蒼き瞳とナガレゆく   作:秋野ハル

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4-1 思い出と真実(前編)

 ――7年前――

 

「ニルヴェア。お前にこの短剣と、そして『剣の儀式』を捧げよう」

 

 緻密な装飾が施された鞘に収まった1本の短剣。それを持つ青年は、銀の髪と鈍色の瞳を持っていた。そして彼の目の前にいる少年は、青年と対になるような金の髪と蒼い瞳を持っていた。

 銀の髪の青年はその場に屈むと、その手に持った短剣を、金の髪の少年の前でそっと鞘から引き抜いてみせた。

 瞬間、ちかりと光が瞬いた。頭上の太陽の光を刀身が反射したのだ。良く磨かれた美しい刀身を見て、少年は思った。

 

(まるで太陽をぎゅっと押し固めたみたいだ)

 

 少年は短剣の輝きにただひたすら見惚れていた。すると青年が苦笑しながら言う。

 

「さすがに刃は潰してあるぞ。ゆえに実戦では使えないが……それでも剣は剣だ。だからニルヴェア、まずはこの鞘を受け取れ」

「鞘を……?」

「ああ。そして鞘の口を俺に向けるんだ」

 

 少年はおずおずと鞘を受け取ると、ぽっかり開いた鞘の口を青年へと向けた。すると青年はどこか厳かな雰囲気を漂わせつつも優しく微笑み、そして短剣で空を切り始めた。

 まずは、上から下へ。

 

「剣の儀式は王から騎士へ、師から弟子へ、あるいは親から子へ……剣を託し、託されるときによく行われる儀式でな」

 

 続いて、左から右へ。

 

「剣を託す者がそれを鞘へと納め、両者が剣に誓いを立てて、そして託される者が剣を引き抜き掲げることで成立する……」

 

 十字を切り終えた青年は、少年が口を向けている鞘へと短剣をそっと差し込んで、問いかける。

 

「ニルヴェア。お前はこの剣になにを誓う?」

「ぼくは……」

 

 問われた少年は、その小さな両手に握りしめた鞘を、その中に納まっている短剣を見つめて……やがて小さな口を、大きく開く。

 

「ぼくは、兄上のような武人を目指します!」

 

 蒼の瞳をめいっぱいに輝かせて、ありったけの願いを剣に込める。

 

「どんなやつより強くて、なによりもまっすぐで、誰よりもかっこいい。そんな男にいつかぼくもなってみせます!」

 

 その宣言を聞き届けて……青年は鈍色の目をそっと伏せた。そして静かに言葉を紡ぐ。

 

「戦場は、騙し合いが支配する」

「兄上……?」

「もしかしたら、そこには真実なんて存在しないのかもしれない。そして俺たちは常在戦場。人生という名の戦場からは決して抜け出すことができない。ならば俺たちは、いつだって嘘の中を生きているのだろう」

「えっと……」

 

 まだ今年で8歳。幼き少年に、青年の言葉の意味はあまり理解できなかった。ただそれでも、なんとなく。

 

「全部嘘って、それはなんだか寂しいですね……」

 

 少年の表情を漠然とした不安が曇らせた。しかし青年はすぐに面を上げて、ふっと優しく笑いかけた。

 

「だからこそ、俺はこの剣に誓おう。剣と共に在り続ける、ブレイゼルの名に懸けて」

 

 青年はその節くれだった手を、少年の持つ短剣の柄に重ねて誓う。

 

「お前がお前で在り続ける限り、お前は俺の弟だ」

 

 

 ◇■◇

 

 

 ヴァルフレアの振るった光の斬撃――琥珀武器による熱線(ビーム)が天井を抉り、宙を裂き、そのまま地へと叩きつけられる。

 ドーム状の空間を斜めに横断する形で放たれた熱線を、レイズとニルヴェアは後ろに下がることで。アカツキとブロードは前に進むことで回避した。大人たちは前へ、子供たちは後ろへ。それは事前に打ち合わせていた通りの動きだった、が。

 

「良い位置だ」

 

 そう呟いたのは黒騎士エグニダ。彼の手には小型のスイッチが握られており――カチッ。スイッチを押した小さな音と……ガシャガシャ!

 

「人形遊びか!」

「うわまた出たっ!?」

 

 けたたましい落下音と共に姿を現したのは、人を模した機械仕掛けのお人形。10体近くもの機械兵が、ちょうどアカツキとブロードの周囲を取り囲む形で落ちてきたのだ。

 

「前に出るならお前たちだと思っていたよ。三流記者、女侍――」

 

 エグニダはさらにもうひとつのスイッチを用意して、即座に押しこむ。

 

「ウチの床を爆破してくれたお礼だ!」

 

 ズガガガガッ!! 2度目の音は、地面が爆ぜた轟音であった。アカツキとブロードの周囲の地面が、いくつかの機械兵をも巻き込みながら爆発していった。あっという間に地面が切り取られて、その中だけがずごごと音を鳴らして落ちていく。

 

「うおお!」「うわぁ!?」

 

 ふたりの姿も短い悲鳴も、地面の崩落にまとめて飲み込まれて消えてしまった……そんな光景を前にして、残された少年少女が呆然と……はならなかった。

 レイズは「ちっ」と舌打ちひとつ。即座にニルヴェアへと呼びかける。

 

「とりあえず逃げるぞ!」

「おい! 逃げるって……」

 

 ニルヴェアは一瞬だけ迷い、しかしすぐに遺跡の外で言われたことを思い出した。

 

 ――もし前と後ろで分断されても、僕とアカツキなら大抵の状況はどうにかなるしね。だからレイズくんは万が一の場合、ニルヴェアが捕まらないことを最優先にしてすぐ逃げて欲しい

 

 言いつけはちゃんと守る。それがブロードとの約束だった。

 

「……分かった!」

「よし。ならすぐ出口に――」

 

 と振り返ったレイズたちの目の前で、がらがらっ! となにかが崩れ落ちた。次の瞬間には、遺跡の外に通ずる通路を大量の瓦礫がみっちりと塞いでいた。それが人為的な爆破による崩落であることはまず間違いなかった。

 

「くそっ、大雑把なんだか用意周到なんだか!」

 

 レイズが悪態を突きながら振り返れば、エグニダは手に持ったスイッチを投げ捨てて答える。

 

「大仕掛けほど周到に用意するものだよ。さて……邪魔者も消えたし、ようやく本題に入れるな」

「てめーの本題なんて知ったことかよ!」

 

 レイズは強気に叫んでから、しかしすぐにニルヴェアへと小声で言う。

 

「こうなったら時間を稼ぐぞ。ブロードさんは正直分かんねーけど、アカツキならまず生きてる。とにかく俺たちだけじゃ太刀打ちできねぇからな、せめてアカツキが戻ってくるまで――あ」

 

 と、不意にレイズの口が大きく開いた。そして、歪む。

 

「っぐぁ!?」

 

 その口から突然絞り出されたもの。それは悲鳴であった。

 

「あ、ぐあ、があああああ!?」

「レイズ! どうした!?」

 

 ニルヴェアが咄嗟に呼びかけたが、しかしレイズは応えず……というより応えられず、ただひたすらに胸を抑えて苦しんでいる。

 

「い、一体なにが起こって……」

「なんでだっ……!」

「レイズ!?」

 

 焦るニルヴェアの目の前で、レイズが脂汗に塗れた面を上げた。その視線の先に立っているのは黒鎧の騎士。

 

「なんでアンタが、それを持っている……!」

 

 エグニダは、いつの間にかその左手に鉱石の塊を乗せていた。まるで宝石のように透き通った黒色のそれは、しかしその内側から白色の光を放っている。

 

「くくく。まぁ神威の伝手というやつさ。なにせこの『祈石(いのりいし)』は、遺産絡みの実験などにも欠かせない貴重な鉱石だからな」

 

 祈石。その名を聞いた瞬間、ニルヴェアも弾かれるようにエグニダへと顔を向けた。

 

(祈石って……じゃああれが、レイズの旅の目的……!?) 

 

 レイズがずっと探してきた物。それが今、敵の手の内にある。その事実にニルヴェアが愕然とすれば、その表情を読み取ったかのようにエグニダが語り始める。

 

「少年も知っての通り、この鉱石には遺産を制御する力がある。より正確に言えば、これは遺産に人の意思を伝え、そして調律する力を持っているのだ」

 

 その言葉に、ニルヴェアは眉をしかめる。

 

「調律……? つまり、その石でレイズの遺産を操って苦しめているということか!?」

「まぁ大雑把に言えばそういうことだ。もっと詳しく言えば俺は今……その少年の遺産を、暴走させようとしているのだよ」

「っ!?」

 

 ――俺にこれを移植した研究所は他でもないこれの”暴走”で焼き尽くされたってことだけだ。建物も、資料も、人でさえも。俺が目を覚ました時には、全てが炭になっていた

 

(レイズがあんなに恐れていた暴走を、こいつは……!)

 

 しかしエグニダはもうニルヴェアから視線を外していた。彼の目はすでに、隣に控えていた主へと向いていて。

 

「王よ。申し訳ありませんが、祈石を使っている間はここから動けません。あとは貴方が……」

「分かっている」

 

 剣帝ヴァルフレアが、ニルヴェアの下へと歩き始めた。

 

「兄上、本当に……!?」

 

 胸の内からこみ上げてくる悔しさ、悲しさ、怖さ。ニルヴェアはそれらに歯噛みしながら、それでも考えることは止めない。

 

(アカツキさんたちと分断されて、レイズも動けなくなった。でも僕ひとりであの2人をどうにかできるわけがない。だったらいっそレイズを連れて、僕らも穴に飛び込んだ方が……)

 

 と、地面に空いた大穴へと目を向けたその瞬間――トンッ、と軽い音を立ててヴァルフレアが大穴の前へと降り立った。改造軍服の肩に付けられている真紅のマントが、翼のようにはためいた。

 

(あ、あの大穴をあんなにあっさり……ってそうじゃない。僕は絶たれたんだ、唯一の退路を!)

 

 いよいよ逃げ場はどこにもない。そしてニルヴェアの正面、鈍色の双眸は感情のない鏡のように、ニルヴェアの姿をただ映し返している。

 

「兄上……」

「…………」

「兄上!」

 

 ヴァルフレアは応えない。だがニルヴェアは叫び、問いかける。

 

「なぜっ……なぜなんですか! どうして貴方のような人があんな男と、黒騎士なんかと手を組んで!」

 

 ヴァルフレアはなにも答えない。だからニルヴェアは腰のベルトからハンドガンを引き抜き、構える。

 

「行方不明になった父上も貴方が殺したのですか!? 数千数万を滅ぼす災厄とは一体なんなのですか!? お答えください、兄上!!」

 

 ヴァルフレアが、口を開く。

 

「震えているな」

「っ……!」

 

 剣のように鋭い双眸。それが見つめる先、ハンドガンを構えるニルヴェアの手は、確かにがたがたと震えていた。しかしそれでも、彼女の声だけは震えなく毅然としている。

 

「撃ちます」

 

 ヴァルフレアが一歩、踏み込んだ。

 

「これ以上近づいたら撃ちますっ!」

「無理だな!」

 

 高らかに声を上げたのはヴァルフレア、ではない。エグニダであった。

 

「己の信じるものに殉ずる。それが人というものの(さが)であり、当人が高潔であればあるほどむしろそれに逆らえなくなる! なればこそ、貴方に剣帝は殺せませんよ。剣帝を信じ、その生き様に憧れ、ゆえに無謀にもここまで来た貴方にはね!」

「っ……!」

 

 エグニダの言葉が、ニルヴェアの手の震えをさらに強めた。だが……ニルヴェアの足下には、未だ足掻く者がもう1人。

 

「ざっけんなっ……!」

 

 レイズが苦し気に胸を押さえながらも、辛うじて立ち上がり……。

 

「君とはゆっくりと話をさせてもらおう……またあとでね」

「ぐあああああ!?」

 

 エグニダの手の中。漆黒の祈石が脈打つように白光を強めた。するとレイズは一層激しい苦悶の声を上げて再び地面に倒れこんだ。

 

「レイズ!?」

 

 ニルヴェアはすぐにレイズへと目を向けたが――カツン、と地面を鳴らす音。反射的に正面を見れば、ヴァルフレアが1歩、また1歩と歩き出していた……自らの双剣を、鞘から引き抜きながら。

 天井の光を浴びて、二対の刃がぎらりと輝く。その瞬間、ニルヴェアの表情がまた一段と強張った。

 

「本当に撃ちますよ!?」

「撃てばいい」

「っ……!」

 

 小さくか弱い手の中で、小さな銃(ハンドガン)ががたがたと震えている。

 少女の視界の中で、ヴァルフレアの存在が大きくなっていく。カツン、カツン、カツン。あと4歩、3歩、2歩……少女の手から、するりと銃が落ちて――銃を離した手が、そのまま真下へと振りかぶられた。

 直後、世界が白く眩く染まる。

 大穴の向こうでエグニダが叫ぶ。

 

「閃光玉!? 我が王!」

 

 手癖の悪さはナガレの流儀。レイズ仕込みの隠し玉を放った瞬間、ニルヴェアは目をつむって一気に踏み込む。

 

(決めたんだ、最後まで貫くって!)

 

 もう体に震えはない。心にだって迷いはない。右足を軸に、左足を鞭にして。再び目を開けながら、渾身の回し蹴りをその眼前へとぶちかます――

 

「俺が背負っているのは、単なる飾りではないぞ」

 

 眼前でぶわりと広がっていたのは、領主の威を示す真紅のマント。

 

「っ!?」

 

 ニルヴェアの脚がマントを蹴り払ったそのときには、眼前にはもう誰もいなかった――直後、がら空きになった懐へと、眩い銀の髪が躍りでていた。もはや体勢を立て直す暇すら与えられない。ニルヴェアの目に一筋のきらめきが映りこみ、閃。

 最初に感じたのは、ほのかな熱だった。視界にきらめいたのは、紅い飛沫だった――

 

「かはっ……!」

 

 ニルヴェアが、苦悶の息を吐き出した。

 少女がその身に受けたのは二連の閃光。胴体に×の字を走らせ、鮮血を散らしながら、ニルヴェアが仰向けに倒れる。

 

「ニアーーーー!!」

 

 叫びを上げたのはレイズだった。しかしヴァルフレアは倒れ伏したニルヴェアをただ見下ろして。

 

「手の震えは本物だった」

 

 ただひとり言のように呟く。

 

「だがあえて恐怖を飲み込み、それを利用してきたか。なるほど悪くない戦法だが……気力に実力が伴っていないな」

 

 言いたいことは言い終えた。そう言わんばかりにヴァルフレアは黙して、足下に転がっている(ニルヴェア)の首根っこを掴んでそのまま持ち上げた。そしてそのまま首を締める。

 ぎりり……首から軋むような音が鳴り、ニルヴェアが苦しげにうめいた。それでも彼女の瞳から、まだ意思の光は消えていなかった。

 

「あに、うえ。こんなこと、やめて」

 

 まだニルヴェアは足掻いていた。力の籠らない弱々しい手で、それでも(ヴァルフレア)を止めようとその腕を必死に掴む。

 そしてレイズもまた地面に這いつくばりながら、それでも苦しみに抗ってヴァルフレアのことを強く睨みつけていた。

 

「なにっ、やってんだよ……アンタの弟だろ! ぐっ」

 

 ”心臓”から全身を蝕む痛みが、叫ぶ邪魔をする。それでも叫ばなければいけないことがそこにあるから。

 

「そいつはっ、ずっとアンタを信じて! すげー兄貴なんだって本気で尊敬してて! それでも……だからこそ、アンタを止めに来たんだよ! 今だってっ、アンタのことを信じてるはずなんだ! なのに、なんで」

「弟ではない」

 

 ほんの一瞬、なにもかもが止んだ。

 

「……は?」

 

 レイズが呆然とした。

 

「……え?」

 

 ニルヴェアの手から力が抜け落ちて、ぶらりと垂れた。

 

「なにを、言ってるのですか。兄上?」

 

 問いかけた少女を、ヴァルフレアが見つめ返した。その瞳にはなんの感情も宿っていない。

 

「言葉のままだ。俺とお前は血が繋がっていない。そもそもお前は我がブレイゼルが保有する、ただの兵器だ」

「へい、き?」

 

 ――お前がお前で在り続ける限り、お前は俺の弟だ

 

 ヴァルフレアはニルヴェアを持ち上げたまま、大穴へと向かって歩きだした。真紅のマントを地面に置き去ったまま。

 

「人間の女性を基盤に製作されたその兵器は強大な力を秘めながらも、人を模したことで一定の寿命を持たざるをえなかった。しかし人を模したことで、逆に自ら新たな命を孕み遺伝子情報……つまり兵器としての設計図をコピーし、受け継がせる機能を持っていた。その機能により親から子へと継承(コピー)を続けることで、実質的に恒久的な稼働を可能とする……」

 

 ヴァルフレアはニルヴェアと共に大穴を軽々と飛び越えて、そして淡々と真実を告げる。

 

「それこそ我々一族が受け継いできた旧文明の遺産、『人造偽人(レプリシア)』だ」

「あにうえ、あにうえ。なにをいってるのですか」

 

 ニルヴェアはもう、胸を斬りつけられた痛みなんて感じていなかった。なにも理解できない頭を、ただふるふると横に振り続けていた。

 しかし……レイズの方は気づいていた。語られた真実と結びつく、ひとつの現実に。

 

「待て。まさか、分家(レプリ)ってのは」

 

 ヴァルフレアは振り返らずに答える。

 

「ただの隠れ蓑だ。分家というのはあくまでも対外的な方便でしかない。人造偽人は設計図を正しく受け継ぐために1人で子を成し、そして死ぬ。これの母親に当たる人造偽人も、それに殉じて1人でこれを産み、死んだ。ゆえに人造偽人とそれ以外の血が交わることなど有り得ないのだ。決してな」

「うそ、うそだ。あにうえ」

 

 ニルヴェアの顔がくしゃりと歪んだ。目から一筋の涙がこぼれ落ち、それは彼女の首を掴むヴァルフレアの手に落ちて、そのまま流れていった。

 

「だって、兄上は、ずっと、弟だって! 僕が僕で在り続ける限り、弟だって!!」

「俺はこうも言ったはずだ。戦場は嘘が支配する、と」

「そんな……ぐぅ!」

 

 ニルヴェアの首を握る手の力が強まった。まるでその口を黙らせるように。

 そして……ヴァルフレアはすでに到着していた。遺跡の最奥、卵型の機械のすぐそばへと。

 

「これの名は『揺り籠』。本来は人造偽人の調整、育成、あるいは継承に用いるための遺産だ。父上はかつてこの遺産で母体に不具合(バグ)をインプットすることで、本来は女として産まれるはずだったお前を男として産まれるようにした。なぜかと言えば、ちょうどその頃……十都市条約によって各領の軍備の縮小が決定されていたからだ」

「う、あぐっ、じゃあ、僕は……!」

「人造偽人を男として産む。それは遺産という名の戦力の封印と同義であった。なぜかと言えば男として産まれた……つまり肉体に異常をきたした人造偽人はその内に秘めた力を扱うことができず、また命を宿すことによる継承も行えなくなるからだ。しかし一方で父上は、緊急用のセーフティを残してもいた。俺は父を殺し、それを奪い、そしてお前に飲ませた――それこそが人造偽人の不具合を取り除き正常な状態に……つまり女の肉体に戻すことができる霊薬だ」

「……!」

 

 その瞬間、蒼の瞳からなにかが抜け落ちた。小さな口から、虚ろな言葉がぽとりと落ちる。

 

「ぼくは、あにうえみたいな、武人に……ぼくは、男ですら、なかったの?」

「そうだ。お前を取り巻くなにもかもは空虚な嘘でしかない。それが、真実だ」

 

 ヴァルフレアはそれだけを告げると、『揺り籠』の中へと少女の体を叩きつけた。

 

「あぐぁっ!」

 

 少女のうめき声と共に、その胸の傷口が思い出したかのように血を噴き上げた。揺り籠内に血飛沫を撒き散らして、それでも少女は手を伸ばす。

 

「まって、やだ、あにうえ!」

 

 しかしそれを遮るように、揺り籠の蓋が閉まっていく。その向こうから、青年の声が聞こえる。

 

「揺り籠は今、人造偽人の力を全て吸い上げるための装置に改造されている。理論上、全ての力を奪われた人造偽人は死ぬはずだ」

「あにうえが、ころす。ぼくを」

「……ただの兵器に、夢も未来も必要ないだろう」

「ぁ――」

 

 揺り籠が閉まりきった。すると突然、どこからか揺り籠内へと得体の知れない液体が流れ込み始めた。

 

「がぼっ、ごぼぼっ」

 

 それはあっという間に少女の体の内外へと浸透し、揺り籠内を満たし――やがて、少女の体を蝕み始めた。

 

「っ、あああああああああ!!!」

 

 心も体も思い出も、痛みに引き千切られていく。


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