「運命ってのは確かにそこにあって、けれど目には見えない」
「みんな心の奥底ではそれが存在すると信じてるけれど、それを真実だとは思おうとしないんだ」
「矛盾かい? でもそうだろ?」
「俺たちの未来が全て最初から決まっているだなんて、誰だってそんなこと信じたくないさ」
「だって俺たちはここにいるんだ、ここにいる俺たちはたった一人なんだ。俺たちは俺たちであって、他の誰でも無い。名前の無い、代用可能なモブキャラなんかじゃない、俺たちは俺たちの人生を生きる主人公なんだから」
「決めるのは俺たちだ、選ぶのは俺たちだ、未来を切り開くのは、俺たちの覚悟と選択なんだ」
「それはカミサマにだって否定はさせない。どれだけ運命が俺たちを否定したって、何度だって叫んでやるよ」
「俺たちはここにいるぜ!」
この世界には『運命』が存在している。
つまり『運命』が導く『ストーリー』がそこにはあり、物語には必ず『主人公』が存在する。
群像劇のように『主人公』を分割し当てはめたような作品だってあるが、それでも『主人公』の存在しない物語など無い。正確に言えば『主人公』がいて、そこに語るべき『歴史』があるからこそ『物語』は生まれるのだ。
この世界には多くの主人公がいる。
俺の知る主人公はセレナだけだが、きっと探せばカルムもいるのかもしれない。
カロスの主人公はカロスの物語の主人公なのだから、他所の地方に行けば他所の地方を舞台とした物語の主人公がまた別にいるのだろう。
だって『ポケットモンスター』とはそういう作品だから。
一人の主人公が連続して主役を務め続けるのではなく、その地方その地方で新しい主役、主人公が存在する。
どの主人公にも決まって言えることは最終的にチャンピオンになる、ということだ。
過去には全チャンピオンの内の最強を決める『ポケモンマスター』という称号を作ろうという動きもあったらしいが、『チャンピオン』というのは地方トレーナー最強の称号であり、トレーナーとはその地方における野生のポケモンに対する『戦力』である以上地方間において『明確な戦力差』というものを決めるようなことはできないと取りやめになったらしい。
つまり『チャンピオン』はトレーナーにとって一つの終着点なのだ。
純粋なトレーナーとして『チャンピオン』より上は存在しない。
故に物語の区切りとしてはちょうど良いのだろう。
とは言えだ、『チャンピオン』とは地方で最強のトレーナーの称号である。
正確には『ポケモンリーグの存在する地方』に限定された称号ではあるが、大きな地方は大多数がポケモン協会を受け入れリーグ設立を行っているのでこれは半ば世界共通の認識であると言っても良い。
『チャンピオン』とはトレーナーなら誰しもが一度は夢見る称号であり、実際それを目指すトレーナーは多い。
その地方における才能あるトレーナーが群れを成して集まり、互いに鎬を削りながら腕を磨き抜く、そんな中でたった一人が得られる称号が『チャンピオン』である。
その称号を得るのは生半可なことでは無い。
現チャンピオンカルネはまさしく生半可ではない強さを持つ。
あれはまさしく不世出の天才だと言える。
実際、俺だって前世の記憶が無ければ勝負にすらならないだろう。
カロスチャンピオンだけではない、他所の地方だって同じ、チャンピオンとは魔窟のようなエリートトレーナーたちの中から飛び出していけるだけの圧倒的な『何か』がある人間だけが立てる場所なのだ。
そしてそんな『チャンピオン』に勝利する『主人公』は確実に才能に恵まれた側なのだろう。
とは言え『主人公』だから才能に恵まれているのか。
才能に恵まれているからこそ『主人公』足りえるのか。
はてさて……一体どちらなのだろう?
* * *
―――正直笑うしかない。
それが今の感想だった。
『運』がひたすらに振り切れていることは自覚していた。
だからこそ、確実な物を選ぶように決めていた。
それでも『運頼り』になる部分は出てくる。
だってこちら側は極力『運』を排したとしても、相手はそうじゃないのだ。
だからこそ、事前に備えた。
振り切れた『運』を最初から想定して、『最悪』だけは避けるようにした。
自慢じゃないが俺のポケモンは強い。
この世界は現実だ。ゲームのように数学とシステムに支配された世界ではないのだ。
分かりやすい強さである『レベル』という数字が無い。
ポケモン図鑑を開いて出てくるのはポケモンの情報と現在覚えている技だけでステータスすら数値化させていない。
だからこそ俺のように育てることが得意なトレーナーのポケモンは他のトレーナーと比べても一回り強い。そこにさらに二年に渡ってチャンピオンに挑むことができるほどに勝利と『経験値』を積み重ね続けているのだから猶更だ。
純粋なポケモンの能力だけで言うならば俺のポケモンたちはチャンピオンのポケモンたちにも勝っていると思えるほどの強さが確かにある。
故に『運』を徹底的に排し、不利を飲みこんで絶対に自傷する『こんらん』や永遠に溶けない『こおり』、必中に等しい一撃必殺など受けてしまった瞬間に敗北が確定する要素を受けないように立ち回る必要があった。
そこさえ押さえていれば多少の不利は強引に捻じ伏せることができるだけの力があった。
とは言え去年のチャンピオン戦ではそれに加えてトレーナーの差が如実に出て負けてしまったが。
セレナは確かに強いトレーナーではあったが、それでも『まだ今は』チャンピオンほどの絶対的な力は無い。もしこのままトーナメントを勝ち進んで行けば恐ろしいほどの速度で成長し、振り切れた運で勝てないほどの実力差がついてしまっていたかもしれなかったが……。
―――今ならまだ勝てる。
そんな確信があった。
初手から切り札であるメガシンカ。
ゲームでは種族値が100ほど上がるだけのメガシンカだが、現実においてもっとえげつない。
育てることを得手としているからこそ分かるが、メガシンカをするとその身に内包するエネルギーとでも言うべきものが桁違いに増大するのだ。
同じ技でもメガシンカ前と後で明確なほどに差が出るし、ちょっとコツを教えてやれば『メガシンカ状態でのみ可能な技』というのも使えるようになる。
だがゲームと違ってメガシンカは桁違いに体力を消耗する。
故にゲームの時のように『ひんし』になるまで永続的に使えるような便利な状態ではない、下手に使いすぎればポケモン自身の体を悪くしてしまう。
そもそもキーストーンを共鳴させるトレーナー側がしっかりと手綱を取ってやらねばあっさりとその強大な力で暴走を始めてしまう非常にリスキーな力なのだ。
だがそのリターンは絶大だ。
たった一体でメガシンカしないポケモン三体を倒してしまう程度には。
四体目のポケモンがこちらの『だいばくはつ』によって同時退場し。
これで五対二だ。
とは言え先ほども言ったが運ゲーは嫌いだ。
『みちづれ』を使って一体を確実に落とす。
こちらも一体『ひんし』になるがこれで四対一。
初手メガシンカのリードが非常に大きかったらしい、セレナはようやく動揺を抑え、最後の一体を出す。
ゲッコウガ。
どうやら最初の御三家にケロマツを選んだらしい。
ここまで見た六体の中で一番強い『信頼』と『絆』を感じられる。
強いポケモンだが、それでも数の利は圧倒的だ。
例え振り切れた運だろうとその差を覆せるほどのパワーは無い。
そうして勝利を確信した時。
突如の出来事に止まってしまう、俺と俺のポケモン。
そうして水流が弾け、中から出てきたのは。
―――先ほどまでとは姿の変わったゲッコウガだった。
メガシンカではない。
ゲッコウガはメガシンカできるポケモンではない。
だとするならば……この変化は。
そんな僅かな思考の空隙を突いてゲッコウガが『みずしゅりけん』を放つ。
通常のゲッコウガとは違う、まるで本物の手裏剣を模したかのような巨大な『みずしゅりけん』が『運よく』急所に突き刺さり、弾けて……。
一撃で俺のポケモンが『ひんし』に陥る。
同時にその光景で薄っすらとした予感が確信に至る。
本来ゲッコウガはメガシンカしない。
ケロマツがゲコガシラになり、ゲコガシラがゲッコウガに。
ゲッコウガの進化はそこで止まり、それ以上にはならない。
だが『原作』の知識があるからこそ分かった。
本来ならば進化しないゲッコウガをメガシンカしたかのように変化させるその現象を。
『きずなへんげ』だ。
通常の手段では絶対に手に入らない特別なゲッコウガだけが持つ『特性』だが、恐らくそれは『ゲーム』に合わせてシステム的になぞらえただけで本来はもっと別の条件で持って発動する『特性』なのだろう。
ちょうど今目の前で起きている光景のように。
『きずなへんげ』によるフォルムチェンジはメガシンカと同様に……或いはメガシンカ以上に種族値を大きく上昇させる。
現実に当てはめるならばそれは『メガシンカ』と同等、或いはそれ以上に莫大な『エネルギー』を内包するに等しく。
放たれる攻撃の全てが半ば『いちげきひっさつ』染みて俺のポケモンたちを二体、三体と沈めていく。
四対一だったはずの数の差は、すでに一対一にまで詰め寄られた。
―――正直笑うしかない。
それが今の感想だった。
これはただのバトルではない。カロスリーグへの挑戦を賭けたチャンピオンリーグのトーナメント、その大事な一戦目だ。
これはただのトーナメントではない。チャンピオンへの挑戦をかけたとても重要な戦いなのだ。
これはただの挑戦ではない。『運命』をぶち壊すための、散々俺を振り回してくれた『運命』を打破するためのその第一歩となるはずの挑戦なのだ。
それが何だこれは。
練りに練った作戦は確かに『主人公』を後一歩にまで追い詰めていたはずだった。
数の差は圧倒的だった……四対一の差だぞ。
最早ただ殴り合うだけで勝てていたはずの勝負を。
たった一体のポケモンに全て蹂躙された。
―――これが笑わずにはいられようか。
残された最後の一体。
こちらの最後の一体は。
―――ゲッコウガだった。
* * *
『きずなへんげ』によってフォルムチェンジした圧倒的な強さを手に入れたゲッコウガを前に通常の姿をしたゲッコウガが立ち塞がる。
ゲームならばともかく、現実においてその差は絶望に等しい。
レベル50フラットのはずのバトルでレベル100の相手が出てきた程度には差がある。
それを埋めるための手段は……もう無い。
ゲッコウガとは元よりそれほど耐久力のあるポケモンではないのだ。
あの『きずなへんげ』したゲッコウガの圧倒的攻撃力を考えれば一撃だって耐えられるとは思えない。
にも関わらずその『すばやさ』は相手のほうが上なのだ。
つまりこれは……『詰み』だ。
『運命』は変えられない。
『運命』は変わらない。
『運命』には敵わない。
それが現実。
…………。
……………………。
……………………………………。
「なんて諦めきれたらこんなとこに居るかよ」
硬く拳を握りしめ、歯を食いしばって前を見る。
スピードで負けている、破壊力で負けている、耐久力で負けている。
「だったら気合で勝て!」
それが無茶だと言うならば『運命』をぶち壊すなんてのも無茶だ。
『世界』を相手にたった一人と六匹ぽっちで戦おうなんて無茶極まる。
「それでも戦うって決めたんだよ!」
負けたく無いと叫んだのだ。
「根性見せろよ」
勝ちたいと吠えたのだ。
「ゲッコウガアアアアアアアアアァァァ!」
* * *
―――負けたくない。
―――勝ちたい。
そんな思い、トレーナーだったら誰だって持っているものだ。
負けようと思って負けるトレーナーなんて居ないし。
勝ちたくないなんて思うトレーナーが居るはずも無い。
だから必死になるのだ。
だから懸命になるのだ。
トレーナーにとってたった一つの最高の栄誉を手に入れるために。
ポケモンが受けた傷をトレーナーも受けるという極めつけの危険を冒してまで。
文字通り、命懸けで戦っているのだ。
ああ、凄いことだ、本心からそう思う。
『主人公』だからとか、『運命』に導かれているからだとか。
そんなことは一切関係無く。
セレナというトレーナーは素晴らしいと掛け値なしに言える。
それでも。
ああ。
それでもさ。
決めたんだ。
こんな『運命』ぶち壊してやるって。
『世界』が相手だろうと負けてやるもんかって。
だから。
うん……悪いな。
ここは譲ってくれ。
* * *
ブリガロンは得意の『くさ』技でゲッコウガに大きな痛手を与えて沈んだ。
マフォクシーは特性の『マジシャン』でゲッコウガが持っていた『きあいのハチマキ』を奪って沈んだ。
それから……ゲッコウガ。
「よくやったよ」
本当に。
なあ『運命』さんよ。
なあ『世界』さんよ。
『壁』は乗り越えてやったぜ。
なあ『運命』さんよ。
なあ『世界』さんよ。
もう一度だけ言わせてもらおうか。
―――俺たちはここにいるぜ!
へんげんじざいゲッコウガにマジシャンマフォクシーにぼうだんブリガロン持ってる『モブ』がいるらしいぜ。
あ、因みに運命補正が絶大なので『きあいのハチマキ』残してると確定で10%引いて勝つまで何回でも食いしばりされます(