「なあ、おい」
「キミはこの世界の歴史の全てが『誰か』によって設定された予定調和に過ぎない……なんて言ったら信じるかい?」
「おいおい、そんな胡散臭い物でも見るような目をしてくれるなって」
「そう難しく考える必要はないんだ。それは誰だって知ってることなんだ」
「迂遠な言い方になったけどさ……本当は誰だってその言葉を口にするんだ」
「その言葉の意味をみんなが考えないだけで、誰だって一度は口にするんだ」
「なあ、おい」
「キミは運命を信じるかい?」
一体何が原因なのか、神様とやらの気まぐれなのか、それとも世界とはそういうものなのか。
はたまた自分には何かそういう才能でもあったのか、何かの儀式でも起こった結果なのか。
そんなことは知らないが、俺という人間がこの世に『生まれ直して』十五年の月日が経ったのだ。
そう、生まれ直して。
生まれ直した、のだから、生まれる前とやらがあったわけで。
全く覚えてはいないが、俺は今居るこの世界が架空とされている世界からやってきたらしい。
いわゆる前世の記憶というやつである。
とは言え前世の自分がどんな人間だったのか全く覚えていないし、どうやって死んだのか、何歳で死んだのか、どんな生き方をしたのか、そういう自分に関する記憶はまるで無いので余り生まれ直したという感覚も無いのだが。
ただこの世界が『空想』とされていることだけは知識として知っている。
ポケットモンスター。
それはこの世界の名前であり、この世界に最も多く生息する生物の名でもある。
一体前世の自分はどんな人間だったのか、ポケモンという存在についてかなりの知識が記憶の中に眠っており、その中には現代でも未だに解明されていないようなポケモンの秘密すら存在する。
もしかして俺は狂っているのではないだろうかと自分を疑ったこともあったが、けれど幾度か試した結果、自らの記憶が『正しい』ということを理解し、疑うのを止めた。
そして『正しい』のならば、その記憶、知識はとてつも無いお宝であった。
強いポケモンを育てるための
強いパーティを組むための
強いトレーナーになるための
それらを駆使してトレーナーを目指そうと考えるのは至極当然の帰結だったのだろう。
で、結論だけ言うならばこれらの論理はこの世界においても通用した。
まあ勝つことを突き詰めた論理なのだから、それを実践すれば勝てるようになるのも道理ということだろうか。
とは言えこの世界は知識の中にあるように画面の向こうでぴこぴことポケモンたちが動くような世界ではないので、当然齟齬は発生する。
そしてその齟齬を埋めるのがトレーナーとしての俺の才覚なのだろうが。
残念ながら俺はそこまで才能が無いらしい。
俺が勝てているのはポケモンの力が大きい。
前世の記憶から引き出した知識によって育てられた俺のポケモンたちは確かに他のトレーナーたちのポケモンより一段も二段も強かった。
さらに言うなら才能が無いと言っても決して『致命的』なレベルではないようで、いくらポケモンが強くてもトレーナーがダメなようでは……というラインまでは行ってはないようだった。
それにその才能、とやらも決して埋められない物では無い、
時間をかけて努力する。
元より人間は少しずつでも成長できる生き物なのだ。
月日を追うごとに自分と自分のパーティが強くなっている自身があった。
そうしてトレーナーになって三年目。
生まれてから十五年目にして俺は『カロスの頂点』へ手をかけた。
チャンピオンリーグは四人の四天王(五人いてもおかしいから当然ではあるが)とチャンピオンとの五連戦勝ち抜き方式だ。
四天王は誰も彼もが強敵ではあったが、それでも俺だって必死こいた努力を積み重ねてきたのだ。
激闘ではあったが、勝ちを積み重ね四人全員を抜き去った。
そうして最後の一人、カロスチャンピオンたる『カルネ』へと勝負を挑み。
―――敗北した。
* * *
理解ができなかった。
余りのことに思わず思考が止まり、決着がついた後もしばらく呆けてしまっていたくらいだった。
負けたことが……ではない。
元より絶対に勝てるなんて己惚れていたわけでも無いので敗北の可能性だって最初から織り込み済みだった。
負けたならより努力を積み重ねてまたチャレンジすれば良い、そういう気持ちは最初から作ってあった。
負けた原因が……ではない。
カロスのチャンピオンは正真正銘のポケモンバトルの天才だ。
自身には無い圧倒的な『才能』というものを持っていることなど最初から分かっていた。
何度か読み負け出し抜かれた、気迫に押され強気に行かなければならないとこで引いてしまった、それ以前に入れ替えや指示の技術の差があった、それは小さな小さな隙かもしれないが、積み重ねて行けば試合終盤に覆しようのない一手の差となることもある。
要するにトレーナーとしての全てがチャンピオンに劣っていたのだ。
それは確かに負けるだろう。
それでも決して覆せない差では無かったはずだ。
少なくとも俺とチャンピオンのバトルは確かに『勝負』になっていた。
一方的な蹂躙ではない、倒し倒されの勝負だったはずだ。
―――途中までは。
ポケモンバトルにおいて、運の要素というのは意外と多い。
攻撃の命中、回避から始まり、命中した攻撃が直撃するか、それとも掠るだけなのか。はたまた上手く急所を捉えることができるのか。
状態異常になった時……例えば『ねむり』や『こおり』状態がどれくらいの時間経過で解除されるのか。
それ以外にも技の追加効果や特性が上手く発動するのか。
これらはトレーナーやポケモンの技術によってある程度は確率を変動させることはできる。
だがどれだけ上手くやろうと現実でのバトルにおいて『絶対』は無い。
急所ランク+3でも確定急所が入らないことがあるのが現実のポケモンバトルというものなのだ。
だからこそ、どれだけ確率を上昇させたところで、最後の最後で必ず『運頼り』になる場面というものがある。
そして例えどれだけ的確に相手の行動を読めても、確率ばかりはどうにもならない。
九割方勝負の決まっていたはずのバトルですらたった一回の運要素に覆されることすらあるというほどに運の振れ幅というのは重要になる。
だが基本的に確率というのは平等だ。
百回投げられたコインは裏と表の数は互いに50に近しい数になる。
例え一時の偏りがあったとしても千回投げれば、一万回投げれば、その数の比は一対一に等しい値となる。
だからこそバトルもまた同じ。
運に恵まれたり、運に見放されたり、そうやって有利を得たり、不利に陥ったり、その結果勝ったり、負けたり。
運に振り回されながらも、俺たちトレーナーは運の要素をなるべく少なくしていこうと日々苦慮している。
例えツキに見放されたとしても勝てるほどの実力差、それがあれば戦う前から勝てることが決定しているようなものなのだから。
だが現実はそう容易くは無い。
トレーナーの実力の差が近ければ近いほど、運に頼らざるを得ない勝負になっていく。
まして相手のほうが実力が上ともなれば、運を味方につけなければ勝てないと言えるほどに。
とは言っても結局運は運だ。運だけで全てが決まる物では無い。
それは自負とも言える。
運だけで全てが決まるほどに俺が積み重ねてきた物は小さくない。
そう、だから、そう。
理解ができなかった。
耐えれると思ったはずの場面で急所。
まあトレーナーをやっていれば稀にあるあるだ。
トドメを期した一撃が外れる。
まあ偶にならあるだろう。
当たるはずがないと思ったはずの攻撃が連続して当たる。
そういうことも偶にならあるだろう。
れいとうビーム一撃で『こおり』状態になる。
10まんボルト一発で『マヒ』になり。
ラムのみを持たせたはずのポケモンは二連続だいもんじで二回連続『やけど』を引く。
『ねむる』を使った味方のポケモンは最長時間『ねむり』続け、逆に相手を『ねむり』状態にしたのに最短時間で目覚める。
一つ一つならば偶にある、程度のことだ。
トレーナーをやっていればあるあると共感できるだろう。
だがそれらが全て積み重なればどうだろう。
現実において明確な確率表記があるわけでは無いが。
それら全てが積み重なる確率など天文学的数字に等しくなるはずだ。
所詮は運、と言えばそれまでではあるが。
寄りにも寄ってチャンピオン戦という一大事において、それが起こり得るなど誰が予想し得ようか。
『チャンピオン』もまたそれを理解しているからこそ、いたたまれなさそうな表情で俺の前を去って行った。
敗北。
結局、それが俺の最初のチャンピオン戦の結果だった。
* * *
嘘のような敗北からさらに一年が経ち。
それを思い出したのはテレビに映るとある人物の顔を見た時だった。
フラダリ財団代表のフラダリ。
カロスでも最も有名な人間の一人だろう。
同時に俺の記憶がもう一つの事実を教えてくれる。
―――フレア団首領フラダリ。
近年その名を聞くようになったチンピラ集団。
けれどその実態はカロス全土を窮地に陥れんとするテロリスト集団である。
それを知っていて無視することなどできるはずも無い。
原作主人公たちが何とかしてくれるなんて保証は無いのだから。
そう思い、一旦トレーナー業を休止してフレア団を調査し始めた……のだが。
見つからない。
全く見つからない。
名前だけはあちこちで聞くのに、なのに不思議なほどに出会わない。
まるでこちらの行動が全て筒抜けになっているのではないかと錯覚するほどに、フレア団の下っ端にすら遭遇することができない。
やつらのアジトを襲撃すれば、とも思ったが現段階ではフレア団はただのチンピラ紛いの集団であり、彼らとフラダリの間に繋がりを示すような物は何一つとしてない。
フレア団のアジトは基本的にフラダリ財団関連の施設が多い。
そしてフラダリ財団自体はこのカロスで最も信頼を得ている企業だ。その施設に踏み込み襲撃などすればこちらが警察に捕まるのは目に見えている。
となればアジトから出てきているフレア団の下っ端を適当に締め上げるしかないのだが、肝心の下っ端がまるで見当たらないのだ。
確かにカロスは広い。
現状世界で一番広い地方とされているのは伊達ではない。
だがそれにしたってフレア団はカロス中で活動を確認された存在だ。
しかも本拠地のあるこのミアレシティで一週間以上探して見かけることすら無い、というのはいくらなんでもおかしいのではないか。
何かおかしい、些細な違和感が頭の中に残った。
* * *
―――奇跡のような偶然が二度続けばそれはもう必然ではないだろうかと思えた。
結局フレア団の調査活動は一か月以上の月日を費やしても何の結果も得られず、そうして二度目のチャンピオンリーグの時期がやってきていた。
この一年、俺だって遊んできたわけじゃない。
運なんて捻じふせてやろうと鍛えに鍛えての再戦である。
四天王は相変わらず強敵ではあったが、去年の激戦でまた一つトレーナーとしてレベルアップした感覚がある。去年よりは余裕を残して戦えたと思う。
そしてそれこそが俺は去年よりも強くなっているという確信と自信の源となっていた。
とは言えチャンピオンカルネが不世出の天才であることは疑いようも無い事実だ。
前世の記憶によれば十代前半くらいの子供のトレーナーになったばかりの主人公に敗れているようだが、本当にそんなことがあり得るのかと疑いたくなるほどにチャンピオンは強い。
当然だ、チャンピオンなのだ。
このカロスで最も強いトレーナーなのだ。
必勝を期して二度目の挑戦。
去年である程度の実力は計れた、今度こそは勝って見せる。
また負けるんじゃないか、そんな弱きを吹き飛ばさんと自らに喝を入れ、上がったチャンピオンリーグの舞台で。
―――俺は再び敗北した。
去年よりは善戦したと思う。
だがそれでも明らかにおかしいほどに運が偏る。
それを嫌って極力運頼りな部分を省いたはずだ。
それでも完全には無くせない。そして無くせなかった運試しにことごとく敗北し。
結果的に運という絶対的なアドバンテージを覆せずに敗北。
どうして?
なんでこんなことが起こる?
いくらなんでも異常過ぎた。
明らかにチャンピオン戦でだけ運が偏る。
偶然?
果たしてそうだろうか?
それはもう奇跡でも偶然でも無い、ただの必然なのではないか。
まるで
それをあえて言葉にするならば。
―――運命とでも呼べる何かがそこにあるような気がした。
多分あと二話か三話くらいで終わる(予定)の一発ネタです。