弥宵さん主催の異能バトル杯への投稿です。
初一次です
燃える、燃える、燃える。
何もかも燃えた。
文房具が燃える。机が燃える。椅子が燃える。学生バッグが燃えた。カーテンが燃えた。教室が、クラスメイトが、学校が燃えた。街が、家族が、国が、地球が、星が、月が、宇宙が燃えた。燃えて灰も残らず消えた。
これらは全て彼女のせいだ。彼女の炎がすべてを亡きものにした。それには彼女自身も含まれる。彼女の肉体すらとうに影になった。だけど、
「あなただけが燃えなかった。燃えないでいてくれた」
「いいや、燃えてるさ」
そう嘯く男は彼女とは違い、たしかに肉体を保っていた。髪が炎だったり炎で衣服を模したりしていたが、彼女にとっては人間だった。
しかし、宇宙空間を生身で生きられる存在は、果たして人間なのだろうか。
「もうあれから5つの宇宙を燃やしてしまった。たくさんの人を燃やしてしまったの! これからも燃やし尽くしてしまう! まだ『燃やせ』と心が叫ぶの!!」
「分かってるよ、ヒナタ。その前に君を…………」
「……そう、約束。覚えていてくれたの」
「記憶はまだ燃えていないから、きちんと覚えてるよ」
「……今度こそいける? ハルヤ」
「必ず」
肉体のない赤い炎の塊と青い炎が宿る人型が対峙する。
彼女に、彼女らに比はなかった。
もっとも、結局それらの力を発現させた者たちのほとんどはすぐに、ヒナタの力が燃やし尽くしてしまったのだが。
彼女らには知る由もない事だが、『異能の雨』は地球外生命体が地球の生物の次元を上昇させる実験のために降らせたものである。ようは自身をよりレベルの高い生命体にする為の臨床段階。
この『異能の雨』の実験は成功した。肉体を捨ててなお人格を保ち消滅せず、外敵も跳ね除ける力を持って次元を跨ぐヒナタは最高傑作と言って過言ではない。地球外生命体の予測では他の人間も同じように進化し、自身らもまた実験結果を得て進化するはずだった。
ヒナタの成長スピードさえ! これほど早くなければ、進化できたはずだった。
生命体の感情に力の性質も大きさもすべて左右される力。『異能の雨』によって引き出される力はそういうものだ。地球外生命体は人間に比べれば平均的にやや感情の揺れが小さかった。そういう認識の差が、いくつかの宇宙を滅ぼす運びとなった。
「『バーンアウト』!」
「『アブソーブ』!」
目の前の男を燃やし尽くせ、燃やし損ないの燃えカスに火を放て。ヒナタの
宇宙さえ焼いた炎熱が迫るハルヤは今更こんなものに焦らない。もう何度も受け止めたのだ。今しがた送られた炎はハルヤが直接
ハルヤはあまり主体性のない学生だったが、社交的なヒナタを好きになった事でまるで人が変わった。恋は人を変えるという言葉そのもののようにアタックを続けた。ハルヤはヒナタの全てを受け止めたいと願った。
ヒナタの家庭事情に何かよくない何かがあるのを感じ取り、よくヒナタを1人にしないように立ち回っていた事が本人に気づかれていたと知った時は、頭を抱える…………なんてせずにチャンスとばかりに告白した。
その勢いにヒナタが笑った直後、『異能の雨』は降る。そこでハルヤは彼女の『激情』を知ることとなった。
家族への不満、悔恨、恨み、どうしようもないもやもや、社会への怒り、理不尽な事象への憤怒。今まで社交的な性格に隠していた全部を真っ赤な炎に乗せて吐き出すヒナタを見て、ハルヤは一緒に受け止めたいと、よりいっそう願った。故に彼は唯一、現在の彼女のもとまで生きてたどり着ける。
大きな感情のままにヒナタは炎を振りかざす。炎で形作られた顔は泣きそうな顔をしている。否、泣いている。炎で攻撃するたびに人間の肉体が受け止めきれなかった悲痛な叫びで傷付くハルヤを想って、ヒナタは顔をくしゃくしゃにしている。
彼女は泣いている。
赤い炎を青に置換し自分の力にする。吸収しきれなかった炎が肌を焼く。皮膚が焼け爛れる。
痛い。痛いが、好きな人が泣いている方が我慢ならない。
真っ赤な炎の中心へ少しずつ向かう。じわじわと焼ける自身に焦りながらも、前へ前へ。
「ハルヤ……ハルヤ!」
「大丈夫さ。ちょっと待っててくれよ……」
頭で分かっていてもヒナタは炎を止められない。
それでもハルヤは歩みを止めない。
しかし限界が来そうな予感がして、ハルヤは余計に焦る。どうしよう、ヒナタがもう手の届く位置まで来ているのに。彼女を1人にできない、したくない。踏ん張れ、踏み止まれ、ハルヤ。
彼女を想う気持ちを自分で思い出しながら、吸収の異能にブーストをかける。それでもあと少しが足りない。彼女からも伸びているにハルヤから手を伸ばせば伸ばすほど指先が焦げ落ちる。
心は負けてないが、自分の肉体を守る術が追いついていない。今更酸欠になるような肉体構造は無いはずなのに視界が霞む。意識が朦朧としはじめる。緊張か? 彼女の顔が見えないのは困る。
笑ってもらいたいのに。手を取らなきゃ。大丈夫さって安心させてあげたい。
「俺が……消えてもいいから、なんとか……っ!!」
「ダメッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
突然の大声でビクッとハルヤの体が反応する。心が震える。ヒナタがこれほどまでに声を荒げたことはあるだろうか。初めて宇宙を燃やした時くらいじゃないか?
混乱するハルヤだったが、彼女の言にさらに力を増幅する。どくん。
「私だってハルヤが好きなのに、私なんかを好きになってくれたハルヤが、私を見いだしてくれたから私は私を好きになれたのに!」
どくん。
「あなたが私を止めてくれるのを信じているのに?」
どくん。
「1人にしないって、ハルヤが言ったのに!! 嘘つき!」
彼女が好きでいてくれていた。宇宙を5つも燃やしていた間も、ずっとずっと。俺と同じように!
そう理解したハルヤの意識が鮮明になる。怒る彼女の顔が向けられるのは初めてで、彼は嬉しくなった。
四肢に力が漲り、指先が燃えるスピードが遅延する。
「…………ごめん! そうだった!! でも嘘つきじゃないさ! ほら、捕まえた!」
そして、ハルヤはようやくヒナタを抱きしめた。
宇宙を燃やさんとした赤い炎が小さくなっていくと同時に、それを包む青い炎は大きくなっていく。
「来てくれて、ありがとう」
「約束してたから」
燃やす力が弱くなっていく。
ヒナタに死への恐怖はない。大事な人がそばにいてくれるなら、怖いものなどない。人間の頃はついぞ体験したことのない安心感を得ていた。
「でも、目の前で諦めようとした」
「……それは悪かったさ」
「いいよ。今ここにいるもの……」
すでに炎は弱々しく。蝋燭の灯火のようであった。最期にヒナタはか細く囁いた。
「私、あなたを好きになれてよかった」
赤い炎は完全に宇宙から消え去り、青い炎だけが残る。
しかしその炎も元は吸収した赤い炎のエネルギーだ。無くなれば、吸収すべきものがなくなったハルヤもじきに死ぬ。吸収するにも膨大な力を使ったし、愛故にヒナタを追いかけて遠いどこかの宇宙まで飛んできたが、彼は肉体的に人間なのだ。
しかしハルヤにもまた恐怖はない。彼女の遺した炎も心も、一緒になっているからだ。
どれだけ時が過ぎたかわからない宇宙で彼は最期に呟いた。
「俺もヒナタを好きになれてよかった」