失っても、無くならないものがある。
生まれてきた日。言わゆる誕生日。

誰が望もうが望まなかかろうが、それはやってくる。
それは、今年も。

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君を失って、何年が立っただろうか。
何度も道を間違えて、今はもう先さえ見えないくらい暗い。
けれど、そんな中だからこそ、思い出すことがある。

今日は、6月8日。
鳴瀬しろはの誕生日。


しろは誕生日SS〜まだ足りなくて、それでも〜

 

 目の前で、彼女は死んだ。

 目の前で、しろはは亡くなった。

 

 俺は、その時何もできなかった。

 ただ、もう夢を見ない眠りにつくしろはを見届けることしか、できなかった。

 

 

 みんなが泣いている。

 けれど、一番泣いているのは俺だった。

 

 当然、なのかな。

 

 自分の好きな、自分の妻が亡くなって、悲しいはずない訳なかった。

 

 

 それと同時に、苦しいほど、生まれてきたうみを守ろうとする気の、その重圧に耐えれなくなって。

 

 俺はまた、暗闇の彼方へ落とされる...。

 

 

 

 

---

 

 

 いやな夢を見て目が覚めた。

 ...しろはが亡くなった日の夢。

 

 もう何度目だろうか。朝起きたときに目じりに涙が浮かんでいるのは。

 何度目だろうか、その夢にうなされた自分にため息をつくのは。

 

 

 

 改めて時計を確認すると、短い針はちょうど真下を、長い針は上を向いていた。

 世間一般的に日曜日、俺個人も休日だというのに、えらい早く起きてしまったもんだ。

 

 

 無気力のまま起き上がり、リビングへと歩く。

 インスタントのコーヒーを用意して、一人テーブルに着き、テレビを眺める。

 朝のニュースでは全国各地での梅雨入りを報道している。現に今窓の外では雨が降っているのだから、その信ぴょう性は相当だろう。

 

 ...うっとうしい雨だな。

 

 

 流し込むように一口飲んで、またテレビに目を向ける。

 

 ...こうやって無気力に生きることが、最近増えてきた気がする。

 

 

 生きている意味が分からないわけじゃない。

 しろはが残した子供、『うみ』のために働いて、不自由ない生活を送らせるために一生懸命金を稼いでいる。

 

 けれどそれはどこか機械的で、どこか無感情で。

 ただ使命のように感じている、それだけで動いている気がしてたまらなかった。

 

 

 愛情も、あったはずなんだけどな...。

 

 

 ふと、テレビの画面の右端のカレンダーが表示されているのが俺の目に入った。

 今日は6月8日。

 

 ふと、何かを思い出しそうになった。

 どこか、見覚えのある日だ。けれどそれは記憶の片隅で動くだけであって、思い出せない。

 

 

 ...しろは。

 

 ...そうだ。今日は。

 

 

 6月8日は、しろはの誕生日だった。

 俺が愛した女性、鳴瀬しろはという女性の誕生日。

 

 

「...ははっ、本当に最低だな」

 

 愛していた妻の誕生日さえ忘れていたと思うと、しんどくてしんどくてたまらなかった。

 そしてまた、深い自己嫌悪に陥る。

 

 

 そんなことを思って暗い顔をしていると、リビングのドアが開く音がした。振り返るとそこには目覚めたてのうみが立っていた。

 

 仕事の日は、うみの顔を見ることなく出社するし、休みの日は寝れるだけ眠っていた。けれど、うみがいつもこんな朝早くに起きてることは、あまり知らないでいた。だから驚いた。

 

 

「うみ、おはよう」

 

「...うん」

 

 寝起きで不機嫌なのか、うみは細い目のまま頷く。

 それは小学生になるくらいの小さな子にはできすぎた態度だった。

 

「いつも、こんな時間に起きてるのか?」

 

「...うん」

 

 実の父親とでさえ話慣れてないのか、うみは頷くしかしなかった。

 

 ...これも、俺のせいだ。

 

 自分がやってる行動を正しいとは思ってない。けれど、ここまで自分のふがいなさを痛感すると、何かに当たりたくなってしまう。

 会社の疲れ、ストレスの発散、そう言った点で手を出したくなる日が最近増えた気がする。

 

 それでも、目の前に立っているこの子だけは。

 

 そう思って、いつも踏みとどまっている。

 

 

 逆に言えば、もうそこまで来てしまっているのだが。

 

 

 そんな負の循環に巻き込まれそうになった時、ふと、今日がしろはの誕生日だということを思い出した。

 

 思えば、うみにしろはの誕生日を聞かれたことはなかった。これまでずっと一人で祝ってきた。...最近こそ、それすら忘れかかけていたが。

 

 

 思い切って俺はうみに声を掛けてみた。

 

 

「...なあ、うみ。...今日、お父さんと一緒にお出かけしないか?」

 

「...うん。行きたい」

 

「よし。じゃあ決まりだ。待ってろ、今朝飯の準備を...」

 

「...」

 

 その言葉の途中でうみは俺の服の端を引っ張った。

 そのまま願望のまなざしを俺に向ける。

 

 それが何を意味するのかなんとなく分かった俺は海と同じ目線までしゃがみ込んで頭に手を置いた。

 

 

「じゃあ、お父さんと一緒に作ろうか」

 

「うん!」

 

 少しではあるが、うみは明かるげに笑った。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 朝食を終えた俺とうみはそのまま港へ向かい、フェリーで島へと向かった。

 正直、あまり島に行きたいとは思わなかった。

 

 島にいることが苦痛に感じて街へ戻ったのだから、当然だ。

 見知った誰かと顔を合わせるのが気まずかった。しろはとの思い出のある場所を通り過ぎるだけで気まずかった。

 いつの間にか、もう俺にはこの島に居場所はないと決めつけていた。

 

 

 そうして、街へ戻ったわけだが、しろはの墓は島に建てた。

 ずっと島の人間だったのに、外に骨を埋めるなんて外道極まりない。流石に俺でもそれは理解できた。

 

 

 だから、墓参りには島に行く必要があった。

 そのはざまで揺れ動いている心が、一番苦しかった。

 

 

 小雨の降る中傘をさして、船のデッキに出て、遠く島を眺める。

 

 

「さしずめ俺は...」

 

 

 ...今はもう、羽を無くした渡り鳥か。

 

 

 

「おとーさん」

 

「ん? どうしたんだ? うみ」

 

「なんで、島に来たの?」

 

「...なんと、なくかな」

 

 

 詳しい理由は言えなかった。

 

 

 

 船を降りて、俺とうみはまっすぐにしろはの墓に向かった。

 その間、誰にも会わないようにと願いながら歩き続ける。

 

 幸い行き道中は誰とも会うことなく墓へとついた。

 

 

「おかーさんの?」

 

「うん。お母さんの」

 

 

 うみを墓参りに連れてきたことは何度かあったが、こうやって聞かれたのは初めてだった。

 しかし、うみにとっては何の面識もない母親。

 ずっと顔をしかめたままだった。

 

 

 誰かが入れ替えた花をまた入れ替え、手を合わせて瞑目する。

 

 

 

(しろは...誕生日、おめでとう)

 

 

 俺は何を伝えようか迷ったが、結局はこの一言ですべて終わってしまった。

 けれど、今日一番伝えたかった言葉がそれなのだから、あまり後悔はなかった。

 

 

 来た道を少しびくびくしながら歩いて帰る。

 その場をしらけさせないためにと、俺はうみに優しく声を掛けた。

 

「それじゃ、あとはやりたいことやって帰ろうか」

 

「うん」

 

「そうだな...何をやりたい?」

 

「...おとーさんと、一緒にいたい」

 

「...あっ」

 

 俺が声を失った瞬間、聞き覚えのある尖った声が耳に入ってきた。

 

 

「...よう、羽依里。久しぶりだな」

 

「良一...」

 

 

 人に、出会ってしまった。

 それも、飛び切り自分に面識のある。

 

 どうしたものかと俺が悩んでいると、良一は場を取り繕うに笑った。

 

 

 

「何渋い顔してんだよ。別に何も言ったりしないから安心しろって」

 

「...悪い」

 

「気にすんな。...それで? 今日はうみちゃんとしろはのとこ?」

 

「まあな」

 

「そうだよな...今日は特別だもんな」

 

 似合わないくらいの悲しげな瞳で神妙そうに頷く良一の姿は、見てて少しさびしさを覚えた。

 

 

「それで? いつくらいまでこっちにいるんだ?」

 

「もうこれから帰るな。...悪い」

 

「いいっていいって。お前も仕事が忙しいもんな」

 

 

 悪気のない良一の言葉が、ひどく突き刺さってくる。とてもいたたまれない。

 

 

「...それに、うみちゃんの子育てもあるもんな。お前はよくやってるよ、ほんと」

 

「大したこと、できてないけどな」

 

「素直に受け取れよ、誉め言葉の一つくらい」

 

 

 そう言って良一はまた笑う。

 おそらく俺の窶れ具合に気づいていない良一ではないだろう。

 それでもこうやって笑って見せれるなんて、大したものだと思う。

 

 

「それじゃ、俺も行くわ。...うみちゃん、またね」

 

「さよーなら」

 

 うみは良一に手を振る。それを見届けた良一は満足げな顔で俺たちに背を向けた。

 歩き出す前に声を出す。

 

 

「ああそうだ、羽依里」

 

「?」

 

「いつでも頼ってくれよ。俺は...俺たちはお前を見捨てたりはしないから」

 

 

 そう言って今度こそ良一は遠く離れていった。

 

 

「俺たちも行こうか」

 

「うん」

 

 その大きな背中を見届けて、今度こそ俺とうみは港に向けて歩き出した。

 

 

 

 仲間、か...。

 暖かいな。本当に。

 

 

 

 

---

 

 

 

 結局帰りにケーキを三つと、しろはの好物だったスイカバーを買って、うみと一緒に家に帰った。あとはうみのお願いを叶えるだけの一日だ。

 

 

 うみのお願いは簡単だった。

 

 

「おとーさんと一緒に遊びたい」

 

 

 ただそれだけの願いを叶えるために、早く帰ったわけだ。

 だから、帰ってからはうみのやりたがったことを一緒にやった。

 

 折り紙を折ったり、歌を一緒に歌ったり、子守唄を聞かせたり。

 曲がりなりにも父親らしいことを、俺は全力でやった。

 

 

 幸せそうな顔で、俺の膝の上で眠るうみ。

 その頭を撫でながら、俺も少し昼寝をする。

 

 

 

 

 夜ごはんも二人で作った。

 うみは俺の知らないところですっかり料理上手になっていた。...俺が作ってあげれないから、というのがもっともな理由だからもどかしいけど。

 

 そうして、二人で作った料理は美味しかった。...けど。

 

 

 足りない。

 

 全然足りない。

 

 この食卓を囲む人数も、いつか口にした料理の味までの距離も、感じる幸せも全く足りない。

 

 

 思わず俺はその名を呼んだ。

 

 

「しろは...」

 

 目から一粒涙が落ちた。しかしうみの前ではそんな弱さを見せまいとすぐさまその涙を拭いた。

 

 

 けれど、子供というのは感情に敏感な生き物だ。

 俺の涙は、その一瞬でしっかりとうみに捉えられていた。

 

 

「おとーさん、なんで泣いてるの?」

 

「...ん? 何でもないよ。ほら、それよりもあれだ。ケーキがあるぞ」

 

「ケーキ!」

 

 

 そのワードを聞いたうみはルンルンとキッチンの方へ向かった。

 食器棚を開けたときに、気が付けば俺は声を上げていた。

 

 

「うみ!」

 

「どうしたの?」

 

「お皿、3枚出してほしい」

 

「いい、けど?」

 

 

 その理由が分からないままうみは三枚の皿を持ってきた。それをテーブルに並べて、買ってきた3つのケーキを並べる。

 

 

「ねえ、おとーさん。なんで3つなの?」

 

「...これは、おかーさんのだな」

 

「おかーさんの?」

 

「今日は、おかーさんの誕生日だから」

 

「...?」

 

 

 うみはどこか分からないような顔を浮かべる。

 けれど、臆することなく俺は続けた。

 

 

 

「だからさ、ろうそく立てて、一緒に歌おう。おかーさんの誕生日を祝って」

 

「うん」

 

 

 そのまま一つのケーキにろうそくを立てて火をつけて、電気を消した。

 

 

「きれーい」

 

「それじゃ、歌おうか」

 

「うん」

 

「「ハッピバースデートゥーユー~♪」」

 

 

 

 

 

 

 

 しろは、俺、頑張ってるよ。

 まだまだ親と呼べる代物じゃなくて。

 仕事が忙しいせいで、うみに何かをしてあげられているわけじゃないけど。

 でも、頑張ってるよ。

 

 きっと今ここにいたら叱られてばっかりだと思うけど。

 

 ただ今は祝わせてほしい。

 

 

 

 しろは、誕生日おめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

 一匹の小さな蝶が、目の前で喜ぶように飛び跳ねた気がした。

 

 

 

 

 

 

 




ゆりかごに

小さな蝶 そっととまった

歌うあなたの 横顔触れたい

もう夢を見ない 眠りにつくの

七つ海越えて

旅の終わり見つけたら

(風を道連れに夢を探して)

星の消えた空に

摇れる 虹色の 影法師

思い出の灯台 港に見つけた

あの灯りまで飛んでみよう

やぶれた羽を泳がせて

誰かが待っている

思い出せない

大切な人が 待っている

会いたくて

とまる鼓動 必死に起こす

2度と飛べない 未来だとしても

たとえあなたを悲しませても

一瞬の出会い 求あて舞いあがりたい

(夜の最果てに夢を見つけて)

夜明け前の海に

雨はあがり 休む鳥たち

凪いだ風の中で

夏の夢を見る

あの景色まで飛んでゆこう

新しい世界渡りつづけ

あなたに会うために ここまできた

もう なにも見えなくてもいい

ねんねんころ ころりころり 歌声に身体預け

夏の記憶抱いて 遊び疲れた闇の中

ゆりかごで 小さな蝶 まぶたを閉じる

そっとあなたの 横顔触れたら

もう夢を見ない 飛びあがれない

星の消えた海に沈んでゆく

明日 ゆりかごで 眠り続ける蝶を見つけて

手のひらでつつむ

あなたは空に そっと浮かべて

私に笑顔を見せてくれるはずだから

(今も揺れている夏のゆりかご)


「羽のゆりかご」 水谷瑠奈


---

いかがだったでしょうか。
正直ここまでビターになるとは思ってませんでしたが、書き終わって後悔はしてません。せいぜい期日にめちゃくちゃ遅れたことくらいです。後悔は。

というわけでしろは誕生日SS。しろはが亡くなる未来を避けられず、そのまま羽依里がうみと2人で暮らす、という初期のうみがいた世界で、うみがネグレクトを受ける前くらいの話です。

意識したのは渚を失って以降の朋也と汐の関係ですかね。
そういった話になるのかなと思って書きました。


---

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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