人類に狩りつくされた吸血鬼の生き残りがひっそり人生を謳歌するお話 作:怜菟
人類が跋扈し地上をその色で染め上げようとしているそんな時代に、私は吸血鬼として生を受けた。
長い時を過ごし人の一生を二度か三度か見た頃、人類と争って我が一族は数を減らしていき、残ったのは私だけであった。
されど復讐心というものに囚われることはなかった、吸血鬼の冷酷さ故なのか、いたずらに争いを起こす彼らに愛を感じていなかったからなのか。
そう深くは考えずに、一族最後の一人なのだからその生を最後まで謳歌するべきだと穏やかな覚悟を決めた。
真実を言うと戦うのが苦手なために生き残っているわけだが、それを知るのはもう私しかいなかった。
吸血鬼が絶滅したことになってから約百年が経った。
今ではどこに行っても人の目が行き届いており、人以外の生き物にとって住みよい場所は残されていなかった。
仲間が生きていた頃はとある村の近くに住んで人を攫ったりしていたが、一人になってからは警戒を強くした村には近寄れなくなり、また村の近くは人の往来が多くなり、見つかる可能性が増えたため、住み慣れた地を離れ、人のいない山奥へと移住することにした。
鬱蒼と木々が生い茂るこの山に引っ越してきた当初は住む場所もなかったが、辺りを探索していると廃屋を見つけることができた。
近くには澄んだ水が流れる川もありそれなりに快適だと思い住み着くことにした。
今ではここでの生活も気に入っている。
聞こえてくるのは小鳥たちのさえずりくらいなものでなかなかに落ち着く場所だった、何より麓にある里の者に気付かれていないことも大きい。
生き血を飲むために里の者をさらっても神隠しだとしてまともに調査せず、最近では山の神が怒っているのだと言って自分達から贄を捧げるようになった。
しかし、私は生き血さえ飲めればそれでよかった。
昔の仲間は無駄に人を殺し、無駄に反感を得て、無駄に殺されていったが、殺す必要はないのだ。
私は人を殺す快楽というものが理解できなかった。
そのため捧げられた贄は血を吸った後気づかれないように眠らせ、里の近くに捨てることにしている。
だが、目を覚ましたところで人里に帰る贄は一人もいなかった。
彼らの居場所は生贄に選ばれた時点で無くなっていた。
今日もまた、捧げられた贄を確かめるため里の近くに降りる。この山は道が険しく常人ではまともに歩けない、吸血鬼の並外れた身体能力を以てしても山を歩くのはかなり大変だった。
そろそろ贄が捧げられている祭壇が見えてくるだろうという時、一人の男が祭壇の前に立っているのが見えた。
贄を奪う気だろうか? 下山の疲れと喉の渇きから気が立っていた私は確認もせず男を吹き飛ばし急いで贄を連れて家に帰った。
家に着くと贄をベッドに寝かせ、自分は湯に浸かることにした。
昔住んでいたところで発見した温泉に家でも入れるように作ったものだ。
浴槽に張ったお湯がちょうどいい温度になるともどかしい気持ちで身体を流し、湯に浸かった。疲れが解けていくようだった、吸血鬼の中でも体力の少ない私にここの山はやはりきつい。
余りの心地よさにうたた寝をしそうになったところで風呂から出た。
これから待っているのは久しぶりの生き血だ。
期待を隠しきれずに早足で贄を寝かせている部屋の扉を開いた。
しかし、ベッドに寝かせているはずの贄は消えていた、代わりに一人の女が部屋の椅子に座っていた。
贄が目を覚まし逃げようとするのはたまにあることではあった、贄には薬を飲ませ寝かせているようだったが、そこまで強い睡眠薬ではないのだろう。
だから私も窓のないこの部屋に寝かせていたのだ。
それに家から出ようとしても気配でわかる。
起きてしまったのならもう一度寝かせればいい話だ。私は睡眠毒を含んだ歯を立て女の首に噛みついた。
しかし、女は眠ることは無く、首を噛まれた苦痛に顔を歪めていた。
贄として味わうことが出来ない上に正体を知られてしまった。
私は女を殺そうとした。
自分が生きていくためには躊躇なく殺す、私も鬼の一人なのだ。
そんな少し混乱した様子の私とは正反対に女は次第に痛みに適応したのか落ち着き、自ら横になり首を捧げ死を受け入れようとした。
しかし、私はどうしてかそれが許せなかった。
最後の吸血鬼になってから自然に呑み込まれ死ぬことだけは避けてきた。病気にならぬよう健康に気をつけ出来るだけ長生きしてやろうと生きてきた。
だからだろうか、目の前の女が弱肉強食を受け入れ首を傾け頸動脈を捧げようとしていることに腹が立った。
私は先ほどよりも強力な睡眠効果を歯に込め望み通り女の首を噛んだ。
女が目を覚ましたのはそれから12時間くらい経った時であった。
流石に長時間無理やり寝続けるのはきつかったらしく気分が悪そうにうなだれている。
私は刺激しないように水を入れたコップを置き部屋を出た。
逃げ出すとしても私が気づかないことはない。
ひとまずそっとしておこうと思った。