「戦って…海で何と戦うんだ…?」
「同族争いとか…?」
「違う。触手たくさん襲って来た。仲間が何人も喰われて…海底の住処は…」
「触手…海だし蛸か烏賊か…?」
「何それ?」
「触手みたいな手を自由に動かして…墨を吐いたりする軟体生物だ。確か…手は八本だったかな…」
「……いや…十本あった。陸の者も知らない生き物か…」
「十本…なら烏賊だな。烏賊は八本の足と二本の腕を持つんだ。昔の友達が詳しかったからな…」
「…大きさも分かれば、望なら種類も分かる?」
「そうだな…て言っても俺はダイオウイカ位しか知らないしな…大体は食えると思う。」
「大きさはとにかく大きい。少なくとも我々の十倍、あるいはそれ以上だ。」
「十倍…20m近くな烏賊なんて…いや…」
烏賊の妖怪と言えば、クラーケンなる存在が有名だろう。
烏賊か蛸か定かではないが、普通の生物じゃないことは明らか。
大きさなどそれこそ不定だろう。
まずいのはクラーケンは肉食ということ。
補食された彼女の仲間はもう…
「…なあ、俺も手伝ってもいいか?」
「陸の者が?何故?」
「俺達は海を渡りたい。でもそんな危険な奴を放置するわけにもいかない。下手すれば陸も被害を被る。それに…」
「まだ何か?」
「困った奴らを見てみぬふりする程、薄情じゃない。たまには海鮮物もいいかもな。」
「…なるほど…では退治の代わりに、極上の持て成しを用意しよう。」
狩りの時間だ。
―――――
「まだ何かあるよね?」
「…実はクラーケンが蛸か烏賊か気になって…」
―――――
「空気のあるとこもあるんだなー…」
「不思議な空間…」
「陸の者と我々の種族が、恋に落ちたという話が伝わっている。ここは、そんな者達によって造られた空間だ。」
「人魚姫の話か…陸にも伝わってるよ。しかし人が海に潜ったのか?」
「陸で生きられる者の話は聞いたことない。陸との交流はあったが…それも昔の話だ。」
人魚姫の物語では魔女との取引で足を得た人魚が、陸の王子の元へ向かう話だった。
しかしここでは逆で、海に人が入る話のようだ。
人魚の協力を得てこの空間がある。
能力が浸透しなかった俺の元いた世界だから、人が海で暮らす発想はなかったのか。
はたまた事実逆なのか。
とにかくこの空間は有難い。
「しかし何でここで人魚が暮らしてるんだ?」
「あの生物はここには入ってこない。」
「成る程…海で唯一安全な場所ってことだね。」
「でも水なくて平気なのか?」
「陸の者との出会いの場なら、我々の生活も問題ない。とは言え、食糧の備蓄も、不自由さも、とても長く耐えられるものではない。」
早く倒さなければ、人魚は絶滅する。
それどころか海の生態系が崩れ、次第に海は荒れていく。
これを知っていたなら、課題にでも設定したのに…
「とりあえず妹紅。今回はお前は留守番だ。」
「!何で…」
「今回に限っては足手まといだ。海じゃ火も使えない。それに飛び続けた疲労もあるだろ?」
「そんなの…望も…」
「お前の限界に合わせてたからな。俺はまだ半分以上残ってる。すぐに行くべきだしな。」
「……」
「一人では危険だ。せめて私も…」
「守りながらの方が危険なんだよ。ま、任せとけって。こう見えてそこそこ強いんだ。」
まだまだ不満を言う妹紅だったが、足手まといに間違いなかったことは、ちゃんと理解していたようだ。
案内として一人着いて来るだけで、あとは勝利を願って送りだしてくれた。
―――――
「あれだ。」
案内されて向かった先は、陸で言えば城下町のような場所だった。
海の底は人間にたどり着けないと言うが、その場所は海底だった。
まあ現代とは違うのだろう。
その町の大きさはかなりのもの。
2、3kmはあるだろう。
信じられないのはその町の3分の1近くに、巨大な触手が張っていたこと。
(どう見ても1kmくらいないか…?)
「ここから見える大きさに…?」
どうやら以前より大きくなっているようだ。
クラーケンは現代では実はダイオウイカなのではとされているが…あれはどう見てもその規模ではない。
まさに化け物そのものだ。
ハンデありで勝てる相手とも思えない。
とりあえず空気が欲しい。
今は顔周辺に膜を張って呼吸を保っている。
常に作りだしているから切れることはないが、如何せん首の稼働域が小さい。
そして幕に防御力はないから、攻撃されれば割れる。
その瞬間、俺は窒息の危険が生まれるのだ。
つまり破壊されないよう戦う上視界も不安定。
更には水中ということは体の動きも制限される。
(…すぐに戦うのは得策じゃないか…)
「本当に挑むのか?」
膜に彼女の顔をいれて答える。
こうしなければ喋っても聞こえないからだ。
俺も口の動きでなんとなく理解してた。
「今挑んでも勝てないかもしれない。条件が不利過ぎる。…一晩だけ、休みをくれ。全快ならどうにかなる。」
「…そうか…」
やはり早く倒したいのだろう。
手遅れになる前に倒したいが、勝つ可能性が低いのに挑むのは、余計な時間を増やすだけだ。
妹紅に偉そうに言った手前気が引けるが、俺は戻ることにした。
決戦は明日…
(絶対に倒してやる…)
―――――
ちなみにクラーケンの見た目は完全に烏賊だった。