俺は踏み台転生者   作:DECHIES

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俺は踏み台転生者

 ──私、ティアラ・ホライズンはあの日から死ぬまであの情景を、ゲーネハルト・アイン・クラウスという殲滅の光輝を忘れはしない。

 

 私が彼に出会ったのはもう今から10年も前になる。捨て子だった私は帝都の外から少し離れたところにあるスラム街で過ごしていた。

 

 このご時世、捨て子なんてものは珍しくも何ともない。寧ろ娼館の前に捨てられなかっただけマシだと言えるだろう。

 

 何せこのシュヴァルツ帝国は腐りに腐りきっている。重税のせいで貧民は常に餓死寸前で、対魔物用の防壁に守られている帝都の華やかさと裏腹にその周辺では当たり前のようにスラム街が形成され、そこでは生きる場所のない者たちが身を寄せあって暮らしている。

 

 いや、身を寄せあってなんて言葉はある意味綺麗事でしかないか。何せ彼らだって生きるのに必死だ。縄張りの、家族に対してはスラム街の者達は優しい。けれど一歩別の縄張りに踏み込んでしまえば、そこは単なる地獄でしかない。

 

 飛び交う罵声に、当たり前のように振るわれる暴力。血が流れるのはいつもの事だし、死体が転がっている事なんて日常茶飯事だ。そしてその血の匂いに釣られて魔物がスラム街になだれ込んでくるなんてことはなかった日がない。

 

 明日は我が身だと、私は来る日も来る日も生傷が絶えず、病すら患っていた身体を隠し怯えて暮らしていた。

 

 私は昔から特殊な魔法が使えた。それは他者の瞳から己を消す魔法。所謂透過魔法とも言うべき魔法だ。詳しい事はよく分からないけど、スラム街にいる物知りな爺は光の屈折がどうたらこうたらなんて言っていた。

 

 まあ、そんな事言われても私には全く分からなくて直感的に使ってた魔法だ。これには随分とお世話になってた。魔物から逃げる時も他のスラム街にいる奴らから逃げる時にも、そして帝都に侵入して生きるために何かを盗む為にも。

 

 そしていつものように魔法を使って帝都に侵入しているとやけに騒がしい所があった。でもまあ、そんな事など私にとっては好都合でしかなく、いつも以上に簡単に奥に侵入することが出来た。そして何か食料を目に付けていると、曲がり角のところで誰かとぶつかった。

 

 ──最悪だ、浮かれすぎた! 

 

 せめて衛兵じゃありませんようにと半ば祈る様に顔を上げてみるとそこにいたのは豪奢な服を着た貴族らしき少年だった。

 

「ひっ……!」

 

 思わず息が止まってしまった。貴族といえばスラム街の仲間から何度も関わってはいけないと耳にしたし、何より彼等が……帝国の貴族が恐ろしい存在だと私はよく知っていた。

 

 まるで的当てをするように火の攻撃魔法を使って家を焼き払い、人を子供が蟻を潰すように反吐が出る程の無邪気さで殺してくる。決して人と呼べない、呼んではいけない下劣畜生の糞共。

 

 そんな、そんな存在に私はぶつかってしまった。ともすれば私がどんな目に遭うかなんて、容易く想像につく。良くて半殺し、悪ければ拷問されて苦しみ抜いた果てに野良犬のように打ち殺される。

 

 謝っても意味は無いと知ってはいる。けれど私はまだ死にたくない。こんな、惨めなまま死にたくない! 

 

「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 何でもします! だから殺さない──」

 

「ふん、随分とまあ薄汚れている。それに怪我も酷いな」

 

 そう言って彼は私に向けて手を伸ばしてきた。

 

 怖い、怖い怖い怖い──! 

 

 殺される、痛いのは嫌だ、まだ死にたくない、こんなクソッタレの人生のままで死にたくない。そんな想いが脳裏に次々に過ぎる。だが、恐怖から私の体を全く動かず、ギュッと目を瞑って来るべき死に怯えていた。

 

 けれどいつまで経っても死は来ない、それどころか痛みすら来ない。不思議に思ってそっと目を開けて見てみるとそこにはまるで精霊のように優しげな笑みを浮かべていた彼が私に向けて魔法を展開していた姿があった。

 

「うわぁ……」

 

 思わずその魔法に見とれてしまった。キラキラと淡い緑の光が私を照らすというなんとも幻想的な光景に感動していると不意に体が動かしやすくなったのを感じとれた。

 

 いや、やすくなったなんてものでは無い。正しく今まで全身におっていたはずの怪我が完治しており、それどころか今まで病気で息苦しかったはずなのにそれすらも感じ取れない。その上何か自分の中で蓋をされていたものが少しだけズレたような気さえもする。まるで空でも飛んでいるかのように体が軽い。

 

 何をされたのか、そんなもの考えるまでもない。

 

 ──癒しの魔法。

 

 こんな奇跡を起こせるのはそれしかない。そして同時に不思議だった。癒しの魔法というのはそう簡単に使えるものでは無いと聞いたことがある。だと言うのに目の前の少年はそんな魔法を何の躊躇いもなく彼にとっては野良犬以下の存在であるはずの私に使った。

 

 この事が私を大いに混乱させた。一体何が目的なのか、もしかしてさらに苦しませるために治したのかと混乱する思考の中、彼は赤と金の美しい瞳で此方の目を覗き込むように見つめてきた。そして何か納得したかのように頷いた。

 

「貴様とはまたどこかで会うかもしれんな。せいぜい、今度は誰にもぶつからないようにする事だ」

 

 そう言って彼は踵を返して何処かへと去っていった。私はただそれをなにか熱に浮かされたようにぼうっと眺めていた。これが彼との初めての出会いだ。そして彼が言った通り、これから私達は何度も出会った。

 

 

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 2回目の出会いはあの日から1年後のスラム街付近に大量の魔物が発生した時だった。ここから少し離れているとは言え、それでも必ずここにやってくる。私はそう確信していた。

 

 だからこそ私は自分の得意な魔法である透過魔法を使って偵察に行った。どれほどの規模なのか、魔物達はどれくらいの強さを持っているのか、それを知るために魔物達が跋扈しているであろう場所に向かって絶句した。

 

 そこにいたのは多くの魔物の血を浴びながらも、数多の傷を負いながらも決して引かず、不撓不屈の意思で跋扈する魔物達相手に一人で戦っていた彼の姿だった。

 

「──ハァッッ!」

 

 空間に走る無数の斬撃、そしてそれに追従するかのように闇と光が混じったような混沌が空間ごと周りの魔物達を食い散らかしていく。帝国の宮廷魔法師だってこんな見事な魔法を使えるはずがないと思ってしまうくらいに彼の魔法は凄まじかった。

 

 近づく魔物を斬り殺し、逃げる魔物は混沌が食い散らかしていく。彼はたった一人で数百はくだらないであろう魔物達を決してスラム街がある方に一歩たりとも近づかせはさせなかった。

 

 だがそれでも数の暴力というのは偉大だ。殺しても殺しても彼に向かってくる魔物達は無数の攻撃を繰り広げる。魔法に加えて彼等特有の鋭い爪や牙による斬撃。それ等が彼を殺さんと繰り出される。無論、彼とてそうそうにやられてたまるかと携えた剣を持って何度も撃ち落とす。

 

 だが、それでも対処できる攻撃には限りがある。ましてやあんな幼い歳だと尚更であろう。

 

 彼の斬撃の嵐をすり抜けた攻撃が彼の体を引き裂き、血を噴出させる。倒れてもおかしくはないというのに、彼は──

 

「──まだだッッ! この程度で俺が斃れるかァッ!」

 

 そう言って気概を吼えて一層攻撃の激しさが増し始めた。それに伴って彼の体からまるで溢れるかのように膨大な混沌が溢れ始める。

 

「越えてみるがいい、この俺をッ! 越えられるというのであればなァッ!」

 

 跳ね上がる魔力、激しさの増す剣閃。魔物を細切れにしても尚止まらぬ絶死の剣閃。加えて最早塵すら残らぬ程の威力を誇る混沌が彼に呼応して更に魔物達を飲み込み始める。

 

 身体中に無数の傷を作って、今にも死んでしまいそうな程なのに、それでも彼は決して挫けずに魔物に立ち向かう。

 

「なんで……」

 

 ポツリと零れた当たり前の疑問。当たり前だ、彼からすればスラム街の人間なんて何人死のうが関係ない。滅んだところで明日の話題にすらならない路傍の石でしかない存在だと言うのに何故彼はまるでスラム街を守るように戦っているのだ。それもたった一人で。

 

 そんなのただの馬鹿じゃないか。誰も知らなければ彼のやった事なんて意味の無いことだ。誰も褒めてはくれやしない、誰も認めてくれはしない。なのになんで、なんでそんなに無茶をしてまで──

 

「ハァッ……ハァァッ……! 諦めん、諦めんぞ! 俺は俺の願いのために限界を踏み越え続けよう!」

 

 その言葉を聞いてああ、そうかと納得してしまった。彼は他の誰の為でもない、ただ自分の願いのため──人を守りたいという願いのために戦っているのだ。そうでなければ貴族であるはずの彼がこんなことをするはずが無い。

 

 それに気がついてしまったからこそ、助けに行きたかった。私も君と一緒に戦うと言えたのならどれほど良かったのだろう。けれど、分かる。他の誰でもないあの暴力が満ちているスラム街で生まれ育った私だからこそ、今あの場に行って出来ることなんてないと分かっている。

 

 ──ああ、そうだ。なら私が今できるのは彼の活躍を決して忘れぬように見続けることだ。

 

 そして彼と魔物との激闘は夜が明け、陽が射した頃に漸く決着が付いた。

 

 全ての魔物を切り伏せて荒い息を吐きながらも確かに両の足で大地に仁王立ちする彼は正しくいつか聞かされたことのある私にとっての英雄そのものだった。

 

 けれど彼はもう立つのも限界だったのだろう。祝福するかのように彼を照らす陽の光を浴びながら彼は魔物達の血の海に沈んだ。

 

 その姿を見て私は慌てて彼に駆け寄った。死なないでとそう思いながら彼の容態を見てみるとどうやら息はしていた。

 

 ──良かった、生きてる。

 

 そう思うのも束の間、彼は体に生きているのが不思議なくらいの傷を負っていた。つまり放っておけば遅かれ早かれ彼は死ぬ。

 

 そんな彼の姿を見て私は貴重な止血剤と回復ポーションを惜しみなく彼に使った。本来だったら貴重すぎてそう使わないものを使い切る勢いで彼に使っていく。

 

「お願い、死なないで。私の──」

 

 衝動的に零れた言葉。それに気づかずに私は彼に応急処置を施していく。そして全て使い切ったところで運良く彼の体から血が止まった。加えて呼吸も安定している。

 

「良かった……」

 

 ホッと安堵の息を吐いたけれど、それでも彼が未だ危ない状態なのに変わりはない。せめてこんな場所でなく、自分が今住んでいる場所に連れて行って休ませようと思ったが、その細身の体からは予想も出来ないほど彼は重かった。

 

 抱えることも引きずっていくことも出来ないほどに重かったために私は一度家に帰って、家族であり仲間の皆を呼んで彼を連れていくことを手伝ってもらおうと決めてスラム街へとひたすらに走り続けた。

 

 そして仲間と共同で暮らしている家に着くとドアが壊れそうな勢いで思いっきり開いた。あまりの勢いに家にいた全員が目を白黒とさせながら此方を見てきたが、丁度いい、好都合だ。

 

「みんな! 早く私についてきて!」

 

「お、おう? どうしたよティア」

 

「いいから早く!」

 

 何か言っている彼らを他所に私は無理矢理にでも引っ張って彼等をあの場所に連れていく。

 

「絶対助けるからね……!」

 

 そうしてようやく辿り着いたその先に──彼はいなかった。何処を見渡してもいない。

 

 私の、私の──。

 

「うおっ、何だこの魔物の死体の山!?」

 

「これ全部売れば凄いお金になるじゃない!」

 

「ははっ、手柄じゃねえかティア! これを売り捌けば俺達は少なくとも一年は飢えね──って、どうしたよティア?」

 

 仲間が何かを言っている。けど、何も分からない。聞こえてるはずなのに何も聞こえない。どうしよう、私が彼から目を離したからだ。私が目を離してしまったから彼が居なくなってしまったんだ。

 

 ぐるぐると思考が回る。何も考えられない、何も考えたくない。失念に駆られていると不意に視界の端に何か光るものを見つけた。

 

 それを拾って見てみるとそれは間違いなく、彼が身につけていた装飾品の一部だということに気がついた。そしてそれを拾い上げると同時にその先に血で出来た足跡があることに気がついた。向かっている方角は帝都。

 

 ということは彼はきっと自分で帰ったのだろう。いや、そうだ。そうに違いない。だって彼は私だけが知っている。私の──

 

 そしてそれを裏付けるように私は彼とまた出会った。まるで私と彼の間に切っても切れない縁があるように、彼と私は深く繋がっているのだろう。不思議とそう確信してしまえるくらいに。

 

 

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 彼と3度目に出会ったのは数年後の莫大な報酬の帝都の付近に住み着いた厄介な盗賊団の殲滅依頼が傭兵ギルドに流れた時に合同で受諾した時だった。

 

 傭兵ギルドというのはいわゆる何でも屋みたいな組合のことで、国や住民からの依頼をそこに所属しているもの達に提供するサービスを行っている。無論、彼等もタダで紹介しているわけでなく、手数料をいくらか貰って経営しているらしいが。

 

 傭兵ギルドの加入条件はかなり緩い。犯罪さえ起こしていなければ誰でも入れる上に、ギルドカードは身分証明書にもなるため取り敢えずは入っておくというものも多い。無論、私達も食い扶持を稼ぐためにそれに加入してはいた。

 

 そんな傭兵ギルドから流れてきた依頼で私は彼とまた出会った。……まあ、悲しいことに彼は私の事を覚えていなかったようだけど。

 

 その頃の彼は既にかなりの有名人であった。

 

 彼は当時の帝国最強であった騎士団団長のヴァイス・ストラーダという男を御前試合で完膚無きまで叩き伏せた。

 

 ヴァイス・ストラーダを以てしても当時の彼に膝をつかせることすら出来なかった。何せ彼は追い詰められれば追い詰められる程、1秒前の自分よりも遥かに強くなり続けていた。

 

 試合中に成長するだのなんだのともはやそういう次元の話ではない。仮にあれに名前をつけるとするのなら──そう、覚醒とでも言えばいいのだろうか。

 

 窮地に陥れば陥る程それを打開するために更に強くなり続けていくその様は正しく異常。リミッターが壊れているのか、もしくはハナから存在しなかったのかと疑ってしまう程であった。

 

 そしてまた、彼は力なき民衆からも人気があった。というのも彼は傭兵の妨げにならない範囲で魔物や盗賊といった者達を無償で殲滅していたのだ。

 

 単独で数千まで膨れ上がって大暴走(スタンピード)を引き起こした魔物の群れを殲滅し、騎士団総出で掛からなければいけない程の厄介な盗賊団を殲滅し、手に負えないような強き魔物が現れれば討滅する。

 

 そんな彼に付いた渾名が『殲滅の光輝』

 

 民衆を導く暖かな光であると同時に敵には情け容赦のない殲滅を齎すことから付いた名だ。

 

 その行いは正しく英雄譚に出てくる英雄そのもので、そしてまたその行いをしているのが貴族という身分をもつ人であることが彼の人気に拍車を掛けた。

 

 今までは貴族なんてものは人の姿をした畜生だと皆影で囁いていたと言うのに、彼という貴族だけは違った。民の平和のため、力なき者達を守るために力を奮っていると言っても過言ではなく、口調こそ典型的な貴族そのものだが、行動は何処までも民衆に寄り添う優しき人。正しく民衆が切望していた理想的な貴族そのものだった。

 

 故にこの腐りきった帝国において彼は希望の光と言える存在であった。もし彼が皇帝になっていたのであればどれほど良かったのだろうと、不敬罪で断頭台送りになっても可笑しくない事を民衆達は夢想していた。

 

 そしてそんな彼との合同での依頼。これに心が踊らないはずがない。誰も彼もが昂る気持ちを抑えつけて、騎士団すら手を焼く盗賊団が根城にしているという洞窟へと突き進んだ。

 

 そして私は、私達は、彼という殲滅の光輝に魂の隅から隅まで焼かれてしまった。

 

「俺に見せてみろ、貴様等の力を!」

 

 乱れ飛ぶ斬撃の嵐。気炎を灯した瞳で数多の盗賊達を睨みつけながらも斬り倒していくその様は正しく万夫不当の英雄で、そんな彼から力を証明してみせろと言われれば士気が上がらないはずもなく──

 

「ああ、そうだとも! 俺はこんなもんじゃねえ!」

 

「ええ、見せてあげるわ! 私の力を!」

 

「上等じゃないですか。僕の本気をその目に焼き付けてあげます!」

 

 誰も彼もがまだだ、まだだと気概を吼えて彼に認めてもらうべく更に限界の1歩先へと突き進み始める。

 

 乱れ飛ぶ魔法、間隙もなく襲いかかる矢の雨、武器ごと叩き斬らんと振るわれる斬撃。正しく盗賊からしてみれば悪夢以外の何ものでもなく、そしてまた騎士団すら手を焼く盗賊達を追い詰めているのは他でもない自分達なのだという事実が更に彼らを熱狂の渦に叩き込む。

 

「クソッ! なんだってんだよ此奴ら!」

 

「聞いてねえ! 聞いてねえぞこんなの──ぐあっ!」

 

「このクソッタレがァァッ───!」

 

 盗賊達も応戦こそすれど彼らのイカれた領域まで踏み込み始めた士気が彼らの抵抗する意志を根こそぎ奪っていく。並の騎士なら一方的に殺せる程の実力を持つというのに盗賊団の者達が彼等よりも遥かに劣るはずの傭兵達に押されてしまう。

 

 反撃をしても、殴り飛ばしても、斬り倒しても彼らは決して地に膝をつけない。まだだ、まだやれる。こんなものじゃないと気概を吼えて気合と根性だけで彼らは盗賊達との実力差を埋めてくる。そんなイカれた連中に仕立て上げているのは間違いなくその中心にいる男。

 

「ゲーネハルトォォォッッ……!」

 

 剣を振るい、魔法を放ち、常に最前戦で戦い続けるその様で傭兵達を狂気じみた存在にさせてしまう程のカリスマを誇るゲーネハルト・アイン・クラウスという後続の目を焼く殲滅の光輝に他ならない。

 

「──いいや、まだだ! 貴様等がその程度の筈が無いだろう! 貴様等ならまだ出来るはずだ! そうだろう!?」

 

 彼は油断なく敵を見定めてながらも味方を鼓舞する。そしてまた彼の期待に応えるように傭兵達は更に猛威を奮う。

 

「「「当たり前だァァッ──!」」」

 

 彼という光輝が彼ら傭兵達を更に限界のその先へと押し上げ続ける。少しの前の自分を更に越えんと彼らは幾度となく成長を繰り返しては盗賊達を斃していく。そして遂には彼らは意志力だけで自分達より遥かに強かった盗賊達を圧倒し始めた。

 

「ク、クソッ! 逃げるぞ!」

 

「こんなのやってられるか!」

 

 次々に仲間がやられていくのを見て一部の盗賊達は逃げようとする。

 

 ──だが、まるでそれを読んでいたと言わんばかりにゲーネハルトの憤怒の込められた震脚が大地を砕いて地面を大きく揺らす。ともすればこんな威力、洞窟が崩れてもおかしくないというのに躊躇いなく放つそれは正しくイカれた破綻者そのものであろう。

 

「なるほど、そのように振る舞うのもまた良いか」

 

「は? 何言って──」

 

「良い勉強になったよ。では、さようなら」

 

 振るわれる斬撃。ゲーネハルトが小さく呟いた言葉をたまたま聞けた盗賊の男は疑問を抱いたまま、昏い闇の底へと意識を沈められた。

 

 全ての盗賊達を打ち倒したことでほんの一瞬、洞窟内が静寂に満ちる。そして───

 

「ウオオオオォォッッ───!」

 

 けたたましい程の歓喜の声が洞窟内を埋め尽くす。

 

「勝った、勝ったぞ俺達!」

 

「騎士団が手を焼く盗賊達を私達だけで倒しきれるなんて……ああ、もう最高!」

 

「今夜は最高の宴になりますね!」

 

 洞窟全体を揺らしているんじゃないかと疑うほどの声量にゲーネハルトは眉を顰めながらも決して文句は言わず、黙って洞窟の外へと歩き出した。それに気がついたティアラ・ホライズンは彼を呼び止めた。

 

「あ、あのゲーネハルト様何処へ行くんですか?」

 

「決まっているだろう。成すべきことは果たした。ならば最早この場に用はない」

 

「ですが報酬金が──」

 

「戯けが。あんな端金なぞ貰っても意味は無い。貴様等平民共で宴の支度金に使うなり好きに使えばいい」

 

 そういうと彼はもはや語る事などないと言わんばかりに早足に洞窟の外へと出ていった。その後ろ姿を見送ってティアラは胸の前で手をギュッと握り締めた。

 

(ああ、本当にこの御方は──)

 

 きっと彼は自分という貴族がいれば気まずくなると思っているのだろう。だからこそ、彼は黙って消えるんだ。何処までも民の事を愛しているが故に、何処までも民の幸せを願っているために。

 

 そんな風に思われている件の英雄は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なるほど、ああいう風に踏み台感を表現するのもいいね。流石盗賊、同じ踏み台として見習うべきことは沢山あるな!)

 

 なんともまあ英雄らしからぬことをことを考えていた。

 

 

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 なんかよく分からんが踏み台っぽいキャラに転生したみたいだ。

 

 銀色の髪、赤と金のオッドアイ、モデルの顔負けの体型に顔。加えて希少な魔術適性持ちに上位存在である精霊が視える魔眼、止めに平民を見下しまくっている貴族の生まれ。如何にもな踏み台役です。これで踏み台でなければ何が踏み台だと言うのか。詰め込みすぎじゃなかろうか。

 

 いやまあ、この魔法と剣の世界に生まれ落ちてからそこそこ経った今だからこそ言えるが、生まれてから10年くらいはここが何なのかも分からなかったし、どういった世界なのかもよくわからんかった。

 

 というのもどうやら俺が生まれた家はそこそこな貴族らしく、その上俺は両親が待望していた男児との事も相まってそれはもう過保護というか、執拗にと言うくらい甘やかされていた。

 

 あれが欲しいと言えば買ってくれるし、なんなら言わなくてもそれをチラ見しただけで買ってくる始末だ。元庶民だった身としてはそんなにバンバン金使っても大丈夫なのかという心配事もあったし、なんならそんなに多くの物を買ってもらって悪いという罪悪感もあった。

 

 まあ、そんな両親だったからか街にいく事をそうそう許しはしてくれず、本当にごく稀に帝都──シュヴァール──に行かせてもらえるくらいだった。

 

 そしていつだったか、帝都に行ったのだがそこで運命的な出会いをした。

 

 あまりにも執拗い両親に嫌気がさしてさらっと撒いて逃げ出した。一応魔力でマーキングしているからこの帝都全域の何処にいようが探知できるため問題ないと踏んで行動に移したんだ。

 

 まあ、急に消えて悪いとは思ってるんだが……。でも見た目は子供でも精神はもう大人なのだ。ずっと手を引かれてあちこち行くのは大分心にくる。

 

 というわけで逃げ出して1人で帝都の中をふらふらとほっつき歩いていたんだが、ちょうど曲がり角のところで誰かとぶつかった。その子は俺を見るなり顔を蒼くして凄い勢いで謝っていたけど俺は生憎だけれどそれどころじゃなかった。

 

 一目見てはっきり分かったよ。

 

 ──此奴、主人公だってね。

 

 何せこの子、阿呆みたいに精霊に好かれてるせいで滅茶苦茶光り輝いていたのだ。なんなら思わず光の玉かと勘違いしたほどだ。

 

 いやあ、驚いたね。後にも先にもあんな主人公してますよオーラ出してるのはあの子以外とあったことが無い。

 

 それで気が動転してやたら尊大な口調になったまま彼を助け起こしたんだが、そこで改めて容姿を確認したんだ。いやまあ、どんな主人公なんだろうと思ってね? 

 

 で、よくよく見てみると流れるような金色の髪に海のように全てを優しく包み込んでくれそうな蒼の瞳。加えて少年だということを差し引いてもなお優しげで儚そうな白く美しい中性的な顔。

 

 平民なのかそれとも孤児院の子なのかよく分からないけど、薄汚れていてもなお輝いて見える魔性の美貌に思わず笑っちゃったよ。

 

 とりあえず怪我をしていたみたいだし、回復魔法をかけてその場からそそくさと去ったんだけど、その日は寝れなかったね。何せ主人公と思わしき存在と遭遇したのだ。

 

 きっとなんかあれだよ、光の勇者とかなんかそんな二つ名が付くような存在だよあの子。

 

 そして何の因果か、俺は見た目も出自も能力もまんまThe踏み台なキャラになっている。ということは、だ。俺はこのままで行くとあの子の踏み台になるわけなんだが──。

 

 

 最高か!? 

 

 

 最高だな! 

 

 

 いやあ、生まれてこの方神様なんぞに祈ったことも無いが、今だけは感謝のキスを雨霰のようにしたいね。なんなら足舐めてもいい。それ程までに俺は興奮してたんだ。

 

 何故なら俺はどちらかと言うと主人公という存在よりも彼等に敵対する所謂、かっこいい悪役という存在に憧れていた。恥ずかしながら前世ではよく夢想したものである。

 

 とは言ってもそこいらの奴の踏み台にされるのは嫌であることは確かだ。けど、あんな人の良さそうな主人公ともなれば踏み台になってもいいんじゃないかと思える。

 

 なんなら尚更気分は上がるし、中二病が再発した。

 

 ──そう、だから俺は、ゲーネハルト・アイン・クラウスという存在はあの光り輝くあの子の踏み台になりたいと心から渇望してしまったんだ。

 

 と、なればだ。自分を徹底的に鍛えて鍛え抜くしかないと考えた。何せ俺という存在はあの子という勇者くんを更に輝かせるための踏み台でしかない。

 

 ──ならば、ああ、そうだろう? 

 

 跳ねのいい踏み台になるために、よりあの勇者くんがさらに高みを目指せるためにより鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて──鍛え尽くした。

 

 希少な魔術適性をしっかりと伸ばし、客観的に見て駄目だった所は即座に修正した。その魔術適性だけに胡座を欠かず、主要な五大属性である火、水、風、雷、土の全てを脳の血管が破裂するくらい頭を抱えながらも全般を一から学び直して最適な魔力運用を行えるように訓練した。

 

 魔法だけでは駄目だろうと考えて武術も修めた。剣術、槍術、弓術、棒術、格闘術などの己ができる全ての武術を体験して獲得し続けた。

 

 そして覚えてる程度では駄目だと何度も実戦に赴いた。

 

 魔物が跋扈している場所があると聞いたならば即座に飛び出て戦いの糧にした。

 盗賊団がいると聞いたならば対人戦の経験を積むための良い経験になると喜んで赴いて戦った。

 強い魔物が現れたと聞けばいい訓練相手になると1人で飛び出して討滅した。

 

 いずれも大変だった。敵の血なのか己の血なのか分からないほどに血塗れになるのは当たり前だったし、何度もゲロをぶち撒けた。それでも尚、諦めたくなかった。

 

 ──否、諦められなかった。

 

 だってそうだろう? 

 

 俺は踏み台だ。踏み台になるべくして生まれた存在だ。ならばそうだ。踏み台は踏み台らしく、より跳ねる踏み台に、より高く跳べる踏み台になるべく俺は己を鍛え続けた。

 

 壁にぶつかって立ち止まる時間すら惜しかったから自分の体を戦闘用にフル改造して、魔術回路も弄り続けた。幸いなことにこの肉体は踏み台らしく多彩な才能に溢れてもいたために、致死率9割を超えるであろう改造も1人で行えたし、生き残ることだってできた。

 

 家族は最初は天才だと褒め称えてくれていたけれど、最後には号泣しながらそんなに強くなろうとしなくていいと泣き縋って止めに来た。それでもそんな制止を振り切って俺は鍛え続けたんだ。

 

 そして同時に踏み台らしくある為にどういう風に振る舞えば踏み台のようになれるかも研究した。

 

 そういう言葉回しは専ら悪事を為している者達の方が詳しいだろうから盗賊やら悪徳商人やらを探し出しては見習う為に煽り倒したり、潰して回ったりしてた。

 

 なんで戦うのって聞かれると踏み台って基本的にやられ役じゃん? なら、やられる時の言葉回しを知っておきたかったんだよね。常日頃の言動なら周りにいる下水のような性格をしている貴族達を真似ればいいし。

 

 こう、なんかやたら尊大な口調で貴族や皇族以外を見下しておけばいいんだろう? 

 

 それなら完璧だね。時々民衆の前に出て散々見下した口調で何度も話したからね。お陰様で出歩けば民衆達からは熱い視線受けるようになったし。ふっふっふ、民衆からの憎悪を感じますわ。

 

 ──そんな風に己の踏み台力を高め続けてはや10年。

 

 俺はいつしかシュヴァール帝国史上最強と呼ばれる存在になった。

 

 そして、己の役割を果たすべくあの日であった勇者の踏み台に──なれませんでした! 

 

 

 何故だァッッ!? 

 

 

 いつまで経ってもあの勇者くん一向に俺の前に現れてくれないんだけど!? 民衆から目の敵にされてる悪徳貴族はここにいるぞ!? 

 

 いやあ、最初あの勇者くんかな? って思った子はいることにはいるんだよ。でもさあその子、ボンキュッボンなナイスバディな女の子なんだよ。髪の色も瞳の色も同じだが、精霊にも好かれてたけど昔見た勇者くんに比べるとあまりにも精霊が少なかった。

 

 それに昨今のゲームの勇者を名乗る存在ってだいたい男じゃん? 某国民的勇者も男ばっかりだし、仮に女勇者だとしてもこう、なんと言えばいいのか。どちらかと言うと彼女は勇者くんのヒロイン的存在にしか見えないのだ。何せ使う魔術がサポート寄りなのだ。防御系の魔法にちょっとした回復系魔法。サポート主体の勇者とかあんまり聞いたことがない。

 

 なのでいつだったか忘れたが多分あの子はあの勇者くんの妹、若しくは姉の可能性もあるかと思って話しかけて聞いてみたらどうやら兄も弟もいないらしい。

 

 だから多分親戚の子なんだろうね。おっそろしきかな勇者の血筋。まあでも俺もいい踏み台になるべく踏み台力をめっちゃ鍛えたしね! 踏み心地いいと思うし、凄く高く飛べると思うよ。だからいい加減勇者くん俺の目の前に現れてみない? 

 

 こうもあんまり現れてくれないとなるとなんかこう、しょげてしまうというか、色々と萎える……。

 

 最近じゃあ相手になるような魔物もさほどいないし、踏み台の言葉回しを倣える様な帝国周辺の盗賊団は全部壊滅させたから探しに行くには他国に赴かないといけないし。

 

 その為にはあのいけ好かない皇帝陛下に許可取ってこないといけないし……。でもあの皇帝陛下、性格はクソだけどかなり危険な討伐依頼とか投げてくれるからそこだけは評価してるんだよね。

 

 けど最近は全然寄越してくれないんだよなあ。はよ何か依頼寄越せ! 

 

 今せいぜい出来ることと言ったら大暴走(スタンピード)を引き起こし掛けてる魔物の群れに単独で殲滅するくらいしかぶっちゃけないんだよね。

 

 うーん、どうすればあの勇者くんは俺の目の前に現れてくれるんだろうか。

 

 ……いや、待てよ? 

 

いっその事帝国に反旗を翻してしまえば良いのではないだろうか!? 

 

 いやいやいや、これでしょこれ! これは今世紀最大の閃きだわ。俺という存在が帝国に反旗を翻す大悪として君臨すれば勇者くんも流石に出て来ざるをえないだろう。

 

 家族には迷惑がかからないように勘当してもらえばいいだろう。多分怒られる所じゃあすまないけどそれで止まれる程度の渇望ならとうに昔に止まってるしね。こうなったらもう突き進むしかねえ! 

 

よっしゃッッッ! 何だか燃えてきたぞォッ! 

 

 

唸れ、俺の踏み台魂──ッ! 

 

 




なお、主人公は勘違いしているがこのゲームは勇者が主役の物語ではなく革命軍が主役の物語である。

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