー、お前はそのままカツミ君を家に留まらせろ」
『い、いいんですか!?』
「報告はしろ。バレないようにチェンジャーを介したデータ通信でな」
『は、はい! っ、あふ!? アルファ!? ちょ、やめ!? お腹つつかないで!?』
嫉妬にかられたアルファがイエローを小突いているようだ。
あと、一応忠告しておこう。
「それと……分かっていると思うが……」
『はい?』
「襲うなよ?」
『しませんよ!?』
ガチャリと、通信が切れる。
今一度状況を確認し、思考をまとめた私はため息をつきながら椅子の背もたれに体を預ける。
「奇跡的な偶然ではあるが、これでカツミ君の状況は分かった」
まさかイエローの家にいたとは思いもしなかった。
……本当に見つけたのがレッドとブルーじゃなくてよかったな。
「さて、こちらの問題もある程度解決した。あとは……」
椅子を回し背後へと振り向く。
研究室の壁に増設されたカプセルに入れられた一着のスーツに、金色の光り輝くエナジーコア。
「サジタリウス、お前はまた私に光を見せてくれるか……」
二度とこの目にすることはないだろうと思っていた。
だが、このかつて捨ててしまったこのコアが再び、私のことを認めてくれるかどうかは……この私にすら分からない。
星将序列。
それは組織における力の位階を意味する。
桁が少なければ強く、さらに数字が少ないほどに強い。
———かつて、これほどまでに星将序列が減らされたことはなかった。
銀河を又にかけ、支配してきた組織が今やたった一つの星のためにその戦力を崩壊させようとしている現状は異常と言える。
しかし、それでも問題はないのだろう。
頂点に座するルインちゃんが存在する限り、組織が滅ぶことなどはありえない。
「やっぱりカツミちゃんよねぇ」
彼がルインちゃんという怪物を動かした。
それにより、今の今まで停滞していた状況も動き出したのだ。
「まだ記憶は完全に目覚めていないようだけど、それも治るだろうし……ここからが本番ね」
黒騎士としてのパワーは序列3位のこの私から見ても目を見張るほどだ。
力と速さを突き詰め、それ以外の余分を全て捨てた彼だけに許された姿。
でも、まだあの姿ではルインちゃんは止められない。
「私の暗躍にも気づかれているでしょうし、多分それも込みなんでしょうね」
あの子は従順を嫌悪し、反発を好む変わった性格をしているから……。
そういう意味ではまさしく、コスモちゃんは興味の対象にすらなりえなかったということね。
「レオちゃん、私が誘導したとおりにマスターのところに行ってくれたようだし。これから、あの子もいい方向に変わってくれるといいわねぇ」
『御節介が過ぎるぞ、このオカマ野郎』
傍らに浮かぶ空飛ぶ鳥に似たロボットが粗暴な口調で話し出す。
私の相棒ともいえるメカバードちゃんなんだけど、声はかわいいのに、言葉遣いが乱暴なんだから……。
「あら、“ヴァルゴ”。乙女はね。愛と優しさと強さとラブで構成されているのよ」
『愛二つあるだろうし、乙女じゃなくてオカマだろ』
「次、オカマって言ったら私、なにするか分からないわよ?」
現在いるのは都心から離れた人気のない公園の中。
設置された街灯の明かりのみが照らされたその場所で設置されたベンチに腰掛けながら、静かなひと時を過ごしている。
『そもそもオメー、どうしてここに突っ立ってんだよ』
「出迎えよ。今日は地球に来るお客さんが多いのよ。……ほら、一組目が来たわよ』
公園の中心に設置しておいたビーコンから光があふれ出し、三つの人影が現れる。
現れたのは、まばゆいばかりの金色の髪の少女———に、その襟を掴まれ引きずられている金髪の少年と、そんな少年に付き従うクリーム色の髪の少女であった。
「はぁい、レアムちゃん。随分とかわいらしい姿になっているじゃない」
「わぉ! サニー! 出迎えに来てくれたんだな!!」
星将序列七位“双星のレアム”。
意思を持つエネルギー体であるはずの彼女は、今や地球人に酷似した姿になっている。
その理由は、彼女に襟を掴まれ引きずられている彼女の弟にあるのだろう。
「は、放せ、レアム! 俺は船に残って巻き込まれないように隠れているっていっただろ!!」
「同じバイオスーツ作ってなに言ってんのジェム! あんたが来なくちゃ、誰が私のスーツを調整するの!」
「船に帰ってくればいいだけだろうが!!」
「いやよ、面倒くさいもの」
大変ねぇ。
でも、レアムちゃんにとっては唯一の家族みたいだし傍には置いておきたいんでしょうねぇ。
「MEI! 見てないで助けてくれ!!」
「検索→地球の美味しいたべもの」
「味覚センサーつけるように頼んだ理由はそれなのか!?」
まあ、弟くんは苦労しているみたいだけどね。
本気で嫌がっているわけでもないし、口を挟むだけ野暮ってものね。
「じゃ、サニー。私たちは適当なところを拠点にするわ」
「あまり暴れないでね? 地球が壊れちゃうから」
「分かっているわよ。あ、そうそう」
その場を移動しようとして、ふと振り返ったレアムちゃんは、エネルギー体の時では分からなかった勝気な笑みを浮かべる。
「黒騎士って強い?」
「……。ええ、ええ、とても強いわよ? 貴女とも十分以上に戦えるでしょう」
「ふふふ、ならよかった。それじゃ、ジェム、拠点探すわよー」
「なんで俺だけこんな目に遭うんだ……」
「ご主人様、これも運命かと」
さらに上機嫌になった彼女がその場を離れる。
序列上位陣がこれから地球にどんどんやってくる。
彼らと地球の戦士たちの戦いに地球という小さな受け皿が耐えられるか怪しいけど、まあ、そこはなんとかなるか。
『おいオカマ、次は誰が来るんだよ』
「序列二十三位の子だけど……あら、ちょうど来たわね」
姿を消していたヴァルゴの声にこたえていると、また公園の中央が光り新たな人影が現れる。
二十三位の子は大柄な体格をしていたはずだけど……違うわね。
別の人が来たのかしら?
光が収まり、一人の赤い髪の青年が歩み出てくる。
「うん? 貴方11位の……」
「はい! こちら星将序列11位! “星界戦隊”モータルレッドです!!」
星界戦隊、星と星を渡り宇宙の平和を守るはず
そのリーダーである彼が、なぜ一人でここに?
「この場に来るのは序列23位の子だったはずだけど?」
「第30位から第21位までの星将序列ですが……」
気まずそうにほほを掻いた彼は、何を思ったのかその場で勢いよく頭を下げた。
「順番を待ちきれない仲間が勝手に排除してしまいました! 殺してはいないはずですが……本当に申し訳ありません!!」
「……そういうことね。駄目よ? 仲間内で争ったりしちゃ」
「肝に銘じておきます! あいつらにもきつく言い聞かせます!!」
殺したな。
表面では申し訳なさそうにしているモータルレッドだけど、彼らの悪評はよく聞いている。
救うことを忘れ戦いに溺れた五人のならず者と、五体の機械兵団。
表面上はまともそうではあるが、その内面は狂気に満ちているといってもいい。
厄介な子たちが来てしまったけれど……うーん、どうしましょうか。
「では! 自分はいったん船に戻り出直してきます!!」
「はい。気を付けて帰ってね」
思考を表情には出さずにモータルレッドを見送る。
これは、近いうちに地球にやってくるわね。
それも機械兵団———五機の戦略兵器を連れて。
『気持ち悪ぃやつらだな』
「強い者に従う。守護者の心と誇りをなくした戦士の末路よ。この星の彼女たちとはまさしく正反対の存在といってもいいわね」
『オレは、まだジャスティスなんたらの方が見込みはあると思うぜ』
「あら? カツミちゃんは貴女から見てどうかしら?」
元はアルファだったヴァルゴにちょっと尋ねてみる。
すると、肩に留まり頭を捻った彼女は、首を傾げる。
『基本的に適合云々は本人の素質と、コアにされたアルファの好みだ。まあ、ああいうストレートなやり方は好きだな。オレ好みだ』
「じゃあ、私からカツミちゃんに乗り換えちゃう?」
『んな不義理なマネするかよ。この悍ましい化物が』
「誰が化け物ですってぇぇ!?」
オカマと言われ、化物と言われ堪忍袋の緒が切れたわ!
乙女の顔は三度までよ!
今から手羽先にしてやるから覚悟しなさい!!
「……っと、あと一人来たみたいね」
『は? だが転移の光もなにも……』
直感的に来たという気配を感じ取り、公園の何もない空間の一点———風で揺れているブランコを見つめる。
呆れた認識改編ね。
その使い方が間違いすぎているけど。
「かくれんぼでもしたいのかしら? “アズ”」
「ふふふ、やっぱり一桁が相手だとバレちゃうか。サニー」
空間に溶けるように現れたのは、黒髪の女性。
カツミちゃんの隣にいた、アルファちゃんがそのまま成長したような容姿の彼女は暗闇の中にいるにもかかわらず、人の目を引き付ける美貌と、妖艶さを醸し出していた。
まあ、
それはともかくとして、彼女の行いに思わずため息をこぼす。
「まったく、
「でも……希望は見つかったでしょ?」
「……そういう問題ではないでしょう。いつから地球にいたの?」
「うーん、十年以上……前くらいかな?」
すべては彼女に与えられた異名が物語っている。
ある意味で、彼女はこの騒動の全ての発端ともいえる存在でもあるのだ。
しかし、今の時点で間違いなく言えることは———彼女の行った所業は、地球に住む人々にとっては“悪”だということ。
「どうして、この星のアルファに成りすましたの?」
「復讐よ。……でも失敗しちゃった」
星将序列6位“憎悪のアズ”
ルインを憎み、終わりのない復讐を望むアルファ。
そして、地球のアルファに成り代わり、オメガを焚きつけた張本人こそが彼女だ。
「その代わり、この星で希望の光を見つけたの」
朗らかな笑顔。
その瞳の奥に、真っ暗な暗闇が広がっていることを私は気づいていた。
義理堅いオレっ子変身アイテムのヴァルゴやら、悪に堕ちた戦隊ヒーローやら、地球怪人騒ぎの元凶のアズさんの登場回でした。
そして、ジェム君は相変わらず苦労する模様。