城門に着くと、とても大きな門があった。まさにハリウッドの中世をモデルにした映画に出てくる城壁都市の門そのもので、とても重厚な印象を受けた。
そして城門を通る際に礼をしてくれる門番さんが両側に二人。片方はなんか厳格そうなおっさんだった。流石は門番。やはり強面の人が選ばられるのか。
城門から出ると、そこには日本に住んでいては先ず見ることもない豊かで、壮大な草原が広がっていた。
「……おお!」
やはり、異世界に来たんだなと実感して止まない。ここから先、どんな冒険をしていくのだろうか。そんな期待を膨らませていた。
「……」
「あの、勇者様?」
──そう、先程までは。
「……え、何あのパッ◯マンみたいな生き物」
普通に怖い。何、アレ。地球外生命体もいいとこだろ。
「あれはオレンジバルーンです。とても弱いのですが、好戦的な魔物ですね。勇者様、手始めにあれと戦ってみて下さい」
「……アレと戦うのか?」
「はい」
冗談じゃない。
確かに城門に出る前までは柄でも無いのに、人並みくらいには期待感に胸を膨らませたものだ。
しかし、一歩踏み出したらどうだろうか。風船に近い挙動をしており、一見可愛くも見えてくる丸み帯びている身体に、ちゃんと顔が化け物してる魔物たちがなんとそこら中に居るでは無いか。
普通に怖いです。何あの口めっちゃギザギザしてる……明らかに噛まれたら痛そうじゃねえか!
臆病者、チキンだと。そう罵ってくれても構わない。
だが今まで、地球上でも治安が良すぎた日本という国に十七年間過ごしてきて、いきなりこんな化け物がいる世界に送り込まれたら、いくらあのような雑魚敵でも、初見だったら誰しも恐怖を抱くに決まってる。
「……腕も足もねえのになんでぴょんぴょん跳ねてんだあいつ」
スライムであればまだ抵抗感は無かったのかもしれない。しかしオレンジバルーンと呼ばれるあの魔物にはどうにもまだ慣れない。
そうだ! 俺以外にも地球出身の人間居るよな! あいつらも多分俺みたいに尻込みをしてるに決まってらぁ!
そうと決まれば、他の勇者たちの様子を見に行こう。流石に戦わなければまずいだろうが、まずは他の勇者たちの戦い方を見て学んでおくことも大事だろう。うんうん……うん?
あれは天木か。あいつオレンジバルーンを相手取ってるな。あれ、怖く無いのか?
「ッ!」
そうやって、天木が一撃でオレンジバルーンを討伐して見せる。一方俺は困惑している。
……あれ? 天木?
「はぁッ!」
パーン!
女タラシ先輩も平然と槍で華麗に倒してやがる。
……その戦闘をパーティである筈なのに傍観していた女たちがキャーキャー声援を上げてるが。うっさ! お前らはギャラリーかよ戦えよ!
「物足りませんね」
パーン!
川なんとかも倒してるけどこいつはどうでもいいや。あと戦ってる時に喋んな舌噛むぞ。
とは言えだ。天木に続くように北村、川なんとかも平然と討伐しているようだ。その姿に若干俺は引いている。こういう時は初戦闘なんだから多少の尻込みをするのが鉄板だろ。お前らがしてることって戦争映画で新兵がベテラン兵士よりも初戦闘でビビらずに突撃して敵を倒しまくることくらいにおかしいことだからな。
「ふ、普通に倒してるな……」
「そうですね。オレンジバルーンはいわば雑魚敵ですし。盾の勇者様も……あ、そういえば武器を待てないのでしたっけ。それならば多少の時間はかかってしまうかもっ」
「……」
なんかマインさん時々イラつくような言葉言って来るよな。しかも声も明らかに猫かぶってるから尚更だ。まあいいですけど。
しかし、良く好戦的なオレンジバルーンという魔物相手に、しかも武器の使い方も身についてない元一般人なはずなのに、初見でガンガンいけるなあいつら。何、何処かの戦闘狂なの? この世界に強敵が居ると思うとワクワクしてくっぞ病になってるの?
「……まあ、そうだよな」
仮にも、いくらハズレとはいえ、勇者としてここに呼ばれたんだ。戦わなければこの世界での俺の存在価値なんて底辺も底辺。特に異世界という常に戦闘が付き纏うこの世界において、俺たちのようなこの世界に家も身元もない異世界人で、挙句に功績を持たない奴なんていうのは、奴隷以下の価値になりかねない。
……奴隷が居るかは知らんけど。
そろそろ戦うか。
「じゃあマインさん。俺がオレンジバルーンの攻撃を引き受けるから、その隙に横から攻撃してくれ」
生憎と、先程の武器屋で俺が他の武器を持てないという絶望的な事実は知った。だがそこでくよくよしていては居られない。そういうときは仲間に頼れば良い。
しかし、マインさんはその言葉に首を横に振る。
「いえ、先ずは私が戦う前に勇者様の実力を測りませんと──」
「──いやそういうの良いから効率的にいこう。先ずは俺があいつの注意を引き、マインさんは回り込むように移動して逃げられない状況に陥れる。そしてあいつが俺に噛み付いてきたらその隙にマインさんが攻撃す──」
「──え? あ、あの! 勇者様! 聞いてますか!?」
「……なに?」
と、マインさんが何故か慌てて俺の話を中断してきた。
今シャイな俺が頑張って作戦説明という怠い役目を頑張ってるんだが?
「で、ですから! 先ずは勇者様の実力を……」
「一つ質問なんだがマインさん。俺にそもそも実力なんてあると思うか?」
「……そ、それは。その、あると思います! だから私は先に勇者様の実力を見ておきたいのです!」
はいダウト。目を逸らしたのにマイナス50点。そして矢継ぎ早に喋ったことにマイナス50点。そしてトドメに、さっきから言動が怪しすぎるにマイナス100点。合わせるとマインさんへの俺のからの信頼度がマイナス200点だ。やったね。
一々、言動が嘘っぽいんだよなこの人。
だがこういう相手に対する策はある。こういう嘘八百な人にはただひたすらと逃げ場を無くすように根拠を述べていけば良いだけだ。
「……じゃあ言って無かったな。残念ながら俺に戦闘経験なんて皆無だ。これまで十七年間生きてきて、ロクな戦闘をしたことないし、挙句には魔物だって全部が初見。加えて俺はこの伝説の武器の特性上、他の武器を持つことが出来ない。だから俺には、
「っ……」
残念ながら、俺にはプライドというものを持ち合わせていない。普通の男ならば、マインさんのような美人に先程のように『実力を見せてほしい』と言われたら、意地でもあのオレンジバルーンを倒そうとしただろうが、俺には何せ武器がない。根性で頑張ればその内倒せるとは思うが、無駄な時間と体力を費やすだけだ。しかも、もしここでマインさんが戦っている姿を見れば、本当にこれまで冒険者稼業をやっていたか分かるし、俺が武器も無しに必死に戦ってる無様な姿をマインさんに見られたくないという理由もあった。何故かというと……彼女から何処となく、たまにだが嘲られている気がしてならないためだ。個人的な主観だが。そんな相手に見っともない姿を見せるほど、俺は大胆では無い。
そんな風に考えている俺がツラツラと『何故二人で戦わなければならないのか』に至るまでの根拠を述べていくと、マインさんは何故か少し悔しそうな顔をした後、また隠すように笑顔に変えてぎこちなく頷いた。
「……わ、分かりました」
「助かる。じゃあさっきの話の続きだが──」
そうして、俺とマインさんはオレンジバルーンを協力して倒し続けたのだった。
◆ ◆ ◆
「──マインさん!」
俺は構えた盾にオレンジバルーンが噛み付いているのを確認すると、マインさんの方へ振り払った。
「分かってる……わよ!」
呼ぶ声にそう呼応して、彼女は目の前に振り払われたオレンジバルーンを剣で突き刺した。すると、パーンと風船が割れる音のような甲高い音が辺りの平原に鳴り響いたと同時に、ヤツの身体も破裂する。
戦闘は終了したようだ。
因みにマインさんの動きはいまいちだった。マインさんが繰り出した技は剣で突き刺すだけで、まだ全部の実力を見れたわけじゃない。まあ、何処となく足運びに素人感が出ているのが否めない。……もしかしたら冒険者をやっていたことは嘘なのかもしれない。
「……これでオレンジバルーンの皮も三十二枚。イエローバルーンの皮も二十九枚。すべてマインさんのおかげだ」
「……それはどうも」
俺が礼を言うと、マインさんは不満のようで
しかし、この討伐数に至ったのはマインさんのおかげ、これは事実だ。正直、剣を持ったマインさんがいなければ俺はずっとオレンジバルーンが割れるまで殴り続けていた。側から見ても不毛な倒し方だし、やってる本人も疲れるし拳が痛くなりそうだ。だが初戦闘にしては、中々の討伐数だと思う。
「……」
そろそろ日も傾いてきた頃だな。夕日が草原の地平線まで落ちていく綺麗な光景を目にしながらふと思う。
ここまで、意外にも戦闘に夢中になっていたせいもあり、時間もあっという間に感じられた。初戦闘した影響で、こうして戦闘が終わったあとも、ずっと興奮してる感じだ。アドレナリンが分泌されているからだろう。
──戦闘自体も最初は連携の面で支障をきたしたが、俺のとある一言でマインさんは見違えるように俺に合わせてくれるようになった。
『……もう少しきっちり戦ってくれれば、報酬は嵩むし、なんなら報酬も7割は持っていってくれてもいいんだけどな』
と、独り言を吐いただけでまさかここまで彼女の動きが良くなるとは。流石はマインさん。素晴らしい
……お金の力はやっぱり凄いんだな。
「ではそろそろ帰りましょう! 私も流石に疲れてしまいましたっ」
「……そうだな。帰ろう」
マインさんは満面な笑みそう言ってるが、本当に相当疲れた様子だ。あと何となく笑顔が怖い。一見、ただ帰ろうと催促してる言葉だが、『はぁー! こんな男と連携して戦うだなんて苦行だったけど、終わって嬉しい!』的な意味を孕んでいそうだ。これは嫌われたか。
なるほど。不機嫌そうな彼女のこういうときは──
「……マインさん。約束通りに報酬は3:7だ。それで良いか?」
──と、俺が言ったその後のマインさんの反応って言ったらそれはもう手のひらがくるっくるで愉快なものだった。
「えぇ! 良いんですかぁ? ありがとうございます勇者様♪」
「……ああ」
「あ、勇者様! 良かったら良い宿を紹介しますよ! あと特別にワインも奢っちゃいますぅ♪」
「……お、おう」
なんだろう。出会って今日でこの人の扱い方が分かってきた気がする。お金に貪欲で単純過ぎないですかね。
そうして、草原の狩場から城門へ歩いて辿り着く頃に、彼女はこんなことを口走ってきた。
「あとまた武器屋に寄って、私の装備を整えましょうよ! そっちの方が
なるほど、その顔といい相変わらずの作った声といいイラついてくるが、言ってることは正論だ。攻撃をする人の装備を整えればもっと効率的な狩りが出来ること間違いなしだろう。
だが、どうやら彼女は、俺がさっきから多用しがちな
「……確かにそうだな。
と、皮肉げに返すと、彼女は面白くなさそうに前を振り向き、歩く速度を上げて距離を取ってきたので、俺はそのままの歩く速度で城門を抜ける。
門番さんには俺たちが仲間である筈なのに明らかに距離を取って歩いてくる姿を見て、奇異な視線を向けられたが無視して、俺たちはあのおっさんでお馴染みの武器屋に向かうことにしたのだった。
「……おい、兄ちゃん。彼女さんと何かあったのかい?」
「痴話喧嘩っす」
「なるほどなぁ」
ちなみにあの厳格なおっさん門番さんとちょっとだけこんな感じの適当な会話をしたのは内緒だ。流石に後々、適当に返答し過ぎたと後悔した。