蒼き瞳とナガレゆく   作:秋野ハル

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4-3 強さと弱さとナガレの流儀

「ニア、今すぐここから逃げろ」

「なにを言っているんだ! 僕のせいでそうなったのに、僕だけが逃げられるものか!」

 

 ニルヴェアはそう叫んで、すぐに行動を始めた。腰のベルトに付いているポーチから1粒の玉を取り出して、迷わずレイズの炎に向けて投げつけたのだ。

 その玉は透明な水を押し固めたような見た目の、いつぞやレイズから玉について教わったときにも見せられた『水玉』であった。いわく、粘性のあるその水は焚き火などの消火に役立つのだというが。

 

(こういうときにレイズの炎を少しでも消せれば。そう思って一応準備しておいたけど……!)

 

 しかしニルヴェアが投げた水玉は、レイズの炎に当たるとほんの一瞬だけ煙を上げてあっという間に蒸発してしまった。虚しく立ち昇る煙へと、レイズが視線を向けて言う。

 

「無駄だ。こいつは遺産の炎なんだぜ? 普通の方法じゃ消火なんて……ぐっ!」

「レイズ!」

「はは。見ての通り、もう抑えきれねーんだ……認めるのは癪だけど、黒騎士の言う通り本当にこの一帯を焼き尽くしちまうかもしれない。だからお前はなんとかアカツキたちと合流して、そんでできる限りこの場から――」

「言っただろ! 約束しただろ!」

 

 ――暴走で誰かを巻き込むのが怖いのなら、僕がずっとそばにいて、何度だって止めてやる。死ぬほど強烈な一撃、で止まるんだろ? だったら……

 

「たとえ、殺してでも!」

「逃げろって言ってんだろ!!」

 

 レイズの炎が一気に膨れ上がり、ニルヴェアへと弾け飛んだ。ニルヴェアは咄嗟に後ろへと引いたが、しかし炎の飛沫のいくつかは頬や腕へと落ちて白肌をちりりと焼く。

 

「あつっ……!」

「ぁ……」

「!?」

 

 ニルヴェアが慌てて顔を上げれば、そこに少年の弱々しい表情がひとつだけ。

 

「違うっ、レイズ。こんなの全然」

「頼む、頼むよニア。俺にお前を焼かせないでくれよ」

「っ……!」

 

 ぎりりと歯を噛んだニルヴェア。その目の前で、レイズは両の手のひらを地面についてうつむいた。そして、ぽつりと。

 

「楽しかったんだ」

「え……?」

 

 レイズは笑っていた。あるいは泣いていたのかもしれない。

 

「始まりは最悪だったけど、それでも本当に楽しかったんだ。アカツキ以外のやつと2人きりでこんなに長く旅したことなんて、初めてだったんだ」

 

 レイズは語っていく。懐かしむように、うわ言のように、あるいは走馬灯のように。

 

「俺より意地っ張りなやつを見たのも初めてだった。同じ誰かに毎日飯を作って、それを毎日旨そうに食べてもらえるのも初めてだった。お前は何度倒れてもすぐ起き上がるし、物覚えだっていいし、性根だってまっすぐだ。すごい早さで毎日成長していくお前が眩しかった。ほんと、俺なんかよりよっぽどナガレに向いてるよ。お前はさ」

「らしくないこと言うなよ。最後まで諦めないんじゃなかったのかよ! ナガレの流儀はどこ行ったんだよ!!」

「あんなのただの強がりだ。俺はお前に憧れてもらえるような人間じゃないんだ。だから……俺なんて見捨てていいんだ。大丈夫。これからなにがどうなっても、お前ならひとりでだってやっていけるだろうし……それにほら、俺って悪運だけは自信あるからさ。案外生き残るかもしんねーし?」

「なんでだよ。なんでお前はこんなときまで、人のことばかり」

「だから違うんだ。俺はそんな大層な人間じゃないんだよ。いつだって自分のことばかりだ。今だってそうなんだ。なぁ、なんで……」

 

 レイズがゆっくりと面を上げた。くしゃくしゃに泣いている。それでもなんとか笑顔を浮かべようとしている。どうしようもなく歪んでいた。

 

「なんでこんなに大事なのに、殺したり殺されたりしなきゃ駄目なんだ?」

「――――」

 

 ニルヴェアはこの瞬間、初めて知った。

 

 ――レイズ。たとえお前を殺してでも、この僕が絶対に止めてやる。だからお前は暴走しないよ、絶対に

 

(僕はなにを買い被っていたんだろう)

 

 ――なにその気になってんだよ、バーカ

 

(こいつはずっと強がっていただけなんだ。本当は誰よりも逃げたいのに、それでも闘うしかないから自分をむりやり奮い立たせて、弱い自分を必死に押し殺して虚勢を張り続けていただけなんだ……!)

 

 目から涙が勝手にこぼれた。手が勝手に胸を押さえた。苦しくて、痛くて、寂しくて、そしてなにより――

 

「……ほんっと、ずるいよなぁ。お前は」

 

 嫉妬していた。きっと自分に1番近くて、自分から1番遠い少年に。

 しかしレイズは「違う、だから俺は」と否定しようとして、

 

「恐れこそが武器だ!」

 

 少女の叫びが一切合切を吹き飛ばす。

 

「その身ひとつで恐怖に耐え抜き、幾度となく死線を超えてきた強者に背を向けるなど男の、武人の、剣と共に在るブレイゼル家の誇りが許さない!」

 

 その体は本当は女のものであった。その体は本当は人ですらなかった。その体に本当はブレイゼルの血など一滴も流れていない。それでも。

 

「死の恐怖に誰よりも怯え、ずっと助けを求めてきた弱者を見捨てて自分だけ助かるなど、最強で最高の武人ならば絶対に有り得ない!」

 

 信じ続けた兄にはなにもかもを裏切られた。そもそも彼は兄ですらなかった。だとしても!

 

「ここで逃げるくらいなら死んだ方が百倍マシだ! ニルヴェア・レプリ・ブレイゼルの名に懸けて、絶対に僕は逃げないぞ!! 分かったら少し黙ってろ馬鹿レイズ!!!」

 

 レイズはただただ呆然とした。そうするしかなかった。

 

「なんで……」

 

 レイズはもうとっくの前から知っていたのだ。こういうときのニルヴェアは、もう誰にも止められないのだということを。

 

「なんでそんなに頑固なんだよ。馬鹿野郎」

「決まってるだろ」

 

 ニルヴェアは乱暴に涙を拭って堂々と胸を張る。兄に斬られて、×の字に血がこびりついているその胸を。

 

「兄上譲りだ!」

 

 その一言にレイズは目を見開き、そして「馬鹿……」と呟いたきり項垂れてしまった。ゆえにニルヴェアは確信する。

 

(勝った!)

 

 勝ったではない。

 

(だけどどうする? おそらく時間はほとんどない……)

 

 ニルヴェアはいつかの夜に語られたことを、改めて振り返る。

 

(遺産はレイズの感情に反応して……あるいは生存本能。レイズの体が危機に瀕したときに暴走したとか言ってたっけ)

 

 考えながら周囲を見渡し、なにかないか探してみた。とはいえ周囲に転がっているものといえば、精々が黒騎士により爆破された地面の破片ぐらいであった。

 

(死ぬほど強烈な一撃を与えれば止まる……たとえばあの石でガツンと頭を殴りつけて気絶させれば……でも、もし失敗したら? 例えばぎりぎり意識が残ったりしたら、逆に死の危険を感じてさらに暴走が激しくなるんじゃないか? でも、そんなことを言ったら確実な方法なんて。それこそ本当に殺す勢いで……)

 

 ――要するに強烈な一撃をかましてやれば、それだけで防御(ガード)ごとぶち殺せるはずなのだ

 

「……んん?」

 

 ふと脳裏に過ぎった、あまりにも場違いで胡散臭い女侍ボイス。思わず首をかしげてしまったが、はて……あれはなんの話だったっけ?

 

「いやまて。いくらアカツキさんとはいえそんな馬鹿な。でも……」

 

 物理で駄目なら精神は? 閃いたアプローチが、蒼き瞳に希望を灯す。

 

(これならレイズの体を傷つけない。駄目なら駄目で生存本能とやらも呼び起こさないだろうし、今すぐできるというのもいい。それに……)

 

 ――なんでこんなに大事なのに、殺したり殺されたりしなきゃ駄目なんだ?

 

 ニルヴェアは項垂れているレイズへと、率直に尋ねてみる。

 

「なぁレイズ。お前、もしかして……僕のことが好きだったりするのか? こう、恋愛的な意味で」

「!?」

 

 するとレイズはがばっと面を上げて、露骨にびっくり。

 

「ごめん、変なこと聞いたよな! てか僕って仮にとはいえ男だったんだし、べつに女らしくもないし、良くて見た目だけっていうか」

「んで……」

「へ?」

「なんで今更気づくんだよ、この鈍感馬鹿野郎……!」

 

 少年の顔は頬から耳まで、炎にも負けないくらい真っ赤に染まっていた。

 だから、決めた。

 

「約束したろ」

「え……」

 

 ニルヴェアはそっと、レイズの頬に手を添えて。

 

「お前を殺してでも止めてやるって」

 

 思春期の男子をぶち殺す方法はただひとつ――ニルヴェアはその小ぶりな唇を、レイズの唇へと迷いなく重ねる。

 

(ここは思ったより、熱くないんだな)

 

 ほんの一瞬触れ合って、ほんの一瞬で離れた。

 ニルヴェア・レプリ・ブレイゼル15歳。人生初めてのキスは……ぷすんっ。そんな気の抜けた音と共に、あっけなく終わった。

 

「炎、消えたな」

 

 ニルヴェアの正面には、真っ白な顔がひとつあった。真っ赤を通り越し真っ青も通り越して、真っ白。レイズが燃え尽きていた。

 

「おい、レイズ。死んだか」

「ふあ」

 

 なんか気の抜けた返事。しかしとりあえず火は消えている。ならば問題などなにもない。

 

「よし1回死んだな! だったらあんな祈石(石ころ)のことなんて一旦忘れろ!」

「へあ」

「いいか。お前が僕を勝手に攫ってくれたお返しに、今度は僕がお前を攫ってやる!」

「ふあ」

祈石(いのりいし)がお前を苦しめるというのなら、僕が勝手にぶっ壊してやる! そして全部が終わったら、どこまでも一緒に探してやる! だからこんなとこで諦めるなよっ……レイズ!!」

「へあ」

「…………」

「ふあ」

 

 …………ちゅっ。

 

「〇×◇△■◎□!?」

 

 少年の顔が一瞬で発火した。もちろん比喩的な意味である。

 

「お。起きたな」

「※Δ§Д÷ΘЖ?!!?!?」

「なに言ってんのか分かんないぞ?」

「ひっ、は、ふ、きょ」

 

 レイズは喉から奇妙な声を吐き続ける。「か、こ、き、きしゅ」ようやく微妙に言語っぽくなってきて。

 

「おまっ、今、なにしっ」

「そりゃまぁ……キスだけd」

「あ゛ーーーーーーーーー!」

「さっきからどうしたんだお前!?」

 

 少年がとち狂い、少女が慌てた。

 てんやわんやな2人の横から「あっはっはっ!」不意に割り込んできた笑いひとつ。

 

「必殺技、想像以上の威力でござったな!」

 

 ぶらりと現れたのはアカツキであった。その後ろからはブロードもついてきていた。

 

「アカツキさん! ブロードさん! どこから出てきたんですか!?」

「そこそこ。隠し通路があってな」

 

 と、アカツキが指差した場所は壁の一角。ヴァルフレアたちが姿を消した扉とはまた別の隠し扉がそこにはぽっかりと開いていた。

 

「あやつは本当に拙者たちを分断できればそれで良かったのだろうな。拙者たちが落とされたのはただの地下道でござった。それゆえにこうして地下を抜けて扉から戻ってこられたわけだが……」

 

 そこでアカツキはちらりとレイズを見た。レイズの方はいつの間にやらその場にうずくまっていたわけだが、しかし彼もまたアカツキをちらりと見返して。

 

「……見た?」

「ばっちり」

「ま゛ーーーーーーーーー!」

「え、どこから見てたんですか?」

「『楽しかったんだ』のあたりから」

「結構がっつり見てるじゃないですか! それはさすがに助けに来てくださいよ!」

「いやぁ。拙者もいざとなれば半殺しにしてでも止めようかと考えておったのだが、しかしよくよく眺めてみればみるみる面白い風向きになってきたではないか。というわけでなっ、ブロード!」

「いや僕は止めたんだよ!? あ、いやアカツキが助けるのを()めるのを()めたっていうか結局は止められてないんだけど、アカツキがあんまりにも真剣な表情で止めるもんだからなんか秘策があるものかと……まさかこんなことになるとは思わなかったけど……」

「よいではないか。終わりよければ全て良しだ」

 

 アカツキはそう楽しげに言うと、レイズのそばへと歩いて屈み、覗き込む。

 

「で、おぬしはいつまで恥ずかしがっておるのだ。それでも拙者の弟子か?」

 

 そう言われると、レイズはうずくまったまま真っ赤な顔を少しだけアカツキへと見せて。

 

「弟子じゃねぇ……」

「侍の弟子がここで勝ち名乗りを上げなくてどうする? 胸を張れ、レイズ。おぬしは初恋の相手を見事射止めてみせたのだぞ。ま、この場合はおぬしが射止められたと言えるかもしれんがな?」

「アカツキ……うん。そう、だな」

 

 レイズがやっと笑顔を見せた。それはほんの小さな照れ笑い。まだまだ顔は赤いけれど。右肩から右手にかけての火傷も痛々しく残っているけれど、それでも少年は確かに幸せそうで……

 

「あ、その、ちょっと言いづらいんだけど……」

 

 ニルヴェアがなんか控えめに手を挙げてきた。

 

「お、なんでござるかぁ?」

 

 するとどこか上機嫌なアカツキが、恥ずかしがっていたレイズが、蚊帳の外だったブロードが、一斉にニルヴェアの方へと向いた。どこか幸福感漂う空気に、なにやら期待のこもった眼差し……ニルヴェアはたじろぎながらも、しかしはっきりと告げる。

 

「えっと、レイズが僕のことを好きなのはすごい伝わってくるんだ。でもさ、ほら。やっぱり僕も男だったわけで、今は男同士でその、色恋とかは考えられなくて……だからすまない!」

 

 ニルヴェアはがばりと頭を下げた。いくら鈍感でもここはさすがに頭を下げる場面だと理解していた。そして1秒、2秒、3秒……誰もなにも言わないので、とりあえず頭を上げて

 

「はぁ~~~~~~~~~~~?????????」

 

 少年のマジギレなフェイスが視界いっぱいに飛び込んできた。ニルヴェアは思わずのけぞる。

 

「うわぁっ、なんだよそんな怒るなよ!」

「怒るわボケェ! お前、き、キスなんて、好きな人とじゃなきゃなぁお前ー!」

「普段ならそうだけど、今回ばかりはしょうがないだろ! ていうか口づけひとつで命が助かるなら儲けものだろ!? 言ってみればこれは人工呼吸みたいなもので」

「は~~~~??? 命の危機なんてそんな二束三文のたたき売りより色恋の方が百億倍重要に決まってんだろ馬鹿鈍感阿呆猪脳筋天然間抜バーカ!!」

「馬鹿って2回言ったな!? いや、そりゃ僕だって悪かったと思ってるけど、でも今回だって元を辿ればほら、アカツキさんのせいなんだぞ!?」

「え、拙者? もしかしてなんでも拙者のせいにすればいいと思ってる?」

「そういうわけじゃないですけど、でもほらアカツキさん言ったじゃないですか! 接吻(キス)こそが思春期の男子への必殺技だって! あれは冗談のふりして、実はレイズの暴走に備えてのことだったんでしょう!?」

 

 そうビシッと指を差されたアカツキは、少しだけ考え込んで……一言。

 

「拙者、さすがにそんな頭悪くないが……」

「拙者、さすがにそんな頭悪くないが!?」

 

 目ん玉ひん剥いてびっくりしたニルヴェアに、ブロードからも横槍が入る。

 

「あのシチュあの台詞あのタイミングで恋心ないっていうのは、正直越警的にも不正義……」

「越警的にも不正義!?」

 

 前から後ろからボロカス言われたニルヴェアへと、最後にまっすぐな声音が突き刺さる。

 

「ニア」

「レ、レイズ。いや確かに僕も軽率だったかもだが、しかしお前も僕の気持ちを考えて欲しい。例えばお前がいきなり男に告白されたとして、たとえ相手がどんなに大事な人だとしてもすぐに受け入れられるか? それにだ、ほら! お前だって前に男女はごめんだとか言ってたじゃ」

「忘れた」

「は?」

「もうお前の男の姿とか忘れたもんね! そもそも1分も見てないし俺の中でお前は完全にちょー魅力的な女の子だから問題ありませーん!」

「人の15年を一瞬で忘れるな馬鹿ーーーー! お前さすがに僕だって怒る」

「お前のその意固地なところに憧れた」

 

 ニルヴェアの両手を、急にレイズの両手が握りしめてきた。

 

「え、なに」

 

 レイズの手のひらは、まだ幼さを残しつつも皮がところどころ硬く節くれ立った、努力の証が宿る手のひらでもあった。ニルヴェアがその感触に惹きつけられる中で、レイズは謡うように語っていく。

 

「その綺麗な髪にいつも見惚れる。夢中で飯を頬張る姿が本当に可愛い。表情がころころ変わるのが楽しくて、ついついからかっちまってた。お前が戦って危険に晒されるのは本当に怖かったけど、だけど戦うお前の顔はすげーかっこよくて、ずっと見ていたいって思っちまうんだ」

「う、あ」

「思えばきっと一目惚れだったんだと思う。だってその青空を切り取ったような瞳が、出会ったときからずっと心に残ってたんだから」

「ぁ……」

 

 ニルヴェアは少し、だが確かに頬を赤らめて、うつむいて、沈黙……からの。

 

「よしあと一押しだ行け弟子よ!」

「弟子じゃねぇけど任せとけ!」

「一押しもなにもあるかこの馬鹿師弟ー!」

 

 ニルヴェアは慌てて手を振り払った。

 

「てかレイズお前キャラおかしくないか!? そんなペラペラ口説くようなやつじゃなかっただろ!」

「うるせー! ここまで来たらもう開き直るしかねーだろうが! リョウランで言うところの背水の陣だ、こうなりゃ死ぬまで開き直ってやる! ニアー! 好きだーーーー!!」

「天井に向かって叫ぶななんか恥ずかしくなってくるだろ馬鹿ー!」

 

 やんややんやと少年少女が元気よく騒ぎだした。

 その一方で、大人たちはというと。

 

「あーあー、仲良きことは良いことだけどさ……ねぇアカツキ」

「なんだブロード。今良いところだぞ」

「気持ちは分かるけど……レイズくんが無事立ち直ったわけだし、ぼちぼち行かない?」

 

 そう言ってブロードが指差したのは、ヴァルフレアたちが通っていった方の隠し扉であった。

 

「あー、そういえば。すっかり忘れておったがこの事態を解決せねば青春もなにもあったものでないな」

 

 というわけで、アカツキはやんややんやな少年少女に呼びかけようと――

 

「っ、ブロード!」

 

 アカツキはなぜか相方を呼びつけて、しかしその脚は少年少女の下へとひとっとび。2人の襟首を引っ掴んで「うおっ」「わぁっ」一気にその場を飛び退いた、次の瞬間。

 ピシッ。

 最奥の壁に亀裂が走って――バコンッ! 壁が一気に砕け散る!

 

「なんだよ今度は!?」「あっ、あれは!?」

 

 少年少女は襟首を掴まれたまま、驚愕と共に青空を見上げた。

 そう、青空だ。最奥の壁が砕け、天井の一部が崩れ、がらがらとけたたましい音をBGMにして、青い快晴が顔を覗かせていた。しかしその中心にあるのは太陽ではない。太陽を覆うほどの巨大ななにかが、一行の頭上に浮いていた。

 その正体を、アカツキの呼びかけで退避していたブロードが呆然と呟く。

 

「飛空艇……いや、もはや飛空戦艦だ……そんな技術まで持っているのか……!」

 

 そして少年少女もすぐに気がつく。

 

「レイズ、あれの動力って!」

「ああ。十中八九、お前から抜き出した人造偽人(レプリシア)の力だろうさ」

 

 その言葉にブロードがいち早く反応する。

 

「人造偽人ってどういうこと!? もしかしてそれがニルヴェアの狙われてた理由!?」

「そうなんですけど、それはとりあえず横に置いといてくれません?」

「いやさすがに気になるんだけどすごく……」

「それよりもあの戦艦って……ブロードさんたちが乗ってきた飛空艇、でしたっけ? それで追うことってできるんですか?」

「う、うん。まぁ……」

 

 ブロードが空を再び見上げれば、すでに戦艦は米粒程度にしか見えなくなっていた。

 

「……あくまでも目測だけど、速度自体は大したことないな。ウチの飛空艇の方が断然速いはずだし、準備や手当ての時間を含めたとしても十分追いつけるはずだ」

「それならいいです。アカツキさん、放してもらっていいですか?」

「む。そういえば掴んだままだったか」

 

 アカツキはすぐにニルヴェアの襟首を、レイズ共々手放した。ニルヴェアはすとんと地面に降り立って、それからすぐに「レイズ」と呼びかけた。レイズもすぐに返事を返す。

 

「なんだよ?」

「お前はこれからどうしたい?」

「は? 本当になんだよいきなり」

「祈石は、まだエグニダが持っているんだぞ」

「っ……!」

 

 レイズは思わず息を飲み、心臓の……遺産のあるあたりを手でぎゅっと押さえた。しかしニルヴェアはそれすら抉りこむように、強く断言する。

 

「だけどそんなの知ったこっちゃない。僕が言いたいのはただひとつ」

 

 蒼き瞳でまっすぐ見据えて、挑戦的な笑みをニヤリと魅せて。

 

「たとえ男だろうと女だろうと、こんなところで立ち止まるやつに僕は一生なびかないぞ?」

 

 ぽかんとした。

 レイズが、アカツキが、ブロードが。みんなまとめてぽかんとして……やがてレイズだけが、おそるおそる口を開く。

 

「って言っても、お前、さっき『男と付き合うなんて考えられない』って言ったばかりじゃね……?」

「なんだお前、背水の陣だって言っておきながらその程度で僕を諦めるのか?」

「そんなつもりはねぇけど……」

「ワンチャンスあるかもしれない。もしかしたらないかもしれない。正直、僕自身にもよく分からない……それでも全力で手繰り寄せて、ないなら無からでっち上げてでもまかり通す。そういう気概が必要なんだろ?」

 

 無邪気でいたずらっぽい笑みが、レイズの瞳に飛び込んできた。

 

 ――馬鹿でも無茶でも、きっとまずはそこからなんだ

 

「あ……」

 

 レイズが呆然とした。その一方でブロードがアカツキにこっそり囁く。

 

「かっこよく言ってるけどさ、それって要は『惚れてもないのに女の体を餌にして釣ってる』ってことだろ? 同じ男としては……ああいうのを天然の悪女っていうのかなぁ」

「ははっ、全くだな。どうも我が弟子は最高にタチの悪い女に釣られてしまったらしい……」

 

「あはっ」

 

 微かな声は、レイズの口から漏れていた。

 

「は、ははっ、はははっ」

 

 徐々に大きくなっていく声量。まるで鎖を引きちぎり、解き放っていくように、彼の口は開いていって――

 

「ははははっ……あははははっ!」

 

 解き放たれた大声が、青い空へと飛び立っていく。

 

「あーっはっはっはっは!!」

 

 レイズは上を向いて笑う。笑う。笑い続けて……やがてぴたりと声を止めた。そして今度はすぅーっと息を吸い込み――パァン! 自分の頬を両手で叩き、快音と共に前を向いた。

 ブロードが、アカツキが、そしてニルヴェアが見守っている。その中で、

 

「一切合切ぶっ倒すに決まってんだろ」

 

 レイズは迷わず堂々と、いつも通りの強気を見せる。

 

「譲れない物があるんなら、なにがなんでもまかり通す。それが――ナガレの流儀だ!」

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