やはり俺が盾の勇者なのはまちがっている。   作:水源+α

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仲間なんてなかった。

「……知らない天井だ」

 

 翌朝、俺は目が覚めると、そんなことを呟いていた。いや、意図的に呟いたのだ。だって言ってみたかったんだもん。

 

 ……でもなんだか恥ずかしいし虚しくなるなこれ。これからはやめとこ。

 

 ということでだ。もちろん、この部屋には俺以外誰も居ない。勇者ということもあって、一人一人に来客用の部屋を貸し出してくれたのだ。俺はその内の一つ部屋のベッドで今、身を起こしたばかりなのだが──

 

「……やっぱ埃臭えんだよなぁ。ここ」

 

 起きてから早々言うべきことでないかもしれないが、でも俺は言おう。埃臭えよこの部屋! 

 

 ……おい。確かに見た目は、天木や川なんとかや北村さんとみたいな勇者には程遠い盗賊Aみたいだけどさ。それにしたって、こんな掃除も暫くされてないような部屋に勇者である俺を泊まらすというのはおかしいだろうが。

 確かに俺は覚えている。昨夜、この部屋へ、若干二十歳くらいの綺麗な侍女さんが、顔を引き攣らせながら渋々案内してくれた時の記憶が、それはそれは今でも心に悪い意味で深く刻まれている。

 しかも初対面なはずなのにだ。流石に地球にいた頃に初対面であれほどあからさまに嫌がられるのも初めての経験だぞ。

 

「……あれ、もしかして俺という存在自体が害悪なの?」

 

 いや、俺何もしてなくね? てか今のところ何もさせて貰えてもないし。もしかして、無意識の内に侍女さんたちへ目でセクハラでもしてたからとか? いやしてるわけねえだろ。逆だよ逆。俺は男ですらあまり目線を合わせられないんだぞ? 確か城に仕えている侍女や執事たちは全員が貴族の子女だったっけか。育ちが良いのか殆どが美男美女でしたよ。尚更、顔なんて見れねえよマジで。

 

 まあ……王様とか大臣たちとかはアレだけど。

 

 というか、もしほんとに『目がいやらしかったので』みたいな理由でこんな埃臭い部屋に案内されたんだったら理不尽過ぎないですかね。てか公私混同してるし。

 

 あぁ。俺が将来社会人になったとき、勤務先で、『比企谷先輩に目でセクハラされました』って人事部に理不尽過ぎる報告が行ったりして解雇されたらどうしよう。お兄さん絶句して言い返そうにも出来ねえよ多分。

 

 さて、ここまでは半分冗談だとして。……いや、半分本気で落ち込んでますけども。

 

「……流石におかしすぎるよな」

 

 ──そう。おかしいのだ。先程挙げた、『侍女さんとは初対面な筈なのにいきなり嫌われてた』例も、少し考えてみれば不可解なのだ。先ずこの世界は当然、異世界という訳だが。逆に考えれば、ここの現地人たちには、俺が前の世界でどのような言動をしていた人物なのかすら知っている人なんていないはずだ。だというのに、ではなぜ、俺に会う前から王やその他大臣などを含めた城の人間たちが、俺へ明らかに敵視しているような視線をぶつけてくるのかという話になる。

 

「……一つ考えるとするなら、異世界人をここの人間たちが嫌っている可能性だけど」

 

 多分これはないだろう。そしたら何故、天木たちイケメン三人衆が明らかに羨望され、俺が蔑まれた視線たちを浴びなければならないのか、という理由に対して納得がいかない。

 

 他に何か理由があるのか。もしや、唯一四つの武器の中で攻撃できないこの『盾』が原因か。

 

「……それこそ有り得ない。盾だからって嫌われてたら、キリがねえわ、完全な風評被害だわで色々と忙し過ぎる理由だ」

 

 でももしそんな理由だったとしたら、俺この先どう生きていけばいいんだよ。

 

「──おはようございます、盾の勇者様。朝食の準備が出来ました。盾の勇者様以外の方は既に席に着かれております」

 

 と、そこに一応ノックしてから挨拶しに来てくれる人がいた。昨日ここへ案内してくれた綺麗な侍女さんだ。名前は知らないが、よく見てみればこの人は黒髪で、なんだか親近感が湧く。城にいる人間の殆どは茶髪や金髪など、如何にも異世界みたいな髪色しか居なかったので、見ていて落ち着かなかったのが理由だ。

 

 ま、俺はこの目の前の人から明らかに嫌がらせを受けたけどな。埃臭え部屋に案内しやがって。ったく、しゃあねえ……ここは盾の勇者様として、ガツンと言ってやろう。

 

「……あ、あの。ここ埃臭いんですけど。ちゃんと掃除はしてるんですか?」

「……身支度が済んだら呼んでください。では、失礼致します」

 

 おい、てめえ。

 

「あの! 聞こえてますか? 埃臭かったんですけどちゃんと──」

「──時間がありませんから、出来れば急いで下さると幸いてす」

「……」

 

 はい出た。女の常套手段の言葉被せ&スルー。しかも表情一つ変えずにね。まさか朝から美人にイラつくことになるとは思わなかったわ。異世界なんて今のところ疑念とイライラだけで構成されてるんですけどね。あー『波』だかどうだか知らんけど、やっぱりそこら辺のサーファーに任せようかな。俺、関係ないし。

 

「はぁ……じゃあ分かったんで、さっさと出て行って下さい。あなたのご希望通りに急ぎますので」

 

 寝起きの機嫌の悪さと、先程の侍女の反応から苛立ちを覚えてしまったのが相まって、自然と口からそんな言葉が出てしまう。

 

「……っ! ……承知いたしました。失礼します」

 

 流石に今のはあの鉄仮面女も、反応せざるを得ないだろう。明らかに今、俺の不遜な態度に対して眉をピクッと動かしてたな。意外と沸点低いのは把握した。

 そうして、怒気を侍らせながらやや早足で退室する彼女の背中に、気を良くして小さくバイバイと手を振って煽ってたら、扉が閉まるときにひと睨みされたことで俺は恐怖でフリーズした。

 

「……女って怖いわ。やっぱ」

 

 そんなことを思いながら、俺も身支度をして、朝食を食べに向かったのだった。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 朝食の後、俺は取り敢えず昨日の夜に話し合った部屋で、天木たちと一緒に静かに待機していた。昨日の謁見時に、確か王様は『俺たちの旅に同行したいという仲間を募ろう』とか言っていたので、多分今日予定されている謁見はその件のことだろう。しかし、流石に朝食を食べて直ぐに王の間へ行く訳にも行かず、こうして天木たち三人が俺が知らないゲームの話をし合っている中、俺は一人外を眺めて待っていると、ついに呼ばれた。イケメン三人衆は、王の間に向かっている道中で如何にも浮ついている感じで、どんな仲間たちが旅に同行するのだろうと期待しているのだろうと様子でわかった。しかし、俺は一抹の不安を抱いているのだ。

 

 それは今朝の出来事にも関係していることなのだが、果たしてあの侍女さんみたく、初対面から何らかの原因で会ってもない俺に悪い印象を抱かれてしまっていたら、俺に同行してくれる仲間なんて居ないに決まってる。あの侍女さんからさえあの嫌われようだ。ここの国の人間はどうにも信用出来ない。

 

「勇者様のご来場」

 

 謁見の間の扉が開くと其処には様々な冒険者風の服装をした男女が十二人ほど集まっていた。

 騎士風の身なりの者もいる。

 ……こうしてみると壮観だ。

 俺達は王様に一礼し、話を聞く。

 

「前日の件で勇者の同行者として共に進もうという者を募った。どうやらここにいる皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ」

 

「……ちっ」

 

 やっぱり、俺だけ周りの視線たちの温度が違う。明らかに他の三人との温度差があるのだ。人一倍に他人の視線に敏感で、且つ空気を読むことに長けていることは自負しているが、だからこそ今のこの状況がキツい。

 

 王様の側に控えている臣下、そして女官や侍女、兵士たちに加えて、貴族たちだろうか。この謁見を見るために来た聴衆たちの多くの視線たちが、俺をどこか生温かい視線で見てくる。

 

 蔑んでいる者から、中には少ないが憐れむ者まで多岐に渡った。

 

 なるほど。もう俺は理解できた。この状況ではっきりわかった。

 

 多分俺に同行してくれる仲間なんていない。何故なら、先程の王様の発言で全てが分かる。王様は確かに同行者を募った。しかし、それは結局募ったもので、決して()()ではない。ここに居る人たちは全員が有志で来たのだろう。しかも、王様はこの人たちは既に同行したい勇者を決めているような言い草だった。

 ……であれば、俺の仮定が間違っていないとするのならば、絶対に俺の元には誰も来ない。

 

「さあ、未来の英雄達よ。仕えたい勇者と共に旅立つのだ」

 

 もうここの人たちが同行したい勇者を選ぶという時点で、俺に最初から()()なんて居なかったのだ。

 

 それぞれが動き出す。そして案の定──

 

 

「「「……おぉお」」」

 

 聴衆たちがざわつく。

 

 三人の勇者の後ろには確りと、予定されていたように、それぞれに仲間がいた。

 

「……数が多いと少し鬱陶しいのだが」

 

 天木の元には五人。

 

「マジかよ。俺ってばやっぱし異世界でも女子に恵まれるんだなぁ」

 

 北村さんの元には四人。

 

 

「この人たちが……僕の仲間たちですか」

 

 川なんとかの元には三人。

 

 ──そして、

 

「……」

 

 案の定。俺の後ろには誰一人として居なかった。

 

 元々居たのは十二人。小学生でも3×4=12という掛け算で、一人の勇者につき、三人が同行者として付いていくのが妥当と答えるようなこの状況下で──分かりやすく俺は避けられているのだ。

 

「……やっぱり、一人。か」

 

 小さく溢してしまったその言葉は、誰の耳にも届かない。

 

 ま、確かに一人には慣れてるが、流石に盾だけでは心許ない。防御面は最強だとして、矛はどうすればいいんだよ。殴るのか? 冗談じゃねぇ、俺が疲れるだろうが。

 

 そんななんともコメントし難いこの状況に、王様は気まずそうに口を開く。

 

「……う、うぬ。さすがにワシもこのような事態が起こるとは思いもせんかった」

「はっ……人望がありませんな」

 

 そして、事もあろうに呆れ顔で大臣が切り捨ててくる。あの野郎、顔は覚えたからな。いつか坊主頭にしてやるから覚悟しとけや。

 

 そこへローブを着た男が王様にこそこそと耳打ちした。

 

「ふむ、そんな噂が広まっておるのか……」

「何かあったのですか?」

 

 北村さんが微妙な顔をして尋ねる。

 さすがにこれでは不公平も甚だしい。何だよこの、小学校でチームを作って遊ぶ時に一人だけ仲間はずれにされたような感じ。懐かしいなぁ。ノストラジックな気分になったわ。

 

「ふむ、実はの……勇者殿の中で盾の勇者はこの世界の理に疎いという噂が城内で囁かれているのだそうだ」

 

「……なるほど」

 

「それとだな。伝承で、勇者とはこの世界の理を理解していると記されている。その条件を、満たしていない可能性があるのではないかともな」

 

 そこで、北村さんが肘で小突いてくる。

 

「……もしかしたら、昨日の夜に話した時の内容が盗み聞きされてたかもだぞ」

「……でしょうね」

「おいおい。でしょうねって、比企谷……これはお前のことだぞ」

 

 あ、やっと名前覚えてくれたんですね。

 

「ええ、まあ……良いじゃないすかね。俺に人望がなかったってだけの話なんで」

 

 ため息を吐きながら言ったのは、自分で言うのも憚れる言葉だからだ。自分自身に人望がないって自分から他人に話すのって意外とダメージデカいんだからね! 

 

「大丈夫かよ……はぁ。ったく。おい、練! お前五人いるんだから一人くらいは比企谷に分けてやれよ」

 

 そんな俺を見かねたのか、北村さんが天木に人員を分けようと提案してくれた。

 一方、提案を聞いた天木の後ろにいる人たちは怯えるように後ろに隠れる。結果的に怯える同行者たちの盾にされた当の本人である天木も、困ったように頭を掻きながら

 

「俺はつるむのが嫌いなんだ。付いてこれない奴は置いていくぞ」

 

 そう言って、同行者たちを突き放すが、それでも面々は必死に首を振って俺の元に来ようとはしなかった。

 そんなに嫌なのか……流石の俺もちょっと傷付いた。心のライフはゼロだ。あ、死んだ。

 

「……もう良いですよ北村さん。俺は一人で」

「でもなぁ。お前、盾職なのに誰が攻撃を担うんだよ」

「殴れば良いんですよ。蹴りもあるんで、それでなんとかします。まあ、どうせなら北村さんの同行者たちにも言って聞かせて下さいよ」

 

 そう言った瞬間、天木の同行者たちと同じように、北村さんの女どもも明らかに俺から距離を取ってきた。

 

 異世界の女ってクソだったんだな。材木座、どうやら期待しない方がいいぞ。絶対異世界に来ない方が良い。俺はともかく、お前はこの状況に耐えきれないだろうからな。

 

「え、ええ……いや、でも本人たちの意思もあるし」

 

 そして言い出しっぺである北村さ──いや、北村本人も渋ってくる始末だ。しかも言ってる言葉も建前というね。どうせお前の同行者四人とも女だから、ハーレム作りたいだけな癖に。顔からも丸分かりだ。あーどうしよ。さん付けとか馬鹿らしくなってきたわ。こんなヤリチンな先輩なんて御免だわ。

 

「……ま、そう言うことです。この場にいる()()()()()()俺の元に来ないのは分かったんで、王様。さっさと進めて下さい」

 

「……む」

「……っ」

 

 今の状況に、なんだか面白がって見ているような気がしたので、あえて一部を強調しながら放った俺の言葉に、王様や大臣は気圧されながらも、俺に言われた通りに話を続けることにしたようだ。

 

 

「で、では次に──」

「──あ、勇者様。私は盾の勇者様の元に行っても良いですよ」

 

 と、そこで北村のハーレムパーティから、挙手をしてそんなことを言った女が居た。

 

 セミロングの赤毛の可愛らしい女の子だ。

 顔は結構整っている。やや幼い顔立ちだが、身長は俺より少し低いくらいだ。

 

「……良いのか?」

 

 俺は一応勇者の立場だし、ここは敬語よりもこっちの話し方の方が良いだろう。

 

「はい」

 

 そう聞けば、笑顔で返してくれた。

 

「他に……えーっと」

「ハチマン殿です。陛下」

「あ、ああ……ハチマン殿に付いて行きたいと思う者はおるか?」

 

 だからいい加減俺の名前を覚えろ。ボケかけてんじゃねえか。

 

 王様がそう声を張り上げても、静寂が答えだった。見事なほどに、この状況で俺に付いていきたいという物好きな美女以外は、だーれも手を挙げなかった。……何度体験してもこの時間が一番辛い。

 

 

「仕様があるまい。ハチマン殿はこれから自身で気に入った仲間をスカウトして人員を補充せよ。月々の援助金を配布するが代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう」

 

「……はい」

 

 そんな嘆くように言わなくても良いだろうが。こっちだって恥ずかしい思いしてんだよボケが! 

 

 ま、援助金が増えるのは嬉しい。どうやらまだ妥当な判断をする脳はあるみたいだ。

 

「それでは支度金である。勇者達よ、しっかりと受け取るのだ」

 

 そうして、俺達の前に四つの金袋が配られる。

 ジャラジャラと重そうな音が聞こえた。

 その中で少しだけ大き目の金袋が俺に渡される。

 

「ハチマン殿には銀貨800枚、他の勇者殿には600枚用意した。これで装備を整え、旅立つが良い」

「「「「は!」」」」

 

 俺達と三人の仲間たちはそれぞれ敬礼し、謁見を終えた。王の間をぞろぞろと仲間を引き連れて後にして、廊下を歩いて行く三人のイケメンの背中たちを見送りながら、こちらはこちらで自己紹介を始める。

 

「えっと……盾の勇者様、私の名前はマイン=スフィアと申します。これからよろしくねっ」

「……よ、よろしく」

 

 何の遠慮もなく、スッと俺の懐へ入り込もうとするマインに気圧されながら、辛うじてそう返答する。多分、空元気だろうな。

 王の間ではあんな事が起きてしまったのか、少し気後れしてる様子だし。まあ、彼女に取ってしてみれば、気まずいだろうな。だって俺、明らかにあの場でアウェイでしたし。多分このマインって娘も憐れみで俺と組んでくれたのだろう。

 

 まあ、あのまま気まずい雰囲気に晒されてた俺を助けてもらったのは事実で、仲間になってくれたのもまた事実。

 

 ここは素直にお礼を言わなきゃいけない。

 

「……マインさん。さっきは、その。ありがとう」

 

「え?」

 

 挙動不審になった俺からいきなり礼を言われて、驚いた様子だ。

 

「いや、あの………………じゃあ行くか」

 

「……は、はい?」

 

 うん。無理。

 

 恥ずかしいです。顔も熱いです。誰か助けてください。

 

 

 

 

 ──こうして、俺の冒険の物語は始まるのであった

 

 

 

 

 

 ……もうエピローグいいっすか? 

 

 

 


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