イノチクフモノ   作:瑠璃色砂糖月

1 / 3
 不定期更新です。
 原作前、なんと11年前から開始します。
 今頃……。
 いろんなキャラと出会っています。


1話「とある少女との邂逅」

 ───目の前の光景が信じられなかった。

 

 彼がそこに侵入した瞬間、思ったのだ。

 嗚呼、また守ることが出来なかったのだと。

 血の鉄臭さが。真っ赤な部屋が。肉を貪る音が。

 それがどうしても不愉快で、不愉快で、不愉快で。

 静かな怒り、まるで氷のように心が凍てつく。

 キン、と鍔を鳴らして押し上げ、体が前傾する。

 それに一瞬で近づき、抜刀した。

 ……しかし、首を刎ねるすんでのところで押し留めた。

 それの首に僅かな赤線、食い込んだ冷たい刃。

 後少し、後少しだけ気づくのに遅れていたら───

 

 ───彼は()を斬っていただろう。

 

 目の前で人を喰っていた人間(・・)は、彼に気づくと剣呑な目を向けて。

 涙を流しながら。

 口元を真っ赤に汚しながら。

 

 

 にたりと、笑った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

「………」

 

 1人の人間が木の檻の中に居た。ぼんやりと虚空を眺めながら、ただただ無気力に地べたに座り込んでいた。

 唯一外と繋がる小さな窓から月光が漏れる。浮かび上がったのは、貧相な小さな少女だった。

 ひょろりとした両手両足を投げ出し、背中を冷たい石の壁に預けている。かさかさの唇から呼気が漏れた。

 

「………はぁ」

 

 そう、ぼんやりしてどれ程の時間が経ったのだろう。

 トン、トントン、と何か重い物同士がぶつかる音がした。自然となった音ではない。誰か意図を持って彼女に呼びかけている。

 怠そうに少女が檻の方へ目を向けた。

 居たのは、濃い緑色の瞳の人間だった。背丈があるのか、かなり高い位置から眼光が少女を見下ろしている。

 少女の唇の端が、無意識に吊り上がった。

 

「……貴様、名は」

「……」

「……名前だ。無いのか」

 

 冷静なのにどこか荒々しく感じる口調。低い音だから、おそらく男性だろう。

 少女は口元に笑みを携えたまま、少し考えるように頭を揺らす。

 

「………、ら」

「あ? もっとはっきり」

「たたら。命喰(みことばみ) 多々良(たたら)

 

 そして、掠れた声で言った。

 男性は目を細める。

 

「何故先程、人を食っていた」

「……ひと」

「まさか、覚えてない、とか言うんじゃねぇだろうな? 貴様が覚えていなくとも愚生(ぐせい)ははっきりと見た。貴様が少女を喰らっていたのを」

「ん~?」

 

 多々良と名乗った少女は首を傾けた。手入れも何もされていない髪が、ざらりと揺れる。

 

「死んだから、喰べました」

「……」

 

 それの一体何が悪いのでしょう。

 そう言いたげな笑顔が、男を苛立たせて舌打ちさせる。人を喰っておいてなんとも思っていないような言い方が癪に障ったのだ。

 

「それに」

 

 多々良は不思議そうに、でも顔に笑みを貼りつけたまま口を開いた。

 

「鬼が人を喰うのは当然のことではありませんか」

 

 その言葉に男から殺気が放たれる。一瞬彼女は固まったが、それでも多々良は笑ったまま告げる。

 

「鬼を殺す人ならば、鬼生(きせい)の頸を斬っていくのでしょうか」

 

 男は気を僅かに取り乱した。

 確かに、この男は鬼を殺すことができる。

 

 政府非公認組織『鬼殺隊』。

 

 それに属しているからこそ、人を仇なす鬼を殺す(すべ)を知っている。

 しかし、何故、それをあの少女が知っているのか。

 

「……愚生と似た者を見たことがあるのか」

「……いいえ。貴方様を見るまで鬼の存在すら知りませんでした。鬼生の同輩が居るなんて、嬉しい限りです」

「………」

 

 男はじっと少女を眺める。

 ……やはり、鬼ではない。鬼の気配がしない。しかし、信じられなかった。人が人を喰うことがあるのか、と。しかも、言っていることがどうも理解しがたく聞こえる。

 例えるならば、生き物としての種類がハナから違っているような、そんな不気味な感覚だった。

 

「……ならば何故、愚生が鬼を殺す者だと?」

「先程から貴方様が思考(おも)っているではありませんか」

「は?」

頭の中で(・・・・)

 

 にこにこと笑いながら言う少女を、男は呆けて見ていた。

 

(読めるのか……人の心を)

「命有るもの、全ては何かを思考(おも)っています」

「む」

「死ねばそれは命無いものなので、食べても問題ないと、鬼生を育てた人は言っていました」

 

 まるで他人事のような言い方。己の意思が無いような言葉。

 

「貴様は……」

「……?」

「……いや、何でもない」

「人をまだ食べたいのか」

「む……」

 

 男の心を読んだように……いや、実際読んでいるんだが。

 男は気を落ち着かせるためにフゥゥゥ、と深呼吸をする。心を読まれるというのは、思っていたよりストレスになるようだ。知りたくもなかった。

 多々良は口元に笑みを貼りつけたまま、ため息を吐く男を見ていた。

 

「命が無いなら、それは人ではありません。人の形をしたただの肉です」

 

 故人に対する最大限の侮辱。

 男は今、決めたことを()めようかと本気で思った。つい手に力を込めれば、手の中のものがピシリと音を立てた。

 

「だからこそ、命が有ることが大切です。命がなければ何もできないのですから」

「……」

「そして、できない分は鬼生が喰うことでできるようにします。命無い者が命有る者を助けられるように」

 

 だが、少女にも少女なりの考えがあるらしい。

 それを聞いて、本当は嫌だが、心底嫌だが、自身とはこれっぽっちも合わないが……少なくとも、人を守ることができる者だと判断した。

 初めこそ口元を血だらけにした少女を前に絶句したが、それでも彼女は人間なのだ。きっと何かしらの理由があるに違いない、と男は思い込むことにした。

 

「もし目の前に、貴様と同類の鬼が現れたらどうする」

「……ん~?」

 

 多々良は首を傾けた。男が聞いた中でも、最も長い時間、それでも10秒程の時間だったが。

 

「……会ってみないことには、分かりません。鬼でも命は有る者ですので」

「……そうか。出ろ」

「……? でろ……」

 

 ガチャンッ。ギィィィ……。

 

 檻の扉が、あれほど固く閉ざされた扉が開かれた。少女が目をパチパチとさせていると、チャリンと男の持つ鍵が音を立てた。

 

「上に釈放してもらえるように掛け合った。愚生と先に会ってて良かったな。感謝しろ」

「……」

「貴様の命は愚生がこれから管理してやるってんだ。とっとと来い、さっさとしろ」

「……」

 

 乱暴な口調に、少女は無言のまま立ち上がると、よろよろと檻の前まで歩いた。

 男の目の前にはひょろりとした、痩せ細った少女。それを見て、男は顎をクイと上げた。

 

「来い」

「……」

 

 少女は口元に気味の悪い笑みを浮かべたまま、大人しく男の後ろを歩く。

 

 

 

*****

 

 

 

 男……(みなもと) 大地(だいち)は背中に少女を背負い、山道を駆けていた。

 日はとうに昇っている。朝特有のひやりとした風が頬を掠めた。

 

(軽い、な……)

 

 骨と皮の間に、僅かながら肉が詰まっている腕と足。背中に感じる温かみが無ければちゃんと背負っているのか不安になるほどだ。よほどちゃんとした物が食えぬ劣悪な環境にいたに違いない。

 しかし、それなら1つ、疑問が生じる。

 劣悪な環境に居たのなら、着ているものも襤褸(ぼろ)のはずだ。それなのに、最初に出会った時、彼女は良家が着るような、質の良い召し物姿だった。あそこに迷い込んで盗んだ、とも考えられるが、その割には体は清潔で、髪の手入れもされていた。

 身ぐるみ剥がされ、何日も檻に入れられていた今では見る影もないが。

 そんな矛盾を生じた少女をしっかりと背負いつつ、彼は山を駆け登っていく。

 

*****

 

「おい、降りろ。着いたぞ」

「……」

 

 辿り着いたのは、山奥にひっそりと佇む質素な小屋だった。

 森の木々に囲まれたそこは、人気(ひとけ)もなくただただ静寂で、空気が澄んでいた。

 こんな所で何をするのか、と多々良は傍に立つ大地を見上げる。

 彼は多々良を一瞥すると、そこにある小屋に近づいていった。

 

「来い」

 

 小屋に近づき、引き戸を叩く。大地がぶっきらぼうに言った。

 

護郎(ごろう)殿(どの)、大地です。居るでしょ、さっさと出てきてください」

「お前、相っ変わらず口悪ぃな」

 

 ガラリと開いた引き戸から出てきたのは、引き攣ったような笑みを浮かべた男性だった。

 白髪黒目。しかし、その体躯は岩のようで筋骨隆々。肌にはまだ張りがあり、全身から溢れ出るその生命力に多々良は気圧された。とてもじゃないが、老人のようには見えなかった。

 それでも大地は飄々(ひょうひょう)と、平然と挨拶に入る。

 

「ご無沙汰しております、護郎殿。口の悪さは貴殿譲りでしょう」

「テメェ、自分の育手によくそんな口を……」

 

 (みなもと) 護郎(ごろう)

 大地の“育手(そだて)”である。

 彼はため息を吐きながら、ガリガリと頭を掻くと引き戸を全開にして言う。

 

「とりあえず、入れ。中で話をしようじゃねぇか」

「結構」

「は?」

「愚生はこの後任務がある。纏まった時間はない。用件だけ伝えておく」

「っ……!」

 

 大地は護郎に向かって多々良を押し出した。多々良はそれに驚きふらついたが、護郎に抱き止められたことでなんとか転ばずに済んだ。

 

「その小娘を鬼殺隊士にしたい。貴殿に育ててもらいたい」

「はぁ? おい待て、そりゃあ一体……」

「それじゃあ、愚生は失礼します。……おい、多々良。しっかりしろよ」

「? はあ……」

「おい待て大地。話せ、おいこらっ!」

 

 大地は直ぐ様(きびす)を返し、多々良が瞬きした後には既に消え去っていた。

 後に残されたのは護郎と多々良だけである。

 護郎はまたガリガリと頭を掻くと、ぼんやりと笑っている少女を見て、ため息を吐いた。

 

「……とりあえず、入れ。風呂沸かしてやる」

「……」

 

 立派に育った弟子が連れてきた子供を放っておく訳にもいかない。

 それでも護郎は次大地(あいつ)に会ったら問答無用でぶん殴るという決意を固め、少女を自身の小屋へと(いざな)った。

 

 

 

 

 

(……痩せっぽちだな。本当に刀振れんのか?)

「あの人にも軽いとは思われていたようです」

「おお、そうか……。ん?」

 

 何のことでもないように心を読んだ多々良に大層驚いた護郎だった。

 

 

 

*****

 

 

 

 鬼殺隊に入るというのは過酷を極めるということ多々良は知った。

 というのも、護郎が多々良へと課す修行が非常に辛かったのだ。

 例えば。

 体力をつけるためだと山の麓まで降ろされて、「小屋があるところまで戻ってこい」と言われる。山を登るのは足腰が非常に疲れるし、何より空気が薄くなってきて呼吸がままならない。初日は這う這うの(てい)で小屋の前まで辿り着いたが、ぶっ倒れて気絶した。ちなみに丸一日かかって護郎を心配させた。

 筋肉が圧倒的に少ないと言われ、筋肉をつけるためだと丸太を持たせられた。初めは多々良と同等の長さの丸太、幹は両手で輪っかを作るくらいの太さのもの……それを2本。ある程度慣れたら今度は更に太くて長い丸太に変えられる。ちなみにこの修行の後は全身筋肉痛になり、次の日が異常にきつくなった。

 滝行も行った。足腰並びに両肩がもげそうになるほどの圧がかかるし、水が冷たいので体力も奪われる。余談だが滝行の最中、数度心臓が止まった。すぐさま必死に護郎が蘇生を行ったため、事なきを得た。滝行を回数は少なくなったが、その分山の登り降りが増えた。

 後は刀の素振り。両腕がもげるかもしれないと思うほど振らされる。決められた量を終えても追加でもう数百本とか日常茶飯事だった。ちなみに、もし素振りにぶれや癖が生じればすぐさま指摘され更に数百本追加された。

 腕立て伏せ腹筋逆立ち……生活に必要な薪割りなども、筋肉を働かせたり体幹を鍛えるためだとやらされた。

 しかし、何よりも苦行だったのは……。

 

「……やっぱり食べないか」

「……」

 

 食事をすること(・・・・・・・)だった。

 多々良の目の前には白米、味噌汁、焼き魚に野菜の浅漬けなど、ごく一般的な食事が並んでいる。

 朝から晩まで体を動かせば腹が空く。勿論、多々良だってそうだ。現にぎゅるぎゅると腹の虫が鳴いている。

 しかし、多々良はどうしてもそれらが食べられなかった。

 

 自身が食べられるもの(・・・・・・・・・・)だと認識できていない(・・・・・・・・・・)のだ。

 

 目の前で護郎が同じものを食べて見せても、それを笑いながら眺めるだけで、多々良は食事に手をつけない。「食べろ」「体が持たないぞ」と護郎が言っても、意味が分からないように首を傾けて笑うだけ。挙げ句の果てには護郎に自身の食事を差し出す始末である。

 1度無理矢理食べさせてみたが、口に含むだけで飲み込もうとはしなかった。飲み込んでもげえげえ嘔吐してしまう。胃が食べ物を拒絶しているのだ。これには護郎もほとほと困り果てる。

 じゃあ多々良が何を食べるのかというと、死んだ虫やシメた蛇や獣や魚の死骸。木の幹や泥水、土や砂利……。

 

 ゲテモノ中のゲテモノを食べていた。

 

 なんだこの悪食(あくじき)(むすめ)。初めて見た時腰抜かしたぞ。自分を振り向いてにっこり笑ったあの時の笑顔ほど恐ろしいものはなかった。口元から垂れる緑色の虫の体液とか見たくなかった。

 これは人としてヤバいと護郎の脳内に警報が流れる。

 だから太らないんだぞお前は、と頭痛でも起こしたように痛む頭を押さえた。めまいも起きそうだった。

 人と同じものが食べられないというのは致命傷だろう。今までどのような扱いを受けてきたのかと多々良に同情すると同時に、最低限の“人”として生きる知恵を授けなければいけないと護郎は思った。

 おそらく他人が調理したものだから食べられないのでは、と思って料理も教えてみたが、結局彼女が手をつけることはなかった。そのため、調理され(・・・・)たもの(・・・)が食べ物と認識されていないということをようやく掴む。要すれば、「(なま)ならいける」というやつだ。

 まずは綺麗な水を飲ませる所。それから生米ではなくおにぎりを食べさせる。最悪、本当に無理な時には虫などをせめて焼いてから食べられるようにしなければ。

 

 変なところで育てるのに苦労した。

 

 護郎は取り敢えず、大地と会ったら問答無用で間接技を()めようと思った。

 

 

 

*****

 

 

 

 1年が経つ。

 多々良は森の中を走っていた。勿論、ただ走っているだけではない。

 

「っと……」

 

 あちこちから迫る罠を避けながら、である。

 しかも、片手に刀を持った状態で。

 

「っ!」

 

 ピン、と足が何かの琴線に触れる。それに気づいた瞬間、左側面から多量の包丁が襲いかかってきた。それを見て体を地面すれすれまで仰け反らせる。

 彼女は特に身体能力が高いとは言えない。だが、その分体幹と反射神経が素晴らしく、どんな体勢でもすぐさま立て直せるのが持ち味だった。

 多々良は罠が苦手だった。何故なら生き物や植物と違い、意識が無いからである。

 普段から彼女はあらゆるものの意思を感じていた。本人にも何故かは分からないが、生まれつき他人の思考が分かるのだ。命あるものの思考が全て、彼女の中に流れてくる。幼い頃からそれが普通だったからか、生き物には特に敏感で近づいてくれば分かるし、誰なのかや何なのかなどの判別もできる。護郎からしごかれる今ではその“力”に拍車がかかり研ぎ澄まされ、かなり広範囲の“気配”すら分かるようになっていた。

 しかし、罠にはその思考……つまり、“意思”がない。常日頃他者の意思を感じ取れる彼女からすれば、命ない物が自身に猛威を振るっていることがとても気味の悪いものだった。

 とはいえ、今では反射神経が鍛えられているため、罠にかかってもすぐさま状況を理解して対応することができる。安心して罠に嵌まる(?)ことができた。

 そうして今日も、護郎が仕掛けた罠を全て作動させながら小屋の前まで戻ってきた。

 まだ昼時。初めは1日かかっていたのが遠い昔のようだ。

 

「護郎様、登ってきました」

「おー。なら素振り千回」

 

 平然と鬼畜めいたことを扉越しに言う護郎に、口答えすることなく行う多々良。

 回数が500を越えた辺りで、護郎が外に出てきた。ぶれや無駄な動き、癖が無くなり、真っ直ぐ刀を振れている多々良を見て考える。

 

(……そろそろ呼吸法や型を教えてやるか)

「それは一体なんでしょうか」

「“全集中の呼吸”ってやつだ」

 

 最早心を読まれることに驚きもしない。人間、慣れるものである。

 

「特別な呼吸を用いることで身体能力を大幅に上げることができる。まあ簡単に言うなら、まさに鬼のような強さを得ることができる。対等に戦える、というわけだ。一時的にだがな」

「はあ……」

「ま、お前の場合は“常中(じょうちゅう)”まで仕込んでおかねぇといけねぇかもなぁ。女だから、やっぱりどうしても筋力も体力も足りねぇ」

「はあ……」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、生返事の多々良。理解できたのか否かは分からないが、「物は試しだ」と護郎は早速教えることにした。

 

 

 

*****

 

 

 

 とある山道にて。

 1人の長身の青年が手に持つものに細心の注意を払いながら、それでもすいすいと荒れた山道を登っていた。

 青年……源 大地は多々良を預けて、初めて“育手”の元へとやって来た。

 手には道中で買った団子。女ならばこうした甘味を好むだろうという考えから持ってきた。もっと正確に言うなら、同僚が女性が甘いものを好む、みたいなことを言いながら甘味屋で団子を買うので、ついでに買ったのだ。

 この1年間、仕事続きで文を送る暇もなかった。更に、時間があっても何を書くべきか迷って結局送ることができなかったため、全く連絡を取ることができなかったのだ。

 それも詫びての団子の詰め合わせだった。

 ……この後、護郎から拳骨を食らい間接を()められることを彼は知らない。

 閑話休題。

 大地が小屋周辺の開けた場所に来ると、何か硬いものを割く音が聞こえた。

 

「……ん?」

 

 ガツ、ガツ、と木同士を打ち付け合い、そして、カコンッ、と軽い音で割ける音。

 大地の目に映ったのは、少女が薪割りをしている光景だった。

 健康的に焼けた肌に浮かぶ大量の汗がなんとも眩しい。本当にあの少女が“あの時の少女”なのかと不思議に思ったほどに、彼女は変わっているように見えた。

 毛先が白い黒髪、べっこう飴を溶かし込んだような……蜂蜜色とも言う濃い色の瞳。あの時は気づかなかったが、左目の下に泣き黒子(ほくろ)があった。手足は相変わらず細かったが、1年前と比べると充分太くなっている。ひょろりとした骨と皮だらけの体躯は少しばかり丸みを帯びたように感じた。

 懸命に薪割りに励んでいる姿にどこか微笑ましい気分になる。その微笑ましさは自然と悪戯心へと代わり、気配を消して彼女の背中へと近づいた。そして、ゆっくりと手を伸ばす。

 後少しで少女の肩に触れられる……そこまで来た時だ。

 

「こんにちは。お久しゅうございますね」

「っお……!?」

「護郎様は今、川へ水を汲みに行っております」

 

 突然発せられる少女の声にぎょっとした大地。気配は確かに消していたはずだが……と思って、そこでようやく彼女が心を読めることを思い出した。

 

「……クソ、恥かいた」

 

 ぼやくように呟いて、大地は少女……多々良に団子の入った風呂敷をつき出す。多々良はそれを勢いのまま受け取り、大地の内心を読んで笑ったまま首を傾けた。

 

「……これ、鬼生に」

「……おー。甘いもんは食えんだろ」

「いいえ。無理です」

「あ? ……甘いもん、嫌いなのか」

「人と同じものは食べられません」

「……は?」

「? 人と同じものは」

「いや、聞き直したんじゃねぇよ」

 

 多々良のゲテモノ食いが大地にも知られた瞬間だった。

 事情を聞いて、大地は頭を抱えた。

 

「……とんだゲテモノ食いを拾ったもんだ……」

 

 師匠に同情心が芽生えた。憐憫すら感じる。

 理解できないものを見る目をする大地に多々良はただただにこにこと微笑んでいるだけ。大地にはそれがどうしようもなく不気味に見えた。

 

「目的は果たせましたか?」

「……あ?」

「貴方様は鬼生の姿を一目見るためにここに来たのでしょう?」

「………」

「心が読めるのは知っているでしょうに」

「うるせぇ」

 

 何ともまあ、厄介なものだ。心を読むのは遠慮願いたい。警察に訴えたくなるが、行ったところで「頭がおかしいやつだ」と門前払いを食らうだけだ。

 

「……おい、全集中の呼吸は」

「習いました」

「……多々良」

「木刀は小屋にありますよ」

「先読みすんじゃねぇ」

 

 舌打ちが思わず漏れるほどには気味が悪かったし、あの読めない空虚な笑みには苛立った。

 打ち稽古をしてやる、とも言わせてもらえないのは流石に癪に障る。

 

(……まあ、腕1本貰うくらい許されるだろ)

 

 彼は冷静沈着に見えて、激情家なのだ。

 

*****

 

「……で、完膚なきまでボロボロにして気絶させたと」

「何か問題あんのか……ありますか」

「お前……」

 

 護郎の前には血だらけになって気絶した多々良とそれを成した元凶がいた。

 護郎がこめかみを押さえた。頭痛がした気がしたのだが、どうやら勘違いだったようだ。

 

「……仮にも女だぞ」

「両腕へし折るつもりでやったのに五体満足で眠りこける奴が女かよ」

「手加減してやれよ馬鹿かテメェ!?」

「うるっせぇですよ。どちゃくそしたに決まってんだろ。てか、てめぇちゃんと“岩の呼吸”をちゃんと仕込んやがんの……ですか? めちゃくちゃな動きしやがりましたけど?」

「もうお前敬語か素かどっちかにしろ」

 

 めちゃくちゃな敬語を使いながら茶を啜る大地を思い切り殴り飛ばしたくなるのを抑えて、代わりにため息を吐く護郎。そして、多々良の介抱を始めた。

 

「にしても……お前相手に骨を折らなかったのは凄いな。予想以上だ」

「だからどちゃくそ手加減してやったって言ってんだろうが。脳味噌湧いてんのか。もう年か。ああ、だから“岩柱”引退してるんだよな。悪ぃ悪ぃ」

「テメェ……!」

 

 この男、非常に口が悪かった。

 平然と吐き出される毒に殺意が湧くが、弟子を手当てしているのだと思い直して、深呼吸をする。そうして気持ちを落ち着かせていると、大地がふと言った。

 

「雷の呼吸の育手に一時期預けてみるのはどうだ?」

「……急に何の話だ」

 

 護郎が大地を見遣れば、彼はいつも通りの、仮面のような無表情だった。

 

「まだ多々良と打ち稽古してねぇから知らねぇかもしれねぇが……こいつは“岩の呼吸”より“雷の呼吸”とか“風の呼吸”の方が適している気がする。……かなり無理矢理な感じになってるから、派生させるかもしれねぇが」

「そんなに酷かったのか」

「酷かったっつーか……、その……、うん、まあ……独特だった……?」

 

 なんとも形容しがたいと言う大地に護郎は首をかしげた。

 型を教えた時には真面目に聞いているし、正しく刃も振るっている。女という訳もあって威力はそこまではないかもしれないが、それでも型にはなっていたはずだ。後は“全集中の呼吸”さえ身につければ完璧である。

 

「例えるなら軽業師みたいだった」

「それどんな状況だったんだ」

 

 逆に気になる、と護郎は思った。

 大地は続ける。

 

「後はそうだな……本人がどうしても“岩の呼吸”が良いってんなら、やっぱり体力と筋力つけねぇとやばいな。“常中”並びに“反復動作”も教えてやった方がいい。じゃねぇとまず無理だ。体幹はずば抜けてるから、後は筋肉さえつければどうにか……なんだよ」

 

 流暢に喋っていた大地の口が()まる。というのも、護郎が物珍しそうな目で見ていたからだった。そんな彼を怪訝そうに大地が見ると、護郎は「いや」と口を開く。

 

「多々良のことを気にしているんだな、と思ってな」

「……うぜぇ」

 

 けっ、と悪態づく大地だが、耳が赤い。それを見て、護郎は面白いものを見たと言わんばかりにニヨニヨしていた。

 

「愚生の話より育手の話だ。当てはあんのか? 雷もしくは風の呼吸の育手」

「雷の呼吸の育手なら当てはある。戦友であり旧友だ」

「そうか。なら安心だな」

「……」

「やめろその顔。腹立つから蹴りぶちこみたくなる」

「その苛立ったら手ぇ出る癖改めた方がいいぞ」

「ほっとけ」

 

 舌打ちした大地は、腰を上げた。

 

「もう行くのか」

「ああ、遠出なんだ」

 

 ぐるぐると首を回して大地は言う。

 

「……多々良のこと、よろしく頼む」

「任せておけ」

 

 ぼそりと呟かれた言葉に、護郎はしっかりと頷いた。

 毒を吐くことが多い大地だが、心の奥では多々良や護郎のことを心配しているのだ。ただ、ちょっと素直になれないだけで。

 大地は小屋の前で護郎に向かって軽く頭を下げると、素早く彼の小屋から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 零れ話、其の壱。

 

***

 

 大地が護郎の元に来る前の話である。

 

「源!」

「! ……煉獄殿」

 

 大地の元に現れたのは、炎のような髪が特徴的な青年だった。

 煉獄(れんごく) 槇寿郎(しんじゅろう)

 現“炎柱(えんばしら)”で、熱意溢れる精悍な顔つきの青年である。

 彼は大地を見るとにっこりと笑いかけた。それに大地も応じるように会釈する。

 

「休日に墓場に居ないなんて珍しいな」

「そういう貴殿も、妻の元に居なくていいのかよ。奥方様の体調は良いのか?」

 

 槇寿郎は妻帯者。確か子供も居たはずだ、と大地は彼の妻を思い出した。何かの病気を患っていて、ほとんど病床を出ることはできなかったとか。

 少し不躾な質問だったか、と大地は内心、己の口の悪さを恨んだが、槇寿郎は気にしなかったようだ。

 

「ああ。今日は調子が良いそうだ。心配してくれてありがとう」

「別に心配してねぇよ。なんで貴殿がここに居るのか聞いただけじゃねぇか」

「む。そうだったのか」

此奴(こいつ)は本当……」

 

 大地は己の口元が引くつくのが分かった。熱意はあるし、良い先輩ではあるのだが……この底抜けの明るさというものだろうか、それがどうしても苦手だった。

 大地は己が口が悪い皮肉屋だということを理解しているし、育ちもそこそこ悪いのも認めている。

 それなのに、平然として話しかけてくれる槇寿郎。それがなんというか……ありがた迷惑というか、とても複雑な心境だった。

 

「それで、源はどうしてここに?」

「ああ、いや……愚生が世話になった育手の所に……まあつまり、兄妹(きょうだい)弟子ができて、だな」

「そうなのか! それはいいことだ! めでたいな!」

「~~っるせぇなぁ……」

 

 しまった、馬鹿正直に言わなければ良かった、と大地が頭を抱えるが、槇寿郎は止まらない。

 どういう子供なのか、性別は、髪の色は、どんな性格なのか、好きなものは何なのか。

 ……ほぼ何も知らない。

 強いて言うならば、性別と髪色……くらいだろうか。性格は全くもって分からない。

 

「そうか、妹弟子なのか……。源が扱う呼吸は“岩の呼吸”の派生だったよな?」

 

 槇寿郎が聞いてきたので、大地は頷いた。言いたいことは分かる。

 

「ああ……まあ、女が扱うにはちと難しいとは思うが……まあ、大丈夫だろ」

 

 “岩の呼吸”はとにかく重厚な印象を得る。攻撃よりも守備に重きを置き、力強い足捌きや体の動かし方が重要だった。簡潔だがその分、型の威力を出すには筋力が必要だった。

 その辺はあの小娘が勝手に改良するだろう。何だったら他の呼吸を教えてやるのもやぶさかではない。

 ……と、思っていたら、横から視線を感じる。

 まあ勿論、槇寿郎だった。

 何故か笑っていて、大地はちょっと引いた。

 

「……なんだよ」

「いや、とても楽しそうに見えてな。他意はない」

「あ"ーー……うっぜぇ」

「なんと」

 

 この男は愚生を殺しにきているのだろうか。

 どろどろした負の感情を片っ端から焼いていくようなこの男が眩しくて、ついつい悪態を吐いてしまう。

 

「んで? 貴殿はなんでこんなところに?」

「ん? ああ、甘味を買おうと思ってな。瑠火(るか)達に買ってやりたくて」

「ああ……」

「そうだ、源も一緒に買いに行こうか」

「は?」

「女性は甘いものを好むだろう? 手土産に持っていくのも良いと思うが」

「……」

 

 まあ、それもそうかと納得した大地は、槇寿郎と共に甘味処へと向かったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。