彼のまにまに(旧題:スコーピオン万能説)   作:痔ーマン

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第2話 三守 遊児②

仮想戦闘空間。

ボーダー隊員達が訓練、模擬戦に使用するトリオンによって作成された文字通り仮想の戦闘を行う空間であり、安全かつ自由度の高い設定変更によって昼夜を始めとした様々な状況に対する訓練を行うことも出来る設備である。

 

「じゃ、まずはスコーピオンの基本の確認から」

 

そう言うと時枝はパッと手にスコーピオンを握る。

 

「スコーピオンの特徴は大きく分けて3つ。1つは“形状を自由に変えられること”。2つ目は“重さがほぼ無いこと”。そして最後に“弧月やレイガストに比べると脆いこと”。この辺は知ってるかな?」

 

「はい、訓練用トリガーを選ぶときに一通り聞いています」

 

「オッケー。説明会で教えても浮かれて忘れちゃってる人多いから手間省けるのは助かるよ」

 

それじゃあ、と続けて時枝は手にしたスコーピオンを消したと思えば次の瞬間には肘、手首からトリオンの刃を生成する。

 

「枝刃(ブランチブレード)。体の内側でスコーピオンを枝分かれさせてるんだ。例えば手に持ったスコーピオンで相手のガードを強要させて肘、手首から本命の一撃を当てたり、ね」

 

次は、と再びスコーピオンが消えたかと思えば次の瞬間、三守の目の前の地面からトリオンの刃が出現した。

 

「もぐら爪(モールクロー)。足の裏からスコーピオンを地面に潜らせて相手の死角を突く技だよ。…スコーピオンはさっきも言った通り形状の自由さが特徴の1つだ。人によって長さ、形、使い方は全然違うけど、この2つは割とメジャーなテクニックだよ」

 

その説明を聞きながら三守は自分のスコーピオンをぐにゃり、ぐにゃりと形を変えて出し入れしたと思えば、唐突にスコーピオンで自分の腕を切り落とした。

 

「!」

 

「うひゃー」

 

「…おぉ。生えた」

 

二の腕から先にスコーピオンを生やした本人が一番驚いているが嵐山隊の面々としても三守のその行動に少なからず驚いていた。

確かに、トリオン体では激しい痛みを感じない。無論、自分がどの方角から攻撃を受けたか、何を触れているか分かる程度に感覚を残されているが、戦意を低下させかねないため、子供を事実上の兵士として運用するため、他様々な事情から痛覚、触覚に関しては高度な調整が施されている。つまり、腕を切り落としても実際の肉体で感じるような痛みは当然発生しないのだ。だが、傷みを感じないからと言ってそれが出来るか、と言うと話は別である。

 

「…三守君、よく自分で腕を落とせるわね…?」

 

「?トリオン体だから痛くないっすよ?」

 

木虎の言葉を聞いても何も感じていない様子を見て、嵐山はある種の直感、経験則として三守が「トリオン体での活動に極めて向いているタイプの性格」であると判断した。

トリオン体の持つ肉体とは異なる感覚、肉体を大きく超えた身体能力は、人によっては本来の肉体との乖離から上手く動かせない場合も少なくない。スポーツ万能だからと言って、トリオン体も上手く動かせるとは限らない。逆に言えば、本来の肉体では到底不可能な動きをトリオン体で可能とする者もいる。嵐山の脳裏には病弱な体質でありながらいざ戦闘となれば軽やかに駆け巡るある女性隊員の姿が浮かんでいた。

 

「三守君」

 

「はい」

 

「今時枝が見せた技はスコーピオンのテクニックとしてはメジャーだが、実戦でいきなり使えるほど簡単でもない。ここから先は実戦形式で教えよう!自分で使える、と思ったらどんどん使ってくるんだ!」

 

「はい、わかりました」

 

「1回交代で俺達が順番にキミと戦う。使用トリガーは全員スコーピオン1つのみだ。いいな」

 

「隊長ー。佐鳥は何もすることがないんですけどー」

 

「あぁ!佐鳥は狙撃手(スナイパー)として気を付けたほうがいい動きがあれば指摘してくれ」

 

 

 

 

2時間後、良い時間だしそろそろ止めようか、と隊員それぞれが三守の動きに対して感じたこと、修正した方が良い点などを話合う。

 

「うーむ。勝てぬ」

 

彼等の話を聞きながら頭をうんうんと唸らせて手元のスコーピオンを変形させる三守がいた。

 

「でも動きはどんどん良くなってるよ」

 

「まぁ先輩として、いきなり一本取られるわけにもいかないからな!」

 

実際、ボーダーとしてのキャリアであれば三守のそれは一番近い木虎と比べても半年近く差がある。元々何かしらの武術、戦闘訓練を積んだ者だったとしてもトリオン体での動き、トリガー使用経験の差は簡単に埋められるものではない。それを理解しながらも三守はどうにか一本取れないかと頭を悩ませていた。

 

「先輩達の言う通り、三守君はセンスがあると思うわ。焦らずに訓練を積めば多分、A級隊員とも戦えるようになると思う」

 

私は負けるつもりはないが、という言葉を隠しながら木虎も素直に認める程度に三守はこの2時間でその才覚を見せた。納得していないのは本人ばかりである。

 

「でも折角見てもらえる機会ですし一度くらい度肝を抜かせたいなぁ、と…あ」

 

思いついた、というより試してみよう、といった表情で先程までずっと操作していたスコーピオンを一度消すと三守は立ち上がる。

 

「嵐山隊長、最後に一本お願いできますか?」

 

「秘策有り、って感じだな…よし、やろう!」

 

嵐山の三守に対する評価はほぼ完璧と言えるものだった。形式だけのものとはいえ筆記試験、面接でも上位に入る成績で、何よりボーダー隊員にとって最も重要なトリオン量は歴代最高の資質を見せている。射撃の才能こそ無いが、1ヶ月というスピードでB級昇格条件を満たした攻撃手(アタッカー)としての資質と自分の技術を高める向上心がある。A級加古隊からスカウトを受けた同期の隊員と比べても遜色ない、今期で1、2を争う有望株だろうと嵐山は判断していた。

故に、嵐山に油断はなかった。後輩を指導する立場として、決して長くない時間の中で伝えられることを少しでも伝えたい、そう思い、全力で向き合っていた。

 

「…ッ!?」

 

「よし」

 

つまり三守が放ったその一撃に嵐山が左腕を奪われたのは、その瞬間、彼が嵐山の予想を上回ったことの証明でもあった。

片腕を奪われた、と理解した次の瞬間には既に嵐山は距離にして約10メートル後退し、三守の様子を伺っている。この時の嵐山は指導から戦闘へ意識を切り替えたことは彼の部下である嵐山隊の面々には一目瞭然であった。

 

「(三守君との距離はまだ10メートル以上あった…“マンティス”は無理だ…つまり答えは1つ…)」

 

「………」

 

スコーピオンを構え、様子を伺う嵐山とは対照的に三守はどこかぼんやりとした様子で手にしたスコーピオンの角度を少しずつ変えている。何かを試すように。

 

「行けそう」

 

声に出すのとほぼ同時、再び三守のスコーピオンが嵐山を襲う。両者の距離はおよそ20メートル、そして三守はその場から動いていないにも関わらず、彼のスコーピオンは嵐山がいた空間を突き破った。

 

「やはり…ね!」

 

2撃目を見切った嵐山が一気に距離を詰めようと全身するも直後に彼は全身では無く跳躍による横方向への回避を選ぶことになる。約20メートル、ボーダー隊員としても長いキャリアを持つ嵐山が見たことも無い程に長いスコーピオンが今度は彼の首を切らんと薙ぎ払われたのだ。

 

「スコーピオンで…あんな…」

 

「一応…不可能じゃないけどね…」

 

「あれが入隊試験で3秒代叩き出したヤツってことかね」

 

『入隊試験の時のは本人曰くまぐれってことだったけど…』

 

実際、三守が試した技、否、技と言うにはあまりに単純なソレは彼が入隊試験の時、スコーピオンの形状設定を誤った結果発生したモノを逆に意識的に使うようにしただけの事である。

スコーピオンを相手の位置まで可能な限り速く伸ばす、それがこの場で三守が使った攻撃であった。

スコーピオンは自在にその刃の形を変える。手に握る剣や腕、脚から生やす刃、枝刃(ブランチブレード)、もぐら爪(モールクロー)などまさに変幻自在のトリガーだが弱点も存在する。

それは脆さ、通常のブレードとしても弧月やレイガストに劣り、ブレードを伸ばせばその耐久力は更に下がる。攻撃手(アタッカー)段としてのスコーピオンが有効に働くのは、ごく一部の技術を使用しない限りはせいぜいが数メートルである。それが今、嵐山隊の目の前で20メートルを超える大蛇の如き光の刃となって彼らの隊長に迫っていた。

 

「この長さでも砕けないか!ほんと、大したもんだよっ!」

 

ただ上下左右に振るだけ、それだけの単純な挙動が間違いなく己を倒し得る攻撃となっていることを認識しながら嵐山は素直に三守を賞賛する。回避際に三守のスコーピオン、その腹に向けて一撃を叩き込んだが砕けなかった。つまり刃渡り1メートル未満の嵐山が持つスコーピオンと、20メートルを超える三守のスコーピオン、両者の硬度はほぼ互角であることを意味していた。

 

「ありがとうございます」

 

一方涼しい顔をしながら手首だけでスコーピオンの斬撃を繰り出す三守は内心で焦っていた。

予想外の一撃、嵐山を倒すにはそれしかないと判断し、繰り出した剣の間合いを大きく超えたスコーピオン。その一撃すら嵐山は片腕を犠牲にしただけで切り抜け、今もじわりじわりと距離を詰めてきている。

自分とはまるで対応力が違う、と三守は改めてボーダーA級部隊の力を肌で感じていた。

恐らく自分は今日勝てない、初撃以外はかすりもせず何十もの斬撃を掻い潜り、既に約5メートルまで近づいてきた嵐山を見て三守はに勝機が無いことを悟った。

 

「ふ…っ!」

 

「でも」

 

勝てないならば、せめて。その言葉が口から出る前に三守のトリオン体は大きく引き裂かれ―

 

『トリオン器官破損、両者ベイルアウト』

 

「マジか…!ほんと、やるね!」

 

嵐山のトリオン体は三守の体中から伸びてきた無数のスコーピオンによって串刺しにされていた。

 

 

 

 

「いやー最後の枝刃(ブランチブレード)…枝刃(ブランチブレード)だよねアレ?すごいねキミ!」

 

「ありがとうございます」

 

模擬戦を終えて、再び隊室でテーブルを囲んで三守と嵐山隊の面々は本日2度目(三守、遥、木虎にとっては3度目)のおやつ時間へと突入していた。先程の模擬戦で手合わせすることが無かった佐鳥だが、素直で自分を雑に扱わない後輩ということで気に入ったのか三守を褒めちぎっていた。

 

「実際、印象深い攻撃に相手の意識を逸らして近付いてきた相手への不意打ち…枝刃(ブランチブレード)の使いどころは良かったよ。嵐山さん最後やられるとは思ってなかったでしょ」

 

「ははは、耳が痛い!正直あのタイミングは勝った気になっていたな!」

 

時枝の指摘に対して俺もまだまだ未熟だ、とどこか嬉しそうに嵐山は笑う。

 

「ところで、三守君。さっきの長いスコーピオン、どうやったの?良ければ教えてくれないかしら?」

 

木虎は少し悩んで三守が見せた攻撃について質問する。入隊1ヶ月の後輩に教えを乞う、その事実に思うところがないわけでも無かったが、少なくとも三守は自分に出来ないことが出来る。その事実だけ木虎にとっては頭を下げてでもその正体を知りたいと思ったが。

 

「えーと、ただ早く伸ばしただけです」

 

三守の答えはあまりにも単純すぎるものだった。狙撃手(スナイパー)である佐鳥を除けば嵐山隊の戦闘員は全員スコーピオンを使用している以上、三守が放ったのがスコーピオンの変形機能を利用したということは分かっている。知りたいのはその先なのだが、と木虎はどう聞いたものかと頭を悩ませていると隣に座る時枝がポンと、掌に拳を乗せる。

 

「成程、トリオン量か」

 

「時枝の言う通り、三守君がさっき使った技は彼だからこそできるある意味オリジナル、と言うべきものだな」

 

「オリジナル?」

 

「遊君がソレ聞くの?」

 

三守の間の抜けた様子に嵐山は少し困ったように笑いながら三守に代わって彼が理解できていない範囲も含めて伸びるスコーピオンの説明を始めた。

 

「スコーピオンは知っての通り脆い。しかも伸ばすほど更に脆くなる。それを解決、というよりある程度緩和する方法はただ1つ、トリオン量だ。平均的なトリオン量を持つ俺達が同じことをしようとすれば恐らく通常よりも2、3メートル以上伸ばそうとすれば途端に耐久力が下がるだろう。

しかし三守君のトリオン量は現状ボーダー最大だ。彼のトリオン量があって初めて可能となる技術、という事だ」

 

「つまり二宮さんや出水さんも…いや」

 

「そう。トリオン量が多い隊員なら似たようなことが出来る者もいるだろうが、射程距離が必要なら射撃トリガーを使った方が手っ取り早い。その点も含めてこの技は“類稀なトリオン量を持つ隊員”が“射撃トリガーを用いず遠くの相手に攻撃する”技、ということだ」

 

「まぁ射撃トリガー使った方が強いと思いますけど、俺全然射撃ダメなんで…」

 

「でも、使い方次第で射撃トリガーとは一長一短になる…少なくとも下位互換とは思えないね」

 

「どういうことです?佐鳥先輩」

 

珍しく木虎から質問されて少し機嫌を良くしたように佐鳥は語りだす。

 

「三守君は知らないかもだけど、射撃トリガーってのは銃手(ガンナー)なら威力にも弾丸、弾丸を飛ばす推進剤にトリオンを分けるし射手(シューター)なら攻撃毎に威力、射程、速度とかに同じくトリオンを分けて調整する。つまり100のトリオンを使っても威力が100の攻撃になるわけじゃないんだ。

でも、攻撃手(アタッカー)のトリガーは話が別。トリオン全部を攻撃に使える分、単純な攻撃力ならこっちの方が上なんだ。

つまり、三守君は“攻撃手(アタッカー)の持つ攻撃力”で“銃手(ガンナー)、射手(シューター)レベルの射程”をカバーできるってこと。常時旋空弧月って感じかな」

 

佐鳥の説明に満足したように嵐山が大きく頷き補足する。

 

「欠点としてはブレードの延長線上に味方がいてはいけないこと、ブレードを長時間使用すればするほど自分の居場所が相手にバレること、だね」

 

「成程…」

 

「良かったね遊君。射撃全然当たんなくて落ち込んでたもんねー」

 

「なんでそれ遥姉さんが知ってるの」

 

「だって資料で映像見たし」

 

そんな人が落ち込んでるとこまで納めなくても、と三守が目を細めながら遥をじろりと見ていると、時枝が小さく手を挙げた。

 

「三守君、名前は?」

 

「遊児です」

 

「ゴメン、言葉が足りなかったね。その技の名前は?」

 

「え?コレの名前ですか?」

 

時枝の質問に三守は首を傾げる。本人としてはただ伸ばしただけのスコーピオンである。というよりオリジナル技とか考えたとしても人に公表するのは恥ずかしいお年頃である。

 

「他のトリガー使うようになると分かるけど、あやふやな感じで技と使おうとすると誤作動が起きる場合もあるんだ。さっき教えた枝刃(ブランチブレード)ももぐら爪(モールクロー)に名前があるのもそれが1つの理由だね。使用のタイミングとか、速度とかの安定感が違うからすぐにじゃなくても名前付けておくに越したことは無いと思うよ」

 

「え、でも技名みたいの人に言いふらすとか何か恥ずかしいです」

 

「あー…そうだね。じゃあ何かしっくりくる単語を名前にすれば良いよ。例えばメインとサブのスコーピオンを繋げて使う技を使う人がいるんだけど、その人はその技を“マンティス”って呼んでるんだ」

 

「蟷螂…?鎌?…分かりました、そんな感じでいいなら考えてみます」

 

「うん。キミ自身使って分かったと思うけど、スコーピオンの自由度は凄い。その技も含めて今後どういう風に活かすかはキミ次第だよ」

 

「良い感じに時枝がまとめてくれたし、今日はそろそろ解散としよう。三守君、俺達は外の仕事でいない時も多いけど、また機会があれば質問してくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「では、解散!」

 

「遊君、5分待って。一緒に帰ろ」

 

「うん分かった。10分待つね」

 

「…慣れてるのね…三守君」

 

 

 

 

こうして三守の嵐山との訓練は終了した。時間にして2時間程度の短いものであったが、三守は今日までの1ヶ月間で学んだ何よりも自分の力になったという確信があった。

 

「遊君、何書いてるの?」

 

そんな三守が手にしたメモ帳に何やら書き込んでいるのを遥が首だけを動かして覗き見るが、三守は素早くメモ帳を閉じて彼女とは反対側の手に持って体の後ろに隠す。

 

「技名候補ー」

 

「見せてくれてもいいでしょー」

 

「嫌だよ。なんか恥ずい」

 

見せて、嫌だ、見せて、とメモ帳を巡って子供の様な押し合いをしている彼等の背後からふと声がかかる。

 

「あの、すみません」

 

はい?と2人揃って振り向いた先には髪の毛を2つに結った金髪の少女が立っていた。

 

「あ、どうも。黒江さん」

 

「クロエ…あ、加古さんがスカウトしたって子?」

 

「はい。初めまして綾辻先輩。黒江双葉です」

 

「綾辻遥です。…遊君、お友達?」

 

「同期」

 

「三守さんこそ、綾辻さんと友達なんですか?」

 

「幼馴染」

 

「成程、私と駿みたいな感じですか…」

 

「ところで何か用?」

 

「加古隊長から三守さんも正隊員になるのを聞きました。お互い正隊員になる前に、最後に勝負できればと」

 

「いいよ。何本勝負にする?」

 

「時間も時間ですし1本で」

 

「オーケー。じゃ、遥姉さん先帰ってて」

 

「1本くらいなら私も見ていくよ?」

 

「荷物持ち確定か」

 

「…?とりあえず、行きましょうか」

 

 

 

 

個人ランク戦を行うためのロビー。そこに踏み入れた途端、周囲からの視線が3人に向けられる。

 

「おい、あのちっさいの、加古隊にスカウトされたヤツだろ」

 

「男の方は入隊試験で3秒台だったヤツだ…ライバルって噂は本当だったんだな」

 

「しかしなぜ綾辻さんがここに…?」

 

「そんなことはどうでもいい…今はただ、美しいその姿を目に留めよう…」

 

遠くから聞こえてくるそんな声に黒江一瞬だけ視線を移すと眉間に小さく皺を寄せる。

何を言っているかは聞こえないが、言いたいことがあるなら直接言いに来ればいい、それが彼女の考え方であり、明らかに自分とその周囲に向けられた声に対して少なからず不快感を覚えていた。

 

「あれ?双葉じゃん」

 

そんな不機嫌そうな黒江に対して恐れることなく声をかけてきたのは人懐っこそうな少年だった。

 

「駿」

 

緑川駿。弱冠13歳ながらA級草壁隊の攻撃手(アタッカー)として所属するボーダー隊員である。彼は黒江の後ろにいる三守と遥に視線を向けると少し意外そうな表情をする。

 

「ども、綾辻先輩。こっち来るのは珍しいっすね」

 

「こんにちは、緑川君。ちょっとね」

 

「で、えーっと、アンタは…」

 

「三守遊児。黒江さんとは同期だ。これから1本勝負することになった」

 

「三守…あー。トリオンがヤバイ人。へぇ~双葉とやるんだ」

 

緑川はどこか試すような視線を三守に向けるが黒江がジロリと睨むとすぐさまその視線をずらす。

 

「三守さんとは今のとこ6:4くらい一応勝ち越してるけど…強いよ」

 

「そう言ってもらえると自信になるね。まぁ今日勝っても5割にはまだ遠いけど」

 

「へぇ、勝つつもりですか。三守さん」

 

「言ってなかったかもだけど、負ける気で勝負するほど愉快な性格してないよ?」

 

互いにニヤリと笑って視線をぶつけ合う。その様子を見て緑川もこれ以上茶化すべきではないと口を閉じた。

 

「おー緑川、に綾辻さん?珍しい面子だな」

 

「…また増えた」

 

「あ、よねやん先輩。どもっす」

 

「よっす。綾辻さんこっち来るの珍しいっすね?」

 

「ちょっと付き添いでね」

 

「荷物持ちを逃さないためでしょーが」

 

三守の小声に対して微笑みながら遥は彼の脇腹を肘でゴスリと小突く。彼らの知る遥が見せないであろう姿に緑川もよねやん先輩と呼ばれたカチューシャの男も豆鉄砲を食らったような顔をする。

 

「こほん…えっと、こっちは三守遊児君。黒江ちゃんと同期で私と幼馴染。米屋君も顔は知ってるんじゃない?」

 

そう紹介された三守をカチューシャの男、米屋は見ると何か思い出したように目を見開いた。

 

「あぁ!あのトリオンがヤバイ奴か!俺はA級三輪隊の米屋陽介。よろしくな」

 

「三守です。あの、何か一方的に俺を知ってる人が多いんですけど、皆さんも俺が鬼怒田さんとやった試験のヤツ見てるんですか?」

 

「あれ?遊君聞いてない?A級以上の人と上層部の人は皆見てるよ?」

 

その言葉を聞いて三守は天を仰ぐ。やたら様になっているのは彼の表情が見事に諦観の念で彩られていたからだろうか

 

「………あのクソ下手クソな射撃を不特定多数に見られたんだぁ…」

 

捻りだすように出した声には悲痛さがこれでもかと込められていた。彼にしてみたら抜き打ちテストで悪い結果だったのを何故か別の学年の人が知っていたかのような感覚だ。少なくとも彼は人に恥じるレベルの成績だったことはないのであくまでも想像であるが。

 

「…いや、まぁ気にすんな?別に射撃が出来なくても戦えるって」

 

「そ、そーだよ。まだ入ったばっかだし練習すれば射撃も上手くなるかもでしょ!」

 

その声と表情に込められた悲痛さに米屋も緑川も三守をフォローするが、内心彼が射撃という点において大成しないことを2人はほぼ確信している。

彼等2人共通の友人であり、知る人からは3馬鹿とも称されるボーダーA隊員の1人であり射手(シューター)である出水公平。そして緑川と同じくA級草壁隊に所属する里見一馬。ボーダーでも屈指の射手(シューター)と銃手(ガンナー)である彼等が三守の映像を見て断言したのだ「コイツに射撃は無理っす」と。

彼等の言葉を要約すると三守遊児という少年は「狙って撃つ」という行為そのものが非常に下手ということだ。所謂ノーコン。訓練を積めば多少マシになるだろうが、伸び代はたかが知れている。ならば少しでも向いている分野で経験を積ませるべきだ、というのが三守に対しする最終的な結論だった。

 

「ありがとうございます、米屋先輩、緑川先輩…!…気を取り直して勝負と行こうか、黒江さん」

 

「え、あ、はい。そうですね」

 

黒江視点で見ると勝手に落ち込んで勝手に立ち直っただけなのだが、指摘すると面倒なことになりそうなので彼女は三守に言われるがまま、それぞれ番号を確認して個室に入っていった。

 

「で?三守は強いの?」

 

個室に入った2人を見届けて、米屋はふと口を開く。

 

「黒江の事は知ってるぜ。加古さんがスカウトしたって聞いたから結構ヤるのは分かる。けど三守の方はバカスカ撃ってるの見ただけだしなぁ」

 

「俺も良く知らないけど、双葉が言うには6:4で双葉の勝ち越しみたい」

 

「へぇ…」

 

A級にスカウトされる隊員に対して4割近く勝利を収めている、その事実に米屋はまるで獲物を見つけた獣のように少し目を細め、先程まで話していた少年に対する評価を少しばかり高めていた。

 

「…」

 

そんな2人を、遥はニマニマと眺めていた。つい先ほど嵐山と相討ちに持ち込んだと後で言って聞かせたらどんな風に驚くだろうと想像しながら。

 

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