男性でありながら艦娘適性を持つ上城一条はその特異性により、近代化改修の第一号へ指名され、東京第一研究廠にて改装を受ける事となる。
近代化改修――彼等はそれをアームズ・フォート計画と呼んだ。
おかしくないったらない。
誰が云ったか。
この世で最も悪魔に近い生き物は、人間らしい。
■
ペンを持ち勉学に励むより、熱した砲身を手に砲弾の雨を掻い潜る事に慣れてしまったのはいつの事だろうか。
もう艦娘――いや、自分自身にその名称が適応されるかどうかは分からないけれど――という存在に姿を変え、どれだけの間戦ったか、なんて考える。
まだ一年に達していないような気もするし、十年以上戦い続けた様な気がする。カレンダーに目を向ければ分かるのだろうが、別段どれだけの間艦娘をしていたか知りたい訳じゃない。空調のない片田舎の木造校舎の中で蝉の鳴き声を聞きながら補習を受けていた事を思い出す。
別段、やる事は変わらない。黒板にチョークをぶつける音の代わりに砲音を、蝉の鳴き声の代わり波音を、ペンを艤装に置き換えれば良いだけの話。見上げた蒼穹の色は変わらない、憎たらしい程に。
今年で確か、自分は二十何歳かになったのだったか。けれど外見は変わらない、背も伸びないし顔立ちも同じ。【そういうもの】だと研究廠の人間には言われた、妖精と呼ばれるこの世の理から外れた存在に身を預けた時から、人と同じ時間は生きられないと。
悲しい? 別に。 空しい? 別に。
仲間と酒盛りする事にも慣れた。当時は高校生だったが、酒の力がなければやっていられなかったというのもある。何せ自分より一回りも二回りも小さい――それこそ小学校に通っていそうな子供たちが自分と同じ艤装を背負い、戦いに身を投じているのだ。だというのに自分はその影に隠れて怯えているなど、どうして出来よう? 酒の力を借りてでも、戦場に赴く必要があった。
鎮守府に配属された時、腕を欠損し血塗れになった体で微笑み、「あら、貴方が例の新しい人? ごめんなさい、こんな格好で」なんて声を掛けられた事を今でも覚えている。自分より身長が低くて、小さくて、まだ子供で。そんな人が赤に塗れて気丈にも笑い、武器を手に戦っている。その現実に叩きのめされ、義憤に背を押され、此処まで突っ走ってきた。今思えば彼女たちが外見相応な筈がないのだが――当時は若く、勢いだけはあった。
さて――上城一条は思考を止め、目前の人間を見る。
提督、と呼ばれる軍部のお偉いさん。軍部は男社会だが、艦娘と深海棲艦の出現で大分事情が変わったと聞く。実際目の前で腕を組み難しそうな顔をする提督は女性で、確か今年で三十前半になるのか。それで提督という立場に立てるのだから凄まじいものだが、これは彼女自身の才覚が非常に優れている故。他の鎮守府で提督業に就く者の平均年齢は三十後半から四十後半と聞いている。
自分は元々民間人で、高校生で、軍隊の「ぐ」の字も知らぬ若造だった。そしてそれは今も大して変わらない。だからそういう軍部云々についての知識は、本当に付け焼刃だ。艦娘はその性質上漏れなく全員に最低尉官クラスの階級が与えられているが、それが只の戦時階級である事を知っている。だというのに、軍隊の知識を知らない。
尤も、だからと言って軽んじて良い訳ではないが。軍隊に於いて階級は重い意味を持つ。艦娘にとっては二等兵だろうが大佐だろうが、やる事は海を駆けて砲弾を撒き散らし戦う事だけだが。これは他の下士官に対する予防線のようなものだと聞いた。一応、戦艦は皆佐官クラスの階級を割り当てられる。上城一条という人間も、肩書は特務三佐、響きは良いが所詮は飾り物。この名称が役に立った覚えはない。
話が逸れた、本題に移ろう。
一条は提督の前に置かれた一枚の紙に目を落とす。それ程びっしりと書き込まれた訳ではない、しかし右下には赤い【大本営認可】の印が躍り、その一番上には近代化改修の文字。
それは一条に対し研究廠より要請された近代化改修の誘いであった。
「……近代化改修、か」
呟き、提督は深く椅子に背を預けた。近代化改修、聞き覚えのない言葉だ。けれど字面から予想する事は出来る。たった二人だけの執務室、一条は直立不動のまま口を開いた。
「言葉の響きから察するに、艤装の改修でしょうか? 艤装に誘導弾頭でも積み込めるのなら拒む理由はないのですが、航空戦も随分と楽になります、現代戦に則す形にするならイージス艦と同じものが欲しいですね」
「いや、艤装の改修というのは間違いではないのだが……どうにもこれは、艦娘そのものにも及ぶらしい」
「艦娘にも?」
提督の言葉に一条はやや顔を顰める。改修、と言うのだから艤装を預けて終わりだと思っていたが、そうではないらしい。艦娘――つまり自分自身の肉体にも何らかの形で改修が加えられると。提督は口寂しそうに唇をなぞりながら答えた。
「あぁ、一応これが到着してから研究廠に仔細を聞いた、どうにも艤装の近代化に際し、その艤装に対する最適化を行うのだとか」
「最適化、ですか」
「妖精の技術にはブラックボックスが多い、いや多すぎるというべきか、大本営や研究廠もその解析には難儀している、元々この世のものとは思えない代物だからな、それは深海棲艦にも言える事だが――ならばその差を現代兵器諸々でカバー出来ないかと別方面からのアプローチを考案したそうだ、それが」
「この近代化改修、という訳ですか」
「――そうだ」
提督は深く頷く。理屈としては理解した、しかし具体的にどうするつもりなのか。深海棲艦に現代兵器は通用しない、そうでなければ艦娘の運用の為に鎮守府を設置し、大本営などという組織が生まれる事もなかっただろう。そんな事は誰もが知っている、となれば艤装の近代化も難しいと言わざるを得ないのだが――まぁ、どうにかする手妻があるからこうして近代化改修という名の指令が出ているのだろう。
問題は、提督本人が未だ難しい顔をしているという事。何かしらの懸念がある事は明らかであった。
「戦力が増強されるならば受けるべきでしょうね」
「そうだな、それは、そうなのだが」
「何か懸念でも?」
「………」
提督はぎしりと椅子を軋ませ目を伏せた。数秒、二人の間に沈黙が降りる。彼女は目を伏せたまま口を噤んでいたが、ややあって、ゆっくりと口を開いた。
「艤装だけ研究廠に提出するならば問題ない、だがどうにもこの、【最適化】というのが気になる」
そう言って執務机の上に放られた紙を指先で叩く。本来それは口にしてはならぬ事だろう、しかしこうして口にしたという事はそれだけ彼女にとって看過できぬ事である証明であった。一条は一度執務室の扉に目をやり、それから提督に視線を向けた。
「気になる、とは」
「率直に言えば、人体実験の様なものではないかと疑っているのだ」
「それは――」
一条は一瞬反論しようとし、しかし口を噤んだ。人類が海を失って久しい、深海棲艦との軍拡競争は増加の一途を辿り終わりは見えない。そんな中で
「何を今更、と思うかもしれないがな……しかし、現状でも君達には十二分過ぎる程の重荷を背負わせている、これ以上その身を削る事はさせたくない――それに」
提督の視線が一条の左手に向けられる。その薬指に光るリングを見て、彼女は少しだけ苦しそうに顔を顰めた。一条は指先でリングの表面をなぞり笑みを零す。
「……気にしないでください、所詮は【(仮)】ですから」
「馬鹿、気にするに決まっているだろう、仮だろうが何だろうが女性にとって指輪というものは軽くない、憶えておくと良い」
提督はそう言って目を逸らし、鼻を鳴らした。その頬はやや赤らんでいる。
ケッコンカッコカリ・システム。名称はふざけたものだが、その実態は艦娘の身体能力及び艤装のブーストに近い。四十・五十の男性が小学生の姿をした駆逐艦に指輪を渡す姿は正に犯罪のソレだが――幸いにしてこのシステムは艦娘の燃費にも作用する。つまり、比較的燃料を喰う戦艦・空母という重船に使用した方が効率が良いのだ。空母・戦艦・重巡と言った艦種は比較的大人びた外見の者が多い。故に多少年齢は離れていても、まぁ当人同士が納得しているのならばと、軍部の評判はなあなあ――尤も指輪の形をしているだけで本当に婚約している訳ではない。ただ戦力増強の為の措置だ、それは提督も艦娘も理解している。ただ、そう割り切れない者も一定数存在する。
目の前の彼女も、そうであった。
「兎角、この近代化改修、私は受けなくても良いと考えている」
「は――いえ、しかし、大本営から認可された改修を跳ね除けるのは……これは上からの命令です」
「何、抜け道など幾らでもあるさ、手間と時間、後は多少の金でどうとでもなる」
「しかし、提督の評価が」
「そんなものはどうだって宜しい、君達の身には代えられん」
強い視線と共にそう断言する提督。その言葉は――嬉しい、しかし一条は首を緩く振って提督の言葉に異を唱えた。その気遣いは本当に有難いものだ、自分の配属された場所がこの人の下で良かったと腹の底から思える。
しかし――己の身を大切にする時期は、疾うの昔に過ぎ去ったのだ。
「いいえ、提督――俺はこの近代化改修、受けようと思います」
「一条……!」
「小雪さん」
「俺達は艦娘です、この國を守る為に存在する最後の砦――今更それを止める事は出来ませんし、辞めようとも思いません、今更と小雪さんは言いましたが……そう、今更なんです、我が身可愛さに逃げ出す段階は既に過ぎ去ってしまいました」
「……私が言っても、駄目か」
「はい――小雪さん、忘れてはいけません、俺達は確かに艦娘で、代わりのない存在です、軍からも重宝されています……けれど俺達は同時に軍の【備品】です」
備品、という言葉に提督の顔が盛大に歪んだ。彼女はそういう言葉が大嫌いである事を、一条は良く知っている。けれど敢えて口にした、そうしなければならないと思った。
艦娘自体が人体実験、その言葉に偽りはない。何せその存在自体謎なのだ、艤装を装着すれば海に浮かび、数トンの大型トラックだって片手で転がせる。【元】は人間であろうと、【建造】によって肉体を再構成された艦娘達は軍の備品として扱われる。表側は赤紙としての招集――しかし、裏ではその家族・縁者に対し莫大な謝礼が支払われている事を艦娘達は知っている。
上城一条の人生は金で買われたのだ。
であればその生死さえ、軍部が握っていると良いだろう。
「上が【やれ】と言うのならば、俺達に否はありません……それにほら、別に本当に人体実験かどうかも分からない訳ですし、存外簡単な調整程度で終わるかもしれませんよ?」
「そうであれば良いのだがな、しかし――」
「大丈夫ですよ」
未だ苦々しい顔を隠そうとせず、尚も言い募ろうとする提督――小雪の言葉を遮り、一条は笑って見せる。
「俺は絶対に、此処に帰ってきますから」
数秒、見惚れる様にして小雪は動きを止めた。それ程に彼の笑顔は美しく、陰のないものだったのだ。彼女は一度目を瞑り、大きく、重く、息を吐き出す。まるで自分の中にある感情を全て吐き出してしまう様に。
分かった、その言葉が執務室に響いた。ゆっくりと顔を上げる小雪、その表情に最早影はない。
「――ちゃんと帰ってこい、一条……いざとなったら研究廠の設備をぶち壊してでもな」
「ははは、分かりました、任せて下さい、提督」
小雪が微笑み、一条は胸を軽く叩いて頷く。
この日――上城一条特務三佐は【近代化改修】の為、東京第一研究廠へと出向する事が決定した。
■
上城一条 階級・特務三佐。
十六歳、身長百八十一、体重七十一、血液型AB型。
東京第三高校在籍中、全国一斉艦娘適性検査にて陽性反応アリ、男性でありながら艦娘として東京湾【日本特区防衛府】に配属される。適性艦種は戦艦、しかし固有の特性値を持たず戦艦級の艤装であればあらゆる艤装が装備可能。その特異性から大本営より特務預かりとなる。×年八月七日、特務より東京第二研究廠へ出向、同年艦娘訓練課程を修了し翌年×年十一月日本特区防衛府第四艦隊に配属、旗艦を務める。
×年八月四日、第一次反攻作戦にて大破判定。戦果、elite二隻の撃沈。銀翼章受賞。
×年十二月三日、第二次反攻作戦にて中破判定、翌日十二月四日まで第二戦線を支える奮闘を見せるも同作戦にて第四艦隊は旗艦、駆逐艦霞、軽巡洋艦神通を残し大破着底。戦果、イ級四隻、タ級一隻撃沈。帰還後、心的外傷後ストレス障害の兆候アリ、内陸艦娘病院に搬送、収監。
院内にて同病院に収監されていた戦艦山城に暴行を受ける。原因は第四艦隊内に戦艦山城の姉妹艦、戦艦扶桑が編成されていた為。同戦艦扶桑は第二次反攻作戦中、大破着底、轟沈判定。戦艦山城、後日東京第二研究廠にて解体処理。×年三月現在、解体処理確認済み。
×年六月三日、日本特区防衛府に復帰、第二艦隊に配属。補給線防衛任務、レスト・ルート安全確保に従事。内、中破以上の損傷なし。
×年十一月七日、第一次深海棲艦大規模侵攻にて小破判定。戦果、ヲ級一隻、イ級二隻撃沈。
×年十二月八日、第三次反攻作戦にて中破判定。連合艦隊による
×年六月十一日、練度値が近代化改修の基準値に到達。大本営及び東京第一研究廠による要請により近代化改修を実施。
補遺
第一研究廠主導近代化改修――
■
「いやはや、まさか態々其方から足を運んでくるとはね」
「当然だ、研究廠に出向してから二ヶ月もの間音信不通だぞ? 此方から何度も報告要請を送っているというのに、無視とは言い度胸だ」
「ははは、いや別段無視している訳ではないんだよ、ただね、今の今まで部外者を招くだけの余裕が無かっただけだ」
「部外者とは言ってくれる」
「実際そうだよ、この
白髪の混じった男性は白衣を翻し、くつくつと歪に笑う。
小雪は目の前を歩く男――第一研究廠の開発主任が嫌いであった。長い髪を後ろで一つに束ね、曲った背をそのままに歩く。男からは強い煙草の匂いがした。
場所は薄暗い第一研地下に存在する『近代化改修ドック』と呼ばれる場所。東京湾に面し、広大な地下空間を持つ第一研究廠。東京第二研究廠が主に既存の艦娘兵器・艤装の開発、建造、訓練等を担当するとすれば、この東京第一研究廠は妖精や既存の物理法則に縛られない艦娘のブラックボックス解明・解析に力を入れている場所である。
近代化改修ドックは壁に沿ってキャットウォークが備え付けられており、小雪と主任、そして助手の男三人はその上を歩いている。照明はキャットウォークの上だけを明るく照らし、一歩歩く毎に足音がコンクリート壁を反響する。直ぐ横を向けば真っ暗な世界が口を開け、真下は何も見えはしない。近代化改修ドックというより、どこぞの集積所や倉庫に来たような気分だった。小雪は暗闇をじっと見つめたまま、背中を向ける主任に告げる。
「それで主任、一条――特務三佐は何処に? 既に改修は終わり、原隊復帰も可能と大本営より聞き及んでいる、此処に居るという話ではなかったか」
「無論だ、居るとも、ほら」
主任はそう言って髭の生えた顎先で暗闇の先を指した。小雪は暫く口を噤み、「は?」と言葉を漏らす。彼の指し示した方向を眺めても暗闇が広がるばかり。助手の男がバインダーを片手に肩を竦め、「主任、それでは分かりませんよ」と窘める。男はキャットウォークの上を駆けると、近場にあった電子操作盤を叩いた。「今、照明を切り替えますから」と口にする。
「……此処に特務三佐がいるのか?」
「勿論だとも、あぁそうだ、先に言っておくと近代化改修は上手くいったぞ、断言して良いが大成功だ、これまで生まれた艦娘の中で最も彼が強い、ただ――そうだな、原隊復帰は難しいかもしれん」
「何?」
主任の言葉に小雪は眉を潜め、口を曲げた。
「大本営からは可能という言葉が出たのだろう? 確かに出来る・出来ないで言えば可能だが、運用できるかどうかは別だ、恐らく彼はこのまま第一研究廠預かりになる確率の方が高い、日本特区防衛府に戻るのは――そうだな、まぁ、彼が『出撃』する時位か?」
「どういう意味だ」
「――照明、切り替えます」
一歩、踏み込んだ小雪の耳に助手の声が響く。主任は手摺に身を寄せ、眼鏡の奥でその濁った瞳を輝かせた。頭上より甲高い音、照明が手前から次々と点灯する。その明るさに小雪は一瞬目を細め、それから目前に広がる『それ』を見た。
「これが我々の考案した――【近代化改修】というものだ」
それは――広大な地下空間を埋め就く程の巨躯。
甲鉄の壁、否、それは一つの兵器であった。六本の巨大な脚部、四方に伸びる飛行甲板、搭載された大艦巨砲主義時代に存在したかも怪しい主砲。大きさは――どれ程だ? 一キロ、いや二キロ、もっとあるかもしれない。上からそれを見下ろす小雪は瞠目し言葉を失った。既存の兵器、その大きさを余りに逸脱し過ぎている。
「これ、は」
「どうだ、素晴らしいだろう?」
隣り合う主任が誇らしげに、口元を歪ませ言った。
「前々から疑問に思っていたのだ、艤装というものはどうにも、不思議な点が多い、我々の兵器は通用しないというのに彼奴等の艤装から放たれる砲弾は深海棲艦共に損傷を与える、そしてその艤装というものは艦娘しか扱えない、駆逐艦に砲塔が積めない様にな……それは何故だ? 仕事柄、こういうものに疑問を抱くと探らずにはいられなくて、随分探ったよ」
隣で謳う様に、こつこつと爪先でキャットウォークを叩きながら彼は告げる。己の研究成果、その道中、そして至った結論を。小雪はその間目を見開き、ただ沈黙を返す事しか出来なかった。
「例えばだが、深海棲艦には艤装による攻撃でのみ有効打が与えられる――しかしそれは、本当に艤装だけか? 艦娘に現代兵器を持たせて攻撃させた場合はどうなる? もし無効ならば素手による殴打はどうだ? 駆逐艦が戦艦の砲塔を使用出来ないのは単純な体格や積載量の問題か? 或いは人間が艤装を扱えない様な、摩訶不思議でクソくらえな法則が適用されているのか? Etc、etc――考えるべきものは無数にあった」
「結論から言うと艦娘に拳銃や既存の兵装を与えても全くの無駄だった、発射は可能だが深海棲艦には傷一つ付かない、素手での殴殺は可能、そしてこれは間接的なものでも叶う、例えばその辺に転がっている石を掴んで深海棲艦を殴りつければ殺せる、無論艦娘だけだがね? 現代兵器と石ころに何の違いがあるかは未だ分かっていないが、『間接的な打撃』ならば通る事が分かった」
「次に駆逐艦に戦艦の艤装を積めない理由を探った、これは本当に骨を折ったが、言ってしまえば『相性』のようなものが存在した、ほら、彼女たちの艤装には確かスロット――だったかね、なるものが存在しただろう? これは戦艦も同じだが、規定数の装備しか積めない、或いは受け付けない『制約』のようなものがある、一度駆逐艦に戦艦の砲塔を使わせたが碌に撃てやしない、機動力も常の二割程度しか出ない、精度も悪化する、静止目標に対する砲撃でさえニ十発撃って一発着弾するかどうか、酷い物だった」
「だが――逆に言えば、【積めはする】のだよ、機動力も下がるし、精度も酷い物だが」
主任の顔が下から抉る様に、小雪を見た。小雪は思わず仰け反り、ぐっと胃から込み上げる何かを堪える。目前に迫る二つの瞳からは昏い色が見えた。直視していると気が狂いそうになる、酷い淀み、それを煮詰めたような瞳だ。罅割れた唇から舌を覗かせ、主任は両手を広げ歓喜に叫ぶ。
「ならばそれを補ってしまえば良い、そう考えられ、実際に大本営の認可を得た【近代化改修】が……これだ!」
彼は甲鉄を見下ろす、その巨大さは広大な地下空間を圧迫し壁までの距離はほんの二、三十メートル。小雪は思う、一体どれだけの期間開発し、秘匿されて来たのか。この艤装――否、これは最早艤装と呼べる規模にない。これは一つの兵器だ、空母や、爆撃機に勝る、巨大な。
「深海棲艦に通用するのは艦娘による近接攻撃か、艤装による攻撃のみ、そして艤装は艦娘が使用しなければ機能しない――ならば最低限【艤装に艦娘が接続されている状態】で複数の艤装を搭載すれば問題ない、積載過多による精度・速力の低下は主に艦娘の両足で移動し、艦娘自身の腕や目で砲撃を行おうとするからだ、強引な話だが、艦娘の背中にロケットエンジンでも積んで飛ばせば速力の問題は解決するんだ……無論、これは極端な話だがね? 戦略級機動兵器――吾々はこれを
「アームズ、フォート……」
その声はこの地下空間に良く響いた。照明に照らされ、微動だにしない戦略級機動兵器――アームズ・フォートを小雪は見下ろす。主任が手を一つ鳴らすと、助手の男がタブレットを彼に手渡した。投影ディスプレイによって3Dモデルがその場に浮かび上がる。今目前にあるこの甲鉄の塊、そのモデルだった。
主任はそれを小雪に見せながら、興奮した様子で頬を紅潮させながら続ける。
「そして彼の【接続】されているこのAF、全長2.4km、ムーブメントは六脚歩行、これはね、砲撃の衝撃を和らげる為にこの様な形になったのだよ、勿論海上戦闘も可能だ、いや実に面白い話だがね? 艦娘というのは艤装なんて超重量の塊だというのに容易く海に浮いているだろう? だからこの全長2.4kmの甲鉄の塊でさえ、浮いてしまうんだよ、海上に」
モデルの立つ場所が市街地から海へ切り替わる。そしてその超重量の塊は何の推進力も持たずに海上を浮上し、ゆっくりと歩行を開始した。主任はそのモデルを回転させ、周囲に伸びる甲板や砲塔を指差し語る。
「主砲は六門、と言っても既存の戦艦が積んでいる主砲ではないよ、我々が手を加えて【開発】したものだ、このAF専用にね、ほら、見えるだろう? あの中央から三門ずつ並んでいる、アレだ、間違っても人間が持てるサイズではない、確か砲身含め1km近かったかな? その為精度も射程距離も段違いだ、左右には機関砲と既存の艦娘が運用する主砲を並べてある、甲板もあるので航空戦力の運用も可能だ、所謂母艦機能だな、防衛拠点としても万全――主砲の射程は凡そ【200km】、機体を中心とした半径100km圏内は
タブレットを掲げ、手摺を乱雑に叩き主任は狂喜乱舞していた。目を血走らせ、ズレた眼鏡をそのままに叫ぶ男は正に狂人だ。だが、背後で穏やかに笑っている助手の男も本質的には同じだった。小雪は胸元を握り締め、深く、深く息を吸う。
「彼が男であって良かった! どの船にも魂を引かれぬ無垢なる者で良かった! だからこそ、この『船』を作れたのだ!」
「一条は――一条はどこだ」
声は震えていた。主任はその声を聞き、「一条?」と名前を繰り返す。それから、「あぁ、上城君か」と納得し、手元のタブレットを操作し始めた。
「彼ならば船の中枢……モニタを繋ごう、心臓部である場所はね、常にモニタできるようにしているんだ、万が一誤作動などがあっても困るだろう? この建造には大分骨を折ったし精根込めたが……あぁ、ほら、映った」
そう言って差し出されたタブレット。それを半ば引っ手繰る様にして小雪は受け取り、映像を食い入るように見る。
そこには全裸の状態で四肢を機械群に埋め込み、体中にケーブルを差し込まれた上城一条の姿があった。手足の先は見えない、丁度肩口から太腿の辺りから機械に呑み込まれている――いや、良く見ればそれは、呑み込まれているなんて生易しい状態ではない事が分かった。何か芯柱の様なものが骨の代わりに一条へと差し込まれていた。微かな隙間から覗くそれを見て、確信する。呑み込まれているのではない、存在していないのだ――手足が。
周囲に這うケーブルは彼の脊椎に沿って突き刺さっており、目元は黒いゴーグルの様なもので覆われていて見えない。項垂れ、動かぬ一条。小雪は口元を手で覆い、声のない悲鳴を上げた。
「……これ、は」
「流石にこれだけの
「私が聞きたいのは、そういう事ではない……!」
小雪の指先が、ディスプレイに食い込んだ。そのままタブレットを足元に叩きつけ、叫ぶ。硬質的な音が鳴り響き、小雪の絶叫が轟いた。
「あのケーブル群は何だ!? それに何故、彼の手足が無くなっている!?」
小雪の叫びを聞いた主任は一瞬、きょとんした表情を見せ、それから心底不思議そうに答えた。
「何故って――邪魔だからだ」
答えは簡潔で、声は平淡であった。一瞬、小雪の時間が止まる。タブレットを地面に投げ捨てた姿勢のまま、茫然と繰り返す。
「邪魔……?」
「あぁ、既存の艦娘ならば己の足で水上を駆け、手で狙いを定める必要があるが彼に求められているのは動力源及びソフトウェアとしての『機能』だ、ひとりの手足で操作出来る程この兵器は単純じゃない、幾つもの人工知能が補助に動き操作している、人間の手で行おうとすれば千人規模の乗員が必要だ、だから彼をコアに複数の操作系統、そうだな、戦車の様な物だよ、彼の代わりに百人前後の人間と人工知能補助でコイツを動かすのだ、つまり彼はそこに『繋がっていれば良い』、使わんのなら別に要らんだろう? それに【固定】するには丁度良い、既存のベルトなんぞよりも余程強固に固定できる、彼の手足の断面には金具が装着されていて、あのシートの四隅にボルトと共に打ち込んである、間違っても接続ケーブルが脱落しないようにね」
「そんな……そんな、理由で――」
「……何やら怒っている様だが、一体何が不満だというのだ?」
主任は小雪の雰囲気に滲む怒気に気付いた。それに気付きながら、理解出来ないと眉を顰める。小雪の投げ捨てた端末をゆっくりと拾い上げ、罅割れたディスプレイに溜息を零し、言った。
「――高速修復材があれば生えるだろう、手足の一本や二本」
「貴様ぁッ!」
小雪の怒鳴り声が響き、同時に加減無しの拳が飛来した。肉を打つ音、衝撃、小雪の右腕が振り抜かれ主任の体が後方へと転がる。からん、と主任の眼鏡が床に落ちた。遅れて主任の手から端末が滑り落ち、壁に当たって止まる。殴り飛ばされた主任は殴打された頬を親指で拭い、歪んだ視界を戻す様に二度頭を振って小雪を見上げる。
「大佐ッ!」
「……少将、少し貴女は勘違いしているようだな――吾々は戦争をやっているんだよ」
助手が主任の元に駆け寄り、しかしそれに注意も払わず二人は視線を交差させる。小雪はやや息を荒げ、反し主任は冷徹な瞳で以って彼女を穿つ。彼を殴り飛ばした拳が、じんじんと熱を発していた。
「……これがどこぞの国との交戦ならばここまでする必要もなかった、しかしな、向こうさんは話し合いすらする気のない化け物共だ、手を取り合って仲良しごっこなんぞ出来はしないしやるつもりもない、【負ければ終わり】なのだ、文字通り人類が終わる――そんな時に倫理が道徳が、なんぞクソくらえだ」
「貴様らはッ……貴様らは大戦の過ちを繰り返すつもりかッ!?」
「燃料半分の爆薬積んで特攻と比べれば彼はまだ幸運だろうよ、それに、吾々研究廠の人間は己が鬼畜外道である事を理解しているがな――提督なんぞやっている連中は、吾々と同じ穴の狢だろうが」
吐き捨て、主任はゆっくりと立ち上がった。手を貸そうとする助手のそれを払い、足元に転がっていた眼鏡を拾い上げる。拳が当たったのかフレームが僅かに歪んでいたが、彼はそれを気にせず静かにかけ直し、視線を小雪に投げかける。
「いいや、提督だけじゃない、この國全ての人間が、女子供に砲筒を持たせて陰に隠れるクソ共だ、何も出来ないから仕方ない? 成程、確かにそうだろうな、現代兵器が通用しないならば吾々人間に出来る事なぞない――だが、それを理由に諦観するなぞ己は認めん、無ければ作れば良い、作ってやる、己はやるぞ、絶対に、何が何でも、何を犠牲にしてもな」
「その末路を知らんとは言わせんぞ大佐……行き過ぎた理念は国を、人を腐らせる」
「上等、腐り落ちて人類が勝つならば喜んでこの身を捧げよう」
「勝利の二文字に酔うか、貴様のやっているそれは何を理由しても許される事ではないぞ……!」
「見縊ってくれるな、許されるつもりなど傍からない、好きに罵れ好きに殴れ、例え未来に大罪人の名を刻む事になろうと構いはしない――
手摺に手を置いた主任は小雪を睨みつけながら目下に鎮座する巨躯を指差す。
第一研究廠の執念と妄念の果て――それがアームズ・フォート。『艦娘』という限られた貴重な資源を最大限活用する為に生まれた、近代兵器と艤装による超大型機動要塞化、それが近代化改修の正体であった。
何を馬鹿正直に敵の土俵で戦う必要がある? 人は古来より技術の発達と共に戦争を繰り返してきた。だというのに此処に来て、何故何十年も前の技術に則って戦わねばならないのか? 馬鹿らしい。
敵が艦載機を飛ばすのならば誘導弾頭で迎撃しよう、それで足りぬのならば毎分6000発の近接防御機関砲で撃ち堕とす。十キロ、二十キロの距離で砲雷撃戦をするのならば、二百キロ離れた場所から一方的に砲撃・爆撃してやれば良い。それで堕ちぬのならば物量だ、AFの三段式甲板からは既存の空母では到底賄えぬ艦載機が飛ばせる。百で足りぬのなら二百、二百で足りぬのなら三百――空を埋め尽くすほどに飛ばしてやれば良い。人命の代わりならばボーキサイトなど幾らでも融通が利く。
戦争だ、吾々は戦争をやっているのだ。
「それに、他人を危険に晒して自分だけ悠々と安全な場所から眺めているばかりだと思うか? それこそ、吾らを馬鹿にするな――彼の苦しみは、何百、何千と味わったとも」
告げ、主任は自分のシャツをはだけさせ白い首筋を見せた。そこには人体には存在しない、灰色が付着している。コネクタだ、小雪は目を見開いた。先ほど映像の中で見た一条と同じもの、ケーブルを繋げるための門がそこにはあった。
「艦娘の人体構造と人間のそれは基本的に違いが無い、ならば【事前の実験】は必要不可欠だろうよ、大本営には『代替可能な実験人材の提供』を打診されたが、断った――全て、己の体で実証したよ、この
一歩、主任が詰め寄った。その瞳には先ほどと同じ昏い色が漂っている――けれどそれと同じ量、強い怒りと殺意が渦巻いていた。爛々と、憎悪を滾らせ彼は云う。
「
「大佐っ――」
「少なくとも、あの青年は吾等の意志に共感を示したぞ?」
「ッ!」
その言葉に、踏み出そうとした足が止まった。彼が、一条が第一研究廠の近代化改修に共感を示した。それは、この『醜態』を呑み込んだという事だった。思わず、唾を呑み込みAFの方へと視線を飛ばす。このぶ厚い甲鉄の中で眠る一人の少年を想って。
「彼を憐れむなよ、強い子だ、少なくとも研究廠の面々が尊敬する程には……貴様なんぞより余程現状を理解し、己の出来る事を為そうとしている――少将、貴女は善人だ、良き人である、平時であれば貴女のような人こそ誇るべきであり、尊重されるべきだ……だが今の時代が求めるのは
主任の言葉が深く、小雪の胸に刺さった。視線が下がる、握り締めた拳は震えるばかりで何も出来やしない。唇を噛み締め、俯く小雪の横に歩みを進め主任はAFを見下ろし、続けた。
「大本営の腐れ共の中には深海棲艦とコンタクトを取り、和平の道を選ぼうとする者もいると聞くが――とんだ茶番だ、人類ですら話す言葉の違い、肌の色、文化の違い程度で殺し合うと言うのに、根本から異なり命を脅かす生命体と仲良しごっこなぞ反吐が出る、吾等人類は一体何人彼奴等に殺された? 一億や二億では済まんぞ、世界規模で無数の屍が生まれたのだ――ならば同じ分だけ、血を流して貰わねばなるまい」
「……大佐、貴方は」
言葉の端から漏れ出る憎悪、殺意。恐らく、彼は親しい人を――。
彼に向けた視線は主任の舌打ちと共に打ち切られた。乱雑に髪を掻き、濁った視線を向けた彼は苛立たしいとばかりに告げる。
「あぁ、クソ……私怨が混じっている事は認めよう、だが女子供を戦場に送りたくないという気持ちは本当だ――このAFが普及すれば、少なくとも彼女達だけに出血を強いるという事はなくなる、AFの運用には少なくない人間の手が必要だからな、仮に沈むとしても、中の人間諸共だ」
「その犠牲は……自己満足に過ぎぬでしょう」
「そうだろうな、しかしな、不思議な事にその自己満足を得たい人間がこの國には掃いて捨てる程に居るのだよ」
そう言って主任は罅割れたタブレットを拾い上げ、二、三操作した後小雪に投げ渡した。弧を描き飛来するそれを受け取り、小雪は表示された画面を見る。
「……これは?」
「AFに搭乗し、彼と共に戦いたいと『志願』した陸・海・空の連中だ」
画面に羅列された人名――性別、年齢、所属関係無くリストアップされた彼等・彼女等はこのAFに乗り込み、共に戦いと志願した者達だった。小雪はスクロールする画面を視線で追う。百や二百では足りない。これは――。
「今までのキャリアを捨ててでも、海坊主共と戦いたいと思っている連中の何と多い事――なぁ少将、これからの戦争が変わるというのは比喩でも何でもない、これは総力戦だ、人類と、深海棲艦という畜生共との……文字通り、片方が亡びるまで終わらぬな」
告げ、主任は白衣の裾を翻し背を向けた。僅かに切り、血の付着した唇を指先で拭うと色を感じさせぬ声で小雪に伝える。
「――明日、このAFの起動実験がある、三度目だがね……見ていくと良い」
それが最後の言葉だった。彼はそのまま難しい顔で黙りこくる助手を連れキャットウォークを歩き、回廊の奥へと消えていく。照らされた照明の元、静かに佇む甲鉄の巨象。小雪はそれを見下ろしながら悲痛な表情を隠さず、胸元を握り締めながら呟いた。
「一条……」
■
『動力炉順次稼働、調整開始、安定値――動力回路解放、出力問題なし』
『
『三段式飛行甲板展開、垂直発射式MLハッチ解放』
『主砲六門起動確認、01から06番まで異常なし、回路正常、弾薬室より返信、オールグリン』
『――アームズ・フォート起動します』
最高の実験日和だな、そう告げた主任に助手は苦笑を漏らした。空は快晴、波も少なく海は穏やかなもの。しかしこれが豪雨だろうと嵐だろうと実験に支障はない事を彼は知っている。
場所は第一研究廠管制室、周囲に張り巡らされた複数のモニタにはAF内と外の映像が流れている。現在件のAFには研究開発チームを含む運用班が搭乗し、起動実験を行っていた。画面には忙しなく電子板を操作し、網膜ディスプレイにて管制を行う運用班。全員が同じゴーグルを身に着け、淀みなく手を動かしている。
地下格納庫からリフトによってゆっくりと上昇し、東京湾へと押し上げられた2.4kmの怪物。その巨大さを隠す事無く、東京全区に全貌を晒す。東京一帯にはAFの起動実験に先駆け避難命令が出ているが、恐らく県外からも目視は可能だろう。何せコイツの出入り口を設けるだけで大変な苦労があったのだ。しかし、それに見合うだけの戦力はある。それを今回、証明する。
上空を旋回する監視ドローンから送られる映像。東京湾に聳え立つ巨大な六本脚の巨象。周囲を飛ぶ鴎の何と小さい事。それを見た主任はふっと口元を緩め、呟く。
「大和型、とでも付けておくべきだったか?」
「戦艦大和の全長は263mです、2.4kmの是と比較すれば見劣りしますよ」
「ははは、正にその通り、我ながらこの巨大さ、頭の悪い事だ」
「――AF、抜錨します」
オペレーターの言葉と同時、AFの六本脚を固定していたロックボルトが解除され、そのまま横にスライド。AFはゆっくりと六本脚を交互に動かし、海へと繰り出した。このAFには海上に浮上する機構が存在しない。その全高は600mに及ぶ為早々水没する事は無いが、通常ならば海に足を踏み出した時点で沈み始める。
しかし――そうはならない。
海へと六本の脚を向けたAF――そしてその爪先が海に触れると同時、何事もない様に揺蕩う海面をAFは『踏み締めた』。まるで地面と同じように、AFはゆっくりと足を動かし海原という大地に聳え立つ。
「ふはっ、やはり何度見ても凄いな、えぇ? 全長2.4km、全高600mの鋼鉄が海に浮いているぞ? それでいて『歩く』事も出来るとは、爆笑だな」
「ですが、今はその事実がAFに莫大な利点を齎しています、何せ海上兵器を陸上兵器の様に扱えるのですから」
「その通り」
主任は歪んだ口元を隠そうともせず、手を叩いて喜ぶ。そうこうしている間にもAFは上昇リフトから海へと足場を移し、そのまま静かに水上走行を開始した。六脚の超大型要塞がゆっくりと海原を滑って行く様は実にシュールだ。その巨大さ故、酷く緩慢に見えるがアレでもそこそこの速度は出ている。
取り敢えず起動は問題なし、水上歩行・走行も異常なし。此処までは以前の起動実験でも分かっていた事だ。
となれば後は――。
そう思考した主任の耳に、望んでいた報告が助手によって齎された。電子タブレットを操作していた彼は目線を落したまま静かに告げる。
「主任、予測通りです、深海棲艦の部隊を確認しました」
「場所は」
「東京より200km圏内、エリアCF9――AFの射程距離です」
「宜しい、遠征様々だ、馬鹿正直に毎度毎度同じルートを取った甲斐があった」
告げ、主任はモニタの一角を指差す。意図を汲み取った助手はタブレットの映像をモニタに転送し告げた。
「航空偵察機より付近の映像です――距離、凡そ190km」
「砲撃準備」
モニタに映し出された幾つかの機影。接近し過ぎれば察知される為、その画質は御世辞にも良いとは言えない。しかし、凡そ敵である事が見分けられれば問題なし。主任は立ったまま笑顔を張り付け目前の手摺を指先で叩いた。
呼応する様にモニタの中で手を動かす運用班が報告を上げる。
『大口径実体弾砲、用意』
『
忙しなく変化するAFの火器管制表示。AFが緩やかに停止し、その六脚で海原を踏み締める。大きな波が防波堤にぶち当たり、音を鳴らした。
中央に三門ずつ並んだ超長距離砲撃を可能とする大口径実体弾砲が金切り声を上げながら砲先を上下させる。順に並んだ砲塔は微調整を繰り返し、軈てすべてが同じ向き、角度で動きを止め、沈黙した。
『第一から第六迄砲撃準備完了――撃てます』
「第一砲塔より順次、砲撃開始」
瞬間、東京一帯に凄まじい砲音が轟いた。
近場のビル、その窓硝子が破れ、足元の海が大きく揺らぎ、津波となって浜を攫う。地下にある第一研究廠、その管制室にまで届きそうな爆音。同時に巨大な――巨大すぎる砲弾が凄まじい勢いで射出し、風を切り乍ら遥か彼方へ一瞬で消えて行く。
190kmという距離を踏み潰し、飛来する砲弾。主任は歯茎を剥き出しにして笑い、目を輝かせる。オペレーターがインカムに指を当てながら映像を見つめ、告げた。
『航空偵察機による着弾観測迄あと――四、三、二、一』
白い光、としか形容できない砲弾が蒼穹を割いて飛来していた。遥か遠くで見守る航空偵察機からすれば比較的目で追える速度。しかし実際には、まるで流星の様に飛来するソレ。
光は寸分違わず敵影の集まる場所、その近海に着弾し。
『着弾、今』
炸裂した。
それはまるで、太陽が堕ちたと思う様な光景だった。爆炎、爆風、着弾観測を行っていた偵察機の映像が一瞬乱れノイズが走る。水柱――というよりも、一体の海水が弾け、抉れたという表現が正しいか。一瞬のみ生まれた灼熱地獄によって凄まじい蒸気が噴き上がり、凡そ周囲四百メートルの空気が熱によって歪む。気流の乱れによって機体を回転させた偵察機が制御を取り戻し、大きく旋回して再び映像を回す。
其処には今まさに仲間を庇って散り散りになり沈み逝く敵艦と、突然の砲撃に困惑し、恐慌する残敵の姿があった。
『着弾確認、敵影の半数、至近弾により撃沈』
「くはッ! ははっ! 見ろ吉田君! 至近弾で半数が吹き飛んだぞッ! 海水ごと、バラバラだッ! 20や30kmからの砲撃ではないぞ? えぇ? 190km先からの超長距離砲撃だ、此処まで来られるか? ん? 例え
狂喜。手を叩き、画面の向こう側で右往左往する憎き深海棲艦を眺め大口を開けて笑う。その間にもAFは続けて第二射を放ち、轟音と共に白い流星が蒼穹を割いて飛来する。それを防ぐ手立てはない、何せ『そういう風に作った』のだ。大艦巨砲主義なぞ時代錯誤も甚だしいが、実際こうなってくると実用的なのだから仕方ない。飛来する砲弾の風切り音に気付いたのか、敵影の幾つかが一体の深海棲艦に群がり盾となる様にして折り重なる。
『第二射、着弾迄あと――三、二、一』
オペレーターの無機質な声が響く。そして光は敵影の傍に着弾し。
『着弾、今』
炸裂。
二度目のノヴァ、球型に膨れ上がった爆炎が海水を弾き、蒸発させ、周囲の空気が歪む。
そして立ち上った蒸気が掻き消える頃、其処には半死半生の深海棲艦が一隻のみ。
他は皆、ソイツを庇って沈んだ様子であった。
『着弾確認、敵影、残り一』
「おいおい、見たまえ吉田君、連中艦載機まで使い始めたぞ? 今更敵を探し始めたらしい」
最後の深海棲艦は空母だったのか。何やら腕を振り撒き艦載機と思わしき影を無数に呼び出していた。それを砲弾の飛来した方向へと飛ばしていくが――さて、190km先の東京湾に辿り着くにはどれだけの時間が必要になるだろうか。
「まぁ、無意味だがね」
『第三射、着弾迄あと――三、二、一、着弾、今』
既に放たれていた第三射。それは蒼穹を駆ける艦載機を引き裂き、そのまま母艦である深海棲艦の元に着弾――炸裂した。周辺に展開した艦載機諸共海の藻屑へと変える極光。巨大な水柱、弾け飛ぶ海水、立ち上る蒸気、歪む空気。
そして――後には何も残らない。
最初からそこには誰も居なかったのだと、そう言わんばかりの静寂。
『敵影、全滅しました』
オペレーターの淡泊な報告が全てであった。
「素晴らしい――砲撃三つで敵部隊を完封、これぞ我々の求めた力だ……!」
手摺を握り締め、輝く瞳で聳え立つAFを画面越しに眺める主任。漸く、漸くだ。
ここに至るまでに数多の犠牲と挫折があった。だが成し遂げた、自分達は成し遂げたのだ。
その実感が得られた、主任は暫く天を仰ぎ歓喜の余韻に浸る。しかし、そう長くは続かない。何より、まだすべてが終わった訳ではなかった。
ややあって眼鏡を指先で押し上げた彼は助手の男に問いかける。
「上城――いや、一条君の具合はどうだ?」
「問題ありません、バイタル、精神状態共に良好です」
「結構」
モニタの一角に目を向ける。そこには変わらず項垂れ、静かに呼吸を繰り返す上城一条の姿があった。
電、雷、響、暁――四人揃って近代化改修『グレートウォール』とか考えたのですが、四姉妹ファンの方に「夜道に気を付けろ……」と云われそうだったのでやめました。このスピリット・オブ・マザーウィルも、最初は扶桑か山城辺り適役では? とか思っていたのですが可哀想なのでやめました。
代わりに那珂ちゃんがアンサラーになってくれるらしいです。やったね那珂ちゃん、キラキラに輝ける(物理)よ。
■グレートウォールって何?
アーマードコアFAに登場するGA社製AF、恐ろしく嚙み砕いて言うと走る壁、馬鹿みたいに硬い。劇中では「地上最強」と云われている。列車の様に連結して走る。完全連結状態だと全長14kmを超えるクソデカ要塞になるらしい。大体この作品に出てくるAF、スピリット・オブ・マザーウィルを横に六台並べた位の大きさ。当然の如く内部に整備工場を持っている、基地兼走る砲台。
鎮守府の前に置いておくだけで勝てる気がする。
■アンサラーって何?
不