彼のまにまに(旧題:スコーピオン万能説)   作:痔ーマン

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第10話 忍田 瑠花①

いい刺激になった。

実況というイレギュラーこそあったが、茜、虎太郎に誘われて見ることになったランク戦はそのイレギュラーも含めて刺激のあるものだったと遊児は帰路につきながら感じていた。

残念ながら二人とも試合後のミーティングがあるということでそれについて話合う者は今この場にはいないが、故にこそ遊児は己の内でそれらを反芻する時間を十分以上に持つことが出来ていた。

 

(複数の敵に対する動き、武器の選択、間合いの取り方、処理の順序…スコーピオン使いはいなかったけれど、学ぶべき点は多々あった)

 

彼らの動きと自分がこれまでに経験してきた防衛任務、個人ランク戦を混ぜ合わせ、反芻し、客観視する。ただ歩きながらそれを繰り返し行い、成果として己に結実させるのは外からは見えない遊児の資質の一つであった。

 

「…手…足…指…膝…肘…」

 

「こんにちは」

 

ただこういったケースの場合、遊児は自分の目的地を忘れて明後日の方角に進んでいくし声をかけられてもまず反応しなくなる。目的地とは全く別方向に進むことを除けば音楽を聴きながら歩いている人と大差のない姿である。

 

「…壁…家…影…」

 

「こんにちは」

 

「…前進…回避…跳躍…」

 

「こ・ん・に・ち・は!」

 

「……………はい、こんにちは。どなたでしょうか」

 

故に今日も彼はいつの間にか自分の真横に歩を合わせる形で声をかけてきたその人物に全く気を向けていなかった。最も聞こえたところで見知らぬ人から声をかけられてもまず聞こえなかったふりをする癖が彼にはあった。遥と一緒に歩いていた時によく分からない雑誌か何かの街頭スナップなる物に巻き込まれたのだ。極めて面倒くさい、という感想しか抱かなかった遊児は彼視点で身元不明の不審者からの声掛けはまず第一に無視、という考えに至り、今日を過ごしている。

 

「初めまして。私は忍田瑠花。ボーダーでは事務関係の仕事をしているの。少し話せるかしら」

 

「忍田…本部長のご家族ですか」

 

「えぇ、親戚よ」

 

何となくだが高圧的な人物だ、と遊児は感じた。彼女がバッグから取り出した職員証には確かにその名が刻まれていたが遊児の中ではいまいち彼女と忍田の間に血縁関係があるようには見えなかったが、まぁ親戚程度ではあまり似ないほうが自然だろうと一人納得した。

 

「本部長の親戚の方がこんなところまで付いてくるほどのご用ですか?」

 

言って遊児は自分が今どこにいるのか分からないことに気付いたが、当然表情には出さなかった。視線だけ動かすとボーダー本部は見えるので最悪そこまで戻れば良いのだ。

 

「ボーダー始まって以来の、それも圧倒的なトリオン量を持つ人が出た、と聞いてね。個人的に気になったのよ。…そう、例えば近界民をどう思っているか、とかね」

 

「?…わざわざここまで来て聞くことがそれですか?」

 

遊児は忍田瑠花を名乗る女は少し異常なのではないかと疑い始めた。ボーダーの主な職務は近界民の迎撃、排除そして民間人の防衛だ。近界民が怖いとか、強いとか、弱いとか戦闘員が常に感じている何かを聞いてくるのは裏方の人間ならあり得るだろうが、近界民をどう思うか、という質問はそもそもボーダー関係者として答えは一つしか選べない性質のものだ。

 

「…いや、まぁ、普通に敵でしょ。ボーダーなんですから(なんだろコレ。抜き打ちの意識チェックとかかな)」

 

対して瑠花はその遊児の答えに大げさに首を横に振った。その様は気品を感じさせるものだったが、遊児としては無茶振りをしてきた相手がやたら偉そうにしているようにしか見えなかった。

 

「そうじゃないわ。貴方個人の意見を聞いているの。…あぁ、安心して。私が気になっているだけで誰かに言いふらすつもりは無いから。もちろん、本部長殿にもね」

 

「…正直、俺としては好きでも嫌いでもないです。四年前の大規模侵攻でも俺も家族も、その周りの人も特に被害受けたってわけじゃないんで。まぁ、大変な目に遭った人が大勢いるのは分かってますけど…実際、対岸の火事みたいな感覚ですよ。…ほんとに言いふらさないでくださいよ。本気で近界民嫌いな人にバレたらめんどいし」

 

「そう。じゃあどんな近界民が嫌い?」

 

「…攻めてくる連中」

 

「なら攻めてこない近界民は好き?」

 

「なんですその仮定。…まぁ、攻めてこない分には仲良くなれる可能性はあるんじゃないですかね。攻めてこない近界民がこっちに来るか分かりませんけど」

 

「成程。じゃあ最後にもう一つ。…貴方、何のためにボーダーに入ったの?別に悪い意味じゃ無いわ。さっきと同じように本音が聞きたいだけだから」

 

「楽しそうだからですよ。戦車でも歯が立たない化け物を簡単に倒せる力なんて、興味沸かないわけないでしょう。実際、今の所は楽しいし入ってよかったと思ってます」

 

「つまり、楽しくなくなったら辞める?」

 

「どうでしょう。ただ戦闘員は飽きたら裏方とかに行きたくなるかも知れませんね。トリガー開発とか面白そう」

 

「成程、成程…参考になったわ。ありがとう」

 

何がありがとうなのか、と遊児は思いながら、もしかしたら話しすぎたかもしれないと今になって後悔していた。本音を隠すなら徹底的にしないとこういう時に漏れてしまうのだと経験をもって学ぶことになってしまったのは彼としては不本意な結果である。

そんな中、一台の車が自分たちに向かって走ってくるのを、そして乗っているのは目の前の女の親戚らしい忍田であるのを遊児は視界に収めた。

 

「あ、本部長」

 

「あら」

 

二人の傍でやや雑に停車させながら忍田は助手席の窓から滑るように飛び出した。

遊児は思わず車と忍田を二度見したが忍田本人はいつも通り、否、やや焦っているようだった。

 

「ルカ!なぜこんなところに…三守くん!?キミも一体なぜ…」

 

「私は彼に聞きたいことがあって追いかけたのよ。…そうね、よく考えれば“仕事中”に抜け出すのはよくないことね。反省したわ」

 

よく考えなくてもよくないことだろう、口にはしなかったが遊児も忍田も眉間に皺を寄せるだけで修めた。忍田はともかく、初対面の遊児も瑠花という少女に何を言っても言いくるめられそうに感じたからだ。

 

「俺は、そう、散歩です。散歩してたらこの人に話しかけられて」

 

「この人とは他人行儀ね。親しみを込めてルカさん、いえ、ルカ様と呼んでいいのよ」

 

何だこの女は。と遊児は心の中で瑠花という人物は“かなり面倒くさい人”と評価した。

 

「ルカ…少し口を閉じていてくれ…。とにかく、いくらトリガーがあるとはいえ警戒地域のど真ん中なんて早めに抜けるに越したことは無い。ルカ、お前は車に乗れ。三守くんも途中まで送ろう。遠慮しなくていい、迷惑料とでも思ってくれ」

 

「そういうことなら、お世話になります」

 

ルカ様は素晴らしい人だ。と遊児は心の中で思った。少なくとも今日、安全かつ確実に帰路に就けることが確定したからだ。

 

「さ、瑠花様。どうぞお乗りください」

 

遊児は恭しく助手席の扉を開けた。彼は自分の利になる人間に対してはその利相応に優しくなれるのだ。

 

「よろしい。さ、行きましょう?“叔父さん”?」

 

「はぁ…。三守くん、無理にルカの言う通りにする必要は無いぞ」

 

 

 

 

「どういうつもりだルカ。いくら“その体”とは言え、一人で出歩くのは不用心が過ぎるぞ」

 

遊児を途中まで送り届けた後、忍田は同乗者である瑠花に向けて口を開いた。

 

「言ったでしょう。聞きたいことがあったって」

 

「何を聞いた」

 

「秘密。男と女の秘密事よ。無理に暴こうとするのは野蛮が過ぎるわよ。…あぁ、安心して。私に関することは話してないから。本当に、私が彼に一方的に聞いただけよ。だからその眉間の皺をどうにかしなさいな」

 

「ただの興味だけで、お前が単身動くとは思えんがな」

 

「あら、貴方も彼のトリオン量は知っているでしょう?生身で黒トリガー使用者に匹敵する膨大なトリオン量よ。その持ち主がどんな人か、気になるのも不思議じゃないでしょう」

 

瑠花はそこまで言って、忍田がこんな答えで納得しないだろうと分かると一度小さく呼吸して再び口を開いた。

 

「迅 悠一が言ったのよ。私は彼に会った方が良い、とね」

 

「!…サイドエフェクト、か。迅は他に何か言っていたか」

 

「特に何も。そもそも今回の出会いは未来の数を多少は絞り込む程度のモノだそうよ。ただ、私以外が会っても絞り込みは出来ない、とも言っていたわ。…私が会う程度で改善に向かう未来なら、そうした方が良いと思ったのよ」

 

「成程な。そういうことなら今回は不問にしよう。…ただ、今後は一言連絡をくれ」

 

「そうね、気を付けるわ。…こうして動くのも久しぶりだったし、もしかしたら緊張していたかも知れないわね」

 

忍田は考える。

未来を視るサイドエフェクト、それを持つ迅が瑠花の単独行動を読み逃すはずがない。

つまり彼女を単独行動させてでも二人は会うべきだった。未来が少しでも良い方向に進むために。

 

「否…」

 

こんなことをしてまでも可能性を排除しなければならない不幸な、あるいは危険な未来が彼に見えたのだと忍田は判断した。同時に、迅が自ら口に出そうとしない限りは聞かない方がいいだろうということも。

 

「(悪い何かが起きる可能性があったのは三守くんか…?だとしたら何が起きる?)」

 

そこまで考えて忍田はハンドルを握りなおした。少なくとも、今自分が考えるべきではないからだ。

 

「(既に消えた未来の話だ。仮に必要があれば迅は必ず動く。それにしても、どんな未来を視たかは分からないが、視たくない未来が消えたのなら、迅も少しは気持ちが軽くなるだろう)」

 

それだけは確実だ、そうであって欲しいと忍田は願っている。

彼の知る限り、迅という男は可能性がある、というだけで見たくもない未来をずっと見続けなければならないのだから。




本編時間軸に向けての土台作りその1。顔のいいあの人です。
彼女のセリフを書いているときは私もお嬢様になっていましたわ。
そろそろ遊児くんのバトル回も書きたいですわね。
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