「運命なんて不確かな物を本気で信じてるのかって?」
「確かにそうさ、それは不確かで、目に見えなくて、ただの偶然の一言で片付いちまう」
「けどな、偶然だって連続すればそれはもう必然のように思えてこないかい?」
「コインを投げて九十九回連続で裏だったなら、百回目もまた裏になると思わないかい?」
「確率は所詮二分の一。確率は常に二分の一」
「それでも人間ってのはそこに必然を見出しちまうのさ」
「そしてそんな必然を人はこう呼ぶのさ」
「これはまるで運命だ」
俺が『運命』の存在を確信したのは二度目のチャンピオンリーグから半年後。
ホロキャスターを通じてフラダリが最終兵器の起動を宣言した瞬間だった。
この半年、俺は何度となくフレア団を探した。
すでにフレア団の活動はカロス中に広がっており、毎日のようにどこかの街でフレア団が騒動を引き起こしているほどだ。
警察も本格的にフレア団を追っていたし、目撃情報も相次いでいた。
にも関わらず俺はフレア団を見つけることができなかった。
俺が探している時だけフレア団は活動しておらず、俺が探すのを止めた直後にどこかで騒動が起きる。
騒動を聞きつけて現場に駆け付けた時にはすでにいない。そんなことの繰り返しだ。
確かにそこにいるはずなのにまるで霞のように捉えられない。
そこに作為を感じずにはいられなかった。
そうこうしている内にフラダリの宣言。
後手に回ったと思った時にはもうすでに原作主人公たちによって全てが解決した後だった。
薄々そうなんじゃないかと思っていたが、『運命』はとにかく俺を『ストーリー』に関わらせたくないらしい。
理由は何となく察しはつく。
原作において俺という存在はいなかった。もしくは居たとしても名前も姿絵も無いただのモブキャラだったのだろう。
そしてそんなモブキャラが原作に関与していたか、と言わればノーだ。
チャンピオン戦での不自然なほどに負けはつまり『原作主人公がチャンピオン戦に挑む時そこにカルネがいたから』こそチャンピオンの交代を起こさせないように世界が働きかけていたのだろう。
それは偶然と呼ぶには余りにも作為的過ぎた。
それを偶然と呼ぶには余りにも露骨過ぎた。
少なくとも俺はそこに『運命』の存在を感じずにはいられなかった。
ましてあれだけ探してもいなかったはずのフレア団があの騒動の後、残党を街中でちらほら見かけるようになったのだ。
半年以上探しまわって一度も見かけることの無かったのに、だ。
余りにも出来過ぎていてそれを偶然という言葉で片づけるには難しかった。
* * *
セレナという少女に出会ったのはその一月後だ。
それはフレア団を壊滅させたトレーナーの名であり、記憶の中の『主人公』の名である。
カロスリーグへと至る道、チャンピオンロードでの邂逅だった。
チャンピオンロードはカロスリーグを目指す者たちが集う場所であり、リーグ挑戦のための最後の修行場でもある。
フレア団の壊滅という
当然バトルした。結果的には勝利したが……。
困ったことになった、と思った。
カロスリーグというのは実のところ誰でも挑めるわけでは無い。
記憶の中の『
連戦しようにもポケモンセンターに預ければ速攻回復、などということがあるはずも無いしとなるとやれるとしても挑戦の受付は一日一度。
バッジを8個集めるというのはそれなり以上に難しいとは言え、カロスのトレーナー人口を考えればそれでも四桁以上の数は普通にいる。
その全てを相手にしていては最低でも日に三人から四人以上……不可能である。
故にチャンピオンリーグという興行がある。
挑むためには挑戦希望者全員でトーナメントに参加し、その年にカロスリーグに挑むことができるトレーナーを厳選する。
挑戦できる人数は過去にはたった一人、トーナメントを制したたった一人だけがリーグ挑戦を許される、なんて時代もあったらしいが、カロスは世界最大規模の土地を持つ地方だ。当然ながらトレーナー人口も相応に多い。
先ほども言ったが挑戦資格を有してるトレーナーだけで四桁。しかもわざわざバッジを8個集めるトレーナーというのは本気で『上』を狙うやつらばかりであり、当然ながらその大半がリーグ挑戦を希望する。
その中でたった一人、というのはいくらなんでも時代錯誤だ。
何よりトーナメントからリーグ挑戦までカロス地方における年に一度の最大規模の『興行』なのだ。
故に公認ジムの置かれた8つの都市でそれぞれトーナメントを開き、そこで優勝した8人のトレーナーがリーグへの挑戦を許可されることになる。
で、何が困るかと言うと。
当然ながら記憶の中の『ストーリー』、その終点は主人公の『ポケモンリーグ』制覇となる。
つまり『運命』の流れが絶対となるならば今年のトーナメントでセレナは必ず優勝し、リーグに挑戦し、そしてチャンピオンになる。
これは『運命』が決めた絶対の流れだ。
つまり俺が今年もリーグ挑戦しようと思うならばセレナと同じトーナメントグループに入った瞬間に去年や一昨年のチャンピオン戦のような事態が発生し敗北が決定する、ということに他ならない。
また『運命』である。
実に厄介な話。
とは言えこの『運命』、回避する方法をすでに思いついている。
要するに『原作』を乱すことになるからこそ『運命』が働くのだから『原作』を乱さなければ良いのだ。
馬鹿の発言みたいになっているが、要するに今年は静観して『原作』が終わった後に動けば良い。
例え『ストーリー』が終わった翌年に主人公がチャンピオンを失陥していようと、それは『描写外』の出来事であり、『原作内』において語られていない以上、最早どういう未来を辿るかは『自由』なのだから。
つまりあと一年、あと一年我慢すればこの煩わしい『運命』にも振り回される必要も無くなる。
セレナと戦った所感だが、確かに才気はあると思ったがそれでも勝てないレベルじゃない。
実際『原作イベント』の『描写外』で戦った今しがたのバトルでは普通に勝っているのだ。
だがもしトーナメントに参戦してセレナと戦うことになったとすれば『運命』は俺を敗北へと導こうとするのだろう。
今年は諦め、来年に向けて特訓を重ねる。
多分それが『賢い』選択なのだろう。
負けると分かっていて戦うトレーナーは居ない。
だって戦って傷つくのはトレーナーじゃない、ポケモンなのだから。
ポケモンセンターに行けば傷は治せる。
何だったらフレンドリーショップで『きずぐすり』でも買えば身体的な傷はすぐにでも癒せる。
でも心の傷はそうはいかない。
ポケモンは生物なのだ。
俺たち人間と同じ感情を持った心ある生物なのだ。
勝てば嬉しいと喜び、負ければ悔しいと涙する。
同じなのだ、トレーナーもポケモンも。
俺が負けて悔しいと思うのと同様に俺の仲間たちも悔しいと思っているのだ。
ならわざわざ負けると分かっているバトルで傷つく必要も無い。
そう、思う。
そう、思っている。
本気でそう思っているのだ。
* * *
―――お前たちはどうしたい?
そう尋ねた俺に、仲間たちは全員やると答えた。
ペットは飼い主に似るというが、俺に似て実に馬鹿なやつらである。
『運命』に操られているような感覚はきっと俺よりも実際に戦っているこいつらのほうが強いだろう。
その絶対的な強制力もまた身をもって体感したというのに。
それでもやってやる、勝ってやると息巻いているのだから。
馬鹿としか言いようが無い。
まあ俺もまたそんな馬鹿の一人でしかないのだからこいつらを非難することなどできるはずも無いのだが。
『運命』とは実に厄介なものだ。
目に見えず、触れることすらできないのに、けれど確かにそこにあると思わされるような確率の偏り。
それを偶然と呼ぶには余りにも意図的で、それを奇跡と呼ぶには余りにも必然めいていて。
それに逆らうなんて大それたことだ。
だってそれは言うなれば世界を相手に反逆するがごとき大事だ。
人間一人にポケモン六匹、そんな小さな単位で世界を相手にしようというのだから無理難題もここに極まれり、だ。
それでも仲間たちはやると言ったのだ。
それでも仲間たちは勝ちたいと言ったのだ。
実際に戦っているあいつらがそう言ったのだから。
だから、トレーナーが逃げ出すなんて絶対にあり得ない。
戦えない俺にできるのは戦ってるあいつらが勝てるように導くことだけだ。
戦う前から怖気づくなんてあり得ない。
だったら腹を決めるしかないだろう。
例え『ストーリー』に関わることの無い端役だろうと。
例え十把一絡げのモブキャラだろうと。
俺たちは確かにここに居るのだ。
例えこれが『愚か』な選択だろうと、それでも良い。
世界に向かって堂々と叫んでやる。
俺たちはここにいるのだ。
例えモブキャラだって意地があるのだ。
* * *
俺には前世の記憶というものがある。
けれど俺には前世の人格というものが無い。
だからこの世界に生まれた俺にとって現実というのはこのポケモンの世界そのものであり。
にも関わらず世界はまるで『創作』のように『ストーリー』なんて現実味が無いものが存在するのだ。
偶に思う。
なんで俺には前世の記憶なんて物があるのだろう。
きっとこれが無ければ俺は『ストーリー』の存在に気づくことは無かった。
勝利も、敗北も時の運として飲み込むことができただろう。
なんで俺はこの時代に生まれたのだろう。
きっとあと十年前後して生まれていれば『ストーリー』に関わることすら無くこの世界を現実として生きられたはずだ。
けれど現実には偶然にも俺には前世の記憶があって、偶然にも俺は『原作』と被るような時代に生まれ、そして『運命』とでも呼ぶべき……シナリオ強制力を受けている。
果たしてそれは偶然なんだろうか。
否、きっと偶然なのだ。
もし何がしかの必然がそこにあったとしても。
俺はそれを偶然だと思いたい。
俺は俺だ。
俺は俺なのだ。
世界の操り人形でも無ければ、『運命』に翻弄される傀儡でも無い。
この世界という『現実』に生きる俺という一人の『人間』がここには居るのだ。
だったら一人の人間としてどこまでも抗ってやるだけだ。
例え『運命』が俺の敗北を告げようと。
そんな『運命』は糞食らえだ、と中指を突き立ててやるだけだ。
この『ストーリー』において俺はモブかもしれない。
でも逆に言うなら俺には何の『役割』も無い自由があるのだ。
だったらとことんやってやろうじゃないか。
傲岸不遜なくらいに堂々と言ってやれば良いのだ。
―――こんな運命ぶち壊してやる!
ってな。
* * *
わあわあと人の賑わいが耳朶を打つ。
盛況だな、と思ったがすぐに当然かと思い直す。
一年に一度のカロス最大の興行が始まるのだ。
チャンピオンリーグ。
トレーナーの殿堂地方リーグに挑戦するためにカロスリーグが設けた精鋭中の精鋭を選りすぐるためのトーナメント。
集まったのは全国六千を超えるエリートトレーナーたち。
カロスは世界最大規模の地方なので当然ながらトレーナー人口というものが小さな地方と比べると文字通り桁違いとなる。
だがそれだけのトレーナー人口を擁していながらもこのチャンピオンリーグに参加する権利を持ったトレーナー……つまりバッジを8個集めたトレーナーというのは全体の1パーセント未満に過ぎないのだ。
つまりこのトーナメントに参加できるというだけでもカロスにおいてエリートトレーナーの証であり、このトーナメントを勝ち抜くということはカロスのトップトレーナーの仲間入りに等しい。
そこで得られる栄誉を考えればトレーナーならば誰もが参加を夢見る場であり。
同時に参加するからにはそんな夢ばかりも見ていられないのも事実だ。
カロスのトレーナーたちのジムチャレンジによって選りすぐられた上澄みと戦い抜くのは容易なことでは無い。
まして誰も彼もが勝つために必死なのだ。
一戦一戦の消耗も考えれば二カ月、三か月と時間をかけてトーナメントが続くのも当然だろう。
とは言え。
「さあて、と」
今更
「じゃあお前ら」
俺が目指すは頂点のみ。
「そろそろ行くか」
そして、そのためにはまず越えなければならない壁がある。
トーナメント一回戦、その相手を知った時、俺はむしろ『運命』に感謝すらした。
どうせいつかは越えなければならない壁だ。
こんな『運命』ぶち壊してやる、とそう決めた以上避けては通れないのだから。
「さあ」
口元に笑みを浮かべ、ボールを片手に掴み。
バトルフィールドの反対側にいる相手に向かって真っすぐ腕を突きだし。
「勝負だ、
『運命』に宣戦布告した。