人類に狩りつくされた吸血鬼の生き残りがひっそり人生を謳歌するお話 作:怜菟
そんなことが何日か続いた時、彼女が急に苦しみながら倒れた。自分なりに調べてみたがどうやらただの風邪ではないらしい。私は彼女をベッドに寝かせ里に医者を呼びに行った。彼女を救うためにはこの家は捨てることになるだろう、彼女ともお別れかもしれない。だが今は彼女を救うことしか頭になかった。正体がバレぬように里一番の人格者であり名医だという老人を気絶させ家に連れ帰り、彼女の前で気絶から起こして、私は隠れて見守った。
老人は気絶から目覚めるとここはどこだ? と狼狽えていたが、目の前の弱った女性を見つけると医者としての誇りからかいろいろと検査し始めた。
だがどうにも良くないようで、次第に老人の顔色は悪くなり、ついには匙を投げた。
私は老人の後ろから聞いた、お前には治せないのか、と。老人は驚いて腰を抜かしたが、再度同じ質問をすると恐怖に身体を震わせながら頷いた。どうしたものか思索していると老人は何かに気づいたのか彼女の顔をまじまじと見た。
「まさかこの娘は……」
私が半年前に贄に選ばれた女だと答えると老人はついに全身から脱力して床にへばりついた。そしてそのまま語り始めた。
「この娘が贄に選ばれたのは昔喉の手術をしてから喋れなくなったからなのです。それまでは元気ではつらつとした良い子だったのですが喋れなくなったのがよほどショックだったようで家に引きこもってしまい……。
村長がお荷物だと言って村長権限で贄に選んだのです。他の里の者はみな引き止めましたがどうにもならず……、生きていて本当に良かった」
そこまで言うと老人はほっとして緊張の糸が切れたのかぼーっとしてしまった。呼びかけても反応が無いので放置しておくことにした。私は彼女が寝ている隣に座って彼女の顔を見た。いったいどれほどのストレスを抱えていたのだろうか、声を失い、里から捨てられ、吸血鬼にこき使われ。私が甘かった。彼女にも余裕ができたのだと楽観的に思い込んでいた。彼女はずっと恐怖と戦っていたのかもしれない。その日が終わっても彼女は目を覚まさなかった。
次の日朝早く目が覚めると老人は消えていた。まずい、存在を忘れていた。急いで口止めをしなければ。そう思い変装をして里に降りたが私の噂話など誰もしていなかった。まだ誰にも話していないのだろうか、急ぎ足で老人の家に向かった。老人の家は里の中でも大きい方だ、遠くからでもすぐにわかった。家の中に老人しかいないことを確認して入った。
老人は妙に落ち着いていた。私が来ることがわかっていたようだった。私が玄関の扉を閉じると彼は言った。あなたが山の神様なのですか、と。私はああ、そうだと答えた、彼らの中ではそのはずなのだから間違ってはいない。老人は微笑んだ。
「あなたが贄を帰していることはわかっていました、みな私が手引きして他の村に送りました」
どこか自慢げにそう言うと続けて
「だからあの子が帰ってこなかったときは本当に驚いた」
「そして死んでなくて本当に良かった。あの子もあなたのような人の元で暮らしている方が幸せだったでしょう、あの子の両親はもういませんから……」
どうやら彼女の両親は老人に彼女が他の子たちと同じように帰って来たか聞きにきたそうだ、そして答えを聞いて絶望して後を追ったそうだった。
村人たちからすれば初めての行方不明者ということになるわけか、それは絶望するだろうなと、私はどこか他人事だった。
私はその話を聞いて忘れそうになっていた用事を思い出した。あの子を治す方法は無いのかということだ、老人はその件はもう大丈夫だと言った。一度家に帰ってみてはいかがですか、何かを企んでいる子供のような顔でそう言った。
私の存在を里の者に隠してくれたあの医者は信用できる、何も無しに家に帰れとは言わないだろう、もしかしたら時間で治るものだったのかもしれない。私は大急ぎで帰った。
家に着くと家の扉が開いていた。まずい、鍵をかけ忘れていた。彼女が危ない。彼女の寝室に急いだ。するとそこには知らない男が立っていた。
「誰だ」
私は男が彼女に手をかけぬように威嚇をした。男は飄々とした態度で振り返り、この子の兄ですと、私の与えるプレッシャーにも物怖じしない様子で名乗った。
嘘か真か、兄と証明させるものも無いが、しかし危害を加えている風もなく、老人のこともあり一度信じることにした。
すると兄と名乗る男は握手を求めてきた。殺さないで匿ってくれていてありがとうと。その男の手からは並大抵でない努力と苦労を感じた。
男は握手を終えると彼女の方に向かっていった。腰の袋から薬を取り出し私の方を見た。しかし本物かどうかなんてわからない、すると男は自分で飲んで見せた。毒ではないと言いたいのだろう。自分の妹のためにわけもわからない鬼にここまでできるとはなかなかの人物だと思った。私のことは気にせず手を尽くしてくれと彼に伝えると男は任されたと言わんばかりに手際よく薬を調合し彼女に飲ませた。
これで大丈夫なはずだ、そう言うと男は椅子に腰かけ、私の方を向いた。私達は多くを語りあわなかったが、それでもお互い満足できたらしい。話によるとどうやら、先日した気配はこの男のものだったらしい、山の中を探していたときにこの家に気付いたらしく調査していたらしい。一般人がこの山をうろつくのはかなり厳しい上に、その疲れが残った状態で医者の老人に教えられ薬を届けに来たというのだからこの男にはびっくりさせられる。私は初めて出会った時にいきなり吹き飛ばしてすまなかったと謝った。気にはしていたようだったが快く許してくれた。そこまで話した頃、男は気絶するように横になった。私は恩人と彼女を守るため二人が目を覚ますまで隣で見守ることにした。
それから約一刻が経過した頃二人とも目を覚ました。二人の久しぶりの再会の邪魔をしないように私は家を出た。男が彼女を連れて帰るというなら止めはしない。それが彼らの当たり前の日常のはずなのだ。そう覚悟をしたはずなのに、いつのまにか足を止めて家の方を見ていた。
家に帰ると明かりもついておらず人の気配もしなかった。二人で里に下りたのだろう、しかし最後に彼女と話をしたかった。そう後悔をしても、これでいいのだというもう一人の自分が止めてくる。後悔くらいゆっくりしたいものだ。わけのわからない悪態をつきながら私は彼女のいなくなった部屋の掃除を始めた。